私は天使なんかじゃない







クレーターサイド雑貨店のモイラ





  荒廃した世界。
  人の皮を被ったレイダーと呼ばれる無法者達が徘徊する、キャピタルウェイストランドの荒野の大地。
  残酷と。
  残虐と。
  非道に満ちたこの世界。救いはない?

  ただ、忘れてはならない事。
  私達が生きる為にバラモンを殺してその肉を食らうように、レイダー達も人を殺して持ち物を奪い、日々の糧にしている。
  連中が正しいとは言わないけどこの時代、誰がそれを否定できる?
  誰が……。

  危険に満ちた世界。
  狂気に満ちた世界。
  こんな世界を逞しく行き抜こうとしているだけではなく、他者まで救おうという風変わりな女性に私は出会った。
  その女性の名は……。





  「俺は金を取り立てろと言ったんだ。だがシルバーは死んだと思えは言う。つまりだ、お前は約束を反故にした」
  「それは……」
  モリアティの酒場。
  私はスプリングベール小学校に巣食っていたレイダー達をルーカス・シムズとビリー・クリールと一緒に討伐、メガトンに戻って来た。
  スプリングベール方面に行った理由は2つ。
  1つはレイダー退治。
  ルーカスが『その装備じゃ親父を探すのも夢物語だぞ』というので、手伝った。レイダー達の武装は好きにしていいって言ったから。
  つまり武器と弾薬の収集の為の討伐だ。
  収穫物?
  まあまあかな。
  ハンティングライフルが一丁。32口径の弾丸が50発。
  10mmサブマシンガン。10mm弾が100発。今後はこれを主力に使うとしよう。トリガー引いている限りは弾装空になるまで撃てるし、操作
  して発射方法をフルオートから単発にも変えられる。つまり10mmピストルとしても使えるのだ。
  まさに無敵さ♪
  ほほほ♪
  今後はサブマシンガンとハンティングライフルを主力に使おう。
  さて。
  「ああん? まだ文句あるのか?」
  「……」
  沈黙したまま、モリアティを睨みつける。……睨みつけるものの、分が悪い。
  酒場の中はまだ準備中。
  バーテンのゴブとノヴァ姉さんが触らぬ神に祟りなしとばかりに知らんぷりして開店準備中。……薄情者ー。
  まあ、仕方ないですけど。
  ……。
  あっと、スプリングベール方面に行ったもう1つのの理由か。忘れてた。ごめんねー(てか誰に弁解よ?)。
  借金の取立てだ。
  シルバーという女性がモリアティのお金を盗んで高飛びした。だから、借金の取立て。でもそれは嘘だった。いや少なくともモリアティ
  の方が悪いと思った。私の勝手な判断です、ごめんなさい。モリアティに対して偏見しか持ってませんでした。
  だから見逃した。
  まあ、任務を反故にしたと取られてもおかしくないか。
  「あのさ」
  「あん?」
  シルバーを救ったのは私が善人だからだ(文句あるのー?)。だけど、モリアティが反故にしたなーと言い、その結果パパの居所が
  教えてもらえなくなるのは非常に困る。
  とっても困る。
  別のアプローチの仕方をしてみよう。
  「私はパパの居場所が知りたいの」
  「知った事か」
  「だって、仕方ないじゃない。シルバーはレイダー達に惨殺されてたんだから。そこは私の所為じゃないわよ」
  「……」
  「……お願い、パパの親友なんでしょ? パパが前に言ってたわ」
  「ジェームスが?」
  「うん」
  口からでまかせ嘘も方便。
  満更でもない顔をする。
  ……こいつ人から慕われるのは嫌いじゃないんだ。悪党の分際で、お人好しです事。
  悪党が欲しがるモノは何?
  そして……。
  「どうしたら教えてくれる? パパの居場所を」
  「100キャップ出しな」
  「100キャップ……」
  手持ちのキャップは200。スプリングベール小学校のレイダー達から巻き上げたから、200ある。払えるよ、払えるけど……惜しい。
  というのも武器はあるようでないのだ。
  どういう意味?
  つまりオーバーホールしないといけない。使い物にならない。
  シムズとビリーとはメガトン入ってから別れたけど、別れ際に『武器の整備には結構金掛かるぞ』と忠告されている。
  モリアティに情報料を支払える。支払えるけど、ちょっとまずい。
  支払った瞬間にパパの居場所は分かる。
  だけど何の武器もなしにどうしろと?
  ……。
  ボルト101出立ての時とは違い(まあ、まだキャピタルウェイストランド暮らしは数日だけど)今は少しだけ冷静に物事を見れるように
  なってる。10mmピストルでは火力不足。どうしてもマシンガンとライフルの整備が必要。
  そうしないと旅には対応できない。
  先に支払って情報だけ買って、それから稼いで武器の整備?
  そうね。
  それもいいけど、やっぱりこの荒野で生きるには火力不足。ここはまず武器のグレードアップ。それが一番であり、最適だ。そして全て。
  ここでモリアティの要求を呑むわけには行かない。
  私は微笑。
  「ごめん。お金持ってない♪」
  「ちっ」
  「必ず都合するから、だから……」
  「ああ。お前ほどの上玉なら街角で春を売ってりゃすぐに10倍以上のキャップを稼げる……ぐはぁっ!」
  「ごめん。蹴っちゃった♪」
  床に伸びるミスター・オーナー。
  下品な事を言う奴が悪い。



