私は天使なんかじゃない








それぞれの価値観






  絶対的な答えは存在しない。
  視点1つで様々な答えがあるものだ。





  「はあ」
  「ハロルドは何て言ってた?」
  生きた大木のある広場から出て、私は門の前で待機していたアンクル・レオとグリン・フィスの元に戻る。
  元々いた2人の門番は姿を消していた。
  「主」
  「何? グリン・フィス?」
  「……」
  「ん?」
  私の顔色は幾分か悪いらしい。
  グリン・フィスは心配そうに見ていた。
  ……。
  ……まあ、顔色は悪くなります。
  何しろハロルドに頼まれた事は『殺してくれ』なわけだから気分が晴れるわけがない。
  敵ならいい。
  敵ならいいのよ、躊躇いなく殺す。
  だけどハロルドは敵ではないしアンクル・レオの友達。ハロルドはこの現状に嫌気を感じているのも分かるし死にたがってるのも分かるけど、それでも彼を崇める信者にしてみれば神様だ。
  神殺しは出来れば勘弁して欲しい。
  報復が怖い。
  ハロルド曰く、その点は説得してくれるらしい。
  だけど私の答えはNO。
  彼の心情を理解して答えを明確にはしていない、はぐらかした、だけど受けるつもりは毛頭ない。
  初対面なんだよ?
  殺す理由がない。
  私は頼まれたら誰でも殺すように奴に見えるのか?
  頼まれたからって殺せる道理はない。
  もちろん初対面じゃなくても殺しはしないけど面倒な展開だなぁ。
  このまま何食わぬ顔してトンズラ、それが一番簡単。
  だけど既に関ってしまった以上、ここで逃亡したらハロルドの心を傷つける事になる。殺すのも嫌だけどそれも嫌だ。
  はあ。
  こういう展開が一番の私の弱点かも。
  おおぅ。
  「主」
  「大丈夫よ、グリン・フィス。それよりもアンクル・レオ」
  「何だ?」
  「グリン・フィスと一緒にここにいて。誰も奥に入れないで。ハロルドの心理状態を考えると、誰にも会わさない方がいい」
  「分かった」
  アンクル・レオ、素直に頷いた。
  理由を聞く事すらしない。
  そういえばハロルドはアンクル・レオにも私と同じようなお願いをしたらしい。彼の先ほどの発言にはそういう意味が込められていた。
  だから。
  だから説明せずにアンクル・レオは頷いたのだろう。
  ともかくハロルドは隔離しておく必要がある。
  彼の現在の価値観から生じている思想的に考えると今の現状に対して大変な不満を持っている。
  私が迷ってる、やっぱり受けないかもしれない、ハロルドがそう疑心するのは妥当だしありえると思う。その場合、最悪信者に何かを吹き込むかもしれない。
  プッツンの可能性がないではない。
  そうなると厄介。
  まあ、彼と言葉を交わした感じから察するとハロルドはそういうタイプではないだろうけど、それでも注意は必要だ。
  最悪ツリーマインダーが敵対するわけだからね。
  「グリン・フィス、任せたわよ」
  「主はどこに?」
  「情報収集」
  ハロルドがここでどのような立場なのかを明確に知りたい。
  神様?
  そうね。神様扱いされてる。
  だけど信者……いや、ここの住民達にはそれぞれの価値観があるはずだ。どのように考えているかを知りたい。
  殺す気はない。
  殺す気はないけど、それでも万が一という事もある。
  その為には情報収集が必要。
  ……。
  ……まっ、結局は理由作りをするって事なのかな。殺すしかなかったという免罪符の作製の為の情報収集かもしれない。もちろん殺さないかもしれない、
  だけどそれだって免罪符。住民が反対しているから殺さなかった的な意味でのね。
  まあいい。
  とりあえずはハロルドの立場の詳細を知るとしよう。
  話はそれからだ。
  「任せたわよ」
  「御意」



  オアシス内を歩く。
  背にはインフィルトレイター、腰の左右には44マグナムをそれぞれ帯びている。
  弾丸は充分にある。
  万が一信者と戦う事になっても負ける事はなさそうだ。もちろん数の圧倒的な差があるわけだけど負ける事はないと思う。
  まあ勝つ事もないだろうけど。
  結局のところオアシス住人の方が数が多いから人海戦術されると非常に厄介。だけど彼ら彼女らが携帯している銃火器は骨董品に近い。威力の面では私の方が上。
  グリン・フィスは接近戦の名手だし帯びている武器はシシケハブ。森を焼くには最適な武器だ。
  ……。
  ……うっわすげぇ物騒な発想してんな、私。
  激動の街ピットから帰ってきたばかりだからかな?
  うーん。
  性格が現在攻撃的になっている模様。
  気を付けんと。

