私は天使なんかじゃない
リトルランプライト
信頼を得る為にはそれに見合う行動が必要だ。
「なあなあ、そろそろ休憩しようぜっ!」
「さっきしたじゃない」
騒がしい奴だ。
ごつごつの岩場しか視界に入るものがない殺風景な土地を歩きながらスティッキーのやかましさにウンザリしていた。
だが他に道案内役がいないのだから仕方ない。
我慢するしかない。
偽ミスティの一件から既に3日が過ぎている。
私、グリン・フィス、アンクル・レオ、スティッキーの4名は出来る限り急いでリトル・ランプライトへと向っていた。
エンクレイブより先に浄化プロジェクトに必要な最後のピースを手にする必要がある。
連中にそれが握られたらお終いだ。
誰も逆らえなくなる。
何故?
何故なら浄化プロジェクトがエンクレイブの手によって稼動したのであれば安全な水の供給が抑えられるということだからだ。
武力行使でウェイストランド全域を制圧し、浄化プロジェクトを力尽くで奪い取ったエンクレイブが親切丁寧に水を住民に提供してくれるとは到底思えない。
連中は水を支配の道具にするはず。
それは許されない、許さない。
パパが望んだのはそんな未来ではない。
誰にでも安全な水を。
それこそがパパの意思。
ならば私がそれを護るまでだ、そう、私が護る。
「休憩はなしよ」
「そんなぁっ!」
不平不満は無視。
まったくの強行軍ではない、何しろ数分前に休憩したばかりだ。
確かに疲れる。
毎日歩く、歩く、歩くの連続だから疲労はたまる一方。乗り物があればいいんだけど……前に使ってたバイクは偽ワーナーに攫われた際にどこかにいってし
まったし多分ジープはクリスチームがそのままエンクレイブに持っていってしまったのだろう。
ともかく当面の移動手段は歩きしかない。
私達は歩く。
ただ、ひたすらと前に前に。
「主」
「何?」
「この少年、自分が背負いましょうか?」
「移動速度に問題があるでしょ」
「いえショックソードで二等分にして足の方を捨てていけば移動速度に問題はありません。止血さえしておけば道案内も可能ですから」
「やめろーっ!」
「御意。主の博愛主義、感服しました」
「……はあ」
疲れる。
博愛か?
博愛主義になるのか、止めたら?
グリン・フィス、相変わらず天然なのか知らないけどいい味出してます。
おおぅ。
それにしてもこの辺りはどこだろ?
PIPBOYを起動する。
ピッ。
画面に地図が表示される。
へー。
随分と東に来たものだ。
キャピタル・ウェイストランドと称されるこの地域の最東端に到達しつつある。
アンクル・レオが呟いた。
それは警告。
「ミスティ、この辺りは危険だぞ」
「ん? どうして?」
「この辺りはスーパーミュータントの勢力範囲内なんだ」
「あっ、そうか」
前に聞いたことがある。
というか前にアンクル・レオに聞いたな。私が目指しているボルト87はスーパーミュータントの発祥の地とか何とか。
今までのエンクレイブ台頭の経緯から地上の勢力はほぼ駆逐された。
それはスーパーミュータントの軍勢も同じ。
連中も排除されたはず。
だけど本拠地には?
……。
……いるでしょうね、大量に。
その場所に私、そしてエンクレイブが望むものがある。
なんとしても行く必要がある。
虎穴だとしてもね。
「主、お待ちを」
立ち止まって周囲を見渡すグリン・フィス。
私達も止まった。
「おっ、休憩? 俺の意見がようやく通ったんだなっ!」
スティッキー、無視。
無視です。
「どうしたの、グリン・フィス」
「銃声がします」
「銃声?」
耳を澄ます。
何も聞こえない。
「俺も聞こえないぞ」
「そうよね」
アンクル・レオも聞こえないらしい。
ただグリン・フィスのことだ、空耳ってことではないだろう。ユーモアってわけでもなさそうだ。
つまり?
つまり銃声は本当にしている。
だけどこいつどんな聴覚してるんだ?
