私は天使なんかじゃない








ハロルド






  喜怒哀楽。
  それは生物が持つ感情。
  全面核戦争勃発前にある学者が言った。

  植物もまた感情があると。






  「こっちだ。ミスティ。ハロルドの元に連れて行くぞ、問題はあるか?」
  「いえ預言者様」
  信者達、恭しくアンクル・レオに頭を下げた。
  知性あるスーパーミュータントのアンクル・レオ、いつの間にこんなに出世したんだろ?
  まあ、激動の街ピットに私は行ってた。
  キャピタル・ウェイストランドを離れていた。別に世界は私がいるいないで展開を進めるわけではない、リアルタイムに全ては動いている。
  アンクル・レオと別れてから再会に至る今日までに彼にも色々とあったのだろう。
  ともかく。
  ともかく私とグリン・フィスはアンクル・レオについて行く。
  彼の背に向って私は感謝の言葉を発する。
  「助かったわ」
  「何がだ?」
  「妙な物を飲まされるはずだったんでしょ? 止めてくれなかったらさ」
  「ああ。その事か。友達だろ、当然の事だ」
  義理堅いなぁ、アンクル・レオ。
  実に良い奴だ。
  「なあミスティ。あいつらを悪く思わないでやってくれ」
  「あの信者達?」
  「ああ。悪い奴らじゃないんだ」
  「無知なだけ?」
  「いや。信仰の方が常識よりも強いんだ。悪く思わないでやってくれ、基本的には無害だから」
  「無害ねぇ」
  「俺が請け負うよ」
  「分かったわ」
  「よかった」
  彼は歩きながら言葉を続ける。視線は常に前方であり振り返ってはいない。それも分かる気がする。歩いている場所は完全に森の中であり足元にはツタや木の根があり余所見をしたら躓きそうだ。
  それにしても驚き。
  まさかキャピタル・ウェイストランドにこんな場所があったなんてね。
  別の質問をしてみる。
  「預言者って何?」
  「勘違いなんだ」
  「勘違い?」
  「俺はたまたまここに来たんだ。そしてハロルドと友達になったんだ。ハロルドは俺には色々と話すんだ。だからあいつらは俺を神の言葉が聞ける存在だと思ってる。もう一度言うがあいつらは
  無知じゃないんだ。スーパーミュータントも知ってる。でも常識より信仰が強いんだよ」
  「ふぅん」
  よく分からん。
  よく分からんけど厄介な場所に来たのかも。
  宗教とか信仰は理屈じゃあない。
  銃をぶっ放せば大抵の事が解決するキャピタル・ウェイストランドの中でもここが一番厄介かも。
  アンクル・レオは立ち止まった。
  当然私達も止まる。
  「ここだよ、ミスティ」
  「ここ?」
  木で作られた粗末な柵があった。門番らしく信者が2人、骨董品に近いショットガンを手にしている。
  その門の先には巨大な大木が見える。
  門番2人はアンクル・レオに頭を下げた。預言者パワー、さすがですなぁ。
  「ミスティ。ハロルドはミスティ会いたがってる」
  「ふぅん」
  ハロルドが信者達が言う『彼』なんだろうね。
  偉大なる預言者様(笑)の語調のニュアンス的に私だけとの面会を求めているらしい。そのハロルドって奴はさ。
  まあいい。
  アンクル・レオ抜きの場合は警戒するけど、アンクル・レオが預言者として睨みを効かしているこの場所なら特に問題はあるまい。
  私はこの風変わりな友人を信頼してる。
  問題はない。
  「グリン・フィス、ここで待機」
  「御意」
  あれ?
  グリン・フィスの発言って今回はこれだけ?
  何気に影薄いかも(笑)。



  木製の粗末な柵を越えて私は先に進む。
  広場があった。
  ボルト101にいた際に絵本で見た、動物達の憩いの場所のような、そんな広場だった。中央には巨木がある。
  大きい。
  樹齢100年は軽く越えるような、そんな大木だ。
  奇跡的に核の影響は受けなかったのかも。
  ……。
  ……いやいや待てよ?
  水は放射能を帯びてるんだから、つまりこの辺りの水源は汚染されている。にも拘らず森が存在している。
  えっと、矛盾してる。
  この森ってただの自然じゃないのかも。
  「あー、なるほど」
  つまり作り物か。
  やっぱりね。
  そうじゃないかと思ってたんだ、この荒廃したご時世にこんな天国のような場所があるわけがない。
  私は大木の側まで行ってもたれ掛かる。
  これも作り物なのだろう。

