私は天使なんかじゃない








アンタゴナイザー






  放射能は様々な存在を変異させた。
  本来は特性的に大型化が不可能な昆虫までも変異させた。

  だけど。
  だけどどんな時代でも変わらないものがある。
  正義の味方を欲する気持ちだ。
  どんな時代であろうとも、人は正義を成すヒーローを求めてる。





  「ここだ」
  カンタベリートンネル。
  そのトンネルのさらに地下にアリどもの巣があるらしい。案内してくれたのはメカニスト。
  クリスは信用出来ないといったけどメカニストはアンタゴナイザーと敵対している。私達を罠に嵌める意味合いはまるでない。
  彼を信じて私は先導を任せる。
  トンネルの中は暗かったけど私の腕に装着されたPIPBOY3000には照明機能がある。
  私達を照らすには充分だ。
  先頭をメカニスト。
  コツ。コツ。コツ。
  トンネルを一列に進む。
  メカニストが率いていたロボット部隊は私達が全て粉砕してしまったのでメカニストには手駒がいない。
  まあ、問題あるまい。
  厄介度ではロボット軍団が上だった。
  私達はそれを残さず粉砕した。
  つまり。
  つまりアンタゴナイザー率いるアリの軍団はロボット部隊よりも一等劣る。そんなのが群れてきたところで問題はあるまい。
  まあ、生理的に巨大なアリが群れるのは気味が悪いけど。
  それに。
  「撃て撃て撃て」
  『御意のままに』
  時折散発的に襲ってくるアリどもだけど数はそう圧倒的ではなかった。
  それに堅い表皮とはいえ銃火器の前では脆い。
  敵じゃあない。
  アリ達の最大の弱点は生物というカテゴリーなところだろう。メカニストが率いたロボットは壊れても修理が可能だ。だけどアリは死んだら死骸に
  なるだけ。何をしようが決して生き返りはしない。つまり数の補充が容易ではないのだ。
  増やす方法。
  卵からの孵化を待つしかない。
  つまり一度数を減らしたら元の数に戻すのは容易ではないのだ。
  カンタベリー・コモンズでメカニストと派手にやり合った後だからアリの数はまだ回復していない。戦いの後、メカニストはロボットの修理に時間を費
  やしていたのと同様にアンタゴナイザーもまた幼生が成虫になるまでの時間が必要なのだ。
  そういう意味では今が最高の襲撃のタイミングだ。
  それにアリのバージョンはさほどない。
  ロボットならプロテクトロン、ロボブレイン、警戒ロボなど様々なバリエーションがあるけどアリはアリだ。
  多少の表皮の堅さが変わった程度で銃があれば怖くない。
  さすがに銃弾を弾くほどの強度はないわけだし。
  私達はアリ達を蹴散らしながら奥に進む。




  バリバリバリ。
  アサルトライフルの掃射で扉を護るアリ達を撃破した。
  敵は沈黙した。
  扉を開く。
  中に入ると玉座が目に入った。玉座、といっても粗末な椅子を改造しただけなお手製の代物だけど。
  そこに彼女はいた。
  妙なコスチュームの女性だ。
  メカニストの姿を見ると彼女は嘲るように笑う。
  周囲にアリの兵隊はいない。

