私は天使なんかじゃない
旅立つ前に
パパの居場所が把握出来てきた。
ようやく。
ようやくだ。
リベットシティのすぐ近くのジェファーソン記念館に向ったようだ。
すぐに向かう?
いいえ。
焦れば死ぬ、それがこの世界で私が学んだ事だ。それに人間は目的だけで生きているわけではない。食事も準備も必要だ。
逸る気持ちを押さえて旅立つ前に私は準備を進める。
ゲイリーズ・ギャレー。
リベットシティにある食堂だ。何軒かある食堂の中でも一番おいしい(その分高いけど)との評判なので私達は旅立つ前の腹ごしらえという事でやっ
て来た。どうせ食べるならおいしい方がいい。多少高くてもね。
旅に出たら缶詰と現地調達が食事になるわけだし。
私達はテーブルの1つを5人で占領した。
注文はまだ聞きに来てないけど。
テーブルにいる5人。
私、グリン・フィス、クリス、クリスの用心棒のカロン、そしてハークネス。実は彼がアンドロイドだったらしい。さっきまでリベットシティのセキュリティ部隊の
主任だったのに今ではアンドロイドという事を受け入れている。そしてクリスの部下。
世の中って不思議が一杯だ。
「ハークネス」
「……」
私は声を掛ける。
興味本位?
いいえ。
何というか数話前とはまったくタイプが異なるので面食らっているわけですよ、私は。
ハークネス、サングラスを掛けている。黒い皮ジャン着てるし。
武器はミニガン背負ってる。
「ハークネス」
「I'll be back」
「……」
ターミネーターかお前は。
単語の使い方変だし。
「クリス、この人ってずっとこんな感じ?」
「今後はそのキャラで行くらしい」
「そ、そうですか」
相変わらずデタラメなチームですなぁ、私達。
今時剣一本で生きる剣士、ツンデレ軍人ボクっ娘同性愛(なんじゃそりゃー)のクリス、何言われてもクリスティーナ様に聞けとしか言わない傭兵のカロン。
そして今回ハークネス。
アンドロイド=ターミネーター?
まあいいですけどね。
戦う州知事のつもりならそれはそれでいい。今後はそのキャラ性を通してくださいな。
……。
……考えてみれば楽よね。
寡黙な方が楽でいい。
「I'll be back」
それしか言わないのは困りものですけどねー。
だから今使う単語じゃないし。
成り切ってる。
成り切ってますねこいつ。
おおぅ。
「主」
「何?」
「まずくありませんか?」
「……? 何が?」
囁くように、私に耳打ちするグリン・フィス。
「何が問題あるの?」
「クリスです」
「クリス?」
「はい。自分と被っているキャラのカロン、そして今回新たにハークネス。……主、このままでは主人公の座が危ういのでは……?」
「はっ?」
「ユーモアです」
「そ、そうですか」
グリン・フィスってば侮れん。
うーん。
こいつもいい性格してるよなぁー。日々進化してます。
おおぅ。
「お待たせしました。ゲイリーズ・ギャレーにようこそっ!」
ようやく注文聞きに来た。
まあ込み合ってるから仕方ない。むしろ座れただけラッキーだ。
「注文はお決まりですか?」
「ええ」
私は頷く。
注文待ちの間にメニューを見て決めてある。
「ポークビーンズ、マカロニ&チーズ、えっと……そうそう、イグアナの角切りが二人前、バラモンのサイコロステーキが五人前、飲み物がウィスキー、
スコッチ、ワイン、綺麗な水が2つ。……ああ、お酒類は瓶ごとね。以上よ。了解?」
「……」
「店員さん?」
「……幾ら育ち盛りでも食べ過ぎなんじゃない? 体壊すわよ? あのね、たくさん食べたからって胸が膨らむわけじゃないの。そういうものなの」
「私1人で食べるんじゃないわよっ! 皆の分の注文だ、皆の分のっ!」
「ああ、なるほど。ご注文を繰り返します」
「……」
1人で食えるかそんなに。
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああどいつもこいつも面倒くせぇーっ!
まともな奴はいないのかまともな奴はっ!
さすがは世紀末。実にアナーキーな世界観だ。
おおぅ。
「お客さん」
「何?」
注文を繰り返し復唱した女性店員が私の顔を覗きこむ。
なんだなんだ?
「ふふふ」
「はっ?」
……まさかこの人『同性愛』か?
クリスで充分だーっ!
「ミスティは私の女だ。手を出すな」
チャッ。
32口径ピストルを女性店員に突きつけるクリス。……ま、まあ、やると思ったけど。
というか……。
「誰がいつあんたの女になったのよクリスっ!」
「細かい事を言うな一兵卒。どうせ近いうちそうなるんだからな☆」
「……」
なんなんだ。
なんなんだーっ!
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ私もう限界かもーっ!
