そして天使は舞い降りた
サバイバル講座
モハビ・ウェイストランドは過酷な土地。
生き抜くには知識が必要だ。
「あなた、記憶がないんですってね」
「ええ、まあ」
プロスペクター・サルーンを出て私とサニースマイルズさんは照り付ける太陽の元に出た。
暑い。
「こっちよ」
一軒の家の裏手に出た。
広いスペースがあり、無数に私の胸元当たりの高さの杭が幾つか並んでいる。
そしてその上には空き瓶。
「シャイアン、お座り」
「ワン」
日陰で犬は座る。
賢い子だ。
「それで、ミスティ。歳も分からないのよね?」
「はい」
「よし、あんたは23」
「はっ?」
「タメなら敬語とかさん付けとかしなくていいでしょ、お互いに。そういう堅苦しいの苦手なんだ。あんたがこの街をどう思っているかは知らないけど、良い街だよ」
「分かってる」
私は笑った。
記憶ないから比較対象がないけど、良い街だ。
我が意を得た、そんな顔を彼女はした。
「だからあんたはみっちり仕込んであげるよ」
「どういうこと?」
「ここに滞在する限りは私の仕事を手伝ってもらうことも多いと思うのよ、ここって個々に稼ぐ人しかいないからね。就職先はないってわけ」
「あー、つまり相棒認定ってこと?」
「そう、それ」
なるほど。
チェットって店での臨時バイトはあるみたいなことをイリットは言ってたけど、それは臨時収入であって、定期的な収入ではない。
サニースマイルずさん、いや、サニーは私をハンターの相棒にしたいようだ。
「タメにしたのってそういう意味なのね」
「呑み込みが早くていいね」
敬語とか使う関係はまだるっこしいらしい。
ハンターは必ずしも常にハンターでいられるわけではない、逆に獲物に逆襲されることもあるわけだ。
要は、背中を預けれる私を相棒にしたいわけですね。
納得。
「さて、銃の扱いはどうかしら?」
「まだ撃ったことない」
「はい」
バーミンターライフルを私に手渡す。
害獣用のライフルだ。
「古臭いって顔してる」
「そんなことは……」
「ゲッコー狩るにはそれで充分なのよ。長距離射程だし、レイダー撃つのもこれで事足りる。付属でスコープ付けたら狙撃も出来るしね。要は使い方次第よ、何でもね」
構えてみる。
空き瓶は標的ってことか。
用意してくれてわけだ、準備の良い人だな。
「構えは良いね」
「9o構えたときにミッチェルさんにも言われました」
「銃は直線にしか飛ばない、だから照準さえ合えば誰でも対象に当てることが出来る。照準も時間さえかければ必ず合う。分かるよね?」
「ええ」
「もう少しあご引いて、銃を……そう、それでいい」
構えに手を加えてくれる。
「撃て」
ばぁん。
銃声。
そして空き瓶の割れる音。
よし。
ビンゴっ!
