そして天使は舞い降りた







砕けた仮面





  そして彼女は素顔をさらけ出す。





  「テッド・ブロイラーだとっ! 辺境に何だってこんな奴がっ! マリア、逃げろ、俺が時間稼ぎをするっ!」
  そう叫んだと同時にフェイさんと、その隣で臨戦態勢だったアパッチさんが焼き殺された。
  バギーが唸りを上げて突っ込む。
  巨漢の化け物に。
  だが暴走する一撃は届かない。
  化け物の、バイアス・グラップラーの中枢でもある四天王テッド・ブロイラーの手の甲から発せられる火炎放射器でバギーは奴に到達するよりも早く火達磨になったからだ。ボン、そう音を
  立ててバギーは爆散した。搭乗者のガルシアがあの爆発で生きているとは思えない。
  「ケン、逃げなっ!」
  「だけどっ!」
  「逃げろ逃げろがががががががーっ! 早く逃げないと丸焼きだぞっ!」

  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  敵わないと知ってか、逃げれないと知ってか、マリアはケンに覆いかぶさった。
  そしてそのまま焼かれていく。
  それが。
  それが私の戻った瞬間に起こった出来事だった。
  「はっ?」
  呆けた声しか出ない。
  助ける間もなかった。
  全ては一瞬の出来事で、その一瞬で5人の命が失われた。
  兵士たちは私を発見すると、私と四天王の周囲に円陣を展開した。逃がさないってことか、そして四天王の戦いを見届けるってわけか。
  「ふしゅるるるるるるるる」
  「あんたが、四天王ってやつか」
  「このテッド・ブロイラー様に見付かった運の悪さを呪うがいいががががががががーっ!」
  でかいな。
  スーパーミュータントほどの大きさはある、イゴールと同サイズぐらいか。
  青いジャンプスーツを着込んだ赤いトサカ頭の巨漢。
  頭には無数の縫合の跡があり、背には巨大なタンクを背負い、手の甲には火炎放射器の射出口が仕込んである。他に武器らしきものは持っていない。
  炎、か。
  確かに避けるには難しい代物だ。
  追加効果でモノを燃やすっていうのも面倒臭い。
  「聞かせて、私を狙ってきたの?」
  「何のことだ? ががががが」
  違うらしい。
  少し気が軽くなった。
  だけどその程度の安堵でこの一連の行為を目を瞑ることはできない。
  「良い顔をしているがががががが」
  「良い顔? へぇ。私どんな顔してる?」
  「剥き出しの闘志、憎しみ、それでいて戦いに対しての愉悦を感じるががががががが」
  闘志と憎しみは分かる。
  だけど愉悦、か。
  それが本当の私ってことか?
  いつもにこにこの仮面の下は何考えてるか分からない残酷な奴ってことか?
  まあいいさ。
  解放してやるよ、その戦いに対しての愉悦ってやつを。

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  鼓動が早くなる、鼓動がリアルに聞こえてくる、まるで自分の体が自分のモノではないようだ。
  傭兵たちは死んだ。
  全員殺された。
  街は燃やされ、逃げて行った者たちにも砲弾が叩き込まれどうなったか分からない。
  なのに、この気持ちは何だ?
  怒り?
  怒りだ。
  だけどそれだけではない。
  体が感じてる。
  何かが解放されている、その解放感に私の心が高揚している。
  さあ、暴れようじゃないか。
  さあっ!
  「テッド・ブロイラー」
  「なんだ? ががががががー」
  「ぶっ殺す」
  宣言。
  一瞬の間があり、兵士たちが大笑いをした。
  哄笑は心地良いBGM。
  盛り上げるには必須の代物だ。
  そうとも、必要だ。
  この不利な展開をひっくり返すには最高のスパイスだ。
  「はあっ!」
  ナタを右手に持ち突っ込む。
  火炎放射器の巨漢の化け物は私の速度に対応できていない。
  攻撃に転じることも出来ない。
  ふん、ノロマめっ!

  ザシュ。

  ほう?
  ガードは出来たか。
  喉持ちを狙った一撃を右手で防ぐ四天王。
  ただしそのまま右手にナタは貫通。
  不思議と血は出ていない、
  まあ、こいつが何ミュータントかは知らないけど人間ではないだろ、血が出てなくてもおかしくないか。
  「がががががががーっ!」
  「ふん」
  ナタが突き刺さったまま右手を横に振って私を振り解こうとする。
  無駄無駄無駄ぁーっ!
  右手でナタの柄を握ったまま、左手で9oピストルを引き抜いて連射。四天王の不細工面をさらに不細工にイメチェンっ!
  「はっはぁーっ!」
  さすがによろける四天王。
  私は右手を離し、地面に足が着いたと同時に懐に踏み込んでパンチ連撃っ!
  楽しい。
  楽しい。
  楽しいぃーっ!
  数発受け後退する四天王、だが沈まない。
  タフだな。
  よろけた程度で対して効いていないようだ。
  ふぅん。
  私の全力パンチを食らっても動じない、か。
  これは暴れ甲斐があるな。
  欲求不満だったんだ、ずっと私はさ。
  全力で暴れれる場がなかった、人間相手に全力叩き込んでも一発で壊れてしまう。それではつまらないし、不満が溜まってしまう。全部剥ぎ出そうじゃないの、この戦いで。
  私は善玉。
  敵は悪玉。
  だったらどんなに暴れもても文句はないだろ。
  暴れれる大義名分もあることだし。

