私は天使なんかじゃない
受け継がれし血脈
吸血鬼の正体。
吸血病。
好血症。
ヴァンパイアフィリア。
様々な名称があるものの、それは精神的な障害。ある意味でタバコやアルコールと同じ依存症であり禁煙、禁酒と同様に禁血は困難。
中世での吸血伝承の根本はこれに当たる。
もちろん。
もちろん今は異なるのかもしれない。
全面核戦争後の世界。
グール同様に放射能汚染による存在なのかもしれない。
吸血鬼達の共同体であるファミリー率いるヴァンスとの和解は成功。
協定を結んだ。
今後、アレフ居住区は連中に対して血液パック……つまり戦前の病院等にある輸血用の血液を連中に提供する。その見返りにファミリーはアレフを護る。
復興にも手を貸すように私は進言。ヴァンスは快く承諾した。
アレフは損をする?
そんな事はない。
血液パックはキャラバンの……えっと……そうそう、医療品を扱うキャラバン隊のドクター・ホフマンと交渉すれば簡単に手に入るだろう。別にアレフ居住区
が血液パックの代金を持つのではなく、あくまで仲介。
外と交渉できないファミリーの代わりに取引をするだけ。代金は向こう持ちだ。
つまり。
つまりアレフ居住区はキャラバン隊と交渉して血液パックを手に入れる。ファミリーは仲介してくれたアレフを護る。
うん。
実に効率的な、好条件な協定よね。
ファミリーはファミリーで地元住民に受け入れられた形となった。これで流浪の民でいる必要性がなくなった。
安住の地を得たわけだ。
……。
……まあ、まだアレフのエヴァン・キングの答えは聞いていない。今向かってる最中だからね。
だけどこの条件を蹴られる事はあるまい。
ファミリーが大人しくなるのであればわざわざ別の地に移住する必要性はなくなる。つまり復興が今後の課題になる。ファミリーと提携すればレイダー等の
厄介も回避出来るわけだし、住み慣れた地を捨てる必要もなくなる。
交渉を蹴る事はあるまい。
タロン社。
単独で残って連中と交戦していたクリスは当然無事だった。まあ当然よね。
人と武器。
数は多かったものの、タロン社はクリスの戦闘スキルには遠く及ばない。タロン社の攻撃部隊は呆気なく壊滅したらしい。
戦利品?
当然ゲットしました。
さて。
「おお来たな、ヒロインっ!」
アレフ居住区に私は舞い戻った。
色々とファミリーとの交渉で詰めるところもあったので、先にイアンは帰した。ある程度の流れはイアンから聞いているわけだから、エヴァンにもどんな流
れになっているか分かっているはずだ。
それでも。
それでも報告は一応は義務だからね。
報告する。
「ファミリーは2度と厄介は起こさない。ヴァンスはそう誓ってくれたわ。私は信じるに値すると考えてる」
「知ってるよ。イアンからあんたのしてくれた事を全部話してくれたんだ」
「そう」
「君には本当に感謝しているよ」
エヴァン・キングはにこやかに笑った。
ふぅん。
この様子なら交渉条件を快く受け入れてくれそうね。確かに条件としては好条件だ。
私が同じ立場でも受け入れる。
メリットの方が多いからね。
「血液パックの事は聞いた?」
「おお。聞いたぞ。実に面白い協定だ。その協定に乗る事にした。その方がより有意義な時間の使い方だしな」
自信たっぷりに胸を叩くエヴァン。
ふぅん。
なかなか話の分かる奴だ。
今まで『ファミリーは人類の敵ぃーっ!』的な感じだったのだけど、今ではそんな素振りは欠片もない。
単純?
もしかしたらイアン・ウエストの説得の賜物かもしれない。
彼の様子を聞いてみる。
「イアンは大丈夫?」
「ああ。大分塞ぎこんでいるが、元気だよ」
「そう」
「無理もない。両親がレイダーに殺されたのだからな」
「……」
本当はイアンが殺したのだけど、そこは伏せてある。
ついでにファミリーが殺したのではないかという噂も払拭させるべく……いや事実ファミリーは関与してないんだけど……ともかく色んな意味でレイダーに
責任を負ってもらった。
どの道連中はアナーキー。1つぐらい犯罪被せても問題あるまい。
この近辺のレイダーは始末したし。
「イアンに会っていくか?」
「やめとく」
「何故?」
「今はそっとしておいて上げた方がいいと思うしね」
「なるほどな」
私は言葉を濁した。
イアンの牙は折ってある。じゃあ吸血行為は出来ない……わけではない。牙はあくまで効率的に血を吸う為のものでしかない。つまり首筋に牙を突き立て、
血を吸い易いようにする為の代物。別にナイフで人を刺して、そこから吹き出す血を飲むという行為も出来る。
今後彼は暴走するのか?
