私は天使なんかじゃない
幸せの国
万人が等しく幸福を感じられるユートピアはどこにあるのだろう?
本日未明、タロン社の小部隊がママ・ドルスで中国軍を名乗る軍団に粉砕された。
報復の為にバニスター砦から大部隊を投入。
総勢300。
ママ・ドルスに展開する中国軍は総勢500ではあったものの装備の質はタロン社の方が上だった。
中国軍は丈夫な材質を使っているとえ布地の軍服。
それに対してタロン社はケプラー製の漆黒のコンバットアーマー(通称タロンアーマー)を身に着けており防御力も高い。
数の差を跳ね除けて勝てるはずだった。
結果は惨敗。
装備の面ではタロン社が上回っていたものの勇猛さにおいては劣っていた。
……。
……いや。
中国軍の士気は既に勇猛を超えていた。
ある意味で狂気。
まるで死を恐れずに突っ込んでくる中国軍に恐れをなしてタロン社は総崩れ。
ついには撤退を余儀なくされた。
それでも容赦なく追撃して来る中国軍の攻撃によりバタバタとタロン社の構成員は倒れていった。
完全なる完敗。
殿(しんがり)を務める事になった構成員の死亡率が異常に高い。
執拗に中国軍は追撃してくる。
執拗に。
最後尾の殿部隊に回された金髪の兵士は忌々しそうに呟いた。
「出世に繋がると思えばいきなりの負け戦か」
階級は曹長。
金髪のその曹長の名はカール。
上官を謀殺し、謀略を用い、とんとん拍子に出世して一時は中佐にまで上り詰めた若き野心家。しかし激動の街ピットにおいて赤毛の冒険者ミスティの前に敗北し、虎の子の特務大隊を
壊滅させたという失態により降格。
本来ならば処刑される身ではあったものの後見役であるダニエル・リトルホーンの後ろ盾により今に至る。
彼は諦めていなかった。
降格されたものの再び上り詰めるつもりでいる。
こんな所で死ぬ気はなかった。
「生き延びてやるっ! 絶対になっ!」
ママ・ドルス下層。
地下の方が施設の本体らしい。
タロンの腰抜けが呆気なく敗北した為に中国軍の半分がママ・ドルスに戻ってくるらしくアカハナに部隊の半分を預けて迎撃させてある。
もちろん戻ってくる軍団の本命はレギュレーター&OCであって私達は、まあ、ついでだろう。
さて。
「撃て撃て撃て」
『了解っ!』
ママ・ドルス下層の通路で私達は立ち塞がる中国兵を撃破していく。
遮蔽物を駆使して銃撃。
それに対して中国兵は銃弾を恐れる事もせずに中国製アサルトライフルを連射しながらこちらに突っ込んでくる。
勇気?
蛮勇?
それともただの自殺願望?
「アイヤー、ウタレタヨっ!」
狭い通路。
せいぜい2人並んで通れる程度の幅。
こちらは遮蔽物があるけど中国兵にはそれがない。さらに言うなら敵さんは勇気が溢れまくっているらしく弾丸を防ぐ事すらしない。
つまり?
つまり面白いぐらい当たる。
全てこちらのターンっ!
どんなに鉄の忠誠心と勇猛心があろうとも弾丸は弾丸だ。忠誠や勇気で防げる代物じゃあない。
こちらに到達する前に敵は全て沈黙。
肉塊となって転がる。
「ふぅ」
銃声は止む。
私は額の汗を拭った。
ママ・ドルスの建物自体は古びていた。
錆と埃の建物だった。
しかし地下は別物。
「主、ここは何度か見たことがあります」
「私は住んでたことがある」
どういうことだ、これ。
ママ・ドルスの地下にあったのは、中国軍の地下基地と思われる場所は、どう見てもボルトだった。
通路や部屋の区画造りがそういう規格なのかは知らないけど、ボルト101,、112.、92、106、108と全く同じ造りの施設が地下に広がっている。
完全に滅菌された空気と壁と床。
私が知るボルト101に類似している。
いや、まったく同じだ。
ここはボルトテック社製の施設だ。
そうかもしれない。
ここのナンバリングは分からないけどボルトだと思う。
……。
……しかしそれだと当然新たな疑問がでてくる。
アメリカ合衆国で最高峰の企業であるボルトテック社が建造したボルトにどうして中国軍がいるのだろう?
最初から住んでいたとは考えられない。
だとしたら乗っ取った?
うーん。
乗っ取った説はどうにも納得出来ないなぁ。
そもそも500人もどこから湧いて出たんだ?
最初から私は中国軍説に疑問を持っている、数が多すぎる。不自然なまでに多すぎる。
まあ、本物か偽者かは特に問題ではないかな。
敵として存在する以上、排除するまで。
処方箋はそれで充分だしそれだけでいいだろう。
理屈としては簡単よね、叩きのめすオンリーで済むわけだから。
ソノラのことは言えないな。
私もシンプルだ。
「ボス」
「ん?」
「このまま奥に進むので?」
「当然」
従えているピットレイダーは2人だけ。
残りはアカハナに預けてきた。アカハナは強いしBOS仕込みの戦略もある、任せるに値する。
私の率いているピットレイダーは2人だけだけどグリン・フィスがいる。
限られた空間である施設内での戦いならこれで充分だ。
敵さんはほとんど地上に出払ってるわけだし。
さて。
「主、どこまで進みますか?」
「そうね」
まだもう少し潜れるだろう。
威力偵察続行。
「進むわよ、奥に」
『了解』
「……」
ピットレイダーは頷くもののグリン・フィスはあらぬ方向を見ていた。
その先には通路が続いているだけで何もないし誰もいない。
「グリン・フィス」
「……」
「グリン・フィス」
「……あっ、はい。何でしょう?」
「どうしたの?」
「何か嫌な気配がしましたので」
「気配?」
「はい」
意味の分からん事を言うなぁ。
気配って何だろ。
グリン・フィスって何気に不思議ちゃん?