  「メカニストよ。アリの女王の慈悲を乞いに来たの?」
  「彼は私に敗北したわ」
  私が口を挟む。
  意見されるのが嫌いらしい。アンタゴナイザーは唇を不快そうに歪めた。ここでの交渉も私が一任されている。
  交渉、スタートです。
  「お前が倒した? つまり奴はお前の軍門に屈したわけか?」
  「まあ、そんな感じ」
  「名乗れ」
  「ミスティよ」
  「承知したわ。人間用の最高なお土産をあげるわ。楽な死をねっ!」
  「待ちなさい」
  手を上に挙げるアンタゴナイザーを制する。
  ざわざわざわ。
  周囲で気配が動くのを感じた。見えないけどどこかにアリの軍隊が潜んでいるらしい。
  「待ちなさいだと?」
  「ええ」
  「アンタゴナイザーに待てと指図するなんて図々しいわねっ! 人間はアリの女王に命令出来ないのっ!」
  「じゃあどうする?」
  「でもメカニストをここに連れて来てくれたわけだし、特別に聞いてあげるわ。早くして」
  「どうして人間を憎むの?」
  「過ちを犯す生命体だからよっ!」
  「確かにそうね。でも人間にはまだチャンスがある。貴女にもね」
  「私にも、だと?」
  「ターニャ・クリストフ」
  「何故その名をっ!」
  「アリは貴女の家族を殺した。それでもアリの方が勝ってるの? アリは万能?」
  「お前は無知だっ! アリが殺したのではないっ! 私の家族は、アリを変異させた科学者が滅ぼしたのだっ!」
  「科学者?」
  何の事だろう。
  デタラメ?
  それとも……。
  「私はあの時に死んだのだ、そして誓った、アリのコロニーでこの世界を埋め尽くそうとねっ! 話はお終いだ、赤毛の女よっ!」
  「平和的に解決できないわけ?」
  「そんな話を聞くつもりはないわ。……メカニストを渡しなさい……いえ、奴の着るスーツを寄越しなさいっ!」
  「スーツ?」
  「そうよ」
  「どうしてそんなものが欲しいわけ?」
  「そんなものとは何だっ!」
  メカニストの叫びは無視。
  いちいち話を面倒にするのはやめて欲しいものだ。最初の打ち合わせはどうした、最初の打ち合わせは。
  平和的に解決する為に手助けするという約束はどうした。
  まったく。
  「おっほん」
  わざとらしく私は咳払い。
  それでは改めて交渉に戻るとしよう。
  「何故スーツを?」
  「負けた敵の死骸に自惚れるのは当然じゃない? 自分より強い敵に勝った事を喜ぶのよっ!」
  「ふぅん」
  「最高の敵を自分で殺して生皮を剥げないならスーツを見て悦に浸るぐらい別にいいでしょう?」
  「なるほど」
  メカニストを好敵手として認めていたってわけだ。
  ……。
  ……まあ、ぶっちゃけ傍迷惑な好敵手同士なんですけどね。
  何て迷惑な奴らだ。
  メカニストはメカニストでアンタゴナイザーを素敵とか言ってたし……もしかしてこいつらお互いに好意を抱いているんじゃないのだろうか?
  まあいい。
  別の切り口からいくか。
  「わざわざスーツを奪ったりして争うのって無駄じゃない? 争いもね。街を恐怖に陥れる意味なんてないでしょう?」
  「確かに」
  「そうでしょう? だから……」
  「全世界を相手に出来るレベルの私が、哀れな人間達にわざわざ構う必要はないわね」
  「……」
  すいませんそんなに広い範囲で物事語っちゃうんですか?
  メカニストはメカニストで地球規模とか言ってたし。
  もしかしてこいつらってばお似合いのカップルになるような気が……。
  アンタゴナイザーは言う。
  「メカニストよ。これだけは覚えておきなさい。貴方が死ぬ時が来たら、アリの女王の唯一の友として、痛みのない死に恵まれる事を祈っているわ」
  「……アンタゴナイザー……」
  はいはい。
  芽生えましたね、2人の間に愛が。
  つまりは何?
  街の前でのバトルはデート感覚ですか?
  何と迷惑な連中。
  だけどこれなら簡単に事は運びそうだ。メカニストは既に了承している。
  話を纏めるとしよう。
  それは……。
  「今後は2人で、仲良く、協力して街を護りなさい。正義の味方としてね」
  「私が、正義だと?」
  「そうよ」
  「私に人間を護れと、救えと言うのか? 護る価値があるとでも言うのか?」
  「ええ」
  
