そして天使は舞い降りた







古き栄光






  星条旗よ永遠なれ。






  「ミスティさん、朝ですよ」
  「う、う、う」
  翌朝。
  イリットが起こしに来てくれる。
  私の宛がわれている部屋は、ミッチェルさんの亡くなった奥さんの部屋、つまりイリットやカルの祖母の部屋だ。
  ベッドの上で私は悶絶していた。
  汗が流れる。
  下着で寝ているわけですから透けたりしてしまうわけですけども、苦悶の顔でのた打ち回る女に色気を感じる人はいるのだろうか?
  「ミスティさん、お爺ちゃんは寝坊にうるさいんですよ」
  「そ、れ、は、わ、か、る、け、ど」
  眠い?
  否っ!
  筋肉痛です。
  死体から病み上がりにクラスチェンジしたけど、まだまだ人間へのクラスアップは難しい模様。
  昨日は働いたもんなぁ。
  サニーと親友になれたのは良いんだけど、サバイバル講座スパルタだったもんなぁ。
  今だかつてない筋肉痛が私を襲う。
  ……。
  ……あれ?
  第五話でも、つまり昨日も朝から同じ展開やってね?
  つまり、次は……。
  「何してるのー」
  「カル、手伝って。ミスティさん、二度寝するみたいだから」
  「い、や、そうじゃなくて……」
  またか。
  またこの流れかっ!
  二度寝と決めつけ2人は私の体に触る。
  ちょっ!
  触ったらダメだってばーっ!
  まずいってーっ!
  「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  私は死んだ。
  第一部完っ!



