そして天使は舞い降りた







故郷は遠くいと高く





  私の故郷はいつも心の中に。





  奴らはいきなりやって来て、いきなり攻撃して来て、いきなり去って行った。
  奴ら、それはバイアス・グラップラー。
  モハビ・ウェイスランドにもっとも古くから存在している武装勢力。
  規模においてはNCR、リージョンには到底劣るものの、その装備の充実さはモハビに遠征してきている両国家を凌いでおり、局地戦においては敵なしの悪党ども。
  そんな連中がグッドスプリングスを襲った。
  小さな小さな街を。
  私たちは戦った。
  だけどその抵抗は小さくて、街はあっという間に蹂躙されてしまった。
  名の通った傭兵たちは全滅。
  街の住民も大勢殺された。
  私の親友のサニーも死んだ、私をテッド・ブロイラーから救う為に殺されてしまった。
  パウダーギャングを追い出して、何でも出来ると思ってた。
  この日常がいつまでも続くと思ってた。
  世界は残酷だ。



  グラップラー襲撃から3日後。
  人間を収穫するのが目的の連中が何故今回は皆殺し路線だったのか、何故それが達成寸前で撤退してしまったのか、誰にも分からない。
  もちろんどうでもいい。
  どうでも。
  「……」
  私は無言で墓地を目指す。
  昨日目覚めたばかりで、昨日は体がまともに動かなかった。今日はようやくベッドを降りて外出の運びとなった。
  街の惨状は酷いものだ。
  奇跡的に雨が降ったので延焼は収まったけど、街は既に機能していない。
  元々ちっぽけな機能しかなかった街は死んでしまった。
  生き残りの大半は既に去っている。
  チェットは焼け落ちた店から使える物を回収してどこか他所に行ってしまったし、イージー・ピートやトルーディ、そしてサニーは死んでしまった。
  人間、ドラマチックには死ねないモノらしい。
  みんな私が知る間もなく死んでいた。
  私はどこに行けばいいんだろう。
  私はどこに?
  「ケンが生きてたのは、不幸中の幸いか」
  マリアさんの養子は生きてた。
  彼女が覆いかぶさっていたのでテッド・ブロイラーの炎の直撃から避けることができた。不死身の女ソルジャーは大切な者を助けるために自ら不死身たる所以を捨てたのだ。
  「ん?」
  墓場に先客がいた。

  「兄さん」

  1つの墓の前に佇む長い金髪の少女。
  見たことない人。
  少なくともこの街の人ではない。
  諳んじてるわけではないけど、受ける印象はグッドスプリングスの生活者という印象ではない。傭兵か、ハンターか。
  彼女は私に気付いていない。
  墓に語り掛ける。
  「何だってこんな小さな町のために戦って死んだのよ。誰かの為に戦って死ぬなんて馬鹿らしいっていつも言ってたじゃないかっ!」
  その口癖は知っている。
  隼のフェイが言ってた言葉だ。
  つまり彼女は彼の妹なのか。
  「兄さん、もう行くよ。こんな街にいたって仕方ないからね。あたしは戦うよ、他の誰でもない、自分だけの為に」
  彼女はこちらを振り返る。
  私と目が合った。
  私は黙礼するけど彼女は何も言わずにその場を後にした。
  人には人の物語がある。
  それだけだ。
  「……」
  呆然と私は墓の前に立ち続ける。
  かけるべき言葉もない。
  かけるべき言葉、それは謝罪か、後悔か、さて何だろうね。
  「クソが」
  出た言葉は罵倒。
  怨嗟、と言った方がいいのか。
  死者たちに対してではない、当然だけどさ。
  「Mr.ハウスめ」
  憎しみの対象は見たことのない支配者。
  ここからラッキー38が見える。
  当然向こうからも見えていたはずだ。
  距離的に、時間的に、例え襲撃が分かっても助けようがなかったのは分かってる。だがこれが既に繰り返されてきた襲撃なのは明らかだ。モハビの歴史として綴られているんだ、人間狩りは。
  なのに何の対策もしていない。
  そんな支配者必要か?
  NCRにしてもね。
  「見晴らしが良い場所だろうな、あそこは」
  モハビを護ろうとする者があそこにいたならば街は救えたのかもしれない。初回は無理にしても、それ以降の襲撃に対しては対策が出来たはずだ。
  モハビの守護者、か。
  「私が、あそこにいれば……」
  無意識に呟いた。
  そして驚く。
  「随分と野心的だな、私は」
  自分が何者か分からない。
  真紅の幻影という運び屋だったらしいけどそれだって他人の論評であって私自身には自覚がない。
  だったらなりたい自分になればいいのか?
  私が、ベガスの王に……。

