そして天使は舞い降りた







分岐点






  運命は私にウインクをしたが、私は顔を逸らし気付かない振りをした。





  「行ってきます」
  「気を付けてくださいね」
  本日も快晴。
  そして暑い。
  サニーに頼まれて今日は見回りを手伝うことになりました。
  相変わらず恰好はボルト21のジャンプスーツ、ウエストパック、肩掛けホルスターには9oピストル。
  毎度毎度の装備ですね。
  町の広場でサニーと待ち合わせ。
  いた。
  「おはよう、サニー」
  「ああ。おはよう」
  シャイアンもいる。
  私を見るとワンと鳴いた。
  お利口さんですね。
  「それで、どう見回るの?」
  「墓場方面と井戸の方、どっちがいい? 墓場の方は街全体も込みね」
  「どっちでもいいよ」
  「それであんたの為にならない」
  「はっ?」
  「選択しなさい、自分で考えて」
  「はあ、まあ、じゃあ井戸の方で」
  墓場の方は登りがきつい。
  「じゃあ井戸の方は任せたよ。ゲッコーがいるかもしれないから、ほら、こいつは手付であげる」
  9oピストルの弾丸だ。
  箱に入ってる。
  50発入り。
  「いいの?」
  「手付だよ、報酬の一部だからね、勘違いしないように。全部終わったら、そうだね、30キャップ支払おうか」
  「分かった」
  9o弾は1発1キャップだから、合計すると80キャップ相当の収入だ。
  どっちにしろ弾丸は必要。
  助かります。
  「私は街と墓場か。やったことにしてプロスペクター・サルーンで一杯やってようかな」
  「……ずるい」
  「まっ、頑張んな。じゃあね」



  「異常なしっと」
  3つ目の井戸、完了。
  私はバルブを開いて水を解放、両手で水を掬って手と顔を洗い、それから今度は両手で掬って飲み干した。
  ぷはぁー。
  生き返りますなぁ。
  バルブを閉じる。
  さて。
  「帰ろうか」
  サニーの方が楽だったかな?
  いや。
  向こうは向こうで街中にギャングがいるしな。
  手を出してくるつもりは当面はなさそうだけど、何かの拍子にどちらかが一発撃てばお終いだからなぁ。
  雑貨屋の一件で私は危ない性格だと判明したし。
  喉握り潰したんだぜ、私。
  やばいだろ。
  そして何がやばいかっていうと自分では何も意識してないってことだ。
  ある意味でセーフティ壊れてるな、私。

  「あのっ!」

  「はい?」
  男がいる。
  薄汚れた、元は白い服を着込んだ男性だ。手には9oピストルを持っていた。
  警戒する。
  ギャングには見えないけど、擬態したギャングかも知れない。
  「私はバートン・ソーンと言います」
  「どうも」
  「ミスティさん」
  私を知ってる?
  まあ、街で聞き込みすれば簡単に分かるか。
  「何か御用?」
  「助けてください、娘が、娘が岩山に取り残されていてっ! その、ゲッコーが、娘をっ!」
  「ゲッコー」
  それで今回の見回りで遭遇しなかったのか。
  岩山ってところにいるらしい。
  「助けろってことね、分かった」
  「そんなに簡単に? その、頼みごとを聞いてくれるのですか?」
  私は笑顔を浮かべた。
  「任せて。あなたはここで待ってて。行ってくるから」



  岩山を登る。
  結構な高さだ。
  ただ、足場はしっかりしてて、人が通れる。歩きやすい。何やら鉄塔が立っているけど、送電線か何かかな。
  バートン・ソーンは待たせてある。
  安心してくれたのかな?
  笑顔は見せたけど、笑顔で返してくれたけど、私の笑顔って結構社交辞令的な面があることを私は分かってる。意識してはしてない、自然とそうしているだけ。
  「おいでなすった」
  ちょろちょろと岩場からゲッコーがこんにちはする。
  9oピストルのグリップを強く握り、握り心地を確かめる。
  心臓は?
  鼓動は実にゆっくりしている。
  ふぅん。
  場慣れしてるな、私。
  怖くない。
  「こいつは挨拶代わり」
  ゲッコーの頭に叩き込んだ。
  肉やら革は後で回収しよう、狼煙上げたら誰か街から来るんだろうか?
  さて。
  「経験値とキャップ稼ぎ、始めようか」
  銃声に惹かれたのか、血に惹かれたのか。
  ゲッコーたちが集まってきた。
  ステルスで行け?
  それもいいけど、娘さんが置き去りにされているなら暴れて引き付けるのも作戦の一つだ。脱出の際に群れられても困るし。
  「そこっ!」
  迫りくるゲッコーの一体を射殺する。
  だが。
  「もうっ! わらわらとっ!」
  この岩場一帯はゲッコーの巣窟のようだ。
  俊敏な動きで迫ってくる。
  「ちっ!」
  飛び掛かってきた一体を撃ち落とし、地上に転がす。だがゲッコーは恐れなどないのかさらに飛び掛かってくる。

