私は天使なんかじゃない







科学は正義





  科学を信奉する者達がいる。

  科学は万能。
  科学は絶対。
  科学は正義。

  そう思う者達がいる。
  だがそれは傲慢であり錯覚。科学はあくまで技術でしかない。

  科学への絶対的な信奉が悲劇を生み出すのだ。






  「各員弾丸を装填。残りの弾数も確認してよ」
  「ボス、敵のマガジンを回収します」
  「気を付けてね」
  「はい」

  ガレージの敵は排除した。
  燃え上がる2台のジープとそこら中に倒れるグールの中国兵達。
  本当に中国兵なの?
  よく分からない。
  わざわざ戦後のこの段階までここに引き篭もってた理由も分からないしこれだけの武装を持っている理由も不明。
  全面核戦争から200年経ってるのに銃火器がこの状態で大量に保存されていたというのは正直信じ難い。
  この状態、それは新品そのものという意味合いだ。
  質が良過ぎる。
  杞憂?
  そうかもしれない。
  私はピットレイダーの部下たちが中国兵が携帯していたアサルトライフルの弾装を回収するのを見ながら疑問を心の中で反芻していた。
  「主」
  「ん?」
  「主。ここに敵がどれだけいるかは分かりませんが部隊編成はいかがしますか?」
  「そうね」
  グリン・フィスの疑問は正しい。
  地下の敵がどれだけいるかは正確には分からない。
  出来れば全軍突入したい、そもそもこちらの人数は少ないし。
  ただし問題がある。
  敵の主力はタロン社と戦っている地上部隊だ。
  こちらにいくらか人数を差し向けた場合、地下の施設内部で挟まれれば完全に袋の鼠だ。
  押し合ったら勝てない。
  勝てるわけがない。
  人数で劣っている以上は奇襲と迅速さ、それが武器となる。
  退路も確保するのは必要だ。
  幸いにも地下に通じる道はここの階段だけらしい。
  もちろんあくまで車庫を視認した結果であり、もしかしたら別のルートもあるのかもしれないけど退路の1つとしてここを抑えておく必要はある。
  寡兵をさらに分けるのは自殺行為かもしれないけど、退路を確保せずに突っ込むのは自殺そのもの。
  自殺行為と自殺ではまた意味が異なる。
  さてさて。
  どうしたものかな?
  その時……。
  「ボス」
  「何?」
  アカハナが無線機を私に渡す。
  これは施設攻撃前にOCに渡されたものだ。
  私が受け取るとノイズとともに声が流れてくる。OCのアン・マリー・モーガンのものだった。

  『緊急通達っ! タロン社が後退したっ! 撤退行動と見て間違いない。追撃として半分がタロンを追ったけど半数が戻ってくるっ! 注意せよっ!』

  「……りょーかい」
  プツ。
  無線を切った。
  あーあ。とっても心が憂鬱です。
  タロン社が撤退したから中国軍の主力がこちらに方向転換してくるからだ。
  もっと踏ん張れよタロン社(泣)。
  タロンシャダーと叫びながら突撃して双方共倒れになっておくれよ(号泣)。
  そもそもそれがソノラの作戦であり、私達の行動の基準であり、作戦の概要だった。双方共倒れ。それが狙いだったのに瓦解したタロン社。
  空気読めよーっ!
  うがーっ!

  カンカンカン。

  誰かが階段を駆け上がってくる。
  足音は1つ。
  私は手で仲間達を制し、駆け上がってきた相手を出会い頭にインフィルトレイターの銃床で叩きのめす。グール中国兵はそのまま床に伸びた。
  死んでる?
  脈を診てみる。
  生きてる。
  生きてるけど、しばらくは眠っててくれそうだ。
  トドメを刺すのは主義に反する。
  さすがに気絶してる相手にトドメを刺すのは気が引けます。

