私は天使なんかじゃない







キャピタルウェイストランド




  隔離空間から、現実世界に。
  外。
  そこには現実が色濃く生きている。ボルト101では感じられなかった、様々な現実が息衝いている。
  残酷に。
  無情に。
  それらは優しく包み込む。
  ……過酷な世界に生きる、全ての人々を慈悲深く包むのだ。





  「はぁ」
  感動は次第に冷めつつある。
  何度目の溜息だろう。
  ボルト101を出て一時間。太陽に感激し、大地に感激し、この世界の全てに感動した……のは、今は昔。完全に飽きていた。
  てか幻滅。
  「はぁ」
  歩けど歩けど歩けど……歩けどーっ!
  瓦礫っ!
  瓦礫っ!
  瓦礫っ!
  全面核戦争で崩壊した世界だとは聞いていたけど……ボルト101だけが世界で唯一の安全世界だとは聞いていたけど。まさにその
  通りじゃないの。
  人が生きるのには適さない、とは言わないけど……もうちょっと復興してようよ。
  核戦争終わって200年だよ200年。
  今まで何してたの人類?
  ……まったく。
  あのままボルト101には、確かに留まれない状況ではあったけど、監督官に頭下げようかな?
  何気にそう思いつつあった。
  「はぁ」
  ザッ。ザッ。ザッ。
  足元は褐色の大地。ガイガーカウンターで測定せずとも放射能染み渡った大地でしょうなー。
  見るだけで植物育たなそうだし。
  不毛な世界。
  それが、外の世界だ。
  「あー。日が沈むー」
  夕日。
  大地に沈んでいく夕日は美しいけど、今は見入ってる場合ではない。
  このまま野宿なんてごめんだ。
  道路を一歩一歩確実に歩く。
  放置された自動車やバイクがところどころ転がっている。当然初めて見る代物だけど、感動している場合ではない。
  何故?
  外には出た事なかったけど、外に何があるかぐらいは知ってる。
  とりあえず厄介なのは野生動物だ。
  放射能で変異しているのもいるし、そうでなくても攻撃的だろう。何故なら連中にしてみれば私は夕飯になるからだ。
  ん?
  夕飯?
  「まずいーっ!」
  やばいぞ私っ!
  出る事だけ考えてたから何も持ってないてか今更かよっ!
  食料も水もない。
  お金……いや、この世界に通貨なんかあるのか?
  私が手にしているのは銃(10mmピストル)とわずかな弾。
  一応最大の目的はパパの捜索ではあるものの、完全に後先考えずに行動してるかもーっ!
  ……。
  ……いやまあ、本気で今更なんですけど。
  「うー」
  ピピピ。
  左手に嵌っているPIPBOY3000を操作する。
  これはボルトテック社が軍用に開発した万能機器。今現在も軍事衛星は存在しているらしく(授業で習った)この端末をいじる事で
  どこにいるかがすぐに分かる。そして大規模な集落なら衛星で検索できる。
  そこに人が住んでるかは知らないけどね。
  いざとなったらこれを売ろう。
  今では完全にロストテクノロジーだから高く売れるだろう。
  何故なら大気圏突入時でも壊れず、大気中の静電気で稼動する優れた代物(……すげぇ技術。突っ込み不要)。
  「よーしよし」
  画面に大きな集落の位置が映る。
  ここから南にある。
  意外に近い。
  パパがどんな装備をしていたかは知らないけど、遠くに遠征出来るほどの装備ではないだろう。
  だから。
  だから、きっと近くの集落に寄るに違いない。
  パパもPIPBOYを装備している。だからきっとその集落を探し当て、立ち寄るだろう。
  「ふむ」
  そう考える時が楽になって来た。
  それに銃がある。
  最悪、この銃を使って『平和的に』誰かから食料や水を恵んでもらおう。
  人間善意させ伝われば分かり合えるものだ。
  「おっ」
  コン。
  何かを蹴っ飛ばす。考え事をしていて気付かなかった。
  板だ。
  木の板。
  何気なく視線を落とすと、そこにはこう記されていた。『美しき街スプリングベールにようこそ』と。
  廃墟の街に到達。



