そして天使は舞い降りた







グッドスプリングスの歩き方






  次第に彼女は溶け込んでいった。





  「おはよう」
  リビングに顔を出す。
  よし。
  今朝は起こされずに起きれたぞ。
  「おはようございます」
  イリットは朝飯を食卓に並べていた。
  ミッチェルさんは既に席に着き、コーヒーを飲みながら昨日雑貨屋で買った雑誌を読んでいる。
  私を見て彼は笑った。
  「良い色に染まったな、目の周りが」
  「……それ医者としてにこやかに言ったら駄目でしょ」
  「今日はどうするんだ?」
  「チェットの雑貨屋行って昨日の給料貰ってきます。他は……とりあえず決めてないです」
  「そうか。昨日働いて分かったと思うが」
  雑書閉じ、一度言葉を区切った。
  「分かったと思うが、3000稼ぐのはここでは難しいと分かったはずだ。別に私は気にしないが、やはり返したいのか?」
  「はい」
  「変わった奴だな、君は」
  「どうも」
  「まあ、嫌いではないがね。とりあえず座ったらどうだ?」
  椅子に座る。
  うーん、良い匂いだ。
  これはコーンスープですね。グッドスプリングスは畑でトウモロコシを作っている人が多い、ここらの主食なのかな。
  パンとチーズ、これがメニュー。
  そしてコーヒー。
  朝はこれぐらいが丁度いいですなぁ。
  あー、お腹空いた。
  あれ?
  「カルは?」
  「ミスティさん起こしに行くとか言ってましたけど」
  ああ、じゃあ入れ違いか。
  私は部屋を出て一度トイレに寄った、その間に部屋に突撃したのだろう。にしても遅いな。
  「ミスティ」
  「えっ? あっ、はい」
  「グッドスプリングスでどう暮らすんだ? 何かプランはあるのか?」
  「そうだ、質問が」
  「なんだ」
  「家ってどうしたらいいんですか? 土地代とかあったり?」
  「そんなものはない。勝手に建てたらいい。まあ、トルーディが町長みたいなものだから彼女には話を通せ。だが一軒建てるとなるとかなりかかるぞ、キャップがな。今のところ空きはないし建てるしかない」
  「ですよね」
  「かと言って宿に泊まりながらでは貯まるものも貯まらない」
  「お爺ちゃん、別に部屋が空いてるんだから貸してあげたらいいんじゃない? ミスティさん、一生懸命な人だし、環境に甘える人じゃないよ」
  「イリット、それはミスティが決めることだ。口を出すんじゃない。彼女がそう頼んでくるのであれば、話は別だがね」
  何か牽制された気がする。
  さすがにこの展開で「じゃあ貸してください」とは言えんな。
  そこまで厚顔無恥ではないっす。
  どうしたもんかな。
  「お待たせー」
  カルが来た。
  「遅かったな、何してた?」
  「何もしてないよ、お爺ちゃん」
  「まあいい。食うか」



