私は天使なんかじゃない








依頼、再び







  仕事をする上でのモットー。
  仕事=報酬。
  その方程式に忠実でなくてはならない。
  報酬(この場合はお金)を得る為には仕事をこなす。仕事をこなすのは真面目というカテゴリーではない。報酬を貰う以上、仕事は義務。
  真面目とは関係ない。
  果たすのが最低限の礼儀なのだ。






  早朝。
  朝もやの中、音もなく漆黒のコンバットアーマーに身を包んだ者達が忍び足に進む。
  向かう先には消えた焚き火を囲って眠りに付く者達。
  ミスティ、クリス、グリン・フィス、ラッキー・ハリス、ケラー(ラッキー・ハリス付きの傭兵)の5名。熟睡しているらしく身動き一つしない。
  それを見て金髪の男はほくそえむ。
  名をカール・D・クラレンス。
  階級は少尉。
  傭兵会社タロン社の一員であり、現在彼は6名の部下を引き連れている。
  任務は斥候。
  賞金首であるミスティ暗殺(依頼主はボルト101の監督官)の為、ミスティを探すべく各地に展開された小隊のリーダーとして活動していた。本来
  なら本隊のリーバス少佐に報告、その後に合流してミスティを暗殺するのが当初の方針ではあったがカール達は抜け駆けするつもりでいた。
  賞金を本隊の連中と山分けするのでは雀の涙。
  自分の指揮下にある小隊の隊員達との山分けなら幾分もマシ。
  欲望に忠実なのだ。
  だから。
  だから抜け駆けしてミスティ達を殺す。
  クリス達他のメンバーは無報酬の相手ではあるものの安全を期す為に全員殺す気でいる。
  その方が後腐れがないのは確かだ。
  「……」
  カール、手で部下達に合図する。
  ミスティ達が夜営している場所との距離はわずか10メートル。起きる気配すらない。
  部下達は……カールを含めて、銃火器を手にしてさらに接近する。
  さらに。
  さらに。
  さらに。
  「……」
  カールは部下達に展開するように合図。
  小隊、布陣を左右に広げる。
  それぞれ手にしている銃火器は一致していないものの、寝ている相手を永眠させるのに容易いだけの火力を有していた。
  チャッ。
  10mm銃をミスティの眉間に照準を合わせるカール。
  そして……。


  バァン。
  「ぎゃっ!」
  銃声と同時に声がする。寝込みを襲おうだなんて不届きな連中よね。
  発砲したのはクリス。
  護身用の32口径ピストルを10mm銃を持った金髪白人の腕を打ち抜く。その後銃弾がゼロになるまで乱射、弾装が空になると銃を放り投げて
  スナイパーライフルを身構える。
  バァン。
  逃げる金髪の背中に叩き込もうとするクリスだったけど突然間に入った別の男を射抜いただけ。
  とりあえず1人死体になった。
  「少尉っ! どちらにっ!」
  「……」
  「少尉っ!」
  「……」
  金髪男、後ろも見ずに逃走。
  必至に金髪に叫んでいた時間が無駄であり致命的だった。的確なスナイプでクリスがさらに1名撃破。
  私も負けてられない。
  「こんのーっ!」
  バリバリバリ。
  10mmサブマシンガンを一斉掃射。
  さらに昨晩焚き火を一緒に囲んだキャラバン隊のラッキー・ハリス、傭兵のケラーはアサルトライフルを乱射。私達3人の波状攻撃の弾丸の洗礼
  を浴びて黒いコンバットアーマーの連中がバタバタと倒れていく。
  奇襲するつもりが逆に攻撃される。戦闘は精神的な勢いが戦局を大きく傾ける。
  実は奇襲に気付いていた。
  私達は寝た振りしてただけだ。
  理屈はよく分からない。よく分からないんだけどグリン・フィスが横になったまま呟いたのがきっかけだった。

