そして天使は舞い降りた
グッドスプリングス
モハビ辺境の、のどかな街。
「ミスティさん、朝ですよ」
「う、う、う」
翌朝。
イリットが起こしに来てくれる。
私の宛がわれている部屋は、ミッチェルさんの亡くなった奥さんの部屋、つまりイリットやカルの祖母の部屋だ。
ベッドの上で私は悶絶していた。
汗が流れる。
下着で寝ているわけですから透けたりしてしまうわけですけども、苦悶の顔でのた打ち回る女に色気を感じる人はいるのだろうか?
「ミスティさん、お爺ちゃんは寝坊にうるさいんですよ」
「そ、れ、は、わ、か、る、け、ど」
眠い?
否っ!
筋肉痛です。
死体から病み上がりにクラスチェンジしたけど、まだまだ人間へのクラスアップは難しい模様。
昨日は歩いたもんなぁ。
グッドスプリングスを一周イリットに案内して貰い、イゴールと墓場との間を往復、帰りはイゴールに担いでもらった病弱な私は貧弱貧弱ぅーっ!なわけなのです。
今でかつてない筋肉痛が私を襲う。
……。
……まあ、記憶失って初の筋肉痛なんですけどもね。
おかげで昨日の夕飯は味わう余裕がなかったな、初ゲッコーステーキだったのに、残念だ。
食べて、お風呂入った瞬間に体が怠け切って動けなくなりました。
私の体、根性ないわ。
おおぅ。
「何してるのー」
「カル、手伝って。ミスティさん、二度寝するみたいだから」
「い、や、そうじゃなくて……」
二度寝と決めつけ2人は私の体に触る。
ちょっ!
触ったらダメだってばーっ!
まずいってーっ!
「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
私は死んだ。
第一部完っ!
「……行ってきます」
「あの、気を付けて」
「お姉ちゃん面白かった、またあれやってねー」
「何やってるんだ、お前たちは」
心優しい一家に見送られ、私は出掛ける。
一瞬死に掛けました。
鈍ってるなぁ、体。
歩く。
体は幾分かマシにはなったかな、正確にはベッド出たから覚悟を決めたというか何というか。
服装は昨日と同じ。
ボルト21のジャンプスーツ、肩掛けホルスターには9oピストル、ウエストバッグには9o弾が装填されたマガジン2つ、あと昨日と違うのはウエストバッグにコッペパンにゲッコーの肉を薄くスライスした
ものと野菜を挟みケチャップを塗ったホットドッグのようなものが1本包んで入ってる。お昼ご飯だそうです。
イリット優しいなぁ。
ミッチェルさんは30キャップくれた、これで飲み物を買えと言われました。
感謝感謝です。
これは俄然やる気になりますね。
3000キャップ分の医療費のローン返済しなきゃ。
墓場で見つけた煙草はビニール袋に入れて、借りている部屋に置いてきた。
ウエストバッグにはビニールに包んだ証拠候補の煙草、モハビエクスプレスのエンブレムも入れてある。
自分の素性はあまり気にならないが、一応、取っておこうと思う。
さて。
「今日も暑いなぁ」
ジャンプスーツのチャックを全開で歩きたい衝動に駆られる今日この頃。
ああ、水着ならいいのか?
下着ではまずい。
水着ならそのまま出歩いても……駄目かなぁ、やっぱり。
待ち合わせ場所はプロスペクター・サルーンという酒場兼宿屋。そこでサニースマイルズさんが待ってる。
話を聞く限りではハンターらしい。
今のところは良い出だしだと思う。この人生の、出だしとしては悪くない。
まあ、その開幕を彩ったのは死亡っていう二文字なんですけども。
どんな人なのかな。
会うのが楽しみだ。
街の人たちは各々の畑を耕したり、頭が二つある牛……ああ、あれがバラモンか、あとは巨大な二本の角のある毛むくじゃらの山羊か、あれ?