「ミスティ、さっきも言ったけど手順さえ守ればまず当たる。距離があっても時間さえ掛ければね。問題は敵がいつでも空き瓶ではないということだ」
「ええ、分かる」
「撃て」
ばぁん。
次のも当たる。
ぽんっとサニーは手を叩いた。
「筋は良いようだ、瓶での訓練は早々に終了だ。さて、次は……撃て」
ばぁん。
瓶が割れる。
いきなり撃てって言ったな、何の脈絡もなく。
「へぇ。銃を下げつつあったのに、咄嗟に照準合わせて撃って、当てた。あんたなかなかのものだ」
「どうも」
「次は実地と行こうか」
「実地」
何か撃つのだろうか。
「ちょっとここで待ってて、用意してくる。ああ、銃は返して」
「はい」
返却。
「どこに行くの?」
「見回りだよ」
「見回り」
「ここグッドスプリングスには3つの井戸がある。井戸って言っても昔ながらのじゃなくてバルブ開けば出る仕組みなんだ。まあ、それはいい。問題なのは街の外れに位置しているということなんだ」
「何で? 街の真ん中に作ればいいのに」
「作ったのは昔の連中さ。たぶん昔はそこまで街があったんだろう。私が生まれた時には、そこに街なんてなかったけど」
「それで、ど真ん中に作らない理由は?」
「何でって? 作り方知らないのよ」
「はっ?」
「今の時代まで忘れてる? 退化してるのよ、人間、文明的レベルって意味でね」
「なるほど」
「ともかく、見回り。ゲッコーがたまに徘徊してるのよ、いたら掃除しなきゃいけない。それから街の皆が、水を汲みに行くの。だけどたまに我慢できなくてそれよりも先に行く人がいる。ゲッコーも馬鹿
じゃないから掃除したらしばらくは寄り付かない、まだ大丈夫だとは思うけど、一応毎日見回ってる。ここで待ってて、用意してくる」
「いたら戦うのよね?」
「当然でしょ」
9oピストルに私は目を落とす。
「これで殺せる?」
「良い銃ね、充分過ぎるわ。ナイフでだって殺せる。ただ、銃がお勧めね。噛まれると高熱が出るのよ、一時間ほどで。旅してる時にそうなったら、分かるでしょ?」
「食われちゃう?」
「正解」
「それは困るけど、切実な問題が……」
「弾代とお駄賃ぐらいは払うわ」
「は、ははは」
見透かされてた。
現在の私はじり貧です。
おおぅ。
数分後。
サニーはリュックを背負って戻ってきた、そしてグッドスプリングスの巡回開始。
シャイアンという名の犬はサニーの隣を歩く。
私?
元気一杯ですよ、開始直後は。
……。
……で、こうなると。
「はあはあ」
「軟弱ね、意外に」
リュックを背負ってるからか、巡回しているからか、バーミンターライフルを手にサニーは歩いている。
私?
力尽きました。
「はあはあ」
駄目だ。
喋れない。
蹲る。
「ごめん、はあはあ、休ませて」
「駄目よ」
「ちょ、マジ、頼む」
「最初の井戸までは来なさい。ほら、立って。言ったでしょ、スパルタだって」
「はあはあ」
グッドスプリングス街外れ。
建物から離れ、周囲は岩場と褐色の大地が続くだけだ。
どうして昔の人はここに作っちたんだろ。
近くに作れよ、近くに。
もしかしたら水脈が街の下には通ってないから、外れて作ったのかな。
どちらにせよここに住むってことはこうやってここまで水汲みしなきゃいけないってことだ。何往復かしてさ。
これ、意外に骨だぞ。
「はい、到着」
「はあはあ」
水汲み場の前で私は座り込む。
バルブがあり、それを捻れば出るらしい。
よかった。
昔ながらの手動式井戸だったら私は死んでる。
「サ、サニー」
「ん? 何?」
「私、蛇口捻ればご家庭でも水が出る場所に引っ越そうと思うの」
「何を馬鹿なこと言ってんのよ。はい」
金属製のコップに水を汲んで私に手渡す。
一口飲み、一気に飲み干す。
冷たくておいしい。
「ふー」
「生き返った?」
「うん」
「そりゃよかった」
「サニー、ちょっとご飯食べていい?」
「昼持ってきたの? 用意が良いわね。私は持ってきてないよ」
「じゃあ半分っこしよう。イリットのだから美味しいよ」
「じゃ、遠慮なくシェアしてもらおうか」
ホットドッグを半分にし、食べ、コップを2人で使いつつ喉を潤す。