  ご馳走様でしたー、というのが10分前。
  いつもの恰好で私は診療所を出た。
  向かう先は雑貨屋。
  「おはようございます」
  「ああ、あんたか」
  無愛想な店主だことで。
  相変わらず埃っぽい店内に彼はいた。無愛想な顔のままだから期限が良いのか悪いのかよく分からない。
  まあいい。
  貰うもの貰おう。
  「すいません、給料貰いに来ました」
  「災難だったな」
  「災難、ああ、強盗か」
  「店の前で襲われたんだって?」
  「はい」
  「つまりは勤務外ってことだな、見舞金は出さないからな」
  「……」
  貰う気なくてもこう言われると腹立つな。
  そもそもそういう発想なかったし。
  「何か盗られるものがあるんですか?」
  「はあ? 喧嘩売ってんのか?」
  「金目の物とは言わずに宝と言ってたんで。何かあるのかなって。というかそんなに喧嘩腰じゃなくてもいいでしょうが」
  「悪いな、人付き合いは苦手な方でな。グッドスプリングス全員が礼儀正しいってわけじゃねぇんだよ。しかし宝、か。そういう表現をしたのであれば確かに謎だな、そいつらはどうなったんだ?」
  「ピートは荒野に捨てたって」
  「クソ、聞くに聞けないな」
  「そうなんですか?」
  「ああ、あんたは知るはずもないか。荒野にはラッド・スコルピオンとかいうサソリがいるんだ、人間なんか簡単に殺せるでかいサイズのがな。この街で荒野に捨てるっていうのは持ち物全部没収した
  上での行為だからな、はっきり言って死刑と同じだ。まあ、視覚的に絞首刑にするよりは住民的には良心が痛まないんだろうけどな」
  「死ぬとこ見ないで済みますしね」
  「そういうことだ」
  あの3人、プロスペクター・サルーンに泊まってた3人だった。
  何者だったんだろ。
  強盗にしては、謎だ。
  チェットがいない日を狙ってた節もある。
  謎だ。
  「ともかく給料だ、ほらよ」
  じゃら。
  カウンターにキャップが置かれる。
  数えよう。
  ええっと……。
  「30キャップ」
  「不服か?」
  「多いです。見舞金?」
  「アホか。俺はそういう無駄はしない。これは売り上げが思ってたより多かったからボーナスだ。それで聞きたいんだが、どうやって売ったんだ? 俺の普段の売り上げの倍あったぞ」
  「私は接客の天才ですから」
  「あー、はいはい」
  イラーっ!
  「用が済んだら帰れ、忙しい」
  客いないだろうが。
  「取り寄せって出来ますか」
  「取り寄せ? 何が欲しい? 日は掛かるが取り寄せてやる。物によるがな。何が欲しい」
  「実は」

  ガチャ。

  「いらっしゃい」
  しっしっと私を手で払う。
  まあいいや。
  今日は帰ろうか。
  帰り際にお客とすれ違うけど、何なんだこの客。白い帽子を目深に被り、白いドレスに手には白い日傘。
  目立ちまくりだろ、あの格好。
  お金持ちなのかねぇ。
  チェット、足の裏まで舐めそうな感じで揉み手してたし。
  店を出る。
  レザーアーマーを着こんだ3人組がいた。
  アサルトライフルを持ってる。
  お嬢様なのか、やっぱりさっきの人。
  私には関係ないか。
  今日は特にすることないし酒場の方にでも行ってみようかな。生き返ってからまだそんなに経ってないけど、日々動き過ぎで痛いし。
  足を酒場に向ける。
  「あっ、ミスティさん、どうも」
  ランディだ。
  何か走ってる。私は手を振った、彼はそのまま走り過ぎた。
  急いでいるって感じではないな。
  マラソン?
  健康の為に走ってるのかな。
  プロスペクター・サルーンの前に到着。
  店の前に設置された椅子にピートが座ってお酒を飲んでいた。
  「店に入ったら?」
  「ここが特等席なのさ、俺のな。おはよう、ミスティ。よく眠れたか?」
  「寝れたけど、酷い顔して歩いてるっていうのは自覚してる」
  「アライグマみたいだな」
  「……泣くわよ、私も」
  「ははは。悪い悪い。ところでランディに会ったか?」
  「何か走ってた」
  「あいつここの保安官になるとか言って張り切ってるんだよ。ミスティの言葉が効いたらしいな。あんたの相応しい男になるとか何とか」
  「相応しい、いや、何か彼は勘違いしてない? 私は別に口説いてないけど」
  「気にするな、あの年代はおっぱいしか見てない」
  「いや、それはそれでキモいんですけど」
  「ははは」
  笑い事じゃないんだけどな。
  おおぅ。
  私は彼にまたねと言い、店の扉を開けて店に入る。

