私は天使なんかじゃない
ボルト101 〜襲撃〜
騒動は加速度的に増していく。
安息を破る者達の襲来。
ボルト101に異変が起きた。
レイダーの軍団が侵入したのだ。
数は不明。
スプリングベール小学校から地下道を伸ばしてやって来た。レイダー軍団の襲来。
ただ、ボルト側も状況的には間が良かった。
何故?
だって反乱の真っ最中だった。そこら中にバリケードが築かれている。特に反乱側はセキュリティ隊に踏み込まれないように通路を封鎖してあった
のだからレイダー達も侵入が容易ではない。
そういう意味では間が良かった。
不謹慎?
いやいや。間が良いんだから問題はない。
それにしてもボルト101の前にはラッドローチを軍団として率いていたガロとかいうグールがいたし今日は厄日?
ありえるなぁ。
そして……。
「くっそっ!」
私は物陰に隠れてアサルトライフルの弾装を交換する。
執務室に突撃して来た連中は全部で5名。
殲滅したもののどれくらいの数がいるのか見当もつかない。ただ施設を攻撃してくるぐらいだからかなりの数を揃えているのだろう。
面倒だ。
「はあ」
はい。弾装交換完了。
完全武装して来てよかった。
「こいつらは、何だ?」
隠れていた監督官が死骸となったレイダーを見ながら言った。
知らない?
ふぅん。
タロン社に暗殺依頼出来るぐらいだから知ってるかと思ったけど……意外だ。
「レイダーよ」
「レイダー?」
「エデン大統領曰く、アナーキスト。略奪者よ。……あー、虐殺者でもあるわね」
「これが外なんだな?」
「そうよ」
「……それでも扉を開けと君は言うのか?」
「さあね」
「誤魔化すなっ!」
「私は、ただこのまま閉鎖していたら自滅すると言ってるだけ。それはそれで正論でしょう? 別に外に出て冒険しろとは言ってない。完全に外の
世界と折り合えるまでの移行時間は相当掛かるでしょうけど、それでも準備は必要。外に出るための第一歩よ、扉の開放はね」
「……」
「論じるつもりはないわ。私は、私の意見を言ってるだけ」
「無責任だな」
「だって私は異邦人だもん。ここの住人じゃあない。でしょう?」
「ふん」
「さて」
私はレイダーの死骸を見る。
モヒカンとか色々と個性的な髪型だ。これが『レイダー流』なのだろうか?
独特よね。
まあ、髪型はどうでもいい。
「大層なモノね」
呟く。
死骸となったレイダー達はいずれもアサルトライフル、10mmサブマシンガンを手にしていた。連射系の武装だ。
グレネードも携帯している。
これが攻撃してきた連中の標準装備なのだろうか?
だとするとまずい。
こいつら攻める準備が完璧だ。
制圧する気でいる。
そしてそれは可能だろう。マシンガン系の武装を大量に有している以上、ボルト101の戦力では敵わないだろう。はっきり言って壊滅する。皆殺し。全滅。
ボルトの戦力?
セキュリティ隊の装備は10mmピストル。それも全員携帯出来るだけの数はない。セキュリティの中には警棒のみの者もいる。
アマタ達反乱側はバットとかが関の山。
到底勝てない。
だけど。
だけどたまたまここには私達がいる。
「グリン・フィス」
「はい」
「蹴散らすわよ」
「御意」
診療所にはクリス達がいるからアマタ達は大丈夫だろう。
それにしても……。
「銃声がまるで聞こえないわね」
「ここは防音だからな」
「……」
ふてぶてしいまでの監督官の態度。
こいつここで始末してやろうか?
まったく。
「神妙になれとは言わないけど……まあいいわ」
余計な議論は必要ない。
レイダーを殲滅しなきゃね。ボルト101に突入してくるぐらいだから相当な数がいるのだろう。人数はともかく武装の面でボルト側が劣っているのが痛い。
殲滅は容易い。
だけど犠牲者を出さないでとなると話が変わってくる。
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
小爆発っ!
執務室の扉が突然吹き飛んだ。グレネードで吹っ飛ばしたかっ!