  ざっ。ざっ。ざっ。

  足音。
  振り返り、私は言った。
  「悪いけど新鮮な死体はないわ。ここにいるのは、死に損なった生きてるのが嫌な人間だけ」
  現れたのはDr.ミンチ、イゴール。
  「ここで言うべきではない言葉じゃな」
  批判するでもなく普通に博士はそう言った。
  確かにそうかもな。
  死者の前で言うべき言葉ではなかった。
  「君が生きていて何よりじゃよ」
  「どうも」
  「ワシとてお前さんと同じ気分じゃ。死者蘇生、それがワシの長年の研究であり目的。だが残念ながら万人を蘇らせることなどできないのじゃよ」
  死体の損傷や鮮度、状況。
  それらが全て最良ではないと生き返らないのだろう。
  事実今回の襲撃で息を吹き返したものはいないと聞く。私が、そうね、おそらく私が幸運過ぎるケースだったんだろう。
  「実は渡したいものがあるんじゃ」
  「渡したいもの」
  「受け取ってくれ」
  「これは?」
  手渡されたのは包丁。
  料理でもしろと?
  刃を触ろうとすると……。
  「指が落ちるぞっ!」
  
珍しく血相を変えたDr.ミンチの声に私は動きを止める。
  指を切る、ではなく、指が落ちる。
  何なんだ、これは。
  「Dr.ミンチ、一体何なの、これは?」
  「コズミックナイフというものじゃ。まあ、戦前の包丁じゃな」
  「ふぅん」
  大層な名前だ。
  「宇宙時代の新素材、という触れ込みの代物じゃよ。ビッグ・エンプティで開発されとった代物でな、まな板ごと切れる、シェフの指を落とす、といった苦情を寄せられた代物じゃよ」
  「駄目じゃん」
  つまりは欠陥品じゃん。
  だけど、まあ、こういうご時世では使える代物だろうな。
  下手したらコンバットナイフより使える。
  博士の講釈は続く。
  「ビッグ・エンプティを知っているかね?」
  「さあ」
  知っていたのかもしれないけど、覚えてはない。
  要は知らないってことか。
  「かつては地球救済センターとも呼ばれた、アメリカ合衆国の技術の粋がその場所で開発されとった。アメリカ合衆国は……」
  「知ってるわ」
  苦笑する。
  記憶喪失者向けレクチャーじゃなくてバカ者だと思われてんじゃないのか、私。
  「そのコズミックナイフはサタイナト合金というもので作られておる」
  「サタナイト合金」
  また胡散臭そうな名前だな。
  「強度は従来の素材など比較にならない代物でな、その包丁はその新技術が使われておる」
  「それはそれは」
  技術の無駄遣いだろ、これ。
  「強度だけではなく、この合金にはある特性があってな。一定以上の熱に晒されるとその熱を吸収し半永久的にその熱を維持するのじゃ。温度次第では鉄でも斬れるようになるの」
  「へぇ。料理するのに便利そう」
  わざわざ火を起こさずに調理出来る便利グッズですな。
  旅をするには携帯する道具が少ないに越したことはない。特に私は体力ないし。
  「博士、これを私にくれる理由は?」
  ありがたいけど理由があるだろ。
  こんな貴重な代物、放出する意味を知りたい。
  理由は何?
  「ワシの研究を狙ってグラップラーが来た、という気がしての」
  「そんな兆候が?」
  「それは何とも言えん。今まで転々としてたからの。ここは居心地が良くてついつい長居をしてしまった、グラップラーはワシを追っていて、今回は捕捉されてしまった……そういう筋書きもあろう」
  「あるかもね」
  何とも言えない。
  私としては、私が狙われたんじゃないかと思ってるし。
  「つまり、これは罪滅ぼしってこと? だとしたらお門違いだわ」
  「まあよい。お前さんの役には立とう。貰っておいてくれ」
  「分かった」
  ありがたく頂戴しよう。
  私が貰う理由にはならないと思うけど、好意はありがたいし、確かにこれは役に立つ。
  使える物は頂こう。
  何故なら私は生きている。
  生きている者今後もは生きて行かなければならない、死ぬ気がない限り。
  私は死ぬ気はない。
  まだ、ね。
  過去の私への探索?
  盗まれた物への執着?
  そんなものはない。
  あるのは復讐だけ、グラップラーに対する復讐。
  そして。
  「役に立たない支配者など、要らない」
  私はそっと呟いた。
  やることがある。
  私にはやることがあるのだ。
  「博士はこれからどうするの?」
  「ここを出るよ」
  「そう」
  人は同じ場所に生涯留まれるわけではない。
  例えそこが愛しき故郷であってもだ。
  「だけど大丈夫?」
  「大丈夫、とは?」
  「旅の安全」
  「おでがおりますだよ、ミスティ様」
  気さくな巨人のイゴールがそう答えた。
  今の今ままでグラップラーに追われつつ生きていたんだ、博士は戦闘要員では確実にないだろうし、そうなるとイゴールは相当強いんだろうな。
  「ではな」
  「ええ。博士もお元気で」
  2人は去って行った。
  また、私と死者たちだけだ。
  「力」
  両手を見る。
  私には、力がある。
  何者でもない私が、何者になる為に、そして何かを変える為に、この力は役立つだろう。
  私が誰かなんてどうでもいい。
  何かがしたい。
  今回のようなことが起こらないように、何かがしたい。
  どうしたらいい?
  どうしたら……。