  「はい、終わりっと」
  「凄いっ! 直したんですね、ありがとうっ! 今日は奢りますよっ!」

  トルーディが何か喜んでいる。
  誰だ、あの人。
  青い髪の女の人。
  パラモンスキンをピンク色に染めた、何か独特な服着てるな。
  腰にはoサブマシンガンをぶら下げていた。
  「あらミスティ、いらっしゃい。酷い顔してるわね。ごめんなさいね、うちの客がまさか強盗だったなんて」
  「おはようトルーディ。別に気にしないで。あなたの所為じゃないんだし、泊り客が強盗かなんて分からないでしょ。ただ、お陰様でアライグマになりました」
  「あはは。何それ」
  「ご機嫌ね」
  カウンター席に座る。
  「オレンジジュース」
  「アルコールは苦手?」
  「居候の身なので朝酒はちょっと」
  「ああ、なるほど」
  そもそもお酒飲めるかは分からないけど。
  「はい、どうぞ」
  「ありがとう」
  一口飲む。
  うー、美味しい。
  外は今日も相変わらず暑いから冷たいものは必要不可欠です。
  「それで、何でご機嫌なの?」
  「ラジオ直してもらったのよ」
  ああ。そこの人にか。
  そっちを向く。
  「うわっ!」
  びっくりした。
  すぐ間近に彼女の顔があったからだ。
  「えっと、何? 近眼?」
  「ミスティ、なの?」
  「はっ?」
  「名前」
  「ええ、まあ」
  「へー。あたしの友達もミスティなんだ。マブなの、マブダチ。ああ、あたしはシーリーン、シーでいいよ。今後ともお付き合いがあるかはし知んないけど、一期一会じゃん☆」
  「どうも」
  握手する。
  人懐っこい人だ。
  「シーは旅人さんですか?」
  「キャピタルから来たんだ。かといってこっちは全く知らないわけじゃなくて、キャピタルの前はいたことあるよ」
  「今回は旅行ってとこ?」
  「まあ、そんな感じ。久々にカジノしたいなぁって。ガンスリンガーが丁度帰るらしくて護衛代わりに一緒に来たんだ。あいつは古巣のギャング団に会いに行くってもう消えたけど」
  「そうなんですか」
  ガンスリンガーって誰だか知らないけど。
  「あの、お客さん? 知り合いのミスティって……」
  「赤毛の冒険者☆」
  「すごいっ! エンクレイブを追い出したって本当なんですかっ!」
  「まあ、9割ぐらいはあたしのサポートのお陰だけどね☆」
  有名人なのか、ミスティって。
  ……。
  ……わりと紛らわしい名前付けたかな、私。
  今更変えるのもなぁ。
  うーん。
  2人して盛り上がって楽しそうだけど、話に混ざれないな。
  赤毛の冒険者とか知らないし。
  有名人なのか?
  「そうそう、ミスティ」
  「はい?」
  突然トルーディが私に話を振ってくる。
  「何ですか?」
  「リンゴが無線機貸してくれって言ったのよ、貸してあげた。どういうことか分かる?」
  「キャラバンに応援頼んだ、とか?」
  「正解。モハビにあるクリムゾンキャラバンの支社に連絡するんですって。これで迎えも来るし、迎えが来ればパウダーギャングもそれを知る。ここには用がないってわけ」
  そうだろうか。
  「クリムゾンの今のモハビ支社長ってアリス・マクラファティだっけ? あいつ信用できる相手じゃないと思うけどー?」
  駄目だ。
  話に付いていけない。
  これ、世界を見た方がいいのかもな、私。
  どうしたもんかな。



