私は天使なんかじゃない







銃は法律





  法律。
  社会生活を維持する国家の決まり事。

  しかし今のこの世界にどこに国家がある?
  国家も政府も法律も。
  全面核戦争が勃発した200年前に全てが吹き飛んだ。全てが吹っ飛んだ。どこに今、国家も政府も法律がある?
  それはどこに?

  メガトンにはメガトンの法律がある。……いや、決まり事。
  市長であり保安官であるルーカス・シムズ曰く『街それぞれに独自の決まり事がある』らしい。他にも集落があるのには少し驚いた。
  それぞれの街には、それぞれの指導者の性格が影響された決まり事があるわけだ。
  では核で荒廃した無法の大地に法律は?
  
  無法の大地の法律は……。









  現在の装備。

  10mmピストル。
  ウェイストランド・レジェンドの服(スピリングベールで拾った服)。





  「すげぇや、新顔かっ! いつでも大歓迎だよ」
  隻眼の男は人懐っこい笑みを浮かべて私の手を親しげに握った。
  場所はメガトンの門の外。
  今回、スプリングベール小学校を拠点にしているレイダーの集団を倒す。それが私の任務……仕事……んー、必要不可欠な事。
  依頼人は市長であり保安官のルーカス・シムズ。
  彼も同行する。
  いずれにしても彼の申し出は魅力的だった。
  倒したレイダー達の武器の類を好きにしてもいいと言うのだ。パパを探すには確かに装備は貧弱。強力な火力は必要。
  それに仲間付きなのも魅力的。
  合計3名での行動。
  私、ルーカス・シムズ、そして……。
  「ビリー・クリールだ。ビリーって呼んでくれ。メガトンは街というより墓場みたいに見えるかもしれないが、いいとこなんだぜ?」
  「初めまして。ミスティよ」
  自己紹介。
  この男は知ってる。一度見知ってる。メガトンに来た際に、クレイジー・ウルフ・ギャングと話をしてた男だ。
  ……。
  いやまあ、それ以上は知らないんだけど。
  ルーカス・シムズは自己紹介の談話を邪魔するつもりはないのか、任務をしろよと急かさずにタバコを吸っている。
  ビリーは妙にハイテンションでまくし立てる。
  ハイテンション?
  違うかなぁ。
  どこか自慢話敵に感じの喋り方だ。
  何の自慢かは不明だけど。
  「俺とマギーの関係は良好さ」
  「……?」
  マギーって誰?
  「俺は集めたブツを売る、マギーは俺をまっとうな人間でいさせてくれる。助け合いってわけだ」
  「……」
  「ははは♪」
  何だこいつ?
  キャピタルウェイストランドではこういう意味不明な会話が流行ってるのだろうか?
  筋道付けて話してくれないと意味不明。
  聞いてみる。
  「マギーって誰?」
  「おっと、すまない。ちょっと先走ったかな。マギーってのは9歳の女の子だ。一緒に暮らしてるんだが、可愛い子でね」
  「うっわロリコン? ロリコンはある意味犯罪よ?」
  「保護者だ保護者っ!」
  「そりゃ失礼」
  なるほどなるほどー。
  キャピタルウェイストランドではこの手のジョークは通じないっと。
  心のメモ帳に記しておこう。
  「娘じゃない。マギーが本当の娘ならいいのにな。二年前、あの子の両親がレイダー達に殺されて、それで俺が引き取ったんだ。酷い
  光景だった。廃品の取引をしに北にある集落に立ち寄ったら……壊滅状態だった」
  「……」
  状況が変わった(髭男爵風味)。
  急にハードな展開。
  「ベッドの下に隠れているマギーを見つけた。同じ部屋で、彼女の両親がメッタ切りにされて死んでいた。それ以来、ずっと一緒だ」
  「そうなんだ」
  「ああ」
  マギーが誰かは知らないけど色々ときつい世界なんだな、ここは。
  こういう流れを持続すると際限なく凹む。
  話題を転じよう。
  「何の仕事してるの?」
  「俺かい?」
  「ほかに誰が?」
  「ははは、だよな。キャラバンの連中と取引してる。昔の仲間だからいいもん出してくれるんだ。街が潤うのに一役買ってるよ」
  「なるほど」
  それでクレイジー・ウルフ・ギャングと話をしていたのか。
  つまりビリーは仲介人。
  なるほどなぁ。
  「でももっと大事な仕事がある。マギーの世話だ」
  「へー」
  「もちろん四六時中見てなくてもいいがな。彼女も餓鬼じゃないし」
  「そうね。9歳だもんね」
  ボルト101でもそうだった。
  子供だからといって特別扱いはされない。1人の独立した人間として扱われる。……まあ、さすがに大人の仕事は宛がわれない。
  そこは区別されているものの、9歳だからといって甘えていい時代ではないのだ。