  「あ、あいつ、なんだあの動きっ!」
  「それにあの顔、まるで別人じゃねーかっ!」
  「……笑ってやがる」

  殴る殴る殴るーっ!
  私の全力パンチは人間の顔に穴を開ける、だがこの化け物の体は固いな、だが確実に叩き込んでいく。
  ダメージ蓄積して死ね。
  「ががががががーっ!」
  「まともにしゃべれんのか、あんたは」
  9oをホルスターに戻す。
  素手の戦いに銃は必要ない。
  「邪魔する奴は皆殺しっ! このテッド・ブロイラー様が遺伝子の欠片まで焼き尽してくれるわーっ!」

  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  両手の甲に仕込んで火炎放射器の放出口をこちらに向ける。
  火炎地獄が生まれた。
  だけど私のその瞬間には奴の懐に再び潜り込んでいる、まるで私の足の裏から火花が出るように加速し、既に懐にいる私にはそんな炎は意味がない。
  さあ、受けるがいい。
  私の全力パンチをっ!
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  「がががががーっ!」






  狙撃ポイント。
  ミスティの提案により戦場から少し離れた場所から後方支援をしていたサニー、ランディ、マシューが戦いを観戦していた。
  避難民は砲撃され、街もまた砲撃され、今回の人間狩りが完全に住民の殲滅戦であることは彼女たちを動揺させてはいたものの、現在ランディとマシューは高揚していた。
  それもそうだろう。
  何しろ四天王最強のテッド・ブロイラーをミスティが一方的に攻撃しているのだから。
  この200年、誰も倒すことのできなかった四天王。
  対抗すらできない相手。
  それを今ミスティが一方的に、それも素手で追い込んでいる。
  高揚しないわけがない。
  「凄いや、おっぱいお姉さんっ!」
  「ああ、本当にっ!」
  名のある傭兵たちは全滅してしまったがミスティはそれすらも覆しかねない。
  四天王さえ倒せば。
  特にあの悪名高いテッド・ブロイラーさえ倒せばモハビの運命は好転するだろう。化け物のように強い、いや、既に化け物でしかない四天王たち。その一角が崩れる、崩れようとしている。
  興奮したままランディはサニーに言った。
  「見てくださいサニーさん、兵士たちは完全に浮足立って手も出せなくなってますっ! ミスティさんなら、勝てるっ!」
  「……」
  「サニーさん?」
  「……いや、駄目だ、あれじゃ」
  「えっ?」
  「よく見なよ」
  「よく?」
  そう言われるものの意味が分からない。
  ミスティは一方的に攻撃している。
  これで何が駄目なのか。
  「どういう意味です?」
  「あいつ完全に頭に血が上ってる。確かに攻撃そのものは凄いと思うけど……よく見てみな、あの化け物は全部攻撃を耐えてる、ミスティの攻撃を厄介と思って防御に徹してる」
  「はあ」
  それの何が駄目なのか。
  つまりは、ミスティが圧倒し、四天王最強が防戦に回っているというだけのことではないか。
  「決定打に欠けるんだよ」
  「決定打?」
  「あの子の弱点知ってるだろ、体力がない。どんなに凄い攻撃しても防がれたら意味がないし、攻撃したらその分体力は消費していく。あれじゃ勝てない、あいつ殺される」
  「なっ!」
  「援護しな」
  「援護、ですか?」
  「何とか救出してみる」





  グッド・スプリングスの墓地。
  街を見下ろす丘の上にある共同墓地。
  そこに宙に浮かぶ物体がいた。
  「<BEEP音>」
  ED-E。
  それはかつてこの地を支配していたエンクレイブが使っていた、エンクレイブアイポットの名だ。エンクレイブは既にこの地で敗退し、去り、エンクレイブアイポッドは民間に出回っている。
  だが別にここにいても珍しいというものでもなかった。
  その物体が望遠カメラで戦いの様を見ている。
  そしてその状況は……。





