そして天使は舞い降りた







人間狩り





  バイアス・グラップラー。
  連中にとって人間は収穫物に過ぎない。





  「あれが、グラップラー」
  私は呟く。
  場所はグッドスプリングスの街。既に住人は退去し、サニー、ランディ、マシューたちは狙撃可能なポイントに移動している。
  迎え撃つのは傭兵たち。
  不死身の女ソルジャー、マリア。
  隼のフェイ。
  鉄の男アパッチ。
  暴走バギーのガルシア。
  マリアの養子という立場の少年ケン。
  そして当然ながら私。
  「あれが、グラップラー、か」
  私はもう一度呟いた。
  街の外に、ここから2qほどの位置に横並びに布陣している集団がいる。
  遠目でも分かる、その装備の充実さが。
  100やそこらはいるか?
  その後ろには砲台の付いた車両が複数。
  こっちもガトリングガンが天井に付いたバギーにガルシアが乗っているけど、向こうの方が圧倒的な戦力だ。
  勝てるのか、これ。
  安請け合いしちゃったかな。
  もっとも、ここは私の故郷だ。
  退くつもりはないけど。
  「ミスティ、だっけね?」
  「そうです、マリアさん」
  「あんたグラップラーを見たことないんだってね。なかなか珍しい奴だね」
  「どうも」
  「ほら」
  マリアさんが双眼鏡を貸してくれた。
  ありがたく受け取り、覗く。
  観察っと。
  「ふぅん」
  着ているのは白いコンバットアーマー、バイザー付きヘルメット。
  アサルトライフルを装備し、ナタか剣かは知らないけど長物も装備してる。
  ……。
  ……コンバットアーマー?
  どうやら私はそれがどんな物か覚えているようだ。
  やれやれ、面倒な記憶喪失だな。
  要は重要なことだけ忘れているってわけだ。
  ともかく、あのアーマーは厄介だ。
  あれはかなりの強度を誇っている、マシューから受け取った旧式のショットガンでは貫通出来まい。9oピストルでも駄目だ。アーマーのないところ、顔を狙うしかないか。
  傭兵たちを見る。

  「マリア、この戦いが終わったら一緒に暮らさないか? その坊主も一緒にさ」
  「悪くないね。無事生き延びたらね」

  フェイさんとマリアさん、ラブな関係なのか?
  昔馴染みなのは確かだ。
  それにしてもそれって死亡フラグではないですか?
  露骨にフラグを立たせることで生き延びる可能性が上がるのか?
  いずれにしても動じていない。
  アパッチさんもガルシアもだ。
  頼もしい限りだ。
  あー、ケンは動じてますね、ガタガタ震えてる。
  仕方ないと言えば仕方ない。
  彼はまだ幼い。
  どうやらグラップラーに両親を殺されたらしいけど、憎しみだけで年齢による幼さは覆せない。
  「双眼鏡、ありがとうございます」
  マリアさんに返却。
  敵はまだ動かない。
  圧倒的な軍勢は布陣したまま動かない。
  何か企んでるのか?
  「マリアさん」
  「なんだい?」
  「いつもこんなことを?」
  「普段は普通に傭兵してるよ。ただ、あたしが属している集団は昔からグラップラーに戦いを挑んでいる。だから、まあ、いつもこんなことをしているのさ」
  「集団」
  傭兵団だろうか。
  それとももっと大きな組織という意味か?
  「昔はあたしらみたいなのがたくさんいたんだ、モハビにね。だけど連中に駆逐されてしまった。誰もが連中に屈してしまった。あたしらは時代遅れな考えを持つ最後の生き残りなのさ」
  「経験豊富、という意味で取らせてもらいますけど、いつもこんなに来るんですか? その、人間狩りって」
  「知る限りでは最大動員だね、今回は。グラップルタンクまで持ち出してる。何かしたのかね、この街」
  「ぐらっぷる・たんく?」
  あの車両のとこだろう。
  見た感じ装甲板を張ってあるバンに大砲載せてるって感じで、グラップラーの改造車ってところかな。
  少なくともあんなもの旧世代の正規軍の代物ではあるまい。
  それでも。
  それでも脅威は違いない。
  あんなものが一斉に火を噴いたら私たちは戦う間もなく全滅するだろう。
  「なぁに、気にする必要はないさ」
  そう言ったのはフェイさん。
  「何故です?」
  「あんなものは威嚇用だ。少なくとも、人間狩りにはな。人間狩りの最大の目的は捕獲にある。活きの良い奴ほど人体実験には適しているのさ。つまり、俺らみたいな奴らは最高の獲物ってわけさ」
  「なるほど」
  合点する。
  あんなものを使えば私らは死ぬ、それでは意味がないってことだろう。
  となると傭兵を前面に出して住人が逃げるっていうのは良い策ってことか。グラップラー側も住人が自費で活きの良いのを雇って投入してくれるわけだから願ったりってわけだ。
  「37ミリ砲か」
  あの大砲の一斉射撃はないと見ていい。
  「ほう」
  マリアさんが興味深さそうに呟いた。
  「どうしました?」
  「あんたはグラップラー知らないみたいだけど、一見しただけでグラップル・タンクに搭載されているのがそれだと気付いた。博識だ。なるほど、確かに真紅の幻影ってよわけだね」
  「ははは」
  笑うしかない。
  ところどころ重要なことだけ覚えていない記憶喪失者だと説明するには時間が足りない。
  ほっんとに厄介な記憶喪失者だ、私は。

