私は天使なんかじゃない
ソノラの依頼
それは始まりに過ぎなかった。
そう。
全ての悪夢はここから始まる。
食事を終えて私はメガトンの自宅を出た。
ルーカス・シムズの依頼、か。
グレイディッチの生き残りの話を聞き、グレイディッチの街の状況を視察するのが私の任務。必要であるならば<何らかの障害の排除>も自動的に付け加えられるわけですけどね。
気がつけばお使いクエストが多い今日この頃。
嫌だなぁ。
空を見上げる。
晴れ渡った綺麗な空、燦々と輝く太陽……には程遠いなぁ。大気が淀んでいる。放射能の影響だろうか。
人間はいつまで生きていられるんだろ。
200年前のアメリカと中国の全面核戦争を生き延びたものの緩やかな滅びがそこにある気がする。
まあ、あんまり根詰めて考えない方がいいかな。
明日人類が全て滅びるにしても私達は今日を懸命に生きる必要がある。
うん。
それでいい。
それで。
「ミスティ」
「ん?」
呼ばれて声の主を見る。
微笑する女性がいた。
だけどその微笑はどこまでも冷たい。この女性はクールでドライ……いや、むしろアイスガール?
カウボーイハットを被りコートを羽織った格好。
女性の名はソノラ。
仕置き人集団レギュレーターの元締め。
この間ルーカス・シムズに聞いたんだけどレギュレーターはキャピタル・ウェイストランドでもっとも古い組織らしい。その次に古いのがタロン社。
さて。
「どうしてソノラがここにいるの?」
近くに集結中のレイダー連合を叩きに部隊を率いて出張ってたはずだと思ったけど。
彼女は笑った。
相変わらず冷たい笑いだけど。
「ふふふ。統率すら取れていない雑魚どもなど我々の敵ではない」
「鎧袖一触ってやつ?」
「そうよ。事後処理を部下達に任せて私は戻って来た」
「ふぅん」
事後処理。
死体の後片付けと戦利品の収集の事を指す。
こんな時代だから何事も独力でやる必要がある。レギュレーターの場合は倒した相手の武器や弾薬、物資を押収して再利用もしくは換金して組織を維持している。
別にそれが浅ましいとは思わない。
私も同じ事してるし。
「ソノラ。悪いけど私は……」
「グレイディッチはいい」
「はっ?」
「ルーカス・シムズに頼まれた依頼はこちらで処理する。アッシュとモニカをグレイディッチに送る手筈になっている」
「えっと、誰それ?」
「私の部下よ。若いけど腕が良い」
「ふぅん」
任務終了?
今回は楽でしたなーなどとは思いません。この展開はさらなる厄介の始まりに違いない(泣)。
嫌だなぁ。
「ミスティに実は頼みがある」
「ああ、やっぱり」
「不満?」
「大いに」
「不満ばかり言うと指を切り取るぞ。まあ、別に指を切る意味はないがね。ただ錆びたナイフでゴリゴリと指の腱を切るのが楽しいだ。うふふふふふふふ☆」
「……」
怖いから怖いから。
クリスといいこいつといいまともな奴がいないような気がする。
おおぅ。
「それでミスティ受けてもらえるかしら? 別に断っても指ゴリゴリしないけど、どうする?」
「是非その任務をさせてください」
「嬉しいわその正義の心。そこの酒場で一杯やりながら話しましょう。結構複雑な話だから。いえ。正直頭が痛い話だからね。これは性質的にレギュレーター案件ではない気もするがBOSが
動く気配を見せていないから我々がやるしかない、というわけだ。まったく、BOSは何の役にも立たない」
「話が見えてこないんだけど」
「今説明する」
「お願い」
とりあえず分かったのはソノラはBOSを認めてはいない模様。
わりとアンチが多いらしい。
私的にはサラ・リオンズと知り合ったってだけで特に良い印象も悪い印象もない、というか判断する材料がなさ過ぎる。
「それで?」
「はあ」
「はあ?」
沈痛そうなソノラ。
珍しい。
基本的に冷徹と冷酷を地で行くこの女性にこのような表情は珍しい。
どうして沈痛そうなのか純粋に気になった。
聞いてみる。
「どういう依頼?」
「ミスティは信じるかは分からないが第四次世界大戦の始まりなのかもしれないわね」
「どういうこと?」
「中国軍の侵攻が開始された」
「はい?」
なんじゃそりゃーっ!