  「んー」
  ピピピ。
  PIPBOYをいじる。衛星から受信した集落は、ここではない。もう少し南だ。
  まずはよかったぁ。
  近くに集落がなかったら私がまず干上がる。
  街をぶらつく。
  と言ってもめぼしい物があるわけではない。
  それこそあるのはただ一つ。
  瓦礫。
  瓦礫。
  瓦礫。
  さっきと同じ感想だ。しかし付け加えるならもう1つ印象がある。
  廃墟。
  廃墟。
  廃墟。
  ……
  ……ふん。瓦礫も廃墟も、どちらも鬱になる光景だ。日は沈みつつある。この左腕に嵌る万能機器は照明の役目も果たすので、暗闇
  に怯える心配はない。私の周囲1メートルは照らすだろう。
  しかし問題は照明ではない。
  夜露を凌ぐ場所だ。
  廃墟の建物、安全と言い切れる場所はない。
  せめて扉付きで、四方に壁があれば文句ない。屋根はなくてもいい。しかし、扉と壁は欲しいわね。
  野生動物に襲われたら面倒だもの。
  それにしても。
  「喉渇いたー」
  喉はカラカラ。
  人間、食べ物一日食べなくても死なないけど水分はないと乾いて死ぬ。
  私は乾いて死にたくはない。
  水道はある。
  蛇口が剥き出しのままそこら辺にあるし、水道管は生きているのか普通に出る。すぐ近くには貯水タンクもある。
  バルブを捻る。
  ザー。
  水は勢いよく出てくる。多少錆が含まれているものの、水だ。
  私は飲みたい。
  心がそれを求めてる。
  ガーガーガー。
  しかしPIPBOYはそれを否定する。この万能機器はガイガーカウンターの機能もある。
  水には放射能が含まれているのだ。
  結構強い。
  もちろん1日2日飲み続けた程度で被爆する事はないだろうけど……体に良くない事は確かだ。万能機器とはいえ蒸留機能はない。
  「喉渇いたー」
  せめて顔だけでも洗いたいけど、乙女だもん、そんな怖い事出来るかボケーっ!
  周囲を見渡す。
  ふと、見覚えのないモノが眼に飛び込んだ。
  「あれは……」
  見覚えはない。
  しかしボルト101にいた頃に文献で調べた事がある。お金を入れ、スイッチを押す事で飲み物を提供する伝説の箱型飲料水販売店っ!
  「あれが自販機っ!」
  タタタタタタタタッ。
  思わず走る。
  自販機の目の前に止まり、私は高鳴る心臓を落ち着かせる。
  逃げちゃ駄目だ。
  逃げちゃ駄目だ。
  逃げちゃ駄目だ。
  ……。
  ……ああいや違うか。私は碇シンジじゃない。逃げる云々じゃないか。
  落ち着け。
  落ち着け。
  落ち着け。
  伝説の自販機を目の前に私は恋する乙女の如く恥らう。
  そして……。
  「ラブー♪」
  むぎゅー。
  と、まあ、横幅長いので抱き締める事は出来ないものの私は自販機に縋り付く。
  外の世界に出てきて良かった♪
  アマタも見たいだろうなー♪
  自販機持ち帰ったら、監督官も許してくれるかな?
  いやいや。そんな妙な考えは捨てるべきよミスティ。私はパパを探しに来たんだもん。それに監督官は人殺しを指示した。父の部下
  であり親友であり、私にとって叔父のような人を殺したのだ。
  誰が謝るか。
  「あっ」
  ポン。
  手を叩く。
  自販機様は飲料水の保存&管理&販売業務に携わっている凄腕の商人。ここは1つ、喉を潤わせてもらおう。
  せーの。
  「おらーっ!」
  ドゴォォォォォォォォォォォォンっ!
  盛大に飛び蹴り。
  自販機は壊れた。
  自販機様への敬意?
  もちろんあるわよ。
  でも喉の渇きには勝てないもの。所謂『尊い犠牲♪』というやつね。
  「さてと。愛の贈り物頂きますね、自販機様♪」


