私は天使なんかじゃない
不審な最後
さあ始めよう。
全ての準備は整った。
メガトンの治安と発展に関わったのは準備を整える為の通過点。
穴蔵から這い出して来た最大にして唯一の目的は『パパの所在を探す事』であり『メガトン発展物語』ではない。街に愛着は湧いているけど、それはそれ
として先に進もう。それが私の進めべき道だから。
さあ始めよう。
さあ。
「よぅし。これは利息分としてもらっておくぜ。……親父の居所が知りたいならもう500キャップだ。情報社会ってのは情報持ってるものの社会って事だ」
モリアティはそう言って笑った。
こいついつか殺す。
「ちくしょーっ!」
ドン。
ジョッキに注がれたビールを飲み干してからカウンターに空になったジョッキの底を叩きつけた。
ここはモリアティの店。
飲食が出来る場所は別に他にもあるけど薄めていない上物のアルコールを出してくれるのはここだけだ。正確にはバーテンのゴブが私を気に入って
くれたので店主であるモリアティに内緒で取って置きのを出してくれてるみたいだけど。
格安価格でね。
ゴブに感謝。
……。
……にしてもムカつくーっ!
モリアティめ人の足元見やがってっ!
ボルト101から脱走した私のパパであるジェームスの行き先を知っているのはこの街でモリアティだけ。場所知りたければ金払えと抜かしやがる。
だから払ったわよ。
だけどその度にどんどんと金額吊り上げる。
今日は500キャップ払ったけどさらにもう500キャップ要求された。
「あー、もうっ!」
イライラする。
イライラ。
いつもは賑わっているモリアティの店は今は人気が少ない。客は私の他に3人だけだ。
早朝だからだろうか。
まあいいわ。
未成年の飲酒は禁じるという法律はこの街にはないから私はお酒飲みまくり。……まあ、ボルト101にもそんな規則はなかったけどさ。
お酒は心の友です。
特にこんな世紀末だから尚更。
ちなみに私は飲酒に関しては大らかな価値観(自分が飲んでるからというのもあるけど)なんだけどドラッグに関しては虫唾が走る。
ジェットもサイコも嫌い。
スクゥーマ?
吐き気がします。ヒストも嫌い。
つまり麻薬は嫌い。
……。
……ま、まあ、『お薬大好き☆ うへへー☆ お薬頂戴ー☆』というのも困りものだろう。
うんっ!
私は正常っ!
「まだ飲むのかい?」
「ええ。ゴブ」
ヤケ酒。
ヤケ酒ですとも。
手にした肉切りナイフでカウンターにモリアティの名前を彫る。
「おいおいミスティ。カウンターに傷付けないでくれよ」
「悪かったわねゴブ」
「……絡むなよ。まあ、気持ちは分かるけどな。同情するよ。本当に」
「ありがとう」
パパ程じゃないにしてもゴブも紳士よねぇ。
瞳が綺麗だし。
「はぁ」
それにしても腹立つなぁ、あの守銭奴。
「荒れてるのねミス・デンジャラス」
ちくしょー。
赤毛の美人なお姉様が微笑する。
ノヴァお姉様だ。
「荒れてるわねぇ」
「荒れてます」
正直な話、荒れるでしょうよ。
パパの居所の情報量を支払う→手数料として受け取っておくぜ→支払う→延滞料金として受け取っておくぜ→支払う……あー、エンドレスっ!
このままじゃ搾り取られるだけだ。
さっきだって500キャップ支払ったのに情報渋るし。というかモリアティ本当にパパの居場所知ってるんでしょうね?
居場所を知らずに金銭要求してるのであれば。
……。
……その時は殺してやる。
さすがに正当だろうよ。
無駄な金銭。
無駄な時間。
正当じゃないにしても周囲も納得してくれるでしょうね。始末してもさ。今は核戦争後の崩壊した世界であり法整備された綺麗な時代ではないのだ。必ずし
も殺人は批判される事ではない。
もっとも人目には付かずに始末するけどさ。
くすくす☆
「ミス・デンジャラス」
「何ですか?」
「オーナーの不始末は私の不始末。……支払った分、体で返してあげてもいいわよ?」
「やったー☆」
「……あの、冗談なんだけど……」
「じっくりネチネチと500キャップ分取り立ててやるぜ。うへへー☆」
「……」
「ノヴァ姉さん?」
「……」
「……や、やだなー。冗談ですよー」
「……どーだか」
少しばかり引き気味の視線で私を見ながら側を離れた。
ま、まずい。
嫌われたかもーっ!
はぅー。
「おいバーテン。幾らだ?」
その時、3人の客がカウンターに来る。財布を手にしていた。帰るらしい。私もこの街に長いわけじゃないけどこの3人の男は初めて見るな。旅人?