破片が飛び散る。
爆風が襲ってくる。思わず私は倒れた。
レイダーが乱入。
数は3名。
「殺人タイムだーっ!」
「流血患者だ。医者を呼びなーっ!」
「動くな、じっとしてろっ!」
手にはそれぞれアサルトライフル、10mmサブマシンガン、そしてコンバットショットガン。
攻撃力はなかなかのもの。
総合力もね。
確かに攻め入るだけの火力を有しているようだ。
少なくともその辺を徘徊しているレイダーの集団よりは武装の面で勝っている。だけどタロン社の武装には及ばない。
私達はそのタロン社を手玉に取るだけの実力者。
敵じゃあない。
「グリン・フィス」
「御意」
タッ。
すぐさまグリン・フィスは反応する。セラミック刀を抜き放ち疾走。相手に向っていく。
レイダー側から放たれる弾丸。
「はあっ!」
鋭い気合と同時に刃を振り回す。
キィン。
キィン。
キィン。
走りながら弾丸を斬り飛ばす。走る速度は変わらない。レイダー達は動揺した。まあ、そりゃそうよね。
……。
……こいつも大概非常識な奴だよなぁ。
まあ、私も人の事は言えないけど。
私はゆっくりと立ち上がる。グリン・フィスに任せておいて置けば簡単に片がつく。
事実……。
「排除しました」
「ご苦労様」
レイダーは斬り伏せられていた。私が立ち上がるわずかな間にね。
一刀で倒す。
接近戦でグリン・フィスに勝てる者はない。
正直、間合いを詰められたら逃げようがないでしょうね、例え誰であろうとも。
その時。
「俺に見つかるとやばいぞーっ!」
新手のレイダーが1人突撃してくる。
チャッ。
私はホルスターから44マグナムを引き抜いて躊躇う事無くトリガーを引いた。
バァン。
絶対的な一撃を頭部に受けたレイダーは頭を後ろに大きく仰け反らせながら引っくり返った。首は完全に銃弾の衝撃で折れてるだろう。もっとも首が
折れずとも脳天に弾丸を受けたのだからどっちにしても死んでるわけだけどさ。
「さすがです、主」
「ありがとう」
銃弾を1発装填してから44マグナムをホルスターに戻す。
扉が吹っ飛んだから防音が崩れた。銃声と悲鳴が聞こえてくる。そして怒声も。阿鼻叫喚な状況だ。
「……なんという事だ……」
監督官が呟いた。
当然よね。
ボルト101の絶対安全神話が完全に崩れているのだから。例え扉を閉鎖していようが侵入される時はされる、それが現実だ。
今まさに目の前にあるリアルな事実。
こんな状況だから反乱側も外に出るという理想が消えるだろう。
少なくともアマタ達が抱いているのは幻想でしかないのを私は知っている。アマタは『探検したい』とか言ってたけどそれは正直甘いと思っている。もちろん
扉を開放するのは賛成だ。ボルト101の未来の為には開放は第一前提だ。
さて。
「主、どうしますか?」
「んー」
「ご命令あれば自分がレイダーどもを始末して参りますが……」
「んー」
それはそれでいいと思う。
弾丸と弾丸の交換する戦闘に発展させるのもいいだろう。アマタ達は診療所に立て籠もっている。バリケードもあるしクリス達もいるからすぐには死者が出
ないだろうけど武器の数はレイダーの方が圧倒的に多い。いずれは数で押されて死者が出る。
セキュリティも当てにはなるまい。
ならばどうする?
ならば……。
「監督官」
「何だ?」
「監督官としての最後の義務を果たして欲しいと思ってます」
「義務?」
「危険ですが住民は助かる。賭けに乗る気は?」
「何をする気だ?」
「これだけの数のレイダーとなると明確なるボスがいるはず」
「だろうな。集団である以上、指揮するモノが不可欠となる。良案があるなら乗ってもいい。お前は好きではないが……ボルトの安全は私の責務だ」
「ここから放送してください」
「放送?」
「連中のボスと交渉するんです」
『私はボルト101の監督官だ』
『ここを襲撃している者達の指揮官と話がしたい。我々は平和を愛している。戦闘は望まない。君達と取り引きがしたい』
『私はボルト101を統括する監督官だ』
『欲しい物を用意しよう』
『だから話し合いをしよう。そしてそれが済み次第、出て行って欲しい』
『我々を放っておいてくれ』
コツ。コツ。コツ。
私達は歩く。
足音だけが木霊していた。
どこを歩く?
それは……。
「こんな事で連中を出し抜けるのか?」
「多分」
「無責任な……」
「世の中に絶対はないですから」
「……」
「だけど時間稼ぎにはなる。そして相手の虚を衝ける。それで充分です」
私達は監督官の執務室にある抜け道を通っている。
抜け道?
まあ、多分抜け道だと思う。
外へと通じる隔壁のある場所に直結してるからさ。ここを通って私は外へと旅立った。おそらく監督官専用の直通ルートなのだろう、あの時はセキュリティ
がいなかった。そして今はレイダーがいない。
何故?