ご馳走様でした。
物足りないとは思うけど、まだ動くことを考えたら満腹過ぎても動きづらい。
「ミスティ、あんたとは気が合うね」
「いきなり親友ゲットっすな、私」
「親友? そりゃありがたいね。しかしミスティ、親友として辛い事実を宣告したいんだけど」
「辛い事実?」
「あと2つの見回りがある。それと、帰りも歩かなきゃね。体力は大丈夫なのかい?」
「死んだ」
「あはは、何それ」
私をDr.ミンチのとこに運んでくれ、そこで蘇生してくれ、そしたら大幅に歩く距離短縮できる。
うー。
体力もそうだけど足腰鈍ってんなぁ。
「ミスティ、もしも街の外に行くなら備えは必要だよ」
「備え」
「そう、備えだ」
「コップもその為?」
「そう。陶器だと割れる、プラスチックは軽いけど、これも割れる。小さくても金属のにした方がいいね。あと小型のフライパンと、着火に必要なもの、携帯食料、水の入ったペットボトルを3つほど
リュックに入れておけば、まあ安心だよ。少なくともここからプリムに行くぐらいならそれで充分だ。途中で宿あるし」
「へー。じゃあ、武装は?」
「あんたのじゃ心許ないね。私みたくライフルかショットガンぐらいあればいい、繰り返すけど、プリムぐらいまではね。砂漠越えだとまた違うけど、そこまで遠出しないだろ?」
「しないしない」
「コンバットナイフも帯びてた方がいい。普通のナイフより硬いし、戦闘にも使える。獲物を捌くのにもね」
「なるほど」
彼女も現に帯びてるし。
「紙コップじゃダメ?」
「軽いからいいけど、どうやってコーヒー飲むの?」
「ああ、直接火を掛けて水を熱するのね。確かにコーヒータイムは外せない要素ね」
「でしょ。粉末のコーヒーはどこにでも売ってる」
「了解です、師匠」
「さて、そろそろ行くか。次のに回るよ」
「……」
「ミスティ?」
「……」
ささやき。
いのり。
えいしょう。
ねんじろっ!
「あっ、失敗して灰になった。ごめんサニー私ってば無理。信仰低かったし、動けなくなりました。灰だし」
「馬鹿なこと言ってないで行くわよ」
「……すんませんでした」
これもミッチェルさんにお金返す一環だ。
稼ぐって難しいなぁ。
「シャイアン、おいで、水よ」
コップに水を汲み、わんこが口をつける。
おいしそうですな。
つまり二度目に水を貰うとなるとわんこと間接キッスなわけですね、衛生的には……まあ、犬好きなら気にしないモノなのか、サニーにとっては自分の犬だし。
私?
うーん、気にしないと言えば気にしないけど。
「さて、行くよ」
「ワン」
「……おー」
私ってばテンションひっくっ!
体力が目下最大の問題点ですね、私。
疲れる体を引きずって私は見回り再開。
とりあえず2件目も問題なし。
3件目に向かう。
最初の水飲み場もそうだけど完全にグッドスプリングスの生活圏から外れてる、誰もいない。
ゲッコーとやらが徘徊するのも分かる。
自然の勢力が強い。
「はあはあ」
「射撃のセンスはあるんだから体力なんとかしないとね」
「はあはあ」
「ミスティ?」
「はあはあ」
「やれやれ、キャピタルの英雄の名前と同じなのに貧弱ね」
「え、英雄?」
「ああ、そうか、記憶ないのか。キャピタル・ウェイストランドにミスティって奴がいるのよ、赤毛の冒険者とか何とか。エンクレイブを空手チョップでぶっ飛ばしたとか何とか」
「エンクレイブって何?」
「昔西海岸にいた連中。最先端の科学力でやりたい放題だったって話。それを同じハイテク集団のBOSが叩きのめして、BOSは今度はNCRにボコボコにされたのよ」
「へー」
興って滅びて。
世界はその繰り返しのようだ、核の灰に沈んだのに。
愚かですね。
「止まって」
「何?」
ウーっとシャイアンは唸る。
「ゲッコーがいるね」
「そうなの?」
「ああ」
サニーはバーミンターライフルを構えつつゆっくりと歩を進め、私も9oピストルを引き抜いて両手でグリップを握りながら続く。
どこだ?
どこにいる?
「あれか」
水飲み場にいた。数は5匹。
二足歩行の、青い色をしたトカゲたち。尻尾をパタンパタンと振っている。
何かを啄んでる?