  「そこ、くすぐったい」

  「うひゃっ!」
  思わず私は大木から跳び下がった。
  武器を構える事すらしていない。まったく予想していなかった場所から声が響いたのだから当然だ。
  声はこの大木からした。
  「……」
  じーっと大木を見る。
  なるほど、マイクが取り付けられているのか。もしくはどこかに入り口があって、この大木にカモフラージュした機械の中に人がいるのだ。
  面倒なジョークをするものだ、ここの信者ども。
  何らかのアトラクション?
  そうかもしれない。
  そうか、ここは遊園地もどきなんだ。これでキャップを巻き上げようって腹か。
  上手い商売考えるものだ。
  私は大木の周りをゆっくりと歩く。どこかにマイクか中に入る為の入り口のようなものがあるはずなんだけど……どちらも見当たらない。
  「顔?」
  木には顔がくっついている。
  人の顔。
  ……。
  ……いや、人ではあるけど、人が変異した存在かな。これはグールの顔だ。上手く出来てるなぁ。
  ふぅん。
  よほど高度な仕掛けってわけだ。
  私は顔の前に立ち止まり大木に声を掛ける。ジョークに付き合ってる暇はない。クリス達と合流する必要があるわけだし。
  「出て来なさい」

  「やっと来たか。アンクル・レオがあんな馬鹿な儀式を止めてくれてよかったよ」
  「……」
  顔についている口が喋る。
  へぇ。結構凝ってるのね、この仕掛け。森の精霊的な位置付けなのかな、この大木。
  それにしてもあくまでアトラクション続行?
  宗教とか信者の設定もまだ続けるつもりらしい。多分この声の主がハロルドとかいう奴なのだろう。
  どこにマイクがあるんだろ。
  「あんたがハロルド?」
  「そうだ。あいつらがあんたにしようとした無礼は謝るよ。連中、俺の言う事を聞きはするが、聞いて理解しようとはしない。その違いが分かるな?」
  「ええ」
  分からん分からん。
  適当に合わす。
  この遊びに最後まで付き合う気はない。
  「それでマイクを持った男はどこにいるの? 出て来なさい」
  「どこに? この中にってか? ないない。俺とハーバートだけだ。奴とは昔からの仲間だ。最高の相棒で内側も外側もお互い知り尽くしている。文字通りな」
  「……」
  木がマジで喋ってる?
  待て待て、そんなのありえないっ!