  同刻。
  ニューベガスのスラムというべき場所、ストリップ地区。
  この地区はモハビという最大都市の入り口であり、ニューベガスから追放され拒まれた者たちが住まう悪徳の街。ストリップ地区にはキングという男がが率いるザ・キングス、マルデ・ファミリー、
  ヴァン・グラフ・ファミリー、ガレット・ツインズと言った、俗にいうギャングたちがせめぎ合っている場所でもある。ただしこの勢力もベガスには入れない。
  セキュリトロンと呼ばれるMr.ハウスの機械の軍隊がゲートを護っており、またMr.ハウスに従う賞金稼ぎの組織である月光が睨みを利かせている。
  その為、ストリップ地区は一定の平穏が保たれている。
  あくまで一定の、だが。
  「……くそ」
  刀を担いだ男はカウンター席で酒を飲みながら毒づいた。
  ここはガレット・ツインズと呼ばれる双子の男女が経営するアトミックラングラーという酒場。カジノでもある。
  ベガスに入れなかった者たちが行きつくカジノであり、その為大量のキャップが動く。
  そういった関係上、私兵としてこの酒場は傭兵を多く抱えており、ストリップ地区における勢力の一つして数えられている。
  もっとも双子にとって店内以上の領地は必要ではなかったが。
  「どうしたんですか?」
  バーテンの女は、オーナーでもあるフランシーヌ・ガレットは笑みのない目で、口元だけ微笑んだ。
  謎の男は、トロイという名を持つ男は首を横に振った。
  「何でもない」
  「そうですか」
  古い付き合いではあるが、トロイにとって彼女と深く関わるつもりはなかった。
  油断ならない相手だからだ。
  弟の方のジェームス・ガレットがいい加減な性格だからか、それとも最初からそういう性格なのか、フランシーヌは言葉の端々に残虐さを持っている。裏切りに厳しく、うっかり馴れ馴れしく
  付き合うものなら彼女の信頼を得てしまう可能性がある。そしてそれを裏切れば厄介なことになる、だから迂闊に付き合うつもりはなかった。
  それに、ただでトロイという人物は公式上、死亡していることになっている。
  必要以上に関わって目立つつもりはトロイにはなかった。
  「スコッチ。瓶ごとでいい」
  「分かりました」
  注文し、彼は再び通信に集中する。
  ワイヤレスのイヤホン。
  ED-Eの送信してくる、言語化された通信を聞き入るトロイ。
  焦りの色が浮かんでいた。
  「グッド・スプリングスにグラップラーだと?」
  それ自体は珍しくない。
  2年前に襲撃され、たった2年で再び襲撃されることは異例ではあるが別にそこまでおかしい話ではないだろう。グラップラーは人間を収穫する、基本は10年ぐらいは一度手を出したら何もして
  こないが方針を変えた、または前回の収穫分では2年で充分だった、とも考えれる。だからそこはトロイはおかしいとは思っていない。
  問題なのはその指揮官だ。
  「テッド・ブロイラー、四天王筆頭の奴が何であんな辺境に行く? 何だって街を滅ぼす? あの街に何があるっていうんだ?」
  真紅の幻影?
  Mr.ハウスの仕事を引き受けるほどの人物だ、グラップラーが何かしらの理由で消しに来るのはおかしな話ではない。
  だがトロイの考えはそうではなかった。
  「まさか、俺があそこにいたからか?」
  グラップラーはまだそこに彼がいると思って攻撃した、とも考えられる。
  だが今から救援に向かってももう遅い。
  着く頃には街は瓦礫と骸しか残ってないだろう。
  「くそ」
  彼はもう一度、毒づいた。





  「はあはあっ!」
  次第に。
  次第に拳を振るう手が重くなっていく。
  足の動きは鈍る。
  「がががががががががーっ! 逃げろ逃げろーっ!」
  「はあはあっ!」
  9oピストルのマガジンを装填、撃つ。
  知らず知らずの内に私は距離を取ろうとしていた。いつしかグラップラー四天王筆頭のテッド・ブライラーに対して距離を取りつつある。
  押されてる?
  私が?
  こんな外道相手に、押されてる?
  傭兵たちが殺された。
  ガルシアはバギーごと焼き殺され、アパッチさんもフェイさんももういない。
  マリアさんはケンに覆いかぶさる形で焼き殺された。
  街は焼かれた。
  避難民にも砲弾が叩き込まれた。
  怒りを保て。
  怒りを燃やせ。
  怒りを知れ。
  こんな外道相手に退いていいわけがない。

  「見ろ、あの女、ビビってやがるっ!」
  「当然だろ。相手はあのテッド・ブロイラー様だぞ、25万NCR$の大物様だ。あんな雑魚女が勝てる相手ではないのだ」
  「これがバイアス・グラップラーに逆らった者の末路だっ!」