「クリス、これ以上言うと殺す☆」
「すいませんでしたっ!」
いい加減ウザい要素満載のクリスに44マグナムの銃口を向けると素直になる。
うんうん。
人間素直が一番よね。
ほほほ☆
さて。
「それで何?」
「……えっと……」
多少怯えた感じの店員。
おそらくはクリスの風変わりな性格に怯えているのだろう。うん、きっとそうだ。
「それで何?」
「まずは自己紹介を。私はアンジェラ・ステイリー。この食堂の美人な看板娘ですわ☆」
「ミ、ミスティよ」
いい性格してるわ、こいつも。
「貴女達は腕っ節に自信があるのよね? だから旅をしている。そうでしょ?」
「まあ、そうだけど」
何だこの展開は。
また厄介?
ありえるなー。
「実は女王アリのフェロモンが欲しいんだけど」
「……? なにそれ?」
「実は私は牧師のディエゴに夢中なんだけどさ。彼は聖職者、私なんか見向きもしないわけよ。そこで女王アリのフェロモンが欲しいの」
「話が見えないんだけど」
「その手があったかーっ!」
叫ぶクリス。
……。
……何となくどういうものか分かりました、その女王アリのフェロモンとやらがさ。
おそらく。
おそらくだけど興奮剤の類なのだろう。
女王アリのフェロモンを使って堅物の牧師を誘惑するつもりなのだろう。……可愛い顔してこの店員、なかなかやるなぁー……。
てかそれってドーピングじゃん?
それって愛?
まあ、既成事実作っちゃえば問題ないんだろうけどさ。
うーん。
愛も色々です。
「女王アリのフェロモンを使えばディエゴもその場で私を押し倒して『むふふ☆』に移行しちゃうわけよ。そしたら簡単よ。子供作ったもん勝ちってわけ」
「そ、そうですか」
大人って分からん。
まあいいけど。
「もしも冒険の最中に見つけたら私に譲って頂戴ね。もちろん相応のお金は払うわ」
「見つけたらね。確約はしないけど」
「楽しみにしてる」
笑いながらアンジェラは店の奥に消えた。厨房に向かうのだろう。
お腹空いたなぁ。
早く食事を持ってきて欲しいなぁ。
カロンとハークネスは何やら会話してる。
「今後は互いにクリスティーナに従う身。よろしく頼むぜ、カロン」
「クリスティーナ様に聞け」
「I'll be back」
「クリスティーナ様に聞け」
……クリスの従者達もキャラ性濃いなぁ。主のクリスも濃いけど。
もちろん。
もちろんグリン・フィスも結構な性格だけどさ。
「一兵卒」
「何?」
どうせろくな事じゃないだろうなぁ。
「結婚しよう」
「……」
ほーら。ろくでもない。
「旅して分かったのだ一兵卒。お前はツンデレだと。実は心の奥底では上官である私の強い押しを待っているのだと、分かったのだ」
「外れだーっ!」
「一兵卒、未経験は強情だな」
「なっ!」
他に客いるのに未経験言うなーっ!
晒し者か?
晒し者なのか私は?
あうー。
「貴様、主に向って何たる暴言。恋人たる自分がその言葉、許せぬ」
「誰が恋人だーっ!」
「自分は主を護る。もちろんベッドの上では自分が主を攻撃する立場に移行するわけだが……主は自分が護るっ!」
「……はぁ」
溜息。
グリン・フィスも意味分かんないし。
はいはい。きっとこれもユーモアなんでしょうね。まったくもってユーモアの意味が分からん。
その時。
「失礼」
「ん?」
あっ。
私達のテーブルに近づいて来たのは武器屋のおじさんだ。食堂に来る前にハークネスのミニガン買う為に寄った。確かフラックとかいう人だ。
何の用だろ?
「何か?」
「メイ・ウォンに聞いた。あんたら彼女を気遣ってくれたそうだな」
「ああ。そんな事か。別に問題ないわ」
「……いや」
「……?」
「大いに問題がある。彼女は……その、多分聞いただろう。そういう身分だった。そして俺は……そんな彼女を誘拐する立場だった」
「……」
なるほど。
こいつがメイ・ウォンを連れて逃げた元奴隷商人か。
「何か用?」
「その銃を見てピンと来たんだ。本当は隠れているつもりだった。……その銃はレギュレーターのものだろう?」
「よく分かるわね」
レギュレーター。
キャピタルウェイストランドに巣食う悪を駆逐する仕置き人組織だ。
腰の44マグナムも組織の元締めのソノラに貰ったものだ。
「刻印が彫ってあるだろ。そいつはレギュレーターのものだ。……最初は俺を殺しに来たのかと思った」
「私はそのつもりない。……まあ、他のレギュレーターは知らないけど」
「俺を見逃すのか?」
「はっ?」
何言ってんだこの人。
見逃すも見逃さないも私はそもそも何も知らなかった。自分からカミングアウトして置きながら何言っちゃってんだ?
