そして天使は舞い降りた







ガラの悪い怪我人





  旅は道連れ世は情け。





  「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇそこのあんた助けてくれぇーっ!」
  大声を上げながら走ってくる人影。
  男だ。
  誰だか知らないけど、どんなイベントだ?
  私には絡まない?
  いやいや。
  こっちに一直線で向かってくるんだ、関わらないわけがない。
  青いオーバーオールを着た男だ、髪の色も青。年齢は……20代ではないな、ギリ10代ぐらいかな。
  そんな奴が走ってくる。
  何かを引き連れて。
  「やれやれ」
  ゲッコーだ。
  ゲッコーの群れだ。
  数にして10かそこら。武器さえあれば特に敵ではないだろうけど、その男は武器らしきものを持っていない。
  「マスター」
  「ん?」
  「質問。どう処理しますか?」
  「そうね」
  考えている間に男はすぐ近くまで来ていた。
  ゲッコーどもも。
  「た、助けてくれーっ!」
  「やれやれ」
  男は私のすぐ後ろに隠れた。
  問答無用でエンカウントっすか?
  嫌だなぁ。
  9oピストルをホルスターから引き抜き、迫りくるゲッコーどもの1匹に照準を合わせる。トリガーを引こうと指に力を籠めようとした瞬間……。
  「戦闘モード起動」
  アリスが動いた。
  速いっ!
  一瞬で間合いを詰めゲッコーを殴り飛ばす。殴り飛ばされたゲッコーは目を大きく見開きながら……いや、眼球を飛び出させながら吹き飛んで私の視界から消える。
  アリスはロボット。
  コピードールと呼ばれる、人間に擬態するロボット。
  内蔵兵器とかあるのかは知らないけど素手だけでも充分強いな。
  少なくとも私並みの腕力はある。
  つまり?
  つまり首ちょんば出来ちゃうだけの力があるのだ。
  次々と屠っていく。
  うわぁ。
  力任せに叩き潰すのってグロイっすな。
  私とアリスとの決定的な違いは体力の概念かな。この程度の敵は私でも簡単に捻り潰せるけどおそらく体力が続かない。
  ……。
  ……ま、まあ、体力に関しては人間とロボットの差って言うよりは、私が例外的に貧弱過ぎるだけなんだけどさ。
  旅の間に体力付けなきゃ。
  そんなことを考えている間に状況は終了してた。
  私は何もできずじまい。
  まあ、楽でいいけど。
  「排除。マスター、終わりました」
  「ご苦労様」
  凄いな。
  1分も掛からずに全て掃討したアリス。
  時間は問題ではない。
  素手でっていうのも問題ではない。
  時間にしても素手にしても、私でも出来ることだ。凄いと思ったのはその敏捷性。ジェットブースターでも付いているのかと思うぐらいの素早さだった。これは私も真似できない。
  良い仲間が出来たな。
  戦力的にっていうのもあるけど人柄も良いし。
  仲良くやれそうだ。
  「んー」
  かつてはゲッコーだった肉塊の海を見る。
  うーん。
  ぐちゃぐちゃだな。
  食料としてキープするにしても、ここまでぐちゃぐちゃだとなぁ。原型留めてたら切り分けて燻製にしたりしてもいいんだけど、これはなぁ。
  まあ、いっか。
  プリムは近いんだ。
  ここで食糧確保する必要はないだろ。
  「アリス、行きましょう」
  「了解」
  そして私たちはプリムへと向かうのだった。

