私は天使なんかじゃない








ボルト101 〜親友〜






  帰って来た。
  帰って来た。
  帰って来た。

  私は育った場所に、帰って来たのだ。





  アマタの発した緊急メッセージを受信した私はボルト101に戻って来た。
  仲間を引き連れてね。
  たまたま同じようにメッセージを受信したグールのガロが扉の前にいた。扉を開くパスワードを持つ者を待っていた……つまり私を待っていたわけだ。
  どうしたかって?
  排除したわ。
  そして。
  そして私達はボルト101内に侵入した。
  パスワードは『アマタ』。
  親友の名前。


  オフィサー・ゴメスの先導で私達は進む。向かう先はアマタ達が陣取る区画。
  ボルト101内は現在内乱中らしい。
  閉鎖を続ける監督官側。
  開放を求めるアマタ率いる反乱側。
  両派閥は抗争を続けているらしい。私達親子が扉の外に消えてからずっと。
  ……。
  ……私達の所為かなぁ。
  まあ、それもあるとは思う。ただずっと燻ってたのも否めないだろう。
  外に広大な世界がある。
  それを思えば開放を求めるのも自然な流れだとは思う。
  改革派。
  保守派。
  それは例えどんな場所、どんな組織でも内包している概念なのだろう。それが私達が出て行った後に噴出した。
  きっかけは私達。
  だけどあくまでそれはきっかけであり内乱の可能性は常にあったのだ。
  「親父さんは元気かい?」
  「ええ」
  コツ。コツ。コツ。
  ボルト101の滅菌された廊下を私達は歩く。外部の仲間がいるのに……カロンはグールなのに特に気にしていないオフィサー・ゴメス。
  まあ、意見がないのであればそれはそれでいい。
  説明しなくていいから楽だし。
  オフィサー・ゴメスは差別していない?
  そうじゃないと思う。
  私と同じだ。
  スーパーミュータントとかグールとかの知識が皆無に等しく差別するだけの知識がないってわけだ。私もそんな感じだし。
  嫌悪する理由がないのだ。
  最初にグールを見た時は『変わった人だなぁ』と私は思った。スーパーミュータントは『おおっ! でけぇっ!』程度の認識でした。同じ穴蔵生活者の
  オフィサー・ゴメスもそう変わらない認識なのだろうなぁ。
  「そうか。元気なのか。そいつはよかったな」
  「パパの事を憎んでないの?」
  「ボルトがこんな状況だからか?」
  「うん」
  「そんな事はないよ。実際、彼は正しかったんじゃないかって皆は思ってる。いつだって彼は正しかったからね。ボルトの外の世界に興味を持ち始め
  ているのさ。アマタはそんな住民の率いている。彼女らの目的はただ1つだけさ。それは……」
  「外で暮らす事?」
  「いや。そうじゃないんだ。ただ外との繋がりが持ちたいだけさ。だが監督官はそれを許さない」
  「どうして?」
  「さてね。それは俺が知るべき事柄ではないので知らない。ただ……」
  「……」
  「おおっと。ここで待っててくれ。……まずい状況だな」
  彼は突然足を止めた。
  意味は分かった。
  通路を抜け先にある広場で喧騒が聞こえる。
  耳を澄ました。

  「両手を上げろ」
  「クソ食らえだっ! 撃たれてたまるかよっ!」
  「ワシが出来ないのは分かっているだろうフレディ。さあ、お互いが後悔する前にそのナイフをしまってくれ」
  「どうせブロッチを閉じ込めたように俺も閉じ込めるんだろっ! 反逆罪でなっ!」
  「そんな事はせん」
  「俺はトンネルスネークだぞっ! 俺達こそが支配者だっ!」
  「下がれっ!」

