私は天使なんかじゃない








ボルト108 〜クローン人間〜





  旧時代。
  科学技術の進歩は著しいものがあった。

  核技術。
  ロボット工学。
  クローン技術。

  だが時に技術は人を恐怖に陥れる。
  何故そのような事に?

  簡単だ。
  技術は人が造りしもの。だからこそ科学者達は錯覚する。それらを制御出来るものだと。
  それが最初の過ちとなる。






  ボルト108。
  カンタベリー・コモンズ周辺にそのボルトはあった。
  アガサさんに聞いたとおりだ。
  パパはパソコンのバージョンアップの為にパーツを欲している。ボルトにあるパソコンは高性能&高品質。だから私はゲットを頼まれた。
  こうして遠出しているのもその一環だ。
  ボルト92は事実上壊滅していて必要なモノは手に入らなかった、だけどボルト108にはあるかもしれない。
  そういう意味合いで私はここにいる。
  ああ。何て健気な娘☆
  ……。
  ……まあ、私は私で旅を楽しんでるけどね。
  ともかく。
  我々はボルト108を発見した。
  さて、踏み込むとしよう。



  「うっわ……」
  絶句。
  絶句。
  絶句。
  言葉なんかあるもんか。
  私は口を開いたまま次の言葉を紡げないでいた。ボルト92も隔壁は開いていたけど、ここも開いている。
  破壊して抉じ開けたわけではなさそうだ。
  誰かがパスワード入力して開いた。
  誰が?
  さあね。
  そこまでは推測のしようがない。
  まあいい。
  問題はそこではない。
  問題は……。
  「一兵卒。また外れだな」
  「……」
  ニヤニヤしながらクリスは呟く。
  からかうように。
  「はぁ」
  溜息。
  否定のしようもない。
  内部までは見てないけど、それでも分かる。開いた隔壁の向うを見るだけで分かる。丸分かり。
  壊滅してます。
  荒廃してます。
  滅亡してます。
  「はぁ」
  最悪だ。
  ボルトってどこもこんな感じなのだろうか?
  まとも……かどうかは自信ないけど、ともかくまともにシステムとして起動していたのはボルト101、ボルト112だけだ。まあ、ボルト112は
  清潔で潔癖な世界だったけど、あそこも大概変なところだったからなぁ。
  そういう意味ではボルト101は良いところだったんだなぁ。
  さて。
  「それで一兵卒、どうする?」
  「どうするって?」
  「決まってるだろ」
  「決まってる?」
  意味が分からん。
  ニヤニヤしたままクリスは続ける。
  何なんだ?
  「焦らすな」
  「はっ?」
  「この場でお互いにスッポンポンになって朝まで語り合おうではないか。それが、友情ってもんだろ? うへへ☆」
  「……」
  最近キャラ性破綻してるクリス嬢です。
  相変わらずぶっ飛んでるなー。
  無視です。
  無視。
  「一応、調べてみたいんだけど」
  ボルト108。
  玄関口を見た感じでは壊滅してるんですけど……中までは不明。もしかしたら中は健在かもしれない。まあ、その望みは薄いけど。
  何故?
  だってこれは『お約束』って展開ですからね。
  きっと壊滅してるんだろうなぁ。
  「調べるのか、一兵卒?」
  「うん」
  「ではじっくり調べるが良い。……ボク、ジッと我慢してるから……」
  「……」
  「私はここで待機している、後方の確保だっ! クリスチーム、ミスティ一兵卒の傘下に入れっ! 行動開始っ!」
  『御意のままに』
  相変わらず疲れる性格だ。
  心強いんだけど……疲れるんですよねー。
  ふぅ。
  だけどクリス、考えてみればまともにボルトの奥に入ったのはボルト101、ボルト112だけだ。
  何か意味があるのかな?
  ……。
  ……あー、もしかしたら閉所恐怖症?
  確かにボルトの生活はそういう人には向かないかなぁ。ボルト101にいた頃もそういう人がノイローゼで亡くなった事があったし。
  まあいい。
  後方の確保をしてくれるのは確かに必要だ。
  クリスチームが私と同行してくれるのであれば助かるしね。
  グリン・フィスが私の耳元で囁く。
  「主。お気をつけください」
  「何を?」
  囁くように私も聞き返す。
  「クリスはきっと主に多大な恩を恩着せがましく押し付けて、それから代償として肉体を要求するつもりです。飽きるまで貪るつもりなのです」
  「はっ?」
  「ユーモアです」
  「……」
  すいません私ってば何気に誰も信用できないんですけどこれは人としてまずいですかね?
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああまともな仲間はいないのかーっ!
  旅に出て行方知らずになってるけどアンクル・レオが一番まともだったなぁ。
  やれやれだぜー。
  おおぅ。
  「す、進みましょう」
  気を取り直して私は指示。自ら先頭となって前に進む。
  ボルト108、探索スタートです。




