私は天使なんかじゃない








ボルト112 〜仮想世界〜







  ボルトテック社。
  アメリカで最高の技術力を持った企業。





  妙な街に私は紛れ込んでいるらしい。
  もちろんこれが仮想空間だと分かっている。
  理屈?
  そんな食べ物は知らんクマ(ペルソナ4のクマ風味)。
  ここはボルト112。
  トランキルレーンの中だ。
  うん。私は大丈夫。
  ちゃんとこの状況を認識している。少なくとも目の前のおっさんのようにこの世界に順応(洗脳?)はされていない。このおっさんが実物の人間を
  元に形成された奴なのかコンピューターが作った架空のキャラなのかは知らんけどさ。
  ……。
  ……それにしてもボルトの技術って凄いなぁ。
  旧文明は当然今より最先端。
  今の世界は文明吹き飛んでるしそれは当然よね。
  ただ全面核戦争前の当時の文明レベルがどんなに高いといってもボルトテック社の技術力には遠く及ばなかっただろうと思う。
  仮想空間がここにある。
  それは凄い技術だ。
  さて。

  「もう1人来たはずなんだけど」
  「いや。残念ながら見てないよ。心配するな。見つかるさ」
  おっさんに聞いてみるもののグリン・フィスの状況は不明。
  まさか来てない?
  そんなはずはないけど……ああ、何らかの形で接続(というのか不明だけど)を失敗して弾かれたのかもしれない。
  とりあえず合流が最善だろう。
  何故?
  だって武器ないもん。
  私の体は子供になってるし戦力的に不利。
  どこにいるんだろ?
  もちろんこのおっさんに聞いても無駄だろう。今の質問で分かった。あくまでこの街の住人になりきってる。つまり誰が制御しているのか実験してい
  るのかは不明だけどそいつの望むとおりのキャラとしておっさんは変化している。情報源としては役に立つまい。
  確認してみよう。
  「これってコンピューターのシュミレーションなんでしょ?」
  「下らんマンガの読みすぎじゃないのか?」
  無駄ね。
  やっぱりこの街の住人となり切ってる。
  もう一度試してみる。
  「今日は良い日ね」
  「当たり前さ。アメリカだものっ!」
  ……。
  ……駄目だ。こりゃ完全にただのキャラクターになってる。つまりシュミレーションの電脳世界の住人として存在しているに過ぎない。
  自分達の状況すらも分かってない。
  本気でこの世界の住人になってるってわけだ。
  つまり?
  つまり情報源としては意味がない。
  操られてるだけだからね。
  おっさんと別れる。
  通りに出で街を見渡した。結構広い。住人も100人はいるだろう。ただよく見ると街の周りには白い壁で覆われていた。
  全部?
  全部。
  ざっと見た感じであり詳しくは調べてないけど壁の向うはおそらく存在しないのだろう。
  シュミレーションの世界、か。
  さてさてこのゲームの主人公は誰?
  それによって私の行動も変わる。
  タタタタタタタッ。
  子供が走ってくる。男の子だ。
  ああ、私も今は子供か。
  話し掛けて来た。

  「やあ。ベティが探してたよ。早く行った方がいいよ」
  「ふぅん」
  だからそれは誰よ?
  この街に来て早々にその名を聞いた。だけど誰かが分からない。
  もちろん聞いても意味があるまい。
  与えられたキャラを演じているに過ぎないのだから。しかし与える側も多少の情報を隠している可能性もある。
  会話の端々から読み取れるかもしれない。
  当たり障りのない質問なら答えるだろう。……多分ね。
  「ベティってどんな子?」
  「ベティは……ちょっと、冷たいんだ」
  「ふぅん」
  冷たい、か。だけどそれだけじゃあ何も分からないなぁ。
  まあいい。
  会って来よう。
  その前に一応は駄目元で忠告。
  「この世界は偽物」
  「なんだって? 君は変な奴だな」
  やっぱり無駄か。
  まあいい。
  グリン・フィスの行方が分からないのは心細いし心配だけど、とりあえずベティとかいう子に会ってくるとしよう。いきなり誰かに攻撃されるという
  事はあるまい。少なくともその意図はないと思う。
  タロン社や奴隷商人とは敵対しているけどボルト関係者とは……あー、ボルト101の監督官とは敵対してるかー。
  ……。
  ……まあ、いい。
  とりあえずここに来てしまったのだ。戻る術は分からない。
  少なくともここのボルト112は稼動している。まさかロボブレインが運営しているわけではあるまい。あのタイプは自分でメンテが出来ないからだ。
  誰か人間がいるのは確かでありそいつがここの監督官として君臨しているのだ。そして実験してる。
  わざわざ私達をここに来るように仕向けたわけだからいきなり殺す事はあるまい。
  いきなりはね、ないと思う。
  多分ねー。
  「会いに行くか」
  ベティとかいう子に。
  さてさて、そこで何が起きるのだろう。
  そしてパパはどこ?