  「待てよ、コラっ!」

  向かっちゃいかんのか?
  柄悪いな、この男。
  振り返ると男は腕を抑えながらその場にへたり込んでいた。
  ゲッコーに噛まれたのか?
  噛まれると1時間で高熱が出る、らしい。
  「怪我人を見捨てて行こうってのかっ! 薄情な奴らめっ!」
  「助けはしたじゃん」
  主にアリスが。
  無視して行こうとしたのは完全に私の後ろに回り込んだ後に盾にしようとしたことだ。それに一言ぐらいありがとうって言ってもいいんじゃないか?
  「へ、へへへ」
  「何よ、気色悪い」
  「ぐっ!」
  「さっさと用件があるなら言って」
  「あんたら、ちょいと頼まれてくれねぇか」
  「やなこった」
  「何だとぉっ! てめぇ、良い度胸じゃねぇかっ! 大人しく頼みを聞いておく方が身のためだぜっ!」
  元気ですね。
  別に意地悪してるわけじゃない、こいつの態度が気に食わないのだ。
  「提案。マスター、この男、見たところ碌な人間ではありません」
  「そうねぇ」
  「こんなの相手にしないで先に進むべきだと思います」
  「ですよね。まっ、そういうわけなんで」
  そして私たちはプリムへと向かうのだった。
  めでたしめでたし。
  「待てよこのアマぁっ! ちっとばかし美人だからって調子に乗りやがってっ!」
  うるさいうるさい。
  これだけ元気なら別に放置しても問題ないだろ。
  「ぶっ殺すぞ、こらぁっ!」
  「へぇ?」
  面白いことを言う奴だ。
  9oを奴の頭に向け、冷然と私は奴を見下ろす。
  撃つよ、ほんとに。
  あんまり調子に乗るとさ。
  「試してみる? 私をぶっ殺せるか、どうか」
  「……」
  「死ぬのはあなたよ」
  「……あっ、痛てて、傷が痛むー……あー、痛いよぉー、助けてくれよぉー」
  何なんだこいつは。
  台詞がいきなり棒読みじゃないか。私を舐めてんのか?
  鬱陶しいな。
  「助けてあげてもいいわ」
  「へへへ、そうだろそうだろ、そうこなくっちゃな」
  「頼み事する前に名乗るべきじゃないの?」
  礼儀ってものは必要だ。
  例えモハビ・ウェイストランドが荒れているにしても。
  「ああ、そうだな。俺の名はスエゴってんだ」
  「ミスティよ」
  「挨拶。アリスです」
  これで一応前進だ。
  もっとも別に仲良くするつもりはないけど。
  「それで? 頼みって?」
  「この近くに俺の仲間がいる。プリムの街だ。そこまで俺を連れてってくれ」
  「ふぅん」
  特に問題ない、か。
  私もどのみちプリムに向かってるわけだし。
  ただ、人助けするにしても稼げるのであれば稼ぐべきだろう。
  「幾ら出す?」
  「金取んのかよっ!」
  「当然」
  この状況であれだけ柄悪く振る舞えたわけだからど素人じゃないだろ。つまり、堅気には思えない。善男善女ってわけではなさそうだし報酬要求しても問題あるまい。
  スエゴは何か言い募ろうとするものの分が悪いと察したのか、口を閉じた。
  まるまる1分ほど掛けてから彼は言う。
  「悪いが金がねぇ」
  「ふむ」
  「野営してたらいきなりゲッコーどもに襲われてよ、荷物は置き去りなんだよ。見ろよ、武器すら持ってねぇだろ」
  「そうね」
  嘘ではないかな。
  確かに武器すら持ってない、だとしたら本当に奇襲されて荷物を全部なくしたのだ。
  「どうする? 戻る?」
  それ相応の報酬は貰うけど。
  彼は私のその提案に首を振った。
  縦ではなく、横にだ。
  「絶っっっっっっっっ対に嫌だっ!」
  「何で?」
  「俺を追ってきたのはあれだけだがよ、野営してた際に襲ってきたのは倍以上だっ! 戻りたくねぇよっ!」
  「ああ。巣に迷い込んでのか」
  それなら戻りたくないのも分かる。
  ゲッコーは大して強くないけど群れたら面倒臭い。
  「それに仲間が待ってるからこのままプリムに行きてぇんだ。ポケットの中に10キャップあるからよ、それを成功報酬として払うぜ」
  「10キャップ」
  「仕方ねぇだろ、手持ちはこれしかねぇんだよ」
  「まあいいわ。それで? 噛まれたの?」
  サニーには噛まれると1時間で高熱が出ると聞いた。
  高熱出されると運ぶのが面倒だ。
  「いや、引っ掛かれただけだ」
  「そう」
  この場合は大丈夫なのか?
  だけど噛まれたら高熱が出る、と言われたからな。大丈夫だろう、たぶんね。
  ウエストパックから回復パウダーの入った小さな缶を取り出してスエゴに手渡す。
  「回復パウダー、使って」
  「ありがとよ」
  金額はどうでもあれ依頼人だし、何より怪我人だ。
  労わる気持ちは大切です。
  ……。
  ……というかこいつがここまで柄悪くなかったら普通に親切で助けるんだけどな、キャップだって別に要らないし。
  何者なんだろうな、このガラの悪い奴。
  まあいい。
  プリムまで同道して、それでおしまいだ。
  それだけの関係。
  「それにしても、へへへ、見てたぜゲッコーどもを簡単に叩きのめすところをよ。すげぇ子供を連れてるな、おめぇ」
  「まあね」
  子供っていうか旧世界の人型兵器なんだけどね。
  言う気はないけど。
  「んじゃまあ、このスエゴ様をプリムまでよろしくな」
  「やれやれ」
  余計なのを拾ったかな?
  厄介なことにならないといいけど。