私は天使なんかじゃない
父を探して私は旅をする 〜スリードック〜
真実。
現実。
それは似て非なるもの。
まったく別物。
夢が見せた?
死が見せた?
よく分からない。
よく分からないけど私は見る。新しい世界を。
その世界は文明が再建された世界ではなく、人々が争わない理想郷ですらない。まるで今と変わらない世界観。
だけど1つだけ異なる点がある。
それは水。
水は綺麗に澄んでいる。
不意にパパの言葉が浮かんだ。
ママの愛した言葉。
そして私も引き継いだ言葉。
ヨハネの黙示録21章6節。
私はアルファでありオメガである。最初であり最後である。私は渇く者には命の水の泉から価なしに飲ませる。
なんて寛大で慈悲の言葉なのだろう。
私は震える。
その言葉に込められた想いに。偉大な言葉に。
「ああ。目が覚めたのね」
「……?」
私はベッドに転がっていた。
意外に綺麗な部屋だ。
どこだろう、ここ。
「サラ・リオンズ?」
「そうよ。ミスティ」
「名前、言ったっけ?」
「貴女の仲間に聞いた。2人は別室で貴女の回復を待って待機してる。……昏睡から覚めるのに三日も掛かったのよ、貴女」
「そう」
お腹を触ってみる。
傷口はない。
「スティムパックを大量に投与したわ。傷すらないわよ」
「よかった。直に水着の季節だもんね」
「……放射能汚染された川で泳ぐ気?」
「ただの冗談よ」
「ああ、そう」
それからしばらく沈黙。
サラ・リオンズ。
共通の話題がなさそうだし、そもそも彼女はどちらかというと軍人気質だ。話し合いそうもないなぁ。
沈黙は苦手。
無理矢理話題探さなきゃ。
……そうだ。
「ここってGNRの中?」
「そうよ」
「スリードッグは?」
「放送中」
「ねぇ。どうして手を組んでるわけ?」
「BOSとGNRが?」
「うん」
「この建物が強固だからよ。それと使い勝手が良い場所にある。我々がここを見つけた時、既にスリードッグと彼のスタッフ達が放送してたのよ。無理矢理接収
も考えたけど彼の放送はエンクレイブの放送を相殺する効力があると考えたのよ。まるで対極の放送だから。だから保護した」
「なるほど」
「スリードッグも我々との協定を歓迎した。何しろスリードッグの放送には敵が多い。彼の額に鉛玉を撃ち込みたいと考えるのは大勢いる」
「タロン社とか?」
「それとレイダー、奴隷商人ね」
「ふぅん」
「我々はウェイストランドをミュータント達の殺戮と破壊から護るのが目的なの。……BOSは優秀よ。ただたまに面倒な事があってね。そういう時は精鋭部隊
リオンズブライドが出張るってわけ。今回は特殊なケースだった、だから私が来たのよ」
「お役目ご苦労様」
「貴女に救われたけどね」
「別にいいわよ。私は私のやる事をした、貴女達は貴女達のすべき事をしてる。それだけの事よ」
「……レディンもね」
「そうね」
「レディンは立派だった。それが一番大事な事ね」
彼女は微笑した。
しばらくは安静にと言い残して部屋を出て行った。別の任務があるので要塞に帰還するらしい。
また会えるだろうか。
個室で休む私。
なかなか綺麗な部屋だ。
内装も悪くない。
傷跡もないし特に支障はない。スティムパックとかのお陰で再生力が爆発的に高まったお陰で万全の体調で復活した。
だけど一応は胃が吹っ飛んだわけだから気分的にナイーブ。
……。
……はぁ。
よく生きてたわね、私。
死んでもおかしくはなかった状況だ。
本当にラッキーだ。
もちろん幸運だけではなく軍医の腕が良かったという事も生存の理由でもある。大量に良いお薬使ってくれたお陰でもある。……後で請求されないよね?
それはそれで怖いなぁ。
ともかく。
ともかく私はベッドに横たわっている。
気を使ってか誰も側にいない。
静寂が心地良い。
その時……。
ガチャ。
無遠慮に扉が開いた。
「よお生き返ったか。わざわざ俺がザオラルを掛けてやった甲斐があったぜ。……ははは、ザオリクにしろよってか? はははっ!」
「……?」
黒人だ。
妙に陽気な黒人だ。
誰?
