私は天使なんかじゃない








メカニスト






  この過酷な世界に。
  この残酷な世界に。
  正義の味方なんて存在しない。存在する意義もないのかもしれない。
  人々の心は荒んでいる。

  だけど。
  だけど、だからこそ必要なのかもしれない。
  人々の心に光差す正義の味方が。

  ……必要なのかもしれない。






  カンタベリー・コモンズの南にあるロボット修理工場。
  まずは私達はここを訪ねた。
  アンタゴナイザーの拠点が『北にある』程度しか分からないので、明確な場所として存在するロボット修理工場を訪れたってわけだ。
  メカニストなら正確な場所を知っているかもしれないし。
  ……。
  ……もちろん、訪ねたとはいえ歓迎はされていないらしい。
  いや、歓迎されてるのかな?
  出迎えてくれたのは……。




  「こんな展開ばっかだなぁ」
  「一兵卒、お前が望んだ事だろうが」
  「……確かに」
  44マグナムを連打しながら私は答える。
  お出迎えの相手はプロテクトロン。
  初期に軍用として開発されたものの貧弱な装甲と命中率の低いビーム兵器の為に民間の護衛用に転用されたロボットだ。アサルトライフルでも充分
  に対処出来るものの充分な破壊力を求めて44マグナムを使ってる。これなら確実に1発だし。
  建物の中にはロボットで溢れていた。
  もっとも貧弱な兵装&兵器だけど。
  高所からビーム攻撃してくる固定砲台のタレット群にはハークネスのお釣りが出るほどのミニガンが火を吹く。
  敵の数は多い。
  だけど、そもそも能力は低いし、整備の状態も悪い。
  自動迎撃なのだろう、室内に足を踏み込んだ途端にプロテクトロンが格納されているポッドが開いたものの、そのまま昇天する機体もいたし。
  整備が甘過ぎる。
  まあ、だからこそアリ程度と五分の戦いしか出来ないわけだ。
  楽でいいけどね。
  カン。カン。カン。
  鉄製の階段を上りながら私は上からレーザー兵器をぶっ放してくる二体のプロテクトロンに迫る。
  「そこっ!」
  ドン。ドン。
  火花を散らしてプロテクトロンは沈黙。
  無駄な弾を使うまでもない。
  二体撃破。
  これで上から撃ってくる邪魔な連中は始末した。
  「皆、上がってきてっ!」
  「心得ている。クリスチーム、移動」
  『御意のままに』
  カン。カン。カン。
  上に上がってくる仲間達。グリン・フィスはクリスタチノ背後を護る形で上がってくる。
  ……。
  ……うーん。
  グリン・フィスは強いけどそろそろ銃火器を手にした方が良いかもなぁ。別に銃がないと今後に対応出来ないわけではない。
  銃がないと接近戦以外では対応出来ないからだ。
  まあいい。
  ともかく私達は高所に移動。
  吹き抜けの階下にはまだプロテクトロンの群れが徘徊していた。命中率の低いレーザー兵器で私達を撃ってくるのが半分、あとは索敵エリアから
  私達が消えたので索敵モードに移行して無意味で動いているだけ。
  「撃て撃て撃て」
  『御意のままに』
  クリスの指示の元でクリスチームが圧倒的火力を階下に降り注がせる。
  地の利はこちらにある。
  敵は成す術もなく次々とその機能を停止していく。
  よく見るとキャタピラタイプのロボット、ロボブレインもいるもののこのような状況下では特にプロテクトロンと大差がない。
  的だ。
  的でしかない。
  勝ったっ!

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  「な、何?」
  背後で爆発。
  背後にあったシャッターを吹っ飛ばして何かが現れる。
  漆黒のボディ。
  警戒ロボだっ!
  軍用の機体で装甲の厚さ、火力の高さ、そしてその機動性。これ一体で周辺の制圧が可能とされた機体だ。全面核戦争の際には前線に配備された。
  つまり戦争と一緒に吹っ飛んだ。
  だから他のロボットに比べて残存の個体数は少ないものの、それでも確実にまだ存在している。
  それが目の前にいる。
  厄介な。
  右手はガトリングレーザー……いや、こいつはミニガンタイプか。
  左手はミサイルランチャー。
  高火力の兵器だ。
  「これでも、食らえっ!」

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  アサルトライフルに装着されているグレネードランチャーを発射。
  爆発。
  だけど爆炎の向うでまだ警戒ロボは動いている。
  「ケイビノジャマハ、ヤメヨ」
  ウィィィィィィィィン。
  ミニガンが回転する。発射に数秒を要するのがこの機体の弱点だ。
  バッ。
  私はグレネード弾を奴に数個投げ付けた。もちろんそれだけでは何の意味がない。投げると同時に44マグナムを引き抜く。
  ばぁん。

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  1つを射抜くと爆発、そして連鎖爆発。
  警戒ロボを爆発が包む。
  その威力は先ほどの比ではない。
  爆風が収まった時、そこには残骸だけが残っていた。
  「私の勝ちね」
  おそらく今のがメカニストの出せる最強の兵器だったのだろう。それを粉砕した以上、特に怖い展開はもはや存在しない。
  階下のプロテクトロンもほぼ鎮圧完了だ。
  さて。
  「メカニストと交渉するとしますかね」