  「……行ってきます」
  「その、気を付けてくださいね」
  「わーい。お姉ちゃん面白い。また明日もやってね」
  「2日続けて何やってんだ、お前たち」
  ミッチェルさんたちに見送られて私は診療所を後にした。
  蘇生したてなのに毎日ハードだな。
  おおぅ。
  「今日は労働だ」
  歩きながら呟く。
  本日はイリットの口利きでチェットっていう人の雑貨屋で臨時のアルバイトだ。
  給金不明。
  この間仕入れにどっか行くときはアルバイト雇ってるってイリットが言ってたし、店主不在の状況なわけだ。重労働ってわけではなく店番だろう。
  ふぅ。
  今日は疲れることがなさそうだ。
  服装は昨日と同じ。
  ボルト21のジャンプスーツに、9oピストル。腰の巻いたウエストパックの持ち物は少々昨日とは異なってて、マガジンは一本空になってる。お昼ご飯はゲッコーの肉とチーズを加熱し塩コショウを
  掛けたものとツナ缶。ゲッコーはどうも万能材料らしい。何かしら一品並ぶらしい。
  昨日サニーは言わなかったけど、サバイバルすらなら塩胡椒ぐらいは携帯しておいた方がいいね、これは。ないと味気なさそうだ。
  お金は昨日のお小遣いと収入で80キャップある。
  バイト先が雑貨屋だから飲み物ぐらいあるだろ、そこで買うとしよう。
  あと弾丸も。
  「おはようございまーす」
  チェットの雑貨屋の扉を開く。
  「店はまだ開店していないんだが」
  「ええ、扉に掛けてある看板がクローズになってましたね。お客じゃなくて、バイトです」
  店主は口ひげ生やした、偏屈そうな眉の持ち主の白人男性だった。
  なんだあの眉、吊り上がってんぞ。
  「バイト?」
  「はい」
  カウンターの上にも、棚にも、物が溢れている。
  田舎の何でも屋って感じだ。
  まあ、事実その通りなんだろうけど。
  「ああ、イリット言ってた奴か。記憶がないんだってな」
  「はい」
  「計算は出来るんだろうな? 計算が遅いのはいいが、計算っていう概念がないとか言わないでくれよ?」
  「じゃあ何か問題を」
  「258+892は?」
  「1150」
  「ちょっと待て」
  計算機を取り出して計算しだす店主。
  ちゃちゃっと暗算してくれよ。
  「ほう、やるな」
  「どうも」
  つまり?
  つまり即答した私の方が店主より計算が早いと?
  この店、私のものだな。
  「私が経営引き継いで頑張ります」
  「はっきり言っておくが、俺は先生のようにお人好しじゃないし、そういう風に生きたいとも思わない」
  「先生?」
  ミッチェルさんのことか。
  まあ、お医者さんだし先生でいいのか。
  「俺とあの人は真逆だよ、慈善で生きるなんて真似したくもない」
  「はぁ」
  話が見えてこない。
  何が言いたいんだ、この人。
  「だが一定の敬意は常に払ってる。いいか、俺は先生の孫に頼まれたからあんたを雇うんだ。いいな、あんたが何かしたら先生の敬意を損なうことだと思え」
  「分かってるわ、大丈夫」
  信用されてるとは思ってない。
  初対面だし。
  万引きとかお金持ち逃げとかしたらミッチェルさんに迷惑が掛かることも分かってるし、そんなことをするつもりもない。
  「それで私は何を?」
  「客が来たら相手しろ。価格は、ほら、このノートに全部記してある。まあ、大口の革商人は今日は来ない。来ない日を選んで取引に行くんだ、当たり前だがね。新人にそういう仕事を任せる気は
  ないんだ、そこは安心しろ。街の奴らが買いに来るだろうが、全く来ない日もある。その辺りは運だな。来ることを祈れよ、給金は売り上げの一割だ」
  「つまり30000稼げばローン返済ってわけだ」
  「安心しろ。そんな大口はない、俺も体験したことはない。住人はお前を舐めてツケとか言い出すかもしれないが、ツケはやってない。いいな、やってないからな」
  「了解です、店長」
  「17時には店を閉めて看板を裏返しにしておけ。時間になったら帰っていい。鍵を掛けるんだぞ、鍵は明日返しに来い。その時給料払ってやる」
  「つまり明日には帰ってくる?」
  「そうだな、真夜中には帰ってくると思う。忌々しい宿屋で取引だよ、プリムとグッドスプリングの中間にある。だから大抵の旅人はそこの宿に泊まるのさ、グッドスプリングスは街道から逸れるからな」
  「へぇ」
  「ほら、鍵だ。なくすなよ」
  「了解です、店長」
  受け取る。
  売り手側のカウンター位置に立つ。
  「ここにないものはない、取り寄せも出来るが今日はやってないと言え。買取も今日は休みだ、どちらもお前じゃ判断できないだろ、いいな」
  「分かりました」
  ぶっきらぼうだけど細かい指示してくれるな。
  有能じゃん。
  「在庫の数は分かってるから余計なことはするなよ?」
  「キャップ払えば勝手に買っていいですか?」
  「ああ、それは好きにしろ。売り上げはそこの開けっ放しの金庫に入れとけ、帰る時は閉めろよ。番号は教えないから、売上入れるまでは開けとけ。いいな?」
  「それで、取引は1人で行くんですか?」
  「自宅に弟がいるからそいつを連れて行く、腕っぷしが強くて護衛には最適だからな。目と鼻の先だが護衛なくして旅なんて出来んよ。かといって傭兵雇うほどではないな」
  なるほど。
  ここは店だけで、自宅は別にあるのか。
  あれ?
  「弟さんは何の仕事を?」
  「弟? 平たく言えば農家だな。トウモロコシを作ってる。何でそんなことを聞く?」
  「いや、雇ってもらっておいてなんですけど弟さんなら給金いらないのかなとか思って」
  「計算できないんだよ。別に今の時代珍しいことじゃない。前は計算できる手頃な奴がいたんだがノバックに引っ越しちまったからな、それで今回あんたに白羽の矢ってやつさ。他には何かあるか?」
  「いえ、ないです。店長、お任せください。破邪の剣を何とか高く売ってみます。そしてエンドールにお店買うんです、私」
  「……本当に大丈夫か、お前?」
  「押忍、ボスっ!」
  「……」
  「大丈夫です、行ってらっしゃい」
  「……先生の名だけは汚すなよ、じゃあな。お前のノリが良く分からん。何か不安になってきたぜ……」