  「血の匂いがします。おそらくは殺しを嗜む連中が潜んでいます。闇の一党ダークブラザーフッドの与えし者としての経歴を信じてください」

  闇の一党って何?
  意味不明。
  ともかく敵が近付いている事はそれで知った。私達は寝た振りして相手の出方を待ってたわけだ。
  それで当のグリン・フィスはというと……。
  「始末完了しました、主」
  モイラから貰ったセラミック刀で残る他の面々を大地に転がせている。
  転がっているのは人?
  いいえ。
  人の成れの果て。既に肉塊だ。
  今時『侍マン☆』というのもおかしいけど、グリン・フィスは剣術に長けている。
  何より驚かされるのは脚力。
  動いた、と思った次の瞬間には敵に肉薄しているのだからその脚力はまさに俊敏という代名詞を与えても不足ではない。
  金髪の『少尉』以外は全員始末完了。
  返り討ちだ。
  「今のレイダー?」
  私はクリスに聞いた。
  レイダーにしてはおかしい連中だったなぁ。
  お揃いの黒いコンバットアーマー。まあ武装は仲良しだからお揃いにしたで通るかもしれないけど、動きがレイダーっぽくなかった。結局私達が
  仕掛けた『逆奇襲』から立ち直る事が出来なかったものの、動きは洗練されていた。
  ……。
  ……まあ、洗練ってほどのレベルじゃないか。
  それでも。
  それでも訓練された動きではあった。
  集団として成り立ってた。
  レイダーではない。
  だとしたら何者?
  「何故自分に聞く?」
  「何故って……」
  言うまでもなかろうよ。
  私もグリン・フィスはこの世界では新参者だ。知るわけがない。
  「ミスティ、何故だ?」
  「軍隊ごっこしてたからかな、こいつら」
  肩を竦めた。
  逃げた奴は少尉と呼ばれてた。
  クリスはクリスで鬼軍曹的なミリタリーマニアだし。
  「ふん」
  何か知らんがご機嫌斜めらしい。
  何故に?
  「どうしたの?」
  「1人逃がした。不満だ」
  「ああ。それで」
  「軍法会議ものだな、これは。……一兵卒、ミスした私を激しくもネチネチと責め立ててくれ……」
  「……遠慮します」
  「……けち」
  「……」
  なんなんだこいつはよぉーっ!
  性格設定破綻してます。
  ……やれやれだぜー。
  「おいおい赤毛の嬢ちゃん。こいつらはタロン社だぜ」
  「タロン社?」
  答えを提供したのはラッキー・ハリスだった。
  会社の名前のようだけど。
  「何それ?」
  「傭兵会社だよタロン社ってのはな。色んな悪事を働いてる傭兵の風上にも置けない奴らだ。もちろん風下にも置けやしない悪党さ」
  「ふーん」
  嫌われているらしい、タロン社。
  ラッキー・ハリス付きの傭兵も嫌悪感を露骨に示していた。
  傭兵内では有名なのかな?
  「それで?」
  「連中は金になる仕事には何でも飛びつく。略奪もする。レイダーよりも性質が悪いよ。しかも最悪なのはタロン社は……そうだな、昔の小国程度
  の軍事力を有してる。レイダーなんかじゃ比べ物にならないぐらいの軍事力を有しているのさ。人数も武器も勝ってる」
  「あの金髪は少尉とか呼ばれてたけど……軍隊ごっこしてるわけ?」
  「旧アメリカ軍の階級を使用しているのさ。まっ、軍隊ごっこだな」
  「ふーん」
  タロン社か。
  妙な組織がキャピタルウェイストランドにはあるんだなぁ。
  「主」
  「ん?」
  グリン・フィスか何かを差し出す。
  紙切れだ。
  「何これ?」
  「そこの死骸が持っていました」
  「そう。ありがとう」
  「いえ。主の為ならば」
  律儀な奴。
  確かに私はこいつの命の恩人だけど……ここまで恩義に感じるとはなー。
  どこの出身だろ、こいつ。
  さて。
  「なになに?」
  紙切れに眼を通す。
  そこには……。

  『標的の名前ミスティ』
  『赤毛。白人。年齢19歳』
  『ボルト101の監督官からの依頼により暗殺を実行する。報酬は1000キャップ。抹殺せよ。ただし首を持ち帰る事』

  「あんの野郎ーっ!」
  思わず叫ぶ。
  私の首に賞金懸けやがったっ!
  しかも1000キャップ。
  桁が2つ足りんわボケーっ!
  ……。
  ……監督官の娘のアマタはよくまっすぐ育ったなー。こんな親父なのにさ。
  ちくしょう。
  賞金首かよ私は。
  タロン社は私達から金品巻き上げる為に襲ってきたわけじゃあない。最初から私の首を引き千切る事が目的だったわけだ。
  だとしたら次が来るわね、倒しても倒しても。
  面倒だなぁ。
  「大変だな一兵卒。しかし安心しろ。自分がお前を責任持って一人前の軍人に育ててやるぞ。まずは夕日に向ってうさぎ跳びだっ!」
  「すいませんそのノリは今後固定ですか?」
  クリスお笑い系キャラ?
  ……やれやれだぜー。





