私は天使なんかじゃない
長所か短所か
状況に応じて長所は短所になる。
逆もまた然り。
「主」
「しっ」
私達はレイダー達に見つからないように物陰に潜む。
状況が変わったのだ。
連中を襲撃するつもりでいた。
そう。
5分前まではね。
デスクローの攻撃で右往左往のレイダー達の野営地を奇襲。
そしてそこにいる連中を完膚なきまでに殲滅して私の偽者を生きたまま(死体でも良いけど原形を留めたまま)捕獲して奴隷商人に引き渡す、それが目的だった。
偽者、おそらく整形か何かしてるんだろう。
望遠鏡で見た感じでは私より少し背が高い、グリン・フィス曰くでは私より胸も大きいらしい。
まあ、私は認めないけどっ!(力説)
ともかく。
ともかく良く見たら細部はまったく違うだろうけど外観はパッと見では私。
つまり私を付け狙う奴隷商人も騙せる。
一時的にかもしれないけど騙せる。
最大の敵はエンクレイブ。
エンクレイブの台頭でキャピタル・ウェイストランドに点在する各地の勢力はそれぞれ追い詰められている、エンクレイブに各個撃破されている。
@エバー・グリーンミルズのレイダー連合は壊滅。
Aジェネラル率いるスーパーミュータント軍、大量投入されたデスクローにより敗北。
Bタロン社はエンクレイブの後援を受けたカールの造反で上層部は一掃、実権を握ったカール大佐はエンクレイブの傘下に入ることを宣言。
Cパラダイス・フォールズの奴隷商人はエンクレイブに本拠地を制圧され現在は併呑された状態。
私の敵達は現在こんな感じ。
もっとも友軍でもあるBOSは要塞に追い詰められて身動きが取れない状態だし、中立のOCも同じようなものだ。
エンクレイブの支配は確実に進んでる。
そして正面切って連中に勝つのは確実に無理。
だから。
だから出し抜く為にも浄化プロジェクトの要を私達が得る必要がある。
私の偽者を使えばエンクレイブの駒に成り下がって各地を徘徊してる奴隷商人を騙せるしエンクレイブの警戒も緩められるはずだ。
私の存在はエンクレイブでも面白くないはず。
偽者を差し出す。
そうすれば一時的には動き易くなる、その隙に連中を出し抜く。
そのはずだったんだけど……。
「……」
無言で私達はレイダーの宿営地を見る。
無数のテント。
そこには多数のレイダーがいる、デスクローの死体がある、そして偽者が手下を引き連れて野営地を後にする様が見て取れる。
率いている数は20人。
どこに行くのかは知らない、まあ、当然だけど。
偵察?
略奪?
ともかく私の偽者は手下をそろぞろ引き連れて野営地を後にした。
もっとも野営地にはそれでも100やそこらはいるだろう。
問題は……。
「グロスさん、どう思います?」
「軍用というよりは難民キャンプにも見えるわね」
「ですよね」
そう。
デスクローの危機が去った為だろう、テントからは子供がたくさん出てきている。
まあ、レイダーといえば無法者だけど彼ら彼女らも人間である以上は子供はおかしくない。しかし何故こんなにいるのだろう?
子供を引き連れて移動している?
まあ、それはそれでおかしくはないけど……確かに難民キャンプにしか見えない。レイダーの格好をしてるけどこれは難民キャンプだ。
「主、エンクレイブに追われたからでは?」
「そうね」
レイダー連合の本拠地は陥落した。
その際に生じた難民を私の偽者は手懐けているのかもしれない。
さてさてどうしたもんか。
襲撃したら当然子供も巻き添えにしてしまう。
それは後味が悪い。
では偽者の後を追撃して、偽者を捕縛する?
それはそれでやり易いけど銃撃音が響けば宿営地の連中が出張ってくるだろう。宿営地に奇襲を仕掛ける分には勝ち目があるけど、出張ってきた
連中に包囲されたら数の上で圧倒的に不利な私達では勝ち目が薄い。そこまで自分の能力を過信はしていない。
却下だ。
「なあなあミスティ」
「何?」
陽気で人が良いアンクル・レオに向き直る。
他のスーパーミュータントと顔つきが変わらないのに彼には嫌悪感や恐怖は感じない。むしろ優しく見える。不思議なものね。
「偽者のミスティに成りすましたらどうだ?」
「偽者に?」
「そうだ。偽者のミスティの真似をするんだ。つまり偽者のミスティの偽者になるんだ」
「ふぅん」
なるほど。
それはそれでありだ。
何食わぬ顔をして宿営地の様子を見て回るのもいいだろう。もしくは何らかの細工を仕込めるかもしれない。
アンクル・レオにウインクする。
「ナイスアイデア☆」
先頭が私。
続いてグリン・フィス、グロスさん、アンクル・レオ、そしてスティッキー。一応スティッキーの戒めは解いてある。
私達は歩く。
レイダー達の宿営地のど真ん中を。
堂々とし過ぎ?