  「うっまー♪」
  わりと外観が保たれている廃墟に陣取る私。座って寛ぎながら自販機様からの愛の結晶であるヌカ・コーラを試飲。
  ゴクゴク。
  これがまたうまいんだよなー。
  炭酸が喉に響きますなー。
  自販機様は大戦後からまるでメンテされていないに関わらず普通に起動していた。つまり電気は流れていた。このヌカ・コーラは
  200年前の代物という事になるけど、しっかりと保存されていた。実においしいし、実に凄い技術だと思う。
  ヌカ・コーラ6本ゲット。
  それにお金。
  今のお金って、ドルとかセントが使えるのかな?
  あとまったく関係ないけどヌカ・コーラのキャップを50枚もゲット。結構綺麗だし、いつかボルト101にパパと帰れるのであれば、その時
  このキャップはアマタへのお土産にしよう。
  「ふぅ」
  一息つく。
  ただまあ、ヌカ・コーラにも放射能は含まれているんだけれども。
  水飲むよりは確かにマシ。
  だけど体には悪いわね。RADアウェイという医薬品は放射能を除去する性質を持っている。どこかにあるといいけど。
  まあ、今すぐに死ぬ事はないけどね。
  100本飲んだところで死ぬ事はないけど、放射能に肉体がジワジワと汚染されていくのは得策じゃあない。
  「まあいいや。片付けしよう」
  ガサガサ。
  廃墟を回ってゲットしたナップサックに戦利品を詰め込む。
  ヌカ・コーラ6本。
  昔の通貨で約80ドル。
  キャップ50枚。
  それと衣服に、ナイフが八本。そのうち使い物になるのは三本。一本は腰に身につけ、残りの二本はしまう。
  後はバット。
  この世界、銃と弾が手に入るのか分からないので、出来るだけ節約しなきゃ。
  敵は刺殺♪
  敵は撲殺♪
  よーし。この合言葉で生きて行かなきゃね。
  敵は銃殺……は、極力控えよう。
  にしても。
  「……」
  ぐー。
  「……」
  ぐー。
  「……」
  ぐー。
  人間とは何て不便な生き物なんだろ。
  食べ物ないと頭で、脳で理解していながらもお腹は空腹を訴える。
  確かにお腹空いた。
  昨夜食べたっきりだもん、そりゃ減るか。
  幸いなのが昨夜は私の誕生パーティー。ご馳走山ほど食べたから餓死する事はないと思うけど……お腹空いたよー。


  『ではここで例的な引用を。ジョン・ヘンリー・エデン大統領自身が、貴方の心に届けよう』

  「ん?」
  喋り声。
  ダンディーなオジサマの声だ。
  誰かいるの?
  しかし腰を浮かし掛けて、止めた。……大統領?
  きっと自分を大統領だと思い込んでいる可哀想な人に違いない。関わり合いになるのは避けよう。そう懸命に判断した時、崩れた壁から
  周囲を浮かんで徘徊する球体に眼が止まる。
  「アイボットだ」
  呟く。
  世界には不思議が一杯だ。
  あれは戦前の軍事テクノロジー。いや正確には軍事技術は関係ないのだけど、軍絡みではある。プロパガンダの為の軍事機器なのだ。
  各地を浮遊して徘徊し戦意拡大を目指す為の無人機。
  確かレーザー兵器を内蔵してたっけ?
  まあそこはいい。
  それにしてもまだ存在してるなんてね。
  あれはあくまでプログラムで動いているに過ぎない。世界が滅んだ事も知らずに宣伝しているのだろう。