  ジュース代2キャップを払って外に出る。
  暑い。
  涼んだ体と喉が一気に熱くなる。
  グッドスプリングスは好きだけどこの気候はどうにかならないものか。
  まあ、モハビにいる限りはこんな感じなんだろうけど。
  お墓行ってみようか。
  ……。
  ……少し歩くけど。
  意味?
  特にない。
  死んで、生き返って、今の私になって。
  考えてみたらまだ数日だけどリハビリと自立を兼ねてまるで自分を見つめる時間がないというのはいささか問題な気がしてきた、自分の没落と再生の場所に行ってみるとしよう。
  パウダーギャングが数名街に屯っているけど無視。
  向こうも特に何か言うでもない。
  いつからこいつらがいるのかは知らないけど、少なくとも私が私になる前からいたようだし、トルーディはよっぽど上手くリンゴって人を匿っているようだ。そしてパウダーギャングも今のところは
  大事にしようとは思っていないご様子。やろうと思えば暴力的に探し出すことも出来るし、その方が手っ取り早い。今のところはNCRとクリムゾンキャラバンの動向を注視している段階かな。
  何人ぐらいいるんだろ、ギャング。
  イゴールは田舎ギャングとか言ってたけど、ギャングはギャングだ。
  暴力に訴えられたら街の人では対処できないのかもしれない。
  「はあはあ」
  着いた。
  グッドスプリングスの墓地に到着。
  私が埋められる予定だった特等席はまだそのままに残ってる。
  「あー」
  疲れた。
  ぺたんと地面に座る。
  ベガスの街が嫌でも目に飛び込んでくる。ラッキー38、Mr.ハウスとかいう奴がいる場所だ。
  不思議だな。
  あの場所に行ってみたいと思ってる、見晴らしが良さそうだ。
  「埋めないのかね、あの穴」
  まさか私がリザーブしたままなのか?
  予約席?
  嫌だなぁ。
  「空は広いなぁ」
  地面に座り、両手を地面に付けて私は空を仰いだ。
  青い空。
  私はあそこから降ってきたんだ。
  ……。
  ……あ?
  何考えた、今。
  「降ってきたって何だよ、雨か何かかよ」
  とりあえず自分に突っ込んでみる。
  自分が誰なのか。
  気になると言えば気になるけど、ミスティでも別にいいなと思う自分もいる。むしろミスティでいいんじゃね派が過半数取って私を運営している状態。
  ただ、問題がある。
  世間を知らなさ過ぎる為に私という個の立ち位置が分からない。
  自分を構成する関係が少なすぎる。
  ちっぽけだ。
  自分という存在の破綻の要素をはらんでいそうで、怖い。
  「ミスティ」
  「えっ? ああ、サニー」
  シャイアンと散歩中のようだ。
  巡回中かもしれないけど。
  「今あんたんとこに行ったんだ。災難だったね。それでこんなとこで何してるの? 私はシャイアンと散歩しているんだけど。ここ、散歩コースだから。それで、あんたは?」
  「今までの自分の見直し」
  「何それ」
  「よっと」
  立ち上がる。
  「そうだ、ミスティ。これは明日の話なんだけど手分けして見回りしてくれない? 1人だと範囲広くて大変なのよ、ミスティなら銃扱うの上手いし助かるんだけど」
  「ええ、分かった」
  「……」
  「何?」
  「ミスティとは気が合うし、私としては好きなんだけど、あんた結構自己主張なくない? 周りに合わせ過ぎてるような感じがするんだけど?」
  「うーん」
  そうなのだろうか?
  好かれようとか思ってないけど、ぶつからないようにしようとは……ああ、そういう傾向はあるのか。
  記憶がないからか?
  確固たる自分がまだ分からないからか。
  だから流されてるのか。
  居場所を作ろう作ろうと足掻いているのかもしれないな。
  「ごめん、まだ自分のペースが分からない」
  「ああ、責めてるわけじゃない。友達だから心配しただけ」
  良い人だ。
  「明日の件はおっけぇだから、そんな感じで」
  「助かるよ。報酬は払うから」
  「報酬って自腹切らなくても」
  「自腹? まさか。趣味で巡回しているわけじゃないのよ、ミスティ。トルーディからお金が出るのよ。ボランティアで朝早くから巡回なんて、そこまでお人好しじゃないわ」
  「そうなんだ。ちなみにいくら?」
  「巡回1回に付き30キャップ」
  「それはー、高いの?」
  微妙によく分からない。
  「これとゲッコーの肉と革も加算されるから結構な稼ぎだと思うよ。私と組む? 相棒がいれば、私も楽だし」
  「考えとく」
  そういう暮らしもありかも知れない。
  ハンターならやっていけそうだ。
  金銭的にも。
  「そうそう忘れてた。ミスティ、イリットが呼んでたんだった。荷物の運び込み手伝ってってさ」
  「荷物の運び込み?」
  何の話だ?
  「来てるのよ、ご苦労な連中が物資を持ってね」
  「誰が?」
  「アポカリプスの使徒だよ」