  ばぁん。

  「処理しました」
  「そ、そう」
  ただしグリン・フィスは躊躇わず32口径ピストルの引き金を引いた。相手の脳天に銃弾を叩き込む。
  あの、私の主義はどうしてくれるんですか?
  グリン・フィスは静かに一礼。
  まあ、気持ちは分かる。
  ここで温情を示したところで相手が手心を加えてくれるわけではないのだ。隙を見せたら撃たれる可能性はゼロじゃないし、その可能性は大いにある。
  だって敵だもん。
  特に思想的に敵対している以上は分かりあえるはずがない。
  相手は中国万歳。
  つまりは胸に秘めているのは中華思想。どちらかが歩みよらない限り思想という壁は越えられない。握手は出来ない。
  だから。
  だから敵対し続ける。
  もちろん相手と分かり合うのは私の仕事じゃあない。
  敵対し続けるだけだ。
  「主。余計な事をしました。申し訳ありません」
  「いいえ。ご苦労様」
  「恐縮です」
  「さて、みんな。無線は聞こえたわよね。敵がこちらに向かってる」
  中国軍の当面の敵は撤退しているタロン社。
  追撃の為に行動を開始したけど、その一部をOC&レギュレーター連合軍の討伐の為に差し向けてきてる。
  外で戦闘している連中がメインの目標だろうけど建物内で暴れてる私達の鎮圧の為にも部隊を差し向けるだろう。圧倒的な数でないにしても狭い屋内で挟み撃ちはされたくない。
  差し向けられるであろう中国軍の部隊を足止めする必要がある。
  寡兵を分ける。
  問題はそこかなぁ。
  下層に殴り込むよりもそこが問題。
  弾丸はそこら中に転がってる中国兵の遺品を活用すれば問題はない。
  「アカハナ」
  「はい。ボス」
  「グレネードはいくつある?」
  「部下達が持つものも含めて8個です」
  「シャッターに爆薬を設置。防衛線を展開して」
  「通用口はいかがしますか?」
  「1人通れるのが精一杯の出入り口だから侵入してくる奴はスナイプして処理。敵の部隊が多ければ多いほどシャッターを開けて入ってくるはず。そこを爆破して敵の気勢と戦力を殺いで。
  あとは撃ちまくって敵を足止め。その間に私達が下層にいるであろう将軍を捕縛もしくは射殺するわ」
  「つまり作戦は継続する、ということですか?」
  「作戦はともかくとして、少なくとも生き残るに防衛線を構築する必要があるわ。逃げるには遅すぎる。あなたたちには悪いことしてると思ってる、ピットから来て、戦争させられてるんだから。ごめんね」
  「来たのは我々の意思です。あなたに従うのは別にアッシャー様からの命令ではありませんよ。我々の自由意思です」
  「ありがとう」
  そう言ってくれるのは嬉しい。
  だけどやはり悪いなぁとは思ってます。私は私でやれることやらないと。
  「グリン・フィス、私と地下までデートしない?」
  「威力偵察ですか?」
  「そう。それ」
  「御意」
  「アカハナ、部下を任せるわ」
  「しかし」
  要は地下にいる親玉潰せば勝ちなんだ。
  地下にある施設がどの程度のモノかは知らないけど。ずっとここに引き籠ってたならボルト的な施設が地下にあるのだろう。OCは技術欲しさで今回協力してるわけだから怒るかもしれないけど、施設
  があるなら確実に動力源として原子炉がある。空気の循環等の生命維持もそこから作り出される電力によるものだ。停止させて施設を駄目にしてやる。それぐらいしか勝てる手立てがない。
  OCのアン・マリー・モーガンの最初の解析情報によると施設内の敵の人数は50名らしい。
  既に迎撃に出てきた敵は20名以上屠った。
  下層にいるのは約半分。
  それに全員が全員、戦闘員というわけではあるまい。
  私はいけると思う。
  それにあくまで現在更新されている私のミッションは威力偵察。可能であるならばそれ以上のことをするだけで、本筋は偵察だ。タロン社の撤退が思ってたよりも早いから施設の制圧はとりあえず
  置いておこう。仲間が全てだ、状況変わったんだし無理は出来ない。中国野郎の壊滅は、後でレギュレーターと時間を掛けてやるとしよう。
  ソノラが一気に片を付けたかったのは時間を掛けたら中国軍がキャピタル中に分散し、喧嘩売り続けるからだ。
  だから早期解決の為に今回の計画になった。
  だけどそれはご破算。
  状況がそれを許さなくなった、持久戦でチマチマと叩き潰していくしかない。
  さて。
  「部隊を任せるわ、アカハナ」
  「しかし、何名かは連れて行ってください」
  「分かった。そうする。だからここは任せるわ」
  「了解しました」
  「グリン・フィス、殴りこむわよ」
  「御意のままに」
  そして。
  そして私達は下層に向う。









