私は天使なんかじゃない
お仕事は郵便配達
アメリカと中国の全面核戦争から200年。
核で国家は吹き飛んだ。
核で政府は吹き飛んだ。
それでも。
それでも人の本質は変わらない。色んな意味で継続されている。
闘争も憎悪も。
家族との絆も、以前とまるで変わらない。
「えっと……誰？」
メガトンにあるモリアティの酒場。
私がカウンター席に座ってゴブにヌードルを注文していると1人の女性が声を掛けて来た。初めて見る顔。
……。
……まあ、そもそも私はよそ者だし。
新入りだしね。
爆弾解除したりして街の一員に迎えられつつある、そんな毎日です。
さて。
「ああ、ごめんなさい初対面なのに」
「いえ」
ルーシー･ウエスト。
彼女はそう名乗った。私もミスティと名乗り返す。……正確にはティリアスなんだけど……ミスティの方がしっくり来る。
「貴女の事は分からないわ。この街の新入りか何か？」
「まあ、そんなものね」
「実は配達してくれる人を探しているの。手伝ってくれる？」
「配達？」
「そう」
「何故私にそんな事を？」
「旅人なら」
「ん？」
「旅人なら腕に自慢があるという事になる。少なくとも私はあまり銃に自信がないの。ミスティ、貴女は自信がある？」
「ふむ」
考えてみる。
ボルト101を出てからレイダーを何人も撃ち殺してきた。
奇妙な能力もあるし。
今、私はパパを探す為の資金集めの真っ最中。
依頼を受けて達成→報酬ゲット。
それに恩は売れるうちに売っておいた方がいい。恩がいずれ返って来る返って来ないは別問題だけど……手助けは今後の布石にもなる。
純粋に助けてもいいかな、という気分もあるけどさ。
「どこに届けるの？」
「手伝ってくれるのっ！」
「まっ、期待には応えないとね」
わざわざ私をご指名してくれた＝頼りになりそう、という方程式なわけだし期待に応えてあげましょう。
もちろん報酬は貰うけどさ。
これ当然の権利。
さて。
「どこに届けるの？」
「アレフ居住地区にいる私に手紙を届けて欲しいの。しばらく何も連絡がないから心配しているのよ」
「ふむ」
「そこに着いたらすぐデイビス･ウエストと話して。私の父よ。喜んで貴女の旅費を払ってくれるわ」
「了解」
場所を知ってるかって？
私が知るわけないじゃない。地下から這い出してきたばっかりなのに。
「アレフってどこ？」
「アレフ居住地区はポトマック川に架かった古い橋の上にあるの。メガトンの北西よ。川の左側にあるものを追えば見つかるわよ」
「ふむ」
腕に装着しているPIPBOY3000を起動する。
地図機能があるので大体の場所は分かる。GPS対応だしETCも対応。
「配達って手紙？」
「そうよ。家族に届けて欲しいの。出来るだけ急ぎでね。返事を受け取ったらすぐに戻ってきて頂戴」
切羽詰った様子。
つまりは……。
「家族が危険な状況だと思っているのよね？ だから頼むわけでしょ？」
「……」
沈黙。
まずかったかなぁ。
質問が露骨過ぎたかも。
しかしルーシーは大人で、微笑を浮かべて首を横に振った。……大人だなぁ。
「いいえ。何も心配していないわ。ただ私の伝言が届いていないだけなのよ。何も心配していないわ」
「分かった。それで何か気を付ける事はある？」
「アレフに行くまでに？」
「そう」
その言葉に彼女は肩を竦めた。
「ウェイストランドの生き物やレイダー、奴隷商人達以外、さらに所々ある地雷原以外で気を付ける事があるかって事よね？」
「……」
「実に安全よ。旅は順調に行くわ、きっと」
「……愚問でしたすんません」
「簡単に済むんだったら自分で行くわ」
そりゃそうだ。
外の世界は危険が一杯。
欺瞞だらけのボルト101ではあったものの『外は危険』というのは正しい。ボルトでの生活は確かに安全だったのは痛感してる。もちろん監督官の
欺瞞と偽善が心地良かったとは言わないけどさ。
それにもう戻れないし。
「ねぇ、ミスティ」
「……？」
「話を聞いてくれて、仕事を引き受けてくれてありがとう」
郵便配達の仕事、スタート。
ルーシーの依頼を受け、ヌードルを食べて酒場を出る。
手紙は預かった。
出発の為に準備しないといけない。
私は寄宿しているクレーターサイド雑貨店に向かう。マッドサイエンティストのモイラ（間違ってはないと思うぞー）の店に向かう。
その時、言い争う声が聞こえた。
「……？」
周囲には誰もいない。
