私は天使なんかじゃない
ボルト101 〜交渉〜
交渉。
相手と話し合う事。
改革派。
保守派。
ボルト101内部では私達が去った後に革命が起きたらしい。
アマタ達の主張は扉の開放。
外は外で危険なのだけど……まあ、確かにこのまま閉じていても最終的には資源が尽きて滅亡するのは明白だ。監督官の封鎖の厳命は理由
としては弱い。少なくとも生命の存続としての観点からは誤っている。対策にはなっていない。
もちろんアマタが正しいとも言わないけど。
……。
……まあ、扉の外を望む者達は純粋。その心意気に水を差すような事を言わないだけの礼儀は私にはある。
私はグリン・フィス1人を連れて監督官の執務室を目指す。
クリス達?
診療所に待機。
ボルト101のセキュリティが逆さになっても敵わないだけの火力を私達は有している。
お釣りが出るぐらいの火力を有してる。
だから配慮した。
このままクリス、ハークネス、カロンの3人まで連れて行ったら威圧でしかないからだ。
少なくとも私が望むのは交渉。
もちろん監督官は脱走した私の始末にタロン社を差し向けた張本人。……ま、まあ、既に依頼を通り越してタロン社に憎まれてますけどねー。
ともかく。
ともかく万全な装備はしてある。
私はライリーレンジャーの緑色のコンバットアーマーに身を包み、武器は腰に44マグナムが二挺。グレネードランチャー付きのアサルトライフルを
背負ってる。はっきり言ってセキュリティを一掃出来るだけの自信がある。グリン・フィスも強いし。
さて。
交渉、スタートです。
……と、その前に。
セキュリティの侮蔑の視線を受けながら私達は進む。敵意に満ちてる。
かといって攻撃はしてこないセキュリティ達。
そして監督官側の住民達もね。
何故?
私達の武装に恐れをなしているからだろう。
「主」
「無視よ、無視」
「御意」
やっておしまい、などと一言でも宣言したら最後グリン・フィスは目に付く者全てを抹殺するだろう。セラミック刀で全員をデストロイ。
冗談でもそんな事は言えない。
「ん?」
執務室に進む私達。
だけど廊下を歩いていて視界の端に見知った人物が飛び込んだ。
保安室の中に、そしてその監獄の中にいる人物。
ブロッチ先生だ。
担任教師。
手でグリン・フィスに止まる様に指示。彼は立ち止まった。
保安室の周りには人影は少ない。
おそらく執務室が近いからだろう。保安室の中にはセキュリティが3人いる。
「ふむ」
「どうなさいますか?」
「開放する」
「御意」
ブロッチ先生は温厚な性格で騒ぎを起こす人物ではない。少なくとも物理的な騒ぎは起こさないだろう。
つまり?
つまり監獄に収容されているのは思想的な問題からだろう。
そして逮捕される思想と言えばボルトの扉の開放。
助ける。
「グリン・フィス、殺しちゃ駄目よ」
「御意」
それにしても。
それにしても保安室か。ここを脱出する際にはアマタが拷問に掛けられそうな状況だった。
あれから月日は経った。
あの時の私は未熟だったけど今はそうじゃない。
展開を引っくり返すぐらい容易い。
「行くわよ」
「はい」
ぷしゅー。
自動的に保安室の扉は開く。私達はスタスタと進む。
恐れる事もなく。
セキュリティ達は警棒を引き抜いて襲い掛かって来た。……ど素人め。
「はあっ!」
アサルトライフルの銃底でセキュリティの1人を殴り倒す。その間にグリン・フィスは残りの2人を叩きのめしていた。鞘がついたままの剣で殴り倒したのだ。
殺してはない。
殺せば交渉が難しくなるし。
……。
……ま、まあ、思想犯の開放も問題ありだとは思いますけどね。
セキュリティを沈黙させる所要時間はわずか数秒。
思えば私も強くなったもんだ。
さて。
「ブロッチ先生」
扉を開放。
担任教師を助け出す。
「久し振りですね。さすがの監督官も貴女の運命までは予測できていなかったようですね」
柔和な笑みの黒人教師。