  「えっと、9o弾は……嘘でしょ1発1キャップっ!」
  マジか。
  つまりマガジン一本分だから13キャップか。
  結構高い消耗品だな。
  残金67キャップ。
  「はあ」
  店主はお出かけ。
  私は留守番。
  店の中は時間が止まっているかのようだ。
  ……。
  ……暇ですね。
  開店からまだ20分しか経ってないけど、これ何気に疲れるかも。
  椅子があるから座ってるから疲れないけど、別の意味で疲れる。何というか手持ち無沙汰ってやつで疲れる。
  「今後はどうしようかな」
  ここに留まって、暮らすにしても職がなぁ。
  サニーはハンターとしてゲッコー狩りで生計を立てているみたいだけど、このノートに記されている価格表を見てると頭が痛くなってくる。銃弾って結構するんだなぁ。
  バーミンターライフルは、えっと、5.56o弾だったかな。
  「マジか1発2キャップっ!」
  足が出ないように狩る、か。
  結構骨そうだなぁ。
  だけど私がすぐにでも出来る仕事はおそらくハンターだ、損失出さないように狩るのは難しそうだけど。
  元手だ。
  とりあえずすぐには干上がらない元手が欲しい。
  ピートが言ってた悪魔のノドとやらに今度行ってみるか。
  採掘の才ならありまくりだぜぇーっ!とは全く思わないけど、ジャンク拾ってくるぐらいならできるだろ。特に初期費用もなく出来ると思う。
  そうね。
  そこやって少し資金を稼ぐとしよう。
  「だけどこのノートなかなか便利だな。コンバットナイフは……はっ! 500キャップっ! 嘘でしょシングルショットガンの方が安いじゃんっ!」
  どんな価格設定だ?
  ショットガン、多分これ一番安くて簡易のショットガンなんだろうけど、175キャップだ、弾丸込でもショットガンの方が手軽って何だっ!
  チェット価格なのか?
  それとも大体モハビではこんな価格なのか?
  「舐めてたわー」
  カウンターに突っ伏す。
  うぷ。
  埃まみれだ、汚いなっ!
  「あー」
  布巾布巾っと。
  カウンターを拭く。
  モハビでの生活舐めてたわー。
  掛かるんだなぁ、キャップ。
  「生活用品は……お皿は1キャップ、圧力鍋は、おお15キャップ。何かとりあえずガーンと儲けて畑でも耕して暮らした方が堅実な気がしてきた。銃持って稼ぐには、厳しいな」
  家っていくらだろ?
  土地を買う制度なのかな、ここ。
  何か次第に所帯じみていく発想ですがお気になさらずに。

  ガチャ。

  「あっ、いらっしゃい」
  脳内ディスカッションしてたらいつの間にか1時間経過してた。
  ともかくお客が来た。
  2人だ。
  メキシカンな格好の2人組。ヒョロノッポとチビデブハゲ……いや、悪口ではなく、特徴っす。
  ソンブレロを被り、チャロスーツを着ている。
  何らかの拘りがあるのかノッポは青で統一し、チビの方はオレンジで統一している。
  体に十字の形に弾丸を差した銃帯巻き、腰にはそれぞれ2丁の44マグナム。
  ノッポが辺りを見回し、言った。
  「ヌカ・コーラ・クアンタムを寄越すザンスっ!」
  「少々お待ちを。えーっと」
  ノートを見る。
  これは値段表だけど、用はここに載っていないのはないってことだ。
  発掘して探すのは骨が折れる。
  「早くするザンスっ!」
  「えーっと、すいません、ないですね。記憶違いじゃなければクアンタムって東海岸限定だった気がするのでこっちにはそうないと思います、はい。普通のヌカ・コーラならありますけど」
  「じゃあサンセットサルバリラ寄越すザンスっ! 2本ザンスっ!」
  「少しお待ちを。あった、これだ」
  ケースに入ってサンセットサルバリラが20本ほどあった。
  2本手渡す。
  ノッポはチビにも1本渡し、私が栓抜き欲しいですかと聞く前に歯で咥えてキャップを外して床に捨てた。
  ワイルドだな。
  ごきゅごきゅっと喉を鳴らして2人は飲み、飲み干した。
  「温いけど、渇きは収まったザンス」
  「お買い上げありがとうございます。えっと、2本で6キャップです」
  実質は4キャップ。
  要は今の時代の通貨が王冠なわけだから、サンセットサルバリラやヌカ・コーラを買えばその王冠が自動的に通貨になるわけです。
  「6キャップ」
  「良い天気ザンスねぇ」
  「6キャップ」
  「兄貴ー、こいつ何か言ってるよー」
  「何ザンスかオトピチ、ミーはサンセットサルバリラの余韻に浸っているザンスよ。えっ? 店員が何か言ってる? ああ、ユーザンスか、まだいたザンスね。何か用ザンスか?」
  「まだいたって……そりゃ店内で、私は店員ですからいますよ」
  「目ざわりザンス。オトピチ、外で余韻に浸るザンスよ」
  「ちょっとっ! お金払ってよっ!」
  最初の客が万引きかよっ!
  万引き、いや、無銭飲食になるのか?
  ノッポは胸を張る。
  「ユーはまさかミーたちにお金を払えというザンスか? 誰に言っているか、分かってないザンスねぇ」
  「理解してる、無銭飲食の現行犯よね」
  「はあ? ミーたちは……っ!」

