私は天使なんかじゃない
終末
旧世紀。
ある学者はこう言った。
「核戦争なんかになれば世界は壊れてしまう。地球は滅亡してしまう」
危惧。
警告。
しかしそれは正しかったのか?
答えは、否。
地球は滅んだりしない。
核で滅ぶのは人間の文明だけで、地球はただ悠然と存在し続ける。
地球の滅亡?
それこそが人間の傲慢な価値観なのだ。
西暦2077年。
アメリカと中国の全面戦争は、ついに最後の一線を超えた。どちらの指導者が先にそのスイッチを押したのかは分からない。
しかし押してしまったのだ。
自らの滅亡を確定するスイッチを。
……核のスイッチを。
核は大陸を飛び交う。次第にそれは地球上のあらゆる文明を捕捉し、襲い掛かる。
何の為に?
アメリカと中国の戦争。にも拘らず核は世界中に放たれる。
どちらかの同盟国だったからか、それとも道連れが欲しかったのか。いずれにしてももう分かるまい。
キノコ雲が無情に立ち昇る。
そして。
そして、世界は滅んだ。
西暦2277年。
全面核戦争から200年後。
人類はしぶとく生き延びていたものの、既に国家という枠組みは存在せず、人々は黄昏の時代を過ごしていた。
かつての支配者たる人類は既に支配者ではなく、過酷な弱肉強食の時代。
アメリカの首都であるワシントンDCは戦争末期に人間から改造されたスーパーミュータントと呼ばれる異形な巨人達に支配され、
放射能の影響で人ならざるゾンビになってしまったフェラル・グールが廃墟に徘徊している。
アメリカ、中国の軍がそれぞれ開発した生物兵器であるデスクロー、ヤオ・グアイなどの存在や、放射能で突然変異したその他の
動物や大型化した昆虫も人類に牙を剥く。
狂った生態系が驕る人類の敵に回ったのだ。まるでかつての支配者に対する憎悪を露にするように。
軍事技術も暴走する。
戦闘に特化されたロボット達は制御を失い、レーザー兵器というロストテクノロジーで人々を狩り立てる。
まるで狩りを楽しむ狩人のように。
そう。
既に人類は狩られる立場。
敵は人間にもいた。
無法な略奪者であるレイダーの存在。
モラルなき傭兵集団タロン社。
組織的に、また徒党を組むわけではないにしても理性を失った者達はこの過酷な時代を生き抜く為に他人を食い物にして生きていく。
他人を食い物に?
そう、いろいろな意味で他人を食い物にして生きている。
敵は物理的なモノばかりではない。
眼に見えぬ強大な敵が存在していた。
それは放射能。
特に水には放射能残留度は高く、大抵の飲料水は放射能に冒されている。この世界にもまだ獣に戻らず人間らしく生きている者達の
巨大な集落は数多にある。そういう場所では蒸留装置があるものの、完全とはいえない。
人は静かに滅びつつあった。
ボルト101。
ボルトテック社が開発した地中深くに存在する放射能隔離施設。
全面核戦争から200年。
しかしボルト101内には平穏が保たれている。秩序と規律が護られ、安定した、それでいて平穏な日々が護られていた。
そこには外の世界キャピタル・ウェイストランドの恐怖は存在しない。
水も完全に浄化され、食料も自己精製可能。
完璧なる世界。
……もっとも。
ボルト101から出る事は叶わない。
わざわざ出ようとする者はいないだろう、とは外からの者の一方的な意見だ。内部の者にしてみれば閉鎖的なこの世界に嫌気が
さしている者も実は多い。
だが規律がそれを許さない。
ボルト101の最大の悩みは人口の低下が顕著になって来たからだ。
世界との壁は厚い。
世界は終末的な流れを加速度的に進んでいく。
ボルト101に籠もっていても人口低下が進んでいる以上、いずれは自滅するだろう。キャピタルウェイストランドもまた然り。過酷な
生存競争の外の世界もこれが長引けばいずれは死滅する。
人類が自分で選んだ事?
そうかもしれない。
でも、それは違うだろう。
それを選択したのは既に墓の下の連中だ。
今の者達には何の関わりもない。
全面核戦争を選択しておきながら当の本人達は既に存在しないのだから身勝手過ぎる。
いずれにしても。
いずれにしても、世界は加速度的に滅亡へと進んでいた。
……終局へ……。
私はティリアス。愛称はミスティ。
いずれ私は叫ぶだろう。
今は知る由がないものの、いずれはこう叫ぶ。
「私は天使なんかじゃない」