私は天使なんかじゃない
アンデール 〜第二夜〜
キャピタル・ウェイストランド。
そこは荒廃した世界。
もしも旅の最中に妙にフレンドリーな人々の住まう街を見つけたらご用心。
決してそこで食事をしないでください。
何故ならば……。
アンデールでの第一夜は終わった。
私達は交替で不寝番をしていた。何がおかしいかは分からないけど、あくまで私達の推測でしかなかったけどそれは当たっていると思う。
建物の外では誰かが徘徊し、建物の中では私達が泊まっている部屋の扉前をウロウロしていた。
実は寝るという行為が一番危なかったりする。
これは別にこの街の事を言っているわけではなく世間一般的だ。
歴史を見てもそれは言える。
旧時代の遥か昔の伝説であるギリシャ神話にも泊り客を惨殺する変質的な奴がいたらしい。
だから。
だから寝るという行為はある意味で一番危なかったりする。
睡眠はどんな強者でも必要とする行為。
そして等しく睡眠＝無防備。
この街の真意？
それは知らない。
もしかしたら被害妄想かもしれない。しかし妙にフレンドリーな連中の街。私達は生粋の善男善女ではないので疑って掛かるという悪い癖がある。
疑う事は悲しい事？
いいえ。
私達はそう思わない。
仮に的外れな疑心だとしても問題はない。誰も傷つかないからだ。逆に的外れでない場合は私達は死ぬ事になる。
油断して死ぬほどお人好しではない。
人を信じる事と人を疑わない事はまるで異なる。後者は無知でしかない。
本当に？
ええ。本当に。
何故なら世の中善男善女ばかりではないのだから。
もしもそういう世界ならそもそも全面核戦争などなかった。
もしもそういう世界なら……。
「ふわぁぁぁぁぁっ」
私はアンデールを歩く。
仲間達？
仲間達はスミスの家にいる。あの家の二階にいる。グリン・フィスとクリスに対してどのような印象を抱くかは知らないけど、グールのカロン、ミニガン
を持ったハークネスは存在感がある。まさか手を出すまい。
この街の趣旨が何でろうともね。
もちろん。
もちろん何の害もない一風変わった街かもしれないけどさ。
警戒は必要だろうさ。
アンデールの総人口は建物から想定して50人程度だろうと思う。
まあ万が一の際には圧倒して突破出来る数だ。
あくまで仮の話だけどね。
戦闘になるとは当然限らない。私達のただの被害妄想かもしれないわけだからさ。
「うー、眠い」
5人で交代の寝ずの番とはいえ眠い。
既に夕刻。
とはいえ眠いもんは眠い。こういう疲れる街はスルーしてとっととパパを探しに向かうべきだろう。それにしてもハークネス、人間社会で正体がばれない
ように睡眠を必要とするプログラムになっている。
正確には寝なくとも死ぬ事もないけど、そういう作りになっているので睡眠が必要らしく1人で寝ずの番が出来ないらしい。
まあ、いいけどさ。
「あっ。お姉さん」
「うん？」
少年が走ってくる。
私達が借りている部屋の家の子供ジュニア・スミスだ。
「どうしたの？」
「お姉さんこそどうしたの？」
「何が？」
「どうして昨日の晩も、今日の朝と昼も一緒にご飯食べなかったの？ ママの肉料理は絶品なのに」
「肉料理」
「そうだよ。絶品さ」
「ちなみに何の肉？」
「何の肉？ 食用の肉はバラモンに決まってるじゃないか。おかしなお姉さんだなぁ」
「バラモンねぇ」
この街にバラモンはいない。
モールラットとか別の肉の可能性があるらしいけど聞くところによれば『モールラットの肉はお腹の中で暴れる』らしい。とてもじゃないけどおいしい
とは言えない肉だろう。だとしたらバラモンと偽ってモールラットの肉を使用しているわけではあるまい。
そもそも息子に偽る理由などあるまい。
じゃあ何の肉だ？
ジュニアは不満を口にする。よそ者の私だから言えるのだろう。つまり『ここだけの話』が出来るわけだ。
街の人間は皆兄弟的な連帯感ありそうだし。
