私は天使なんかじゃない








アンデール 〜第三夜〜






  アンデールの人々の素顔が分かった。
  私達はそれを実力で叩き潰した。
  そこに新たな介入者。

  自我を失ったグールであるフェラル・グールの群れがアンデールを襲撃。
  それは偶然なのか?
  それとも……。






  一斉射撃でフェラルを撃退。
  その夜は連中はそれで退いた。しかし姿こそ巧妙に隠しているものの街を包囲しているのは容易に理解出来た。
  闇夜に乗じて攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。
  だけど何の為に?

  ただ言える事。
  それは私達を狙っているという事だ。
  だけど何の為に?






  翌朝。
  再び寝ずの番を私達は交替して行った。
  結局、フェラルの軍勢は夜が明けると完全に撤退した。……まあ、まだ街を包囲しているけど襲ってくる気配はない。
  ただ。
  ただ数は増えている。
  次第にその数を増している。
  「ふわぁぁぁぁぁっ」
  見張りの交替したばかりの私は眠くてたまらない。睡眠時間は皆と等しく一緒なんだけど眠い。
  良い子は8時間寝ないと駄目なのだ。
  ……。
  ……それに、交替で見張りだから睡眠時間は確保できるものの、フェラルに包囲されているのだから安心して熟睡は出来ない。
  つまり今はフリーな時間だけど安心して寝られない。
  だから街を歩いている。
  巡回だ。
  現在の見張りはクリス。その他の面々は寝てもいいんだけど結局誰も寝ていない。
  「ふわぁぁぁぁぁっ」
  徹夜は疲れる。
  それに一応はやる事はたくさんある。
  アンデールの住人の片付けだ。
  フェラルの介入で完全に食人住民は全滅した。Mrスミスも死亡した。
  私達は墓穴を掘り、そこに遺体を全て投じた。
  また防衛の為にバリケードを形成している。フェラルの再度侵攻は時間の問題だからだ。
  攻撃側が敵勢。
  防御側が私達。
  その為に私達は防御を万全にしている。
  護るべき場所は老人ハリスの家。
  そこにこの街で生き残った子供達が匿われている。そして食人に否定的だった老人ハリスがいる。この街の生き残り達だ。
  ここが防衛拠点。
  何故?
  子供達と老人を護る為だ。分散させるのは得策ではない、こちらの戦える人数は少数だからだ。
  だから。
  だから全員を一箇所に集めた。
  その方が防衛に適しているからだ。このまま知らん振りしていなくなるのは好きではない。もちろんフェラルの包囲があるから逃げようがないんだけどさ。
  私は巡回を終えてハリスの家に戻る。
  丁度家の外ではハークネスがバリケードを作っている最中だった。
  ガチャ。バタン。
  「ただいま」
  ハリスの家に入る。
  子供達には結局事の真相は告げていない。親や街の人々の遺体も見せていない。この街の生き残りの子供は全部で6名。
  家に入るとハリスが待っていた。