  「アウトサイダーなんでしょ? 良い人そうだねっ!」
  「ん?」
  オアシス内を巡回して、さりげなく誰かにハロルドの事を聞こうと歩き回っていると1人の少女が駆け寄ってきた。
  メガトンのマギーと同い年ぐらいかな?
  「あたしはサブリング・イュー。ここで生まれたんだよ」
  「私はミスティ。それでサブリング、ここで生まれたの?」
  「うん。お姉さんは?」
  「ボルト101」
  生まれた場所はジェファーソン記念館らしいけど……まあ、詳しい説明はいらないかな。ボルト101で通す事にした。
  特に支障はないだろ。
  「ボルトって何?」
  「はっ?」
  一瞬理解不能になる。
  ああ、そうか。
  完全に戦後世代、そしてウェイストランドと隔離されたような場所にいる以上、ボルトテック社の地下都市(正確には実験施設だけど)を知らなくても不思議ではない。もちろんどこで生まれようが
  そこは問題ではない。要は会話のきっかけが欲しかっただけだ。
  きっかけにはなったはず。
  「ボルトって魔法の王国みたいなところ?」
  「うーん。ここには負けるかな」
  「オアシス最高?」
  「最高」
  「でしょでしょ☆」
  はい。きっかけになりました。
  何気に私はスキル『Child At Heart』を所持しているらしい。子供の心を掴むのはお手の物。
  ほほほ☆
  「あなたは神様をどう思う?」
  「ハロルドの事? 本当に良い人よ。時々独りぼっちになると話をしに行くの。悪い夢を見た後は時々彼の根元の横に寝るの。あたしが何を怖がってるか、彼が何を怖がってるかをお互いに
  教え合うの。1人じゃないって分かるとハロルドも安心するの」
  「そう。仲良しなのね」
  「親友よ」
  サブリングはにっこりと微笑んだ。
  その声には嘘を感じない。
  ふぅん。
  ハロルド自身が今の状況に満足はしていないだろうけど……それでも彼を神様としてではなく友達として見ている人もいるのだ。
  サブリングのようにね。
  そして彼女と一緒にいる時、ハロルドも楽しんでいる節がある。
  幸福の人が常に幸福であるとは限らない。
  不幸の人が常に不幸であるとは限らない。
  生きている限りどちらかのみの属性に傾く事はありえない。不幸もあれば幸福の側面もある。ハロルドの人生にもそれは言えるだろう。
  まあ、現状が幸せだとは一概には言えないけどね。
  大木に変異する。
  確かにこれは幸せではないだろうけど……うーん、ハロルドを殺すとサブリングが悲しむのは確実だ。
  「うーん」
  「どうしたの、お姉さん?」
  「考え事」
  ハロルドは知らないようだけど、彼はこのコミュニティの中心となっている。
  信者とか信仰とか、それを抜きにして考えても……殺すのは後味が悪いな。いかにハロルドが説得しても住民に怨まれるのは確実だ。
  「サブリング、私そろそろ行くわ」
  「どっか行っちゃうの?」
  「散歩」
  「案内してあげようか?」
  「ううん。いいわ。大丈夫」
  「じゃあまた後でね」
  「ええ」
  サブリングと別れて私は歩き出す。
  住民達は私を見ると軽く目礼してくる。神様であるハロルドご推薦の人物だからかな、敬意は。彼ら彼女らの崇拝する神様が実は死にたがっているというのを知ったらどう動くだろ。
  そして私が神様に死を与えるかもしれないと知ったらどう動くんだろ。
  うーん。
  やっぱり重い選択だなぁ。
  結局この場所はハロルドがいてこそ成り立っているわけだ。
  多分ここにある植物もそうだ。
  この生い茂る森だってハロルドの存在があってこそだろう。おそらくハロルドがいなければここはただの岩場に違いない。
  結構ハロルドってこの地に根強い影響力があるんだなぁ。
  さてさてどうする?
  その時、口論が聞こえてきた。ここの長老パーチという爺さんと知らない婆さんの口論だ。
  内容はハロルドの事。
  向こうはまだ私に気付いていない。立ち止まって聞く事にする。


  「だから誤解だって。彼がアウトサイダーに助力を求めるのに他にどんな理由があるの?」
  「アウトサイダーは我々を敵から護る為にここに遣わされたんだ。この場所をウェイストランドから完全に隔離する為に。我々を略奪から救う為に」
  「彼の力を独占していたら平和を説く事なんて出来ないわ。そんな事は彼も望んでいないわよ」
  「もし我々が彼の奇跡を世に広めれば彼を危険にしてしまう。それは出来ない、許されないよ」
  「……私達、また息詰まってるわね。アウトサイダーに話を聞いてみない?」
  「それがいい。彼は彼女を遣わした、ここに招いた、つまり意味があるのだ。そして彼女の存在は我々に対しての試練を超える鍵となるだろう」