迂闊に口にすれば両親に伝わる恐れがあるけど私にはそれがない。
まっ、聞いてあげましょうか。
「父さんは将来、僕にウィニー・ウィルソンと結婚しろとうるさいんだ」
「結婚？」
「父さんはいつもママと話してる。家系を絶やさない事や父さんとMrウィルソンが兄弟だった時、結婚したがらなかった事とか。……変だよなぁ。つまりMr
ウィルソンが僕の叔父さんでウィニーは僕の……うーん、何かだ。だけど血縁関係なのは確かだろ？ 結婚なんておかしいよ」
「近親間か」
「ああ。すっきりした。今夜は一緒に夕飯食べようね、お姉さん。じゃあね」
「ええ。またね」
ジュニアは言いたい事を言ってすっきりしたのだろう、走って去っていった。
残された私。
「うーん」
近親間結婚で成り立ってるのか、この街は。
だとしたら。
だとしたらこの街は長くあるまい。
世界は広く開放的かもしれないけど、実際は放射能と荒廃した土地とレイダーやら様々な障害がある。ある意味で閉鎖世界と言ってもいい。
だから近親間結婚も仕方ないだろう。
ただし。
人間、血が濃過ぎると遺伝的におかしくなる。
この街は様々な問題を抱えている。
まだ表面化していない。
たけど何らかの形で少しでもそれが噴出せばすぐに表面化して手に負えなくなるだろう。
まあ、私の知った事ではないけど。
少なくとも厄介として降りかからない限りはね。
「ふぅ」
私は街を散策。
といっても特に見所はない。
住人は鋭い視線を私に向けてくるけど私は黙殺。相手も結局何かを言ってくる事はなかった。特に言われる筋合いはないし、そもそも私は銃を見せ付
けるように誇示している。相手もそれ恐れてちょっかいを出しては来ない。
強力な銃である44マグナムが二挺。
グレネードランチャーを使用出来るように改造してもらったアサルトライフル。
まあ、よっぽどの馬鹿でない限りは手出しは出来まい。
……。
……もちろん、襲われる筋合いは本気でないんだけどさ。
ただこの街はやっぱり少しおかしい。
私をまるでご飯のように眺められるのはたまったものじゃない。少なくともこいつら私を『瑞々しい女の子☆』という視線で見ていないのは確かだ。
変な感じの視線だと思う。
何なんだ？
まあいいさ。
「変な街だ」
散策終了。
私はスミス家に戻るべく足を向ける。
現在夕刻。
そろそろまた夜が来る。
とっととこの街を出て行った方がいいのかもしれない。もちろん私らは大概の事では負けないけどさ。
歩く。
歩く。
歩く。
少し寂しい場所に出た。ここを通り過ぎればスミス家だ。
その時、声を掛けられた。
「この街で何をしているんだっ！ さっさと、さっさと出て行けっ！」
いきなり凄い剣幕で話す老人。
眼鏡を掛けた老人だ。
多少私はムッとした。
「そんな言い方ないでしょ」
「ワシはハリス、君の為に言っているんだっ！ 早く逃げるんだっ！ 逃げれる内に逃げるんだっ！」
「……逃げる？」
「荒れ果てたウェイストランドの中でフレンドリーな人々が住む静かで小さな街が何も変に映らないのか？ ……この街は狂気の街なんだ」
「フレンドリーは嫌いなの？」
「フレンドリーな事は何も悪くない。だがあいつらはフレンドリーな……殺人鬼なんだ」
「……どういう事？」
「背後に気をつけろ。そして今の内に逃げるんだ。……逃げられる内にな」
「……」
よく見ると老人の右目は視力を失っている。
観察する。
何かの刃物で刺されたか斬られたようにも見える。瞼の上下に傷があるからだ。
「ワシの言葉を信じてないのか？」
「どっちが正しいとはまだ断定出来ない。でしょ？」
「では地下室と小屋を調べるといい。いいか、忠告したからな。早く逃げるんだ、いいなっ！」
そう言い残して老人は早足で去って行った。
疑心と疑惑だけを残して。
そこに真実が混ぜられているのか、私は神様ではないので簡単には断定出来ない。
