そして天使は舞い降りた
歩く死体
大地に足を踏みしめて歩く。
私は、生きている。
翌朝。
朝食を頂き、片付けを手伝い、それから私はイリットともに診療所を出た。
診療所を出て私は立ち尽くす。
大きく深呼吸。
もう一度。
「けほ」
砂っぽい。
むせた。
「眩しい」
太陽は燦々と輝く。
茶色の大地、乾燥した土地が広がっている。
片田舎、とミッチェルさんは言ったけど、確かに家屋は疎らで、少ない。建物は木造。視界に届く範囲では、街の周りは木製の柵で囲われているみたい。害獣対策かな。
それにしても。
「暑い」
「これでも今日は過ごしやすい方ですよ」
「……マジか」
私が着ているのはボルト21のジャンプスーツ。
服は薄いんだけど、長袖長ズボンの一体型だから通気性が悪い。
胸元のチャックを限界まで、お臍のとこまで下げる。
下は下着だけだ。
風が入る。
涼しい。
幾分かマシだ。
「さあ、行こう」
「いえいえ、駄目ですってっ!」
「どうして?」
「変態さんですよ、それじゃあっ!」
「……」
変態さん認定入りましたー。
脳みそと一緒に羞恥心も吹き飛んだのかも。
やばいですな、それは。
痴女はちょっと……。
思いっきりチャックを上げる。
暑いけど、仕方ない。
「イリット先生、これでいいですか?」
「はい、よくできました」
彼女は笑い、私も笑う。
良い友達になれそうだ。
「あっ、そうだ、イリット。私って何歳に見える?」
「20代中盤ぐらい、かな」
結構な年上になるのか、私はイリットより。
ガチャ。
「何だ、まだいたのか」
扉が開いた。
ミッチェルさんだ。
「丁度いい、こいつを持っていけ」
「銃」
黒いオートマチックピストル。
受け取り、虚空に向けて照準を合わせて構える。
良い品だ。
悪くない。
「構えは、様になってるな」
「そう、なんですか?」
「ああ」
そう言いながら肩掛けホルスターと、9o弾のマガジンを2つ、古びた茶色のウエストバッグをくれた。
帯びろということか?
装備する。
マガジンはウエストバッグに入れ、銃は肩掛けホルスターに。
「これでお前さんも立派なウェイストランド人だな」
「どうも」
「追いかける手間が省けたよ、私は足が悪いからな」
「足が?」
「昔、ちょっとな。走れない程度だ、デメリットってやつは。生活に支障はない」
「それで、どうして銃を?」
「ここは悪い街じゃない。だが街が悪くなくても悪い奴らは勝手に入ってくる、最近ちょっとギャング団ともめているんだ。ああ、何、心配することはない。街中で見かけることがあるとは思うが
近付かない限り面倒は起こらない。銃は撃たなくても、持っているだけで銃だ。そうやってぶら下げてたら向こうも寄っては来ないさ。お前さんは、少し危ないしな」
「私が危ない?」
どういうことだ?
「そうですよ、ミスティさんは危ないです。さっきの恰好でギャングに会ったらどうなると思うんですか?」
「アジトに拉致されて18禁バットエンドルートに決定っすね」
あぶねーっ!
だけどたまにはそういう展開でも……いやいやいや、よくないですね、はい。
裏ページ作れ?
つくらなーいっ!(断言っ!)