「グリン・フィス」
「はい」
「銃声はまだ聞こえる?」
「はい。ただ1つではありません。銃撃戦を展開しているようです」
「銃撃戦、か」
厄介ね。
現在キャピタル・ウェイストランドはエンクレイブの統治下にある。
全ての街は占領され街道は封鎖された。
部隊も巡回している。
結果としてエンクレイブの敵対勢力、つまり最初からキャピタル・ウェイストランドに存在していた全ての勢力は自動的にエンクレイブの敵となった。
そして掃討。
少なくともそれぞれの組織は本拠地以外の戦力を維持できていない。
……。
……ああ、レイダー連合は本拠地ごと粉砕されたんだっけ。
ともかく拠点以外の戦力はそれぞれ維持できていない、つまりこの辺りで銃撃戦をしているのはエンクレイブの部隊とどこぞの組織の残党だろう。
巻き込まれたら面倒だ。
「スティッキー、リトル・ランプライトまであとどれくらいある?」
「3時間ってところかな」
「3時間か」
急げば今日中に着けるだろう。
どこの誰だか分からない連中のドンパチに付き合う必要も巻き込まれる義理もない。
道中を急ぐとしよう。
「行くわよ」
「ここだよ」
到着したのはそれから4時間後だった。
スティッキーが休憩しないと案内しないと駄々こねたからね。まあ、わざわざ案内してくれてるわけだから感謝はしてます。
……。
……随分とうるさいけどねー。
おおぅ。
さてリトル・ランプライト。
「洞穴の中に?」
「そうだよ」
地名はランプライト洞穴。
この洞穴の中に私が望んでいるリトル・ランプライトがある。そしてそのリトル・ランプライトからボルト87に行ける、らしい
結局銃撃戦には巻き込まれることはなかった。
というか誰と誰が戦闘していたのかすら不明のまま。
まあいいさ。
全部のバトルに参加する必要なんてないわけだし。
さて。
「案内して、スティッキー」
「それは無理だよ」
「無理?」
「俺はもう大人だ。……いやあんたらから見たら餓鬼かもしれないけどよ、リトル・ランプライトの規則では大人なんだ。大人は入れない、絶対に」
「じゃあ私も無理ってわけ?」
「どうかな。あんたはよそ者だ。市長が気に入れば入れるかもしれない。だけど俺は駄目だ、送別会も済んだし入れないんだ」
「なのに送ってくれた。それはどうして?」
「俺が最初に会った外の人間だから、出会いは大切にしないとってね」
「あはは」
思わず笑う。
付き合ってみるとなかなか可愛いところあるじゃないの。
この子は必ず送り届けてあげないとね。
ビッグタウンに。
だけどそれは後の話だ。
ボルト87に行ける手筈が整ってからだ。
Drピンカートンを要塞に送る為にクロスさんと別れた。これ以上人数を削るわけにはいかない。かといって1人で行かせるわけにもいかない。
「グリン・フィス、アンクル・レオ。ここでスティッキーと待ってて。入れるように交渉したら戻ってくるから」
「御意」
「分かった。俺、ここで友達と一緒にミスティ待ってる」
私は仲間達と別れて洞穴に入る。
洞穴の中は真っ暗。
ピッ。
PIPBOY3000を起動。
周囲の状況を解析する。表示された画像によると洞穴は地下に地下にと延びている。そして地下はかなり広大な空洞になっている。
ふぅん。
地下都市ってことね。
解析と同時に照明機能もオンにしたから足元が明るくなる。
これで転ぶ事はない。
それに多少なりとも照明で視界が開けたのも助かる。
武器は手にしていない。
インフェルトレイターは背負ったままだし44マグナムは腰にある。
武器は必要ない。
武器は……。
「そこを動くなっ!」
突然鋭い声が響き渡った。
言われるがまま私はその場に立ち止まった。
PIPBOYを声のした方向に向ける。
光が闇を削る。
声のした方向には壁があった。
