私は天使なんかじゃない
ボルト92 〜狂いし音の世界〜
そこには音が満ちていた。
そこには死が満ちていた。
旋律の狂った世界がそこにある。やがて旋律は戦慄へと姿を変えて、ボルト92には誰もいなくなった。
音が支配するのだ。
全てを。
ボルト92。
それはアガサの家からさらに北にある。
私の行く目的は2つ。
当初の予定通りパパのパソコンのバージョンアップに必要な機材の確保、そしてソイル・ストラディバリウスの回収。
それが今回の旅の目的だ。
正確な場所はアガサさんが教えてくれた。
メガトンでビリーが言ってたオールドオルニーとかいう場所の西に位置していた。
さて。
突撃開始っ!
「開いてるわね」
「そうだな」
私とクリスはボルト92の隔壁の前に立っている。開いていた。
つまり?
つまり誰かが侵入しているというわけだ。
「カロン准尉、ハークネス曹長、警戒態勢」
『御意のままに』
2人に命令するクリス。
私は私でアサルトライフルを構える。グリン・フィスは抜刀、攻撃態勢に移行完了。
開いていて何が問題か?
簡単だ。
侵入者がいる可能性が高いという事だ。
ボルト92の住民が閉め忘れたとは考えられない。何故ならそこから先に広がる内部の光景は完全に荒れ果てていた。
「……」
ザッ。ザッ。ザッ。
私は1人で進む。仲間達は制してある、その場に留まるように。
アサルトライフルを構えながら進む。
ゆっくり。
ゆっくり。
ゆっくり。
開いている隔壁を通り過ぎて中に入る。周囲を見渡した。
「……」
完全に崩壊していた。
色々なシステムは壊れているし人骨が散乱している。鉄柱や機器は完全に錆びている。
ここは残骸だ。
遺産じゃあない。
どうやらパパが望むパソコンのパーツは無理だろう。例え存在していても壊れていて使い物にならないはずだ。
襲撃された?
そうかもしれない。
内部からか外部からかは知らないけど完全にここは崩壊している。
何が起きた?
それは分からない。遠い昔の話だろう。
荒れ方は荒らす人にもよるから何とも言えないけどこれだけの錆が浮いてた施設なわけだから……少なく見積もっても半世紀以上に崩壊している。
無駄足か。
私は手で仲間達に合図する。
安全だと。
少なくともこのエリアはね。
クリスは頷いて前進する。その後に続くカロンとハークネス。さらにその後ろを護衛するようにグリン・フィスが続く。
全員私の位置に到着。
「どう思う、クリス?」
「随分昔に潰れたようだな、このボルトは」
「そうね。私もそう思う」
ボルト116並に崩壊している。
内部の問題での崩壊?
外部の干渉での崩壊?
それは分からないけど……確かボルト116のデータでは『音信不通になった』とかあった気がする。つまり何百年も前に潰れた可能性もある。
無駄足だ。
ただそれだけでは終わらないのを私は知っている。
アガサさんの依頼だ。
頼まれた。
ソイル・ストラディバリウスのバイオリンを探すと。
……。
……もちろん存在しているかしていないかは別問題。使えるかどうかもね。
だけど約束は約束。
探す努力はするべきだ。
「クリス、アガサさんの依頼を完遂したいんだけど……手伝ってくれる?」
「相変わらず甘いな一兵卒」
「……」
「しかしそういうところが私の大好物だ。手を貸そう」
「あ、ありがと」
大好物って何?
何か微妙な誉め方だなぁ。
おおぅ。
「主、敵が迫ってきます」
「攻撃継続、迎撃っ!」
「御意っ!」
侵入30分後。
クリスを後備えとして入り口に残した。自ら志願した。……確かボルト116の時もそうだったような?