  バッ。

  9oをホルスターから引き抜き、銃口をノッポに向けた。
  「射殺体にクラスチェンジする?」
  「……」
  「どうしますか、お客様?」
  「オトピチ、払うザンスっ!」
  チビがキャップを投げた。
  律儀に6枚。
  その隙にノッポは扉を開け、そしてこちらを振り返った。キャップは払ったわけだからもう用はないんだけどな。
  「ユーの顔は覚えたザンスっ!」
  「はあ、まあ、どうも」
  「あんた、ミーたちの名前をよーく覚えとけザンスっ! ミーたちはピチピチブラザーズ、史上最強の大悪党兄弟ザンスっ! それを敵に回したザンス、覚えておくザンスよっ!」
  「兄貴待ってよー」
  そのまま2人は出て行った。
  6キャップを拾う。
  サンセットサルバリラについていた王冠、つまり2キャップも回収。
  「儲けた」
  2キャップはあいつらが余分に払ったようなものだ、台帳に載せる必要もない。載せなくても売り上げの辻褄はあってるし。
  ポケットに入れる。
  「またのお越しをお待ちしております」
  変な客だったな。
  銃を手で弄ぶ。
  「あっ」
  安全装置外してなかった。
  まだまだだな、私。
  ホルスターに戻し、それから開けっ放しの扉を閉めに行く。
  「接客天才的にうまいな、私」
  私はにんまりと笑った。



  接客の神だな、私。
  そう思ったのが4時間前。
  時刻は13時。
  遅めの昼食を食べています。あのアホ兄弟が余分に払った2キャップでサンセットサルバリラを購入、王冠は自動的に1キャップ。
  つまり?
  つまり1本タダ状態。
  「うーん」
  飲みつつ、味の品評。
  味?
  微妙。
  何か湿布の味がする。
  慣れたら美味しいんだろうか?
  コーラにしとけばよかったかな。
  イリットが作ってくれたゲッコー肉のチーズ炒め、美味しいです。缶詰のツナも美味しい……いや、待て、混ぜたら美味しいかも。
  「ほほう?」
  これはこれは。
  美味いっ!
  接客も出来るし、これは料理の才能もあるな。
  陽気に過ぎ行く時間を楽しむ。
  元々こういう性格だったのか、頭撃たれて別人になっているのかは分からないけど、私は今の自分を気に入っている。
  過去は気にならない。
  少なくとも、特には。
  ただ、家族がいたのかは気になるかな。
  サニー認定の年齢だから確実ではないけど私は23歳、イリット的には20代中盤。
  恋人とかいたのかもしれない。
  結婚してて子供がいてもおかしくないな、そう考えると少し胸が切なくなる。
  今頃私を待っているのだろうか?
  「どうするべきかな」
  記憶はどこに売ってる?
  手元にある私の手掛かりはモハビエクスプレスのエンブレムだけだ。イゴール曰くチップが埋め込まれてるらしいから身元が分かるかもだけど、問題はその会社がどこにあるか誰も知れないってことだ。
  誰も、まあ、私の周りの人たちという狭い世界だけど。
  私を撃った奴追うにしてもトルーディの話では数日前に先行して旅立ってるし、追いつきようがない。
  そもそも顔を知らないのだ、相手の。
  チェックのスーツ着てるっていうけど、そんなもの着替えたらお終いだし。
  そして厄介なのが相手の顔知らないってことは、つまり相手が隣にいても分からないってことだ。
  トドメされかねない。
  そう考えると近付かない方がいいって結論になってしまう。
  そう。
  自分を撃った奴を、自分の記憶を追わない方がいいってことになってしまう。
  どうしたもんかな。
  「うーん」
  1人の時間は考えごとが多くて困るな。
  客はあれから来ない。
  いくら接客の天才の私でも、客が来ないのはどうしようもない。それは集客率の悪い経営してた店長の責任ってやつだ。

