私は天使なんかじゃない








リンカーン記念館







  アブラハム・リンカーン。
  奴隷解放の祖。
  その場所で新しい奴隷解放の為の戦いが始まる。

  ハンニバル達にとってこれはゴールではない。
  最初の一歩だ。






  リンカーン記念館を選挙していた奴隷商人達との戦いから3日が過ぎた。
  その間は当然修復作業。
  もちろん完全な形にするには何年かは掛かる事だろう。
  それに私が見た感じではあまりここには住まうには適さないと思う。スーパーミュータントが姿を消したから安全ではあるし奴隷商人も
  滅多にここまでは来ないだろうけど住み易い場所ではない気がする。
  まあ、努力次第かな。
  一応私からアンダーワールドのキャロルとかチューリップには話を通しておいた。これである程度の交易と交流は可能だ。
  その後?
  その後は私の関知するところではないわね。
  ユニオンテンプルの面々の努力次第ではアンダーワールドのグール達との関係は変わるわけだし。ハンニバル達次第。ただ最初の双方の有力
  者達の顔合わせではなかなか和やかだったし問題ないかな。ハンニバル達は特にグールに対して偏見がないらしいし。
  私も仲介した甲斐があった。

  「木箱はそこに纏めて置いてくれ。……ああ、バリケードの設置は急務だ。奴隷商人が設置した奴を強化してくれ。皆、頑張ろうっ!」
  『はい。ハンニバルさんっ!』

  移住してきた元奴隷達は30人ほど。
  食料に関してはアンダーワールドと取り引きするから大丈夫だろうし、それにここを占拠していた奴隷商人が持ち込んだ食料や酒類、水、弾薬や
  武器、衣料品&医療品が大量にある。リンカーン記念館での暮らしが安定するまでは事足りるだろう。
  バラモンも何頭か旧本部から連れて来た。
  ……。
  ……ああ。ちなみに旧本部は放棄されました。
  ともかく。
  ともかくここでの暮らしは環境以外はとりあえずは問題ないようだ。
  「ハンニバル」
  「君かっ!」
  仲間達と一緒に懸命に働くハンニバルに私は手を振った。私とグリン・フィスは今までアンダーワールドに行っていた。
  あるモノを取りにね。
  「アンダーワールドにあったわ」
  「おおっ!」
  一枚の大きな写真を渡す。
  それはかつてのリンカーン記念館の完全像の写真だ。歴史博物館にあった。

  「写真があるのかっ! それもこんなに大きいっ! ああ、これで完璧な修復が出来るぞっ!」
  「よかったわね」
  修復までにかなりの月日が掛かるだろう。
  それにここまで奴隷達が逃げて来れる確率もかなり低いと思う。DCの廃墟はまだ色濃く放射能が残っている場所があるしね。ただ確かに
  奴隷商人の脅威は少ないとは思う。奴隷商人の精鋭部隊は叩き潰した。そうそう手を出しては来れまい。
  多分ね。
  彼の構想では、いずれは奴隷商人の部隊を蹴散らせるほどの武力を持つ事らしい。
  名実ともに騎士団として戦うつもりなようだ。
  まあ、まだ先の話だけどね。
  それでも夢はすぐには叶わないのは誰もが知っている事だ。
  一歩。
  一歩。
  一歩。
  ハンニバルは確実に一歩ずつ夢を叶えるべく進む事だろう。そしていつかは奴隷解放を叶えるってわけだ。
  夢を持つ男は素敵ですなぁ。
  だからパパは素敵なの☆
  てへ☆
  「ハンニバル。私達はそろそろ帰るわ」
  大分本題から外れたし。
  結局パパが欲しがってたパソコンのパーツは手に入らなかったなぁ。
  悪意満載のボルトを2つ潰し、正義の味方ごっこしてる2人を仲裁させ、奴隷商人と元奴隷達の戦いに介入、そして元奴隷を救った。
  うん。これ以上働く必要ない。
  帰ろ。疲れたし。
  そもそもクリスがかなりイライラしてる。あんまり人助けが好きではないらしい。
  まあ、私も疲れたしメガトンに帰ろう。
  ハンニバルは感慨深げに呟いた。

  「君がリンカーンだったのだな」
  「はっ?」
  「我々を解放してくれた英雄だよ、君はっ!」
  「私が?」
  「ああ。ここでの生活はウェイストランドよりもずっと良い。武器の装備も、食べ物もね。奴隷商人の脅威もない。私は、ここを安心して暮らせる
  街にするつもりだ。全ては君のお陰だよ、本当にありがとうっ!」
  「そこまで感謝されると照れるわね」
  私は私のすべき事をした。
  いつだってそう。
  いつだってそれだけなのに、なのに、感謝される。
  何故に?
  お互いの利害が一致した。それだけの事だ。だからこそ私は行動したのに感謝される。何か照れるし気恥ずかしい。
  私達は感謝されつつリンカーン記念館を辞去した。