サニーが毒づいた。
「まったく。私が一周巡回するまでは来るなって言ってるのに。手遅れね、あれは」
「どうするの?」
ゆっくり私たちは近付く。
死体だ。
女性の死体を啄んでいるんだ。
「数が多い時は銃で威嚇して追い払って、仕留めれる奴だけ仕留めてるけど、あいつら人間の味を覚えたからね。全部殺す必要がある。じゃないとまた徒党を組んでやってくる」
「どう動けばいい?」
「散開しましょう。私が狙撃ポイントまで動くから、ミスティはここにいて。銃声が聞こえたら攻撃して。シャイアンは銃声がしたら勝手に動くから気にしないで」
「分かった」
サニーは岩場を昇り、すぐに見えなくなった。
私は中腰になり銃を両手で構える。
射程は充分だ。
問題は瓶と違って敵が動くということ。
当てれるだろうか。
落ち着け。
落ち着け。
落ち着け。
「すーはー」
深く呼吸。
深く。
もっと深く。
「……よし」
ばぁん。
銃声がした。
直後にゲッコーが一匹倒れ、残りが啄むのをやめてバッと一斉に顔を上げた。
今だっ!
9oを撃つ。
トリガーを引く感触が心地良い。
カチ。
すぐに弾切れ、全弾撃ってしまった。
空になったマガジンを銃から排出しウエストパックから新たマガジンを叩き込む。この時点でシャイアンはゲッコーの群れに、いや、残った一匹に飛び掛かり、喉元を食いちぎった。
倒した?
「よくやったね」
岩場から、私の頭上の方から声。
サニーがいた。
「あんたなかなかやるね、二匹撃ち殺したよ」
「でもマガジン一つ使ったから不経済だと思う」
「最初にしては上出来さ。少なくとも、当てることが出来るんだからね」
「どうも」
「さて、次はゲッコーの捌き方を教えてあげるよ」
水飲み場に近付く。
警戒は解かない。
まだゲッコーがいるかもしれないからだ。
「死んでる」
彼女が呟いた。
確かに名前も知らない女性がゲッコーにお腹を啄まれて死んでいた。
「誰なの?」
「サシャだね、ベガスから移住してきた訳ありの女性。とりあえずはここに置いておく」
「埋葬しないの?」
「するよ、墓地にね。シャイアン、ここにいて。ミスティは燃えそうな木材探してきて。まだゲッコーがいるかもしれないから警戒は緩めずにね」
「分かった」
右手で9oピストルを持ちながら私は木材を探す。
ないな。
サニーの視界から外れる形になるけど、少し離れる。
「蘇生は出来ない、か」
無理だろうな。
お腹の部分がだいぶなくなってた。
Dr.ミンチの蘇生方法がグッドスプリングスで受け入れられているのか、そもそも知られているのか分からないけど、無理なものは無理だろうと思う。あの死に方では心臓動いてもすぐ死んでしまう。
それだけ、腸がなくなってる。
「待ちな、チビ女」
「あんたか」
この間のギャングだ、街で私に難癖付けてきたギャングの1人だ。
相変わらず上半身半裸で体にダイナマイトを巻きつけている。威嚇の為か、既に手にはナタが握られていた。
パウダーギャングっぽい恰好なのか?
トレードマークを主張するにしてももっとやり方あるだろ。
「何か用? 用がないならそのファッションセンスについて深く考えて来たら? はっきり言って、ダッサっ!」
「なんだとぉーっ!」
おお。
私ってば結構辛辣なことも言えるんだな。
「で? 何か御用ですか?」
「リンゴの居場所を言えよ」
「知らんって」
「喋れば、悪いようにはしねぇからよ」
「ふーん」
思えばかなり下出には出てるな、こいつ。
いや、ギャング全体がだ。
あくまでリンゴの引き渡しを求めているだけで、暴力的ではない。
その格好は視覚的な暴力だけども。
聞けばクリムゾンキャラバンはNCR御用達らしいし、グッドスプリングスで暴力的に動けばさすがにNCRも介入していると恐れているのか?
リンゴを消せば。
リンゴを消せばキャラバン襲撃の生き証人は消え、パウダーギャングが襲撃をしたという証拠はなくなる。
大暴れするのはその後ってことか。
「お前、ボルトの女だろ? 世間知らずな女なんだろ?」
世間的にはそういう風潮なのか?