声だけが聞こえてくる。私は立ち止まり、耳を澄ました。
「……約束の額は支払った……」
「……おいおいビリー、マギーにお前がした事をばらしても……」
「……卑怯だぞ。もう払える金が……」
「……だったら俺の仕事を手伝え。つまりは……」
「……悪魔め……」
「……レイダーのお前が偽善ぶってるのが悪い……」
モリアティとビリーの声？
そんな気はするけど姿はない。
声の場所を探す。
探す事数分。
意外に簡単に見つかった。そりゃそうか。声の元を探せばいいだけだ。会話してる連中の近くになれば大きく聞こえる、それだけの話だ。
「……」
だけど。
だけど私は話に介入出来なかった。
だって男子トイレから聞こえるんだものーっ！
「……」
無理だ。
淑女たる私に男子トイレに入るなんて、殿方の聖域に入るなんて無理だーっ！
諦めよう。
何を言い争っているのか気になるけどさすがに入っていい場所ではない。というか勧められても入るかボケーっ！
いずれにしても。
「無理かぁ」
ビリーの手助け、無理っぽい。
どうやらモリアティに仕事押し付けられてるみたいだし。
力になった方がいい？
うーん。
事情が分からない以上、手助け云々は無理かなぁ。それに一応私も今からお仕事だし。
「グリン･フィスがいるから人手は足りてるけど」
うーん。
やっぱりビリーの事も気になるしなぁ。
「ただいまー」
ビリーの事が気にはなるものの私はモイラの営む『クレーターサイド雑貨店』に戻る。
女主であるモイラはこの世界を無事に生きる為の本である『キャピタルウェイストランドのサバイバル本』を作成中。
私も手助けしたしグリン･フィスも現在何かを色々と質問されている。
質問ね。
質問で済むなら今回は健全なのだろう。
たまにサバイバル本の為だという理由で無理難題吹っ掛けてくるし。
例えば？
例えば……。
「ミスティお願いガイガーカウンター振り切れるまで放射能浴びてきて☆ 大丈夫グールになっても貴女は綺麗だから☆」
……とかいう意味不明な事を言う女だ。
今のうちに撃ち殺したほうが世の為人の為かも知れないと真面目に悩む今日この頃。
モイラは何気に頭の線が一本か二本ぐらい切れてる。
というかもしかして理性失ってる？
冷静に狂ってるとか？
あっはっはっはっはっはっ。
……。
……それはそれでありそうで怖いなー。
……やれやれだぜー。
おおぅ。
「お帰り嬢ちゃん」
「ただいま」
言葉を返してくれたのはモイラでもグリン･フィスでもなく、この店に……つまりモイラに雇われている傭兵の男だ。
名前？
そんな食べ物は知らんクマ（ペルソナ風）。
女主人であるモイラはグリン･フィスへの質問に全力でこちらに気付いてすらない。
当のグリン･フィスは私に気付いて静かに目礼。
「嬢ちゃん。客人だぜ？」
「客？」
「ああ」
二階を指差す。
二階に通されているらしい。
「誰？」
「ルーカス･シムズだよ。あと、妙な女を連れているな」
「女？ ……クリス？」
「い、いや、あの女傑じゃない。知らん女だ。メガトンの奴じゃない」
傭兵はバツの悪そうな顔をする。
この間鬼軍曹のクリスに叩きのめされたばかりだからだ。傭兵として不名誉なのだろう、簡単に叩きのめされるのはさ。
まあいい。
私は傭兵にお礼を言って二階に上がる。
「ああ。来ました。ミスティです」
「彼女が例の？」
「そうです」
「貴方が推薦するのだから見所ありそうね」
ルーカスと女性はテーブルを囲んで何やら囁き合っている。
知らん顔だ。
……。
……まあ、私が知ってる顔は少ないけどさ。
地下から這い出してきたのは最近。
上の世界は基本全員見知らぬ人。外の世界はボルト101よりも果てしなく広いわけだから仕方ないけどさ。
それにしても女性はルーカスと同じような格好だ。
西部劇被れ？
ただ分かった事がある。
ルーカスよりも女性の方が立場的に上位という事だ。接する物腰が対等ではない。
さて。
「私に客ってルーカス、貴方？ それともそっちの女性？」
「ミスティ紹介しよう。ソノラだ」
「ふーん」
紹介されたところで意味が分からない。
まさか『結婚するから仲人になってくれ☆』とか言い出すんじゃないだろうな、このおっさん。そういえば子供がいるらしいけど奥さんはどうしたの
だろう。そこまでは聞いてないな。離婚したのか死別したのか。
うーん。
離婚だろうが死別だろうが聞き辛い話題ではある。