話が大き過ぎなんですけど。
おおぅ。
ソノラとともにメガトンに一軒しかない酒場に入る。
現在ノヴァ姉さんとゴブが経営している酒場なんだけど、すっかり経営者が板についた模様。
故モリアティが仕切ってた頃より繁盛してる。
というかアカハナを始めとする私の手下達が酒飲んでた。
まだ日は高いんですけど。
働け。
一応私を見ると連中は立ち上がって敬礼するけど私は手を振ってソノラに続く。彼女は2階に上がろうとする、2階には宿泊用の個室がある。
「オーナー、部屋を借りる。帰りに私が払う」
「わ、分かった」
有無を言わさずにゴブを黙らせるソノラ。
ノヴァ姉さんはご愁傷さまと口パクで私に言った、確かに面倒そうな案件の始まりな気がする。
2階ね。
内緒の話なのかな?
彼女に続いて上に上がり、個室に入る。
何気に思うのは……。
「ソノラ」
「何?」
「私にやらしいことする気じゃないでしょうね?」
「まさか。お前には私を満足させる色気は皆無だ」
「……そ、そうですか」
冗談で言った発言。
ソノラが動揺するのを見たかったのに逆に跳ね返されて自分が傷付いたでござるの巻(号泣)。
あうー。
扉を閉め、鍵を閉めるソノラ。
傷付いている私を無視してソノラは椅子に座る。私も座った。
さてさて。
どんなお話かな?
「それでソノラ、中国軍が何だって?」
「順を追って話そう」
「ええ。よろしく」
「事の発端は一週間前だ」
「そんなに前なの?」
「ああ」
「ふぅん。それで?」
「ママ・ドレスという建物がある。食品工場だ。もちろん今は稼動していない。少なくとも我々が以前付近を別件で捜索した際にはそのような兆候はなかった。建物の中には入ってはいないが中国軍
が隠れ住んでいるというような雰囲気はなかったよ。狙撃されなかったしな」
「別件?」
「ママ・ドレスはアーリントン墓地の奥にある建物だ。我々レギュレーターが用があったのは墓地の方だ」
「墓地に何の用があったわけ?」
「ジャンダース・プランケットが潜んでいたのだ」
「ジャン……ああ、あいつか」
激動の街ピットで永遠に眠ってる偽ワーナー君か。
ああ。
そういえばレギュレーターに追われてるとか言ってたな。それで奴隷商人と組んで、レギュレーターの追っ手が来ないピットを乗っ取ろうとしたんだっけ。
まあ、もう死んでるんだけど。
殺したのは私です。
「奴が墓地にある小屋に潜んでいたのだ。そこで我々は小屋を包囲した。奴は部隊を突破して逃げたがね。ミスティのピットでの行動の報告はこの間聞いたよ。おそらくジャンダースは我々の囲み
を突破した足で奴隷商人と組んでピットに向ったのだろうな。時間的に、そうなのだろう」
「それで、ママ・ドレスという場所はその時はどんな感じだったの?」
「ひっそりとしていた。軍勢が潜んでいるようには思えなかった」
「中国軍の数は?」
「およそ500」
「はっ?」
「およそ500だ」
「……」
デタラメな数だ。
メガトン、ウルトラスーパーマーケット、アンデール、アレフ居住地区、メレスティ、ビッグタウン、これが現在交易路で結ばれた街であり盟約によって巨大で一体となったコミュニティ。
それでも全ての人口を足しても500には満たない。
一昔前なら500という数は大した事はないのだろうけど今現在のこのキャピタルの状況を考えれば多い。
多過ぎる。
「ミスティ。話を進める。どうして我々が中国軍だと特定したかと言えば、簡単だ。連中は中国系の装備をしているからだ」
「はっ?」
「中国製アサルトライフル、中国製ピストル、中国製の剣を標準装備としている。服装も中国軍の軍服だ」
「……分かり易い装備ね」
「ある意味で<中国軍だと特定して欲しい装備>にも思える。だが連中の国籍も軍籍も我々レギュレーターにはどうでもいい。ママ・ドレスの周辺にいる者達を連中は攻撃している。斥候からの
報告では犠牲者の大半はレイダーだが放浪者も犠牲になっている。捨て置くわけには行かない。どう思う?」
「確かに捨て置けないわね」
「だろう?」
我が意を得たとばかりにソノラは笑った。