まあ、いいか。
「前進」
迎撃に出てくる中国兵は意外に少なかった。
蹴散らして私達は進む。
もっとも数が少ないのは想定内だ。
そもそも中国兵の戦力のほぼ全てはタロン社に向けられていたわけだし、施設内に残っていた戦力も陽動として暴れているレギュレーター&OCの連合軍に引っ張り出されている。
施設内に残っている戦力が僅かなのは当然だ。
私達は奥に進む。
目的?
今回の騒動の発端、いや元凶ともいうべきジンウェイ将軍り捕縛もしくは抹殺。そうすれば今回の騒動は幕が下りる。少なくとも将軍を失えば中国軍は指揮系統が混乱するだろうし、そもそも
連中には後続などないはず。さすがに本国から増援はないだろ。
そもそも本国が健在かどうかすら不明だけど。
ともかく。
ともかく私達は奥に進む。
敵の抵抗はごく僅か。
最後に戦ったのは今から5分前。敵の本拠地なのに反撃などほとんどなかった。ほとんど敵は上に出払ってるわけだから当然だけど。
「主。敵はいませんが」
「ん?」
「敵はいませんが何かいます」
「はっ?」
「お気をつけください」
「まあ、うん、気をつけるわ」
意味分からん。
部下2人もそう感じたらしく顔を見合わせて首を捻った。
考えてみたらグリン・フィス、さっきから様子がおかしい。そわそわしてる……いや、どこか怯えてる?
珍しい。
珍しいと思う。
あのグリン・フィスがそこまで動揺するとはね。
だけどこれって厄介かも?
何だか分からないけどグリン・フィスを動揺させる存在が近くにいるということになる。
厄介です。実にね。
そうこうしている話している間に私達は大きく開けた空間に出た。
「……」
立ち止まる。
全員がその部屋に入った瞬間に立ち止まる。
その空間の広さは、そう、ボルト112のトランキルレーンのあった部屋に匹敵するほどにでかい。
いや、もっとでかい。
そこにはたくさんの円柱形のガラス筒があった。
そのガラス筒は固定され、様々なチューブが伸びていた。筒の中には立ったままゆらゆらと漂う裸のグールが入っている。
天井もやたら高い。
今までの旅の経験上、ボルトにはそれぞれ実験のテーマがあるようだ。
ここは何だ?
ここで何が行われているんだ?
「何だ、こりゃ?」
部下の1人が呟いた。
確かに誰の心にもその気持ちがあったのは確かだろう。
私も思う。
何だこれは、と。
グールの入ったガラス筒。それが数百はある。空になっているのもある。
まずったな。
入り込み過ぎた、ここって来たらやばい場所なんじゃ……。
「主。これは、なんなのでしょうか?」
「私が聞きたいわ」
「そうなのですか? 主が知らない事があるとは驚きです。なんだ。主も実は大した事がないのですね。がっかりです」
「まさか喧嘩売ってる?」
「ユーモアです」
「……」
ぶっとばすぞこいつ。
というか44マグナムぶっ放すぞオラーっ!
「気味悪いな」
「ああ」
ピットレイダーの2人はひそひそと話し合っていた。
気持ちは分かる。
確かにグールの標本が無数にあるここは気味が悪い。
そして何より気味が悪いのはただの標本ではないという事だ。
顔を近付けてガラス筒の1つを見る。
気泡がグールの口から出ていた。つまり死んではいない、生きている。何かの実験の一環なのだろうけど何なのだろう?
まさかグールの中国兵をここに保存してるわけ?
戦い以外の時はここで保存?
それはそれでありえるかなぁ。
ボルトの施設を使って兵士を保存しているのだろう、最低限の人数で施設を回す事によりそうする事で食料とかを節減しているというというのなら理由としては成り立つ。
「ん?」
天井を何気なく見ると天井にもガラス筒があった。
丁度この空間のど真ん中辺りの真上にある。
ここからは何が入っているかは分からない。
あれもグール?
だとしてもあれだけどうしてあんな場所にあるのだろう?
その時……。
「小汚い資本主義者どもがここまで到達するとはな。俺がジンウェイ将軍だ」
私達とは逆方向からグールの将校が現れた。
逆方向、つまり施設の奥へと進む通路から現れたということだ。
将校用のコートを纏っている。
そしてこいつもグール。
中国兵を10人従えていた。
ジンウェイ将軍は言う。
「幸せの国に辿り着いた俺は満ち足りているのだ。そう。今までで最高の気分なのだよ。分かるかぁ、人間どもぉっ!」
「幸せの国?」
その言葉に私の心は戸惑いを覚えた。
知ってる。
幸せの国という単語を好んで使っていたグールを。
ただの偶然という事もあるだろう。
私にグールの見分けはつかないけど、それでも見知った相手なら多少の見分けはつく。
しっかり見て気付く。
私の知り合いのグールに似ている。
「まさかスマイリー?」
「俺はジンウェイ将軍だっ! 中国万歳っ! 人民万歳っ! お前達は既に包囲されているぞ、クリムゾンドラグーン部隊攻撃開始っ!」
そして……。
「なんか面白いな、ここもボルトなんだね、ユージン」
「さあ遊びを開始しよう、ボーイっ!」