たぶんあれがビッグホーナーかな。
ともかく。
ともかく家畜の世話をしたり、建物の修繕をしたりと日々の日課をしている。
働き者の街だな。
バイクが数台止まったプロスペクター・サルーンに到着。
扉の前には3人ほど座れる椅子が三脚あり、その内の一つに麦藁帽所被った老人が座っている。
長い年月日光を浴び過ぎたのか肌の色は黒く染まり、顔は皺だらけ。
髪も髭も真っ白だ。
こんな時代だ、長生き出来るっていうのは希少価値ものだろう。
彼の腰には357口径マグナム。
「おはようございます、保安官」
「保安官? 俺がか?」
間延びした独特な喋り方。
訛り凄いな。
「嬉しい勘違いをしてくれるな、お嬢さん。俺はイージー・ピート、この街で楽隠居している朝から飲んだくれの爺さんだ。あんたに乾杯」
そう言ってウイスキーの瓶を煽った。
陽気な爺さんだ。
「私はミスティです」
「その名は知らないな、お嬢さん。ああ、あんたがミッチェルの言ってた撃たれた人かい」
「はい」
イリット曰く、私は二十代半ば、らしい。
お嬢さん、か。
まあ、彼から見たら私はお嬢さんなのだろう。
素性は気にならないけど歳は気になるな。
「あんたもここに朝酒かい? それとも何か用があるのかい?」
「サニースマイルズさんに会いに来たんです」
「サニーか、まだ来てないな。俺はここで開店前からいたからな」
「あはは」
街の誰も私のことは知らないとミッチェルさんは言ってたけど、考えてみたら私を撃った奴らのことは何も言ってなかったな。
ミッチェルさんは私の素性を医者として知りたかっただけで、別に犯罪を暴きたいわけではない。
だから撃った奴らは聞いていない可能性もある。
「あの、私を撃った奴らって知りません? たぶん私と一緒で、よそ者ですけど」
「妙なスーツを着た奴が手下を率いて出て行ったことぐらいしか知らないなぁ。他の人たちはもっと何か知っているかもな」
「スーツ?」
「チェックのスーツだよ、こんな場所では珍しい奴だ。それと、そんな妙なセンスのスーツも珍しい」
「チェックのスーツ」
自慢のコーデなのだろうか。
よっぽど悪趣味の奴らしい。
「どこに行きました? 方角は?」
「そこまでは分からんよ。風変わりな奴がいる、という認識だけだったしな。あんたを撃った奴だとは思ってもみなかった。あの時点ではそんなことも知らなかったし、すまんな」
「情報ありがとうございます」
「忠告だ。そいつをどうにかしたいんなら、気を付けな。蛇みたいな冷たい目をした奴だったよ。信用できるような奴じゃない」
「はい」
私を撃ったかもしれない奴だ、信用なんてそもそもしてない。
ともかく奴は去った。
どうしたもんかな。
このままここに永住するのも、悪くないと思う。
「ところでイージー・ピートさん」
「呼び捨てでいいよ、俺もあんたをミスティと呼ぶことにするよ。ここに滞在するんだろ、だったらざっくばらんにいこう。あんた、悪い奴じゃなさそうだしな。ははは、綺麗どころが増えるのは良いことだ」
「あはは」
「それで、何だい、何が聞きたいんだい?」
「稼ぎ方知りません?」
「稼ぎ方か。俺はここに落ち着くまでは採掘をやってた。スカベンジャー、いや、モハビでは探鉱者って呼ぶんだったな。今じゃのんびりバラモンやビッグホーナーの世話をしとるよ」
「採掘?」
「サルベージとも言うな、洞窟とか掘って戦前のテクノロジーを探すのさ。俺は、サルベージって言葉は好きになれんけどね」
「採掘はお金になるの?」
「素人はガラクタやゴミしか掘り当てられないが、こっちが探していたのはもっと良い物さ。銃や化学製品やスペアパーツとか。良い金になったよ。その金で家畜とのんびり暮らしているのさ」
なるほど。
掘り方次第では一攫千金になるのか。
それは良いことを聞いたな。
穴場とかあるんだろうか。
「それってこの近辺にあるの? その、採掘場って」
「いいや。良い場所はあったよ、川の東にね。だがレイダーたちが進出してきて全部持って行かれちまったよ。挙句には、この歳だ。何も出来んくなったよ。それに今じゃ戦争も酷いしな、今じゃリージョン
って奴らもコロラド川の東に集結しているし、お手上げだな」
「全滅、ですか」
「そうだな、穴場は全滅だ。少なくとも俺が知る場所はな。力になれなくて悪いな」
「リージョンって、どんな奴らなんです?」
「奴らはシーサーって奴が率いる奴隷商人どもだ。ああ、シーザーだったかな。何て呼んだか忘れたけどさ。何年か前、NCRが抑えたフーバーダムを横取りしようとしたがNCRが撃退した。だがNCRも
自分たちの任務を達成しなかった。いや、出来なかったのかもしれない。リージョンはトドメを刺されずに退いた、そして今、戦力を再結集してる」
「NCR、ああ、西から来た軍隊」
新カルフォルニア共和国。
その頭文字を取ってNCR、だと昨夜イリットに聞いた。
紛争地域か。
確かに厄介な場所ではあるなぁ。
「リージョンは力を取り戻しつつあるらしい。今のところはNCRが優勢だけど、これはどう転ぶかは分からん。リージョンの斥候は川を越えてるらしいし、剣呑な情勢だ。だから銃はいつも帯びておいた