  「おいお前らっ! 仲良くお話しタイムも良いがな、そろそろ俺はやらせてもらうぞっ! 全員ひき殺してやるっ!」

  戦闘バギーの中からガルシアが叫ぶ。
  確かにその通り、かな。
  相手の出方を見るのもいいけどこちらから手を加えるのもありだろう。
  私はガルシアに対して好感は持ってないけど破格の報酬があるとはいえ命を張れるところに対しては敬意を払っている。
  バギーのエンジンが掛かり、可能な限りの馬力を出そうとエンジンが唸りを上げた。
  その直後だった。
  グラップル・タンクの砲口が、咆哮を上げた。
  「撃ったっ!」
  誰の声だったか、分からない。
  砲弾が鋭い音を立て弧を描き飛んでくる。
  「えっ?」
  私は戸惑う。
  何故なら。
  何故なら37ミリ砲の射角は私たちに対してではない。

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  それは私たちを大きく通り越し、街をも通り越してどこかに着弾した。
  「な、何だ、虚仮脅しか」
  ケンが安堵とともに呟くがそうではない。
  私たちは生きてる。
  そう。
  砲弾は私たちを狙ったものではなく、街を狙ったものでもなく、脅しの為の砲撃でもない。
  「避難民を、狙った」
  逃げた方向だ。
  街の住人が逃げた方向だっ!
  どういうことっ!
  「人間狩り、聞いてた話と違うっ!」
  誰に言うでもなく私は叫ぶ。
  抵抗する者は殺すだろう。
  それは、分かってる。
  だけどトルーディーやサニーに聞く限りではあくまで捕縛が目的で、殺しは捕縛に際して起こりうるかもしれない副産物でしかない。もちろん捕まれば殺されるのと同じだ、だけどこれは聞いた話とは違う。
  今の砲撃を合図にグラップラーたちは雄叫びを上げて走ってくる。
  100対9。
  しかもこっちの人数の内3人は狙撃要員でここにはいない。前面に立つのはたった6人。
  マリアさんが静かに言った。
  「グラップル・タンクは欠陥品でね、再装填には10分は掛かる。だから当面は問題ではない。兵隊の数を削らなきゃね、建物を盾にしてゲリラ的に戦うしかない。異論は?」
  「ないな」
  寡黙を貫いていたアパッチさんが重厚に頷いた。
  ガルシアはバギーのエンジンを吹かすことで答え、フェイさんもまた頷いた。
  「ミスティ」
  「何ですか、マリアさん」
  「街の連中は何したんだ? あいつら、完全に殺しにかかってる。あたしらだけじゃない、街の住人に対してもだ。こんなことは、初めてだ」
  「さあ、なんでしょうね」
  ショットガンを構える。
  私か?
  私が目的なのか?
  正確に言えば真紅の幻影が何かしたのかもしれないけど、彼女の責任は自動的に私の責任になってしまう。実に理不尽なことだと思う。私は完全に真紅の幻影を別人だと認識している、私はミステイで
  あって、彼女ではないのだ。ただ同じ体を使っているというだけで会って彼女の責任を負わなければならないっていうのは実に不条理だ。
  「何であっても戦うまでです」
  「なるほど、確かにね」
  彼女もまたアサルトライフルを構え、それから隣に立つケンに呟いた。
  低く、小さく、呟いた。
  彼だけに聞こえるように。
  私には聞こえたけど。
  「ケン、授業だ。どうしてもヤバくなったらあんただけでも逃げな。それが生き残るコツだよ。あたしが不死身の女ソルジャーって呼ばれる所以でもある」
  「だけど……」
  「いいね、覚えときな」
  「……」
  やばくなったら逃げろ、か。
  それが卑怯と取るか取らないかは余人に委ねよう。
  私が判断することじゃあない。
  さあ。
  「始めるか」