  「随分と長い旅だったな、一兵卒」
  リンカーン記念館前。
  車とバイクの場所に向かう際にクリスが私に呟いた。少し憂いを秘めている。
  珍しい。
  どうしたのだろ?
  「クリス、何か問題?」
  「……」
  「クリス」
  「アンダーワールドさ」
  「……?」
  「連中は結局次世代には向えない。世界が復興されたら淘汰されるべき存在となるだろう。今、連中の側には人間の街が出来つつある」
  「喧嘩になると思ってるの? いがみ合うと?」
  「可能性はあるだろう?」
  「そうね」
  私はそれだけ言って歩く。
  「一兵卒」
  「ん?」
  「冷たくないか?」
  「そうかな。……だけど未来まで予知してどうこうするほど私は万能じゃあない。結構仲良く出来ると思うわよ、2つの街はさ」
  「適当だな」
  「未来を正確に推測したところでそのようになるとは限らない。いいえ、むしろ推測が現実になるのは不可能。何かをする時には自分が預言者だと
  思わない事が大切だと思う。思い上がると結局悲しい未来になると思うから。私は街の関係が良好になると思ってる」
  「……それが一兵卒、お前の生き方なのだな」
  「ええ。だって」
  「……」
  「だって私は天使なんかじゃないもの」












  その頃。
  悪名高い奴隷商人の街パラダイス・フォールズ。
  ユーロジー・ジョーンズの屋敷。

  「くそぅっ!」
  豪奢な屋敷の一室でユーロジーは叫んだ。
  奴隷商人の元締めだ。
  今の奴隷売買を確立した人物であり、キャピタル・ウェイストランドの裏世界を牛耳る1人だ。
  全てを持っている。
  全てを。
  財産も動かせる人員も十二分にある。全てを持っている野心家。
  その人物が今、憤怒に燃えていた。
  「くそぅっ!」
  吼える。
  吼える。
  吼える。
  それだけでは飽き足らず手近な調度品を床に叩きつけた。高価な花瓶が音を立てて砕けた。そんな床の上に胸に穴の開いた男が倒れている。
  いや。死んでいる。
  哀れな伝令役だ。
  ユニオンテンプル絡みに投入した部隊が全滅した事を告げる伝令だ。
  幹部も全滅。
  最高責任者として送り出した大幹部のリロイ・ウォーカーも死んだ。当然ユーロジーにしてみればそんな報告は胸くそ悪かった。
  だからこそ殺したのだ。
  報告した男を。
  「くそぅっ!」
  今回の一件でユーロジーは精鋭部隊を失った。
  戦力的に半減したようなものだ。
  そして部隊全てを潰した相手が1人息子のカイルを殺した赤毛の女ミスティなのだから彼の怒りは収まらない。
  「どいつもこいつも役立たずどもめっ!」
  「どうしたのぉ。ダーリン?」
  愛人のクローバーが眠たそうな声で問うもののユーロジーの怒りは消えない。
  それもそのはずだ。
  面倒な展開が多過ぎるのだ。
  問題はミスティ絡みだけではないのだ。
  パラダイス・フォールズはミスティを含めて3つの問題を抱えていた。

  1つはエバーグリーン・ミルズを拠点とするレイダー連合だ。最近連中は奴隷売買に手を出している。こちらの領分を侵している。
  1つは奴隷売買先であるピットだ。奴隷の買いが悪くなって来ている。噂では奴隷が不必要な状況になっているようだ。
  1つはメンツの問題だ。ミスティだ。殺さなければメンツが保てない。

  「あっはははははー☆」
  クローバーは全ての問題を把握している。その上で彼女は無邪気に笑った。
  ムッとするユーロジー。
  「何がおかしい?」
  「ダーリンったらそんな簡単な問題にまだ悩んでたの? 何ならあたしが答えを教えてあげようかしら?」
  「何だと?」
  「ミスティって小娘は正義の味方。でしょ?」
  「そうだ」
  「なら簡単じゃないの」
  「簡単、だと?」
  「正義の味方なんだからそれに相応しい場所に送ればいい。情報の断片を匂わせてね。ピットに送っちゃいなさいよ、全て向うで片付けてく
  れるわ。それに面倒な状況も打破出来るんじゃないの? 要は扱い方次第、赤毛も利用価値はあるんじゃない?」
  「どうやって送る?」
  「あいつを使えば簡単じゃない、あの男をね。キャップは掛かるけど使い勝手はいい。それにあいつは……ふふふっ!」
  「……」
  「ねっ? 簡単でしょ?」
  「なるほどな。その手があったか。いいだろう。奴を雇うとしようっ! ……確かに奴ならば都合がいい。ピットの2つの勢力をこの手の上で躍らせる良
  い機会だ。クローバー、お前は実に有能な軍師だよ。問題が全てこれで片付くだろう。ふふふ、はっはははははっ!」