  ピピ。

  PIPBOY3000を起動させる。
  周囲の生体反応を感知させるものの存在せず。つまり人はこの木の中に入っていないわけだ。
  次に何らかの電波が飛び交っていないかをチェック。
  ……。
  ……えーっと。まるで探知出来ません。つまりマイクなどで喋ってるわけではない。
  だったらこの木は何?
  大木の言葉を私は黙って聞く。もしかしてマジで喋る木ですか?
  す、すげぇっ!
  世の中って実にすげぇ何でもありじゃんっ!
  おおぅ。
  「まあ、本名はボブだけどな。ハーバートって呼ぶの面白いって思うんだけどなぁ。こいつにとっては面白くないらしい」
  「えっと……あー、まずあんたの名前はなんだっけ?」
  「ハロルドだ」
  「ハロルド。つまりあなたはハーバートの中にはまってしまった……いや、ボブの中にはまった?」
  自分でも何言ってるか意味不明。
  駄目だ。
  完全に冷静さを欠いている。
  「まあ、そうとも言えるかもな。もともとボブは俺の頭に乗ってたんだが根っこを降ろしてきてな。分かるだろ?」
  「全然分かんない」
  「そうかぁ」
  世の中って意外性に満ちているらしい。
  ま、まあ、ボルト101にいた私にしてみれば見る物知る物全てが意外性といえば意外性だけど……これはトップクラスだろー(焦)。
  それでも。
  それでも色々な不思議を見てきた私には多少なりとも耐性が出来ていたようで次第に落ち着いてくる。
  大概私も人類規格外だし喋る木が何だってんのよ、って感じっす。
  さて。
  「どうしてそんな風になってんの?」
  「昔の話さ。何人かと一緒にとある軍事施設を調査していたんだ。マリポサって名前だったと思う」
  「マリポサ?」
  「西海岸にある軍事施設だ。BOS発祥の地だ」
  「へぇ」
  まったく知らん。
  「かなり奥まで来た時だった。なんか気持ち悪い緑のベタベタしたもんが入った変な大樽を見つけたんだ。立ち去ろうとした時、どうも襲われたらしい」
  「誰に?」
  「分からん。ともかく襲われたんだ。気を失う直前に、仲間達が何かに樽の中に突き落とされているのを見た事だけ覚えているんだ」
  「どうして私をここに? 何かの助けが欲しいの?」
  話の先を促す。
  グールが大木になった理由は興味あるけど多分彼自身その理由が分からないに違いない。
  そのベタベタしたもんが変異の原因なんだろうけど真相は彼も知るまい。
  ここに招かれた理由が知りたい。
  洒落や酔狂ではあるまいよ。
  「頼みがあるんでしょ?」
  「そう。そんなんだ。お願いがあるんだよ。俺とボブからのな」
  「それは何目」
  「あんたにここに来て貰ったのは簡単なお願いをする為なんだ」
  「簡単ね」
  彼にとっては簡単でも私にしてみれば簡単かどうかは分からない。だけどアンクル・レオがここに厄介になってるし彼にはそれなりに借りがある。
  その彼が関っている以上、無視も出来ない。
  友達だし。
  「どんな事を頼みたいの?」
  「俺を、殺してくれないか」
  「えっ?」
  「殺してくれ」
  冗談ではないらしい。
  見ず知らずの人にいきなりそれ頼むか?
  最初は風変わりな大木ハロルドの冗談かと思ったけど口調からして冗談ではない。
  ある意味で哀訴に近い。
  それは何故?
  「死にたいわけ?」
  「この通りの姿になって20年になる。地面に根付いた完全なる木の状態さ。友達といえばボブとアンクル・レオ、俺を神様と信じてるあの変人どもだけだ」
  「変人」
  確かに、変人のレベルだな、うん。
  「もうウンザリなんだ。でもこの状態だ、自殺も出来ない。背中が痒いけど掻く事も出来ない。こんな体なんだ、自分で死ねない、だから殺して欲しいんだ」
  「私にツリーマインダーを敵に回せと?」
  「連中の事なら心配無用だ。あんたが決心をしてくれたら、俺から皆にちょっと話をしておくから」
  決心は本気、か。
  言い回しとして『決心は本気』というのはおかしいけど、少なくとも彼は私に自らの最後を紡いで欲しいと哀訴している。
  私は彼から視線を外した。
  真剣な眼差しが痛かったからだ。
  今まで人を殺してきたけど、こういう展開で殺した事はない。かといって彼を人間に戻すというハッピーエンドは絶対にありえないだろう。
  グールですら人に戻せないのがこの世界の現状だ。大木に変じた存在を平和的に救えるはずがない。
  そう。
  ハロルドの言い分を撤回させるだけの手段が私の手元にはない。
  繋がりはほぼ皆無に近いけどハロルドを殺すのを私は躊躇った。
  手を汚したくない、なるほど、それもある。
  だけど殺せば信者達の神を奪う事になる。
  彼がどう説得しても、その結果私に対しての報復を諦めるにしても彼ら彼女らは私を決して許さないだろう。
  そして私にしてみてもほぼ無関係のハロルドを殺してその罪を背負うのは正直勘弁して欲しい。
  そんな重荷はいらない。
  アンクル・レオに頼まない理由?
  それは多分彼が拒否したからだろう。私をどう見つけ、どう選んだかは知らないけど、妙な役目を仰せ付けられるつもりはない。
  「断る」