確かに必要な役どころではある。
何かの拍子に隔壁が閉じてしまった場合に備えて1人でも隔壁の向うで待機している者がいた方がいい。
まあ、そこはいい。
……。
……問題は内部の状況よね。
地下水が浸水してきたのか、そこに惹かれてある連中が住み着いていた。
ミレルークだ。
カニ人間。
わんさかいる。
私達は通路で前後を阻まれている。現在交戦中。
私とグリン・フィスは前方を受け持ち、後方をクリスチームだ。……あー、クリスは除く。彼女は扉で居残りなので。後ろは任せるとしよう。
いいなぁ。ミニガン持ってるハークネスは。
こういう状況下での戦いでは絶対的な威力であると同時に絶対的な有利な立場を保持できる。
まあ、私にはミニガンは扱えないだろうけど。
私のイメージじゃないし。
さて。
「こんのぉーっ!」
バリバリバリ。
アサルトライフルを乱射。
通路にひしめいているのが連中の弱みだ。……まあ、知能があるかは不明だけど。
ともかく連中は的だ。
撃てば当たる。
ただめちゃめちゃ堅い。
アサルトライフルの弾丸は連中の堅い殻は貫通出来ない。グレネードランチャーを使えば倒せるけど通路が吹っ飛んだら困る。
仕方ない。
チャ。
アサルトライフルを背負い、新たな武器を引き抜く。44マグナムだ。
食らえーっ!
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
12連発っ!
前はミレルークに発砲した際に反動で引っくり返ったけど最近は撃ち方のコツが分かった。引っくり返る、そんなのは卒業です。
どっしりと構えて撃つ。
視界を覆う硝煙。
「ふっ。私に喧嘩を売ると火傷するぜ」
ミレルーク軍団全滅。
44口径の弾丸は強力無比。
後方ではハークネス&カロンもミレルークを殲滅していた。2人も何だかんだで強い。銃を撃ってるだけだろ、と誰かが突っ込めば私は甘いと答える。
敵の大軍に襲われても崩れずに戦えるのだから強いに決まってる。
ともかく敵を撃退。
とりあえず襲ってきた連中は撃完了だ。施設内にはまだ徘徊していそうだけど。
一応は問題は排除した。
完了です。
……。
……あれ?
「グリン・フィス」
「何か?」
「何もしてないよね、結局」
「いえ。そんな事はありません」
「と言うと?」
「自分の笑顔があるから主の力は倍増して敵を撃破出来たのであります。主は自分がいてこそ力が発揮出来る、これは2人の絆の勝利です」
「はっ?」
「ユーモアです」
「……」
すいません普通にぶっ殺したいんですけどこれって問題ありな感情でしょうか?
うーん。
「進みましょう」
「御意」
私は促す。グリン・フィスは素直に頷き、残る2人はただ従うだけ。
クリスが『ミスティに従え』と言ってくれたから従ってはくれるけど……結構ギスギスした関係だなぁ。
別に仲が悪いとかじゃないのよね、私とこの2人。
そもそもの概念が異なるのだ。
2人にとってクリスは絶対の存在であり、その絶対の存在のクリスの仲間である以上はその他の事は雑多な事でしかないわけだ。わざわざ新しい
コミュニティを築こうという発想がそもそもないのだろう。ストイックな性格と言うべきなのか、それとも……。
「ふぅ」
まあいいか。
別に険悪ではないのだから別にいい。
2人には2人のスタイルがある。
それだけだ。
「進みましょう」
私はもう一度呟くと先頭に立って歩く。廊下の曲がり角から何かが出てくる。またミレルークだ。
どうやらここは完全にミレルークの巣と化しているらしい。
住民?
ずっと昔に死んでいるのでしょうね。
「行くわよっ!」
「御意」
蹴散らし。
蹴散らし。
蹴散らし。
私達は前に前にと進む。敵を蹴散らしながらね。
カニ人間は執拗だったけど……顔……いや、眼なのか……まあ、弱点が偶然だけど分かったので後の戦闘は意外に楽だった。
「ここは……」
どうやら弾薬庫らしい。
助かる。
私達は弾薬を思い思いに取る。弾薬の補充完了。
もちろんここに立て籠もっているボルト92の住民はいない。いるのは……いや、あるのは白骨だけだ。
この施設は当に死んでる。
ずっと昔にね。
それにしてもボルト92には結構な武器が配備されてるわね。
ボルト101は10mmピストルが最強装備だったのにここにはグレネードもある。貰っとこう。
「主」
「何?」
「白骨の側にこれが落ちていました」
それは変色した紙だ。
何か文字が記されている。
「ありがとう」
「いえ」
私は受け取って文面を見る。
どうやらこの白骨死体の最後の言葉のようだ。
『はぐれてしまったっ!』
『まともな人間が残っているという保証はどこにもない』
『誰かこのメモを読んだら私の家族に伝えて欲しい。私は他の者達のようにはならなかったと』
『私は人としての信念を護って死んだと』
『クレイジーどもに体を引き裂かれるなんて真っ平だ。そんな最後は嫌だ。だから私は尊厳を護る最後を自ら迎えたのだ』
『メモを読んだ方よ。どうか妻と子供達に伝えて欲しい。愛していると』
「クレイジー?」
何だろう、それは。
ただ分かった事がある。それはここはボルト116と同じ状況だという事だ。おそらくは本社の指示での実験か何かで自滅したのだろう。
住民にしてみれば迷惑な話よね。
避難シェルターだと思ってみれば実験施設、そして住民がモルモットの対象。
迷惑な話だ。
「ミスティ」
カロンが話し掛けてくる。
さっさと行くぞと急かしているようだ。
「分かったわ。出撃、でしょう?」
「クリスティーナ様に聞けっ!」
「……」
いや。わざわざクリスに聞きに戻るのも面倒なんですけど。
面倒な性格だなぁ。
ともかく弾薬庫を出る。バイオリン探しが今回のメインになりつつある。てかメインでしょ、パパの必要なものはここにはあるまい。
あっても壊れてれば意味がない。
通路に戻る。
「……っ!」
ドサ。
何かの力で私は押し倒された。一瞬、どうして倒れたかが分からなかった。
次の瞬間にはカロンがその場に倒れる。その際に蒼い光を見た。
それが私達を打ち倒したのだ。
な、なんだぁ?