昔のままだ。
そう、変わらないものもあるのだ。
「今度からはテストの問題にボルトの監獄から担任教師を助け出す問題を加える事にしますよ。ボルトが元通りになれば、ですが」
「先生。何をしたんですか?」
「監督官に意見しました。それだけの事ですよ。それよりも問題があります」
「……?」
「セキリュティが言っていたのですがアマタ達を急襲する計画を立てているようです」
「急襲?」
「ええ」
「ところで先生は……」
「全部言わなくても結構。質問は分かります。私はアマタ達の考えはよく分かりますよ。ほとんどの子供達は世界を見たいと考えを抱いているに過ぎない
んです。決して悪い事ではない。我々が生き残るにはボルトを開放するしかないんです。ここにいても結局先細りするだけ。気付いた時には手遅れ」
「私達の所為で……」
「そうではありません。きっかけは貴女達親子でしたが元々問題はここにはあったのです。それがあの夜に全てが噴出した、それだけです」
「……」
「それよりもターミナルを覗いてごらんなさい。急襲の計画があるはずです」
「はい」
コンピューターの前に座る。
カチャカチャカチャ。
ハッキングは得意だ。パスワードなんか簡単に分かる。
数分キーボードを叩いただけで私は目的のファイルを見つけた。
ミスティちゃん凄い☆
さて。
ファイルの中身は何かな?
『反乱分子どもが人々を激しく扇動している』
『もはやこのクズどもに情けの二文字は必要ないだろう』
『平和的な解決を望む向きもあるようだが奴らは我々に……いや、最悪ここの居住者全てに牙を剥くのは時間の問題だ』
『真夜中、奴らのアジトを襲撃する』
『もちろん実弾を使用する』
『容赦などはしない』
『反抗してきた最初の2人は見せしめとして殺す。それが例え監督官の娘であってもだ。いや、むしろアマタを殺すべきだろう』
『そうすれば他の者達は大人しく投降するだろう』
『ボルト全体の管理の為の犠牲であれば監督官も納得するはずだ。例えその犠牲者が自分の娘であろうとも』
『この計画は我々有志の極秘にする。真にボルトを想う我々だけの極秘事項だ』
『監督官にも告げる必要はない』
『行動あるのみだ』
『ヤワな発想しか出来ない監督官に告げる必要などないのだ』
『決着さえついてしまえば監督官もどうする事も出来まい』
「これは厄介ですね。殺すのが前提ですか。厄介ですね」
「はい。先生」
一緒に覗き込んでいたブロッチ先生が呟いた。
アマタを殺す、か。
どうやら完全にここはあの夜に変化してしまったらしい。
特に興味深いのは監督官の権勢は失墜しているという事だ。絶対的な監督官はセキュリティ達を抑えきれていないらしい。もちろん興味深い状況
だと傍観している時間はない。襲撃が敢行される前に監督官を説得する必要がある。
それに。
それにこれは良い材料になる。
交渉に使える。
私はファイルの中身をPIPBOYに転送する。
「主」
警戒態勢で立っていたグリン・フィスが呟く。
「どうしたの?」
「人が近付いてきます」
「ふむ」
「始末するのは容易い人数ですが叩きのめすだけでは少々厄介かと」
「なるほど」
殺害と気絶。
面倒臭さでは気絶の方が上だ。
……。
……いやまあ、デストロイするのが好きという意味ではない。ただ気絶させるというのは結構加減の問題もあるし面倒なのは確かだ。
力加減が弱いと気絶しないし。
まあいい。
お暇するとしよう。
「グリン・フィス、行くわよ」
「御意」
「あっ、先生は……」
「私の事はご心配なく。さあミスティ、お行きなさい」
「はい」
特に他にいざこざはなく執務室に辿り着く。
グリン・フィスは部屋の外で待たせた。
問題あり?
ないでしょう。
監督官との対話はサシだし、グリン・フィスはグリン・フィスで自分の身は自分で護れるだけの技量がある。
問題あるまい。
久し振りの監督官。こんなに顔険しかったっけ?