  私達はアレフ居住区に到着した。
  ポトマック川の上の高架にある街だ。高架は半ば崩れている。景観は悪いけど……まあ、防衛的にはいいところね。
  高架の入り口さえ見張ってれば問題ないからだ。
  侵入路は限定されている。
  そういう意味では良い街だ。……景観悪いけど。
  さて。
  「ここがアレフ居住区なわけ?」
  「そうさ」
  ラッキー・ハリスが言う。
  結局彼らと一緒に行動、そして到着。キャラバン隊は各集落を定期的に周っている模様。まあ、そのまんまの意味よね。
  彼らも元々アレフに来る予定だったわけだ。
  お陰で助かった。
  ケイリンホテルとかいう残骸の建物に巣食っていたレイダーの一団と交戦した際にも助けてもらったし。しかもレイダーを掃討し手にした戦利品をその
  ままラッキー・ハリスに販売、キャップに替えた。もちろん消費した弾薬は補充した。
  うーん。
  このままキャラバンと一緒に行動したら旅が楽かも?
  本気で考えてしまう。
  「それにしても赤毛の嬢ちゃん、良い玩具持ってるな」
  「良いでしょ」
  ポンポン。
  腰の銃帯の右側に差してある44マグナムを私は愛おしそうに叩く。断るまでもなく左側にも44マグナム。左右に帯びている。
  実際愛おしい。
  伝説の刑事DH(ダーティーハリー☆)が使っていた強力な拳銃だ。
  人なんて一撃だ。
  まだ44マグナムは使ってない。
  正直な話、レイダー相手には勿体無い。
  全面核戦争以前に流行ったゲームでは『ゾンビを貫通して撃破する強力な銃☆』としての位置付けだ。ついでに補足するなら『ハンターも一撃☆』で
  まさに虎の子の銃。
  人間相手に使うのは気が引ける。
  ……。
  ……まあ、よっぽどの場合には使うけどさ。
  さて。
  「行きましょう」
  アレフ居住区に足を踏み入れる。

  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  足を踏み入れた途端、大爆発。
  グレネード?
  分からないけど爆発音が凄かった。
  バッ。
  一斉に銃火器を構える私達。
  ……。
  ……あー、グリン・フィスだけはセラミック刀ね。
  1人だけ剣というのも不思議よね。
  まあいい。
  ともかく私達は構える。
  いきなりの爆発だったから驚いたけど、段々と冷静になっていく過程で分かった事がある。爆発音に比べて爆発の威力がまるでない。最初は大爆発
  かと思ったけど音だけのようだ。つまり虚仮脅しでしかない。音響爆弾の類か。