それは私には分からない。
ただまあ大丈夫だとは思うけどね。
ヴァンス達はこの街の守護の為に、復興の為に、血液パックの為にここに来る。その際にイアンの状態を抑えてくれるはず。
自我を抑える術?
ともかくそれを教え込んでくれるだろう。
それにイアンは血液パックさえ啜ってれば自我を保てるのだ。渇きの衝動が湧かない限りは、両親を手に掛けたような暴走はしないだろう。だからこそ今
までは何の障害もなく生きて来れたのだ。ヴァンスによるリハビリは必要だろうけど問題ないと見ている。
問題ない。
「それで? 移住は……しないのよね? ファミリーとの交渉を受諾したんだからさ」
「ここが生まれ故郷だからな。騒動が去ったのであれば捨てる必要はない」
「なるほど。理屈よね」
「あんたには本当に感謝しているよ。またアレフに来てくれ、いつでも歓迎するよ」
「ありがとう」
ぎゅっ。
差し出された手を私は握る。
外の世界で、核戦争後の世界で私はコミュニティを増やしていく。人と知り合い、理解し合い、助け合って生きていく。
いつかそれが何かに関与するのか?
いつかそれが……。
メガトン。
私達はメガトンに舞い戻った。アレフ居住区での一件は良い意味で私にとっての糧となった。
全ては交渉次第。
その結果、敵対している者も味方につける事が出来る。そして無用な戦いや険悪な状況も打破出来るのだ。
私は人を殺す。
だけど不用意に殺してるわけじゃあない。
あくまで正当防衛だ。
今回の仕事は受けてよかったと思う。私の中で新しい価値観と認識が生じたのだから、まさに幸運だったと思う。人生はまさに勉強。
さて。
「では主、私はこの荷物を先に片付けてまいります」
「お願い。……モイラに値切られないように売ってきてね」
「お任せを。自分は矢を一本ずつ売るという地獄のスキル上げの結果、商才は達人ですので」
「はっ?」
たまに意味不明。
地獄のスキル上げって何?
……。
……ま、まあいいか。
いちいち反応して聞き返していたら疲れる。てか聞き返したところで大抵は完全に意味不明だし。適当に流すのが得策だと私は既に学んである。
今回の戦利品が入った荷物を担ぐグリン・フィスに一言。
「よろしく」
「御意」
今回得た戦利品の売却をグリン・フィスに任せ、私はモリアティの店に足を進める。
食事をする為だ。
一応は私とグリン・フィスはモイラのところに居候している。食事も提供してもらえるんだけど一服盛られそうで怖い。
何しろあの女、インテリそうで実はスプーキー。
何されるか分かったもんじゃない。
「ふふふ。睡眠薬を盛らせて貰ったわ。……さて、寝ている間に胃を摘出したけど生活に支障はないわよね? 人類の明日への献身的な行いよ☆」
……とかやりそうであいつマジ怖いっ!
お願いだから早く私の家を建ててルーカス・シムズっ!
おおぅ。
「はぁ」
私は溜息交じりに歩く。
行き交う人は私に会釈。何しろ私はメガトンにあった核爆弾を解除した身だ。別に好い気になる気はないけど、心地は良いですなぁ。
感謝されるのは嬉しい。
その時。
「ハーイ。会えて嬉しいわ」
「ルーシー」
妙にハイテンションだ。
手紙はイアンに確かに渡したしイアンの無事も確認した、イアンはアレフに住んでいる。だからルーシーは喜んでいる……わけではない。何故なら今私
は帰ってきたばかり出会ってまだ報告していないのだ。
つまり。
つまりルーシーは『両親が死んだ』『兄のイアンは行方不明』のまま情報は更新されていない。
何でこのテンション?
