そして天使は舞い降りた
加福は糾える縄の如し
誰かが言った。
楽しいことの後には悲しいことがあると。
「これは、何だ?」
「ローン分です」
グッドスプリングスの診療所。
パウダーギャング戦から2日後。
私は朝食後、リピンクで食後のコーヒーを飲み出したミッチェルさんにキャップを手渡した。
200キャップ。
大体これで手持ちは全部なくなった、かな。
東海岸で有名なギャングの革ジャン買ったし、ブーツも買った、あとは使った弾丸の補充分として買ったり何だかんだで手持ちは残り30キャップほど。
いつ渡そうかと悩んでました。
昨日は戦後処理で忙しかったし、持ってると使ってしまいそうなので朝食後に渡そうかなと思った次第です。
イリットは片付けで台所だし、カルは遊びに行った。
さすがにお孫さんたちいるのにお金のやり取りはどうかと。
まあ、気にしないかもだけど。
「お納めください」
「お前本気だったのか?」
「えっと、冗談だと?」
「そうは言ってない。ただ、心掛けとしての話だと思っていただけだ。お前さんの言葉を疑っていたわけではないが、今までこういう前例がないからな、少し驚いているだけだ」
「はあ」
気のない返事で返す。
欲のない人なんだな、この人。
そういうとこは尊敬できる。
なるほどな、真逆な感じのチェットも先生と敬った言い方をするのも分かる気がする。
この人は本当に良い人なんだ。
「いいのか、受け取っても?」
「はい」
手持ちがほとんどなくなるけど問題はないだろ。
部屋に換金用として置いてある10oピストルがあるし、弾丸も100発ある。現在のメイン武器の9oピストルの弾も100発はある。
弾丸のストックはあるのだ。
だからしばらくはキャップ使わなくても大丈夫。
「あと2800キャップはまたある程度貯まったら分割で返します」
「ミスティ」
「はい」
「利子って言葉、知ってるか?」
「利子、ですか? ええ、まあ」
「ではトイチって言葉は知っているな。つまりは、そういうことだ」
「えっと、ここって闇金ですか」
「ははは」
笑われた。
からかわれただけだと……思いたいですな。ガクブル。
「あの」
「まあ、お前もコーヒーを飲め」
「はい。頂きます」
ガンガン行こうぜっ!なノリでガンガンと砂糖を放り込む。
一口ご賞味。
「んー、少し苦いかな」
「……不経済な飲み方するんだな、相変わらず。体にも悪いぞ?」
「そうですか?」
追加で投入。
よし、最高の出来栄えだ。ウマウマです。
「それで、何だ?」
「私はいつまでいてもいいんでしょうか?」
「そうだな」
ミッチェルさんは少し考え、それから言った。
「お前はいつまでいたいんだ?」
「えっ?」
そう返されるのは想定してなかったな。
いつまで、か。
考えてもなかった。
早く自立して、早く出て行こうとしか考えてなかった。
どうしよう?