  サニーと別れ、イリットが呼んでいるというので診療所に戻る。
  双頭の牛がいる。
  バラモンだ。
  バラモンは荷台を引き、荷台の上には木箱が5つほどある。
  白衣の男女と、傭兵らしき人が1人いた。
  人?
  「あっ、ミスティさん。サニーさんに見かけたら呼んでくれって頼んだんですけど……」
  「伝言聞いた。何したらいい?」
  視線は人?に向けたまま答える。
  変わった人だな。
  彼?彼女は気付いたのか、私を見た。
  「何か用?」
  女の人みたいだ。
  「スーパーミュータントさんですか?」
  「はあ? あたしが? あはは、あんた面白いこと言うね」
  面白いことなのか。
  「あたしゃグールだよ」
  「ああ、初めまして。ミスティです、変わった名前ですね」
  「天然?」
  「ええっと、ミスティさんは諸事情で記憶がなくて。ミスティさん、あとで説明してあげますから」
  「分かった、了解」
  とりあえずこの荷物を下せばいいのだろう。
  「診療所に運ぶの?」
  「そうです。お爺ちゃん足悪いし、私じゃ結構大変で。せっかく寄付してくれるんだから運ぶのぐらいしようかと思って、ごめんなさい、ミスティさんも手伝ってください」
  「いいよ、任せて」
  寄付、か。
  中身は何だろう。
  アポカリプスの使徒は昨日イリットに聞いた、なるほど、サニーの言う通りご苦労な連中なのかもしれない。
  このご時世では、奇特な人たちだ。