  「……あーあー……」
  コツ。コツ。コツ。
  幻滅感に襲われながら私はボルト108の廊下を歩く。
  崩壊。
  壊滅。
  滅亡。
  他にはどんな言い回しがある?
  ともかくここは滅茶苦茶だった。
  崩壊していても妙な幻覚剤が散布していたボルト106、一応稼動していたパソコンがあったボルト92。だけどここには何もない。ただの廃墟だ。
  こうも滅茶苦茶だと逆に凄い。
  ボルトは表向きとはいえ、それでも一応は核シェルターだ。
  なのにここまで崩壊するか、普通?
  何があったのだろう。
  もちろんそれは分からないけど、ともかく、ここは崩壊してる。
  はぁ。
  こりゃ奥に行ってもパソコンはなさそうだなぁ。
  「あー、もうっ!」
  立ち止まる。
  グリン・フィス、クリスチームも止まった。
  「主。いかがしました?」
  「撤退」
  「主?」
  「撤退よ撤退。ここは廃墟。調べる必要も何もないでしょ。撤退しましょう」
  「よろしいのですか?」
  「だって何もないじゃない。問題ないわ」
  「あの者に聞いてみるべきでは」
  「あの者?」
  「あの者です」
  グリン・フィスが指差す方向には人がいた。
  一瞬私は身構えるものの、背を向けたその人物はどう見てもレイダーには見えない。衣服の背の部分には『108』と記されている。
  ボルトスーツを着ている。
  つまり彼はこのボルト108の居住者?
  こちらに気付いた様子はない。
  「……」
  私は一瞬戸惑う。
  ボルト106の例があるからだ。ボルトスーツを着てるからといって居住者とは限らない。そして安全とは思わない。ただ、その人物は武器を
  携帯しているようには見えない。両手に武器はなく、腰にも、背にもない。
  そういう意味では攻撃能力は皆無に近い。
  手で仲間を制する。
  私は1人で歩み寄る。もちろん不意打ちにはいつでも対応できるようにしている。
  キャピタル・ウェイストランドはそれなりに長いですし。
  「こんにちはー」
  声を掛ける。
  くるりとその人物はこちらを振り返った。男性だ。
  「私はミスティ。あなたは?」
  「ゲイリー」
  「ゲイリーさん。実は聞きたい事があるんですけどここにパソコンってあります?」
  「ゲイリー」
  「いえ。名前は分かってます」
  「ゲイリー」
  「ですから覚えましたって」
  「ハハハっ! ゲイリーっ!」
  バッ。
  私は大きく飛び下がる。いきなりゲイリーが拳を私に打ち付けてきたからだ。
  回避したけど。
  アサルトライフルを構える。
  「何のつもり?」
  「ゲイリー」
  近付いてくる。
  私は銃口の照準を彼の胸元に合わせた。
  「止まりなさい」
  「ゲイリー」
  「銃が見えないの? 撃つわよっ!」
  「ハハハっ! ゲイリーっ!」
  数発発射。
  それが全てゲイリーの胸に吸い込まれた。飛び散る鮮血。……撃つしかなかった。撃つしかね。
  彼は狂ってた。
  そう判断するしかない。
  「……ゲイリー、ゲイリー……」
  ドサ。
  倒れる。そして二度と動かない。
  そりゃそうだ。
  死んでる。
  胸に何発も叩き込まれればスーパーミュータントでも死ぬ。誰だろうがね。
  「主、無事ですか?」
  「ええ」
  ゲイリーはクレイジーだったようだ。
  死体を見下ろす私。
  「おい、あれを見ろ。まだ誰か来るぞ」
  「ん?」
  珍しく発言するカロン。私は彼が指差す方向を見る。
  確かにいた。
  おそらく銃声を聞いて大勢奥から出てきたのだろう。どうやらここはクレイジーの巣なのかもしれない。
  巣というか住処というか。
  まあ、どっちでもいいけどここはあまり性質が良くない場所のようだ。
  「ん?」
  ぞろぞろと出てくる面々。
  近付いてくるにつれてその異様さに気付く。どの顔も似ている。いや同じだ。まるで同じ。
  ゾクッとした。
  あんなに同じ顔の連中がいると不気味なものがある。
  そいつらが三列になってこちらに整然とした足取りで進んでくる。
  怖いっ!
  怖いぞこれはーっ!

  『ハハハっ! ゲイリーっ!』

  唱和してから全力でこちらに走ってくるっ!
  「撃てーっ!」
  『御意のままにーっ!』
  私の指示なのに思わずクリスに仕切られた時同様の素直さで私に従うハークネスとカロン。それぞれの銃火器の火力を開放する。
  アサルトライフル。
  ミニガン。
  コンバットショットガン。
  三つの銃火器の銃弾コラボが全力ダッシュのゲイリー軍団の真っ只中に吸い込まれていく。
  インパクトとしては連中は怖いけど武器を持たない生身の人間だ。
  トリガーさえ引く余裕があれば負ける事はない。
  バタバタ倒れる謎の敵。

  「……ゲイリー? ……ゲイリー……」
  「ゲイリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!」
  「ゲイリーっ!」