  酒場を出て、武器屋を目指す。
  酒場を出て……。
  「あっれー?」
  武器屋ってどこ?
  ……。
  そーいや聞いてなかった。まあ、いいか。この世界の状況はよく分からないけど、メガトンには100に近い住人が住んでいる。
  人に聞けばいいだけだ。
  あっ、女の子がいる。
  あの子に聞こう。
  「ハイ」
  「……あっ」
  あれー?
  あの女の子だ。この間、爆弾の側で絡まれてた子供。私が助けたのに、そのまま逃げた女の子。
  名前も知らない。
  せめて名前ぐらいは聞かせて欲しいわねー。子供が大人を恐れるのは分かるけど、私はまだ19歳。完全に大人って歳ではない。
  「ねぇ」
  「ビリーに言われてるの。知らない人と話しちゃ駄目だって」
  「いや、道を聞きたい……」
  「ごめんなさい」
  タタタタタタタタッ。
  ……はぁ。
  また走り去る。よっぽど人見知りの女の子らしい。
  まあいいですけど。
  すれ違った黒人の女性に武器屋の場所を聞き、私は向かう。このメガトンで唯一の武器屋……いや雑貨店に向かう。
  クレーターサイド雑貨店に。



  「へぇ」
  出た言葉は感嘆か嘆息か、自分でも不明。
  店内は埃っぽい。
  モリアティの酒場の中もそうだけど、どうもモノクロームな内装が多い。まあ、問題はないですが。
  クレーターサイド雑貨店、店内。
  アサルトライフルを背に担いだ鋭い眼光の男が壁に背を預けて、来店した者をその眼光で射すくめる。一瞬、殺気が交差した。
  私も負けじと殺気を放つ。
  ガン飛ばしには自信があります。
  「……」
  「……」
  先に引いたのは、男の方だった。
  ニヤリと笑う。
  「いらっしゃい。クレーターサイド雑貨店にようこそ」
  「それはご丁寧に、どうも」
  「俺はこの店の傭兵だ。オーナーとあんた、両方護るのが仕事だ」
  「……そいつはどうも」
  傭兵か。
  なかなか腕が立つみたい。
  メガトンって傭兵が必要なぐらいに危ないのかな?
  ……。
  まー、スプリングベール小学校ほどの物騒さではないでしょうけどね。あそこは最悪だった。外の世界って怖いなぁ。
  確かに不自由ではあったもののボルト101は安定していた。
  じゃああの穴蔵が安全だったかと言えば、それはまた別の話だけど。
  さて。
  「店主は?」
  「直に出てくるだろう。店を見て回るといい。ただし、変な気は起こすなよ。厄介に見合う給料は貰ってないのでね、面倒はごめんだ」
  「はいはい」
  私が目下必要としているのは、修理だ。商品ではない。
  食材を買う?
  いやまあ、買っても調理するとこないから特に必要はない。どっかで食べるとしよう。そもそも私はどこに泊まればいいんだ?
  いざとなったら保安官に泣きつこう。
  無下にはしないはず。
  戦友だし、助けてくれるだろう。
  ……多分ね。
  「へー」
  お言葉に甘えて見て回ろう。
  不潔だ。
  衛生的ではない店内、商品。
  ボルト101の潔癖至上主義の連中が見たら卒倒する事請け合いだ。アマタも清潔好きだからきっと泣くわね。
  これが世界、か。
  まだ現実味はないけど、私はリアルにここに存在している。
  そう思うと感慨深いなぁ。
  ……。
  すいません私はボルト101において不潔に生きていた、というわけではありません。
  揚げ足取る奴は処刑です。
  以上っ!
  「あっ」
  飾ってある服の1つが目に止まる。
  あれはボルトスーツ。
  ボルト101で着られている標準的な服だ。手にとって見てみる。背中には『101』と記されていた。前にパパに聞いたんだけど、所属して
  いるボルトの番号に応じて、背中の番号が違うらしい。ボルト101に所属していたら『101』。ボルト112なら『112』。そんな具合だ。
  大分古い。
  パパの着てた服、ではなさそう。ここに立ち入った際に売却したというわけではなさそう。
  ふーん。
  誰のだろ?
  てかどういう入手経路なんだろ?
  ボルトの隔壁は開けられる事はない。私とパパは開いたけど、確率的にはゼロに近い。……いやー、結構頻繁に開いてるのかな?
  監督官に情報統制されているので何とも言えない。
  さて。
  「あら、いらっしゃい」
  「ん?」
  女性が出てくる。油に塗れたツナギを着た女性。
  柔和な笑み。
  瞳には知的で、好奇心に満ちていた。
  「何の御用?」
  「えっと、武器の修理って、やってる?」
  「ええ。……見ない顔ね。旅行者か何か?」
  「私はミスティ。実は……」
  「知ってる知ってるっ! もうその名前は街を駆け巡ったわー」
  「はっ?」

