私は天使なんかじゃない








Change The World






  変化が常に正しいとは限らない。
  正しいこともあれば悪いこともある。

  そして新たな争いが生まれるのだ。





  『ハロー、アメリカ』
  『ここで霊的な引用を』
  『大統領ジョン・ヘンリー・エデン自身が、あなたの心に届けよう』
  『自由が乱用され不道徳に至れば独裁の力がすぐに生まれてくる』






  キャピタル・ウェイストランド。
  そこに悪の勢力がいた。

  悪逆非道な傭兵会社タロン社。
  悪名高いパラダイスフォールズの奴隷商人。
  エバー・グリーンミルズを本拠地にしていたレイダー連合。
  テンペニータワーを狙っていたグール達の組織である反ヒューマン同盟。
  大量の銃火器を扱い、間接的に戦いを拡大していた武器商人ドゥコフの組織。
  ボルト87において教授に量産されていたスーパーミュータント軍団。

  それらの勢力は一掃された。
  赤毛の冒険者。
  彼女はウェイストランドの人々に戦うことの意味を教えた。
  そして平和は訪れた。

  しかし世界はそんなには単純ではなかった。
  エンクレイブ敗退後、世界は再び混乱と混迷へと走り始めていた。



  浄化プロジェクト。
  ダイタルベイスンを蝕む放射能を除去し、清浄で綺麗な水をキャピタル・ウェイストランドの人々に提供するという計画。
  誰にでも安全な水を。
  それがミスティの両親であるジェームス、キャサリンの願いだった。
  そしてそれは叶った。
  浄化プロジェクトは完成し清浄なる水は流れ始めた。

  ただ、流通する手段がなかった。
  ウェイストランドはリベットシティを除いて、各集落はメガトン共同体として発展していた。しかし水を流通させるとなると話は別だった。そこまでの余裕はまだなかった。
  BOSはエンクレイブのベルチバードを4機鹵獲していたもののピストン輸送するにしても数が足りない。
  結果、最も近く、最も大都市のリベットシティが輸送手段を提供するという形で落ち着いた。
  だがそれは水を輸送するというよりも利権でしかなかった。
  要はメガトン共同体を抑えるという形を取りたかったのだ。急成長する共同体を危険視し、大都市としての権威を守りたいというものだった。

  水の浄化、つまり住人に配る水の必要量はBOSは確保できていた。
  ただリベットシティは供給量を意図的に制限していた。
  その為全ての集落には配られない。
  配られても必要な量には程遠い。
  水の供給量を支配することによってリベットシティはその権威、そして利権を貪っていた。住人からの不満はBOSにそのまま行き、リベットシティは発言権を増す。
  悪循環。
  無償で配られるべき善意の水はキャピタル・ウェイストランドの新たなる悪の温床となりつつあった。

  その結果、赤毛の冒険者によって掃討されたはずの各勢力の残党は水の利権を狙い暗躍を開始していた。
  また治安が維持され、街道も安全になったことから今まで集落から出られなかった住民も気軽に出られるようになった。そして食い詰めた者たちは水のキャラバン隊を襲い出す。
  精製された水、その名はアクアピューラ。
  高値で取引される清浄な水。
  アクアピューラという利権を巡って人々は新たなる欲望をキャピタル・ウェイストランドに満たそうとしていた。

  世界は変わった。
  良くも悪くも、世界は変わったのだ。

  そして人は過ちを繰り返す。





  シカゴ。
  その地中深くにある軍事要塞ドーン。
  キャピタル・ウェイストランドのレイブンロックはエデン大統領、議会は軍事要塞ドーンにあった。
  レイブンロック陥落後は軍事要塞ドーンに総司令部が一元化された。
  その内部。
  大統領の執務室。

  「……」
  「閣下」
  「……」
  「クリスティーナ・エデン大統領閣下」
  「……ん……ああ、寝ていた」
  デスクに頬杖したまま眠っていたクリスティーナは自分に拝謁するために控えていた腹心の橘藤華を見た。
  転寝をしていたようだ。
  「お疲れですか、閣下?」
  「かもしれん」
  藤華の階級は大尉。
  以前と変わらず。
  ただ、ガルライン中佐、クィンシィ少佐、橘藤華大尉、ニムバス大尉、リナリィ中尉、カロン中尉、ハークネス中尉は大統領直轄の親衛隊という肩書を得ている。
  彼ら彼女らは階級に関係なく指揮できる権限を持っていた(ただし親衛隊内には階級差がある。例えばカロンはガルラインに命令できない)。
  その為階級は関係なかった。
  「夢を見ていた」
  「夢、ですか」
  「不思議なものだな。人生の大半を寝ていたのに眠いのだから。それにしても、二百年以上この椅子を見てきたが、いざ座ってみると大したことはないな」
  「……」
  事情を知る藤華は押し黙る。
  クリスは笑った。
  「気にするな。それで何か報告があるのか? ……いや、聞き方が悪かったな。向こうはどうなった?」
  「報告します。依然として衛星中継ステーションからは何の応答はありません」
  「ふむ」
  「集結した兵力は3000。これは問題ありません。ただ、第一から第三の空挺師団、それぞれの部隊にはベルチバードが1〜3機配備されておりました。合計で57機です」
  「そんなにいるのか。ふむ、潰すには惜しいな。問題は……」
  「衛星中継ステーションですね」
  「そうだ。場所も場所だな。厄介だ」
  「はい閣下。衛星中継ステーションからは攻撃衛星が動かせます。敵となるのであれば厄介です」
  「指揮官の情報はないのか」
  「現在はクラークソン准将が指揮を執っているとか」
  「彼の評価を変えねばならんな。大統領に忠実ではなく、ただの凡庸な御仁のようだ」
  「確かに」
  ジョン・ヘンリー・エデン。エンクレイブの大統領。
  ただし機械の大統領でありレイブンロック陥落と同時に吹き飛んだ。にも拘らず現在エンクレイプラジオを通じて衛星中継ステーションのクラークソン准将を傘下に置いている。
  クラークソン自身、機械だと知っている。
  にも関わらず従がっている。
  何故なら……。
  「機械であろうと任命された以上は大統領、か。ジョン・ヘンリー・エデンが存在している限り私は簒奪した偽者の大統領というわけだな。その程度か、彼は」
  「しかし何者でしょうか、その、今のエデンは」
  「分からん。データが残っていたのかもしれん。奴のお蔭で3つの州が反乱を起こした。まあ、捨て置くがな。どの地にもエンクレイブ部隊はいない。知事(エンクレイブが支配して
  いる地元勢力を仕切っている地元の親玉)が地元勢力を動かしたところで、その気になれば粉砕出来る。むしろ煽りたいぐらいだ」
  「反対者を炙り出すためにですか?」
  「そうだ。いい踏み絵になる。問題はクラークソンの方だな」
  「はい。未確認ですがオータム大佐もその指揮下にあると」
  「奴がか? おかしな話だな。奴は私もそうだが機械の方も否定していた。反エデンで改革派の奴が向こうにいるとは、おかしな話だ」
  「はい」
  敵対しているとはいえオータムのことを正当に評価していた。
  そのオータムがエデンの配下。
  おかしな話だった。
  それともオータム大佐が主導している造反劇なのか。
  「しかし、まさか私の人格コピーが敵とはな。長引けばエンクレイブが真っ二つに割れる。それを避けるためには、仕方ないな」
  「仕方ない、とは?」
  「もう2度と戻るつもりはなかったがいざとなれば私自身がキャピタル・ウェイストランドに行くしかあるまい」