死んだ眼をした妙な奴が少し離れた場所に立っていた。ヒレがあったりするから魚人間?
怖いな、あの眼。
夢に出そうなフォルムだし。
もちろん悪夢の方だ。
ピピ。
PIPBOYが起動する。新しい敵を察知すると自動検索するように設定してあるからだ。
助成の音声が機械から響いた。
『ミレルークキングを確認』
『ミレルーク、ミレルークハンターの上位タイプで統率者』
『この生命体群の詳しい生態系は不明』
『口から怪音波を発して対象を圧倒する能力を有しています』
『それでは良い一日を』
なるほど。
音波攻撃か。
「I'll be back」
完全に意味分かってないと思うけど……ともかくハークネスはそう呟きながらミニガンを乱射。しかしっ!
「なっ!」
驚愕のハークネス。
それはそうだ。
ミレルークキングが発した怪音波が弾丸を地面に落とす。音波に接触した弾丸は奴には届かない。
何なんだそのデタラメな能力はっ!
タッ。
その時、グリン・フィスが駆けた。
奴が音波を発するよりも早く。
そのままグリン・フィスは奴の脇を駆け抜けた。刃を閃かしたまま。
数歩駆け抜けて止まる。
「主、排除しました」
ドスン。
言葉が終わると同時にミレルークキングの上半身が床に転がった。下半身の部分はしっかりと床に足をつけて直立していたものの、数秒後に
上半身がない事に気付いたかのようにそのまま倒れた。思わず顔を見合わせるカロンとハークネス。
信じられないらしい。
グリン・フィスの身体能力が。
白兵戦で彼に勝てる者はいない。絶対に。
「ナイス。グリン・フィス」
「ありがたきお言葉」
「さて。先に進むわよ」
「御意」
最深部に到達。
途中のサウンドテストの部屋で私はあるものを見つけた。特殊な加圧ケースだ。
暗証番号が必要なケース。
開き方が分からないので何とも言えないけど中に何かが入っているのは確かだ。ソイル・ストラディバリウスである事を願う。それで今回のミッション
は終了だったんだけどこの施設で何が起きたかを知りたい。だから最下層の、最深部に向った。
そこに何かがあると思ってたわけではない。
シラミ潰しに調べて、そこが残った、理由はそれだけだ。
そしてそれは正解。
その部屋はセキュリティがまだ生きていた。
私は扉を開く。
施錠?
されてたわよ。
だけどこんなロックを解除するなんて私には簡単な事だ。
「うーん」
室内は密閉されていたもののやはり壊れていた。時の流れが崩壊させた、と言っても過言ではない。
パソコンを調べる。
大半は壊れているけど……。
「おっ」
幾つか起動するのも残っている。ただパパが欲しいパソコンのバージョンではない。残念だ。パパの依頼は完遂不可能ってわけだ。
まあ今はそれは考えないでおこう。
今はここで過去に何が起きたかを知りたい。
好奇心?