木と鉄で作られた壁だ。
正確にはバリケードのような代物かな。壁と呼ぶには脆弱過ぎる。
その障害物の向うに少年がいた。
向こう側には多分足場みたいなものがあるのだろう、壁の上から私を見ている。腰には銃があるけどまだ抜かれていない。
そして気付く。
バリケードの向こう側から無数に私を狙う銃口に。
「一歩でも動いたら頭を撃ち抜くぞっ!」
声を発しているのは常に1人。
最初の少年だ。
私は両手をゆっくりと上げる。
「冗談?」
「本気だぞ。あんたは招かれざる客だ。出て行けよ」
喧嘩をするつもりはない。
無用な問答も不必要。
望んでない。
用件を伝えるとしよう。
「ボルト87に行く必要があるのよ。行き方を教えて欲しいの」
「ボルト87? やめておけよ。あそこは化け物ばっかだぞ」
「化け物?」
「ああ。僕は化け物を避けるのは得意なんだ。たぶん、あんたよりもね。化け物はでかい奴らだ。きっと何かの間違いじゃないって思うような奴らだよ」
たぶんスーパーミュータントのことだろう。
なるほど。
やはりボルト87は連中の本拠地か。
「行く方法を知っているの?」
「知ってるよ。リトル・ランプライト、つまりここを通ればいいんだけど、通さないからね。他の道でも見つければ?」
他の行き方があれば苦労はしない。
「通してはくれない?」
「駄目だ。ムンゴは立ち入り禁止だっ!」
ムンゴ。
たぶん大人ってことかな。
なら子供が好むような冗談でも言えば和めるかもしれない。
冗談。
冗談。
冗談。
うーん、こんな冗談なら通じるのかなぁ。
「ふふふ」
「何がおかしい?」
突然笑い出した私を見て少年は怪訝そうに顔をした。
微笑を湛えたまま言う。
「あんたの顔ってお尻みたいね」
「そうかい? ……じゃあ、随分格好良いお尻だな。あっはははっ!」
あっ。
笑った。
随分と適当過ぎて私は赤面してるけど受けて何よりです。
「大人にしちゃ面白い人だな」
「どうも」
「いいよ。あんた入りなよ」
ごごごごごごごごごっ。
バリケードの一部が上にせり上がる。
ゲートが開放された。
門の少年が視界から消えた、それから数十秒後にゲートから出てきた。
私は手を差し出す。
握手しようとしたけど少年は私の手に一瞥をくれただけ。
フレンドリーではないらしい。
まあいいけど。
「この街は誰でも招き入れるわけには行かない。危険を承知で特別にあんたを入れてるんだ」
「ありがとう」
「僕の街にようこそ。少なくとも、害になるまでは歓迎するよ」
「私はミスティよ」
「僕はマクレディ。市長に選ばれたからリトル・ランプライトを仕切ってる。よそ者は嫌いなんだ。ムンゴもね」
「大人を嫌うのね。どうして?」
「成長すれば人は変わるし僕達はあのムンゴ達を信用していない。歳を取りすぎる前にここを出てビッグタウンで暮らすのが決まりなんだ。少なくとも
ジョセフにはそう教わったよ。でも、本当の理由はここにずっといられるだけの場所も食料もないからなんだ」
「そう」
もっともかもしれない。
ここはスーパーミュータントの勢力下に最も近い。外は出歩けない、つまり洞穴に籠もるしかない。
食料も充分ではないのだろう。
「街が崩壊する前に何人か選んでここを出なくちゃいけない。厳しい選択だけどそうしないと生きていけないんだ」
好奇心はわくけど本題に入ろう。
「ボルト87への行き方を教えて欲しい」
「条件がある」
「言って」
「お互いに貸し借りなしの方がいいだろ? あんたはボルト87に行きたい、そして僕らは僕らで別の問題を抱えてる。お互いに協力し合おうじゃないか」
なるほど。
その方がお互いにやり易い、か。
「何して欲しい?」
「仲間が数名奴隷商人に連れて行かれた。連中から仲間を救って欲しい。方法は任せるよ」