その話題は避けよう。
ともかくソノラが何者かを聞く必要がある。
私に何用かもね。
「それで？ 彼女は何なの？」
ソノラに視線を向けずにルーカスに向けながら言った。
1つは礼儀的に面と向って素性を聞けないから。
1つはソノラを信用していないから。
まあ、初対面で何も知らない相手をいきなり信用しろと言われても無理な話だ。信用しろ、とは言われてないけどさ。
さて。
「彼女は……」
「私から話すわ、同志ルーカス･シムズ」
「しかし……」
「私から」
「分かりました」
静かな口調ではあるもののソノラの口調は冷たかった。
なるほど。
しっかりと観察すると柔和な笑みを浮かべているものの目はまったく笑っていないのに気付く。
ふぅん。
素人（戦いの、という意味）ではないようだ。
「お座りくださいな」
「言われるまでもないわ。疲れるし」
私は椅子に座る。
ガチャン。
座ったと同時にソノラはテーブルにあるモノを置いた。銃器。
44マグナムだ。
それも二挺。
「何これ？」
「差し上げます」
「はっ？」
「ふふふ」
ゴトン。
さらにテーブルに四角い箱。
44マグナムの弾丸だ。
100発入り。
私は馬鹿でもお人よしでもない。少なくとも多少の配慮がある。無料のプレゼントは当然身構える。
「どういう意味？」
「時間が限られていますので簡潔に言います。よろしいですか？」
そう聞かれれば……。
「ええ」
と答えるしかない。
横暴な女だ。
「私はソノラ、レギュレーターの統括を任されています」
「レギュレーター？」
統括、ね。
レギュレーターの意味が分からないけど統括云々という言葉を使うのであれば多分組織名なのだろう。そしてソノラはそのリーダー。流れから察
するとルーカス･シムズはソノラの部下。そしてレギュレーターに属しているわけだ。
多分ね。
「我々はこの世界の悪を駆逐している」
横合いからルーカス･シムズが口を挟む。
その方がいい。
私としてもルーカスの方が話し易い。
「駆逐？」
「そうだミスティ。レギュレーターは正義の組織。銃で悪を駆逐する集団だ。俺以外にもメンバーは数多くいる。普段は一般人として過ごしつつ悪を
密かに排除している。賛同する同志は多い。皆、悪を憎み日夜戦っている。レイダーや奴隷商人、タロン社が主なターゲットだ」
「ふーん」
タロン社ってなんだ？
「つまりレギュレーターって……」
「仕置き人組織よ」
答えのはソノラ。
何気に第一印象でこの人苦手。
冷たい眼が嫌い。
怖い？
怖くはないけど嫌い。ただそれだけだ。
ソノラは続ける。
「簡単に言うと私達は『必殺仕事人2277☆』ってところかしらね。金曜日の夜にやっている番組のような感じです」
「はっ？」
意外にお茶目らしい。
てか意味不明？
こちらに44マグナムを押し付けるようにしつつ、彼女は言った。
「規律や規則は悪と戦う事。それだけ。つまりレイダー等を見たら始末して頂戴。戦利品は好きにすればいい。我々の概念は悪を駆逐する事、それ
だけなのよ。こちらから特に要求する事はしない。ただし覚えておきなさい。レイダー紛いの事をした者は誰でも我々は狩る」
「脅し？」
「事実」
「なるほどね。で、銃を貰う見返りは？」
「ないわ。ルーカス･シムズの強い勧めがあったからわざわざ貴女の顔を見に来た。そして特別に銃をプレゼントした。それだけよ。聞けば父親を探
しているとか。我々は強力な同志を常に求めている。同志となってくれるなら、我々の組織力で手助けしましょう。どうかしら？」
「ふむ」
良い話だ。
要は旅しててレイダー等を見かけたら始末すればいい、それだけだ。
大した義務ではない。
だって接触したらどっちにしても殺すしかないのだから。
レイダーと遭遇→戦闘に移行。
それが自然の流れ。
ならば。
ならばレギュレーターとやらに加担したところで大した義務は生じない。それに44マグナム二挺は魅力的な条件だ。
強力な拳銃が手に入る。
レギュレーターの組織力も利用出来るのであればその話に乗ってあげましょう。
断る事はあるまい。
「いいわ。ソノラ、よろしくね」
「感謝するわミスティ。これからレギュレーターの一員としてともに頑張りましょう。我々はミスティの父親探しに全力を尽くします。だから交換条件
ですよ。貴女は貴女で正義を貫いてください。この世界を救う為にね」
「ええ。了解」
仕置き人組織『レギュレーター』登場。