好奇心。
人が人である以上、それは抑えられないものだ。
パソコンを弄る。
ターミナルにある内容。
それはマレウス教授という人が綴ったメールの内容。送信先はこのボルトの監督官。
『これが例の被験者のデータです』
『しかしながらさっぱり分からない。被験者はどうして実験後にこうした行動を起こすのだろうか?』
『この者がおかしくなった原因を究明する必要があります』
『監督官。謎が解明されるまで少し待ってください』
『いくつか深刻な問題を抱えています』
『何度か監督官にメールを送っているが返事が来ません。そもそも監督官、あなたに最近会っていませんね』
『さらに7人が死にました。実験は加速度的に誤った方向に進んでいます。いや。そもそもこの実験そのものが誤りだったのだろうと最近よく思うのです』
『我々研究チームはこれが人類の為になると信じていました』
『だが監督官、あなたはこれを軍用に転用するつもりなのだ。それが本社の意向だからと。我々は有能な科学者かもしれないが政治家ではなかった。こ
の実験の結末を考える事無くただただ知的欲求を満たす為だけに実験を続けていた。我々は必ず地獄に落ちるでしょう』
『計画の見直しを進言します』
『どうか気付いてください。この過ちに』
『最悪な事態を招く前に』
『あなたはさらに実験の大規模化を迫ってきました。何故ですか?』
『どれだけ死ねば事態の深刻さに気付くのですか?』
『我々は孤立しています。助けはどこからも来ない。外は放射能で汚染されています。本社は吹き飛び、他のボルトとの通信も途切れた』
『今さら実験もクソもないでしょうっ!』
『お願いですから話し合いをっ!』
『あなたのオフィスを護る筋肉馬鹿のセキュリティ達をどかしてくださいっ!』
『既にセクション4が閉鎖されました』
『ボルト92は既に維持出来ないところにまで来ているのです。なのにどうして会ってくれないんですかっ!』
『私のチームの推測では住民の30パーセントは既に精神に異常があり、残りも次第にその影響に引っ張られる事でしょう』
『これは実験の継続のレベルではありません』
『我々がこのボルト92を放棄しなければならない可能性もあるところにまで発展していますっ!』
『あなたはオフィスに閉じ篭って何をしているのですか?』
『監督官、被験者V920717が住民3人を観察例のない抑制不能の怒りの発作に任せて殺害しました』
『暴走した被験者は保安部隊が23発の弾丸を叩き込む事でようやく死にました』
『被験者に暴力や精神不安定の前歴はまったくありませんでした』
『心配なのがこの被験者は最高の成果だったという事です。それがどういう意味かお分かりですか?』
『我々は常に殺戮者に囲まれているのです』
『そしてそれを作り出したのは我々』
『監督官、どうするつもりですか?』
『信じられないっ!』
『先月はさらに12件の事故が発生しました。その行動は被験者V920717とまったく同じです』
『恐ろしいのは殺人を犯す際に示す凶暴性です』
『四肢をもぎ取り、内蔵を抉り出す』
『告白しますが私は研究をとうに中断しました。なのにこんな状況が頻発している。監督官、まさか実験を継続しているのではないでしょうね?』
『もしそうであるならば即刻中止してください』
『すぐにっ!』
『もう手に負えない状況です』
『ボルトの半数が凶暴化しました。ホワイトノイズが彼ら彼女らの本能の奥底にあった殺戮衝動を覚醒させてしまったとしか推測できません』
『原始的な性質を表面化させてしまった』
『ともかく、彼ら彼女らは精神的に退化してしまったようです』
『理性は既にない』
『目に付く者を殺すだけだ。既に32名が犠牲になった。次は私か、それとも監督官、あなたかもしれない』
『それぞれの報いが我々を待っているようです』
『保安部隊の1人が罪に耐え兼ねて全てを明かしてくれました』
『監督官、あなたが殺人衝動をボルト全住民に植え付けていたのだっ!』
『何故ですかっ!』
『スタジオ内の者だけでなく拡声器を使って全住民が寝ている間にホワイトノイズを聞かせていたなんて狂ってるっ!』
『戦闘への暗示を植えつけていたのはボルトテック本社からの指示だったと彼は言いました。核で吹き飛んだのではなかったのですか?』
『いずれにしてもあなたはやり過ぎました』
『あなたはイカレてるに決まってるっ!』
『観察もせず、制御もせず、何の技術的な知識もなくっ!』
『ボルト住民の半分は死に、残りの半数は生き延びようと戦っています』
『悪いのは我々だけです』
『なのに住民は犠牲となる。監督官、あなたを殺さなければなりません。セキュリティの一部を抱き込みました。監督官に付いて行けないと考える
連中を取り込んだのです。我々はそちらに向います。話し合いでの解決を望みます。その為のメールです。しかし、おそらく、無駄でしょうね』
『あなたを殺します』
『願わくば』
『神よ、ボルトの住民達の魂の神の救済があらん事を』
『我々研究者は愚かだった』
『神の真似事をしようとした時点で愚かだった。せめてもの償いとして監督官を殺さなければ』
『そしてシステムの破壊』
『それがせめてもの罪滅ぼしです』
「馬鹿な事を」
監督官は大抵は馬鹿らしい。
結局自分の首を絞める行為だと認識していないのだろうか?