殺人鬼ね。
まあ、その可能性は元々持っていた。
無償でもてなす街？
ありえないだろ、それは。それは最初から私も思ってた。そして仲間達も。
スミス家に戻った。
丁度スミス家では食事の準備をしていた。
「ああ。お帰りなさい。妻が食事の準備をしているところです。昨夜の夜も、今日の朝も昼も貴女達は持参の缶詰だけだ。体に悪いですよ。別にお金を取
ろうというわけではないのですよ。今晩は妻の料理を楽しんでください。ははは。もてなしがこの街の流儀でしてね」
「それより聞きたい事があるんですけど」
「私が分かる事なら」
「あの老人は何？」
「老人？ ……ああ。ハリス氏の事ですか？ 彼の事は気に掛けないでください。その、少し変なんですよ。奥さんを亡くしてからね」
「あんた達を殺人鬼だと言ってるわよ？」
「そんな事を？ ……変な噂は広めるなと言ったんですけどね。もう一度彼と話す必要がありそうです。……じっくりと」
「噂なの？」
「もちろんです。ここは良識ある市民の街。そんな噂を広められる度に人々はここを去っていく。私達は人間が大好きなのにっ！ そんな噂の所為でせっか
くおもてなしをする準備をしても全て無駄になる。……もちろんハリス老人が悪いわけではありません。老いとは可哀想な事です」
「そうね」
適当に相槌を打ち、私は食事を固辞して二階に。
この街はあまり良くない。
今夜にでも早々に立ち去るとしよう。
もちろん無断でね。
深夜。
私達は完全武装をして……というか自分達の持ち物全てを持って部屋を出て、スミスの家を出た。
出て行く？
出て行く。
何だかよく分からないけどこの街はやっぱおかしい。
ハリス老人とスミスの言い分、どちらが正しいかは私達には判断しかねる。こういう場合は半々で聞いておいた方がいい。とりあえずどちらかを完全否定
するよりはブレが少ないわけだしね。
ただ問題は……。
カチャカチャ。カチャリ。
「主。開きました」
「ご苦労様」
「いえ」
ただ問題は私が首を突っ込み易い性格だという事だ。
小屋は施錠されていたもののグリン・フィスが開錠。
「クリス」
「分かってる。この小屋の中で逢引よね？ ……ボク、痛くされるの意外に好きだからね……」
「……」
「ここは我々で引き受ける。さっさと行って来い一兵卒」
「……見張りよろしくー……」
「任せるがいい。カロン准尉、ハークネス曹長、展開せよ」
『御意のままに』
2人の階級が判明。准尉と曹長ですかー。
てか私の階級は確か以前に聞いたとおりのままなら二等兵。……グリン・フィスとクリス自身の階級は何だろ？
まあ、いいか。
「じゃあよろしく。グリン・フィス、行くわよ」
「御意」
私達は小屋に足を踏み入れる。
小屋の中は薄暗い。
扉を閉めると闇が支配した。窓がない。ただ壁や屋根にある小さな穴や隙間から月や星の光が差し込まれるだけだ。私はPIPBOYの機能の1つである
ライトを起動。淡い光がPIPBOYから発せられ周囲を照らす。
「なっ！」
そして絶句した。
小屋の中は凄惨を極めていた。
化け物がいる？
正確には化け物は外にいる。それは人の皮を被った化け物だ。この街の住人は狂っている。さすがの私も吐き気を感じた。
そうか。
奴が言った『人間が大好きなのにっ！』とはこういう意味か。
アナーキストどもめ。
「主、大丈夫ですか？」
「ええ。何とか」
よかった。
私はまだまだ、まともだ。
ボルト101を脱出してから結構派手に生きてたけど、私はまだまだ甘っちょろい人間です。
少なくとも。
少なくともアンデールの街の住人の所業は出来ない。
まあ、わざわざ真似る必要はないんだけど。
「……」
「主」
「分かってる」
調べなきゃね。……まあ、調べるまでもないんだけど。
ここには地獄が具現化されていた。
あるいは悪夢と言うべきか。
そこにあるのは人の最後の結末。