  ばぁん。ばぁん。ばぁん。カチ。

  「やばっ!」
  三体撃ち落とした時点で弾倉はゼロ。
  私は転がるようにその場から退き、ゲッコーは何もない空間に躍りかかる結果になった。
  「はあっ!」
  その背中に蹴り。
  何かが砕ける衝撃が足に伝わり、体に走る。
  ゲッコーは前詰めりになって動かない。
  弾倉交換っ!
  私ってば意外に体術が出来るようだ、雑貨屋の前でも相手の喉を潰したりしたし。握力だけで。
  馬鹿力っすね。
  「はあはあ」
  問題は体力だ。
  やばい。
  尽きてきた。
  そして9o弾のマガジン。弾丸そのものはサニーに報酬としてもらったからあるけど、使うに当たってはマガジンに込める必要がある。今ある装填済みのマガジンは9oピストルに1つ、ウエスト
  パックに1つ。使い切れば弾丸を一つずつマガジンに込めなければならない。アイテムメニュー開いている間相手は動かないってわけではないから、きついな。

  ばぁん。ばぁん。ばぁん。

  銃声。
  私ではない。
  バートン・ソーンだ。
  彼が9oピストルを撃ちながら追ってくる。私に忍び寄ろうとしていたゲッコーが転がった。
  援護か。
  助かる。

  「ミスティさん、私もやはり行きますっ! 援護しますっ!」
  「助かるっ!」
  蹴散らし。
  蹴散らし。
  蹴散らし。
  私たちは岩場の頂上近くに到着した。
  「はあはあ」
  「大丈夫ですか?」
  「大丈夫そうに見えてるなら、聞かないで。見えてないなら、言わないで」
  「すいません」
  「はあはあ」
  ゲッコーは追撃をやめたらしい。
  助かる。
  マガジンは装填しているのが最後だ。
  これを撃ち尽くせば弾丸を1つずつマガジンに入れる作業からしなければならない。
  「あ、あれか」
  ベアトラップが目に入った。
  トラバサミ。
  何体かゲッコーが引っ掛かって死んでいる。
  おそらくそれでゲッコーが近づかないのだろう、ここはやばい罠がある程度の知能はある模様。
  「バートン・ソーン」
  「何ですか?」
  「何で罠があるの?」
  「そう言われましても」
  娘さんが仕掛けたってわけではあるまい。
  先客がいるのか?
  ギャング的な何かが?
  「あう」
  「ミスティさん?」
  その場に転ぶ。
  やばい。
  疲れ果ててしまった、ここで休憩したい、というかお昼寝したいモードなのだが……娘さんの命が掛かってるんだ、立ち上がる。
  「よし、行こう」
  「はい」
  銃を手に私は慎重に、そして罠に掛からないように岩山を登り切った。
  その先にあったもの。
  それは。
  「死体」
  足元には死体が転がっていた。
  間に合わなかった。
  ……。
  ……というわけではない。
  まあ、死んでいる人的には救援が間に合わなかった、で合ってるけど、これはバートン・ソーンの娘さんではないし、そもそも成人男性だ。
  何者だろう?
  ゲッコーに齧られている形跡もない。
  頭から血を流した跡があるけど、昨日今日ではないな。
  少なくとも数日前だろう。
  「ここまで連れてきてくれてありがとう」
  「バートン・ソーン、どうしたの?」
  「まんまと騙されてくれたな。俺が用があるのはそこのスカベンジャーのお宝さ。そうとも知らずにおめでたい女だ。だが、まあ安心しろよ。親切なお前を苦しまないように一発で殺してやる」
  9oピストルを突き付けられる。
  銃口は私を向いている。
  当然か。
  距離は2メートル、まず外さないだろう。
  「嘘って、こと?」
  「お前頭を撃たれた女だよな、プッツンしてるのか? 言ったろ、騙してたんだよ、分かったか? オーケー?」
  「裏切られた」
  「何だって?」
  半笑いで返すバートン・ソーン。
  彼はその顔のまま続ける。
  「そこのスカベンジャーを殺したのは俺さ。こいつ、ここを拠点に稼いでたんだよ、悪魔のノドで採掘したりしてな。知ってるか? 岩場にある巨大な縦穴だよ。トラックの残骸が落ちてる」
  「どうやって、殺したの?」
  「上前はねてやろうと思ってた、ほんの出来心ってやつさ。まさか9oで、結構な距離なのに当たるとは思ってなかったぜ。だが問題はこの岩山がゲッコーの巣だってことだ、近付けなかった。そこで
  お前さんを利用する手を考えたのさ。サニースマイルズは騙せなくても、いつもニコニコと気持ち悪い顔してるお人好しのお前なら騙せると思ったのさ。ははは、ざまあみろっ!」
  「お前は私に嘘をついた」