そうかもしれない。
世界は全面核戦争で吹き飛んだけど人間はしぶとく大地にしがみ付いている。
そんな世界を旅をする者もいる。
旅行というわけじゃない。安住の地を求めたりしながら彷徨ってる。
この3人もそんな人かもしれない。
「料金はご一緒でよろしいですか?」
「ああ」
「合計で78キャップとなります」
「ほらよ」
「ありがとうございました」
客商売は大変だなぁ。
3人は横柄な客なのにゴブは丁寧に頭を下げた。……私には無理かな。客商売は無理っぽい。
ちらりと私を見る3人。
何気ない動作なんだけど気に食わない。私を見た後に3人は互いに目配せした。微かな動作ではあったものの私は気になった。3人の腰には44マグナム
がある。旧時代のパワフルな拳銃だ。
挙動がおかしい。
芝居的な動作な感がある。3人は背を向けて店外に出ようとする。しかしその歩みは遅い。
そして……。
『……』
3人、突然振り向く。
バッ。
私は瞬時に動いた。そのまま後ろに倒れて床に落ち、その足で自分の座っていた椅子を蹴っ飛ばした。
「ぐっ!」
その椅子がコートの男の1人の膝に当たり男は蹲る。
よほど痛かったらしい。
残った2人は腰の銃に手を掛ける。
遅いっ!
どくん。
どくん。
どくん。
心臓が脈打つ音がに聞こえた気がする。
場は静寂に。
場は緩慢に。
時が揺るかになる。
もちろん実際に時が止まっているわけではない。私の脳がそう認識しているに過ぎない。
相手が銃に手を伸ばす動作がスローになる。
それに対して私は素早く対応した。
腰の二挺拳銃を、二挺の44マグナムを引き抜いて……。
「動くな」
『……っ!』
それぞれに銃を突きつけた。
2人の動作が止まる。
私の視線を受けて相手側は目を伏せた。私が場合によっては撃つ事も辞さない性格だと判断したらしい。そのまま銃から手を離した。
椅子がぶつかって痛がってた男は蹲った体勢のままだ。
痛いから?
そうじゃない。
今動けば仲間2人が瞬時に殺されると知っているからだ。
なるほど。
なかなかに身の程を知っている連中のようだ。
……。
……ああ、そうじゃないのか。
もちろん私の性格を察しての行動でもあるんだろうけどそれだけではないご様子。
「動くなっ!」
「ハニーは常連なのよ。こういう物騒な真似されると困るわね」
ゴブはショットガンを持ち出して狙いを定めているしノヴァ姉さんも戦前の錆びの浮いたベレッタを構えていた。数の上ではどちらも3対3。しかし同じ数
同士でも置かれている状況が圧倒的に異なる。
仮に撃ち合っても私達が勝つ。
こいつらが何者かは知らないけどレイダーやタロン社とは異なる動きだと思った。
連携が取れてる。
確かにタロン社の傭兵どもも軍隊ごっこをして喜んでいるだけあって連携のある行動をするけど、あの連中は仲間の命などどうでもいい主義者だ。
だけどこいつらは1人でも思慮の欠けた行動をすれば仲間が死ぬ事を知っている。
本当の意味で連携が取れてる。
何者?
パチパチパチ。
「お見事お見事。感服したわ」
「あんたは……」
冷たい目のする女は温かみの欠けた笑みを浮かべながら拍手している。
いつ現れたのだろう?
まるで気配がしなかった。
「随分と手荒い挨拶ね、ソノラ」
「いえいえ。どういたしまして」
ソノラ。
レギュレーターと呼ばれる組織のリーダー……らしい。私の持つ44マグナムは彼女から貰ったものだ。基本的にレギュレーターは仕置き人の組織。
レイダーをカモにしている連中、らしい。
詳しくは聞いてないけどタロン社もその標的なのかもしれない。
奴隷商人もね。
「貴女の腕を実際に試させて貰ったわ。ルーカス・シムズが推薦したとおりの腕前ね。……いいえそれ以上ね」
「ふぅ」
「不服?」
「不服じゃないわ評価に関してはね」
「でも面白くなさそう」
「下手すれば何人か死んでるところよ」
私は鬱憤を口にしながら銃を腰に戻した。
それを見てゴブ達も銃を下ろす。
ソノラの部下、つまりはレギュレーターの3人は照準を外された事を見てから後ろに下がる。ソノラの顔を見て、そのまま店の外に出て行った。
多分『出てけ』という意思表示をされたのだろう、ソノラに。
あの3人、強かった。
少なくとも。
少なくとも攻撃に移るまでは殺気を抑えていた。
チンピラ程度にはまず無理だそんな事は。標的を目にした瞬間に殺気が漂う。殺気を抑えられない。つまりあの3人はプロってわけだ。
そしてそんな3人はおそらくはレギュレーターの構成員。
やれやれ。
レギュレーターに狙われるのだけは勘弁して欲しいわね。
「それで? 私はあんたらに狙われるような事はしてるつもりないけど?」
「力量を試させてもらいました」
「力量ねぇ」
「実は……」
ガチャっ!