  「メガトンはウェイストランドで一番だ。反対意見を言う奴がいても、聞く耳持つなよ」
  「了解」
  街に誇りを持っているらしい。
  当たり障りもなく私は同意する。少なくとも外の世界はメガトンだけの私には、同意する術がない。もっと世界を見ない事には全面的
  には肯定できない。
  まあ、世界見聞が目的ではなく、あくまでパパを見つけるのが全てだけど。
  さて。
  「挨拶は済んだか? そろそろ行くぞ」
  ルーカス・シムズが促す。
  私は挙手。
  「先生。質問があるんだけど。シルバーって知ってる? スプリングベールに住んでるらしいけど」
  あの廃墟に人が住んでたのは知らなかったけど。
  ともかくモリアティからの依頼。
  借金の取立て。
  報酬はパパの消息。是が非でも達成する必要がある。
  「ああ。知ってるよ。それがどうした?」
  「例のスプリングベール小学校に行く際に立ち寄れる?」
  「通り道だ」
  「そう。それは助かる。寄って欲しいんだけど」
  可愛くウインク。
  ……。
  ……。
  ……。
  言って置きますが私はまだピチピチの19歳です。レイダー殺戮したりしてますけど、まだまだま若いっす。
  何故に弁解?
  いやまあ、たまにこの世界の神様(久遠の事さー)が違和感を感じているようなので。
  さてさて。
  任務開始ーっ!



  ルーカス・シムズの装備はアサルトライフル。
  ビリーの装備はコンバットショットガン。
  火力としては充分だ。
  ……私なんて私なんて10mmピストル一丁……。
  この荒野を生き抜くには確かに心許ないのは理解出来る。スプリングベール小学校のレイダー退治に絡めた事は感謝、だね。
  仲間付きの任務だし。
  1人で掃討するのであればきつい仕事だと思う。
  まあ、だけどその前にー。
  「こんにちはー」
  ガチャ。バタン。
  ルーカス・シムズとビリーを外に残して、私は廃墟の街スプリングベールに一軒残っていたそれなりに暮らせそうな家に入った。
  西部劇気取りの保安官曰く、小学校に巣食うレイダーの掃討はシルバーの安全の為でもあるらしい。
  彼女がここに住んでるのは知ってたらしい。
  何故にモリアティは自分で来なかった?
  まあ、レイダーが側に拠点を構えてるからだろう。シルバーはここを通るキャラバン達から物資を買い、孤独だけど平穏な生活を
  維持しているらしい。
  まあいいか。
  「貴女誰っ! どこから来たのっ! モリアティの手下っ!」
  「ハイ」

  銃を片手に女性が飛び出してくるものの、私は親しげに手を挙げる。
  彼女がシルバーらしい。
  ……いや。
  シルバー以外の何者がいるのよ。わざわざ確認するまでもない。
  さて。
  「私はミスティ。モリアティの依頼で借金の取立てに来たわけ。お支払い頂ける?」
  「取立て? はんっ! あれは私のよっ! 私が稼いだのよっ!」
  「……?」
  堂々と言い切る。
  逆切れ?
  しかしその時、私はモリアティが信用のならない悪党だと言う忠告を思い出した(ルーカス・シムズ談)。それに対してシルバーの事は
  悪党モリアティからの話でしか知らない。
  お金を盗んだ。
  どこまで信用できるのか。私には分からない。
  聞いてみるとしよう。
  別段モリアティに対しては何の感情もない。パパの居場所は気になるから従いたいけど、私にも有り余る善意(てへ♪)があるから
  シルバーの言い分も聞いてあげる必要がある。最終的にどうするかは私に委ねられるわけだけれども。
  「詳しい事情を話してくれない?」
  「……」
  「その上で、私の対処を決めるわ」
  「……分かったわ」
  「モリアティとはどんな関係?」

  「あいつの下で働いてたのよ。仕事は……ほら、あの、男性の頼みを聞いてたの。だから嫌になってモリアティに言ったのよ。分け前を
  貰って出てくってね。その為に、あのクズ野郎とも寝たわ」
  「……」
  コメントし辛い。
  外の世界って生き辛いのかな?
  「だけど次の日になったら奴は行かせないって言い出したの。だからキャップを持って逃げ出したのよ」
  「ふーん」
  言い分が正しいのであれば。
  ……。
  ……。
  ……。
  いやー。
  言い分が正しくないにしても、話が嘘だとしても、私も女だ。シルバーを肯定したいのが人情だ。
  女同士の連帯感ってやつ?
  私は微笑。
  「分かったわ。あんたは死んだ、小学校にいるレイダー達に虐殺された。それでいいでしょ? そう報告しとくわ」
  「……何でそんな事してくれるの? 信じられないわ……だって、私の事何も知らないのにっ!」
  「女同士の連帯感、かな」
  お互いに微笑み合う。
  これでパパの情報は手に出来ない……いや、レイダーに惨殺されたという設定だから、情報は手に入るかな?
  死んだのは私の所為じゃない。
  まあ、私がでっち上げた設定だとしても、モリアティにはそれを確認する術がない。
  「これからどうするの?」
  「分かんない。とりあえず全部忘れるぐらい銃でも撃って暮らすわ」
  彼女には彼女の人生が、この先も待っている。
  私は彼女と別れた。
  さて。
  「次の任務行くかな」