アゴヒゲとサングラスが妙に印象に残る黒人の男性だ。
「この部屋は俺の私室だ。わざわざ貸してやったんだから静養してくれや。まああんたがいなきゃこの建物もなかったかも知れねぇ。マジで感謝してるぜ」
「……」
「お前の顔を見れば分かる。……このサングラスのイケメンは何者だ? どうして関わる必要があるって顔だな。じゃあ説明してやる」
「まあ、よろしく」
適当な相槌を打つ。
今まで側にいないタイプだ。
もちろんこんな疲れる……失礼。こんな陽気な性格の奴が側にいると疲れるだけなので側にいなくてもいいんだけどさ。
こういうタイプがいれば退屈しない?
いやぁ。どうだろ。
むしろ側にいるとウザいかも。
おおぅ。
「それで貴方は? ああ、私はミスティ。それで貴方は?」
「俺はスリードッグだ。DJで真実の伝道師さ。ウェイストランドが誇る放送局ギャラクシーニュースラジオの所有者であり主人だ」
「ああ。なるほど」
こいつがスリードッグか。
ふぅん。
「俺はお前の正体を知っている」
「えっ?」
サラから聞いたのだろうか?
それともパパ?
「ボルトを離れて未知の土地を旅をしているんだろ? お前の父親には会った事がある」
「ニュースで聞いた。それでパパは……」
「お前の父親はもうここにはいない」
「……」
「そもそも繋がりは曖昧でね。彼はラジオで俺のこの声を聞き、俺がキャピタルウェイストランドに熟知していると踏んだのだろうよ。だからここに来た。もちろん
それは正解だ。だから俺は情報を提供した。だがもう行っちまった。俺は俺のやり方で、彼は彼のやり方で正義を行ってる。それだけの事だ」
「正義?」
「想像してみろよ。キャピタルウェイストランドの今の姿を想像してみろ。レンガと岩しかない。何もないんだ。そうだろ?」
「ええ。そうね」
「その世界で毎日毎日何とか生き延びている連中がいる。生き延びて、そこであるもので何かを作り出そうと戦っているんだ。偉大な事だろ?」
「ええ」
「そんな一生懸命戦っている人達を連中は襲う。連中、それは奴隷商人、レイダー、タロン社、スーパーミュータントども。連中の狙いはたった一切れのパイだ。
そいつを連中は無情にも力で捻じ伏せて奪っていく。分かるか、あいつらは一切れのパイ欲しさに人を殺すんだっ! 正義の心を示さなきゃいかんっ!」
「貴方はラジオを通して正義の心を示しているのね?」
「その通りだっ! 本当にお前はジェームスそっくりだな。賢い子供だよ。……さて正義の戦いの理由が分かってるなら説明する必要はないな。お前はお前の
正義を好きにやってくれ。それにしてもお前は本当にジェームスにそっくりだよ。感慨深い状況だよな」
「感慨深い?」
「父親がここを訪れ、そして今は娘であるお前がここにいる。感慨深いだろ?」
「ええ。そう思う」
「彼はここに来た。素晴しい会話だった。大した男だよ」
「それで……」
「もっと聞きたいならお前にも正義の戦いに参加してもらうぞ。己の信念の元に生きる事を誓うか?」
「……」
真剣な瞳で私を見る。
私は彼の視線を受けつつ考える。彼の問に対しての答えを。
ゆっくり。
ゆっくり。
ゆっくり。
頭の中で彼の言葉を反芻し、それから静かに頭を縦に振った。
「正義の戦いに参加するんだな?」
「ええ」
「いやっほぉーっ! さすがはあいつの娘だぜ、気に入ったっ!」
「それでパパはどこ?」
「あいつはインテリだったぜ。俺にはその知識がないから会話の内容がイマイチ分からんかったが熱意は伝わって来た。ええっと……そうだ、浄化プロジェクト
とか言ってたな。今、一番の有名な科学者の事も聞かれたな。何名か教えたがどこに行ったかは分からん。教えた科学者全員を回るのか、それとも……」
「予測をつけるには情報が足りないわ。他には?」
「それ以上の事はよく分からん。ただ一緒に行動していたライリー・レンジャーなら居場所を知っているかも知れん」
「ライリー・レンジャー?」
「傭兵団だ。DCの瓦礫の山に拠点がある。良い連中だぜ? ライリーは美人だしな」
「ふぅん」
そういやライリー・レンジャーを率いてアンテナ修理したとラジオで行ってたな。
傭兵かぁ。
傭兵と言うとタロン社というイメージがまず最初に浮かぶ。