抜け道だから。
知られていないルートなわけだから邪魔が入りようがない。
このまま外に逃げるのではなく。
おそらくは監督官の執務室に集結しているであろうレイダー軍団の背後を攻撃する為だ。一度入り口付近まで出て相手の背後を攻撃するってわけ。
もちろんこのルートは封鎖してある。内側から閉鎖した。
相手はすぐには気付くまい。
集結していない場合?
それはそれであると思う。
だけどボスは来るだろう。ボルトの指導者を殺す為にボスは出張るはず。心情的にそうする気がする。憶測です。だけど、ボスとしてそれはするだろう。自ら
の手で殺してこそボルト101を手に入れれるわけだ。そもそも話し合いで折り合えるなんて私は思ってない。
話し合い。
それを監督官に放送で言わせたのはあくまで敵さんを引っ張り出す為だ。
頭脳戦で私に勝てると思うなよー。
これでも戦略に関してはアマタよりも上だったんだからね。
さてさて。
「グリン・フィス、反撃を開始しましょうか」
「御意」
反撃開始っ!
「一兵卒。連中に我々の逢瀬を邪魔する報いを受けさせてやろうではないかっ!」
「……すいません趣旨が変わってます」
「焦らさないでよ。馬鹿っ!」
「……」
ともかくっ!
ともかく反撃のチャンスは到来した。敵さんは完全に執務室に突撃した模様。完全なる馬鹿か。
まあいい。
それはそれでやり易い。
私は監督官とアマタを執務室に残して……つまり非戦闘員を残して執務室を目指す。ちなみに非戦闘員とはブッチも含みます。静かに、それでいて
迅速に移動する。レイダー側も騙された事に気付いて戻ってくるはずだからその前に叩く必要がある。
ただすぐには戻ってこないだろう。
何故?
だって執務室はボルトの中枢。あの場所から色々な事が出来る。
ここの占領が目的であろう連中ならきっと釘付けになる。
色々と物色する。
その間に叩く。
私達は監督官の執務室に到達。室内には収まりきらず廊下にもレイダー達が溢れていた。
そして……。
「撃て撃て撃てっ!」
『御意のままに』
クリスの指示によりハークネス、カロンは攻撃を開始。特にハークネスのミニガンが唸りをあげる。
殺人的な銃弾の雨。
……。
……まあ、撃つ時点で殺人決定なんですけどね。
殺人的ではなく殺人確定です。
「ぎゃあっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「ぐはぁっ!」
弾丸をレイダーを襲う。
執務室に立て籠もっていると言えば聞こえはいいけど実際のレイダー軍団の状況は立て籠もっているや陣取っているではなく閉じ込められて
ると言った方が適切だろう。袋の鼠状態なのだ。
特にさっき扉を吹っ飛ばしたので大量の弾丸を防ぎようがない。
それに。
それにここは監督官の執務室。
アマタ達反乱側の拠点である診療所付近にはバリケードの類が構築されていたものの、監督官の執務室にはそれがない。
何故?
簡単だ。
反乱側は執務室に到達すらしていなかった。
だから防衛策を施す必要もなかった。
その為レイダー達は何の防御方法もないままバタバタと倒れていく。防ぐ術がないからだ。
攻守逆転。
こうなると建て直すのは容易ではない。
士気が必要だし指揮も必要だ。
レイダー側にはそれがまったく皆無らしい。建て直す術もなく次々と倒れていく。私もアサルトライフルを乱射しているしクリスは32口径ピストルで応戦
をしている。クリスの銃器は攻撃力が低いものの的確に頭を撃ち抜けば人は死ぬ。
クリスの技量は高い。
やるなぁ。
私も負けてられない。
「こんのぉーっ!」
バリバリバリ。
一斉掃射。
そこにセキュリティ達も10mmピストルで攻撃する。
総合的な火力ではレイダーが上ではあるものの戦いは勢いが必要だ。相手は失速気味でありこちらは絶好調。
負けるはずがない。
事実、戦闘はこちらが仕切っているのと同義。
そして……。
「大変だぜ優等生っ!」
叫び声。
振り返るとブッチがいた。血相を変えている。……いや。それだけではなかった。
「ブッチ、その傷っ!」
右肩を撃ち抜かれている。
出血が酷い。
彼は顔を痛みに歪めながら口を開く。
「妙な鎧来た奴が診療室を攻撃してる。俺様の手下も大勢やられた。くそ、戦いたかったが……アマタが助けを呼びに行けって言いやがってよ」
「敵がそっちに……くそっ!」
抜かった。
相手の知能を下に見過ぎてた。
敵は手薄な診療所を攻撃しているのだろう。私達が執務室を脱した同じ方法を使ってね。
だけど数はおそらく少数。
何故?