  「悪い悪い」
  1人のおっさんが小走りに走ってくる。
  背にはハンティングライフル。
  クリスが食って掛かる前にラッキー・ハリスが抗議の声を上げた。
  「頼むよエヴァンさん」
  「すまんすまん。今日は何がお勧めかな、ラッキー・ハリス?」
  適当なおっさんだ。
  「あんたらは連中の仲間じゃないな。……ははは。悪いな。危うくミンチにしちまうところだった」
  エヴァン・キング。
  彼はそう名乗った。
  この街の市長兼保安官らしい。ルーカス・シムズと同じ感じの立場ね。
  ただメガトンに比べてアレフ居住地区はゴーストタウンに近い。そもそもここの区画では大勢は住めない。
  何故こんな所に住んでるんだろ?
  まあそこはいい。
  「そういえば何しに来たか知らんけど赤毛の嬢ちゃん、健闘を祈るよ」
  「ありがと」
  キャラバンは街の奥に消える。
  武器の販売なのだろう。
  キャピタルウェイストランドの物流の流れを円滑にしているのはキャラバン隊。だからこそレイダー達もキャラバン隊には手を出さない。街を潤し、物
  の流れを円滑にしているキャラバン隊がいなくなれば結局は自分達も立ち枯れになってしまうからだ。
  キャラバン隊は集落を周り物資の売買をしていく。
  だから。
  だからアレフ居住区も維持出来ているのだ。
  さて。
  「でお前さんらはキャラバン隊ではなさそうだな。何しに来た?」
  「私はミスティ。こっちはグリン・フィス、クリスティーナ」
  「なるほど。それでこんな辺境の地に来て何をしている?」
  「ウエスト家への手紙の配達中」
  「その為にこんな所に? 悪いが今ここは郵便配達に来る場所じゃない。もっと大きな問題があるんだ」
  「大きな問題?」
  面倒な予感。
  聞くのはやめよう。
  きっと『モンスターの群れが街をーっ!』とか『レイダーが徒党を組んで攻めて来るーっ!』とかなのだろう。
  聞くべきではないのは言うまでもない。
  聞くべきでは……。
  「聞きましょうご老体。主は寛容でいらっしゃる。何なりと」
  「誰がご老体だ若造っ! まあいい。手伝ってくれるなら助かるよ、感謝する」
  グリン・フィス、ナイスボケ。
  ぐっじょぶ☆
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ勝手に受けてんじゃねぇよボケーっ!
  彼の頭の中では『主は親切です☆』なのだろう。
  確かにそうなんだけど……んー……。
  まあいい。
  「で? どうしたんです?」
  とっとと聞こう。
  「最近ここは襲撃されてるんだ」
  「ああ。なるほど」
  それでさっきの音響爆弾か。
  もっともあんなもの脅し以外には何の効果もないけど。まあ多少聴力に影響を与えるかもしれないけど死ぬ事はない。相手に根性がちょっとでも
  あれば次の瞬間にはエヴァン・キングは蜂の巣だ。
  「それってレイダー?」
  「もっと性質が悪い。今はな」
  「……?」
  「連中も最初は典型的なギャングだったんだ。分かるだろ。物を壊したり盗んだり。だがそれでも一定の距離を保ってた。お互いにな」
  「ふーん」
  「だが今回は度を越えちまった。連中は俺達のバラモンを全て殺してしまった」
  「バラモン」
  2つ頭のある牛だ。
  放射能で突然変異した牛。性格は温厚でメガトンでも飼育されている。主に食用。
  家畜が皆殺しにされた。
  それは何故?
  キャラバン隊を襲わない、それと同じ法則だ。無意味に集落を襲っても結局はレイダーのような無法者も干上がるだけ。
  盗んだのではなく皆殺しか。
  真意が分からない。
  示威行為?
  だとしても無意味だ。
  まあ、クレイジーな連中はそこまで思慮はないだけなのかもしれないけど。
  それにしてもエヴァン、何をびびってる?
  「何でそんなに怯えてるわけ?」
  「意気地なしと呼びたきゃ呼べばいい。だがゾッとするものがあるんだよ、実際な。連中は銃と力を持ってる。何故バラモンではなく我々を
  狩らなかった? おかしいだろ?」
  「んー」
  「それだけの力が連中にはあるんだ。なら、なんでさっさと扉を蹴破り我々を引きずり出さないのか。……疑問はエンドレス。不安もな」