私の目をじっと見ていたミッチェルさんだけど、不意にニヤリと笑った。
「お前さんはわりと飛び出したら帰ってこないタイプに見えるしな。いなくなられてローンが滞っても敵わん。別に何も言わんよ、好きなだけいればいい」
「それって……」
ミッチェルさんは笑みを浮かべたままコーヒーを飲んだ。
「それって、私を後妻にってことですか? 分かりました、これからよろしくお願いします」
「ぶふぉーっ!」
あっ。
コーヒー吹いた。
「苦いんですか? 砂糖足しますか?」
「……まだ独立は無理だな、お前さんには常識ってもんを叩き込む必要があるようだ」
「はあ、まあ、はい?」
「ともかくだ。お前さんもローンだけではなく手持ちを増やしたいことだろう、気が済むまで入るといい。ただし、人の道に恥じることだけはしないで貰いたい。孫たちの教育によくないからな」
「分かりました。よろしくお願いします」
「それは、妻としてではないよな?」
「はっ? 当り前じゃないですか、何言ってるんですか、ミッチェルさん」
「……お前さんのノリは心臓に悪いよ、まったく」
「行って来ます」
「気を付けてくださいね、ミスティさん」
イリットに見送られて私は出掛ける。
本日の装備、いつも通りでございます。ただしイカした革ジャンを羽織っている。300キャップもした、トンネル何とかって東海岸のギャングの革ジャンだ。
さて、まずはどこに行こうかな。
「……」
立ち止まる。
汗が半端なく出てくる。
「あちぃ」
まだモハビの気候に耐性が出来ない模様。
回れ右して診療所に戻り、扉を開けた。
「あれ? もうお帰りですか?」
「脱ぐ」
「はい?」
「これ脱がないと熱中症で死ぬ」
「……さすがにそれは虚弱体質過ぎませんか?」
部屋に駆け戻り革ジャンを脱ぎ捨てた。
あー、暑かった。
何か体が汗ばんだし気持ち悪いな。
「シャワー浴びよ」
そうと決まれば話が早い。
脱衣所に行き、私は武装を解いて、ジャンプスーツを脱ぎ捨て、そして下着も脱ぐ。ジャンプスーツの替えはいくつか貰ってるし、下着も買い足してあるからお風呂上りには真っ新なのが装着できる。
「んー」
束縛から解き放たれた、この解放感っ!
お風呂入ろっと。
浴室の扉を開く。
「きゃあっ!」
「何してのランディ」
きゃあって何だ、きゃあって。
お前は女子か。
というかどうして診療所の浴室にこいつがいるんだ?
フルヌードで。
まあ、シャワーの時は脱ぐわよね、私もフルヌードだし。
「どうしてここに?」
「うちの浴室壊れたんでミッチェルさんに頼んで貸してもらってまして……っていうか何て格好してるんですかっ! 威風堂々ですか、隠しましょうよ嫁入り前でしょうっ! はしたないっ!」
「あんたは私のママか」
「と、ともかく、ぐはぁっ!」
あっ。
死んだ。
「どうしたんですか、今の声はっ!」
「あっ、イリット、実は……」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
そうなりますよね、ランディ全裸で死んでるし。
騒動になりました。
ミッチェルさんにはお叱りを頂きました。
私が悪いのか?
うーん。
「まあ、何だ、ごめんイリット。私が騒いだ所為だ。ランディもごめんね」
「……その、気にしないでください。私も言えばよかったんです、ランディさんがあの後すぐに来てシャワー浴びてるって」
「……その、僕もすいませんでした。あと、何も見てませんからっ! 本当、何にもっ! で、では、僕は保安官事務所に戻ります」
「何やってんだ、お前らは。まったく」
何か無駄に疲れたな。
今回は革ジャンは脱いでおります。
さて、どこに行こうかな。
「あー」
忘れてた。
Dr.ミンチに人形預けてたんだった。
そして既に私は手持ちがない状態、人形の修理費……コピードールとか言ったっけ?
ともかく修理費はありません。
ローン等で使い果たしてしまった、1000キャップの手持ちはござらんのです。
売るか?
そのまま売るっていうのもいいかな。
とりあえず博士の家に向かう。
「あっ、おっぱいお姉さん」
「どーも」
マシューが会釈して通り過ぎたので私も手を振る。
その呼び方は固定ですか?
嫌だなぁ。
「ミスティじゃない」
「ああ、サ二ー」
シャイアンを連れたサニーに出会う。
巡回かな?