「ミッチェルさん、これ……」
「金は要らんよ、行き倒れになった患者の物だ。使ってやってくれ。もう持ち主はいないしな」
「ありがとうございます」
好意はありがたい。
受け取ろう。
「用は済んだ、さっさと行け。イリット、すまないが頼むぞ」
「分かった、お爺ちゃん。さっ、行きましょ、ミスティさん」
「ええ」
グッドスプリングス。
モハビ・ウェイストランドの主要ルートから外れた、辺境の街。
主な産業はビッグホーナーとバラモンの畜産。
個々の家々には自給自足用の家庭菜園があり、地下の水源が豊富で綺麗な水を組み上げている。ただ井戸は街の外れにあり危険。元々はそこまで街が伸びていたものの、旅の主要ルートから
年々外れており、現在では街は縮小、かつての井戸は街外れに位置することになってしまっている。
周辺にはゲッコーと呼ばれる二足歩行の、子供サイズのトカゲが多数生息。
食用向き。
革は服飾品や取引用に使われている。
街の主な施設はチェットの雑貨屋、プロスペクター・サルーンという酒場兼宿屋。
街外れにはがガソリンスタンドがあるが無人。
ガソリンタンクは空。
学校がある、しかし学校はマンティスと呼ばれるカマキリのクリーチャーの巣窟となっており、機能していない。
街の総人口は100人ほど。
辺境に位置し、戦略的に意味もない為、NCRもリージョンも駐屯しておらず、忘れられた街故に戦争の最中でも平和でいられる、そんな街。
「あそこがプロスペクター・サルーンです、トルーディって人が経営してます。良い人なんですよ」
「へー」
建物の前にバイクが数台停められたお店。
酒場兼宿屋。
「基本的に機能しているのは酒場だけみたいです。宿はモハビの主要ルートから外れてますし、ほとんどお客はいないって前に言ってました。街の皆が一日の終わりにあそこで喉を潤すお店です」
「パイク乗りでもいるの?」
「いえ、あれはオブジェみたいです。ガソリン入れたら動くみたいですけど、ここのガソリンスタンドにはもうガソリンなくて」
「へー」
店の前を通り過ぎる。
今回はただの観光案内で、お酒飲んだりするのが目的ってわけじゃあない。
あっ。
そもそもお金持ってないじゃん。
「イリット」
「はい」
「どこかでお金稼ぐ場所ってない? というかこの街ってどうやってお金稼いでるの?」
「皆何かしら手に職ありますから」
「なるほど」
個々に稼いでいるってわけだ。
いや、それは当たり前なんだけど、組織に属して稼ぐってことがない街のようだ。
よそ者の私としてはまずいぞ、これ。
「あそこがチェットさんのお店です」
「えっと、雑貨屋」
「そうです。武器とかジャンクとか、シャンプーとかも売ってますよ。とにかく何でも売ってます」
「へー」
店の規模からしたら普通の家屋と変わらない。
広く浅く取り扱っているのかなぁ。
「ミスティさん、さっきの稼ぐって話ですけど」
「うん」
「たまにチェットさんが店番探してます。あの人、プリムっていうここよりもずっと大きな街に取引に行ったりするんです。その時に店番を欲しがってます」
「なるほど」
良い情報だ。
でも、それだとダメなんだよなぁ。
臨時収入じゃなくて定期的な収入が欲しい。
「他には?」
「他に、そうですね、後はゲッコー狩りかな」
「ゲッコー?」
「私たち、ミステイさんは違いますけど、私たちが昨日食べてたお肉です。トカゲですよ、二足歩行の。カルぐらいのサイズのクリーチャーですけど、美味しいし手軽だから、ここら辺の主食です」
「それは、強いの?」
私でも倒せるならいい収入源になりそうだ。
ただ、ここらの主食ってことは、安価なんだろうな。庶民が毎日食べる高価な主食なんて聞いたことがない。
「私にはよく分かりません。明日聞いてみてください」
「明日」
記憶力を試せー。
えーっと、確か。
「ソニースマイルズ」
「惜しい。サニースマイルズさんです」
「あー」
残念賞でした。
おおぅ。
プロスペクター・サルーンを通り越し、チェットの雑貨屋を通り越し、街の外れにある一軒の家屋の前に辿り着いた。
「ここです」
「ここ」
Dr.ミンチとかいう人の家、か。
要領を得ないのでよく分からないのだが私を蘇生した人、らしい。どうもミッチェルさんの治療中に一度心肺停止、ここに運び込まれて蘇生した、らしい。
「どんな人?」
「さあ」
「さあって……」
「あんまり出ない人なので。出てくるのは、夜中限定ですけど、イゴールさんだけです」
「イゴールねぇ」
鼻の長い小男が思い浮かぶ。
いやいや、この建物にいるイゴールさんに失礼だろ、鼻長は人外だし。
ガチャ。
「こんにちは〜」
私は扉を開く。
バタン。
速攻で閉めた。
「ミスティさん?」
「……」
「どうしました?」
「人外じゃんっ!」
叫ぶ。
叫びますとも。
「人外?」
「開けたら何か緑っぽい肌の巨人がいたんだけどっ!」
「ああ、説明してませんでした。イゴールさんはスーパーミュータントなんです。スーパーミュータントって、分かります?」
「スーパーなミュータントってこと?」
「間違ってはないですけど、知らないみたいですね。スーパーミュータントっていうのは戦後生み出された人たちです。私もよく分からないですけど、人間をベースにしたミュータントなんだそうです」
「へー」
元人間、なのか。
イリットは落ち着いている。
となると心優しい生命体なんだろう、スーパーミュータントっていうのは。
取り乱して恥ずかしい。
「よし」
気合い入れ直して、開けよう。
ガチャ。
「こんにちは〜」
私は扉を開く。
バタン。
速攻で閉めた。
「ミスティさん?」
「……」
「どうしました?」
「パクリじゃんっ!」
叫ぶ。
叫びますとも。
あれ?