あまり良い印象はない。
まあ偏見だろうけど。
さて。
「ところでスリードッグ。純粋な質問だけどラジオは貴方にとって何?」
「ギャラクシーニュースラジオは俺の子供のようなものだ。愛と、食事と、変化を与えた。……問題はアンテナをスーパーミュータントの馬鹿どもが撃ち抜いたって
事だ。あいつらアンテナを撃つのが楽しい遊びだと思ってやがる。それを……」
「パパが修理したのよね?」
「そうだ。博物館にあったヴァルゴのアンテナを使って修理した。……ヴァルゴってのは月面着陸船だ。そいつのアンテナを使って修理したのさ」
「ふぅん」
意外にパパって行動的なんだなぁ。
新しい一面だ。
傭兵団を率いてDCの廃墟を果敢に行動する。
……。
……ああ。なんてワイルドなんだろ☆
パパ素敵過ぎ☆
改めて惚れ直しました。早くパパを見つけてメガトンの新居で暮らすんだ☆
うふふ☆
「スリードッグ」
「何だ?」
「ギャラクシーニュースラジオ、どうして始めたの?」
「何故? おいおい、この放送がなかったらエンクレイブが操る放送局もどきの嘘に塗れた情報に洗脳されちまってるさ。誰かがウェイストランドに真実を伝え
なきゃならない。そうさ、嘘のない真実をだ。真実は時に残酷だが甘くて美味で心地良いだけの嘘なんかよりはマシだぜっ!」
「エンクレイブ? 嫌いなの?」
それは戦前の再放送。
今までそう聞いている。メガトン市民には大抵はその感情だけしかないらしい。
ネイサンは絶賛してたけど。
だけど。
だけどスリードッグの言葉には嫌悪があった。
何故?
「エデンとエンクレイブの目的も正体も誰も知らない。だが世の中の為になる存在じゃないってのは確かだ」
「正体と目的、か」
なるほど。
不透明。
再放送ならその元になるものがあるはず。しかしそんな代物が存在するかすら不明だ。
今さらながら思う。
エデンは何者?
「俺はキャピタルウェイストランドの全てを見て来た。一番酷い頃をな。あんたは知ってるか?」
「いいえ」
「そうなのか?」
「……わざとらしい。私がボルト出身者なの知ってるんでしょうに」
「外の世界にようこそ。モグラ殿」
「はいはい」
「ははは」
陽気に笑うスリードッグ。
食えない奴だ。
だけど頭の回転が早いのは確かだ。そうじゃなきゃDJなんて出来るわけないか。
「それで? それはどんな世界?」
「一番酷い状態?」
「ええ」
「わずかな食料の為に殺し合い、傷付いた子供達があてもなく彷徨っていた。いわゆる最悪ってやつだ。……正義の戦いが存在しないなら、皆今頃は発狂し
てる。俺はだから放送局を立ち上げた。皆の心に正義ってモノが存在する事を示したかったんだ」
「……」
「文明の世界は終わったかもしれないが俺達人間はまだ終わってないと教えたかった。それがこの放送局の意味さ。……だからっ!」
「……」
「だから、世界の危機に嘘で固めたニュースは必要ないのさっ! エンクレイブはいつも言うよ。こうやってな。『何も問題はない。すべては順調だ』ってな。だが
俺から言わせて貰うなら皆ただ嘘を信じ込まされているだけに過ぎない。目を覚まさないと今にえらい事になるっ!」
「……」
「エデン大統領は平和と愛と自治を広めて回っているがエンクレイブラジオの内容がいつのものなのか俺達は誰も知らない。民衆は真実を知る必要がある。
世界は残酷で無情だが協力して変えていくべきだ。エンクレイブが悠長に救出に来るのを待つ余裕なんかねぇよ。今だって誰かが死んでるんだからな」
「そうね」
熱っぽく語るスリードッグ。
最初の印象は撤回。
彼は熱血漢だ。
そしてアメリカ的。より純粋に、エンクレイブよりもアメリカ魂を持った人物だ。
「お前は銃で世界を救う気かも知れねぇが俺はこの声で戦う。俺達は言わば同じコインの表と裏だな。……悪い意味じゃないぜ?」
「分かってるわよ」
うーん。
悪い意味じゃない、ね。
どうだろ。
必ずしも悪い意味ではないだろうけど必ずしも妥当な表現ではない。
まあいいけどさ。
どう表現されようが私は私のやり方で、私の思う行動のままに動くだけ。それだけ。それだけの事なのだよ。
「面白い人ね。貴方の両親も、そんなだった?」
「両親? 俺は太陽から生まれたのさっ!」