  スプリングベール小学校。
  それはメガトン、スプリングベールから北に位置する場所にあった。数年の間、レイダー達はここに拠点を構えているらしい。
  今までは放置されて来た。
  何故?
  それは数名程度の人数だったから。取るに足らない存在だと捨て置かれていたらしい。
  ……まあ、それはそれでどうかと思うよ。
  だけどここ最近は状況が変わったらしい。人数が増えている。
  いずれメガトンに攻め入るとの風説も流れている。
  だから。
  だから、討伐を決行したらしいけど……ルーカス・シムズの激に誰も賛同しなかった。
  何故?
  ルーカス・シムズは正義感はあるのかもしれないけど、人を従える才覚には長けていないらしい。正義の心を刺激して同志を募った。
  つまり明確な報酬は示さなかった。
  結果、賛同したのは私とビリーだけ。正確には私は賛同したのではなく、武器欲しさだけど。
  ビリーはマギーの養育費欲しさだ。レイダーの身包みを剥ぐ権利が欲しいようだ。つまり私と同じ目的。
  もっとも私は純粋に武器と弾薬欲しさ。
  それに対してビリーはレイダーの物資をお金に変えたいのだ。
  まあ、問題はない。
  別に意思を1つに纏める必要なんてどこにもないのだ。
  レイダー達を倒せればそれでいい。
  そこで私達は一致していた。
  夕暮れ時を選んで襲撃。
  まずは壁が崩壊し、半ば崩壊したかつての教室と思われる場所に歩哨として立っていた3人のレイダー達を一斉射撃して沈黙させ、私達
  は小学校内に雪崩れ込む。
  お前達を逮捕する?
  無駄な抵抗はやめろ?
  そんな台詞は黴臭い旧時代のものだ。この無法の大地の法律は1つだけ。
  銃は法律。
  武力で抑え付けるのがこの世界の正義。
  そして……。