さっきも同じ対応したような……。
デジャブ?
「パクリ?」
「開けたら何かアガサ博士みたいな博士がいたんだけど服装一緒だしっ!」
「ああ、あれがDr.ミンチです。一応言いますけど声優さんは茶風林さんなんで、アガサ博士の風貌で目暮警部の声というチョイスです。でも、一応メタルマックスの方が先ですからパクリでは……」
「知らないわよっ!」
頭を抱えて抱え込む。
ネタの満載だ。
ポストアポカリプスな世界なのにネタ満載だっ!
私は正統派な主人公がいいのーっ!
ぐはぁっ!(吐血)
気を取り直して。
私はイリットともにDr.ミンチになる人物の家に、いや、研究所にご厄介になる。
B級映画か何かのセットですか?
中央には鉄と思われるベッドらしきものがあり、私たちはそのベッドを挟んでDr.ミンチと相対している。そんな彼の後ろにあるのは巨大な機械。
フランケンシュタイン作ってます?と聞きたいぐらいな機械。
何だ、あれ?
何かバチバチと放電してるみたいだけど……。
その彼の傍らには、少し下がる形で巨人がいる。
スーパーミュータントだっけ?
彼がイゴールか。
「こんにちは、Dr.ミンチ」
「おお、Dr.ミッチェルのとこの子か、何か用かな?(CV茶風林っ!)」
「実は……」
「そうか、死体を持ってきたんじゃな。イゴールっ!」
「はい、旦那様」
ドスドスと近付いてきて、私をひょいっと抱きかかえ、ベッドに寝かす。
はっ?
「何じゃ、この死体はっ! まだ生きとるじゃないかっ! もっとちゃんとした死体はないのかね?」
「誰が死体よ、誰がっ!」
歩く死体ではあるけれども。
イリットがベッドから憤慨しつつ降りる私に耳打ちした。
「死体しか興味がない人ですから」
「……」
それ人としてどうなんだ?
とはいえ私を蘇生させてくれたらしいし、まったく頓珍漢な研究をしているわけではなさそうだ。
……。
……多分ねー。
自信はないです。
とりあえず挨拶をするとしよう。
「ミスティです、その節はどうも」
「その節?」
「何でも蘇生させてくれた、とか?」
「ああ、あの時の新鮮な死体か。確かに電撃ビリビリで生き返らせたな」
「電撃、ビリビリ」
AEDとかいうレベルじゃないだろ、あの設備。
出力半端なさそうだ。
あれで記憶失ったんじゃないかと思う今日この頃。
ミッチェルさんもそういえば疑ってた節があるな。
うーん。
だけど、あれでなければ生き返れなかったわけというのもまた事実だろう。頭撃たれて心肺停止なわけだから、普通の手段では蘇生できなかったはず。
そう考えれば彼もまたミッチェルさん同様に命の恩人だ。
まあ、変人だけど。
「ワシは天才過ぎる天才科学者、Dr.ミンチじゃ」
「どうも」
確かに。
確かに天才だろう。
変態だけどなー。
死体愛ってやつ?