  ばぁんっ!
  突然銃声。
  仲間達は一斉に武器を構えようとするものの私は制した。クリスの部下である2人も大人しく従う。
  ……。
  ……まあ、厳密にはクリスが武器を収めたからだろうけどさ。
  疲れる指揮系統ではある。
  めんどい。
  「主」
  「ここでは武器を構える必要はないわ」
  「御意」
  グリン・フィス、静かに頷く。
  内乱とはいえ血で血を洗う状況下ではないと私は見ている。
  監督官がしている事は鎮圧ではなく言論統制だ。
  私はそう見ている。
  老人がこちらに向かって歩いて来た10oピストルを携帯している。ボルト101において銃火器を所有出来るのはセキュリティだけ。老人もそうなのだろう。
  それにしても。
  それにしてもここの武装は低レベルだ。
  外に出る前まではそうは思わなかったけど10mmピストルが最強装備なのだから程度が知れてる。
  正直な話、私達だけでここは制圧できると思う。
  まあ、しませんけど。
  「おい、オフィサー・タイラー、撃つなんて気は確かかっ!」
  「ゴメス。撃つ気はなかったんじゃよ、本当さ。ちょっと彼を脅そうと思っただけだ。だが奴はナイフを持ってた、反抗する者には用心するに越した事はない」
  「限度があるだろうが」
  「この者達はなんじゃ? ……この娘は……」
  「下手に手を出すなよ。強いお友達が大勢いるからな」
  老人は、オフィサー・タイラーは怪訝そうな顔をした。
  多分私を知ってる。
  私?
  私は知らない。
  ただ老人は私が監督官の逆鱗に触れた娘として認識てしているのだろう。銃を引き抜こうとするものの……すぐにそれを諦めた。
  賢明な判断だ。
  私達の武装はセキュリティ全てを鎮圧してもお釣りが出るほどの火力を有している。
  ハークネスに関してはミニガン装備だし。
  オフィサー・タイラーは静かに踵を返して歩き去った。
  気になるのは立ち去る前にオフィサー・ゴメスを睨んだ事だ。多分、いや十中八九オフィサー・ゴメスの私に対する好意は監督官に対する反逆。あの老人は
  セキュリティに報告する可能性がある。ここでドンパチする意志は私にはないけど撃たれれば反撃する。
  その結末?
  戦争ね。
  出来れば皆殺しにはしたくない。
  私はオフィサー・ゴメスを促す。
  「進みましょう」
  「ここの酷い有様が分かったろ?」
  「ええ」
  「残念な事にお前の親友のアマタも、お前がボルトの外を出てから外の世界の事を考え出した1人だった。まあ、無理もない。お前が好きだったんだからな。
  昔からの親友のお前が追い出されたんだ。彼女の視点が外に向くのは必然だった。さて、後は好きに行動しろ」
  「好きに?」
  意味が分からない。
  オフィサー・ゴメスは微笑んだ。
  「アマタ達は診療所に立て籠もっている。もっと近くまで案内したいんだが、俺は一応は監督官側のセキュリティだからな。ここまでが限度だ」
  「ありがとう、オフィサー・ゴメス」
  「いいって事よ」
  「ねぇ、1つだけ聞かせて」
  「俺が分かる事なら」
  「どうしてアマタ達は出て行かないの?」
  「ここを出たいわけじゃないんだ。扉を開けて外を関り合いを持っていたいんだ。でもそうするとボルト全体を危険に晒す事にもなる。対立の根っこはそれさ」
  「なるほど」
  「幸運を祈る。じゃあな」



  オフィサー・ゴメスと別れて私達は進む。
  どうやら先ほどの場所は中立区画だったらしい。あの辺りで基本的に抗争が繰り広げられているようだ。
  そして今、私達がいるのは反乱側の指揮下にある区画。
  見た顔が多い。
  大抵はバットとかの棒切れ装備。
  抗争、と言っても殴り合い程度なのかな。向うは銃火器を装備してるから多分抗争にもなっていない感じではある。
  それでも通路にはバリケードが築かれていた。
  特に止められる事もなく私達は進んでいる。反乱側に加担しているのは若者が多い。同年代も多い。つまり顔見知りばかりって事だ。
  だから止められないのもあると思う。
  立場的に私はこっち寄りなのは皆知っているわけだし。
  今さら私が監督官になびかないのを知っているのもあるとは思う。
  「ねえ、クリス」
  「何だ一兵卒」
  「どうして今回同行してくれるわけ?」
  「稼動しているボルトを見てみたかった」
  「稼動している?」
  「人が人として暮らしている、という意味だ。システムが稼動しているという意味ではなく人間生活が営まれている場所が見たい、という意味だ」
  「ふぅん?」
  奥が深いのか適当なのかは不明。
  どう受け止めればいいんだ?
  まあいいけど。
  クリスの動機って難しいなぁ。別の質問をしようとした時……。