  好きかって言ってくれる、末端兵士どもめ。
  お前らなんかに負けたわけじゃないぞ、調子に乗るな。
  「はあはあっ!」
  だけど確かにその通りだ。
  ビビってる。
  「すーはー、すーはー」
  息を整える。
  私は戦うべきだ。
  私は。
  私は。
  私はぁーっ!
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

  「ちょっ!」
  「お、おい、お前の相手はテッド様だろっ!」
  「こっち来んなっ!」

  取り囲むように戦いを観戦していた兵士たちの一部に私は突っ込み、腕っぷしにモノを言わせて数人を瞬く間にお星さまにする。
  八つ当たり?
  いえいえ。
  アサルトライフルとナタを頂きました。
  さて、やるか。
  「テッド・ブロイラーっ!」

  バリバリバリ。

  アサルトライフルを撃ちながら走る。
  奴に向かって、四天王に向かって一直線に。
  「下らんがががががが」
  まともにしゃべれないのかお前は。
  化け物はアサルトライフルの掃射を受けても平然と立っている。頑丈だな、だけどそれが命取りだっ!
  加速っ!
  速度を上げて私は突っ込むっ!
  弾丸の尽きたアサルトライフルは捨て、ナタを左手に持ち、突っ込む。
  そして……。
  「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  悠然と立つテッドの腹に渾身の右手パンチ。
  体を九の字に曲げ、呻く声が聞こえる。
  効いたっ!
  私はパンチをそのまま振り切る。
  テッドの体は後ろへと大きく吹き飛んだ。
  確かに。
  確かにこいつは強い、最初は頭に血が上ってて分からなかったけど攻撃が巧みに防御されてた、何よりタフだ。だけど全部を兼ね備えているってわけではない。速度は私の方が早いし、
  反応速度もこいつは大したことはない。少なくとも私の本気速度には付いてこれてない。何より耐久力の高さが仇になってる。回避より設ける、というのがこいつの癖だ。
  そのままナタで斬れば終わり?
  いや、さすがにそれは読まれる。
  だからまず全力パンチを叩き込み、体勢を崩させた。あわよくばそれで終わりってことも考えはしたけど、さすがは四天王最強ってところか?
  随分とデタラメな耐久力だ。
  だがそれももうお終い。
  すぐに死ね。
  ナタを投げる。
  全力で。
  それは一直線にテッド・ブロイラーの顔に向かって進み、全て終わる。
  「テッド・ファイヤーっ!」

  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  発せられる火炎放射器。
  馬鹿が。
  そんなもん展開したところで鉄製のナタが焼けた状態で突っ込んでくるだけだ。
  その行動を回避にするべきだったわね、この低能が。
  ……。
  ……あれ?
  奴は炎を発したまま数秒が立つ。なのにナタが届かない?
  「ふしゅるるるるるるるっ! 邪魔する奴は皆殺しっ! さあ、早く逃げろ逃げろ、早く逃げないとまる焼けがががががーっ!」
  「なっ!」
  あの炎で融解したのか?
  そんな馬鹿なっ!
  炎の飛距離が急激に伸びてくる、そしてそれは私に……。












  誰かが叫んだ。
  「撤退がががががががががーっ!」


  誰かが嘆いた。
  「お爺ちゃん、傭兵の人たち、みんな死んでるっ!」
  「……何ということだ。みんな名の知れた人たちだったのに。恐るべし、バイアス・グラップラー」


  誰かが気付いた。
  「お爺ちゃん、マリアって人の下にいるこの男の人、まだ生きてるっ!」


  誰かが逝った。
  「……サニーさん、あなたって人は……」


  誰かが、誰かが、誰かが。
  ここには数えきれない不幸が転がってる。


  モハビは地獄だった。
  ここには考えられる最大の悪意が潜んでいる、そして悲しみも、憎しみも、全てがごった煮のように同じ釜で茹でられている。
  かつて蟲毒のという言葉があったらしい。
  無数の生物を殺し合わせ、最後まで生き残った生き物は呪いの力を得るという。


  ある者は戦争に脅える。
  「NCRとリージョンの戦争は刻一刻と迫っている、俺らには逃げる場所すらない」


  ある者はバイアス・グラップラーに怯える。
  「奴らは若い人間をさらっていく。このままこんなことが続けば、このモハビは老人しかいなくなってしまうだろう」


  誰かが私に言った。
  「信用を得て奴の懐に飛び込め。ベガスの支配者の真意を探る、それが目的」
  ……。
  ……誰の言葉だったっけ?
  思い出せない。
  ただ私に分かることは一つだけ。

  「お爺ちゃん、ミスティさんがここにっ! 建物の残骸の下にっ!」

  私は死に損なって、私はまだ現世にいるってことだ。
  イリットの叫び、か。
  残念だ。
  また記憶を失っていれ悲しまなくてもよかったのに。



  グッド・スプリングス壊滅。