  『古い思考力とは古い機械のようなものだ。きちんと動かしたいならメンテナンスが必要だ』

  「録音か」
  エデン大統領なんて知らないけど、過去の大統領なのだろう。
  戦前か、戦中かは知らない。
  戦後?
  ふん。冗談でしょ。
  今政府が存在するなら、こんな荒れ果てた世界のはずがない。
  国ごと政府も吹き飛んだに違いない。
  アイボットは遠くに行ってしまい、音声は次第に遠のいていく。……残念。良い暇潰しになったのに。
  「……待てよ」
  PIPBOYを操作する。
  今の演説が録音されたものでないのであれば……いや、録音されたものだろう。私が言いたいのはそうではなくアイボット内に録音
  されたものでないのであれば。
  どこかの施設で今なお放送され、それが衛星を通してこの辺り一帯に流れているのであれば。
  PIPBOYで電波を拾えるはずなんだけど……。
  えっと……。
  「よし」
  ピッ。


  『ハロー。愛しきアメリカよ。私はエデン大統領だ。少し話をしようか』

  「ビンゴっ!」
  PIPBOYから音声が流れる。
  これで暇潰しにはなる。
  空腹は相変わらず癒えないけどね。

  『政府について話をしよう』

  「お願いします大統領」
  横になる。
  もちろんそれなりに綺麗な場所にだ。天井がないので眺めは絶景だ。……まあ、しばらくすれば飽きるけど。
  人間、感動も慣れれば惰性でしかない。

  『アメリカ国民よ。もっと細かく言うならば君達の政府、つまりエンクレイブについてだ。エンクレイブとは何者か』

  エンクレイブ?
  組織名?
  てかこの放送って誰が流してんだろ。プログラム的に、過去の、今では無人の施設で流されてるのかな?
  それはそれでありえるな。

  『答えは簡単だ。アメリカ国民よ、エンクレイブとは私だ。姉であり、叔母であり、友人であり、隣人でもある。そしてエンクレイブもまた私自身
  である。ハハハ。大統領として民主主義を管理するのは私の責任だ』

  「そりゃすごい」
  エンクレイブ。
  つまりは……戦前か戦中の、大統領の応援団か?
  国民を煽る組織なのは間違いない。

  『私はエンクレイブの声であり心と魂である。つまり私はアメリカの声。心。魂でもある』

  「すっごい傲慢だ事で」
  その傲慢が戦争に導いたわけだ。
  下らない。

  『共に協力をしなければ我々の潜在能力を完全に発揮する事は出来ない。戦争が起きる前のように。……完璧に、力強く、美しく、唯一の
  無二のエンクレイブ。そしてアメリカ。永遠に。親愛なるアメリカ国民よ。そろそろお別れだ』

  「ふむ」
  戦争が起こる前のように、ね。
  つまりは戦中か。
  つまりは、これはただの録音、大統領は過去の人物。再放送ってわけだ。
  まあいいですけど。

  『やるべき仕事が大量にある。そしてエンクレイブは決して休まない。絶対にだ』

  「ご苦労様です大統領」
  休まないんだったらとっとと世界を再建してください。
  何百年経ってると思ってるんだ。
  明らかにこの残骸と廃墟の世界は政府の怠慢だろう。もちろん本当に政府が今もなお存在しているなら、ね。
  あの放送もまた過去の残骸であり遺物だ。
  下らない。

  『ではまた会おう。大統領ジョン・ヘンリー・エデンから、さようなら』

  「さようなら」
  音声はそこで途絶え、音楽が流れてくる。
  勇ましい行軍曲。
  とても休むのに適した音楽ではない。私は音楽を切る。今日は色々と疲れた。眠るとしよう。
  それにしても。
  「私、大丈夫かな?」
  毎週恒例の薬を投与していないのだ。
  突然死しない事を祈る。
  「……疲れ、た……」
  そして私の意識は闇に落ちた。