  ガッ。

  右手で銃身を払いのけ、左手でバートン・ソーンの喉元を掴んだ。
  何だろう、この感覚。
  壊れてる?
  そうかもね。
  「死ね」
  身内にはどこまでも寛容になれ、力になりたいと思う。例えそれがどんなに困難なことであったとしても。
  その反面敵と認定した者に対してはどこまでも冷酷に、無慈悲に振る舞えそうだ。
  雑貨屋前のでの一件、そして今この瞬間。
  私は無慈悲な女でいられる。
  「……離、せ……息が……出来……」
  「……」
  手を放す。
  彼は全てから解放されてその場に転がった。
  「私、何を……」
  殺した。
  殺した。
  殺した。
  それに対しては特に痛みはない、殺さなければ私が殺されていた。
  だけど、今の私の振る舞いは何だ?
  抑えが効かなかった。
  どうやら私は極端な性格らしい。
  元々なのか。
  それとも……。

  「敵か味方か、それがお前の価値観にとって一番重要なことらしい」

  「誰?」
  白髪の男が立っていた。
  いつの間に?
  私は9oを抜きつつ立ち上がる。構えてはいない、銃はだらりと下げた右手の中にある。
  「どちら様?」
  白髪、といえどもまだ若い男だ。
  初めて見る顔だ。
  いや。
  覚えていないだけで、過去に会ったことがある男だろうか?
  腰にはオートマチックピストルがあり、そして背には刀。
  刀?
  珍しいチョイスだ。
  となるとこいつがイゴールの言ってた……。
  「私を知ってるのね、何者、あなたは」
  「知っていると言えば知っているが、知らんと言えば知らん」
  「はあ?」
  「お前を撃った男を追っていた、それだけだ。あの墓場にも追う過程で駆け付けたが、その時お前は墓穴で死んでた。いや、生きてたのか。悪いな、死体だと思ってその場を後にした」
  「そんなことはどうでもいいのよ」
  「どうでもいい、か。変わった記憶喪失者だな。過去に興味がないらしい」
  「人が思うほど固執はしてない」
  「欠けてるな、お前」
  「欠けてる、ああ、私は性格的に何か欠けてるってこと?」
  自覚はない。
  だがそうなのかしもれないな。
  サニーにも指摘されたけど私には自主性というものがない気がする。
  良い子でありたいというわけではないけど、衝突はしたくない。
  そしてそれを避けることで仲良くできるのであれば私は自分から折れてもいいと思ってる。
  「人とぶつかるのが嫌って、欠けてるってこと?」
  「それは性格だ、俺が言いたいことではない」
  「つまり?」
  話が見えてこないんですけど。
  何が言いたい。
  何が。
  「お前の周りには善人ばかりしかいない、そういうことだ」
  「はあ? 抽象的過ぎて分からない。大体善人ばっかって、チェットはどうなるの?」
  聞いてから、そもそもチェットを知らないんだろうなと気付いた。
  だが。
  「あいつは金に細かいだけだ、別に悪人ではないだろ。まあ、善人でもないか」
  「知ってるの?」
  「モハビは歩き尽したからな」
  「すごい」
  歩き尽したからって覚えてるか、普通?
  ありえない。
  たまたま覚えている人にヒットしただけかもしれないけど、この人は私が出会ってきた人たちとは別格の人物だと気付いた。
  「それで、何が欠けてるの?」
  「言ったとおりだ。善人しか会ってない」
  「悪人にも会ったけど」
  雑貨屋のバイトの後でボコられたし。
  大体今だって裏切られた。
  「さっきの奴はどうなるの?」
  「ありゃ死体だ」
  「はあ?」
  「俺が言いたいのは、悪意を定期的に、連続してぶつけてくる奴がいないってことだよ。さっきの奴は死体になった、これ以上悪意はぶつけれない。お前はまだ本当の悪党ってのを知らない」
  「それが何?」
  「世界はお前が見た側面だけじゃないってことだ。その時、お前がどうなるかは神のみぞ知るってところだ。少なくとも、今のままではいられない。善人でいる分、反動が凄いかもな」
  「要は、ライトサイドばっかでダークサイド知らないから、人生経験が少ないってこと?」
  「純真無垢なのは悪いことではない。だが現実にはそぐわない。欠陥人間だ。お前は身内を愛するが、敵には容赦ない。裏切られた、その思いでそこの奴をあっさり殺した。危ないよ、お前」
  「悪意も知れって? この世界は腐ってるって知れって?」
