私は天使なんかじゃない







交易路で結ばれた街






  街を育むのは人。
  街を発展させるのは交易。






  不発の核爆弾を中心に作られた集落メガトン。
  そこに住まう者達はボルト101への移住を拒否された者達の末裔、そして核爆弾を神と崇めるカルト教団チルドレン・オブ・アトム。
  発展とは程遠い集落に過ぎなかった。


  そこに1人の少女がやってくる。
  ミスティ。
  現在キャピタル・ウェイストランド全域で『赤毛の冒険者』と呼ばれる少女。
  彼女の目的はボルト101から突如姿を消した父親を探す事。
  そう。
  目的は自身の問題の解決の為。
  だが……。


  結果として全てが繋がった。
  街と街が繋がった。
  彼女の働きによりスーパーウルトラマーケットは交易商が多数訪れるバザールの地となった。
  アレフ居住地区と吸血鬼の街メレスティは相互扶助の提携を結んだ。
  それぞれの街はメガトンを起点として交易路を形成。
  何故?
  レギュレーターが交易路整備の為の資金提供をしたからだ。ソノラ率いるレギュレーターはメガトンを活動拠点の1つとして使っていた。交易路の整備は街
  を富ませるだけではなくレギュレーターの勢力拡大にもなる。交易路の防衛としてソノラ達が一役を買い、さらに自警団が結成された。
  旅の安全は維持された。
  旅の安全は保証された。
  メガトンは交易により発展する。もちろんメガトンが富めば繋がっている他の街も富んでいく事になる。
  さらにビッグタウン、アンデールも交易路で繋がった。
  交流そのものは希薄ではあるものの物資のやり取りをボルト101ともする事になった。交易者達の街でキャラバン隊の出発点でもあるカンタベリー・コモンズ
  との親密さも増した。交易路が確立されればキャラバン隊の行動も活発となる。
  こうして。
  こうして経済は円滑になっていく。


  まだ繋がっていない街もある。
  廃墟のDCにあるアンダーワールド、ハンニバル率いる元奴隷達の街、ウェイストランドとは別の地方にある街ピット。
  交易路は形成されていない。
  だけどある意味では繋がるかもしれない。
  それぞれの街は既に赤毛の冒険者という少女と懇意だから。
  そして……。