  最下層。
  ボルト32の頭脳部。
  地表部分のママ・ドルスという建物はあくまでダミーでありこの施設の本体は地下部分である<ボルト32>。
  たくさんのモニターが並び、その前には白衣の研究者達がモニタリングしている。
  映っている内容は外の戦闘、内部の戦闘。
  全てがモニタリングされている。
  赤毛の冒険者達の動きもまた然り。
  研究者達の作業を吹き抜け二階から見ている数名、その者達はスーツ姿。
  ただしその中でも一際目立つ者がいる。
  軍服の男だ。
  大半が白髪となった初老の軍人。
  さながら観覧席にいるVIPと言ったところだ。
  そしてその老人こそがこの場所の中心にいる事が位置で容易に判断できる。老人の脇には長髪の女性が座っている。その女性の背後には部下と思われる2名が侍立していた。
  老人が女性の方を見て笑いかけた。
  勝ち誇った顔にも見える。
  老人と女性はそれぞれ鶯色の軍服を着用している。
  「この実験の成功を祝ってはくれないのかね?」
  「……」
  「沈黙か?」
  「……」
  「欠陥だと決め付けたあの男の判断は過ちだったわけだ。君は中立だったかな? いや。あの男に組みしはしなかったが否定的だった」
  「……」
  「そもそも……」

  「将軍閣下っ!」

  モニターを見ていた研究者の1人が叫んだ。
  ちっと舌打ちして老将軍は立ち上がり欄干を掴んで下層のモニタールームを見る。
  「何だ?」
  「ボルト101の女が研究室に接近中です。数名を率いています。<マリオネット部隊>では足止めできません。研究室到達まであと10分っ!」
  「ほほう?」
  その言葉を聞いて老将軍は驚くよりも喜んだ。
  スーツの男達は動揺したものの金髪の女性は端正な顔立ちをまったく動かさなかった。
  研究員は報告を続ける。
  「このままでは生産施設が……っ!」
  「落ち着きたまえクライシス君」
  「は、はい」
  「全ての装甲隔壁を開放せよ」
  「はっ?」
  「障害物をどけてやれと言っている」
  「意味が、その、分かりかねますが……」
  ざわざわとざわめきが起こる。
  装甲隔壁は鋼鉄の隔壁。
  例えミサイルランチャーを使ったとしても破る事は不可能。
  しかしシステム的に問題もある。
  全ての隔壁は連動している為、1つの隔壁を解除すれば自動的に全てが解放されてしまう。ここ司令部までの隔壁も緊急脱出用の出入り口も開放されてしまう。
  「開放したまえ」
  「し、しかし」
  「ボルト101の女は非常に稀な遺伝子を持っている。それは既に証明済みだ。欲しい。わざわざ研究室に来てくれるのだ、捕獲せよ」
  「で、ですが」
  「クライシス君。この施設の監督官でありボルトの指導者は彼だが……」
  ちらりと中年太りしたスーツの男を見る。
  見られた男はオドオドした。
  そんな様を一瞥して冷笑を浮かべながら老将軍は続けた。
  「その彼や君を掌握しているのは誰かね?」
  「お、仰せのままに。将軍閣下」
  「よろしい。セキュリティ部隊に捕獲させよ。生きたままな。ただし雑魚に用はない。全て殺してしまえ」
  「あの、将軍閣下。セキュリティ部隊到着前に赤毛の冒険者は生産施設に到達します。計算では10分のロスがあります」
  「ではあの男を出せ。あの女が手に入るのであればあの男は必要ない。足止めに使え」
  「了解しました、将軍閣下」