  広場に行く。
  広場というか公園と表現してもいいだろう。
  女の子がいる。
  花に水をあげていた。その側には犬が伏せている。……あの犬、悲しそうな目をしてるなぁ。
  私に気付く女の子。
  ゾクッとした。
  女の子は可愛い部類に入るのだろうけど、その目はどこまでも冷たかった。
  「あっ、新顔だっ! このところついているわー☆」
  「このところ?」
  気になる表現だ。
  「退屈だったの。楽しみましょ☆」
  「貴女は?」
  「ベティよ。トランキルレーンに住んでいるの。ゲームしない?」
  「ここは何なの?」
  「答えると思ってんの? さっさとゲームを始めるわよ、お馬鹿さん☆」
  腹が立つ奴だ。
  少し話の流れを早めるとしよう。
  ストレートに聞こう。
  「ポッドにパパが入ってた。ここはシュミレーションの世界よね? パパはどこにいるの?」
  「うーん。分からないわ。どんな人?」
  「パパは科学者でドクター・ブラウンを探しているの。……ああ、あと私の仲間もこちらに飛んできたはず……」
  「ふふふっ! あれが父親ですってっ!」
  「知ってるのね?」
  「面白くなってきたわーっ! これまでで最高のゲームになりそうねっ!」
  「ゲームは所望じゃないわ。パパはどこ?」
  「そう噛み付かないで。良い始め方じゃないわね。ゲームをすると言ったら、するのよっ!」
  「興味ないわ」
  「私がゲームをしたいからするのよっ!」
  「……」
  こいつは少なくともさっきのおっさんや子供とは異なる。自分の意思を持っている気がする。
  何者だ?
  「ゲームは簡単よ。ティミー・ネウスバウムを泣かせたら協力するわ。でないと……」
  「……」
  「決して父親の居場所は見つからないでしょうね」
  「仲間は?」
  「さっきもそんな事を言ってたわね。そんな奴はいないわ。データにないもの」
  「データにない?」
  「さっ、始めなさい。始めないとお父さんには永遠に会えないよー? 寂しいよー。えーん、えーん☆」




  癪に障ったけど鍵は彼女が握っているらしい。
  聞くしかあるまい。
  ティミー何とかという奴はさっきの子供だった。私はとりあえず蹴り入れて泣かしてやった。しかし周りにいた大人達は何の反応もせず。やはり基本的
  に全ての住人は感情を管理されているのだろう。多分ね。
  ともかく。
  ともかく泣かした。
  後味は悪い。
  私はとっとと公園に戻ってベティに報告。

  「やったわ」
  「やりたくはないと言ってたけど……」
  少女はそこで言葉を区切って微笑んだ。
  不快だった。
  その笑顔がとても不快だった。
  邪悪だ。
  こいつは邪悪だ。
  その表情のまま言葉を続けた。

  「殴る以上のものを期待していたが面白い事はそうはないものだ。まあいい。君の勝ちを認めよう」
  「……っ!」
  声が変わった。
  性質がまったく別物になった。
  老人の声だ。
  ……。
  ……そうか。迂闊だった。
  私だって子供になっているんだ。ここの姿と現実の姿は一緒じゃないんだ。あたしも、こいつも、パパもここでは創られた設定として存在している。
  こいつは何者だ?
  他の住民と決定的に異なるのは、こいつはこの世界のあるべき姿を知っている事だ。
  つまり。
  「あんたがブラウンね?」
  「以前はDrスタニスラウス・ブラウンと呼ばれてた。だがここでは別の存在だ。……飲み込めてないようだな? この世界ではなりたいものに何でも
  なれるのだから、この体を選んでみたというわけさ。気分転換というやつだ。それに外見1つで人は本質を見抜けなくなるしな」
  「……」
  「トランキルレーンはボルト112の住人が故郷を感じれるように作ったシュミレーションだ。最後にして最高の計画だったっ!」
  「それが会社の方針?」
  「そうだ。ボルトテック本社のな。関れた事に対して感謝しているよ」

  「私が全てを支配する者だという事が分かったかしら?」

  再び声は少女のものに戻る。
  「何故その姿をしてるの? 特別な意味があるの?」
  「何故って? もう200年もここにいるのよ。この姿の方がまだ楽しめるってわけ。ファッションと一緒よ。飽きたら代える、それだけの事よ」
  「200年?」
  「そう。私はずっとここにいる。トランキルレーンは生命維持装置でもあるのよ。ずっとあそこに籠もって私は肉体を維持し、そして今なお存在してい
  るってわけ。ここの住人は全てボルト112の住民。私とともにあの大戦からずっと存在してるの。ただー……」
  「ただ?」
  「たまにやり過ぎて殺しちゃうのよね。この世界での死は現実世界での死になる。何故なら住民はこの世界をリアルと信じ込んでいる。信じ込んで
  いる以上、死は死として作用する。だから貴女や貴女のお父さんのように入り込んで来る者を補充として使ってるのよ」