  「普通はそれでバランス取れてる。だがお前は片一方しか知らない。記憶がなくなってグッドスプリングスで拾われたのは幸いだな、良い街だ。だがお前は知らなければならないのさ、悪意も。世界
  はお前が思っているよりも残酷で、無慈悲で、不条理だ。お前は知らなきゃいけないのさ。敵っていうジャンルがこの世界にいるってことを。メルヘンだけではやっていけないぞ、メンヘラ」
  「……嫌われるって、こと?」
  「それもお前の価値観だな。知り合いに疎まれるのを恐れている。はっきり言う、さっきの振る舞いをしたらドン引きだ。お前は極端すぎる、今のままではな」
  「精神科医のつもり?」
  「経験があるだけだ、俺もな。俺の場合は精神が分裂した。今は、統合した後だが」
  「話が見えてこない。結局私に何の用? というか誰、あんた」
  だけど分かったことが一つ。
  私は、安心してる。
  安堵した。
  自分を今、正確に言い当てられた気がする。
  「俺と組むのであれば教えてやる、全部な」
  「組む?」
  「まずこれだけは明かしておく。俺も運び屋だ。モハビ・エクスプレスに属している。いや、いた。所属的にはまだメンバーなのだろうがね」
  「運び屋?」
  「そうだ」
  俺も、と言った。
  つまり私は運び屋ということになる。
  「名前は?」
  「それは言えない」
  「何故?」
  「お前の受けた依頼っていうのは大口でね、おそらくモハビ・エクスプレスでもこれだけ大掛かりな仕事はなかったというレベルだ」
  「はあ?」
  はぐらかされている?
  運び屋は続ける。
  「依頼主にお前はブツを探すように命じられた。依頼主はそのブツを探すのに大金を注ぎ込んでいた、毎年な。その回収をお前に委ね、それとは別にデコイとして運び屋数人を雇いそのブツを運ん
  でいるのが誰か分からなくしようとした。お前の立場は危ういんだよ。失敗した以上、お前は敵しかいない。だが幸いなことにお前は死んでいる、ニュースにもなっている」
  「そうね、私は死んでる。だからここで死んだ振りしてる。表に出る気はない」
  「確かだな?」
  「ええ」
  運び屋なんかどうでもいい。
  私はミスティ。
  真紅の幻影は、今の私になる前の存在だ。
  つまり。
  つまりそれは私ではない。
  どうでもいいことだ。
  「そうか、ならここで話はお終いだ」
  「殺す?」
  言って自分でも驚いた。
  殺すって?
  殺伐としているな、私。
  少なくとも周りに知り合いがいないとどこまでも残酷になれるような気がした、怖いな、この感覚。
  運び屋は笑った。
  「そうだな、お前は、深紅の幻影という運び屋は死んだのだな。お前は彼女を殺した。ならばそのままでいればいい。警告だ、素性を明かすな。そうすれば厄介は起きない」
  「もしも、明かせば?」
  「モハビがお前を殺しに来るぞ」
  厄介ごとは御免だ。
  平和に過ごせればいい。
  それだけでいい。
  「見ず知らずのあなたに言うのもなんだけど、言ってもいい?」
  「なんだ」
  「自分が分からない。記憶とかそういうのじゃなくて、これからどうしていいのか分からない」
  「今のお前はバランスが取れていない。自分を知れ、世界を知れ、そうしないと結局人は離れていくぞ。いつも笑っていようともな」
  「親身、とは異なる気がするけど、どうしてここまで言ってくれるの? 私と過去に関係が?」
  「俺とお前は初対面だ。だが共通点がある」
  「何?」
  「俺も一度死んで、生き返ったのさ」
  そして彼は去って行った。
  何者なのか?
  忠告の意味するところは何だったのか。
  分からず終いだ。
  ただ……。
  「笑い顔、かぁ」
  あの死体はそれが気持ち悪いと言っていた。
  まずいなぁ。
  「わざとらし過ぎるか、やっぱ」



  バートン・ソーンが狙ってたお宝。
  10oピストルが1丁。
  10o弾が100発。
  携帯用食料、50キャップ。
  ゲットです。






  その頃。
  グッドスプリングス郊外。ガソリンが尽き、放棄されたガソリンスタンド。
  そこに潜む者がいる。
  NCR御用達の企業であるクリムゾンキャラバンのモハビ支社のメンバーで、パウダーギャングに襲撃されたキャラバン隊の唯一の生き残り、リンゴ。
  無線機で彼は話していた。
  支社と。
  「それ、嘘ですよね? そんな取り決めなんて……っ!」