彼は口を開く。
「戻ってきたのか」
「はい」
監督官の声は忌々しそうな声。
だけど正直腹立ってるのはこっち。ジョナスは殺すは私にタロン社の傭兵差し向けたりと……正直、私の方が腹立ってると思うんですけどね。
癇癪起こさないだけありがたいと思え。
まったく。
「ウェイストランドのゴミと廃墟にはもう用なしかな? 父親を探すのは諦めたか? 門限を遅れた子供のように帰ってこられるとでも思ったか?」
「パパは見つかった。メガトンで一緒に住んでる」
「まさか戻りたいというわけではないだろうな?」
「さあね」
「残念だったな。このボルトには君の未来はない。君は汚染されたんだ、外の世界にな」
「あんたの指導力では未来なんてここにはないわ。誰の未来もね」
「違う、君は間違ってるぞ。閉鎖する事でこのボルトの未来を護っているんだ」
「ふぅん」
それはそれで一理あるとは思う。
アマタの考えは誤りも多い。少なくともアマタ達は外の状況を正確に知ってすらいない。
もちろんそれは監督官の情報操作も関係している。
つまり?
つまりどちらも極端なのだ。
その中間の策を取るべきだとは思う。だけどその為にも扉の開放は絶対条件。とりあえず外との接点を持つべきだろう。そして私がその折衝役になれる。
それが最善だと思う。
私の役目。
それはアマタと監督官の両案の軌道修正。
「君と君の父親が我々を捨てた夜もそうだった。このボルトの未来を護る為に私は不愉快な選択をしなければならなかった」
「不愉快? 嬉々としてやってたように見えたけど」
「ここボルト101の存在定義は純血。我々は最後の純血の人類なのだっ!」
「……」
「君の父親がここを去る前に引き止められればよかった。不愉快さの責任がある者がいるとしたら、それは君の父親だ」
「ふっ」
思わず失笑。
「何がおかしい?」
「監督官。あなたは殺人と嘘を正当化しようとしてる。あんたが殺した彼らは決して脅威ではなかった」
「今まで難しい決断を迫られた事のない人間の言い分だな。リーダーになる必要もなかったんだろう、お前はな。だが私は違うっ!」
「ジョナスを殺したのは正しいと言いたいの?」
「ジョナスは、君の父親と一緒に去ろうとした。2人が去れば他にも去る者が出てくるのは必然だった。例外を許せば問題は悪化するばかりだった。ジョナス
を許せば今頃はボルトの半分の住民がここからいなくなっていた事だろう」
「だから殺した?」
「そうだ」
「詭弁ね」
「違うっ! 君は事の重大さがまるで分かってないっ! ここは人類の最後の砦なのだっ! 若い世代が去るのを許せばここには年寄りしかいなくなっ
てしまう、それでは次代に正当なる純血を残せなくなるのだっ!」
「だけど殺していい理由にはならない」
「君は視野が狭いんだな。そうする事で私は彼らを護っている。荒廃した戦争の残骸の世界から切り離しているのだ」
「監督官、何を恐れてる?」
「本当に危険なのは反乱軍だっ! 彼らは扉を開放してウェイストランドで死ぬ道を模索しつつある。私はそれを止めねばならん、無知を正し、正しい道
に回帰させる必要があるっ! 彼ら彼女らがやろうとしている事の結末は、知らずに全ての住民を危険に陥れる事なのだっ!」
「ならば嘘はどうなの?」
「嘘か。それば外に出て殺されない為に必要だったのだ」
「必要?」
「親が子供を正しい方向に戻す。それは必要な事だ。それに……」
そこで一度監督官は言葉を区切った。
それから搾り出すように呟く。
「我々がした過ちを彼らにはさせたくなかった」
「えっ?」
「愛する者が外に出て死んでしまった、そんな人間もいる。これ以上失うわけには行かないのだ」
憂いを帯びた監督官の顔。
……。
……そうか。昔開いていた時に何かが起きたのだろう。
だから。
だから扉の封鎖に過剰になっている。