  「ボルトから迷子なんですってね、貴女っ!」
  「ま、迷子?」
  「へー? お目に掛かるのは久し振りよ。私はモイラ。モイラ・ブラウン。クレーターサイド雑貨店のオーナーよ」
  お目に掛かるのは久し振り?
  ……。
  監督官の言ってるのは、嘘か。
  私やパパだけではなくボルト101から脱した者が他にもいるのだろう。多分。となるとあの服は別の脱走者のものか。
  なるほどなー。
  「武器の修理は……」
  「ええ。するわよ。弾薬も私が作ってるの。それで手持ちはいくらある?」
  「200キャップ」
  この通貨の相場が分からない。
  だけどモリアティが情報料として100キャップ要求してくるのを考えると……100は結構高額。その2倍の200キャップは大金だ。
  ……多分ね。
  「200で武器の修理?」
  「ええ。これを下取りに出してね」
  10mmピストルを差し出す。マシンガンがあるから、これはもういらない。
  モイラは頭を掻き毟りながら何かを考える。
  「200じゃ、大した整備は出来ないのよ。ごめんねー。その銃の下取りをしても……んー、中途半端になるなー」
  「そ、そうなんだ」
  相場が分からん。
  「だけど私の手伝いをしてくれるならその金額でやってあげるわ。弾薬もプレゼントしてあげる」
  「手伝い?」
  「私はウェイストランドの本に取り組んでるんだけど……ボルト居住者の前書きがあれば最高なのよね。手伝ってくれない?」
  「はっ?」
  よく分からん。
  ボルト居住者の前書きって……あれ?
  「そこの服の人に聞けばよかったんじゃない? 前はその発想なかったの?」
  古びたボルトスーツを指差す。
  「ああ、あれね。あの子にはもう聞けないのよ」
  「あの子?」
  「あの子」
  「どこであのボルトスーツを?」

  「10年か、12年ぐらい前、街に来た女の子が持ってたのを覚えてるわ」
  「へー」
  結構歳いってるのね、この人。
  若く見えるけど何歳ぐらいかな?
  「その子、ウェイストランドの事を何も知らなくて、そのままだと怪我をするから、あたしがその子のボルトスーツに防具を付けてあげ
  たの。でも彼女は……可哀想に、死んでしまったわ。それがこの本を書くきっかけよ。手伝ってくれる?」
  「んー」
  本の作成。
  それはいい。
  それはいいのよ。
  ただ、私はパパの居場所……いやー、優先順位を考えよう。まずは武器の調達だ。しかし手持ちのお金では整備もままならない。つまり
  モイラの要請を蹴った時点で私の旅路は停滞する。要請を受諾すれば、少なくとも武器は整備可能。
  考えるまでもないか。
  「いいわ。で? 何するの?」
  「手伝ってくれるわけ?」
  「ええ」
  「やったっ! 地下で一生を過ごすのってどんな感じか教えて。初めて外に出てきた気分とか、何でもいいからさっ!」
  気分ね。
  太陽に感激したのは確かだ。
  「外の世界は素晴しいと思った。だって、天井がないんだもの」
  「そうなのよ。あの遥か上の巨大な電球を取り替えるのは大変なのよっ!」