  研究室に進む。
  そこには妙な格好をした奴がいた。カンタベリー・コモンズでアンタゴナイザーと喧嘩していた相手だ。
  よく見るとこいつのスーツはロボットか。
  ロボットの内部をくり抜いて、その装甲をスーツとして纏っているらしい。
  奴は私達を見ると吼えた。

  「ここで何をしている? どうやって防御施設を突破した? アンタゴナイザーがお前を寄越したのか?」
  ふぅん。
  あのロボット達は自動迎撃で出て来ただけか。
  おそらく施設に侵入したら起動するようにプログラムされていたのだろう。まあ、それを設定したのはこいつだからこいつに非があるんだろうけど。
  いずれにしてもロボットは全部粉砕した。
  予備兵力と思われる作業用ロボットも潰した。
  兵器を粉砕した以上、こいつにびびる必要はない。
  まあ、最初から怯えてはないけど。
  とっとと終わらせよう。
  武力が背景にないこいつとの交渉は私達に利がある。問題あるまい。クリス達には最初から口出ししないように言ってある。
  交渉開始だ。
  「口を開かなければ真の目的を確認するまで君を拘留するぞっ!」
  「話し合いに来ただけよ。街は迷惑してる。もうヒーローごっこはやめにしない?」
  「言いたい事は分かった、君の言うとおりだ」
  うっわ素直過ぎっ!
  解決?
  解決したわけ、これ?
  こんなにあっさりと……素直というか単純というか。
  だけどそう簡単には終わらないらしい。突然メカニストは熱っぽく語り出す。
  なるほど。
  うざったい熱血漢か。
  「だがまだまだやめるわけにはいかん。アンタゴナイザーの魔の手から地球を救うまで私は戦い続けるのだっ!」
  「……えっと、地球規模の話でしたっけ?」
  「平和的に解決出来る事を私もどれだけ願うか。だがアンタゴナイザーは冷酷で残忍、そして頑なな女性だ。あんなに素敵なのに。……ううう……」
  「……すいません。もしかして泣いてる? 泣いてるの?」
  何なんだこいつ。
  既に変人の域ですねー。
  「暴政を行うアリどもは冷酷に、感情を交えず、正義によって破壊されなければならないっ!」
  「メカニストを名乗った理由は?」
  流れを私は故意に変える。
  あまりに突然で相手は一瞬戸惑ったようだ。
  ふふん。
  頭の回転は私の方が上らしい。交渉の根幹はいかに場を支配するかに懸かってる。
  強弱を加え、時に押し、時に流し、緩急も必要。
  機転もね。
  交渉はお手の物だ。
  「あなたの過去を教えて」
  「昔は、私も君みたいに普通の市民だった。コンピューターの才能があった以外は、何の力もなかった」
  「それでどうして今の生き方を?」
  「だがアンタゴナイザーの攻撃で私の愛するロボットが殺された。ダメージが大き過ぎて修理は不可能。この時、私は自分の進むべき道を神に
  啓示されたのだっ! この悲しみが私のそれまでの弱さを焼きつくし復讐の炎を燃やした。こうしてメカニストが生まれたのだっ!」
  「……」
  神様持ち出すのかよ。
  啓示ねぇ。
  「ヒーローは悪がいないと成り立たない。そうでしょう?」
  「そうだっ!」
  「つまり正義の味方を成り立たせる為だけにアンタゴナイザーと争いたいだけなんじゃないの?」
  「嘘だっ! 名誉毀損だっ! 私のような気高い正義のヒーローと、あのような卑しい悪人を同列で語るとは何事だっ!」
  よし。乗ってきたわね。
  一気に畳み掛ける。
  「だけど街は怯えてる。2人の戦いの所為でね。この辺でお互いにやめるべきだと思うわ。正義のヒーローが街を脅かす存在でいたいの?」
  「それ……本当か? 私が街にとっての脅威? 本当に皆そう思っているのか?」
  「ええ」
  「私は今まで街の皆にとって悪役だったのか? ここでやめた方がいいって事か?」
  「ええ」
  「……何てこった。街の皆に顔向けできない」
  熱血漢。
  それは悪い性格ではない。
  問題だったのは周囲が見えなかった事、それだけだ。別に街に実害がなかった以上、誰も彼を嫌ってはいないだろう。
  そして彼は必要だ。
  ある意味で彼も、そしてアンタゴナイザーも必要だ。
  レイダーもびびって手を出さない、そう街で聞いた。ならば今後はその異風さを活かして街を護るべきだ。
  喧嘩などせずに。
  「ねぇ」
  「……何だ? 私は落ち込むのに忙しいんだ。用件は手短にしてくれ」
  「本物の正義のヒーローにならない?」
  「何だと?」
  「本物の正義のヒーロー」
  私はにこりと微笑んだ。