まあ確かに私が持ち帰った情報は喜ばしいものだけど、聞く前にこのテンションはおかしい。まさか変な薬でもやって現実逃避してるんじゃないでしょうね?
サイコとかジェットとか。
「ルーシー」
「ミスティ、それでどうなったの?」
しきりに口元をハンカチで拭うルーシー。
食事後?
そうかもしれない。
てか、どうでもいいか。ただハンカチで口元を拭う様がどうも気になる。どうしても視線がそっちに行っちゃうしね。
まあいいさ。
「報告するわ」
「お願いするわね。うふふ」
「……」
絶対こいつジェットかサイコやってる。もしかしたらスクゥーマかヒストもやってるのかも。
……。
……ゲームが異なる?
ごもっとも。
ともかく何かテンション高過ぎるぞこいつ。
最初の印象とまるで異なる。
さて。
「イアンを無事に救出したわ。手紙も渡した。ルーシー、心配事は解決したわ。お兄さんは無事だから安心して」
「ありがとうミスティ」
ぎゅっ。
大仰に私を抱き締めるルーシー。
「……?」
くんくん。
妙な匂いがした。鉄のような匂い。
「忙しい忙しい」
タタタタタタタタタタッ。
誰かが慌しく走っている。ドクターだ。ルーシーは抱擁を解き、私は微笑した。
「報酬として食事を奢るわ。モリアティの店で待ってるからね」
「えっ? ええ」
意外にあっさりとしたルーシーの態度に違和感を覚えるものの、違和感が何かが分からない。
彼女は去って行った。
予想していた対応と行動ではないけど……まあ、別に私が望むリアクションが絶対ではないのだから問題はない。
まあいい。
「どうしたのドクター?」
グリン・フィスを治療してくれた医者が慌しく駆けて行く。急ぎなのは見れば分かるのだけど、見知った人を見たという反射的な行動から思わず声を掛け
てしまった。医者は一瞬躊躇うものの、相手が私だからか足を止めた。
一応私はメガトンの救世主。
ドクターの受けも良い。
まあ、そんな感じで急ぎなのに彼は足を止めたわけだ。
私は軽率を恥じた。
急ぎなのは確かだからだ。
「おお。ミスティ。悪いが急ぎでな」
「ごめんなさい。分かってる」
「水道親父が転落事故で死んじまったんだ。足を滑らせたんだな」
「ふぅん」
メガトンは壁に囲まれた都市。
最近人口が増加しているものの横に広げる事が出来ない。壁があるからだ。壁を撤去する、という行動もあるにはあるのだが今は全面核戦争後の世界。
壁を拡張する資材がない。
時間もない。
資金もない。
壁を拡張するという手間を掛けるぐらいなら建物を建てた方がいい。しかし横に広げれないのだから自然と街は縦に伸びていく。
だから。
だからメガトンは縦に長い都市だ。
転落事故は珍しくないらしい。
水道親父が誰かは知らないけど……多分水道をこよなく愛する親父なのか、それとも水道施設を管理する親父なのか。
まあ、どっちかだろう。
さて。
「死んでるのよね?」
「ああ」
「ならどうしてドクターが急ぐの?」
死んでるなら医者は必要ない。葬儀屋に任せればいい。
だが彼は手を振った。
「そうはいかない」
「何故?」
「転落が致命傷だが決定的ではない。死んだ原因は首の傷だ」
「首?」
落ちた時に怪我をした?
そうかもしれない。
だとしたらドクターは検死の為に急いでいるわけか。
なるほどなぁ。
「2つの噛み痕がある。ここ最近はしばらくこの傷痕はなかったんだがな。また再発してしまったというわけだ」
「ふぅん」
「死亡事故はこれが初めてだが……」
「ごめんなさい。引き止めて」
「いいや。じゃあな」
「うん。頑張ってね」
医者を見送りながら私は考える。
もしも。
もしもヴァンス達のような人々が遺伝的に連鎖するのであれば。ヴァンスの先祖も子孫もそれと同系列になる。だがその理論だと少しおかしい。何故な
らイアンの両親は一般人であった可能性が高いからだ。もしもイアンの両親も吸血鬼ならイアンは暴走する事はなかった。
血液の摂取を抑える事もなかった。
だから血続きではないだろう。
だとしたら隔世遺伝か。
吸血鬼の遺伝子がイアンの代に発現した。
そしてそれは……。
「まさかね」
私は首を振った。
だが可能性は捨て切れないのは確かだ。
意識して『彼女』は吸血しているのか、無意識に吸血しているのかは知らない。そして『彼女』自身も己の正体を知ってるのかさえも。
あのハンカチ。
口元に付着した血を拭う為のものかもしれない。もちろん証拠などはどこにもない。
ただこれは言えるだろう。
深紅の宴は終わらない。
その頃。
メガトン近郊。
「召集したのはこれだけか?」
「はい。リーバス少佐」
タロン社の構成員が集結していた。
数にして30名。元々は50名編成の部隊だったのが数が半減している。
目的は何?