確かに。
確かに旅の安全を脅かされるのは見過ごせない。
それに新たな勢力が出張ってくるのは正直な話、歓迎は出来ない。
叩くか。
レギュレーターと一緒に。
「そうそうミスティ。連中は全員グールだ」
「200年前の連中ってわけ?」
「そうなるな」
グール。
放射能で突然変異を起こした面々。
見た感じが一昔前のゾンビ映画のアレなので偏見の対象になるけど……ゴブは良い奴です。というか人間に良い奴も悪い奴もいるのと同じなんだけどね。
ただしフェラル・グールは獣です。
理性は皆無。
食欲という本能だけで襲ってくるのであれは敵です。
まあ、そもそもフェラルとグールの外観には差がない。よく見ると瞳に知性が宿っているか宿っていないかの差はあるんだけど、ともかく外観には差がほとんどないので、それが元でグール差別
が始まったと言っても過言ではない。もっともこれは余談だけど。
さて。
「最初私は<反ヒューマン同盟>の連中かと思った」
「<反ヒューマン同盟>?」
「ロイ・フィリップが率いるグールの組織だ」
「ロイ……あー、聞いた事があるなー」
確か。
確かアンデールでフェラルをけしかけた奴だっけ?
ああ、あとはボルト101の前でラッドローチしか友達いなかった可哀想なグールのガロもそいつの手下だっけ?
今日は復習が多いなぁ。
「当初はそいつらの仕業かとも思ったがママ・ドレスで挙兵する意味がない。連中の当面の目的はテンペニータワーの奪取。暴れる場所が違う」
「ふぅん」
「どういう経緯かは知らないがタロン社が大部隊を展開しつつある。多分タロンの小部隊が中国軍に潰された為の報復だろう」
「じゃあ勝手にやらせとけば? 私達が介入する必要はないでしょ?」
「狼と虎の戦い、どちらが残っても面倒。残った方を私達が叩く。それが一番効率的だし問題ない。そうではなくて?」
「まあ、そうだけど」
「アウトキャストと我々レギュレーターは同盟を組んだ。今回のみの一時的なものだけど。連中も部隊を出してくれることになってる」
「アウトキャストが?」
「ええ」
「どうして連中が介入するわけ?」
「クリムゾンドラグーンとかいう部隊が当時の中国軍にはいたらしい。その部隊の持っていた技術があるかもしれない、という理由だな」
「ああ。技術欲しさか」
「そうだ」
BOSから分派した連中だ。それがOCだと聞いている。
BOSそのものは西海岸を本拠にしている連中で、技術の採集の為に各地方に部隊を展開しているらしい。
ここにいる、東海岸のここにいる連中も送り込まれてきた連中なわけなのだが、こいつらは技術の採集ではなく地元の英雄になる為に本部から独立した、らしい。前に誰かに聞いたような。
わりとアンチが多い。
私?
私は別にどうでもいいっす。
BOSには敵意の感情はない。
もちろん仲間意識も持ってないけど。
OCに関してはさらに散漫な意識しか持ってない。
ああ、そういえば私の副官のアカハナはOCの元メンバーだったな。正確な素性はといえば正規のBOSメンバーではなく、ウェイストランドでの志願兵。
さて。
「ソノラ、結局中国兵は何がしたいの?」
「分からん」
そもそも行動の理論がおかしい。
格で世界が吹っ飛ぶ前ならともかく今の時代500という数は脅威だ。
圧倒的と言ってもいい。
それに中国兵はグール化している、おそらくは核で世界が吹っ飛ぶ瞬間にはこの地に潜伏していた事になる。
どうして中国軍がアメリカの首都にいるのかは、まあ、おそらく特別強襲部隊とかという感じなのだろう。精鋭で首都を攻撃するとかゲリラ活動して混乱させるとか。
そんなところだろう。
問題なのはどうして今の今まで引き篭もってたかという事だ。
もっと早くに行動起こしてもいいはず。
もちろんその辺りは連中の都合というものもあるだろう、だから絶対におかしいとは言わない。おかしいのはその武装だ。どうしてわざわざ<中国軍>を強調するのかが不思議でならない。
不思議というかあからさま過ぎるというか。
不自然すぎる。
誰かが<中国軍>だと印象付けたがってるのだろうか。
でも誰が?