シロディールでは金貨500枚の罰金ですわよ。
「ところで、このワシに何か用かな?」
「私を墓場から拾ってくれたらしいので、そのお礼にと。あと、状況が聞けたらなと」
「イゴール」
「はい、旦那様」
「お前が拾って来たんだ、状況を説明してあげなさい」
「あの、出来らた現場で聞きたいんですけど」
「まあいいじゃろ、イゴール、準備してきなさい」
「はい、旦那様」
よかった。
気さくな人たちだ。
博士は変態だけどもなー。
「それでDr.ミンチ、ここでどんな研究を?」
「ワシは電撃で死体を蘇らせる研究をしておる。世間の連中はワシを変人扱いするが……天才はいつも、世の中には理解されないものなんじゃよ。いっひっひっひっひっ!」
危ないから危ないから。
十分変態ですぜ。
「墓場の死体は古くていかん。新鮮な死体を見つけたら是非ワシのところに持ってきておくれ」
「ええ、まあ」
そんな機会あるのだろうか?
死体を担いでここまで持ってくる?
通報されるだろ。
……。
……まあ、このご時世に通報する先も、逮捕する連中もいるかは知らないけどさ。
記憶についても聞いてみよう。
「あの、私は記憶がなくなったんですけど」
「記憶が?」
「はい」
「ふぅむ。電撃との因果関係は分からんな。ワシはあくまで蘇生させるだけで、そっち方面はさっぱりだ。Dr.ミッチェルは何と言っている?」
「撃たれて海馬がやられてるとか何とか」
「記憶が一部銃撃で飛んだ、それはそれであり得る話じゃな。だからワシに損害賠償とかはなしじゃ。その時は、ふむ、もう一度電撃で損害賠償の記憶を飛ばそうかのー」
「……」
今の内に銃で撃った方がいいのかもしれないですな、この人。
天才と狂人は紙一重。
あー、でも彼の場合は紙一重というか狂気の側に振り切っているような。
「ミスティさん」
「ん? 何、イリット?」
「イゴールさんと同道するんですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ帰り道も分かりますよね? 私、お昼ご飯の支度しないといけないから。すいません、お墓の方まで行くとは思ってなくて、用意してないんです」
「ああ、そっか、別にいいよ。ありがとう」
「ミスティさんの分も作っておきますね」
「出来たら同じものが良いなー」
「ふふ。分かりました。ではDr.ミンチ、私はこれで失礼します」
「うむ。Dr.ミッチェルによろしく伝えておくれ」
イリットはそう言って去って行った。
今日はゲッコーのお肉にありつけるかもなぁ。
トカゲ肉。
どんな味がするのか、楽しみだ。
この辺りで一般的な料理に使われるのであれば、不味いものではないんだろう。
楽しみ楽しみ。
「お待たせしましただよ」
「うむ、準備が出来たようじゃな。ミスティ君、それではまたな」
「ええ。博士、ありがとうございました」
「どこかで新鮮な死体を見つけたら是非ここに持ってくるのじゃぞ」
「……」
やっぱり変態だな。
うん。
イリットと別れてイゴールと共に墓場に向かう。
墓場は街外れの、小高い丘にあるという。
「改めて自己紹介を。助手のイゴールですだ」
「はあはあ」
「おらの仕事はイキのええ死体を探してくることだよ」
「はあはあ」
息が上がる。
話の半分も聞いてない。
体力が落ちてるな。
まずい。
まずいですぞ、これは。
働くなんて出来るのか、私。
「大丈夫かや?」
「はあはあ」
無理。
道の真ん中で、というか街の往来の真ん中で私はしゃがむ。
幸い往来は少ない。
というかいない。
活気がない街だなぁ。
「おい見ろよ、チビ女だぜ」
「だけど胸だけは育ってるぜ、うぃーひひひひひひひっ!」
男だ。
半裸の男2人がこちらを見ている。
半裸に黒い半ズボン、スニーカー、何だこいつら?
腰には肉切り包丁、もう1人はマチェット、それはいい。問題ないのは半裸に銃帯を巻いているということ。ダイナマイトを無数に差した銃帯。
迂闊に手を出したらドカンだ。
……。
……にしても、チビ女?