  「さて次の課題をしてもらおうか」
  老人の声になる。
  ウンザリだ。
  「結局操り人形になってあんたを楽しませろって事? 選択肢はそうないでしょう?」
  「常に選択肢はある。そして自由に決めるのは君だ。選択の自由は与えている。決断は君の意思、そう難しくない問題だろうよ」
  「それで今度は何?」
  「ロックウェル夫妻を訪ねろ。とても夫婦仲の良い2人を別れさせるのだ。ただし夫婦は殺してはならん。……その方がお前も楽だろう?」
  「もう1つ教えて。パパはどこ?」
  「そこにいる犬に聞いたらどうだ。その犬も最近やってきた。……どうやら犬の方はお前を知っているようだな」
  犬?
  伏せている犬は悲しそうな目のまま、悲しそうに鳴いた。
  私は犬に近付き頭を撫でる。
  この世界はブラウンの好きに出来る世界。だからこそ私は子供になってるしブラウンも女の子になっている。それが成り立つのであれば別に犬
  に変えられてもおかしくない。理屈としてそれはそれで成り立つだろう。
  犬に問いかける。
  「パパ? 本当にパパなの?」
  くぅーん。
  悲しげに鳴いた。



  次の課題をこなすべくロックウェル家に。
  離婚させろとのこと。
  少なくとも殺せとは言われていないのでまだ気は楽だ。……今のところまだ殺せとは言われていない。今はね。
  この先はどうかは分からないけどさ。
  まあいい。
  とりあえず目の前のすべき事をこなすとしよう。
  家を訪ねる。
  ここの住人はあくまでキャラクターだ。
  不法侵入を咎めたり怒るようには設定されていない。もちろんこのキャラクターがトランキルレーンに捕えられたボルト112の住人を元にしている
  存在だとは理解している。つまりここで殺すとリアルにも死ぬ。あまり殺害関係はしたくないものだ。
  さて。
  「えっと……」
  「ロジャー・ロックウェルだ。遊ぶなら外で遊びなさい。良い天気だぞ。ははは」
  このおっさんが夫か。
  離婚させる。
  うーん。
  どうやってやるとしよう?
  まずは話を聞く。
  「結婚生活について教えて」
  「そんなプライベートな質問には答えられないね。私達の結婚について首を突っ込まないでくれ」
  無駄か。
  そう簡単には行かないか。
  それにしても厄介な事だ。この世界を構築しているのはブラウンだ。おそらくこの夫をそのような人物に設定しているのも奴。
  遊んでやがる。
  私を使って遊んでるってわけだ。
  忌々しい奴だ。
  夫人にも話を聞いてみるものの特に価値のある情報はなかった。
  この家の構成は二階建て、地下室あり。
  地下室は夫の仕事場らしい。
  不法侵入は咎められなかったけど勝手に家捜ししても咎められもしないらしい。家の中をウロチョロとして二階に上がる。寝室に一冊の本があった。
  「日記?」
  そう。それは夫人の日記だった。
  当然これもブラウンが用意した小ネタなのだろう。
  暇してるんだなぁ。
  あの爺さん。
  さて。


  『もうどうしたらいいか分からない。あの馬鹿げた地下室にいない時、ロジャーは外でふしだら女と甘いお喋りをしているの』
  『ロジャーはやましい事は何もないって言うけどそんなのは嘘よ』

  『ロジャーの仕事場で女物のペンダントを見つけたの』
  『もちろん私は何も言わなかった』
  『それが私って女なのよ』
  『清楚で華麗で、ここトランキングレーンの街で完璧な人生を送っている』