  私達は力になる事を約束しウエスト家に向かう。
  まずこっちが先約の仕事だ。
  ルーシー・ウエストの依頼を達成する必要がある。どうしてルーシーだけメガトンで1人暮らししているかは不明。まあ女性にしてみれば大きな街
  の方が魅力的なんだろう。至極当然の理由でメガトン住まい。そんな感じかな。
  ……。
  アレフ居住区ねぇ。
  ただの残骸だ。
  ボロボロのね。ファミリーとやらが現れて荒れているのか元々なのかは不明。
  まあ、元々綺麗な街ではないようだけど。
  「こんにちはー」
  コンコン。
  ウエスト家の家の扉を叩く。
  エヴァン・キングに聞いたからこの家で間違いない。今現在はファミリーの攻撃に晒されているので街は封鎖されている。アレフ居住区の唯一の
  出入り口はエヴァンが通せんぼしているからウエスト家の面々が街を勝手に出る事は出来ないはず。
  寝てる?
  そうかもしれない。
  そうじゃないかもしれない。
  「もしもーし?」
  コンコン。
  返答はなし。
  「主」
  「何?」
  「人の気配がしませぬ」
  「気配がしない?」
  「御意」
  「うーん」
  どういうわけかグリン・フィス、気配を読むのに長けている。ある意味で超能力並み。エスパーかこいつは。
  私の視線に気付いたのか、彼は説明する。
  「自分よりも凄まじい能力者がいますよ、主。帝都兵はどこにいようと犯罪を見通して『スタァァァァァァァプっ!』してきますから」
  「はっ?」
  意味不明。
  帝都兵とかスタァァァァァァァプって何?
  「一兵卒。試みに扉をう開けてみたらどうだ?」
  「そうね」
  クリスの言い分はもっともだ。
  別に押し入るわけではない。扉のノブに手を当て、廻してみる。
  ガチャ。
  開いてる。
  「失礼しまーす。入りますよー」
  中に入る。
  そして私達は沈黙した。
  『……』
  室内は荒らされていた。
  まるで小さな突風が、竜巻が起きたかのごとく荒らされている。物取りにしては手が込んでいる。金品目当てで侵入したにしては暴れ過ぎだ。
  まあ強盗殺人ならありえるだろうけど。
  『……』
  眼に飛び込んで来たのは荒らされた室内。
  鼻に飛び込んで来たのは血の臭い。
  そう。
  血の臭いだ。
  室内はそう広くない。
  臭いの出元を特定するのは簡単だった。ベッドに死体が転がっている。男女の死体。十中八九ウエスト家の夫婦。
  つまりルーシー・ウエストの両親だ。
  私は眼で合図。
  クリスは頷き、外に出た。エヴァンを呼びに行って貰ったのだ。
  私は私で死者の検分。
  屈み込む。
  「うーん」
  死者が怖くない?
  まあ、別に。
  腐ってない以上は特に。
  模擬とはいえ色々とボルト101で勉強して来たのだ。パパの助手の医師ジョナスに訓練してもらったからねー。
  色々と学んだわよ、色々とね。
  ……。
  ……しかし結局パパは私を何にしたかったんだろ?
  自衛的な能力や医術を叩き込まれたけど最終的に私をボルトでどういう存在にしたかったのか不明。
  まさか一人でも生きていけるように?
  うーん。
  まあいい。
  とりあえずは死体に専念しよう。
  「死因は首の損傷による出血、か」
  致命的な傷は首。
  しかし面白い傷だ。2つ傷跡。殺すには1つで充分なのに……夫婦は両方とも2つ傷跡がある。
  ナイフ?
  いやナイフじゃない。
  何だろ、この傷。
  「……変ね」
  骨まで達する傷痕だ。
  にも拘らずシーツには血痕が付いていない。これだけの傷なら大量の血液が噴出したはずなのにまるで付着していない。
  そうよ。
  そうなのよ。
  出血死で確定なんだけど……死に至るに充分な血液は流れていない。
  死因は出血死の症状なのに。
  おかしな死に方だ。
  「主」
  「何?」
  控えめに背後に控えていたグリン・フィスが口を開く。
  何かの見解がある?
  「ヴァンパイアの仕業では?」
  「ヴァンパイア?」
  「シロディールでは最近活発になっています。……ああいえ、ここはアカヴァル大陸なのでヴァンパイアは珍しいのかもしれませんが」
  「アメリカ大陸」
  「そうそう。アカヴァル……いえ、アメリカ。ここではそう発音するのですね。了解しました」
  「まっ、堅苦しくならないで。仲良くしましょ。了解?」
  「御意」
  「……全然了解じゃないじゃないのー……」
  グリン・フィス、堅過ぎ。
  まあそこはいい。
  にしてもヴァンパイア……吸血鬼ねぇ。御伽噺の存在なんだろうけど……上の世界では普通なのかな?
  ここはクリスの見解を聞くべきだろう。
  コンコン。
  扉がノックされる。外からだ。
  「誰?」
  「何だその言葉遣いはっ! 上官にその言葉遣いは不敬罪だぞっ!」
  「……いつ上官になったいつ……」
  「主、あの女始末しますか?」
  「やめろーっ!」
  「御意」
  ぜえぜえっ!
  まともな仲間はいないのかまともな奴はーっ!
  教訓。友達は選びましょう。
  ……やれやれだぜー。