  ガチャ。

  「いらっしゃい。あっ、イリット」
  「様子見に来ました。どんな感じですか?」
  「暇してます」
  お昼最後の一口を食べる。
  ちょうどシェフが来たので私は深々と頭を下げた。
  「美味しかったです、ご馳走様」
  「いえいえ。お粗末様でした」
  イリットは笑いつつ、お昼の入っていたパックの入れ物と缶詰を手に取った。
  「ちょうど良かったですね。これ、持って帰りますね」
  「わざわざその為に来てくれたの?」
  「いえ、お爺ちゃんのお使いです」
  「ミッチェルさんの。えーっと、医療品が欲しいのかな?」
  ノートをめくる。
  医療品の価格はっと。
  「あっ、お爺ちゃんここで医療品は買わないんです。アポカリプスの使徒が直接売りに来るんですよ。契約してるんです。だから定期的に来るんですよ」
  「あぽかりぷす?」
  何だそれ?
  「名前的にはカルト教団っぽいけど、大丈夫?」
  「医療従事者の組織です。正確には知識の伝道者みたいですけど。ベガスのオールド・モルモンフォートってところで活動している団体です」
  「へー。そんな人たちがいるんだ。世の中捨てたもんじゃないわね」
  言ってから気付く。
  何だ、そもそも良い人たちは私の側にいるじゃないか。
  「イリット、ありがとう」
  「はい?」
  「何となく言ってみたかった。それで、何かご入用ですか、お客様?」
  「雑誌ください、6冊」
  「雑誌」
  ノートを見る。
  一冊20キャップ?
  結構なお値段だな。
  とりあえず数冊並べる。それをイリットが選んで購入、ただし5冊だけ。6冊目はどれ選んでもダブってしまうらしい。
  「ミスティさん、代金です」
  「ありがとうございました」
  「それで、何時に終わるんですか?」
  「17時」
  「ソーセージ好きですか? 自家製のやつをサニースマイルズさんが分けてくれたんですよ」
  「覚えてないから分からないけど、多分好き」
  ソーセージが何かは知ってる。
  なるほど。
  ミッチェルさんが言うように、厄介な記憶喪失だな。覚えてることと覚えてないことの境界が分かりづらい。
  「じゃあそれに合わせて焼きますね」
  「ありがとう、楽しみにしてる」
  「あの」
  「ん?」
  「無理して独り立ちしなくてもいいと思います。別にダラダラしてるわけじゃないし。お爺ちゃんもその辺りは分かってくれてますよ」
  「初任給で何か奢るわ、イリット」
  「楽しみです。それじゃあ」
  「気を付けてね」
  良い子だな。
  無理はしてないけど、独り立ちはしなきゃね。とりあえず稼げるようになりたい。
  恩返しないとね。
  さて。
  「いきなり売り上げ122キャップか。幸先良いな」
  チェットが言ってた給金だから売り上げの1割だから今のところ11キャップか。端数は切り捨てなのかな、切り捨てそうだなぁ。
  とりあえず売り上げは開いたままの金庫に入れておく。
  次のお客様は、まだかねぇ。

  ガチャ。

  おっ、今度は早いぞ。
  「いらっしゃいませ」
  「やあ」
  店に入ってきたのはサニーだ。
  「何しに来たの?」
  「ああん? 店長に言いつけよ、態度の悪い店員がいるって」
  「いらっしゃいませー☆」
  「弾丸おくれ、バーミンターライフルの弾丸。50発」
  「100キャップになります」
  「へぇ? 価格覚えてるんだ?」
  「まあ、私ほどの天才になると初日で分かるのよ」
  弾丸弾丸っと。
  あった。
  「はい、100キャップ」
  「ありがとうございましたー」
  代金を受け取り、商品を渡す。
  よしよし。
  順調に売り上げが伸びてるぞ。
  「ミスティ、ソーセージ……」
  「イリットがさっき来たから聞いたよ、ありがとう」
  「お手製だよ、味わって頂戴」
  「ええ」
  その時、最初の客を思い出す。
  「サニー」
  「ん?」
  「ピチピチブラザーズって知ってる?」
  「ピチピチブラザーズ? ああ、ステピチとオトピチのコンビの?」
  ノッポはステピチって名前か。
  「何者なの?」
  「賞金首だよ。Mr.ハウスが賞金を賭けてる奴だったかな。賞金500キャップ」
  「500キャップ」
  ちぃぃぃぃぃぃぃっ!
  仕留めとけばよかったっ!
  「賞金首としては安い部類の奴だよ。ここに来たの?」
  「サンセットサルバリラを飲み逃げしようとしてた」
  「ああねあいつらせこい犯罪ばっかしてる奴らだからね、軽犯罪を繰り返して繰り返して、ようやく500キャップになった小者だよ。あと、これはあんたに必要な情報かは知らないけどNCRが手配
  している賞金首もいる。区別は簡単、支払いがNCRドルになる。Mr.ハウスとNCR、賞金首の支払いの互換性はないから、持ち込むのはそれぞれに対応している賞金首にするんだよ」
  「了解。NCRドルって何?」
  「NCRが最近ばらまいてる紙切れさ。向こうの国では通貨だけど、ここじゃただの紙だ。換金は出来る。レートは知らないけど、キャップにするとかなり下がる。500NCRドル=500キャップじゃない」
  「ふぅん」
  ここを占領するつもりだから、自分らの紙幣を持ち込んでるのか。
  そして流通させようとしている。
  「リージョンもそうなの?」
  「ええ。聞いて驚きなさい、あいつらは金貨と銀貨使ってる。当然価値はNCRより高い」
  「NCRが敗退したらNCRドルはただの紙きれだけど、リージョンは勝とうが負けようが金銀だから価値があるってことね」
  「まっ、そういうことだ。辺境の私らには関係ないけどね」
  「ああ、ごめん、最後に一つだけ」
  「ん?」
  「パウダーギャングをサニーはどう思ってるの?」
  「正直な話?」
  「うん」
  「今のところ実害ないから撃つ気はないけど、いざとなったら戦うよ。何しに来てるかは知らないけど、ギャングって普通に的って感じしない?」
  「するする」
  リンゴの件をサニーは知らないのか。
  トルーディ、意外に口が軽いんだな。
  私に話してよかったのか?
  うーん。
  「じゃあ私はこれで。シャイアンが待ってるから帰るわ」
  「またね」
  「またね? この店員、態度が……」
  「またのお越しをお待ちしております。お客様は神様ですっ!」
  そして。