  「こんなとこで何しているんだ?」
  
  そう言ったのは、診療所から出てきたミッチェルさん……ではなく、その隣にいた眼鏡を掛けた白衣の人だった。
  今のは私に言ったのか?
  「私?」
  「君だよ、深紅の幻影。こんなとこで何している?」
  「真紅の幻影」
  何だそりゃ。
  ただ、アポカリプスの使徒たちはその名を聞いて動揺した。
  「ああ、これは失礼しました。あなたがあの真紅の幻影でしたか。入ったばっかりなんで顔知らなくて。タメ口なんか聞いてしまって申し訳ありません」
  グールと自称した女性が恐縮している。
  私、慌てるしかない。
  意味が分からない。
  「えっと、誰ですか?」
  「誰って、アルケイド・ギャノンだよ。何だ、君がジョークを言うなんて珍しいな」
  「こいつは驚いたな、知り合いだったのか」
  ミッチェルさんが呟いた。
  状況が良く呑み込めていないアルケイドと名乗った男性。
  「どういうことです?」
  「彼女は記憶がない。誰かに頭を撃ち抜かれてな」
  「それは、確かですか?」
  「見ての通りだ。ミスティは全く要領を得ていないだろ?」
  「確かに」
  「ぶしつけでなんですけど、私って誰なんでしょうか?」
  「残念ながら僕も知らない。モハビ支部を率いるジュリー・ファーカスも知らないだろう。真紅の幻影というのも、いつの間にか誰かが付けた仇名というか通称みたいなものだ」
  名乗れよ、私。
  本名で生きてくれよ。
  変な秘密主義で自分に辿り着けない。
  「私って何している人でした?」
  「モハビ・エクスプレスに属していると言っていた。しかしどこに会社があるのかは知らないな。よくうちの仕事をしてくれていたよ、君は、それも覚えてないのか? こいつは、大ごとだな」
  「アポカリプスの使徒とはどんな関係が?」
  「運び屋というと誰かから誰かに運ぶものだと思う人もいるが、どこかから探してそれを求めている誰かに運ぶ、という流れが多いようだ。うちの支部長のジュリーは医療品の不足に悩んでいた
  んだよ、それを君が解消した。どこから調達したかは知らない。それを格安で提供した。だから、うちでのあんたの評判は不動の物さ」
  「へー」
  と答えるしかない。
  要は、記憶を失う前の私は慈善家で、秘密主義で、中二病的な呼ばれ方をしていた、と。
  真紅の幻影はちょっと……。
  「それで、その使徒がここにどうして?」
  「我々は救済を目的としてる。知識の伝達、物資の支援、それが目的だ。ドック・ミッチェル医師とは古い付き合いでね、定期的に医療物資をここに運んでいるんだ」
  「ボルト21から出た時に関わり合いが出来たのさ。それにしてもお前がアポカリプスの使徒の後援をしていたとはな。診療所にある医療物資も、お前さんが手に入れたものかもしれないな」
  そう考えると元々縁はあったのか。
  感慨深いですね。
  「それで真紅の幻影」
  「ミスティって呼んで、それだとしっくりこない」
  「ミスティ、キャピタルの英雄の名前にわざわざするとはね。まあいいか。ミスティ、これからどうするんだ? 何か大きな仕事があるとか言ってたぞ、この間会った時は。それはどうするんだ?」
  「どうするも何も、どうしたらいいわけ?」
  お手上げです。
  荷物ないし。
  依頼人も、どこに運ぶのかも、そもそも撃った奴はとっくにいなくなってるし。
  私は笑った。
  「なるようになるでしょ」
  「……真面目で寡黙な運び屋の面影、ないな。これでいいのか? いや、よくない気がするんだが……」
  「あはは」
  「あははじゃないと思うぞ、真面目な話。場合によっては刺客を放たれるぞ、依頼人の性格次第だが。ああ、いや、死んでる扱いだから狙われないのか」
  私的には他人事です。
  そうね。
  他人事だ。
  真紅の幻影の仕事を引き継ぐつもりはない、私は私であって、深紅の幻影ではないのだ。
  世間的には死んだことになってるし。
  死んどきます。
  死体です。
  これで終了……ではまずいのか?
  うーん。
  「アポカリプスの使徒なら君を雇うことも出来るぞ、どうする? 一緒に来るか?」
  「ここでいい」
  「そうか。まあいい。気が向いたらいつでも来てくれ、アポカリプスの使徒はいつでも歓迎するからな」
  「ありがとう」





  モハビ全域に流れるニュース。
  DJはMr.ニューベガス、モハビ・ウェイスランドの女性たちが最も抱かれたい男っ!


  <やあ。Mr.ニューベガスだ>
  <誰かに愛されないと価値がない、忘れないように。僕は、君たちを愛しているよ。おおっと、身なりを正す時間だ>
  <グッドスプリングス近くで頭を撃たれた運び屋が発見されたそうだ>
  <それともう一つニュースだ>
  <正体不明機がモハビ上空を頻繁に飛んでいたって話だ。発見したのはジェットを吸引してサボテンに話していた老人だ。実に信憑性のある、有益な話だな>
  <こちらMr..ニューベガス>
  <今夜も幸運を祈る>






  グッドスプリングスの墓場。
  1人の白髪の男が立っている。
  髪は白いが顔立ちはまだ精悍で、若い。
  男はベガスを見ていた。
  その傍らには宙に浮く、丸い機械。
  かつてこの地を支配したエンクレイブ製のアイポッドだ。
  「<BEEP音>」
  「ああ。そうだな。あの記憶喪失の女は、真っ新だ。主体性がないと言ってもいい。グッドスプリングスの善人善女に囲まれて真っ白なままだ。フリーサイド辺りで拾われてたら真っ黒だったな」
  「<BEEP音>」
  「ベニーはもういい。奴は用なしだ」
  「<BEEP音>」
  「そろそろ接触するべきか、あの女に。分かってる、手荒なことはしない」
  白髪の男は頬を緩め、笑った。
  楽しそうに。
  「手荒なことなんかした日には、キャピタルから兄貴がすっ飛んできて俺をぶん殴りそうだしな」