「ミスティ、昨日はお疲れさま」
「そっちこそ」
パウダーギャング襲撃は一昨日。
昨日はその死体を墓地に埋める作業でした。地味に疲れた。勝手に歩いて墓地まで行って、勝手に埋まってくれたら楽なんだけどあの死体どもは怠慢で役立たずでした。
あの場で埋めてもよかったとは思うんだけど、サニー曰くよほど深く埋めないとゲッコーが掘り返して啄むらしい。
だから面倒だったけど墓地まで運搬、埋めるの繰り返しでした。
途中から体力切れで私も運搬してもらってたけど。
死体と一緒に野車に乗ったのは良い思い出です。
「サニー、何か問題はある?」
「今のところはないね」
パウダーギャングの数はカルロの話では32人。それが総勢なのか、攻撃部隊だけの数なのかは私は知らない。
だけど死体の数は22しかなかった。
10足りない。
逃げたのは分かってる、問題なのはリベンジしてくるかどうかだ。
わりと多いですね、10人は。
やり返してくる可能性は捨てきれない。
「それでミスティはどこに行くんだい?」
「Dr.ミンチのとこ」
「何だってあそこに……」
嫌われてはないけど敬遠されているらしい。
その辺りは博士自体も察しているようだけども。
「ちょっとね」
「用事があるなら仕方ない、ちょっとした良い仕事があったんだけど」
「それは後回しでもいいやつ?」
「明日でいいよ、わりとキャップになる仕事なんだよ」
「聞かせて聞かせて」
「だろうね、それじゃあまた明日ね」
「ええ。また」
シャワー浴びて、ランディと裸の見せ合いっこして……いや、別に故意にしたわけではないのだが……まだ昼前だけど、また明日ね、か。どうもサニーは今日は忙しいらしい。
私は、まったり過ごそうかな。
だけど30キャップか。
帰りにプロスペクター・サルーンに寄ろうとは思うけど、そんなに豪遊できないな。
Dr.ミンチに家に向かう。
Dr.ミンチの家。
「天才過ぎる天才科学者、Dr.ミンチに何か用かな? おお、ミスティ君じゃないか。新鮮な死体でも見つけたのかね? ひひひっ!」
「……どーも」
相変わらずだ。
ただ、私を蘇生してくれた凄い人でもある。デタラメってことはあるまい。ミッチェルさんもそれを肯定しているんだ、本当に凄い人なのだ。
若干というかかなり変態ですけど。
「これはこれはミスティ様、一昨日はご活躍でしたそうで」
「どうも、イゴール」
助手のスーパーミュータントのイゴールはとても礼儀正しい。
私としては彼の種族を良くは知らないけどきっと彼みたく礼儀正しい種族なのだろう、いつか会ったら仲良くなれそうだ。
さて。
本題に入るとしよう。
「あの人形のことですけど」
「おお、コピードールかね」
「それです」
アリス2070はコピードールというやつらしい。
それが何かですって?
知らん。
ビッグ何ちゃらという科学の墓場で作られたとか何とか。修理代1000キャップ要求されてるけど、少なくともその性能は1000キャップ以上との触れ込み。
確かに強かった、あの石像を一撃だったわけだし。
しかし、何気に私の腕力も凄かったわけで。
一昨日のパウダーギャング戦で幹部の顔を拳が貫通した時にはさすがの私の引きました。
何気に石像、私でも勝てたんじゃないのか、これ?
うーん。
化け物かよ、私は。
腕力にステ振り過ぎな件について。
「実はですね、キャップがなくて」
「ふむ」
「ちょっと当てもないので、しばらく置いてもらっていいですか? その、人形を」
「構わんよ」
「ありがとうございます」
「しかし勿体ないな」
「どういうことです?」
「コピードールじゃよ」
「そんなに凄いんですか? 私よく分からなくて。その、どの程度凄いんですか?」
「擬態するアンドロイドでな、人間のホログラムを纏うことが出来る」
「つまり、人間として振る舞う?」
「そういうことじゃ。ステルス機能もあるからそのまま背景に溶け込むことも出来る。何より凄いのは人間への擬態機能でな、触り心地も人そのもの。覚え込ませれば誰にでもコピー出来る、服装も