  そして閉店を迎えました。
  「あー、疲れた」
  時刻は17時26分。
  営業時間を過ぎてしまった、帰らなきゃ。
  売り上げを金庫に入れて、閉める。
  9o13発で13キャップ、サンセットサルバリラが3本で9キャップ、雑誌5冊で100キャップ、5.56弾が50発で100キャップ。
  合計222キャップ。
  ……。
  ……これだけ働いて22キャップか、給料。
  いや、これは高いのか?
  よく分からんな。
  結局客はサニーが帰ってから来なかった。
  まあ、今のところ寝食に掛かるキャップはミッチェルさん持ちになってるわけだからマイナス要素のない収入ってわけだ。
  3000は遠いなぁ。

  ガチャ。

  扉を開ける。
  外は薄暗く、人通りが少ない。元々人口少ないわけですけどもね。
  「な、何だ、お前っ! 何でいやがるっ!」
  「ん?」
  男だ。
  男が3人店の前にいる。
  2人は木の棒を持ち、ぼろぼろの衣服。元の色が何か分からない薄汚れた衣服だ。もう1人はまともな服装をしてはいるが、この2人同様に私に対して敵意を見せている。
  まともな方の腰には小型のリボルバーがあった。
  「あの、今日は閉店を……あれ」
  クローズになってる。
  何故に?
  ああ、風か、風でひっくり返ったのかな。
  まさかそれでサニーの後には客が来なかったのか?
  「そういうわけなんで……」

  ガン。

  振り返った瞬間に棒で頭を殴られた。
  堪らずひっくり返る私。
  「ちょっ、何を」

  ガン。ガン。ガン。

  倒れている私に2人は棒で乱打する。
  「やめろ」
  リボルバーの奴が止めた。
  額が熱い。
  口の中が切れたのか、血の味がする。
  まともそうな奴が私に左の人差し指を口に当てて、しぃぃぃぃぃっというジェスチャーをした。私は動かず、正確には動けず、その間にそいつは私の銃をホルスターから引き抜いた。
  死ぬのか?
  私はまた死ぬのか?
  静かな街。
  それ故に私は人知れずここで殺されそうになっている。
  「どうします?」
  最初に私を殴った奴が言う。
  もう1人の棒男は棒の先を私のお腹に当て、力を入れて遊んでいる。
  私は呻いた。
  「何が、目的なの」
  私を撃った奴の仲間か?
  生きていることを知って刺客を差し向けたのか?
  チェックのスーツの男ではなさそうだ、わざわざ殺しにスーツ着ている男だ、そいつは。拘りがあるんだろう。そう考えるとこいつは私を撃った奴ではない、だが仲間の可能性がある。
  「立て」
  「はあはあ」
  「おい、ダーマさんが立てとおっしゃってるっ!」
  棒で殴る振りをした。
  さすがにこれ以上殴られるとやばい。
  立ち上がる。
  よろよろと。