方がいい。あいつらは女を誘拐して奴隷にするんだ、あんたも捕まりたくはないだろ?」
「はい」
貞操は大切だ。
頭を撃たれて死んで生き返るというレアな体験をしたばかりだ、奴隷体験ツアー何て真っ平だ。
何しろそのツアー、途中退場出来なさそうだし。
「ダムの何が重要なの?」
「ダムはニューベガスに電力を送ってる。さらにミード湖には綺麗な水がある。ダムを支配する者が、モハビを支配できるんだ」
「なるほど」
勉強になった。
ミッチェルさんは私の頭の中には地図があるとは言ったけど、その地図は真っ新で何も書き込まれていない。
ただ地形図があるだけだ。
こうやって話をして、情報を詰め込まなきゃ意味がない。
「採掘の話だが、そうだな、そんなに儲ける気でいないのであれば近くに悪魔のノドって呼ばれる縦穴があるな。トラックが一台落ちてたし、色々と散乱してた。小銭稼ぎぐらいは出来るだろうよ」
「ありがとう、イージー」
「イージーはやめてくれ」
「ん?」
「気易いとかじゃないんだ、悪く思わんでくれ。イージーだと死んだ口うるさいお袋に呼ばれているみたいで敵わん。ピートで頼む」
「分かった、ピート、ありがとう、またね」
「ああ、またな。ミスティ」
ピートと別れ、私は店に入った。
へぇ。
広いな。
まず目に飛び込んできたのは2卓のビリヤード台、ジュークボックス、ふかふかのソファだ。
意図しているのか照明は薄暗く、またどこかひんやりとした空気だ。
空調が効いているのかな。
涼しい。
そして……。
「良い人振るのはもうやめだっ! 今すぐリンゴの居場所を言わないのであれば、仲間に命令してこの街を焼き払ってやるっ!」
「分かったわ。さて、何も飲まないなら邪魔だから出て行って」
遊戯場のある区画とは別に、長いカウンター付きのバーの区画で男女が言い争いをしている。
男は黒いスーツを着ている。
私を撃った奴もスーツだけど、色がそれとは異なる。
誰だ、あれ。
女性の方が私を見る。
「いらっしゃい」
短い黒髪の女性。
柔和な笑みで私を迎えてくれた。
となるとあの人がトルーディさんか、この店内の男と私以外には客はいない。意味ありげに私は自分の銃に目を落とすと、男は舌打ちをして私の横を通って店を出て行った。
「まったく、しつこい奴だわ。あなたが来てくれてよかった。ええっと、初対面よね、旅人さん? さあ、お座りなさいな」
自分の目の前の席を差す。
私は座り、カウンター越しに彼女を見る。
「どうも、ミスティです」
「あら、ミッチェル先生からよく聞いてるわよ、イリットからもね。ああ、あなたが。やっと会えてよかったわ。プロスペクター・サルーンにようこそ。トルーディよ。一応、町長みたいなものでもあるわ」
「サニースマイルズさんは?」
「サニーはまだね。時間にルーズなのよ、彼女。しばらくゆっくりしてて」
「今のは何?」
「ああ、ちょっとごたごたに巻き込まれてるのよ。あなたが来てくれてよかったわ」
「まともな奴には見なかったけど何者なんですか?」
「一週間前、クリムゾンキャラバンのリンゴが飛び込んできたのよ。パウダーギャングにキャラバン隊を皆殺しにされたから匿って欲しいってね」
「クリムゾンキャラバン?」
「NCR御用達の会社よ。そこのキャラバン隊の一つが潰されてね、生き残りが飛び込んできたのよ」
「その人を匿った?」
「ええ。知らない仲ではなかったし。キャラバンは主要路から外れたここにもわざわざ寄ってくれてるのよ、それで匿ったの。まさか追手が来るとは思ってもなかったけど。たぶんNCRに通報される
のが怖いのね、ギャングども。クリムゾンキャラバンって言ったらNCR御用達の最大規模の会社だし、露見したらさすがに重い腰のNCRでも黙ってないわ」
「どうするの?」
「どうもしないわ。サニーだったら、頼まれたらリンゴの味方するだろうけど、リンゴは震えてるだけだし」
「NCR呼べばいいんじゃないの?」
「それは避けたいわね」
「何故?」
「NCRは駐屯した街に旗を立てる。それは連中にとってそれは自分たちの領土って意味なのよ。あいつらに介入はされたくない、ここは貧しいわ、税金なんて払えっこない」
「でも、匿ったからには何とかしないと」
「そうね。個人的には、リンゴがこのまま勝手にどこかに逃げてくれたらいいとは思うわ。ここにいないと分かればギャングもいなくなるでしょうし」
「そういうもんですか?」
「ええ、そういうもん。匿っている場所は連中には分かりっこないし、放っておくわ」
うーん。
それはどうかな。
NCRも寄り付かない、おそらく戦略的には価値のない辺境の街。
ギャングにしてみたら恰好の場所だ。
巣窟にされかねない。
「でも退かなかったら?」
「殺せって? それは私らのやり方じゃないわね。確かにコップ、さっきのはジョー・コップって奴だけど、嫌な奴だけど殺すという発想はないかな。だってそうでしょ、奴を殺せば、仲間が押し
寄せてくる。現に手下が何人かグッドスプリングスで無体なことしてるし、仲間も街の外で機会を伺ってる。ボスを殺しても終わらないわ」
「ボス?」
あいつがボスなの?