  おやおや。
  オアシスの命運は私次第ですか。
  丸投げ過ぎない?
  まあいいけど。
  話の内容から察するとハロルドを世間に売り出すかどうかという事かな。……まあ、表現は俗っぽいけどそういう事なんだろう。
  婆さんは世間に知らせたい派。
  爺さんは世間に知らせたくない派。
  ただし2人とも共通しているのはハロルドを神様だと思っているという事だ。
  そうね。
  そもそもそれが誤解の原因だと思う。
  ハロルド→神様。
  この定義がハロルドを惨めにしてしまう。彼曰く、自分は間抜けな人間……という事になるわけだし。まずは神様論を排除するべきなのかもしれない。
  私はパーチに呼びかけると彼はこちらを向いた。
  真実を教えてあげるとしよう。
  「悪いけどパーチ、彼は神じゃないわ。ハロルドって名前なのよ。ドロドロした何かで変異した人間……いや、グールなのよ」
  「おお。彼は我らに試すのと同じように貴女を試しているっ!」
  「はっ?」
  「彼は途方もない物語を紡ぐ事で貴女の信心を強いか試しているのです。神以外の誰がこのような事が出来るでしょう?」
  「えっと……」
  「心配ない。すぐに我々のように彼を理解出来るようになります」
  「……」
  そ、そうか。
  パーチは自分自身の振り回すハロルド神様論が絶対的と信じきっているから他の意見をまず否定するところから始めてしまうのか。
  だからこそ他の意見を受け付けない。
  ハロルド自身の言葉も本気の否定ではなく、パーチを試す何らかの試練的な意味合いの発言だと思ってしまうわけか。
  つまり?
  つまり一番の古株のパーチの独善が今の状況を招いているわけか。
  こりゃ正さないとね。
  ハロルドが神様として振舞っているなら別にそれはそれでいい。
  だけどハロルドはそれを否定したがっている。
  ならばパーチの独善を正さなきゃいけない。
  そうじゃないとハロルドの立場が変わらないままだ。
  私は彼を殺したくない。
  このオアシスの中心人物として存在しているハロルドをそれぞれの価値観で必要としている。
  結果としてハロルドがどういう結末を望むかは分からない、私が説得しても死を望むかもしれない。だけどとりあえず彼を取り巻く環境を変える手伝いをしたい。
  何故?
  だって別にハロルドは悪人ではない。ただ運が悪かっただけの人間だ。
  それをこの地の人々に教えたい。
  そうする事でハロルドの新しい生き方が生まれてくるのだから。
  「パーチ」
  「何ですかな、アウトサイダーよ」
  「ハロルドが死にたがっているのを知ってる?」
  「ええ。私はずっとその言葉を考えてきました。でも今ならその意味が分かる気がします。偉大なる者の影響力は増していますからいずれはオアシスの存在はウェイストランドに公然と知れ渡
  るでしょう。つまり彼は成長を止めて欲しい、そう我々に懇願しているのですっ!」
  「……」
  駄目だこりゃ。
  こいつら完全に思い込んでる。彼が言うにはハロルドは途方もない物語を作っている、そうして試しているのだと言う。
  何の事はない。物語を紡いでいるのはこいつらの方だ。
  神様だと勝手に思い込み、勝手に崇拝し、勝手に理解している。いや、理解した気でいる。
  話題を変えてみる。
  「ところで水は清浄なの?」
  「水はまだ人類の欲望の象徴です」
  「つまり?」
  「我々の過去の罪悪の象徴という意味です。彼がこの罰を取り除くのに適当だと思う日がいつかは来るのでしょう」
  はい、決定。
  パーチの思想はそう簡単には変わりそうもない。価値観を変えるのは容易ではない。
  それ相応の真実が必要となる。
  ……。
  ……ハロルドを神様でないと教えるのは容易ではないなぁ。
  早急には無理。
  ならば。
  「パーチはハロルドをどうしたいわけ?」
  「当面は誰にも知られたくないと思っています。彼の存在を知れば獰猛なウェイストランド人は大挙してやって来るでしょう」
  「つまり?」
  「つまり、彼の成長を一定に止めたいのです」
  「それは可能なの?」
  「はい。ただ地下にある彼の聖域には番人たるミレルークがおります。私では……」
  「私が行くわ」
  おそらくハロルドの心臓があるとかいう洞穴なのだろう。洞穴に彼の心臓があるとか俄かには信じられないけど……てかどういう原理だ?
  まあいい。
  「私が行くわ」