  暴走バギーのガルシアが乗る、まさしく暴走バギーに搭載されたガトリングガンがグラップラー兵を薙ぎ払う。
  銃を乱射して突撃してくる兵士たちを私たちが迎え撃ち、サニーたち狙撃組の援護。
  最初の砲撃で度肝を抜かれたものの戦いは私たち優勢で進んだ。
  ……。
  ……数分はね。
  何だかんだで最大火力の暴走バギーは悪い意味で暴走、連携なんてクソ食らえという形で展開は推移していく。
  つまり?
  つまり私たちは連携出来ずに分断されてしまった。
  グラップラーの猛攻によって街の中央に押し込められた私たち。
  最初の顔合わせでの、特にガルシアとのコミュニケーション不足……ってわけでもない。もちろん、それはあるとは思うけど、あんな短期間で肩を叩きあい、腹の中を見せ合うほどの連携なんて
  できるわけもない。遅かれ早かれこの展開になったことだろう。
  そして私は追われる。
  援護などなく。
  単身でグッド・スプリングスの中で孤独な戦いを強いられることになった。
  一番厄介な展開じゃね?
  嫌ですなぁ。



  「ちぃっ!」
  私は街の中を走る。
  追撃してくるのは、さっき視認した限りでは2人。
  私の武装……まあ、今更ですな。
  いつも通りです。
  いつも通り。
  基本はミッチェルさんに貰った代物で、最近はそれにプラスしてキャピタルで一番イケてるギャング団の革ジャン着てる。蛇のマークが格好良いだけではなく防弾チョッキ縫い合わせてあるので、
  ボルト21のジャンプスーツよりは防御に適した代物だ。暑いけど。だけどレザーアーマー着るよりは機能性は良いし、満足してる。
  暑いけどなー。
  さらに今回は旧式のショットガンも手にしてる。

  「どこ行ったっ!」
  「こっちだっ!」

  相手の装備はこっちを上回ってる。
  攻撃力も防御力もだ。
  ただし機動性はこっちの方が上だ、攻撃力と防御力を高めるとそれはそのまま重量となる。敵さんは訓練を受けているらしく重量などに屈せずに走って入るけど、軽装の敏捷性に敵うわけもない。
  私は建物の角に隠れる。
  向こうからしたら私がロストしたことになる。
  側にいるのは分かってはいるだろうけど、このロストによって敵は歩調を緩めるだろう。周囲を警戒し進むだろう。それに対して私は向こうの位置が分かってる。
  「食らえ」
  身を乗り出してショットガンを撃つ。
  さすがにコンバットアーマーを貫通させる威力はない、ただしこんなものを露出している顔に受けようものなら生きていられるわけがない。
  2連射っ!
  敵は悲鳴すら上げる間もなく顔をなくして骸となる。
  よし、倒した。
  ただし悲鳴を上げることが出来なかったからと言って他の敵が気付かないってわけではない。悲鳴よりも大きな銃声がしたんだ、そこら中から傭兵たちが戦っている銃声音はしているけど近くにいる
  敵はまっすぐに私に向かってくるだろう。

  「いたぞっ!」

  バリバリバリとアサルトライフルを連射してくるグラップラー兵。
  最初は1人だけだったけどワラワラと集まってくる。
  私は隠れて銃撃をやり過ごすけどいつまでもここにはいられない。
  「くそ」
  数が多すぎる。
  これがパウダーギャングなら同じ数でも勝てたかもしれないけど、完全武装の兵士たちではそうもいかない。
  そーっと身を乗り出す。

  バリバリバリ。

  「うきゃっ!」
  顔を引っ込めた。
  駄目だ。
  数が増えてる。
  5人になった。
  このまま行けばもっと増えるだろう。
  厄介だなぁ。
  せめてもう数秒現れるのが遅かったら敵のアサルトライフルと予備の弾倉を奪えたのに。
  こっちの武装は貧弱だ。
  こんなの詐欺だろ。
  NCRもリージョンも敵対することを避けてる勢力が100人もの軍勢を差し向けるなんて詐欺だろ。詰みです、無理ゲーです、というかクソゲーです。どうクリアすればいいのさ。勝利条件は私が
  生き残りつつグラップラーを追い返すことなんだけど、この今のデータだと無理じゃね?
  少し前の展開に戻ってフラグ立てたりしなきゃ。
  ……。
  ……まあ、現実にセーブもロードもないわけですが。
  「行くか」
  ここには留まれない。
  私は走り出す。
  敵は10人に増えていた。