  「それで? 私に何の用なの?」
  「機嫌悪そうだな」
  「せっかく久し振りにパパとの朝食だったのに。それで?」
  私は来客に対して突き放すように言う。
  自分でも不機嫌なのは分かってる。だけど感情を押し殺すほど、顔を使い分けれるほど私はまだ大人ではないので。
  場所はメガトンの街。
  自宅の自室。
  最近私は疲れまくりです。そもそもメガトンに帰ってばっかり。
  勝手にワーナー(実際にはジャンダーズ・ブランケットだったけど)にピットに拉致られた。でピットのゴタゴタに巻き込まれました。
  アリーナでの戦闘とか色々と面倒でした。
  つーか望んでないし、あの展開(泣)。
  ……。
  ……まあ、アッシャーとお近づきになれたのはラッキーかな。
  彼は政治家だ。
  それもバランス感覚に富んだ政治家。
  もちろん慈善家ではないので時に過酷な政策も打ち出すだろうけど……それでもただ善人で無能なよりは全然良いだろう。それに今のアッシャーはマリーに
  対しての評判を気にしている。マリーが成長した時、非難されるのを恐れている。だから過酷過ぎる風にはならないはず。
  あくまでピットの為になる政策を打ち出すと私は見ている。今後のピットの為の政策、それはすなわちピットの住人にとって為になる政策という事だ。
  性格的にも彼はバランス取れてるし。
  ああいう人と知り合えた事によって私の価値観や認識を高める効果があったと思ってる。
  「機嫌が悪いのであれば仕方がない。本題に入って構わないか?」
  「どうぞ」
  来客はルーカス・シムズ。
  メガトンの街の保安官兼市長。メガトンの影の支配者を自称していたモリアティは不慮の事故で死亡しているので名実ともにルーカス・シムズが市長。
  実のところ彼はレギュレーターの一員でもある。
  レギュレーターの幹部?
  さあ。それはどうだろ。聞いた事ない。
  それで?
  愛しのパパとのスイートな朝食をわざわざ邪魔しに来たルーカス・シムズの用件は何だろ。
  とっとと終わらせて欲しいものだ。
  私の態度は横柄?
  うーん。
  横柄じゃなくて、ただお腹が空いているというのもある。
  食べ掛けだし。
  さて。
  「ミスティ。グレイディッチという街を知っているか?」
  「知らない」
  そんなにキャピタル・ウィストランドに精通しているわけではないし。
  元々はボルト101に住んでた。
  そう。
  ある意味で人類最後の平和の楽園とも言える場所に住んでた。もちろん平和の代償として一生涯死ぬまで退屈で平穏な日々が約束されちゃってるわけだけどね。
  パパが脱走しなければ私も出る事はなかった。
  まあ、今は出れて良かったと思ってるけどさ。今現在は、毎日が冒険日和。
  「実は随分前から音信不通になっている街だ」
  「ふぅん。メガトンと交流があった街なの?」
  「いや」
  「いや?」
  「グレイディッチは閉鎖的な集落でな。今まで関わり合いがなかった」
  「じゃ、何でそんな街に関心持つの?」
  「交易路の確保の為だ」
  「ああ」
  何となく察しが付いた。
  交易路の拡大の為には様々な集落と繋がる必要がある。まあ、そのまんまよね。ルーカス・シムズが考えているのはそれよりも一歩先を行っている
  魂胆だと思う。つまりはリベットシティと繋げるつもりなのだ。まあ、カンタベリー・コモンズも大概遠いけどさ。かなりの距離がある。
  カンタベリーとリベットは距離的には大差ないかもしれないけど、リベットの方が危険度は高い。
  だから。
  だからグレイディッチと交易路を繋げたいのだ。
  そうする事により旅路の安全を確保したいのだ。ある意味で中間地点的な感じ、かな。
  私はズバリと言う。
  「リベットと交流を持つ為?」
  「す、鋭いな」
  「そりゃ赤毛の冒険者ですから」
  今の発言が鋭いという理由になっているか分からんけどさ。
  最近では赤毛の冒険者という称号が気に入ってます。
  ……。
  ……ま、まあ、余計な厄介が舞い込む称号でもあるけど。
  既にタロン社、奴隷商人、スーパーミュータント、レイダー連合、この四つの組織は私の称号に殺意と敵意を持ってます。
  うー。嫌だなぁ。
  「で?」
  「グレイディッチと交流を持つ為に人を送ったのだが帰って来ない。三度ほど送ったが……いずれも戻らなかった」
  「ふぅん」
  アンデールみたいな感じの街なのかな?
  ちなみにそのアンデールとも現在は交易で結ばれている、らしい。私がピットに行っている間に結ばれた模様。あの街の再建の為には、健全化の為には
  とても大切な事だと思う、交易で結ばれた事はさ。
  「で?」
  私は話の先を促す。
  横柄?
  横柄ですね、確かに今の私は。
  だってお腹空いたもん(泣)。
  「今までグレイディッチは閉鎖的ではあったが攻撃的ではなかった」
  「政策を方向転換したのかも?」
  「いや。そうではない」
  「と言うと」
  「ラジオさ」
  「ラジオ?」
  「ギャラクシー・ニュースラジオで随分前にグレイディッチの事を言っていた。その時は気にも留めなかったがね。まだ交易路拡張は考えていなかったから」
  「ふぅん」
  久し振りに聞いたな、ギャラクシー・ニュースラジオの事。
  完全に忘れてた(笑)。
  スリードッグ元気かな?
  「ラジオでは何と言ってたの?」
  「アリが溢れていると」
  「アリ?」
  「そうだ」
  ジャイアント・アントか。
  放射能で突然変異した巨大なアリ。外皮は硬く、歯は強靭。ただし銃さえあれば簡単に片がつく。さほど強い敵ではない。
  ……。
  ……つーか常識無視してるよねー。
  普通昆虫はでかくならない。
  それが常識。
  何故?
  表皮が硬く重い。故に重力の関係でそれ以上大きくならない。大型化すれば重力の関係で動けなくなるからだ。でかければでかいほど体に負担
  が掛かる。一説では生物学的にはティラノサウルスも動けなかったらしい。でか過ぎるから。まあ、あくまで参考程度に。
  さて。
  「何人行かせたの?」
  「移動の際の危険性も考慮して10名編成だ。武装も充分。アリ程度に遅れを取る戦力ではなかったのだが……」
  「ふぅん」
  「事がここに至ると交易路云々を既に越えていると言ってもいい。グレイディッチの変がメガトンに及ばないとも限らない」
  「まあ、妥当な判断ね」
  「それに実は生き証人がいる。この街に逃げ込んできたグレイディッチからの難民だ」
  「何故私に依頼するの?」
  突っ込んだ質問をするとしよう。
  この街の戦力はかなりのものとなった。自警団もいるしレギュレーターの部隊も駐屯している。
  まあ、私もレギュレーターという罠もありますが(苦笑)。
  「ミスティ」
  「何?」
  「この街を離れている間に色々と動きがあったんだ。レイダーどもの動きが活性化している。エバーグリーン・ミルズにあるというレイダー連合の拠点から
  多数の敵がこちらに流れてきている。現在の我々の保有している戦力では防衛が限界なのだ。他の街の防備にも戦力を回す必要がある」
  「レギュレーターは?」
  「ソノラが直々に大部隊を率いて出撃している。現在街には駐屯していない。何でも近くにレイダーが集結中らしい。それを強襲するようだ」
  「つまり私しかいないわけか」
  苦笑。
  クリスチームが動いてくれるかは不明。結構仕事の好き嫌いが多いからね、クリスはさ。
  もっとも私には私の固有の戦力があるから断り辛い。
  激動の街ピットから着いて来たアカハナ達の部隊だ。副官アカハナを含めて10名の部隊。そこにグリン・フィスも加わる。人数的にはちょっとした部隊だ。
  あの連中、多分今は酒場に入り浸ってるはず。
  「どうだろう、ミスティ」
  ルーカス・シムズには借りがある。
  自宅とか色々と用意してくれたし今でも生活に必要なものを優先してこちらに回してくれている。確かに様々な援助は私が爆弾を解体したお礼なんだろうけ
  どそれでも私は恩を感じている。こちらが動けない理由があるわけでもなく、動ける以上は動くのが筋だ。
  行動出来るのにしない、それは私の美学に反する。
  ならば。
  「私の任務はグレイディッチの街の状況の真相解明? ……いや。解決?」
  「出来れば解決を頼みたい」
  「一応は条件があるわ」
  「言ってくれ」
  「私の新顔の部下達の防具を用意して欲しいの。コンバットアーマーが理想だけどレザーアーマーでもいいわ。後は散髪代」
  「……?」
  「いつまでもレイダー然としてたらこの街の固有兵力に相応しくないでしょ? 市民的にもビビってるし。私もこの街に暮らす以上、今後は私の小隊ともどもメガトンの役に立たなきゃね」
  「すまない。すぐに用意させよう」
  「じゃあ話はこれでお終いね。私は朝食を食べる。その後で、その難民とやらに話を聞きに行くわ」
  「ミスティ」
  「ん?」
  「ボルトの人間はどうしてそんなに親切なんだ? お前が特別なのか?」
  私はその問いに笑った。
  そして答える。
  「世間知らずなだけよ」