堂々としないと逆に怪しい。
そもそも連れている面子も怪しいといえば怪しいけどね。
ただ展開次第では武力制圧にもなるから連れてきた。アンクル・レオは目立ちまくるけどその分私への視線は緩慢になる。スーパーミュータントの彼は
一身に視線を浴びるわけだし、私と偽者が細部が異なることに気付く確率が少しは下がるはず。
……。
……た、多分ね。
まあ、そもそもさっき出掛けた偽ミスティがいきなり戻ってきて見たことのない仲間、それもスーパーミュータントを引き連れているって設定は無理があるかな?
あっ。
そもそもこいつら偽者を偽者として認識してるのかな?
その辺りは盲点だったな。
発想の仕方がまだまだ甘かったかも。
「ミスティ様、お帰りなさいませ」
「その方たちは新しい部下ですか?」
「お帰りなさいませ」
レイダー達は一様に私に対して敬意を示している。
全幅の信頼?
そうね。
そんな感じがする。
どうやら偽者は完全に私に成りすましているらしい。
アンクル・レオを見ても驚きはしても警戒はしてないし、パワーアーマーを着たグロスさんにしても警戒してない。
ふぅん。
完全に掌握しているらしい。
宿営地を見て回っている私達はまったく攻撃されないし敵意も感じない。
「主」
グリン・フィスが小声で囁く。
「偽者は主に成りすましているようですね。完全に」
「その慧眼、さすがね」
「ありがとうございます」
そう。
偽者は『ミスティ』に成りすましてる。
私の顔に整形したとしても中身は変わらない。まあ誰が整形して偽者に扮しているのかは知らないけど仮にAとしよう。街を襲う際や対外的な奴ら会う時は私の
名前を使うにしても仲間には本名で呼ばせるはず。そこまで徹底して私に成りすましている?
可能性としてはあるだろうけど違和感を感じないではない。
私の名を利用して纏め上げた。
その可能性は否定できない。
だけど何の為に?
レイダーにとって私の名がカリスマであるはずがない。あくまで忌むべき名前だろう。
……。
……まあ、全て憶測だ。
考えていることが正しいとは限らないしまったくデタラメな憶測の可能性もある。
ただ分かったことがある。
こいつらは偽者に対して忠誠を誓ってる。
絶対的なね。
厄介かも。
私達は見て回る。レイダー達はまったく警戒していない。誰だか知らないけど手を振りながら笑い掛けてくる連中もいる。とりあえず手を振った。
誰だか知らんけど。
宿営地を仲間連れてただ練り歩いているわけではない。連中の武装を確認している。
着ているのはタイヤの廃材や鉄などで補強した服。
まあレイダーフッションね。
そこは変わらないんだけど手にしている武器は今まで見たことがない銃火器だ。
アメリカ製ではない。
「ロシア製ね」
チラリと見た銃に刻まれた刻印で分かった。
どこで手に入れたものなんだろ?
手入れが行き届いている。
まさかこいつらお揃いでロシア製の銃火器?
ん?
そういえばピットの街に出張ってきたカールの部隊もロシア製を使ってたなー。
関連はあるのかな。
「ドゥコフという男がいた」
「えっ?」
グロスさんの呟きが耳に入ったので立ち止まり彼女を見る。
「少し前までドゥコフという男がいた。ロシア系の武器商人だ。少し前にエンクレイブに組織ごと抹殺されたようだけどそいつはロシア製の銃火器を斡旋してた」
「こいつらそこから買い入れた?」
「おそらくは」
ふぅん。
つまり武器商人から纏め買いするだけの財源がこいつらにはあったってわけだ。
そしてメガトンを攻撃、かな?