昨日のごろつきはエディーが何とかって。
まあいいか。
「あの、私を撃った奴ら知りません?」
「あなたが撃たれた後で、去って行ったあいつらが犯人だと分かったけど、ごめんね、分かったのは去った後なのよ」
「それは仕方ないと思います。別にいいんです。それで、知りません?」
「ただ酒を飲もうとしてたわ。何とか払わせたけど。その時にカーンズのごろつきが私のラジオを間違えて床に叩きつけて、それからラジオは鳴らないの」
「カーンズ?」
「グレートカーンズ、山奥で暮らしているモハビ最古のギャング団らしいわ。私からしたら、パウダーギャングの能無しどもとの区別なんて付かないけど」
「あははは」
言うなぁ、この人。
「何か飲む?」
「これからサバイバル講座なんですよ」
「ああ、お酒は勧めないわ、そのことはサニーに昨日聞いたもの。ジュースでもいかが? そとは暑かったでしょ。奢るわ、最初の出会いの記念に」
「ありがとうございます」
グラスに黄色の液体を注ぎ、出してくれる。
オレンジジュースのようだ。
「私も飲んじゃおうかな」
そう言って彼女がグラスを注いだのはワイン。
私もアルコールは飲めるのかな?
今度試してみよう。
まあ、稼ぎが出来た頃に。
「乾杯」
「いただきます」
ごくり。
うん、おいしい。
「それで、どこに行くと言ってました?」
「そのことで口論してたわ。チェックのスーツの奴が黙るように言ってた。採石場ジャンクション、つまりこの街の北からそこを経由して来たみたいだけど、それなら揉めていた理由も分かるわ」
「どうしてです?」
「あの辺一帯は今はクリーチャーが溢れてて、一発撃つと雪崩のように襲ってくるわよ」
「つまり来た道には戻れない、迂回しているということですかね?」
「奴らはベガスがどうとか言ってた。もしもベガスに向かうなら、クリーチャーが溢れているインターステート15のルートは使えない。となるとインターステート15を東に抜けてハイウェイ93を北上すると思う」
地理が分からないな。
話そのものは後でミッチェルさんに聞いて噛み砕くとして、要点だけ言えば……。
「遠回りしてベガスに向かっている、ということですよね?」
「平たくと言うとそうね。でも出て行ったのはあなたよりも前よ、まず追い付けっこないわ。あなたが空手の達人で、ストレートに北上するっていうなら話は別だけど」
「空手はちょっと」
「冗談よ」
別に追い付けなくてもいいんだ、私は。
時間的に無理なら復讐を諦めさせる口実に使えるだけだ。
復讐?