  「はっ?」
  何言っちゃってんだこの人?
  モイラはにっこり笑う。
  「女性に話しかけるにはもってこいのジョークね。それでー……本、手伝ってくれるの?」
  本も手伝うのかよ。
  ただ私は逆らえない立場だ。整備の為にもここは恩を売る必要がある。
  そもそも何の本だ?
  「どんな本を書いてるの?」
  「ほら、ウェイストランドって危険でしょ?」
  「まあ、そうね」
  よくまだ分からないけど。
  確かにレイダーとかいう連中が肉食動物のように徘徊しているのだから、物騒なのは確かだ。……その物騒なのデストロイした私は?
  くすくす。もっと物騒♪
  「それで?」
  「役立つ情報を集めた物があるといいと思ってね。ウェイストランド・サバイバルガイドとかっ!」
  「なるほど。それ私も欲しい」
  「でしょ? でしょ?」
  マニュアルがあれば生き易いのは確かだ。
  ボルト101から出て来たばかりの『ひよっこ♪』の私にしたらそういうホンは必要だと思うわ、実際問題ね。
  ……。
  まあ、本の完成を待ってる時間はないですけど。
  何気に今から作成するみたいだし。
  出版は何年後?
  「私は何すればいいの?」
  「1人じゃ無理なのよ。つまり二人三脚でやる必要があるわけ」
  「具体的には何をするの?」
  「その為にあたしの仮説を証明する助手が必要なの。本の記述の間違いの所為で怪我人が出たら嫌だもんね。そういうのって誰も喜
  ばないし。本が間違ってたらきっと怒鳴りつけに来るのよ、すっごい汚い言葉とかでね」
  「は、ははは」
  すいません間違いで死んでた場合はどうなるんでしょう?
  その可能性もあるでしょうよ。
  何なんだ、この人?
  でも……。
  「素晴しいアイデアだと思う」
  正直にそう思う。
  「乗ってきたわねー。それじゃあ、まず第一章は日々の危険の中で生き残るって事よね。……そうだ、食料と薬品を安全に手に入れる
  事から始めてくれない? どこどこにたくさんありますよーっていう証明が欲しいのよ」
  「……?」
  「私は本を書く人、貴女は体験する人」
  「はっ?」
  つまり私は兵隊、貴女は指揮官。
  そういう区分かよー。
  「食料と薬品は皆が必要なもの。だから手に入れられる場所が必要なわけ」
  「はあ、まあ、そうですね」
  「スーパーウルトラマーケットがわりと近くにあるの。ああいうところにまだ食料や薬品が残ってるのか知りたいのよ」
  「……あのさ」
  「何?」
  「戦争終わって二百年だよね?」
  「そうだけど?」
  「……まだ食べれるわけ?」
  「大丈夫よ。旧時代のテクノロジーは偉大なんだから♪」
  「……」
  ま、まあ、あたしもヌカ・コーラ飲んだけどね、二百年前の。死にはしないんだろうけど、やっぱり生理的になー。
  この世界の食糧事情ってどうよ?
  この間ゴブに奢って貰ったバラモンステーキおいしかったけど、あれ放射能で突然変異した2つ頭の牛の肉だし。まともな食材って
  あるのかな。全面核戦争って怖いなー。切実な世界を体験中です。
  まあいい。
  「武器の整備は?」
  「今からやるわ。その間、二階で休んでていいわよ」
  「いいの?」
  「ええ」
  それは助かる。
  少しだけ仮眠しよう。
  「食料が最優先だけど薬品もないか探してきてね。もし何もなくても、生きて戻ってきてね」
  「はいな」
  ……。
  ふむ。
  ルーカス・シムズをまた誘ってみるかな。街の為といえば手伝ってくれそうだし。
  とにもかくにも友達になれそうな人と知り合えた。
  友達になれない?
  さあ、それは分からない。だけどしばらくは腐れ縁として付き合う事になるでしょうね。本を書く人と実体験する人、コンビ結成。
  ……さて。少し寝よう。