  「何故? 殺してくれ、死にたいんだ」
  「どうやって殺す? さすがに銃で木は殺せないわ」
  「洞穴があるんだ。俺の根っこもそこに繋がってる。ボブが俺の心臓を根っこの方に移動させたみたいなんだ。洞穴に潜って、探して、破壊してくれ」
  「……」
  「意味、分かるな?」
  その説明でどう理解しろと言うんですか?
  ハロルドの説明のクオリティは高いなぁ。
  「殺したくないと言ったら?」
  「それ本音か?」
  「殺す理由はないもの、私には」
  「ははは。偶然会ったウェイストランド人がよりによって良心的な奴とはね。……でも、殺すのはいつでも歓迎だからな。次に誰かが来るまで待つなんてごめんだ。何年掛かるか分からないし。
  考えてみてくれよ。俺はもう死にたいんだよ」
  「……」
  「こんな生に何の意味がある? いや。俺はこれで生きているのか? なあ、どんな為になる話をしても、自殺はいけない事だと説得されても今の俺のこの現状には何の意味がない。
  説得に意味すらない。俺はもう動物ですらない、植物になったんだ。これが神の恩恵というのであれば、神は悪魔だよ」
  「まあ、そうね」
  確かにこれは罰ゲームだ。
  恩恵とは程遠い。
  信仰している信者にはそれでよくても、神に祭り上げられている当事者にしてみればウンザリだろう。
  だけど殺す、か。
  重いな。
  「それで俺を殺してくれるのか? どうしても駄目なのか?」
  「分かったわ。えっとハーバートって呼ぶの? それともボブ?」
  「違う違うハーバートは木だ。木の本名はボブだけど……ハーバート呼ぶ方が面白いからな」
  「ふぅん」
  意味分からんって(焦)。
  「奴は俺の残りの部分だ。俺の名前はハロルドだからな。俺もまだここにいるぞ」
  「本当に死にたいの?」
  「ああ。俺は長い事ここにいる。根付いて、完全に木になって、お陰でモノを食べる事も出来ないし本も読めない。ツリーマインダー達は俺を神様だと思い込んで毎日はしゃいでる。
  正直ウンザリなんだよ。アンクル・レオは良い奴だが、奴は俺を生かそうとしてる」
  「人生は天からのギフト。私はパパにそう教わった」
  「楽しんで生きようとしたさ、本当さ。だけど俺は木だ。この先何百年も生きるだろう。もしかしたらそれ以上かもしれない。想像出来るか、この苦痛がっ!」
  「察する事は出来るけど……」
  「俺とこの立場を変われるなら、変わるか? なあ、あんたは変わりたいかっ!」
  「いえ」
  私はまた目を逸らした。
  結局私には察する事は出来ても理解は出来ない。いや。
  正確には理解したくない。
  確かにこれは罰ゲームでしかない。
  もちろん私には私の言い分もある。
  彼は既に『オアシス』というコミュニティに組み込まれている。信者達もだ。それを壊す権利が私にあるのか。それが疑問だ。ハロルド個人の自殺という願望にも権利があるんだろうけど、
  誰の権利をどう優先すればいいのか。私にはまだ分からない。
  住人にも話を聞く必要がある。
  決断はそれからだ。
  ハロルドは言葉を続けた。
  「この先もここに俺は何世紀も閉じ込められるんだぞ? 何世紀もだっ! 俺には無理だ。ただそっとして置いてもらいたい。ボブと2人だけで最後までなっ!」
  「……」
  「あんたがオアシスに向って来るのを見た時、あんたなら分かってくれると思った。だけどあんたは悪い奴じゃなくて良い奴だった。だから俺を殺せない。殺してくれない。こんな世界で良い奴に
  会えるなんて思ってもなかった。しかも、よりにもよってこんな状態でな。俺の期待は間違ってたようだ」
  「見ていた? 私が来るのを?」
  「ああ」
  見てた、ね。
  そりゃ私を探し、ここに連れてくるように命じたわけだから見てたんだろうけど……原理は意味不明です。
  確かに大木だけど私達がいた場所が見れるわけがない。
  まあ、理屈はいいか。
  「生きている木にとって、誰かがオアシスに近付くのを見るのはすごい事なんでしょうね。渇望してたわけね、あなたは自分を殺す者を」
  「そうだ」
  「だけど分からないな。どうして神様なのに、それらしく振舞わないの? 利用すれば良いでしょ、彼らを」
  「そう。俺もそう思ったんだ。最初はな」
  「最初は? 何か問題が?」
  「歌を歌わせたり、馬鹿な踊りを躍らせたりな。ボブなんてメイプルって奴を一日中逆立ちするように命じたんだぜっ! ……でもしばらくしたら飽きちまったよ。それでうっとおしくなって今じゃもう
  腹が立つだけなんだよっ! 俺を殺すように命じたが、それは駄目だったよ」
  「まあ、そうでしょうね」
  「なあ、俺を……」
  「待って」
  「ん?」
  「いきなり全てを押し付けられても私だって困る。あなたの意見は聞いた。だけど私の意見は待って。まだここに来たばっかりなのよ? 少しぐらい考える時間をくれてもいいんじゃない? 
  私があなたを殺せば、私は少なからず心に傷を負う。そうじゃない? だから待って欲しいの、少しだけ」
  「必ず結論を出してくれるのか?」
  「ええ」
  「じゃあ、あんたに任せるよ。どう答えを出すかを」
  「ありがとう」