  私達は家の外に出た。
  クリスはエヴァンを伴って戻ってきたんだけど、当のエヴァンが死体とご対面を拒否したから外での会話ってわけだ。
  根性なしめ。
  さて。
  「それはファミリーの仕業に違いないっ! クソッタレめっ!」
  「ファミリーねぇ」
  そもそもどんな連中か皆目見当も付かない。
  特に私はモグラ生活してたし外の状況には疎い。
  「もっと大勢人間がいたら戦えるにっ! 奴らの脅しに屈するのはもううんざりだっ!」
  嘘ばっか。
  死体見るのも無理な奴がドンパチ出来るもんか。
  ともかく。
  ともかく私はウエスト家の両親2人が死んでいる事を報告した。
  手紙はどうしよう。
  渡せる相手がいない。
  「待ってくれ、2人と言ったか」
  「ん?」
  「2人と言ったのか?」
  「ええ。夫婦らしき2人」
  「イアンの姿はあったか?」
  「イアン?」
  「ウエスト家の長男だ。ルーシーの兄貴だよ」
  「いなかった」
  「それはファミリーの仕業に違いない。連中の奇妙なリーダーがイアンと話しているのを見たという情報がある。まさか本当だったとは……」
  そこで疑えよボケ。
  奇妙なリーダーに攫われたってわけだ。
  ……。
  ……また面倒な展開だ。
  手紙の配達相手は攫われた。つまり私が探す必要性があるわけだ。
  よく出来た話だことで。
  クエスト続行。
  「……頼みがある」
  「はぁ」
  「溜息をつかないでくれ。我々は……」
  「分かってる」
  「……?」
  「分かってるわ。イアンを探す。家族に手紙を届ける、それが私のルーシーから受けた私の仕事だからね」
  「すまん」
  「素朴な疑問だけど何でこんな所に住んでるの?」
  「メガトンほどではないが昔はここにも大勢に人が住んでいたのさ。しかしファミリーが出没してからは変わった。皆、ここより良い場所に移り住んだ
  んだよ。メガトンやリベットシティにな。今でもここに残ってる人達はファミリーの所為で足止めされている人達だ。ワシを含めてな」
  「ふーん」
  ファミリーか。
  レイダーでもタロン社でもないのだろう。
  御伽噺の吸血鬼のような殺害方法をする連中。そいつらにイアンは誘拐された。
  当然身代金の要求などないわけだ。
  どこ探せばいい?
  私には分からないがファミリーと抗争(というのか分からんけど)しているエヴァン・キングなら知っていてもおかしくない。
  少なくとも大体の見当は付くだろう。
  「ファミリーはどこにいるの?」
  「ここの東か北東に居を構えているらしい。問題は連中が暗闇に紛れて移動しているので正確な場所が分からないという事だ」
  「どこが怪しい?」
  「ハミルトンの隠れ家、北西セネカメトロステーション、古いムーンビームシネマ。特にセネカは有力な場所だ」





  イアンを探す?
  ええ。探すわよ。
  しかしまずはルーシーに報告すべきだと思った。もちろんイアンのタイムリミットは少ない。どういう経緯で誘拐されたかは分からないけどあまり
  時間がないのは確かなはずだ。
  だから。
  だからグリン・フィスとクリスに任せた。
  エヴァン・キングに言われた場所を2人は探索している。私はルーシーに報告次第、アレフ居住区にとって帰る。
  そこで2人と合流しファミリーと決着を付ける。
  それが私の任務だ。
  ともかく報告の為に私は1人メガトンに戻った。
  特に何の妨害もなく……つまりレイダーとかタロン社の邪魔もなくメガトンに帰り着いた。
  モリアティの酒場で食事をしていたルーシーを見つける。
  「……ルーシー。ご両親が、亡くなった」
  「な、何?」
  「……」
  「嫌よっ! そんな馬鹿なっ! 行くべきじゃないって分かってたのに……皆死んでしまったっ!」
  「……」
  「……待って。私の、兄は?」
  「見つかってない。でも私は生きてるって確信してる」
  「彼を必ず見つけて。……お金なら幾らでも払うから……お願い……」
  「私は郵便配達してる。それが依頼だったわよね。イアンを、貴女の兄を見つけるのはその任務の範囲内よ。手紙、渡さなきゃね」
  追加報酬を私は固辞した。
  空気ぐらい読める。
  それに人の悲しみに付け込むのは私の主義に反する。
  さて。
  「必ず見つける。安心して」
  「……ごめんなさい。私の事を何も知らないのに、色々と助けてもらって……」
  「いいのよ。別に」
  「私は馬鹿じゃないわ。多分兄はもう生きていない。……それでも確かめたいの」