  バリバリバリ。

  「ああっ! もうっ!」
  後ろを見ずに走る。
  右肩に衝撃が走るものの、態勢を大きく崩しながらも私はそのまま走り続ける。

  「あいつ防弾着てやがるっ!」

  結構な防弾のようだ。
  ちらりと目線を右肩に向けるものの貫通している様子はない。背面は分からんけども。
  まだ周囲では銃声が続いている。
  持ちこたえているようだ。
  「ここに入るか」
  一軒の民家。
  扉を蹴破り中に入る。
  誰の家だ?
  まあ、知り合いなんて限られるし知り合いの家は全部知ってる。つまりは知らない奴の家ってわけだ。
  窓の数と位置確認。
  ポルノ本が……こほん、物が乱雑に置かれた部屋を抜け、台所に入る。
  えっと、どこだ?
  どこのご家庭にもあると思うんだけど……あった。
  小振りの燃料缶発見。片手で持てるサイズ。
  調理に使う代物だ。
  ショットガンを背負い、左手で燃料缶を持って先ほどの部屋に置く。直後に兵士が探索の為に家に入ってくる。目が合う、バイザー越しで向こうの視線は分からんけど、私を目視した。
  そして叫ぶ。
  「いたぞっ!」
  燃料缶を投げる。
  私の腕力舐めるなよー、こんなもの剛速球で投げれるんだっ!
  銃を撃つよりも早く、援軍が来るよりも早くその兵士の顔にダイレクトに当たる。派手な音を立て、兵士はそのまま倒れて動かなくなる。
  死んだかな?
  まあ、いずれにしても……。
  「クソっ! またやられたっ! ここにいるぞっ!」
  ドタドタと早足で兵士たちが入ろうとする。
  私は9oを引き抜き、引き金を引き、引きつつ体を捻って窓から飛び出した。

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  銃弾により燃料缶を爆発。
  私は爆炎と爆風を背に家から脱出、衝撃波でごろごろと転がりつつも五体満足。
  殺到してきた奴らはお終いだろう。
  一息つく。
  「私ってば格好良い脱出しちゃった」
  映画のワンシーンですな。
  結構今ので減らせたはずだ。
  次の敵を探しに行くか。
  「女ぁっ!」
  ところどころ黒焦げなアーマーを着た兵士が崩壊した建物から這い出してくる。
  アサルトライフルは紛失したのかナタを手にしていた。
  ふん。
  仕留め損なったか。
  ショットガンを手に取り構える。

  カチ。

  「あっ」
  弾切れっ!
  「死ねぇーっ!」
  兵士が肉迫してきた、意外に早い。9oを抜く間もない。
  ちぃっ!

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  ショットガンで受け止め、受け流し、そのままショットガンでフルスイング。
  敵は見事に首がへし折れた。
  まあ、ショットガンの銃身もへしゃげたけど。
  もう使えないな、これ。
  「へぇ」
  ナタを奪う。
  これはいいものだ、手入れが良い。
  いただくとしよう。
  「お、おい」
  何だ、まだ生きてる奴いたのか。
  這い出してきた奴の顔に9oを引き抜いて叩き込む。
  さて。
  「そろそろ次に……」

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  瞬間、街が爆発して炎に包まれた。
  幸い私には何の影響もなかったけど……。
  「10分、経ったのか」
  乱戦して結構経つ、10分くらいとっくに過ぎてる。当然のことを私は呆然と呟いた。
  充填が済んで、砲撃したのか。
  何が目的だ?
  聞く話では人間狩りは人体実験用の人間の確保だ、生きている人間の確保。
  完全に殺しに掛かっている。
  私か?
  私が目的なのか?
  モハビが殺しに来る、刀使いの謎の男は確かにそう言ってた、だから関わり合いになりたくないなら明かすなと。
  私は明かしてない。
  確かに酒場でさっきマリアさんには真紅の幻影だと言ったけど、グラップラーはその時すでに動き出していた。
  だとすると、これは何なんだ?

  「いたぞっ!」

  しつこい。
  一度合流する必要かある。
  そこかしこで断続的に銃声がしてるから傭兵たちは戦っているのだろう、多分。
  ショットガンの代わりにナタを手にし、私はその場を後にした。
  「うん?」
  その時、上空で何かが光った。
  何だ?
  立ち止まり、空を見る。
  まただ。
  光の弾が空に昇り、そして爆ぜる。
  信号弾?

  「おい、あれは……」
  「撤退信号だ」
  「退くぞ」

  どこかで兵士たちが騒いでいる。
  撤退信号?
  ここまで私たちを追い込んでおきながら?
  訳が分からない。
  だけ私のやることに変わりはない、傭兵たちと合流しなければ。