キャピタルの前作ミスティも同じことを言われていたような?というメタ発言をしてみる。
そしてその笑い方は何だ。
絶対笑いにくいだろ。
「ミスティ様」
イゴールは顔を横に振り、私の前に立ち、半裸の男たちをじぃーっと見ている。
最初から喧嘩するつもりがないのか。
それともイゴールにビビったのか。
「興覚めだ。行くぞ」
「ああ。エディーさんの言いつけを護らなきゃな」
去って行く2人。
ふぅ。
助かった。
現状私の体力のなさは分かったし、銃の腕は未知数、そしてあいつらのあのダイナマイトボディは脅威だ。撃ち損なったら私もドカンなわけだし。
戦うなら、私の力量が分かってからだ。
だけど不思議と怖くはなかった。
恐怖心も忘れているのか、それとも私は強いのか。
さてさて、どっちだろうね。
「イゴール、ありがとう」
「いいってことですだ」
「でもあいつらを新鮮な死体にして持っていけば喜ぶんじゃない?」
「旦那様の目的は死体を生き返らせる実験ですだ。あいつら生き返らせたら生き返らせたでうるさそうでしたし、死体を作ってから蘇生させるということをしたら、街から追い出されますだ」
「まあ、確かにね」
死体作ってから生き返らせる。
ふむ。
確かにそんなのが露見したら街にいられなくなるな、迫害される。
今?
今は生暖かい目で見られているだけの状態だと思う。少なくともミッチェルさんとは交流できてるみたいだし。
「それであれは何なの?」
「パウダーギャングというギャング団ですだ」
「パウダーギャング?」
変わったギャング名だな。
「何者なの?」
「NCRの線路会社を襲ってダイナマイトを奪った、田舎町にいる田舎ギャングですだ」
「ああ、それでパウダーギャング」
パウダーとはダイナマイトのことなのだろう。
ミッチェルさんが言ってたギャングってあいつらか。
「ここで何してるの、あいつら?」
「さあ? 誰か探しているようだで?」
「ふぅん」
私じゃないだろうな?
いや、だけど私の顔を見たけど別に何のリアクションなかったし。
……。
……あっ、そうか、私のわけないじゃん。
頭撃たれて、全裸に剥かれて身元証明できる者を全部処分した相手だぞ?
確実に私を殺した気でいるはずだ。
連中が私を撃った奴と繋がっているとは考えられない。
少なくとも、一度心臓は確実に止まっているわけだし。ミッチェルさんの腕を以てしても、一度私は死んでいる。
Dr.ミンチという反則的な技術がなければこの世にはいない。
そう考えれば、これはチャンスなのかもな。
誰だか知らないやつは私が死んだと思ってる。
確実に。
このまま死んだ振りしておくのも悪くない、ここで静かに暮らすのも悪くないな。もちろん探し出して復讐するっていうのもありだろう、いずれにしても私は誰かさんの中では死んでることになってる。
ここで平穏に暮らすのも、復讐の為に近付くのも容易だ。
さて。
「体力戻った、さあ、行こう、イゴール」
「はいですだ、ミスティ様」
「ここですだ」
墓場に到着。
「ごめん、ちょっと待って」
蹲り、息を整える。
駄目だ。
虚弱なお人です、私。
これ明日のサバイバル講習大丈夫か?
「大丈夫ですだ?」
「……ええ、まあ」
よし。
息が整った。
改めて到着した場所を見る。
小高い丘にある、グッドスプリングスの墓場。土葬らしい。十字の墓が幾つも立っている。四角く掘られた穴があった、近くにはシャベルが放置されている。埋葬予定でもあるのかな?
ここから遠くに何か見えるな、あれは……塔か何かだろうか?