死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死。
死だけだ。
鳥籠のような檻に閉じ込められたまま死んでいる者。
鎖で吊るされて死んでる者。
既に『食材』にされぶつ切り状態の者。
そして大型の冷蔵庫が無数にある。あの冷蔵庫の中身は、まあ、わざわざ確認するまでもないだろう。ただ死体が多いから冷蔵庫だけでは貯蔵出来ない
だろうしこの街の住人がどれだけいるかは知らないけど50人はいるだろう。つまり簡単には消費されない。
塩漬けか燻製にでもするのだろうか？
「はぁ」
あまり考えたくもない。
吐き気がする。
言うまでもないけどこれは自然死ではない。誰かが故意に具現化させたのだ。
「これが仕事なわけね」
「おそらくは」
「ハンターなわけだ。連中は『人間』専門のハンターなわけだ」
つまりここは人食いの街か。
やれやれ。
妙な場所に足を踏み入れたわね。というか食事を断って良かったー。アンデール特製の『肉料理』が出されるかは分からないけど一服盛られる可能性
は否定できなかったわけだ。
一服盛られたら？
小屋か地下室に連れ込まれるんだと思う。
やれやれ。
「主、そこの者はまだ生きてます」
「えっ？」
「そこの者です」
「あっ、本当だ」
猿轡され手錠をされた6名の男達がいる。まだ生きてる。どうしますか、という視線を込めてグリン・フィスは私を見る。
私は頷いた。
グリン・フィスが猿轡を取っていく。
手錠？
取らないわよ。
どういう奴らか分からないし。
「た、助かったぜ」
白い服を着た生意気そうな兄ちゃんが口を開いた。
「襲われたの？」
「ああ。この街の連中にな。俺の名はシスター、助かったよ」
「……」
「どうした？ ……というか手錠を取ってくれると助かるんだが……」
「その名前知らないと思ったのが運の尽きね。奴隷商人でしょ？ リベットでその名は知ってるのよ。あんたらの始末は街の連中に任すわ。じゃあね」
「待て待て待て待て待てっ！」
「何よ？」
「お前はボスの1人息子のカイルさんを殺した。し、しかし、俺が口利きしてやってもいい。穏便になるようにな」
「パパが言ってた。悪人の言う事は信じるなってね」
「俺を助けに奴隷商人の部隊がここに来るんだぞっ！」
「その時になったらまたよろしく。じゃあね」
シスターを放って私は小屋を出た。
出ると誰もが緊張した顔。
仲間達もそうだけどもう片方の側も表情が硬い。ただ1人、偽善的な笑みを浮かべるMrスミスを除いては。
私もユーモアを含めて笑う。
「街の皆様もお揃いで集会かしら？ Mrスミス」
「やあ、よそ者さん。少し話したい事があるんですけどね」
「出来れば遠慮したいけど無理でしょうね。何しろこの街は人間大好きの街。……いいえ。正確には人間大好物よね」
核心を突く。
だがスミスは動じない。
よほどの役者なのか、それともただ狂っているのか。狂った奴はやり辛い。妙なところで冷静だからだ。
こいつはどっち？
「あんた達が小屋を嗅ぎ回っているのが嫌でも目に入ってしまいましてね。正直に言ってください。貴女は『あの事』をどう思いました？」
「『あの事』って……それってどの事？」
「いいですかよそ者さん。私達は別に怒っているわけではありません。少なくとも貴女がする返答次第では怒る事にもなりますがね。真実を言って欲し
いだけです。それが出来ないなら街を去ってください。ああ、それも出来ないなら……」
「出来ないなら？」
スミスは肩を竦めた。
「素直に街を出る事も出来ないなら。まあ、その時は他の方々と同じようになって貰うまでです」
「それって脅し？」
「好きに解釈してくださって結構です」
「じゃあそうさせて貰うわ」
「それで地下室で何か見ましたか？」
「ええ。見た」
「それに対する解釈は？」
「仕方ないと思うわ」