私は肩を竦める。
「興味ないわ」
「何故?」
「現役ならその場で射殺するけど……まあ、あんたが捕まえて売り払われた奴隷達を思えば始末するべきなんだろうけど……」
「……」
「私にその気はない。それだけよ」
「……すまない」
「だけどシスターとかいうのがいるって聞いたけど?」
「奴隷商人の若造か。奴はリベットシティを追われたよ。どうやら別件で来ていたらしい」
「ふぅん」
別件ねぇ。
まあメイ・ウォンの居場所がばれたわけじゃないからこの結末でいいのかなぁ。
「君は俺を見逃してくれた」
「そんな大層な事じゃない」
「急ぎの旅かい?」
「とりあえず今からご飯食べる」
「じゃあその間、アサルトライフルを貸してくれないか? お礼がしたいんだ」
「お礼ねぇ」
アサルトライフルを渡す。
まさか渡したら『ふはははははははは馬鹿なレギュレーターめっ! お礼として殺してやろう。さあ、死ねぃっ!』的な展開とか?
うーん。
それは困る。
「改造してあげようと思うんだよ」
「改造?」
「実はパーツだけ手に入ったんだがどの売り物に取り付けようか迷っていたんだ。見逃してくれるお礼、そしてメイ・ウォンの力になってくれたお礼に
君に感謝の印としてバージョンアップしてあげようと思ってね」
「バージョンアップ?」
「グレネードランチャーを装着してあげるよ、君のアサルトライフルにね」
「マジでっ!」
攻撃力大幅に上昇だ。
私、レベルアップっ!
「主」
「何?」
「自分の下半身もグレネードランチャー装備しています。爆発的な威力です。現在お試し無料帰還実施中です。今宵、試してみますか?」
「もうお前黙れーっ!」
「ユーモアです」
「……」
ただのセクハラです。
もう嫌。こんな面々と旅するのはもう嫌だーっ!
ふぇぇぇぇぇぇぇん。
「確かだろうな、デビット?」
「確かですぜ、シスターの兄貴。あいつはミスティだ、ええ、ミスティでしたよ。カイルさんを殺した女です」
「……」
リベットシティの近くの廃墟の中。
5人の男達がそこにいた。
タロン社でもレイダーでもない。5人はパラダイス・フォールズを拠点にする奴隷商人。
リベットシティに来たのは別にミスティを追撃していたからではない。また、元奴隷商人のフラック、元奴隷のメイ・ウォンを追って来たわけでもない。
奴隷商人のボスであるユーロジー・ジョーンズの命令でアンドロイド(ハークネスの事)を捕獲する為に派遣されて来たのだ。
何故?
実のところ連邦のDrジマーの要請だった。
追跡に長けているであろう奴隷商人を使う事で脱走アンドロイドを捕獲しようとDrジマーは考えていたのだ。
……。
……だがそれは失敗。
Drジマーは死亡、率いていたアーミテージ部隊も壊滅。
つまりシスターは任務失敗した。
このままパラダイス・フォールズに帰還したらユーロジーに始末されるのは必至。任務失敗は即処刑されるのだ。例え殺されなくても奴隷にされる。何とか
しなければとシスター達は考えていた。奴隷商人の執拗さを考えれば逃げるのは得策ではない。
挽回出来るチャンスを狙っていた。
そしてそれはすぐに巡って来た。
ミスティだ。
ミスティは奴隷商人のボスであるユーロジーの1人息子カイルを射殺した。
「今、女はどこにいる?」
「まだリベットシティです」
「……」
「どうします、シスターの兄貴」
「……街の中ではヤバイな。セキュリティ隊まで敵に回す事になっちまう」
「ではどうします?」
「奴らが出てくるまで待つとしよう。その後はしばらく追跡するぞ。襲える機会が来るまでな。こっちは5人だけだ。奇襲が妥当だよな」
シスターは不敵に笑う。
運が向いてきたと思った。まだ不運ではない。
ユーロジーはミスティを憎悪し切っている。あの女の首に爆弾付きの首輪を嵌めてパラダイス・フォールズに強制連行すればユーロジーは狂喜するだろう。
出世も思いのままだ。
「首輪爆弾はいくつある?」
「1つです、兄貴」
「よぉし。他の連中は殺せ。……ミスティとかいう女はパラダイス・フォールズ強制連行する。お前ら、追跡の準備をしろ」
「はい」
ユーロジーはミスティにどういう報復をするだろう、シスターは考えた。
哀れなミスティに対するユーロジーの残酷な報復の数々を想像して下品な笑みを浮かべた。
「色んな意味でアブノーマルだからな、ボスは。可哀想に。けけけ」
奴隷商人、追跡開始。