  「よそ者よ」
  「何?」
  老人は椅子を勧め、自身も座った。
  込み入った話があるらしい。
  そういえばフェラルの介入もあったし何も話していなかった。
  私は座る。
  「何か用?」
  「ワシは昨夜外で起こった事を全て見たんだ。あれはワシの家族だったかもしれん。……しかしお前さんらがした事は、正当だ。仕方なかった」
  「そうね」
  確かに。
  確かに仕方なかった。
  たけど連中には連中の正論は確かに存在していた。仕方なかったではすまない部分もある。しかし老人はそこには触れない。
  私も敢えて触れなかった。
  今さら論じてもどうにもならない。
  それに結末は紡がれている。
  既にね。
  「何年もの間ワシは彼らのようだった。それは……口にする事も出来んよ」
  「これからどうするの?」
  「ワシに出来る唯一の事は子供達を育て上げてアンデールをきちんとした街にする事だけだ」
  「子供達?」
  「ああ。街の住人達の子供達だ。彼ら彼女らはこのままワシと一緒に住む。ワシが育てるんだ。親なしで育つ事は残念な事さな」
  「……そうね」
  「だがあんた、正直なところ両親に育てられるよりこれは幾分か良い事なんだ。よく考えての事さ。殺人鬼の両親より孤児の方がマシだろ?」
  「フェラルは何なの?」
  「それは、ワシにも分からん。神様がワシらに与えた罰かもしれん。人食いが人食いに食われる。……随分と皮肉な結末じゃな」
  「……」
  神様なんか私は信じない。
  つまり罰ではない。
  あのフェラルの軍勢は何なの?
  「ワシもここで生まれた。昔は全てが普通だった。これはワシらがした悪の結末なのさ。……ワシは『食う』事に関してよく考えてもみなかった」
  「……」
  「ワシは他のアンデールの青年がするように年齢の近いグラディスを妻にした。ワシらはリンダを授かり、リンダは成長してジャックと結婚した。これだけ
  でも分かるだろ、この街の住人は血縁的に全員根本が同じなのさ。全員どっかで繋がっている」
  「近親間結婚ね」
  「そうじゃ」
  「皆、文字通り家族だったのね。血縁的な」
  「グラディスが死ぬまではワシは周囲の事なんて何も考えた事はなかった。その間、ここに訪れた者達は全員殺されて『食われた』。しかしワシに何が
  出来た? ワシに彼らを責める権利があると? ワシら古い者達が大人達をそのように育てた。ワシに責める権利などなかった」
  「そうね」
  そう思う。
  物事には始まりがある。必ずね。
  Mrスミス達は始まりではなかった。彼ら彼女らはただ単に継承したに過ぎない。本当に悪いのは誰?
  最初に『食った』奴?
  ……。
  ……こういう言い方は誤解を招くだろうけど、彼らもまた犠牲者なのだと思う。
  尊厳を保つ為に餓死出来るのは聖人君子だけだ。
  もちろん彼らの行動を肯定も出来ないけど……私達も人を殺している。そこは根本的に異ならない。
  スミスに言われるまでもない。
  前提は私達も同じなのだ。何故なら私達も殺しているのだから。
  そこは同じだ。
  「ここは嫌な場所だ。悪い思い出が多過ぎる。……しかし子供達がまともに育ち、アンデールをより良い街にする事を願って頑張ってみるよ」
  「ええ。応援してるわ」
  この間レイダーから巻き上げた物資をここに置いていく事にした。
  生きる為には物資が必要だ。
  いつかこの街の悪夢が完全に消えるのはいつになるのだろうか?
  そして。
  そして三日目の夜が近付く。






  アンデール、第三夜目。
  まさかここまで厄介な展開になるとは思わなかったけど……乗りかかった船だ。付き合いましょう。
  ……。
  ……まあ、付き合いたくはないけど、強制よね。
  理由は2つ。
  1つは無防備な子供達がいる。人として見捨てられないでしょうよ。
  1つはフェラルは街を静かに包囲している。逃げるに逃げれない状況だ。
  別にフェラルは夜行性ではないものの、日中は動こうとしなかった。最初は意味が分からなかったけど今は分かる。連中、次第に増えている。
  ここに集結しているのだ。
  既に大軍。
  日中攻撃してこなかったのは集結待ちだったのだろう。
  そして。
  そして夜が来た。