思いのままじゃ。ただし体型以上の者にコピーすると、少々違和感があるじゃろうな。ワシの顔した子供なんておかしいじゃろ?」
「あはは」
想像したら面白いな。
「戦闘はどうなんですか?」
「物理攻撃は岩をも砕く。ハッキングもお手の物じゃ。耐久性も優れているし、動力は永久機関でメンテなく動く。ただしその動力が問題でな、これが消失したら再起動はしない。つまりは」
「死ぬ、ですか?」
「アンドロイドに死ぬというのは適切かは分からんが、そういうことじゃ」
「へー」
結構な物を拾ったんだな、私。
前に聞いた話では私をマスターとして登録してしまったらしく、他社には懐かない、らしい。
惜しい。
売るに売れない。
だったら活用するべきか。
何とかお金作って補修して私の仲間にするで最高の戦力になる。銃弾と違って元手いらなさそうだし。
「人格とかもあるんですか?」
「あるはずじゃ。それは修復してみないと分からん。あと、たまに設計者の趣味で自由意志があったりする。その場合はモノとしては扱えんかもな」
「いえ、仲間としての方が楽しそうですから」
心底そう思う。
「まあ、修復するならキャップを作ってくることじゃな」
「はい。それまでよろしくお願いします」
「うむ。あと新鮮な死体を見つけたら必ずここに持ち込むのじゃぞ? ひひひっ!」
「……」
どこで見つけたらいいんですか、そんなもの。
例え見つけたとしてもそんなの引き摺って街の中歩いてたらドン引きですよ皆。
Dr.ミンチの家を辞去し、プロスペクター・サルーンに向かう。
特に用はない。
何か喉を潤したいだけだ。
「わーいっ!」
カルが走ってくる。
何だろ?
「どうしたの?」
「あっ、ミスティ。町長のお店の前に凄い車が停まってたよ」
「へー」
車、か。
動かないバイクなら前から停めてあったけど、車はなかったな。つまり誰かが乗ってきたってことか。
へぇ。
稼働する車ってあるんだ、この時代。
「教えてくれてありがとう、カル」
「町長のとこに行くの? 格好良い車だよ、天井に鉄砲付いてるし。じゃあね」
「転ばないようにね」
バイバイする。
車の天井に銃って何だ?
まあいいか。
すぐに着く。
すぐに……。
「あー、確かに」
プロスペクター・サルーンの前に一台のバギーが停まっていた。
天井には機銃。
ただし人がそれを撃つのに必要なトリガーがない。
遠隔銃座か。
バギーの搭乗者が座ったまま撃てるように改造してあるのだろう。
結構な代物だな。
滅多に見れない目を引く代物なので私以外にも通りすがりに街の住人がマジマジトバギーを見ていた。搭乗者はいないので店の中なのだろう、たぶん。
「あれ?」
物珍しそうにバギーを見てて気づかなかったけど、今日は店の前にピートがいないな。
店の中かな?
プロスペクター・サルーンに入る。
ビリヤード台を挟んで誰かが言い争いをしていた。
初めて見る顔だ。
青髪のトサカ男と金髪の優男が言い争いをしている。
「こんなところで会えるなんてな。ジェリコが渡した前金をこっちに渡せ。お前はミスティ抹殺を拒んだんだろ? 12の刺客の癖にな。それが筋だろ。隼のフェイ」
「12の刺客、そりゃもう3年も前の話だ。状況は変わってる。だろ、暴走野郎のガルシアさんよ」
「暴走バギーのガルシアだ、今ではな」
「つまりはそういうことだ。あんたも呼び名が変わるほどの月日だ。返す義理はねぇよ。それに、返すならお前じゃなくてジェリコにだろうが。上前はねようなんて、良い趣味してるよ、あんた」
「ちっ! 守銭奴がっ! 大体ギルダーシェイドでいきなり裏切りやがってっ! お陰でポール何とかって奴とグールに殺されそうなったっ!」
「お前の相棒の払った金を都合よく奪おうとしてるお前の方が守銭奴だろうが。それに俺が裏切らなくてもすぐにミスティが来たよ、むしろ俺の裏切りでお前助かった口だろうが」
暴走バギーのガルシア?
隼のフェイ?