「違うっ! 人間は残酷な生き物よっ! 心なしのケダモノよっ! 奴らは決して救われないっ! 私達はもう……っ!」
  突然アンタゴナイザーは取り乱す。
  意味も分からない言葉を大声で連呼する。
  錯乱したっ!
  「いいえ。戻れないわっ! 私はアリの遺伝子を植え込まれてしまったっ! もう人間じゃないものっ! だけど、こんな事を続けたくはない。もうこれ以上
  あいつらみたいな悪人にはなりたくないのっ! でも人に戻るのは、不可能よっ!」
  「アンタゴナイザーっ!」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ガン。
  玉座を強く叩く。
  「親衛隊よっ! 侵入者よ、始末しなさいっ! 目障りな人間を排除なさいっ!」
  なにぃ?
  結局はそう来たか。
  アリ達が姿を現す。その数はわずか10匹。敵ではない。親衛隊と言ってたから多少は強力なのだろう。
  親衛隊に敬意を表して私は44マグナムを二丁引き抜く。そして発砲。
  ロボットですら貫通できるんだ。
  特別に堅いアリでも倒せない道理はない。
  戦闘らしい戦闘でもない。
  何しろアリは接近しなければ攻撃は出来ないわけだからね。接近される前に全て粉砕した。アンタゴナイザーは理解していないのかもしれないけどアリの
  軍団は物量作戦で押してこそ意味がある。数が揃わなければさほどの脅威ではない。
  あの程度の数なら敵ではない。
  特別なアリでもね。
  「アンタゴナイザー、終わりよ」
  「……ああ。何という事を……」
  だけど。
  だけどアンタゴナイザーは戦闘なんか最初から見てなかった。
  泣いている。
  それだけだった。
  「私をここで殺してっ!」
  この時、私は理解する。
  彼女はどこかの科学者に遺伝子を弄られているのだと。
  誰かに実験として遺伝子を改造されたのだろう。彼女の先ほどの叫びの内容は真実だったわけだ。
  そしてだからこそアリを支配出来るのだろう。
  支配出来る理屈は分からないけどそれは事実なのだ。
  既に人ではないと思い込む彼女は自暴自棄になっていた。自分を理解してくれるのはアリだけだと信じてた。
  だから。
  だから支配しようとしたのだ、アリの力で世界を。
  ……。
  ……それにしても何者だ?
  人間にアリの遺伝子を組み込めるなんて、ありえないでしょうよ。
  どこの技術屋だ?
  今さらそんな物騒な技術があるなんて驚きだ。
  「私を殺せぇーっ!」
  泣き叫ぶ彼女にメカニストが呟いた。
  「なあ、アンタゴナイザー」
  「……な、何?」
  「俺達で新しい正義の味方、やってみないか?」
  「えっ?」





  『ギャラクシーニュースラジオの時間だっ!』
  『皆、キャピタル・ウェイストランドの最新のニュースの時間だぜっ! 興味がなくても聞いてくれ』
  『グレイディッチの街が静かになったようだ』
  『あの街はキャラバン隊との交流もせず、また立ち寄る旅人の数も極端に少ない閉鎖的な街だ。だから何が起きたかがまったく分かっていない』
  『ある者の証言ではアリが溢れているそうだ』
  『腕に自慢のある奴は覗きに行ってみるのもいいんじゃないかな』
  『……なぁ? そうだろ、赤毛の冒険者? ははは、あんたの好奇心に期待してるぜっ!』
  『聞いてくれて感謝するぜっ! 俺の名はスリードッグっ! いやっほぉーっ!』
  『キャピタル・ウェイストランド解放ラジオが、どんな辛い真実でも君に届けるぜ。さて、ここで曲を流すとしようか』





  カンタベリー・コモンズのその後。
  キャラバン隊の収益目当てで徒党を組んだレイダー軍団は呆気なく粉砕されたらしい。
  粉砕したのはドミニク達?
  いや。
  それは……。
  「ほーっほっほっ! 正義の女王アンタゴナイザー様に逆らうとは笑止千万っ! 我々正義の味方に死角なしっ! 追撃するわよ、メカニストっ!」
  「任せろアンタゴナイザーっ! さあて、今日も正義の味方日和だぜっ! 本日も正義の味方に栄光あれっ!」