  その頃。
  奴隷商人達の本拠地パラダイス・フォールズ。ボスであるユーロジー・ジョーンズの執務室。
  「ボス。ドゥコフとの交渉しました」
  「そうか」
  黒人のユーロジーは若い部下を一瞥し、その後でワインを啜った。
  珍しく愛人達はいない。
  私室にはボスと部下の2人だけだ。
  「ロシア製の自動小銃100挺をご命令通りに注文しました。入手可能なのはAK47のようです。ただしデッドコピーではなく正規の品らしいので……」
  「値が張ると?」
  「はい」
  「幾らだと言っていた?」
  「パラダイス・フォールズにまで無事に運び込む危険料金を含めて……その……」
  「幾らだ?」
  「その、あの、10万キャップだと」
  「業突く張りのロシア野郎が」
  「その、どうしましょう?」
  「運び込みはこちらでやる。武器と弾薬の代金だけを請求しろと奴に伝えろ」
  「よろしいので?」
  「レイダーどもはこちらの商売に手を出してきている。対抗したいがピットでの痛手が大きい。我々の勢力は低下の一途だ。早急に武装を一新する必要
  がある。レイダーどもを圧倒できるだけの武器がな。武器の入手は可及的速やかに、そして必要最低限の出費でしなければならん。急げっ!」
  「了解しましたっ!」
  バタバタと走って退室する部下。
  ユーロジーはワイングラスを手にしばらく深紅の液体を見ていたが、突然それを床に叩きつけた。
  そして吼える。
  「全部赤毛の冒険者の所為だっ! あの女がいなければ俺の組織が弱体化する事もなかったっ! レイダーどもを始末したら次は奴だっ!」