ソノラが何かを言い掛けた途端、扉が勢いよく開いた。
血相を変えて入って来たのは髭の黒人。
メガトンの市長であり保安官のルーカス・シムズだ。さらに補足するならレギュレーターのメンバーの1人。
妙に慌ててる。
何なんだろ?
……。
……ああ。もしかしてあれかな?
最近はアレフ居住区との交易ルートが開通した。ルーカス・シムズはメガトンとアレフ居住区との安全な往来に心血を注いでいる。あの辺りにはレイダー
の一団も頻繁に出没するし放射能で突然変異した動物や昆虫も多数出没する。
レイダーは追っ払えばいいけど動物や昆虫は恐れ知らずで厄介。
手を焼いているのかな?
この流れだと私がまた駆り出されるのかなぁ。
メガトンには街の防衛の為の自衛団は存在するけど、あくまで街の防衛のみにしか動かない。レイダー等への殲滅作戦には使えない。彼自身が抱えてい
るのはクリスティーナとその他1名の保安官助手のみ。
その他1名の保安官助手の名前は……確かストックホルムだったったような。
いつも高所から街の外を監視している。
いずれにしてもそんな状況だから何かの作戦行動をするとなると保安官は誰かを雇うしかない。
最近じゃ私かな。
さて。
「どうかしたの、ルーカス・シムズ」
「モリアティが死んだ」
「はっ?」
「あいつは日中は外の手摺りに体を預けて街を見下ろしていた。この街の支配者のようにな。手摺りが腐っていたのだろう、落下して死んだ。即死だ」
「冗談、よね?」
「本気だ」
「……」
死んだ?
死んだ?
死んだ?
それってつまり……。
「ルーカス・シムズ、私が……殺したのよ……」
「なんだと?」
「カウンターを見て。私はモリアティの名前を刻んだ。つまりはデスノートの力っ! 私はきっとキラなのよっ!」
「……」
沈黙。
ゴブが保安官に耳打ちする。
「すいません彼女大分酔ってるので。それにさっき派手に動いたから酔いが急に回ったんでしょう」
「事故死は確定的だから疑ってはないさ」
確信に満ちた口調。
私は問う。
「事故死で確定という証拠は?」
「目撃者がいるんだ」
「目撃者?」
「ビリー・クリールさ。彼が手摺りが折れて、その結果に落下していくモリアティを見たと証言している。彼はキャラバン隊との商売を円滑に進めるために
仲介してくれる街の名士だ。その証言には力がある。それに共闘した仲間だしな」
「そうね」
以前スプリングベール小学校で共闘した。
気心が知れている。
だから。
だからビリー・クリールを全面的に信じているのだろう。別にそこに異論はないけどさ。
「モリアティを怨んでる奴は?」
「腐るほどいるさ」
保安官は肩を竦めた。
調べようがないのも確かなようだ。
この街の住人=モリアティの敵、という感じなのだろうかな。
……。
……だけどモリアティが死んだらパパの居場所はどうなるのさ?
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
唯一の情報源が死んだーっ!
「ミス・デンジャラス」
「何?」
「あの惨めな男はパソコンに全てのデータを納めていたわ。中身を覗ければ何とかなるんじゃない? 貴女の目的」
「なるほど」
だけどそれは駄目だった。
パソコンはモリアティの網膜情報でアクセスしないと起動しない仕組みになっていた。モリアティは落下した際に頭から落ちてグチャグチャ。
網膜も駄目になってる。
無理矢理データを引きずり出す?
……。
……無理ね。
私の腕を持ってしてもこのパソコンからデータを引き出す事は不可能。
無理にアクセスしようとしたら消去される仕組みになってる。
手の込んだ事で。
つまり。
つまりパソコンからは不可能って事だ。
どうしよう?
その時、陽気な声が響いた。それはこの場にいる誰でもない声。
ラジオを通して流れる陽気な声だった。
『俺はスリードックっ! いやっほぉーっ! こちらはギャラクシー・ニュース・ラジオだ。まずは無事に放送出来た事をジェームスに感謝しよう』
「えっ!」
パパの名前っ!
モリアティのパソコン内部に蓄積された情報。
その一部。
ビリー・クリールの情報。
『ビリーはヌカ・コーラばかり飲んでいるタコ親父だ』
『キャラバン隊との交渉を仲介している眼帯男で、メガトンに貢献しているとか思い上がってやがる。笑わせるぜ』
『唯一の生き甲斐はマギーとか抜かしているがあの子の両親を殺したのはビリーに他ならない。ビリーは元々はレイダー。ショットガンでマギーの両親
をミンチにして、生き残ったマギーにも罰ゲームを用意したってわけだ。マギーは今じゃビリーのむさくるしい家に飼われてる』
『あいつロリコンか? それともしばらく養育してから奴隷商人にでも売るつもりか?』
『いずれにしても良い金づるだぜ』
『あのタコ親父からキャップを巻き上げてやる。せいぜい俺様に貢いでくれよ』