「イゴール、あれは何?」
指さす。
「ああ、あれはニューベガスの街ですだ」
「ニューベガス」
「Mr.ハウスとかいう偉い人がと支配している、カジノ都市ですだ。カジノは三大ファミリーが差配し、治安はセキュリトロンというロボットの軍隊がしていると聞いたことがありますだ」
「ふぅん」
「で、あの塔みたいな建物が、一番高いあの建物が、ラッキー38というカジノで、Mr.ハウスの住居と聞いたことがありますだ」
「へー」
いいなぁ。
あんなに高いところからなら、それはそれは良い眺めなのだろう。
「ミスティ様、検分するんでしょう? 旦那様のお世話もありますから、済ませてしまいましょうだ」
「ええ、お願い。ごめんね、付き合わせて」
「いいですだ、一期一会ですだよ」
「あはは」
気さくなスーパーミュータントだなぁ。
きっと気の良い種族なんだろう。
「それで、私はどこにいたの?」
「そこの穴の中ですだ」
「……ああ、あれは私の特等席だったのか」
近付いて見てみる。
何もない。
穴の近くに焦げた燃えカスがある。
「イゴール」
「はいですだ」
「私はこの穴の中にいたの?」
「そうですだ。頭を撃たれて死に掛けていたですだ。人がいたにはいたですけども、おらを見たら逃げていったですだ」
「逃げた、何人?」
「数人、としか」
「そう」
つまり。
つまり私を撃って、服全部脱がして、埋めようとしている間にイゴールが来たというわけだ。
なるほど。
要は中途半端な状態で逃げて行ったわけだ。
あれ?
「イゴールはここで何を?」
「旦那様の言いつけで新鮮な死体を探しに来ただよ」
「……」
「新線は新鮮だったけど、まだ生きてたからDrミッチェル様のとこに連れて行って、そこで死んだから旦那様のとこに持って行ったただよ」
「まあ、その、何だ、グッジョブ」
結果オーライです。
私の指定席を調べる。
何もないな。
燃えカスはどうだ?
イゴールが来て燃やしたまま逃げたのなら、燃やし損なった何かがあるはずだ。
灰を漁る。
ない。
ない。
ない……いや、これは、何だ?
ワッペンだ。
鉄製か?
不思議な材質だな、軽くて、硬い。鉄ではないな。
「ME?」
何の略だ?
私には分からないな。
「これ、何だと思う?」
「これ、ああ、モハビエクスプレスのことですだな」
「モハビエクスプレス?」
「運び屋ですだ。モハビエクスプレスっちゅう組織で、運送会社ですだ。旧時代ならともかく、今の時代、特にここは戦争中だで、運び屋は強靭な肉体と鋼の精神を持つエリートですだ」
「へー」
「ミスティ様はモハビエクスプレスの運び屋かもしれないですだな」
「私が? 玩具かもしれないじゃん、これ」
「本物ですだよ、これ。さっきも言いましたけんども、エリート集団ですだ。これにはチップが埋め込まれているだで、偽造は出来ないですだ。会社に問い合わせるだよ」
「会社、それはどこに?」
「さあ。そこまでは。秘密の多い会社だで」
「うーん」
そこで壁にぶち当たるか。
だけどまだ行き止まりってほどじゃない、壁を超える方法はある、もしくは戻って迂回するか。
灰の中には他にない。
何もない。
後は本当に灰だけだ。
「ベガス」
ここからはよく見えるだろう、夜になればなおさらだ。
夜、か。
夜、私を撃った奴はここからベガスを見ていたのかもな。
私もその場に立ってみる。
「ん?」
足元に何かある。
煙草?
噛み煙草だ。
いくつかある。
誰かここで噛み煙草でリラックスしてたわけだ、3本ほどある。同一人物の物だとしたら、そいつはここで何してた、3本分の時間も。
拾い、ポーチにしまい込む。
ワッペンもまだ。
何かに使える。
何か、はまだ分からないけど。
「色々とありがとうイゴール」
「いいですだ。困ったときはお互い様だで」
「あはは」
私が手を差し出すと、彼はその手を握った。
おっきな手だ。
「そうだで、忘れてただ」
「ん? 何を?」
「逃げてった奴を追ってた奴がいたたで」
「追ってた、そいつはどんな奴?」
「刀を背負った奴だで」
「刀」
なかなかレアな装備だ。
誰だか知らないけど、私を撃った奴を追うよりは追いやすそうだ。
さて。
「帰ろうか」
「分かっただで」
「帰る?」
「ミスティ様? どうしただで?」
「つまり、同じ距離をまた歩くってこと?」
体力ないです。
誰かタクシー呼んでください。
ぐはぁっ!
「あの女、なかなか面白そうな奴だな。使えるかもしれない。さあ行くぞ、相棒」
「<BEEP音>」