私に対するタロン社の刺客もその為だろう。ミスティは外で成功した、という情報が何らかの形でここに届くのを恐れたのだ。そんな事になればボルトの
住民は外に対して憧れを抱くようになる。だから始末するように刺客を送った。
ま、まあ、既に依頼関係なくタロン社と敵対してるけど。
監督官は呟いた。
「何故だ?」
「ん?」
「何故君は地獄のような外の世界にいながらそんなに純粋でいられる? 君は例外なのか? ……まあいい。いずれにしても扉を開放したところで外の世界
で生きれるのはごく少数だけだろう。その少数の者達の為にボルト全体を危険に晒す事は出来ない。絶対にだっ!」
「……」
「君は分かってるはずだっ! 私の理論の正しさがっ!」
「アマタ達が正しいとは言わないけど扉は開くべきだわ」
「まだ分からないのかっ! そんなものは戯言なのだっ! 君は分かっているはずだ、誰よりも外の世界を知る君は分かっているはずだっ! 前任者達は
愚か者ばかりだった。彼らの単純さの所為で私達は全滅し掛けた。私は彼らの失敗の埋め合わせをしているだけだ。分かるだろうっ!」
「だけどあなたの統治は絶対ではない。混乱は終わらない」
「……何? どういう意味だ?」
「一部の者達がアマタ達を殺す気でいる」
PIPBOYはボルトの住民は全員が装着している。保安室で得た情報を監督官のPIPBOYに転送する。
彼はそれを読んで毒づいた。
「くそっ!」
「分かったでしょう? 統制はもうないのよ」
「暴力は許さないと断言したのにっ! これ以上不安定になったらボルトは維持できなくなるっ!」
「それでどうするの?」
「……君が正しいようだ。彼らはこれ以上の重圧に耐えられなくなったんだ。ボルトの純度と完璧さは……崩れ去った……」
「ここのボルトの意義は純血よね?」
「そうだ」
「だけど何より大切なのは住民の命のはず。命を救わずして純血も語れない。そうじゃないの? あなたは責任を放棄している」
「……」
「遺伝子が全てじゃないわ。大切なのは希望よ」
「君のように楽観的になりたいものだよ。だが君の夢物語の見方で行けば、君は確かに正しいよ」
「でしょ?」
「だが、彼ら彼女らをウェイストランドに送り出して危険な生命体と混在させる? それが唯一の方法だと私に信じろと言うのか?」
「だとしたら?」
「馬鹿げてるっ!」
「だけどこのままじゃあ結局ここで全滅よ」
「ボルトにいれば生き残れるっ! 安全な避難場所として確保すればいいだろう。……だがそれには新しいリーダーが必要になる」
「えっ?」
「正しい資質を持った唯一の人間を私は知っているよ。たった今からアマタが新しい監督官だ。それを、私の口から娘に告げるとしよう」
「それはつまり……」
ドカアアアアアアアアアアアアンっ!
爆発音。
ボルト全体が揺れるような気がした。
監督官が叫んだ。
「貴様ここを乗っ取るのが目的で戻ったのかっ! 戦争を仕掛ける気だったのかっ!」
「私じゃないっ!」
そう。
私じゃあない。
たまにクリスははちゃけた行動を取るもののクリスでもないだろう。これだけの爆発音がする爆薬は有していないはずだからだ。
つまり?
つまり敵が侵入してきた?
「主っ!」
外で待機していたグリン・フィスが駆け込んでくる。
顔色は相変わらず変えていない。
冷静そのものだ。
私は聞く。
「どうしたの?」
「レイダーが侵入しました」
壁に大穴が開いていた。
かつてスプリングベール小学校にいたレイダーの一団は地下道を掘ってボルト101に侵入しようとしていた。自然に失敗したが。
それを引き継いだのは新たなレイダーの一団。
その一団が攻め込んで来たのだ。
赤毛のレイダーが叫ぶ。
頭目の女性だ。
「ここには色んな意味で綺麗な世界だ。女も当然汚れていない。……わたくしに対する当て付け的な女は全員汚しておしまいっ!」
『ひゃっはぁーっ!』
虐殺将軍エリニース率いるレイダー軍団、襲来。