  『いつ壊れちゃったのかしら?』
  『私への愛はいつ醒めてしまったのかしら?』

  『いつかあのふしだら女を殺してやるわっ!』
  『そしたら私はロジャーにとって、たった一人の女になるでしょ。私にそうするだけの勇気があれば』

  『何よりも耐え難いのは街の皆が私達の問題を見抜いているって事』
  『ほんと、私って馬鹿みたいね』


  「……こりゃまずいか」
  浮気にするとその女性が殺される。
  ブラウンは言った。
  夫婦は殺すなと。ただし夫婦以外は……特に言われたわけではない。つまり殺しても可だけど、ここでの死はリアルな死になる。
  まずいな。
  ならば。
  日記を片付けて私は家を飛び出す。そして他の家にお邪魔してある物を失敬した。そこでも特に咎められない。なるほど、この世界はオブリよ
  りもドラクエ的な世界なのだろう。不法侵入したりタンスの中のモノを勝手に拝借しても問題ナッシングらしい。
  それは助かる。
  ロックウェル家に戻って失敬した物を地下室に仕込む。
  準備完了。
  「地下室に来て」
  夫人を地下室に誘う。
  ある物を地下室に仕込んである。それを見て夫人は悲鳴を上げた。
  夫の仕事机の上にそれはあった。
  あるのは女性の下着。
  「何よこれっ! 女性の下着じゃないっ! だけどこれは私のじゃ……まさか、浮気……」
  「いえ。きっと女装癖があるのね」
  「女装……ええっ!」
  その時、夫が下りて来る。私がそのように仕向けたのだ。
  下着を仕込んだのは私。
  平和的解決の為だ。
  夫の姿を見ると夫人は突然叫んだ。
  「ロジャーの馬鹿っ!」
  「な、何?」
  「気付かれないとでも思ったの? 貴方はただの変態よっ!」
  「ジャネット、落ち着けよ」
  「地下室に閉じこもってばっかりでおかしいと思ったら……この変質者っ! 最低よっ! 近寄ってこないでっ!」
  はい。
  これで離婚成立。
  ……。
  ……悪人と言うなかれ。少なくとも死なないルートは選んだわ。
  ここでの死はリアルに直結する。
  だけど離婚は関係ない。
  少なくともここはあくまで仮想現実だ。システムをダウンさせればここにいる者達は全て元の世界に戻る。そして仮想から離れる。
  現実に戻ったら今までの体験が仮想だったと分かるはず。
  本当の夫婦なのかは知らないけど……現実に戻りさえすればどうにでもなるのだ。
  まあ、この世界では無理でしょうね。
  だって旦那は変態と思い込まれてしまってるから。
  課題完了。



  ベティの元に戻る。
  公園には彼女だけで犬は、パパはいなかった。
  どこに行ったのだろ。
  「離婚させたわ」
  「なかなか機転が利くようだな、感心だ。……誰かが死ぬと期待はしてたのだがな」
  老人の声。
  既に私の前では演じる事すらしないようだ。
  もちろん意味は分かる。
  他の住民は全て設定された性格でしかない。ベティの声が女の子だろうが老人だろうが気にも留めない。いや気付きすらしない。
  ブラウンは笑う。
  「父親の時よりも面白いな。奴は私の依頼にとても消極的だったからな。だが奴はそれなりに見所はあった」
  「見所?」
  「私の過去の偉業についてちゃんと理解していた。そもそも奴はその事を調べに来たのだ。まさか私が生きているとは思わなかったらしいがな。
  まあ、当然だな。ともかく直接話が聞けて喜んではいたが、そこが奴の限界だった。ここがどういうところかは理解していなかった」
  「それで?」
  「奴は妥協を嫌って言われた通りにしなかった。それで話はお終いになったわけだ」
  「犬の姿にしたわけね?」
  「そうだ。……奴はここのテクノロジーを欲しがっていた。トランキルレーンは私がデザインしたものだ。この世の終末を迎えた後でも生きて行
  ける為の空間。ボルト112はその試作品だ。他を創る時間はなかった」
  「それがG.E.C.Kなの?」
  「ほぉう? 多少は頭があるようだな。その通りだ。私は開発者としてここでは特別な権利を得ている」
  「権利?」
  「神としてここに君臨する権利だ」
  「何故ここに留まる?」
  「出て行こうとは思わん。ここでは外界にいた頃より大きな支配力を振るえるのだからな。それにその支配力によって楽しめるのだ。今だって支配
  されているからこそお前は私の言われた通りにしているのだろう?」
  「ふん」
  「さて次の課題だ。次は殺人だ。メイベル・ヘンダーソンを殺せ。独創的に面白くな。知恵を絞るのだ」



  「……」
  殺す?
  殺す?
  殺す?
  キャスティングボードはブラウンが握っている。この世界での生殺与奪の権限は奴の手にある。
  選択肢はあるようでない。
  だから殺すというの?
  これが完全なる仮想の世界なら問題はないけど、この世界の死はリアルな死になる。誰がどこでのたれ死のうと知った事ではないと言えばそれ
  までなんだけど私はさすがに実行するのは気が引ける。パパが側にいるし。
  てかグリン・フィスどこに?
  「ん?」
  黒人のおばあちゃんが小走りに走ってくる。
  よく見ると右手には包帯が巻かれてる。そしてその脇を犬が走って……パパ?
  おばあちゃんは激しい口調で言った。

  「あんた、ここはあんたの来るところじゃないわっ! ここにいちゃいけないよっ!」
  「はっ?」