目的はミスティ抹殺。
タロン社とは傭兵会社。
依頼次第で戦争も暗殺もする。利があれば略奪も虐殺もするキャピタルウェイストランドに置ける極悪集団の1つだ。構成員の数、資金、銃火器、それら
を総称する小国の軍事力並みの力を持っている。
何故ミスティを殺すのか?
答えは簡単だ。
依頼があった。それだけの話だ。
依頼主はボルト101の監督官。脱走者であるミスティを許さずに始末する腹なのだ。また、同じく脱走者であるジェームスの首にも賞金を懸けている。ボルト
は外界とは完全に遮断されていると監督官は断言するものの、この一例を見ても実は繋がっている。
相互間で交流はある。
……。
……まあ、ボルト101に住まう者達はそれを知らないし信じようともしないのだが。
監督官の言葉は絶対。
そう彼ら彼女らは刷り込まれている。
疑問を持つ者には死を与える。それがボトル101の暗部。
さて。
「少ないな。……召集の伝達はしたのだろうな通信兵」
「はい。しかし連絡がありません」
「定時報告もか?」
「はい」
「返り討ちか?」
「おそらくは」
タロン社を見れば誰でも避けて通る……わけではない。潤沢な資金力があるタロン社の構成員は例外なく銃火器や物資を大量に持っている。それを狙う
輩は結構多い。自分達の数が多ければレイダーはタロン社の部隊に牙を剥くし、本隊から離れた斥候はスカベンジャーの格好の餌食だ。
また強力な旧文明の兵器を持つBOS(ブラザーフッドオブスティール)やOC(アウトキャスト)もタロン社の敵。
当然野生動物もだ。
唯一、強力な攻撃部隊を有する奴隷商人達とは中立関係。
かといって同盟は結んではいないが。
「最後の報告で標的を発見、攻撃するとありました。その後、音信不通です」
「ふむ」
「カール少尉の部隊、リックス准尉の部隊は完全に連絡を絶っています。これは私見ですが返り討ちにあったのではないかと」
「標的はなかなかやるな」
「はい」
旧アメリカ軍の階級を使用しているものの、タロン社には明確な指揮系統は存在しない。
……。
……いや、存在はしている。
だが抜け駆けは日常茶飯事だし命令無視もまた同様だ。
群れてこそいるものの状況次第では烏合の衆でしかない。今回の戦力半減はその結末だ。それでもまだ30名の構成員が残存している。
標的はメガトンの街にいるという情報を得ている。
30名いれば暗殺は可能だろう。
「……」
「少佐。いかがなさいますか?」
「……」
「少佐」
暗殺は可能。
だが力押しでメガトンごと粉砕するには戦力不足。
謎の仕置き人組織である『レギュレーター』がこの近辺に出没したという報告もある。妙な伏兵がいるかもしれない以上、力押しは出来ないし暗殺もあまり
得策ではない。かといって本部から増援を要請するのは自分の力量不足を証明するようなものだ。
ならば。
「少佐」
「よし。我々は……」
そしてキノコ雲が上がった。
「仲間を小型核で吹っ飛ばすなんて、あんたもなかなかの悪党だねぇ。カール少尉殿?」
「いいんだよ。抹殺部隊の壊滅。これでミスティとかいう小娘の懸賞金は跳ね上がる。タロン社の上層部が新たに賞金を懸ける。これでいいのさ」
「わざわざ1つしかないミニニューク使ったんだ。分け前は貰うよ?」
「安心しろエリニース」