気に食いません。
気に食いませんとも、ええ。
「どうしたミスティ?」
「ソノラは気にならないの、中国軍」
「まったく」
「何故?」
「レギュレーターはウェイストランドにとって<為にならない>存在を排除する組織。思想はそれだけだ。他に感情などいらない。シンプルでいいだろう?」
「確かにね」
私は微笑する。
そう。
思想はそれだけでいいだろう。
本当に中国軍なのかどうかはとりあえず問題ではない。無差別に攻撃を続けているのであれば、いずれはメガトンを始めとする集落を襲うかもしれない。
それは無視できない。
ならばどうする?
排除する。
処方箋はそれだけで充分だろう。
「ソノラ、その依頼を受けるわ」
「その献身に感謝する」
アカハナたちに声を掛けるとしよう、グリン・フィスにもね。クリスチームは助けてくれるだろうか。
さてさて。
お仕事お仕事。
その頃。
中立地帯ジャンクヤード近郊。
廃車や廃材などが溢れるジャンクヤードはキャピタル・ウェイストランドに存在する武装組織の間では中立地帯として知られていた。
そういう協定が結ばれているわけではないが必然的にそうなっている。
何故?
答えは簡単だ。このジャンクヤードでは武器の売買が行われるから。
ウェイストランド随一の武器商人の名はドゥコフ。ロシア人の男性。彼が率いる組織が調達する武器はここで秘密裏に売買されている。無法を売り物
としているレイダー連合もドゥコフとその組織は狙わない。一時的に略奪したとしてもその後が続かないからだ。
この地にいる組織はドゥコフに首根っこを掴まれているのと同義。
武器と弾薬を握る武器商人こそが影の支配者。
ただ基本的にドゥコフは商売人ではあるものの根は悪人ではない。特に狡猾でもないし残酷でもない。頭の回転も早く相手の機微も読み取るのにも
長けている。商売が長く成功する為の秘訣も心得ている。その一環として行っているのが武器の配送。
ジャンクヤードで引き渡した銃火器や弾薬を取引相手の拠点まで運ぶのを商売の一部としている。
ドゥコフの組織が側にいるので誰も狙わない。
狙えば武器の取り引きが止まるからだ。
まあ、野生動物や機械群などは襲っては来るが……。
ともかく。
ともかくドゥコフはある程度の危険手当を要求するものの客としたら円滑に武器が自分達の拠点に運び込まれるのでこのサービスを受け入れている。
ただ今回、キャップ惜しさにそれを拒んだ者達がいる。
パラダイスフォールズの奴隷商人たちだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
断末魔。
危険手当を惜しみドゥコフの組織に運んで貰うのを拒否。自分達の部隊でパラダイスフォールズに運び込もうとしたのが災いした。
ジャンクヤードから20q進んだ時点で襲撃された。
誰に?
赤毛の女が率いる部隊に。
突然の奇襲だった。
奴隷商人は最近落ち目。赤毛の冒険者に奴隷奪還作戦を邪魔され、さらにピットでの敗退。レイダー連合は奴隷売買に手を出し始めている為に抗争が
激化して戦力が大幅に低下。新たに強力な武器を手に入れて戦力を強化しようとしていた矢先の襲撃だった。
赤毛の女性が率いる部隊の奇襲の前にあっという間に奴隷商人の部隊は壊滅。
奴隷商人部隊の指揮官は血塗れになって転がった。
部下達は全滅。
薄れ行く意識の中で指揮官は呟く。
「……赤毛の冒険者が……略奪かよ……」