  「ちっ」
  ばぁん。ばぁん。ばぁん。
  壁に背を預け、身を隠したまま瓦礫満載の部屋の中央に陣取るレイダー達に発砲して牽制。
  身を隠したまま攻撃中。
  ブラインドファイアと呼ばれる戦闘方法だ。
  レイダーは3名。
  私と同じようにちっぽけな火力の銃器で発砲してくる。私の牽制が効いているのでレイダー達は無理に突撃はしてこない。
  「くっそ」
  悪態。
  舌打ちだってします。
  突入はうまく行った。奇襲が効いたので、しかも相手さんが夕食中だったのも幸いして一階は簡単に制圧。
  ルーカス・シムズの持つアサルトライフルは大量の弾丸を瞬時に放出してレイダーの気勢を殺ぎ、数名撃ち抜く。これで戦死した
  レイダーは1人だけで、後は軽症を負ったただけ。それでも相手は混乱する。
  私は的確な銃撃で、1発撃つ度に相手を確実に仕留め(自慢♪)、私とシムズ・ルーカスで相手の注目を引いている間にビリーが連中の
  背後に回って、突撃開始。コンバットショットガンの連打で相手は完全に崩れた。
  至近距離によるショットガンの一撃は凶悪。
  レイダーはミンチに。
  相手が完全に崩れたのを気に私達はレイダーを挟撃。
  一掃するのにそう時間は掛からなかった。
  ……それが20分前。
  その後私は2階に、ルーカス・シムズは1階をさらに探索、ビリーは地下に。
  つまり現在単独行動中。
  相手は今のところ3人。しかしこっそりと壁から顔を突き出して見たところ、レイダーが陣取る後ろに扉が1つある。まだ数名潜んでいる
  可能性も捨てきれない。数で圧倒されると正直まずい。
  「こんのーっ!」
  ばぁん。ばぁん。ばぁん。
  銃だけ露出させて、敵のいるであろう場所に発砲。当然ながら命中率は悪い。
  3発撃つ間に向こうは3倍の銃弾をこちらに放つ。
  隠れながらの発砲だから私に当たる心配はないけど、このままじゃ埒が明かない。弾だってふんだんに持っているわけでもない。
  「来いよ。来いよーっ!」
  「お前は死肉の塊だーっ!」
  「痛いのなんて一瞬だぁ。心臓を抉ってやるぅーっ!」
  レイダーは騒ぎ立てながら銃撃を繰り返す。
  そーっと。
  部屋に陣取るレイダー達を見る。
  うーん。瓦礫にうまく隠れててこちらからの発砲は当たり辛いか。闇雲に撃っても無意味か。少なくとも連中を射抜くには、体を壁から
  引き剥がして射撃する必要がある。もちろんその場合は相手に私は体を無防備にさらす事になる。
  「さて。どうすっかな」
  部屋は薄暗い。
  しかし正確な射撃が出来ないほどではない。だから、明るさは特に問題ない。
  問題は攻撃手段だ。
  単発の銃では少し心許ない。アサルトライフルでもあれば一斉掃射しながら室内に乱入し、制圧するんだけどな。
  まあ、ない物ねだりしても仕方ないか。
  火力が必要だ。
  火力が……。
  「侵入者に何を好き勝手にさせてるんだよ、愚図どもっ!」
  甲高い女の声と掃射音が響き渡る。
  「うひゃっ!」
  私は体を壁に慌てて隠す。
  マシンガンによる乱射が襲って来たからだ。女は扉の向こうから出て来た。そいつが手にしていた銃で乱射して来たのだ。銃器の種類
  は見えなかったけど連射出来る類なのは確かだ。あれとまともに撃ち合うのは愚の骨頂。
  瞬時に蜂の巣にされる。
  脱走以来、妙な能力を発動出来るようになったけど、マシンガンと撃ち合うつもりはない。
  さて、どうする?
  てか、どうしよーっ!
  女の声が響く。
  「グレン、ジョール、グレネードをお見舞いしてやんなっ! カールはあたいと一緒に相手を釘付けにするんだっ!」
  『了解、ボス』
  グレネードっ!
  銃弾が飛び交う激しい音の中、私は耳の奥のどこかでグレネードのピンが抜かれる音が聞えた気がした。
  どうする?
  どうしよう?
  ……いや。
  「ああもうっ! 外の世界なんて嫌いっ!」
  すーはー。
  すーはー。
  すーはー。
  息を整え、私は横にジャンプしながら銃を構える。まさか飛び出てくるとは思っていなかったらしく、相手の銃口は私を向いていない。
  少なくとも数秒は。
  チャッ。
  私は銃を構える。女のリーダーは笑った気がした。そう、どう狙ったところで瓦礫が邪魔するし私の体勢も悪い。
  撃ったところで当たらない。
  それでも。
  それでも私は銃で静かに狙いを定める。
  どくん。
  どくん。
  どくん。
  心臓の鼓動が響く。全ての動きが止まる。銃口は一点を狙っている。
  狙いは完璧っ!
  「チェックメイトよっ!」
  ばぁん。
  銃声、そして……。
  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  「うっぷっ!」
  瓦礫と土砂が降り注ぐ。
  時間が動き出した。
  思ったよりも大きな爆発だった。投げたグレネードは2つ。しかし爆発はそれ以上だった。どうやらまだ幾つか所持していたに違いない。
  私が狙ったのはグレネード。
  正確に1つを打ち抜き、それが爆発し、もう1つのグレネードは爆発に巻き込まれ爆発、そしてレイダーを抜き飛ばした。
  連中は死んだ事にすら気付いていないに違いない。
  「ふぅ」
  緊張を解く。
  私は起き上がって顔を拭う。肩を竦めて部屋とレイダーの残骸を見下ろし、呟く。
  「まるでお話にならないわね」


  スプリングベール小学校に集結していたレイダー達は一掃された。
  連中の目的はメガトンを制圧する事だと風説されていたものの、実際に狙っていたのはメガトンではなくボルト101。トンネルを掘り
  ボルト101に突入すべくここに拠点を構えていたらしい。
  途中で放射能で突然変異化した巨大なアリの巣穴にぶち当たったらしく、計画は頓挫していたけど。
  私達はその巣穴にグレネードを数個放り込んだ。
  爆破。
  連鎖爆発を起こし、その巣穴は陥没した。
  私にしてみればボルト101に何らかの脅威になったら嫌だったし、メガトン在住の2人にしてみればアリどもが這い出てきてメガトンを
  襲っては嫌だった。利害は一致し、爆破した。巣穴は崩壊した。
  ……多分ね。
  「大量大量っと」
  「ははは。俺もさ。これを売ればマギーに教科書を買ってやれる。文房具もな」
  「2人ともご苦労だった。メガトンの平和は護られた」
  私は武器を手にしてご満悦だし、ビリーは売却できる物資を抱えて大喜び、ルーカス・シムズは正義感を満足させた。
  一致した価値観は1つもない。
  でもそこに問題がある?
  全然ない。
  何故なら価値観を一致させる必要はどこにもないのだから。