世間知らずには違いない。
ボルトの女ではないけど。
だけどそれをわざわざ説明するつもりはない、ただ一言。
「ええ、世間知らず」
「俺が手取り足取り教えてやろうか、処世術ってやつを」
「つまり?」
「つまり、俺の言うとおりにしろ。リンゴって奴を探し出してほしいんだよ、姉ちゃん。世間知らずだからこんなとこで扱き疲れてるんだろ? ひでぇ奴らだぜ。俺が人並みの生活をさせてやるよ」
「良い話ね」
「だろ?」
男は笑い、私の腰に手を回した。
チャ。
その瞬間、9oピストルをこめかみに突きつけた。
「なっ!」
「この距離なら、外しようがないよなぁ。ねぇ?」
私を突き飛ばし、そして睨み付ける。
やだ怖い。
私ってば泣いちゃう。
「馬鹿女がっ!」
「馬鹿女に難しいこと頼む方がどうかしてると思わない?」
じりじりと下がる男に、私は銃口を向けたまま。
そしてそのまま踵返して男は走り去った。
トルーディ、どこに匿っているのかは知らないけど、暴発する前に何とかした方がいいと思うけどなぁ。
危機意識がないというか、どこか抜けてる感じがする。
まあいいや。
ミッションに戻ろう。木の枝っと。
「あった」
なかなか太い木の枝発見。
これ一本あればいいかな。砕けば燃やせれるだろう。燃やすのかは知らないけど、燃やす用に欲しいのだろう、たぶん。
戻る。
「あれ?」
いない。
「ああ、早かった」
何か持って戻ってくる。
大根?
それと何かの花だ。
「何それ? ゲッコー料理に添えるもの?」
「いや、そうじゃないよ」
「じゃあ何?」
「こいつは後回しだ。まずはゲッコーの捌き方だ」
大根と花を地面に置き、ゲッコーの死体を一つ引きずってくる。
「こいつは毒を持ってる、さっきも言ったけど噛まれると熱が出る。毒腺は頬にあるし、脳は中毒になる。だからざっくりと首をまず落とす。首から上はどうせ食べれないから大胆に落とす」
ザク。
コンバットナイフで首を切断。
体重掛けて斬る、っと。
「内臓も食べない方がいい。食べるなら両手足と尻尾。腸取る時間があれば胴も食べれるけど、時間もなく、重量的にも無理があるなら尻尾だけにしておきな。はっきり言って尻尾が一番おいしいし、
捌くのも簡単だ。持ち運びも簡単だしね。食べるだけなら適当に皮を剥げばいいけど、売るなら首を落とした後に、尻尾から上に上にと剥いで一枚ものにするの。じゃなきゃ売れない」
「へー」
「こいつらは卵で生まれるんだ。巣を見つけたら卵が手に入るよ、目玉焼きに最適だ。ただ巣にいるゲッコーは卵を守るのに気性が荒いから気を付けなよ」
「ここいらの主食なのよね、こいつら」
「ああ。それが?」
「乱獲しても大丈夫? 卵取り過ぎたらやばいでしょ」
「なかなか面白い生態でね、ゲッコーっていうのは。一定を保つのさ」
「どういうこと?」
「取ったら取ったで大量に卵産むのよ、まったく取らないと卵が孵らなくなる。常に一定の数を保ってる。どういう習性でそうなっているのかは、知らないけどね」
「へー、面白いね」
「さて」
ベチャ。
切り取った尻尾を地面に捨てる。
「食べないの?」
「今? 尻尾は持って帰って私の夕飯にするよ。後はお裾分けするよ、街の皆にね。五匹分も持ち運びできないし」
そう言って彼女はリュックから何かを取り出す。
発煙筒?