問題というか最大の誤算はエンクレイブの登場。
疫病神のエンクレイブはこいつらにもきっちりと祟ったわけだ。
連中の台頭により偽者一派はここで足止めされてしまっている。どこにもいけないわけだ、こいつら。どこに行ってもエンクレイブの勢力化だからね。
そういう意味では潰すのに好都合ではある。
エンクレイブによって各個撃破された勢力、しかしその勢力の生き残りは完全に分断されているので私達にしても仕留め易い。
ポジティブに考えよう。
ポジティブに。
「それで主、どうします?」
「うーん」
銃火器や弾丸の集積をしているテントが多分あるはず。管理は分散はしてるかもしれないけど、そこの1つに爆発物を仕掛ければ揺さぶりは掛けられる。
戦略としてはベターだろう。
ただ……。
「ごほごほっ!」
咳をしているレイダーがいる。女性レイダーだ。
子供を抱えてる。
良くない咳だ。
耳を澄ましてみると咳はそこら中でしている。立っている歩哨達はしていない、咳は基本的にテント内から聞こえる。そこら中のね。
どうやら病人がいるらしい。
大勢ね。
それも1つの場所に隔離していない、多分病人と健常者が一緒に寝起きしているのだろう。
空気感染の恐れはないと思う。
もしもその可能性があるなら歩哨も寝込んでいるはず。病気になっているはず。病気に関してここまでズサンならそうなっているはず。でもなってない。
つまりは空気感染はしないのだろう。
普通なら無視する。
「ちょっとそこの人、子供は離した方がいいわよ」
「えっ?」
はあ。
私の愚か者ーっ!
何でこの口は黙っていられないのだろう。
気付いたらレイダーの女性に声を掛けていた。
「何の病気かは調べてみないと分からないけど空気感染はしないみたいね、でも唾に病原菌が含まれて感染する可能性もあるわ。だから治るまで離した方がいい」
「わ、分かりました」
「主」
グリン・フィスは無視する。
やれやれと言いたげにグロスさんは首を横に振ったけど私はそれも無視。
気付けば診断してた。
あーあ。
私ってば馬鹿だ。
色々と女性に聞いた。病状そのものは大したことはない。
問題は……。
「薬飲んでないの? 薬飲めば1発なのに」
「……? ミスティ様がどれだけ放浪するか分からないから全ては配給制にすると……」
「あー、それは忘れて」
「……?」
そうだ。
これはこれで手だ。
配給制の物資を使わせる、これも1つの戦略だ。まあ偽者はすぐ帰ってくるだろうから配給を無視したが為に物資が底を尽く的な展開にはならないだろうけど
不和が生じるはず。偽者は部下達に疑心を持つだろうし部下達も命令をころころ変えるボスに疑心を持つだろう。
疑心暗鬼。
それはそれで戦略。
……。
……まあ、それは言い訳の1つなんだけどね。
「そこのあんたっ!」
歩哨の1人に叫ぶ。
「何でしょうか、ミスティ様?」
「病人達の薬を。それと子供達の栄養状況が悪いわ、栄養失調ってほどではないけど飢えているのは確かね。食べ物を用意して。あんたらの分もね」
「了解でありますっ!」
少し喜びながら歩哨は敬礼した。
空腹は誰もが覚えていた、か。
「主」
「何が言いたいかは分かるわ。でも……」
「いえ文句ではありません」
「ん?」
「手懐けるつもりなのですか?」
「ここの連中を?」
「はい」
確かにここの連中が私の名前を慕って集まったのであれば。
偽者から指揮権を奪うことも出来るだろう。
「主の憶測は……」
「甘いわね。それは私も認める。でも安心して、私はそんな甘い憶測は持ってない。……ただ見過ごせなかっただけよ。まあ、そっちの方が問題よね」
「ティリアス、そろそろ撤退した方が良くないかい?」
「そうですねグロスさん。私もそろそろ……」
「そこのあんた、こっちのテントでコーヒーでもどうだ?」
「……」
油断なく私はそっちを見た。
老人がいた。
急な大盤振る舞いな配給で沸き立つレイダー達。そんな中、その老人だけは浮いていた。
感動が薄い性質?
そうかもしれない。
ただ私のことを『そこのあんた』と表現したのが気になった。
こいつ私がここの指導者の偽ミスティでないことを見抜いているのかもしれない。偽ミスティの偽者……あー、紛らわしい。ともかく今まで仕切ってた奴と
別人という事を見抜いている感がある。
招きに応じる必要はありそうね。
スティッキーが子供達に引っ張られて座に引き込まれる。
「なあなあこの子達に俺の作った物語を聞かせてやってもいいかな? 少しぐらい楽しむ時間あるかな?」
「どうぞご自由に」
素っ気なく答える。
当然だ。
この老人の出方1つでここは戦場になるのだから。
「警戒しなさんな」
「あんた誰?」
「ワシの名はDrピンカートン。マジで最高の科学者だぜ? そして整形外科医でもある。だから分かるんだよ、本物と偽者の区別ぐらいね」
「……」
「警戒しなさんな。ワシはここで足止めされて朽ちるつもりはないんだから」
「どうして欲しいの?」
「まずはテントに入ってくれ。そこで話そうや」