私は天使なんかじゃない








ボルト101 〜静寂〜






  あの夜から続いていた騒動はこれで終わった。
  今、ボルト101を包んでいるのは静寂。





  虐殺将軍エリニース率いるレイダー軍団がボルト101を襲撃。
  たまたま居合わせた私達は奮戦して撃退。
  レイダーのほぼ大半を討ち取れたもののボスであるエリニースと数名のレイダーを取り逃がしてしまった。
  再来?
  ありえないでしょう。
  侵入してきた穴を爆破して逃げたわけだから。

  死者が多数出た。
  大半はレイダーの死骸でボルトの住民は一命を取りとめた者が多い。
  ただ、監督官は死亡した。
  そして……。





  「終わりよ」
  「ありがてぇ」
  化膿していないし銃弾も摘出したから問題はないでしょう。診療所で上半身裸のブッチに私は快癒の太鼓判を押す。
  あれから2日。
  私はここで医者の真似事をしている。
  ……。
  ……いやまあ、パパから多少は学んでるし、それに実地こそないけど医学も学んだし。この程度なら容易い。
  住民の大半は銃創。
  弾丸を摘出して縫合、場合によってはスティムパックの投与とか輸血とか。
  それほど問題はない。
  ヤブ医者ですけど住民の怪我を治した。
  「世話になったな」
  「感謝してよ?」
  「やなこった」
  にやりとブッチは笑って診療所を出て行った。
  相変わらずだ。

  「主に無礼を働く者には死を」
  「一兵卒に対する不敬罪は死刑だっ! カロン准尉、ハークネス曹長、始末せよっ!」
  『御意のままに』
  「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  
  おーおー。
  診療所の外ではデストロイが敢行されている模様。
  ブッチ可哀想可哀想。
  「ふぅ」
  一息入れるとしよう。
  2日間ずっと働き尽くめだ。一度メガトンに戻って医療物資を自腹で購入して戻ってきて。往復だけでも疲れた。
  パパを連れてくればよかった?
  そうも思った。
  だけど住民の感情の問題もあるとかでやめろと言われた。瀕死の監督官にね。即死ではなく少しはまだ喋れた。私は手を尽くしたけど助からなかった。例え
  パパを連れてきたとしてもその間に死んでいただろう。監督官の死は強制的な意味合いがあった。回避出来なかった。
  私は未熟だなぁ。
  「ミスティ」
  「アマタ」
  新たに監督官に就任したアマタが診療所に入ってくる。
  昨日まで戦争のような騒ぎだった。
  医療技術があるのは私だけだったし。あー、ハークネスは人体の構造に精通していたようで……というかプログラムされていたようで結構役に立ってくれた
  事を追記しておきます。医療知識がないにしてもクリス達も手伝ってくれたし。
  感謝。
  「ミスティ。ご苦労様」
  「アマタこそ」
  ボルト101の死亡者は累計で13人。
  あの騒ぎにしては少ない方だろう。だけど死者は数ではない。少ないからといって喜べる事ではない。
  セキュリティが6名死亡。
  トンネルスネークのチンピラの死者が3名。
  残りは住民だ。
  そしてその中に監督官がカウントされる。
  「……馬鹿よね」
  「……?」
  「父よ」
  「どういう事?」
  「父が貴女のお父さんを追い出した、そしてジョナスを殺してしまった。そしてここには医者がいなくなった。それでも頑なに扉を閉鎖し続けた。医者が必要
  なのを言ったのに父は育成すらも拒んだ。ただただ閉鎖に固執して監督官としての責務を放棄した。それがこの結果よっ!」
  「……」
  ぱぁん。
  私はアマタの頬をぶった。
  「自分の父親の事をそんな風に言わないで」
  「……」
  「外の世界を望むアマタの考えも理解出来るけど、今なら監督官が閉鎖に固執した意味が分かる。アマタだってそうでしょう?」
  「……」
  「閉鎖を続ければいずれは滅ぶ。だけど開放したらしたで危険はある。常にリスクはあるのよ」
  「……」
  「アマタ」
  「……何?」
  「監督官もボルトの事をアマタと同じぐらい一生懸命想ってた。でもお互いに方法が違ってた。それだけ。それだけなのよ」
  「父は、許し難い事をしたけれど理由は理解できるわ。慰めてくれて、ありがとう」
  アマタは微笑んだ。
  かなり無理しているのは分かるけど、彼女は懸命に微笑んでいる。
  私も彼女に微笑を返した。
  今後どうするのだろう?
  全ての責任が新たな監督官の肩に掛かってくる。
  開放を叫んでいた反乱側は今回のレイダー乱入で大分動揺している。あくまで外に何があるかを知らずに理想だけを叫んでいたに過ぎないわけだ。
  もちろん理想は、それはそれでいい。
  悪くないと思う。
  新しい何かを想うのは人として正しい。
  だけど今回外の脅威も彼ら彼女らは学んだ。元々閉鎖を主張していた者達はさらに保守的になっている。
  今後どうなるのだろう?
  今後……。
  「私が新しい監督官。もう封鎖なんてしない。今日がボルト101の新しい始まりよ」
  「おめでとう」
  「だけどその前にしなければならない事があるの」
  「ふぅん?」
  「ボルトの皆を代表してお礼を言うわ。……だけどボルトの中にはミスティ達を避難する人達も沢山いるの。全部貴女達親子の所為だと」
  「分かってるわ」
  私は静かに言う。
  意味は分かる。
  ボルト101の住民は、保守派にしても改革派にしても外の脅威を知った。その折り合いが今後の課題となる。
  いずれは開く事にはなるだろう。
  だけどその前に内部体制を纏める必要がある。
  その為には厄介は必要ないのだ。
  厄介。
  それは私だ。
  「アマタ、さよなら」
  「色々してくれて本当にありがとう。……私達の事を忘れないで」
  「忘れるわけないじゃないの」
  「扉を完全に開くのはまだ先の話。私達の準備が出来ていないからね。でもいつか必ず開く。必ず」
  「待ってるわ」
  「だから、私はさよならは言わないわ。外で、いつかまた会いましょう」
  「ええ」
  友情は分からないと私は信じてる。
  永遠なんてない?
  そうかもしれない。
  だけど変わらないモノだってこの世にはあると思う。
  「アマタ、またね」
  「ミスティも元気でね」