  「随分と探したよ」

  「ミッチェルさん」
  探していたらしい。
  考えてみたら結構時間経っているな。
  心配させたのであれば申し訳ないことだ。
  「今後のことが決まったので言っておきたくてな」
  「今後?」
  「ああ」
  街の再建の話、と考えるべきか。
  「我々はここを去ることにした」
  「えっ?」
  出た言葉は想定していたものとは違った。
  街を出る。
  確かにそれは妥当なのかもしれない。
  住人のほぼ大半は死に、そして去り、街自体も壊滅している。長期的に考えたら再建も可能だろうけど、何の支援もなくグッドスプリングス単体で再建できるほど世界は甘くはない。
  再建するにしても何にしても一度ここを離れる必要はあるのだろう。
  ここでは収入は見込めないわけだし。
  「出るんですか?」
  「ああ。ランディとマシューでは警備に限界があるからな」
  2人は生き延びた。
  生き残った、数少ない私の友人たちだ。
  「パウダーギャングは壊滅した。しかし無法者にとってこういう場所は稼ぎ場になるからな。あまり長居は出来ない。孫たちの環境にもよくない。シャイアンがいるから元気でいるがね」
  シャイアン、サニーの愛犬。
  彼女の死後はミッチェルさんが引き取った。
  「それでミッチェルさん、どうするんですか?」
  「アルケイド・ギャノンに連絡を取った」
  「アポカリプスの使徒に?」
  「ああ」
  私の過去を知る、数少ない人物。
  そしてアポカリプスの使徒は知識の伝道者であり、難民支援の組織でもある。地元民の救済を目的としている。使徒が救済をするからNCRもハウスも気兼ねなく任せているのか、それとも
  支配者たちはそれらをする気がないのか。何となく前者な気もするな。
  「とりあえずここでの生活をしばらく支援してもらうことにした。その間に身の振り方を考えるってわけだ」
  「寂しくなりますね」
  皆、ここを居なくなるのか。
  友達は死んでしまったけど、ここを離れるの、か。
  そして気付く。
  私はどうしたらいいんだろう?
  私は……。
  「実は頼みがある。依頼というやつだ」
  「依頼、ですか」
  なんだろ。
  アルケイド・ギャノンが所属するアポカリプスの使徒がここに来るまでの警備かな?
  「先にこれを渡しておく」
  そう言って小振りの革袋を渡される。
  中身を覗く。
  キャップだ。
  幾らぐらいあるんだろ、100枚以上はあるだろう。
  「200ある」
  「200」
  今までの感覚で行くとかなり高額な報酬だな。
  世間的には知らんけどさ。
  「実はケンがいなくなってな」
  「ケンが」
  マリアさんの養子だ。
  まだ14歳やそこらの年だけど戦闘に身を置いていて、実力は未知数だけどそれなりではあると思う。マリアさんほどの人とはいえ足手纏いを連れて戦場を転々としているとは思えない。
  いなくなった、か。
  タフなことだ。
  こんがりと上手に焼けました状態だったのに。
  若いからか、タフだからか、それとも信念があるからか。
  んー、全部かな。
  もっとも復讐心が信念かと聞かれれば、即答できないけど、おそらく今の彼の根っこ、芯になっているはず。それを私は否定しない、私だって同じだからだ。
  「それで、ミッチェルさん、どうすれば?」
  「連れ戻してほしい」
  「連れ戻す」
  「そうだ、合法的に、彼が同意した場合にな。それまでは彼を説得しつつ旅に同道してくれ」
  「……?」