「……はっ?」
「ははは。冗談さ。……良い両親だったよ。憎しみを抱く事の愚かさを教えてくれて、そしてプロパガンダの持つ危険性を教えてくれた。そしてその真実の見極め
方もな。エデンは危険だ。奴の理論で行くと……そうだな、アメリカを否定する事になる。奴の思想はアメリカ的でも何でもない、ただの偽善者だ」
「あは」
「な、何だよ?」
「人の悪い見方すると確かにそうも見えるわね。新しい価値観をありがとう」
「ちぇっ。言ってくれるぜ」
「あはは」
私が笑うとスリードッグは苦笑した。それから咳払いをして、私に右手を差し出した。躊躇わず私も手を握る。
握手。
「今さらだがあんたには感謝してるぜ。お陰で助かった」
「お礼に何くれる?」
「……」
「冗談」
「DC廃墟を歩き回るのであれば物資を提供しよう。あるものは好きに持って行ってくれ。サラ・リオンズも弾薬を提供すると言ってた。……ミスティ、あんたは自分
の身の危険を顧みずに戦ってくれた。マジであんたは最高だぜっ! 正義の戦い、今後も頑張ってくれよ」
「どうも」
スリードッグの好意とサラ・リオンズの好意。
私達はその好意に甘えて物資&弾薬をここで補給、そしてパパを追ってDCの最奥へと進む。
……人類の夢の跡に。
その頃。
廃墟のビルからGNRを監視していたタロン社の動き。
「地区指令。ミスティ達が動き出しました。DCの奥に進む模様です。……地区指令?」
「今、議事堂攻略軍の司令官から要請があった。直ちに攻略軍に加わって議事堂を占拠しているスーパーミュータント殲滅に協力しろだとさ」
「地区指令」
「何だカール中尉?」
「我々は上層部から直々にミスティ討伐の命令を受けています。聞く必要はないかと」
「……」
「地区指令」
「……」
「ミスティは奴隷商人達にも追われています。殺さずに生け捕る事が出来れば連中への良い取引材料になる。それは地区指令にとっても悪い条件では……」
「よしっ! あくまで我々はミスティを追撃するぞっ!」
「了解しました」
地区指令の指示で部下達に追撃の用意をするように廃ビルの廊下を歩くカール中尉。
そんな彼の視界に壁に背を預ける赤毛の女が飛び込む。
名をエリニース。
かつてはレイダーの一団を率いて『虐殺将軍』と恐れられていた女頭目だ。しかし組織は壊滅。ミスティによって潰された。
現在は個人的にカール中尉の手伝いをしている。
理由。
それは2つある。
1つはミスティの首に懸かった報奨金目当て。
1つはカールの過剰なまでの出世欲と野心に興味を抱いたからだ。
さて。
「エリニース、準備は出来たか?」
「整ったよ。そっちは?」
「万端だ」
「それは結構な事さねぇ」
「地区指令にはそろそろ退場して貰わねばならんからな。……是が非でもミスティ追撃を続行して貰わんとな。くくく」
「悪だよ、あんた」
「くくく」
その頃。
DC廃墟を行軍中の巨人の軍勢がいた。
100、200、300。
数え切れないほどの軍勢がかつてのアメリカの都市を闊歩する。我が物顔に歩き回るのだ。
BOSは正義感から、タロン社は支配欲から度々派兵しているもののスーパーミュータント達は倒しても倒しても次々に増殖するかのように数を増やしている。
そして……。
「ジェネラル、ベヒモスヲシュウケツサセマシタ」
「うむ」
「ドウサレマスカ?」
「議事堂を破壊する。進めっ!」
深紅の巨人は軍勢に指示する。
その時、地響きがして大地が激しく揺れた。深紅の将軍はニヤリと笑った。
彼の背後にはベヒモスが4体従っていた。
総勢300の軍勢。
その中には虎の子のベヒモスもいる。
かつてのアメリカの権威の象徴である議事堂は半ばタロン社に制圧されていた。ジェネラルがGNR攻撃の際に兵力の一部を議事堂から割いた為だ。
議事堂が見えてくる。
タロン社は軍用ロボットを率いて議事堂を占拠している。
それがジェネラルには我慢ならなかった。
「人間どもめ」
ジェネラルは立ち止まって低く呟く。
その脇を喚声を上げながら親衛隊であるスーパーミュータント・マスター達が通り過ぎていく。
「害虫どもめ。踏み潰してくれる。全軍進めっ!」
『オウっ!』
スーパーミュータント軍、タロン社が制圧した議事堂に猛攻。
全面戦争勃発。