「何に使うの?」
「これを焚けば街から誰か来る。遺体とゲッコーを運んでもらうのよ」
「お裾分けって、売らないの?」
「生肉のままじゃ売れないよ、いつもなら燻製にして備蓄してるけど、当分は足りてるのよ。肉は加工しなきゃ売れない。すぐに痛むし。この街には冷蔵庫はいくつもないのよ」
「じゃあ収入にならないの?」
「いや。加工すれば売れるよ。燻製はヒット商品だね。街に運んでもらったら革は剥いで売り物にするけどね。さっきも言ったけど保存できる場所が少ないから、生肉をチェットやトルーディに売る
にしてもそんなに買い取ってもらえないよ。買ってはくれるけど冷蔵庫には限りがあるからね。それに、生のままじゃ安いよ、雀の涙だ。その手足の部位は持って帰りなよ、あんたの初獲物だし」
「わお。今夜は焼肉だ」
「ははは」
「そうだサニー、そこでパウダーギャングに脅されたけど」
「あいつらに?」
「1人だけだったけど」
「何かされたのかい?」
「腰触られた。撃ってもよかったけど、撃ったら……まずいの?」
「トルーディは止めてるね、何故か知らないけど」
リンゴの件は内緒らしい
「まあ、1人殺せばギャング団が黙ってないから面倒かもね。あいつら何なんだろうね、実はよく分からないのさ。街をうろちょろして、目障りだ」
「ふぅん」
「変なことされてないのなら良しとしようか。さて、次のレッスンだ」
「次の?」
「まずは枝をばらしてっと」
バキバキに割り、小分けし、それを小山にする。
リュックから小さな缶を取り出す。
何か記されている。
「ジッポの補充用油……ジッポって何?」
「さあね。中身はファイヤーゲッコーの頬に溜まってる油さ。ここいらにはいないけど火を吐くゲッコーもいるんだって」
「食べれるの?」
「ああ、捌き方は同じ。ただ金色のゲッコーは食べちゃダメだよ、あいつらは放射能帯びてるから死ぬんだってさ」
「マジか」
「さて、こいつも是非欲しい逸品だ。着火用の道具ってやつさ。普通の油買うよりも安いし、場合によっては現地調達できるし。雑貨屋で売ってるよ、これぐらいの量で5キャップだ」
木片に缶に貯めてある油を掛け、マッチで火をつける。
焚火の完成だ。
そして小さなフライパンを取り出し、花を乗せて炙る。
「ミスティ、フライパン持ってて」
「分かった」
「花はブロックフラワーってやつだよ、形状覚えただろ? 大体どこにでも咲いてる。でこの大根みたいなのがザンダールート、これもどこにでも埋まってる。どちらも食用にはならない。だけど
薬にはなる。ザンダールートは葉っぱは意味がない、こうやって白い大根のような根っこにナイフを入れると乳白色の液体が出る。それを一緒に火で炙るんだ」
「それで?」
「この程度かな。ある程度垂らしたらこれをかき混ぜる。棒でも何でもいい、かき混ぜる。別にかき混ぜてから炙ってもいい、1人でやるならそうしな」
「いつまで混ぜるの?」
「花が原型なくなって、粉々になるまで」
「それぐらい?」
「まあ、この程度かな。後は冷やすだけ。このままを放置しておけばいい。ザンダールートの液は熱して冷めると粉状になるんだ」
「何薬なの?」
「痛み止め、化膿止め、軽い切り傷なら使えば傷を塞ぐのに役立つよ。殺菌作用がある。作るのは容易だけど、ある程度は持っていた方がいいと思うよ。それはあげるよ、卒業証書代わりだ」
「粉だけもらっても……」
「そういうときの為に何かしらの入れ物も欲しいね。旅をするなら、まあ、覚えておきなさいよ」
「分かった、ありがとう」
「他に質問は?」
「毒はどうしたらいいの、ゲッコーの毒」
「一晩寝たら治るよ。一晩掛けてる暇がないならアンチマテリアルって薬飲むしかないね。大体何の毒にも聞くよ、サソリとかハチとか」
「なるほど」
「さて、街の衆も来たし帰ろうか」
ガク。
その場に頭を垂れてダークネスなオーラを出す私。
帰る?
つまりは歩く?
死ぬでしょ。
私の体力のなさを舐めるなよっ!
「ミスティ?」
「狼煙でタクシー呼んでください」
「何甘えてんの。そんなお金ないでしょうが。ああ、お金か。今日手伝ってくれたから、はい、50キャップ」
「これでタクシー……」
「くどい。歩け、人間なら」
「ぐはぁっ!」
こうして。
こうして私のサバイバル講座が終わったのだった。