  バキ。

  その瞬間、拳が私の右目のあたりに入った。
  ダーマって奴が殴ったのだ。
  転がる私。
  目から星が出た。
  笑いが起きる。
  クソ、最低男どもだな、こいつら。
  「どうします?」
  「宝を手に入れる、そいつには用はない。一発で頭を叩き割れ」
  「へい」
  頭を、叩き割る?
  私は頭を両手で抱えるように転がった。
  「……たくない……」
  「あん?」
  「……たくない……」
  「死にたくないってかい? 悪いなお嬢さん、巡り合わせが悪いな。瞬く星々の加護がお前さんにはないようだぜぇー?」
  「……」

  バッ。

  私は素早く立ち上がり棒を振りかぶった男の喉を掴んだ。
  メキャ、嫌な音を立てて喉が潰れる。
  棒男その1は悶絶し、そいつが倒れる前に私は棒を奪い取った。
  「ほう? やるじゃないか」
  「ダーマさんっ!」
  「棒で殴ってやれ」
  「へいっ!」

  ブン。

  振るった棒を掴み、そのまま奪い取る。
  「あれ、俺の棒……」
  「あなたは棒を振ってるだけ。だから教えてあげる。棒で殴るっていうのはこうやるのよ」
  左右の手にある棒で男の両肩に一撃を入れる。
  両肩の骨は砕けて、そいつもまた転がった。
  私は棒を捨てる。
  骨を砕いた時に2本とも折れたからだ。
  「良い腕だ、お嬢さん。だが俺にはあんたの銃と、自分の銃がある。銃に勝てると思うのかい?」
  「ふふふ」
  にこりと笑い、肉薄し、相手の腕を捩じった。
  ダーマが気付いた時には銃は私の手の中に戻っていた。
  銃口を額に押し当て、安全装置を外す。
  「脳みそ、大切よ」
  「あ、う」
  「私は忘れたくない。忘れたくないのよ。だから、それを奪おうとするなら躊躇わず殺すわ。巡り合わせが悪いわね、強盗犯さん」
  「ま、待て、待ってくれっ!」

  「おーいっ! 無事かぁーっ!」

  声がする。
  妙な訛り。
  ピートだ、それに複数の足音が聞こえる。
  騎兵隊の到着だ。
  彼が視界に入った時、私はその場に崩れ落ちるように倒れ、そして意識を失った。





  夢を見た。
  夢を。
  空から降りてくる、降りてくるのだ。
  何だろう、この視点は。
  天使は神に逆らい、堕天する。
  そして人はそれを悪魔と呼ぶ。
  だけど本当にそれは悪魔?
  天高くから見下ろすだけでは下界は変わらない、そう思って地上に降り立った堕天使も、いるのではないだろうか?





  「脇腹の痣が酷いから薬を塗ったぞ。ほら、腕は上げたままだ」
  診療所。
  私は宛がわれている部屋のベッドの上に腰掛け、ジャンプスーツを上半身脱ぐ形で万歳している。ミッチェルさんが薬を塗り、包帯を巻いてくれる。
  下着は装着してます。
  念のため。
  イリットたちは部屋の外にいる。
  やれやれ。
  せっかくのご馳走の日なのに厄介なことに巻き込んでしまったな。
  悪いことした。
  「よし、いいぞ」
  「どうも」
  腕を下ろし、ジャンプスーツの袖を通してチャックを閉める。
  「災難だったな」
  「いや、頭撃たれる災難を体験したんでこれぐらい別に何とも」
  「相変わらずポジティブだな」
  「能天気なだけです」
  「まあ、軽口が叩けるなら大丈夫か」
  そう言って鏡を渡してくれる。
  うげっ!
  私の自慢の顔が、右目のところに痣がっ!
  ちくしょうっ!
  「うー」
  「大丈夫か? 痛むのか?」
  「痛むというか、私の顔が……」
  「安心しろ、顔の痣も薬を塗ったろ。私の薬は効くんだ、3日もすれば収まってくる」