  言っている意味が分からない。
  説得に応じない場合は私が彼の旅に付き合うということか?
  ……。
  ……ああ、そういうことか。
  ミッチェルさんらしい。
  おそらく私はケンは同じ相手に復讐心を抱いている、だから依頼という手段を使って合流させたいのだろう。年下の駆け出しと組む、それによって生じる私のプライドへのダメージをこういう言い
  回しにすることで回避し、かつケンに対しても他者からの依頼だから組むのは仕方ない的な雰囲気に持っていこうとしているんだろうな。
  あくまで私の憶測だ。
  だけど、これは、私とケンのプライドを考慮した形なのだろう。
  「ミッチェルさん」
  「何だね?」
  「依頼は受けます。だけど」
  「取っとけ」
  報酬のことだ。
  彼はみなまで言わずそう言った。
  「依頼に報酬は付き物で、それは正当なお前の権利だ。それに無一文に近いだろ、お前。だから、取っとけ」
  「でも」
  「でも、何だ?」
  「……」
  私には語るべき言葉が見つからない。
  借金の話?
  そうではない。
  全額返済していないからいずれは返すけど、私が返すべき言葉がないのはその所為ではない。
  「ミッチェルさん」
  「なんだ」
  「全部私の所為かもしれないんです」
  この街の壊滅。
  グラップラーの襲撃。
  すべて私の所為。
  憶測ではある、Dr.ミンチも追われているようなことを言っていた。現在のところ誰の所為なのかは分からない、だけどこの襲撃に意味を求めるなら私もその一端になってしまうだろう。
  現在いくつか用意されている襲撃理由を考慮すると、そうなる。
  「ある男が言ったんです、過去を探すなと。探せば、モハビが私を殺しに来ると」
  「ははは」
  「ミッチェルさん?」
  「グラップラーがモハビの総意か?」
  「それは……」
  「だろう?」
  「だけど私の過去が関係している可能性が……」
  「過去は人を過去に縛り付けようとする。だがそんな過去とは関係なく、明日は明日の風が吹く。無情だが無常。不自由だが自由。不思議なものだな、人生とは」
  彼は遠くを見て、それから私を見る。
  優しい瞳。
  「悪いがうちは宿ではないんだ、お前さんは完治した。もはやここに留まる理由などあるまい。退院だよ」
  「ミッチェルさん」
  「元々ここにお前さんのやる目的などあるまい? 旅立つ頃合いだと、私は思うよ。あんたがここを故郷と思っているのは分かっている、しかし故郷とは何だ? 土地か? 風景か? そこで
  過ごした時間か? 生まれた場所か? 定義など様々だ。いずれにしても故郷はいつだってお前さんの心にある。そうだろう?」
  「はい」
  頷く。
  確信を込めて。
  そうだ、私の故郷はいつだって心の中にあるのだ。
  街並みは変わり、人は去ろうとも故郷はいつだって側にある。
  誰にだってある。
  「私、行きます」
  「ああ」
  「イリットとカイによろしくお伝えください」
  「何も心配するな」


  そして私は街を出る。
  今までとは違い、ここから旅立つのだ。今ここに、ミスティいう人生の本当の始まりを私は心のどこかで感じていた。








  ※補足。
  ミッチェルさんの台詞はメタルマックス3のカスミさんの引用です。


  コズミックナイフの材質。
  ゲーム中、特に明言はなかったような。少なくともサタナイト合金ではないと思いますが、サタナイト合金と同様に熱したらそのまま属性が付与されねので同じ材質としています。