「本当に？」
「最初は仕方なかったかもしれない。だけど今はそうじゃないでしょう？ あんたらが最初に『食った』のは生きる為だった。それは否定しない。だけど今は
そうじゃないでしょう？ メガトンでもリベットシティでもアレフ居住区でも人々は頑張ってる。あんたらは人を食料として安穏としているだけ」
「……」
「必死に生き延びる為に『食う』のと毎日三食の食事の為に『食う』のとでは意味がまるで違う。……もちろん仕方がないから『食う』という事に関する善悪は
ここでは論じない。私は仙人でも神様でもないからね。最初の生き延びる為には理解できるのよ、でも今のあんたらは肯定できない」
「つまりどういう結論ですか？」
「今のあんたらはただの獣よ。レイダーと同じ。そして奴隷商人ともね」
「がっかりですね。しかしそうお考えになるのも貴女の権利として認めます」
「ありがとう。権利はアメリカ人の大切な事だもんね」
この会話に次第にスミスは苛立ちを抱き始めた事を私は見逃さない。
とっとと打ち切りたい感のオーラが出ている。
スミスは言う。
「この街を楽しめないなら出て行って貰いたい」
「楽しむとかそういう問題じゃないわ」
「家族を養う必要のない貴女だからそういう台詞が言えるんでしょうね。……貴女は何て浅はかな人だ。我々を裁くつもりですか？ 裁いてはいけません、裁
かれない為です。そう聖書にも記されている。正直に言ってごらんなさい、貴女は今まで何人殺しました？」
「そうくるか」
昨日、私達はレイダーを殺した。
確かに。
確かにこれは正論だ。
彼はにっこりと微笑んだ。
「我々と貴女達はそう変わらない。いいやまるで同じです。ただ異なる点は1つ、『食う』か『食わないか』だけです。どちらもそう大差はないでしょう、だってどち
らも前提としては殺しているわけですから。我々はその死体を活用している。むしろ我々の方が優れている。そうでしょう？」
「論ずるつもりはないわ」
「……お前、我々を蔑んでいるな？」
「さてね」
「その言い方は気に食わないな。我々は正常です。何故ならこの街の住人はずっとそうして暮らして来たのだから。戦争を我々は生き残った。しかし食料が
なかった。我々は『食う』しかなかったのですよ。家族が全てです。その為なら『食う』など大した事ではない」
「それが正常という理由にはならないわね」
「では貴女が正常だとする理屈もありませんな」
「そうね。人は皆等しく自分は正しいと思ってる。だから言ってるじゃない、論ずるつもりはないと」
「なるほど。つまり実力行使しかないということですな」
「交渉決裂って事ね」
「結構っ！ では我々の食糧の備蓄が増えそうですね。それも大量に。……まあ、グールは食べるつもりはありませんがね」
スミスのその宣言が戦闘開始の宣言だった。
敵はアンデールの住人。
数？
さあ、50はいるんじゃない？
人食い男女達はそれぞれの手に武器を持って私達を攻撃してくる。数でこそ圧倒的ではあるものの武装はレイダーよりも劣る。銃火器の数がこの街に
はそもそも少ないのか食材として『肉の部分』を出来るだけ残したいのか近接武器が大半だ。
多分『肉』に穴を開けてその分『肉の量』を少なくするのが嫌なのだろう。
……。
……うわぁー。
自分を『肉』と定義すると寒気がするなぁ。
まあ、わざわざ相手の目論み通りになってやるつもりはないけど。
こっちは圧倒的な火力がある。
弾丸も豊富。
この状況で負けるものか。
手加減？
しないわ。
相手は私達を殺す気でいる以上、こちらもそれ相応の対処法をするしかない。
バリバリバリ。
アサルトライフルを一斉掃射。
放たれる大量の鉛弾が向ってくるアンデールの住人達を次々と射抜く。
「ぎゃっ！」
「ぐあああああああああああっ！」
「ひぃっ！」
「きゃあ……」
バタバタと倒れる住人達。