  「おおー。まったく誰がボルトにご帰還なさったかと思えば、良い度胸してるじゃねぇか。お前とお前の親父であれだけの事をして帰ってくるとはな」

  革ジャンにリーゼントの若者がナイフを手にして飛び出してくる。
  付き従う連中も同じ格好だ。
  ブッチだ。
  トンネルスネークというチーマーの親玉だ。
  悪友ではあったけど懐かしいなぁ。
  ……。
  ……もちろんさっき私が仲間達に念を押していなかったら今頃こいつらは蜂の巣だけどねー。
  デンジャラスな性格になったのですよ、私は。
  あんまり舐めた事を言うと殺っちゃうぞ☆
  ほほほ☆
  「久し振りね、ブッチ」
  「戻ってきたんならちょっとは役に立って貰ってもいいな。手を貸してくれ」
  「……?」
  「死人とか嘘とか監督官が封鎖したりとかもうウンザリなんだよ。助けってのはそういう事だ。ピンと来るだろうがよ?」
  いきなり頼み事かよ。
  旧交を温める事はしないのかこいつ?
  まあ、別に仲良くはなかったけどさ。当然といえば当然かなぁ。
  「どうして外に行きたいの?」
  「何でって……上の世界で何があろうがこんなとこで同じ事を一生終わるよりマシに決まってるからさ」
  「はあ?」
  「分かんない奴だな。ここにいるって事は、これから先ずっと同じ仕事して、同じメシ食って、同じ奴らと会い続けるんだぜ。それも一生っ!」
  「まあ、そうね」
  ある意味で悪夢だ。
  「おめえとおめえの親父の考えは正しかったぜ。こんな穴蔵から這い出して自分達の人生を送ってる。だろう?」
  「どうして私が助ける必要あるわけ?」
  悪友ブッチ。
  まあ、アマタに協力するという事は必然的に彼をも助ける事にはなると思うけど……少し意地悪する。
  久し振りの旧友との再会。
  それなりに感慨深い。
  「どうしてって……お前いつでも優等生だったじゃねぇか。俺に助けがいる時はお前が助ける、そうだろ? だからあの時お袋も助けてくれた……ま、まあお袋
  の話はいいか。ともかくアマタを助けるんだから俺様も助ける事になるわけだ。とっととアマタに会って来い」
  「はいはい」
  その時、彼は右手を出した。
  私は笑う。
  ガッ。
  強く強く握手。
  「よく帰って来たぜ、じゃじゃ馬さんよっ!」
  「ありがと」
  同年代の悪友。
  それなりに感慨深いものがあるでしょう。
  「まあ、外から戻ってきたのね。よかったわ。貴女ぐらいの歳の子に外は危ないわ」
  「パルマーおばさん」
  誕生日ごとにロールケーキを作ってくれたおばさんだ。
  懐かしいなぁ。
  ……。
  ……だけどまだそんなに月日は経ってないのよね、実際には。
  あれからまだ経ってない。
  それなのに懐かしい。
  全てが?
  全てが。
  「パルマーおばさん。アマタはどこに?」
  「奥にいるわ。……ミスティ、あの子達も特別な事を頼んでいるわけじゃないの。だから助けてあげて」
  「はい」
  「ボルトは何度も開かれているの、本当はね。でも監督官はどういうわけかなかった振りをしているのよ。そして今もそれを隠そうとしてる。もう皆が嘘だと
  知っているのになかったように振舞っているのよ。ジョナスも殺されてしまった。この悪夢を終わらなされければならないわ」
  「はい」
  私は微笑した。
  パルマーおばさんはそれを見て眼を細める。そして感動を込めて呟いた。
  「大人になったのね、ミスティ」
  「はい?」
  「大人びた微笑をありがとう。老人の私にはとても頼もしく見えるわ」