別にないなぁ。
「どこもかしこもギャングだらけ、嫌になっちゃうわ」
「そんなに多いんですか、種類」
「この近辺はパウダーギャングだけかな。バイパー団っていうのが主要街道で略奪しているって話も聞いたことがある。昔は西海岸全域を蹂躙した連中なんだけど、今じゃしみったれた連中よ。
モハビ砂漠周辺には旅人やキャラバンを餌にしてるジャッカルギャングってのもいる。ベガス周辺も酷いものよ。フィーンドとかマルデギャングとか。悪党だけらけってわけ」
「そもそもパウダーギャングはどこにいるんです?」
「拠点ってこと?」
「はい」
「よくは知らない、連中が来たのは最近だから」
「街の近くにアジトがあるんでしょうかね」
「どうだろ。近くにはNCRCFって呼ばれる、NCRの監獄があるわ。昔はレイダーの巣窟だったけど。今はそこは監獄で、NCRが駐屯して管理してる。その近辺にはいないんじゃないかしら」
「となるとグッドスプリングスの近くに潜んでる?」
「かもね。連中は脅しに街に来るけど留まらない。どっかに帰ってく。そう考えると、近くに拠点があるのかもね」
退く気ないでしょ、これ。
リンゴ抹殺は口実になりそうだなぁ。
「ところで、ラジオって直せないんですか?」
「えっ? ああ、外側はどうってことないのよ。たぶん中の何かが壊れちゃったのね」
「ふぅん」
カウンターの上のラジオを見る。
私にそのスキルはあるのだろうか。
ぬか喜びさせてもあれだから、直すとはいえないのが歯がゆいなぁ。自分が分からないのって意外に面倒。
「もしも直せたらお礼はするわ。そうね、キャップでいいかしら。世界情勢が聞きたいの。Mr.ニューベガスって紳士知ってる? 彼のラジオは最高なのよ」
「ここって何か仕事ありません?」
「商売の話? チェットの雑貨屋は繁盛してるわね、肉とか革を買いによく商人が来るわ。でもほとんどの旅行者は南下してプリムに向かうわ、カジノがあるのよ。ここにはよっぽど補給が必要
でない限りは旅人も訪れない、静かな街よ。もしも稼ぎたいならプリムまで足を延ばすことね。でも気を付けて。稼いだお金をカジノで散在するかも知れないからね」
「カジノって、ベガスだけじゃないんですか?」
「ベガスが一番だろうけど、私たちはベガスの街には入れないし、そういう意味ではプリムのカジノは需要があるんじゃないかしら」
「入れない?」
「ああ、記憶がないんだっけ。ごめん、忘れてた」
「いえ、別にいいんです」
「数年前に選別の日っていうのがあってね。元々ベガスに住んでいた人たちを、Mr.ハウスは追い出したのよ。そして手元に置きたい人間だけを残した。それからよ、元々カジノの街だったけど入れる
のは金持ち、軍人に限られるようになった。通行証も高価だし発行が限られてる。Mr.ハウスを恨んでいる人は多いわ、特にあの日財産を没収されて追い出されたベガスの人たちは特にね」
「……」
私の世界はグッドスプリングスだけ。
今のところはね。
そんな私からしたら、外の世界は物騒だなと思うしかない。
「戦争はますます激化していくわ。ここも、その余波がいつかは来るかもね」
「長引きそうなんですか?」
「NCRはダムを手放したくないはずよ。発電できる場所は限られてるからね。でもリージョンが狙う理由は謎。もしかしたら、ただダムを吹き飛ばしたいだけなのかもね。NCRは何でも持ってるわ、
軍隊、武器、列車、でも実はそれは全部見せかけで、リージョンの方が強大だっていう人もいるの。まあ、こんな辺境の私らには噂話しか出来ないけど」
「そうですね」
ギャングの問題で手いっぱいそうなのに、戦争なんか噂話以上にはならない。
でもいつかは……。
「すまないが食事を頼めないか」
「あっ、はい、ただいま」
奥から聞こえた。
「お客さんですか?」
「ええ、宿泊の旅人さん。昨日から泊まっているの、3人もね。珍しいことよ」
「へー」
「ごめん、少し忙しいからまた今度ゆっくりね」
「あっ、はい、ジュースご馳走様でした」
またねと言ってトルーディさんは奥へと小走りで向かった。
注文を聞きに行ったのだろう。
男性の声だったな。
「遅いな、それにしても」
まだだろうか。
だけどモハビ・ウェイスランド、火薬庫みたいなところだな。
ちょっとの火で全部吹っ飛びそうな勢いだ。
とはいえ、この街の最大の厄介は今のところはパウダーギャングだ。NCRの介入を望まないのであれば、これ街の人が立ち向かわなければならない状況な気がする。
軍隊も立ち寄らない戦略的に意味のない辺境の街。
ギャング好きそうだな、そういう場所。
最悪リンゴって人を口実にここを支配する気なんじゃないのか。
ワン。
「ん?」
店の扉が開き、シベリアンハスキーのような犬が飛び込んでくる。
犬ってっ!
「シャイアン止まって。大丈夫よ、私が指示しなきゃ噛み付きはしないから。えっと、ミスティ、だっけ?」
「あなたがサニースマイルズさん?」
黒いレザーアーマーを着た、バーミンターライフルを背負った女性だ。
長くない髪は栗色を後ろで束ねている。
腰には小型拳銃とコンバットナイフが差してある。
「さんはいらない、サニーでいいよ」
「今日はお願いします」
「ああ、スパルタでやるよ」