  メガトンに向かうべく荒野を歩く私達一行。
  クリスが呟く。
  「意外にあっさりとした別れだな、一兵卒」
  「また会えるからね」
  「……意地っ張り」
  「はっ?」
  「ボクがあの娘を忘れれるように今夜は慰めてあげるんだからね……」
  「いらんわーっ!」
  「ちっ! 空気読め馬鹿っ!」
  「……逆切れされたし」
  相変わらず意味不明のクリス。
  妙な帰郷になってしまったけど久し振りのボルト101は懐かしかった。アマタは一つ思い違いしているかもしれない。アマタはボルト101を故郷だと言って
  いたけど、私にとっても故郷だ。別に外の世界を満喫して生きているわけではないのだ。
  外の世界に不満?
  いや、そうは言わない。ただやっぱり物悲しいものがある。
  望郷は私にだってある。
  だけど大丈夫。
  いつかまたアマタに会える。
  いつかまた……。
  「さて。帰ったらソノラの仕事をしないといけないわね。お仕事お仕事っと」














  車やバスの残骸が放置されたジャンクヤード。
  ここに近付く者は誰もいない。
  何故?
  全てのエンジンが核エンジンだからだ。一度爆発すればこの近辺は瞬時にして吹き飛ぶ。だから誰も近付かない。
  そこに一軒の粗末な建物があった。
  建物の前には黒いコンバットアーマーに身を包んだ集団が屯していた。
  数は20。
  タロン社の傭兵達だ。
  襲撃?
  そうではなく傭兵達は中に入った指揮官を待っていた。
  その名は……。


  「ボルト112から君が持ってきた代物だがね、破損していて使い物にならない。もちろんそれでも有益ではある。ありがとう、カール中佐」
  「皮肉か絶賛かどっちかにして欲しいものだな、ダニエル・リトルホーン」
  表向きは廃屋。
  だが実際は『リトルホーンと仲間』と呼ばれる組織の本拠地だった。この組織の業務は暗殺、諜報、内偵。
  屋内ではタイプライターを前に構成員達が忙しそうにタイピングしていた。
  タロン社の下部組織?
  いや。そうではない。ある意味でタロン社と同じ業務ではあるものの繋がりはない。
  系統は異なるのだ。
  まったく別の組織でありタロン社との横の繋がりは皆無。かといってタロン社と敵対しているわけではない。だからこそカールは自身の立身出世の為に
  利用している。表沙汰になったところで背反にはならない。
  「それにしても爺、何者だ?」
  「どういう事かな」
  「お前がうちの社長に一本電話を掛けただけで俺は中佐に昇格した。だから、てめぇが何者だと聞いている」
  「タロン社との繋がりは皆無じゃが、Mrバーグとは個人的に繋がりがある、それだけじゃよ。一応はタロン社の出資者の1人なのでな」
  「そうなのか?」
  「君の傭兵会社の株の30%を保有している」
  「それでか」
  タロン社。
  残虐な行為を行う最悪の組織ではあるものの、その組織の実情は有力者達の出資で成り立っている。最大の出資者はテンペニー・タワーの支配者で
  あるアリステア・テンペニー。タロン社の社長であるMrバーグの親友だ。
  どうやらダニエル・リトルホーンはテンペニーに次ぐ株の保有者。だからこそタロン社に押しが利くのだろう。
  出資者達にとってタロン社は自分達の財産を護る為の私兵。
  だからこそ援助するのだ。
  「カール君」
  「何だ?」
  「詮索はなしだ。我々が何者なのかを君が知る必要性はないだろう? 我々のお願いを君が聞いてくれる限り我々は君を出世させる」
  「……我々だと?」
  複数形だ。
  ダニエルの仕切る組織全体で後押しするという意味か、それともダニエルと同等もしくはそれ以上の者が存在するのか?
  カールは怪訝そうな顔をした。
  それを察してダニエルが苦笑する。
  「君は言葉尻を捉えるのが得意そうだな。まあいい。ともかくこれからも頼むよ、カール君」
  「まあいい。お互いに利用し合おうぜ」