  診療所に向かう。
  反乱側の拠点だ。屯っているのは基本的に若い世代。同じ教室に居た者達も多い。
  私は診療所の外に仲間達を待たせてある。
  何故?
  いやさすがに完全武装の面々は視覚的にまずいと思った。物々しい武装は威圧的でもあるし。
  診療所にいる人々の中からアマタを見つける。
  「アマタ」
  「まあ、戻ってきたのねっ! 私のメッセージを聞いてくれたのねっ!」
  駆け寄ってくる親友。
  ぎゅっ。
  突然抱き締められた。
  照れますなぁ。
  だけど今は感傷に浸っている場合ではない。私はさりげなくアマタの抱擁から逃れて問う。
  「アマタ、何があったの?」
  「貴女が出て行ってから何もかも滅茶苦茶になってしまったの。でも、戻ってきてくれたんだし、事態の収拾に手を貸してくれるわよね?」
  「前にアマタに助けられた。今度は私が助けるわ。親友でしょ?」
  「ありがとう」
  「それで?」
  「大勢の人が死んでしまったわ。父が扉を閉めておこうとしたのが理由で大勢の人達が殺されただなんてっ! しかも嘘を突き通す為だけに殺さ
  れただなんてっ! ボルトの扉は開けられた事があったのよ、過去に何度もっ! 私達、生まれた時から騙されてたのよっ!」
  「知ってる」
  「知ってるって……」
  「外の世界でボルト101に住んでた人に会ったのよ。ケリィっておっさん。それと、もう死んじゃったらしいけどメガトンにもボルト101の女の子がいたらしいわ」
  「私はワリーの父親が叫んでいるの聞いたのよ。貴女達親子をボルトに入れるんじゃなかったってね」
  「それも知ってる」
  私はここでの生まれではない。
  既に知ってる。
  生まれた場所はジェファーソン記念館。
  アマタは続ける。
  「昔、ボルトはずっと開いてた。でも、私達が生まれた頃に何かの理由で閉鎖状態になって、それから何が起こったのか誰も口にしなくなったの。その嘘で
  ジョナスは死んだわ。もう私達は皆真実を知っているのに監督官は私達を自由にはしてくれないのよっ!」
  「私と一緒に外で暮らす?」
  「……」
  「アマタ?」
  「そうじゃない。そうじゃないのよミスティ。ブッチはここへは絶対に戻りたくないでしょうけど私達は外で一生を過ごすつもりはないの」
  「はっ? どういう事?」
  「やっぱりここが故郷だしここに住みたいの。でも、貴女が出て行ってから外の世界に興味を持ち始めたのよ、皆。私達はここに住んで外との関り合いを持ち
  たいのよ。取り引きしたり連絡を取り合ったり探検したり。閉鎖されている現状に反対しているの。ボルトを否定しているつもりはないわ」
  「なるほど」
  「あの扉の向こうに新しい世界があるのよ。その世界に辿り着きたいという願いは、諦められないわ」
  外は外で危険だ。
  だけど。
  だけど自由を渇望する気持ちは理屈ではない。
  それに確かにこのままここが閉鎖され続けたらいずれは立ち枯れになるだろう。
  食料的な問題だけではない。
  ボルト101には人口的な問題もある。減少傾向にあるのは確かだろう。このままではここは終わってしまう。
  外に出る。
  それが正しいとは必ずしも言わないけど扉の開放は正しい。
  「私が交渉役をすればいいのよね、アマタ?」
  「実際に外に行った事があるのは結局貴女だけなのよ。だから説得力があるわ。……だけどお願いだから父を傷付けないで……」
  「分かったわ」
  タロン社に暗殺依頼されたりしたけど恨んでなんかないです。
  本当に?
  本当ですとも。
  













  その頃。
  スプリングベール小学校の地下道。
  「姐さん、不眠不休の突貫工事の甲斐がありましたぜ。壁に到達しました。どうしやすか?」
  「爆薬用意」