相手は誤解している。今まで無数の人々を殺し、解体し、食らって来た。おそらく噂にもならなかったのだから百戦錬磨……というかこの街を訪れた
旅人達を誰一人逃がさなかった実績があるのだろう。
アンデールの連中はだからこそ誤解した。
自分達は強いと。
要は寝込みを襲ったり不意を襲ったりしてきただけであり戦闘能力が高いわけではない。
その誤解は痛いわよ？
私達は強い。
銃火器もふんだんに持っている。
その上、寝込みを襲われたわけでもなければ不意打ちされたわけでもない。
ある意味で真正面からの真っ向勝負。
この状況では負ける方が難しい。
「そこっ！」
バリバリバリ。
アンデールの夜の闇を銃弾が裂き、人々の肉体を引き裂く。
大人と子供ほどの戦力差のある戦闘だ。
経験云々もそうだけど相手側には銃火器の類がほとんどないらしい。大抵は白兵戦用の武装だ。剣を持っている奴もいるけど大抵は包丁とかだ。
それに。
それに白兵戦となってもこちらが怯む事はない。
白兵戦はグリン・フィスの得意とする事だ。彼は刃を抜き放ってアンデールの人々の中に斬り込む。
刃を振るう度に悲鳴と肉片が飛ぶ。
首が。
腕が。
胴が。
足が。
体本来の位置から離れて無数に飛ぶ。
久々にグリン・フィスの望む展開だ。
……。
……まあ、グリン・フィスは銃弾すらも切り落す非常識な奴だけどさ。
ハークネス、カロンもそれぞれ奮戦している。
クリス？
クリスはその2人を指示しているだけで自らは参戦していない。たまに私達の波状攻撃を逃れて突っ込んでくる奴を32口径ピストルで適当にあしらっている。
次々と倒れる住人達。
「退けば殺さない、退かねば殺すっ！」
私は叫ぶ。
当然だろう。ここの連中達は外道であれ全員殺せば街が1つ潰れる事になる。
全滅は避けたい。
全滅は避けたいけど、向ってくる以上は敵だ。
敵ならば殺す。
それは私にも分かってる。
警告を無視するなら始末するしかない。
完璧にね。
「く、くそっ！」
「これまでよ」
やがて。
やがて轟いていた銃声が静かになっていく。
立っているアンデールの住人は残りわずかになっていた。その大半は戦意を失っている。もちろん全員射殺したわけではなく倒れている奴もほとんど生
きている。その者達と悲鳴と苦悶の声が立っている連中の心を折らせる。
大抵は怖気付いていた。
「降伏なさい」
「よそ者めぇっ！」
叫んだのはスミス。
あの偽りの笑顔の仮面は既にない。
完全に憤怒。
その形相は悪魔のようだった。
私はアサルトライフルを背中に担ぎ、二挺の44マグナムを引き抜いてスミスに向ける。
「レギュレーターとして許すわけには行かない」
「レギュレーター？」
「そうよ」
「……そうか。あの偽善者の仕置き人どもの一味かっ！ 我々は……っ！」
「生きる為に『食った』。それは分かってる。でも今は生きようと思えば他の生き方も出来る。なのにしない。それってどうなの？ 正しいと言える？ あん
た達はそれがこの街の常識だから、その生活をすれば楽だからという理由で継続しているように見える。そうじゃないの？」
「そ、それは……っ！」
「老人ハリスは否定的よね。それが何故かは知らないけど彼の右目を潰したのはあんたの仕業よね？ 噂を広めるなという説得の一環？」
「……くっ」
その沈黙はある意味で肯定。
私は決定的な言葉と最後の選択を奴にぶつける。
「降伏しないならお前を殺す」
「降伏など……」
「降伏など？」
「降伏などするものかっ！ ここは我々の街、我々が正義っ！ この街の方針をよそ者などに口出しされてたまるかっ！」
「私に武器向ける、交渉決裂ね」
ソードオブショットガンを私に向けるスミス。
あの銃の威力は知ってる。
ジェネラルの一撃を受けて身を持って体験したからだ。
……。
……まあ、ジェネラルにもその威力を教えてやったけどさ。
頭に当たれば確実に吹っ飛ぶ。