  一時間後。
  武器商人ドゥコフの屋敷。ドゥコフの私室。
  どぎつい色の赤いベッドがある。
  そのベッドの上には真っ赤中身の女性がシーツを纏った姿で寝転がっていた。シーツ越しに見る体のラインから察するに全裸に近い姿。その隣にはこの
  屋敷の主であり武器密売組織のボスであるドゥコフがトランクス姿で腰を下ろしていた。
  扉の向こうには部下が控えている。
  その部下はパラダイス・フォールズからの伝言を伝えていた。
  「以上です、ミスター・ドゥコフ」
  「危険手当をケチるか。ふん。アメリカ野郎はケチだな。……まあいい。輸送しないでいい分、こちらも楽が出来る」
  ドゥコフは武器密売組織を仕切っている。
  扱っている武器は全てロシア製。
  どこかに大量の武器弾薬を秘匿しており、それを商売道具にしている。しかしどこに秘匿しているかは不明。だからこそわざわざ高いキャップを支払って
  顧客達は武器をドゥコフから入手するしかない。高い殺傷能力のみを追求したロシア製の武器は勢力を誇る者達には必要不可欠だった。
  故にドゥコフは儲かる。
  贅沢の極みを誇っているのもその為だった。
  代表的な顧客にはタロン社がいる。
  「よし。武器弾薬の用意をしろ。それでどこで武器の引渡しをする? 当然中立地帯でするんだろうな?」
  「奴隷商人どもは中立地帯ジャンクヤードを提案しておりますが」
  「了解したと先方に伝えろ」
  「分かりました」
  扉の向こうの気配は遠ざかる。
  ドゥコフは隣で寝ている赤毛の女に笑いかけた。
  「俺はお仕事の時間だ」
  「分かったわ。どうする? 私も手伝う?」
  「おいおい。聞いてただろ。商売相手はパラダイス・フォールズの奴隷商人だ。お前の顔は見知ってる。赤毛の冒険者の顔はな」
  「ふふふ」
  「タロン社の手配書も見たよ。そんなお前が俺の女、か。核爆弾と寝てるような感じだぜ。もちろんそのスリルが最高の快楽なんだがな」
  「私を連中に売り渡す?」
  「お前ほど最高の女を売るほど俺は馬鹿じゃないぜ。まあ、ともかく俺はお仕事だ。手配だけだからすぐに戻ってくる。だから服は着ないでいいぜ、ミスティ」
  「ええ。待ってるわ」