  「こんのぉーっ!」
  バリバリバリ。
  猛スピードで突っ込んでくるフェラル達を一斉掃射で撃破。
  敵さんは知能が皆無。
  お粗末な頭脳で考えれるのは敵=殺して食う。
  それだけだ。
  アンデールの暴徒よりも単純過ぎる頭脳。ただしフェラルは本能で動くだけなので、本能に忠実過ぎる存在なので恐れ知らず。このように怒涛の勢いで
  突撃してくる際には厄介この上ない。
  私は撃ちながら走る。
  私は1人。
  他の仲間?
  当初の予定通りに老人ハリスの家の防御だ。
  あの家には子供達も避難している。どこかに隠れさせるのも考えたけど、そこをフェラルに襲われたらハリスと子供達はひとたまりもない。
  だから。
  だから最初からハリスの家に全員を匿い、そこを防衛拠点とする事で安全を護ろうとしていわけだ。
  フェラル達は日中に時間を掛けて集結していた。
  つまり時間があった。
  私達は私達で作戦を練って行動するだけの時間があった。
  「そこっ!」
  バリバリバリ。
  弾装交換して再び連射。
  夜陰に紛れて私は遊撃的に動いている。クリス達は明々と焚き火が灯されている老人ハリスの家の前に布陣している。時間があったわけだからバリケード
  なども築いてある。フェラル対策は万全だ。
  私は撃つ。
  私は撃つ。
  私は撃つ。
  撃っては隠れて、隠れては撃って。フェラルの軍勢を掻き乱す。
  フェラルの特性として目に付く者を最優先に襲う。
  つまり。
  つまり私が撹乱する事で足並みが乱れるというわけだ。私に掻き乱されているのでフェラル達の足並みは遅い。
  まだクリス達の防衛ラインにまで達していない。
  バッ。
  「ふぅ」
  私は物陰に隠れた。
  フェラル達はキョロキョロとし、それから私を忘れたかのように焚き火に照らされたハリスの家を目指して走る。
  怒涛の勢いのフェラルは正直恐ろしいが軍勢として組織だった行動は出来ない。
  あくまで勢いだけだ。
  頭がないのでやり易い。
  そろそろ頃合だろう。
  私は当初の予定通りの建物に入る。二階建ての建物だ。
  この建物は通りを挟んでかなり離れているもののハリスの家の真向かいにある。私はそこの二階に駆け上がり、窓から眼下を見下ろす。
  フェラルの群れはハリスの家を目指して突撃開始。
  クリス達は発砲開始。
  波状攻撃で敵を寄せ付けない布陣だ。
  「よしよし」
  全ては予定通り。
  私はここから射撃してフェラルを挟撃する。それが打ち合わせだ。

  二階から射撃。
  私のアサルトライフルが火を噴く。フェラルは走るゾンビなので狙いを付けるのは難しいものの、私には特殊能力がある。
  正確な狙いを付けて射撃。
  簡単な事です。
  それに上から下に対する射撃。
  私の方が分がある。
  次々に屠られて地面に転がる。老人ハリスの家の前には陣取ってミニガンを掃射している。あの弾幕に立ち向かえる奴はいない。ただまあフェラルに
  は知能がないので突っ込んで無謀にも行っているけどさ。
  当然ただのミンチと化す。
  ハークネスの両脇にはグリン・フィスとカロンが固め、ハークネスの援護。
  クリスはハリス家の屋根によじ登ってスナイプ。
  ハリスと子供達を護る為にはあの布陣が最適だろう。
  まさに鉄壁。
  隙はない。
  フェラルは完全にハリス家に固執している。群れで一斉に行動、突撃しては蹴散らされている。私は私で上から援護射撃。丁度相手の背後を衝く形だ。
  さらに決定的な一撃を与えてやるっ!
  「食らえーっ!」
  リベットで改造されて以来まだ使ってなかった強力な一撃をお見舞いする。
  ポン。
  間の抜けた音を立ててグレネードランチャーから炸裂弾が飛んでいく。
  そして……。

  
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  フェラルの群れの中央に叩き込む。
  大地に着弾したと同時に爆発。
  威力?
  まあ、まともに吹っ飛んだのは三体程度だろう。しかし爆発の余波で結構な数が損傷を受けた。爆風と破片で傷付いた。
  結構な威力だ。
  なかなか使える。
  それにフェラルは人格ないけど、普通の人間ならこれで気圧される。戦意も萎えるという予備的な効果もある。
  使える攻撃手段だと思う。
  その時私の眼下に奇妙な物体が飛び込んでくる。
  キキキキキキキキキっ!
  軋むような音を立てながら急ブレーキ。