もちろん当たればの話。
そして撃てればね。
「銃を捨てなさい。さもなくば殺す」
「皆、このよそ者をやってしまえっ！」
『……』
しーん。
街の連中は誰も従おうとしない。
ようやく噛み付いたモノの大きさが分かったのだろう。人間、自分より大きなものに噛み付くべきじゃあない。
グリン・フィスは刃を構えたまま、カロンとハークネスは銃を住民に向けたまま。
ミニガンの攻撃力は圧倒的だ。
目が覚めた住人達はそのミニガンの威力を身を持って知ったのだ。その気になれば十数秒で皆殺しも容易。あくまでハークネスが手加減したから生き
残っている奴らがいるだけでその気になれば皆殺しなど容易いのだ。
誰も動かない。
それを見て私は肩を竦めた。
「貴方だけみたいね」
「く、くそぅっ！」
銃口。
それは私、スミスに互いに向けられている。互いに互いの銃がお互いを狙っている。
カタカタカタ。
スミスのショットガンの銃口が揺れた。
上下に揺れる。
完全に戦意を失いつつあるのだ。ようやく彼には分かったのだろう。戦闘と人殺しはまるで異なる事に。
……。
……まあ、同じ人を殺すという行為なんだけどさ。
私達もあまり大きくな事は言えないか。
「さあ？ どうする？」
「く、くそ」
ゆっくりと。
ゆっくりと銃を下ろすスミス。私の殺意に気圧されているのだ。
「これまでのようね」
「……」
住人達も武器を下ろした。
もはや。
もはやアンデールの住民に私達に牙を向く力はまるでない。しかし完全に牙がなくなったわけではない。
この街をどうする？
この街を……。
「ん？」
何かが闇の中を動いた気がする。
その時、グリン・フィスが周囲をキョロキョロと見た。彼もまた何かを感じたのだろうか？
カロンが呟いた。
「この臭いは知っているがどうして人間の街に？」
臭い？
臭いってなんだ？
「ハークネス、周囲を感知なさい」
「I'll be back」
クリスがハークネスを指示。
何かを感じているのだ。皆、何かを感じている。
まさか伏兵？
だがアンデールの住民達は私達の行動が『意味が分からない』という顔をしている。スミスも同じだ。
何かがいる。
何かが闇の中を動き回っている。
レイダーだろうか？
タロン社？
まさか地下室にいたシスターの仲間の奴隷商人？
そして。
そして闇を悲鳴が切り裂いた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！」
スミスの悲鳴。
私達の目の前でスミスは死の悲鳴を上げた。後ろから抱き付く形でスミスの首筋に牙を突き立てている奴がいる。
人間？
いいや。少なくとも吸血鬼でもないだろう。
醜い顔。
「やはりフェラル・グールかっ！ 何だってこんな場所にっ！」
カロンが叫んだ。
その叫びと同調するように次々と悲鳴が響く。アンデールの住人達を突然自我を失ったフェラル・グールの群れを襲ったのだ。五体満足で動ける者も
手傷を受けて動けない人々も血と肉に飢えたグールの群れに襲われていく。
当然私達も。
『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ！』
「防御体勢っ！」
「撃て撃て撃てっ！」
私とクリスが同時に叫ぶ。そして同時に響く銃声音。
死すら恐れない亡者の群れが迫り来る。
「何なのよ、もうっ！」
先ほどよりも激しい戦闘がここに勃発する事になる。しかしどうしてここにフェラル・グールの群れがいるのだろう？
こいつらの外観はゾンビではあるものの別に死体が動いているわけではない。
つまり。
つまり地下室や小屋にいた連中が怨念で動いているわけではないのだ。
カロンじゃないけどどうしてこんな所にいるのだろう。
今年は厄年？
やれやれだぜー。
アンデールの住民を退けた後にフェラル・グールの大軍、襲撃。
アンデール、第二夜。