ボルト112のDrブラウンもいっちゃってたしなぁ。
カチャカチャ。
さらにキーボードを叩く。
するとたくさんのファイルが画面に現れた。下に下に、スクロール部分は増えていく。どんだけあるんだ?
一つ開いてみる。
「これは……」
多分被験者の日記何かだろう。判断過程に必要だからハッキングされていたってわけだ、研究者に。
つまり。
つまり完全にここの住人は実験動物でしかなかったってわけだ。
誰も気付かなかったんでしょうけどね。
ボルトって怖いなぁ。
日記を読んでみる。それはソーイ・ハマースタインという女性の日記だった。
『才能溢れる人達に囲まれて素晴しいわっ!』
『私みたいにバイオリンをろくに弾けないおばさんが世界に名立たるミュージシャンと同じ場所に座っている』
『自分の幸運が信じられないっ!』
『今日も感動的だったっ!』
『ハイドンの交響曲第三番ニ短調を最後まで通して録音したの。凄く素敵だったっ!』
『私は皆に付いてくのが精一杯だったけど、とても感動したわ。皆は親切だし素敵な人達ばかり。特に感動したのは収録スタジオのスピーカーね。
収録した音楽をその場で聞かせてもらえるだなんて感激。次が待ち遠しいわ』
『最近、ずっと気分が良くない』
『スタジオで演奏するたびに頭がボーっとしちゃう』
『とても息苦しくなるけど我慢しなきゃね。仲間のバイオリニストの演奏を見ているだけでも自分のスキルは上がるわけだから』
『今夜は女の子だけでダンスを踊るつもり』
『音楽スタッフのパーカーが私を誘ってくれないかしら、一緒に踊ろうかって』
『彼って本当に素敵なのっ!』
『ものすすごく気分がわ悪いわ』
『ぜ全然しし集中できなくてベベベんソソンせ先生に診てももらったらら、たただだのストレスだって』
『しししししばらくや休めって』
『ももう、ちちちゃんと文字も打てなないわわ、て手が震えちゃって』
『ひど※いわ、タスけて、た※すけて、わたしを、あた>マがヘンなの。ダレか、かれらを※とめて、わたシの<アタマからでテって』
「酷過ぎる、こんなのっ!」
私は吼えた。
それと同時にパソコンをテーブルから叩き落す。
バヂィ。
音を立てて壊れた。
「主、どうされました?」
「ここを爆破するっ! 爆破するわよっ! 粉々にしてやるっ! 跡形もなくっ! 今すぐにっ!」
人の尊厳をなんだと思ってるっ!
ここは良くない。
存在している事そのものが罪だ。
破壊してやる。
破壊よっ!
この、狂いし音の世界はこの世にあるべきではない。絶対にっ!
音楽は素晴しいものでなければならない。
こんな音は必要ない。
こんな音はっ!
その頃。
「クライシス主任、ボルト92とのコンタクトが強制的に遮断されましたっ!」
「ボルト92?」
「はい」
「ミレルークを使ってのホワイトノイズの遠隔実験をしていた施設だな。……ボルト116の謎の壊滅と関係があるのではないだろうな?」
「それは分かりませんがシステムダウンです」
「特殊部隊の出動を要請して現地の調査をさせろ」
「しかしアルバート隊長が現在特殊部隊を使っているので要請は受諾されないと思いますが……」
「くそ。頭痛の材料がまた増えたな。本社に報告してくる。データを纏めておけ。もちろんデータはあるよな?」
「はい。今までの実験記録があります」
「今後の社会保全計画に必要なデータだ。ちゃんとバックアップも取っておけよ」
「了解しました」
そして。
そして悪意の音は奏でられ続ける。奏者がいる限り奏でられる。
悪夢は終わらない。