  「失礼してもいいかね?」

  ピートの声だ。
  「ミスティ、いいか?」
  「ええ」
  「いいそうだ、入ってきてくれ」
  扉が開き、ピートが入ってくる。心配そうなイリットとカルの顔が見えたので、私は笑って手を振った。
  扉が閉まる。
  ピートだけじゃない。
  もう1人いる。
  気弱そうな青年だ、20歳ぐらい、いや、少し下かな。
  黒髪の白人。
  細身だ。というか痩せ過ぎかな。
  「ピート、誰なの彼は」
  「は、初めまして。ランディと申します」
  「ふぅん。よろしく、ミスティよ。それで?」
  話が見えてこない。
  ピートが口を開く。
  「この街には保安官がいない、だから交代で夜回りをしているんだ。ランディが当番だったんだが、ミスティを助けるのにビビっちまってな」
  「ビビった……ああ、それでピートたちを集めて呼んできたのね」
  「すいませんでしたっ!」
  ランディ、土下座。
  私は困惑し、ミッチェルさんを見た。
  「ミスティはどうしたい?」
  「どうって、別に何とも。彼が銃を持ってたのかは知らないですけど、私がボコボコにされても、少なくともランディが呼んできてくれるまでは誰も気付かなかったわけだし、むしろ呼んでくれて
  ありがたいというか。相手は3人だったし、ランディが返り討ちの可能性だってあった。早期に連絡して、呼んでくれて、ありがとう」
  「えっ、あっ、その、どういたしまし、て」
  しどろもどろなランディ君。
  交代で夜回りしてる、それは悪くないけど暴漢に対抗できるかどうかに関しては向き不向きがある。
  彼は向いてない。
  それだけだ。
  それを理解したうえでピートたちを呼んできてくれたのだ。
  感謝しても別に恨むことはない。
  ランディは顔をあげて、少し笑った。
  「ピート、何人駆けつけてくれたの?」
  「5人だな、ちょうどサルーンで酒飲んでた連中だよ、俺も含めてな」
  「来てくれてありがとう」
  「街の仲間を助ける為だ、当然のことさ」
  嬉しいことを言ってくれる。
  「それで、奴らは何者だったんだ?」
  ミッチェルさんが疑問を口にした。
  それは気になる。
  宝がどうとか言っていた。
  宝、ね。
  あの店に?
  金目の物とは言わずに宝と言った、何かあるのだろうか?
  ピートは懐から何かを取り出し、ベッドに置いた。
  「32口径ピストルに、32口径の弾が20発、20キャップに、ハンカチが3枚。何これ?」
  「連中の所持品だよ」
  「ふぅん」
  ハンカチは同じ柄だ。
  何だこれ?
  何のマークだ?
  「それは国旗だな、アメリカの」
  「そうなんですか?」
  ミッチェルさんは物知りだ。
  「だが偽物だな、多分戦後の品だろう。国旗を見たことない奴らが作った品だろう」
  「へー」
  と言うしかない。
  どこがどう違うかは私には分からない。
  まあいい。
  同じハンカチを持って仲良しアピールのつもりなのだろう、私はハンカチをそのままくしゃくしゃと丸めてピートに渡した。
  「あげる」
  「こんなもの貰ってもな」
  「それは私も同じなの。ボコボコにしてくれた奴の持ち物なんてイラッとする」
  「じゃあ、他のもいらんのか?」
  「えっ、くれるの?」
  「連中は荒野に捨ててきたからな、持ち主はもういないんだ。お前さんの好きにしたらいい」
  「捨てた、殺したってこと?」
  「いいや。文字通り全部取り上げてから、捨ててきたのさ。ここには保安官がいないから無法者をどうこうするっていう法がないんだ。無法者は荒野に捨てるっていうのが、習わしだな」
  「保安官作れば? 必要でしょ、普通に」
  32口径ピストルを手で弄りながら私は言った。
  見回りをするにしても、ちゃんとした保安官の元でやった方が効率が良い。
  「ミッチェルさんもそう思いません?」
  「確かにな。何らかの決まりも作った方がいいのかもしれんな」
  「ランディ、そういえばあなた銃はあるの?」
  「僕ですか? すいません、ないです」
  「じゃあこれあげるわ」
  32口径ピストルと弾丸を手渡す。
  「いいんですか?」
  「自分を過信せずに誰かを呼びに行くって機転があるんだから、銃があれば力になるでしょ。戦えって言ってるわけれじゃない。あの場で銃があれば、威嚇で撃つなりしても誰か呼べたんだから」
  「ああっ! 確かにっ!」
  納得してくれて何より。
  キャップ?
  キャップは私の物です。
  げっへっへっ!
  さて。
  「反省会はお終い。お腹空きました」
  「まったく。お前さんは気楽な奴だな。ピートとランディも食っていくか? 今日はソーセージがある、サニーからの貰い物だが食っていくか?」
  「俺はいい。飲んでる途中だからな。また今度お呼ばれするよ」
  「僕も帰ります。ミスティさん、その、今度は僕が守りますからっ! ではっ!」
  2人は辞去した。
  ミッチェルさんは笑った。
  「ランディは若いが芯のしっかりした良い奴だ、誑かすなよ?」
  「誑かす?」
  「ははは、気にするな。イリット、カル、さあ食事にしよう。ミスティもさっさと来い」
  「はーい」
  夜は更けていく。