執務室からの応戦は結構激しいからだ。少なくとも向うには、診療所には半分も行ってないはず。ただ戦力的な配分がボルト側とレイダー側では
異なる。ボルトの戦力はほぼこちらに差し向けてしまった。診療所は丸裸も同然だ。
「クリス、任せるっ!」
私は走った。
「父さんっ!」
監督官に縋りつくアマタ。
胸から血を流しているのは監督官だった。その周りには監督官を護ろうとしたのか、トンネルスネークのメンバー達が倒れている。
レイダーの数は8名。
そのうち1人は奇妙な鎧を着込んでいた。
確かリコン・アーマーだったか。
フルフェイスのヘルメットまで被っているので性別も分からない。
まあ、性別は関係ない。
殺すっ!
「お前らぁーっ!」
私は部屋に飛び込む。相手の背後を衝く形だ。
バッと後ろを向くレイダー達。
遅いっ!
44マグナムを二丁引き抜く。
どくん。
どくん。
どくん。
鼓動が身近に感じる。時間がゆっくりと流れる。手間を掛けるまでもない、情けをするまでもない。私は容赦なく引き金を引いていく。
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
八連発。
レイダー達はそのまま弾ける様に吹っ飛ぶ。
全員即死。
……。
……1人を除いてね。
リコン・アーマーを着込んだ奴はよろめいただけ。手にはハンティングライフルを持っている。
フルフェイスのヘルメットからくぐもった声が聞こえて来た。
「ミスティっ! 面白いところで会ったねっ!」
「この声は……」
知ってる。
この間までタロン社の仕官とくっついてた奴だ。
「エリニースっ!」
「虐殺将軍様の本領発揮の場所さ、全員殺してやるよぉーっ!」
「やれるものなら……」
「死ねっ!」
「やってみろっ!」
残りの弾丸を全て叩き込む。
的確に。
的確に。
的確に。
エリニースは武器を落としてそのまま引っくり返った。だけどまだ死んでない。あの鎧、強度がコンバットアーマーより高いらしい。
私は弾薬尽きた銃をホルスターに戻してアサルトライフルを持つ。
バリバリバリ。
一斉掃射。
エリニースは舌打ちをして何かを投げた。
カッ。
瞬時にそれが光を放つ。
閃光っ!
フラッシュバンか。
「……逃げたか」
光が収まった時、エリニースの姿はなかった。
レイダー軍団壊走。
完全に追い返した。……というか全滅させた。返り討ちだ。
ただエリニースは逃亡した模様。
逃げる際には動き辛いからか、それとももう使い物にならないからかボロボロとなったリコン・アーマーが脱ぎ捨ててあった。
当然鎧の中身はそこにはいなかった。
逃げられた。
連中が開けた穴は吹っ飛ばされていた。おそらく連中が撤退する際に吹き飛ばしたのだろう。
グレネードか何かでね。
追撃を防ぐ為に。
私達は勝利したと言えるのだろうか?
多数の死者が出た。
そしてその中には監督官もいた。
監督官、死亡。
その頃。
スプリングベール小学校とボルト101を繋ぐ地下道を逃げる者達がいた。数は3名。
エリニースと部下達だった。
撤退しながら追撃出来ないように爆破して進んで行く。
もちろん完全に陥没しない程度にだ。
「姐さんっ!」
「何だ?」
エリニースは激情を抑えた声で聞き返す。
内心では煮えくり返っていた。
怒りにだ。
正面切っての再戦で完全に敗北した。それが虐殺将軍とまで呼ばれた誇りをズタズタにしていた。
1人なら荒れ狂っている。
だが一団の長である以上は冷静さを保たなければならない。
それが彼女に残された最後の誇りなのだ。
「……」
「姐さん?」
「……あの赤毛の女は予想以上の腕前になっている。タロン社、奴隷商人どももこぞって狙ってる。出し抜かれる前に何としても殺さなければならない」
「と言いますと?」
「団結して倒す必要があるって事だよ、わたくしのメンツの為にもね」
「ま、まさかっ!」
「召集するよボス達をね。忌々しいが、エバーグリーン・ミルズにいるグランドマスターの爺に縋るしかないようだ」
レイダー連合、召集。