  四輪駆動のジープっ!
  後部にある荷台には11mm機銃が備え付けられていた。
  振動と共に排ガスを出している。となるとあれは核エンジンではなくガソリンで動いているのだろう。
  それにしてもまだあんな骨董品が動いているとはね。
  そのジープにはグールが2人乗り込んでいた。
  1人が運転。
  1人が機銃。
  フェラルには知能がないから運転など出来まい。だとするとあれはグールなのだろう。カロンと同じく知性と理性を兼ね揃えた存在。
  この2人がこのフェラル襲撃の張本人?
  誰だこいつら。
  まだグールには喧嘩を売った覚えはない。敵を作った覚えはない。
  私はこんな奴らは知らないぞっ!
  ……。
  ……待てよ?
  まさかカロンか?
  それはそれでありえるぞ。
  昔の主人であるアズクハルとかいうグールをカロンは射殺したらしいし、他の用心棒3人はまだ生きているらしいし怨恨としてアンダーワールドから追って来た
  という可能性もあるだろう。フェラルを引き連れてね。
  だとしたら迷惑な話だ。
  だとしたら……。
  「まずいーっ!」
  11mm機銃をグールがこちらに向けて連射した。私はその場に伏せた。
  圧倒的な火力の機銃が壁を突破る。
  私は這いずりながらその部屋を後にする。
  さすがにあんなのとまともに撃ち合う気はない。
  パワフルな機銃の攻撃は二階の一室の壁を穴だらけにした。私は這いずり、その部屋を脱出。階段を駆け下りて一階に移動。
  「……」
  そろりそろりと足音を忍ばせてリビングに進む。
  そこにある窓から外をこっそりと見る。
  機銃は二階に釘付けのまま。
  無人の二階を熱心に乱射している。
  つまり私に気付いていない。
  私は弾装を確認、弾はふんだんにある。意を決して窓の外にある車、それも機銃を操作しているグールに向ってフルオート連射。
  バリバリバリ。
  窓ガラスを破りながらも弾丸は飛んでいく。

  「ぐあっ! ……くそっ! ロイ、撤退だっ!」
  「分かったよ、旦那」

  車はそのまま急発進。
  悲鳴から察するとどこかに当たったらしい。私は弾のなくなったアサルトライフルを捨ててガラスが砕け散った窓を飛び越えて通りまで走る。
  そして走り去る車の背後に向って44マグナムを撃つ。
  そのお返しにジープからは機銃が放たれるもののお互いにある意味で牽制程度でしかなかった。車はそのまま視界から消えた。
  ……。
  ……逃げた、か。
  どういう仕組みがあるのかグール2人が去るとフェラルの大軍も撤退を始める。
  もちろんただ見逃すつもりはない。
  仲間にしてもそうだ。
  深追いこそしないものの私達は銃を撃って何名が倒す。
  そして。
  そして静寂が街を包んだ。
  今夜はこれで終了?
  そうかもしれない。
  「ふぅ」
  アンデールでの三日目の夜はこれで終了かな。
  私は先ほどいた建物に戻る。
  アサルトライフルを放り投げて外に飛び出したわけだから回収に戻った。建物に入る。
  ガン。
  その時、頭部に鈍痛が走る。
  ドサ。
  私はその場に倒れた。
  どうやら誰かに殴られたらしい。アンデールの狂った住人の生き残りの仕業だろうか。
  すぐには行動できない。
  その内に背後から髪を掴まれる。私は首を後ろに反らせる形で、顎を上げた。
  カチャ。
  「……?」
  何だろう?
  首に何かを嵌められた。髪から手が離されて私はその場に再び伏せる形で倒れ込む。声が上から降って来た。
  「俺を殺さなかったからこういう事になるんだよ」
  「……あんたは……」
  朦朧とする意識の中で私は理解した。
  シスターの声。
  奴隷商人の声だ。
  なるほど。
  小屋から脱したわけだ。気配を読む。……いや、いきなり頭に攻撃がきたので体を動かせない。だから気配を読むしかない。ここにはシスターと5名の気配
  がする。あの小屋に閉じ込められていた奴隷商人は全て出てきたわけだ。
  シスターは下品な笑みを込めて話す。
  「まだ若いのに可哀想になぁ。まあ、これからはユーロジーに色々と躾けられて立派な淑女になってくれや」
  「……」
  「けけけ。お前の人生絶望路線まっしぐらだぜ? これは18禁な裏ページ作らなければならない展開だよな。俺達は読者の味方なのさっ!」
  「……」
  意味の分からん事を。
  「ミスティさんよ」
  「……」
  「お前は今からパラダイスフォールズに強制連行してやるぜ。けけけっ!」
  「……」


  アンデール、第三夜。