  それしか喋れんのかこいつら。
  キィィィィィィィンっ!
  その時、グリン・フィスが刃をすぐ側で振るった。
  カラン。
  切断された弾丸が床に転がる。グリン・フィスが相手側から飛んで来た弾丸だ。完全に丸腰というわけではなさそうだ。中には10mmピストルを
  手にした奴がいるらしい。この乱戦でどのゲイリーが銃を手にしているかは不明だけどさ。
  攻守完璧。
  攻撃は私達、防御はグリン・フィス。
  完璧だ。

  『ハハハっ! ゲイリーっ!』

  合言葉のように突撃してくる。
  だけど私達の弾幕によりゲイリー達は近付けない。これが廊下でなければ回り込んだり出来たけど幅が狭い。つまり回り込めない。それにここ
  まで入り口から一本道だったから背後を衝かれる心配は絶対にない。
  勝敗は決したようなものだ。
  「食らえーっ!」
  グレネード弾を発射。
  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  吹っ飛ばす。
  爆風。
  爆炎。
  爆発。
  廊下のような狭い場所ではこの手の攻撃は圧倒的だ。回避のしようがない。ゲイリー達は成す術もなく私達の攻撃の前に散っていく。
  銃撃戦は10分続く。
  もちろんそのほとんどは私達のターンだ。たまに思い出したかのように銃弾が飛んでくるものの……。
  「はあっ!」
  キィィィィィィィィィンっ!
  グリン・フィスの剣技で弾丸は切断される。
  そして。
  そして銃撃の音は消えた。
  ゲイリー達は全て床に伏している。……いや。1人だけ立っている。
  「……ゲイリー、ゲイリー……」
  「しぶとい」
  3発ほど腹部に銃弾を受けた最後のゲイリーはフラフラしながらまだ立っている。
  結局こいつらは何なんだ?
  不法侵入した私達に怒って実力行使?
  それならそれで意味は分かる。だけどここまで同じ顔なのは何なんだ?
  近親間結婚がここの主流だった、という憶測でもこれは変だろ。似過ぎてる。というか、まったく同じだ。
  何なんだ?
  最後のゲイリーは口を開く。
  「ゲイリー……は……」
  「うん?」
  「我々がゲイリーと叫ぶには意味があるのだ。ゲイリーと叫ぶ真の意味は……」
  「何故なの?」
  「……内緒……」
  「はっ?」
  バタリ。
  そのまま最後のゲイリーは倒れた。
  おいおいおいっ!
  ゲイリーの意味を教えてくれーっ!
  


  結局。
  結局ボルト108の意味は不明だった。
  ただゲイリー達の存在は、ある程度は理解出来た。起動しているパソコンはなかったけど一枚のディスクがあった。かなり破損していて読み取り
  がほとんど出来なかったけどPIPBOY3000で中身を見てみる。
  ボルト108。
  ここではクローン技術の開発の施設だった。
  ゲイリーは何者?
  さあ。
  そこまでは分からなかった。
  ただ複製されたゲイリー達はその他の住民、科学者達を全て殺してしまったらしい。自分達以外の存在を全て虐殺したゲイリー達。
  何故?
  おそらくそれがゲイリー達の価値観なのだ。
  たくさんの自分。
  他の人を愛せず、認めれず、ただただ自らの存在のみを愛する。それがゲイリーの特性なのだろう。
  おそらく複製された際に何かが狂ってしまったのだ。
  彼らの価値観。
  我。
  我。
  我。
  それが全てだった。
  だからこそ自分以外の、異なる存在を殺し続けていたのだ。もちろん謎は残る。ボルトの状態を見る限りでは随分昔に崩壊している。にも拘らず
  ゲイリー達は存在していた。つまり崩壊したボルト内部では決して複製されない面々だ。
  施設の崩壊は少なくとも100年前。
  ゲイリー達の寿命を考えると、ゲイリー達の年齢と外見が合わない。
  誰かがとこか別の場所で複製して実験を、観察を続けていた?
  ……。
  ……まあ、憶測だけどね。
  もしかしたらゲイリーは寿命が設定されていないのかもしれない。
  ともかくボルト108の探索終了。
  結局パパの望むものはなかったなぁ。
  それにしても。
  「ゲイリーの真の意味って何ーっ!」
  おおぅ。














  その頃。

  「クライシス主任。これで我が社が観察していた全てのボルトが壊滅しました」
  「分かってる」
  「ボルト92、ボルト106、ボルト108。三つ壊滅した事になります」
  「分かってる」
  「それで、その、本社からの辞令はなんでしたか?」
  「この研究室は閉鎖される事になった。まあ、仕方ないな。データ収集すべきボルトは全て壊滅したのだからな。当然の処分だ。そうだろ?」
  「はい。仕方ないと思います」
  「今後我々はアルバート隊長が進めているグール実験に合流する事になる。私は副主任に降格だ」
  「研究室員全てが隊長の傘下に?」
  「そうだ」
  「……給料下がりますね」
  「下らん事を言うな。グール実験は我が社の命運を懸けたプロジェクトだ。会社全体の資産の三分の一を投じた実験だ。気合を入れろ」
  「了解しました」
  「上役の話ではレイブンロックのお偉方も大分焦れてるらしいしな」