何なんだ、こいつら。
青トサカがガルシアで、金髪長男がフェイ。
まあいいや。
向こうはこちらをチラリと一瞥しただけで言い争いに戻った、ミスティって言うのは私ではなくキャピタル・ウェイストランドの英雄の方だろう。
今更ながらやっぱり名前の付け方誤ったな。
わりと面倒臭い。
命名方法がミーハーみたいじゃないか。
「どうも」
「あら、いらっしゃい」
酒場に入り、トルーディがいるカウンターに私は足を向けた。
カウンター席に座る。
座る際に、カウンター席の端に座っている人物に気付いた。
「アパッチさん」
「……」
彼はテーブルに置かれたお酒の入ったグラスを持ち、軽くこちらに会釈、それからツマミの何かの肉片を食べている。
まだいたんだ。
「何を飲む?」
「えっと」
「お酒以外で」
「……何かジュースください」
「はい、ぶどうジュース」
「どうも」
ここではお酒は飲めない模様。
ちびりと一口飲む。
うん。
美味しい。
「この間はご苦労様だったね」
「トルーディもご苦労様」
「私らは大したことないのよ。ミスティが一番活躍してたわ」
「……? そう?」
大将首取ったのはサニーなんだけどな。
まあ、私も名前の知らない幹部と、元幹部のカルロ倒しはしたけども。
「囮になって敵前に出るなんて、誰にでもできることじゃないよ。今日は奢るわよ、何でも頼んで」
「じゃあ」
「お酒以外で」
「……何かおツマミください」
「ゲッコーの生ハムってのはどう? この間キャシディキャラバンが持ち込んだ西海岸製のバラモンチーズと一緒に食べると絶品だよ。お酒によく合う」
「じゃあ、それと、後は……」
「お酒はダメ」
「いじわる」
何よ何よっ!
「別に今回はリッキーみたいなのいないし、飲んでもいいと思うけど……」
「あんたはエロいのよ」
女主人公ってそういうレッテル張られちゃダメな気がする。
うー。
「この間思わずキュンとしちゃうぐらいな顔をしてた。私はノーマルなのよ、あんな経験はもうしたくない」
「……何かすいません」
とりあえず謝っとく。
だけど私が悪いのか?
「それで、リンゴは?」
「帰ったわ」
ちらりとトルーディはアパッチを見た。
「現在の彼はフリーの傭兵。リンゴからの報酬でしばらくここで過ごすんですって。アパッチさん、何か頼みます?」
「いや、これで結構だ」
ふぅん。
傭兵、か。
それはそれでいいのかもな、別に傭兵って言っても必ずしも従軍するってわけじゃない、今回みたく用心棒的なことの方が多いだろう。拘束時間はあるかもだけど実入りもよさそうだ。戦争ではなく、
例えばキャラバン隊や街から街への旅人の護衛とかだったら、そこまで血の香りがする仕事でもないだろうし。
「トルーディ」
「ちょっと待って。はい、ゲッコーの生ハムとチーズよ」
「どうも」
ゲッコーって生で食べれるのか。
渡されたフォークで薄く薄く、よくもまあここまで薄く切れたというぐらいのペラペラな生肉を口に運ぶ。
もぐもぐ。
「美味しいっ!」
「でしょ。それは尻尾の肉。新鮮な内は生で食べた方がおいしかったりするのよ。それで、何を言いかけたの?」
「隣で言い争ってるのは誰なの?」
「ああ、隼のフェイ。パウダーギャング対策で私が雇った傭兵」
「あー」
そんな話してたな。
ただ、パウダーギャング対策と言ってもこの間の戦闘は想定外の戦闘だったので、間に合わず、だったな確か。彼はパウダーギャングに睨みを利かせる為に雇われた人。
もっとも展開は完全に終了しましたけど。
……。
……いや、そうとも言えないのか。
埋葬したけど死体が足りなかった、全部で22人。厄介なのはカーターの死体がなかったってことだ。
残党として行動するのか、完全に四散してごろつきになるのか。
面倒ではありますね。
「それで、もう1人は?」
「彼も傭兵みたいね。暴走バギーのガルシア。キャピタルでも行動してたみたい、よくは知らないけど。表のバギーは彼のよ」
「表、ああ、そういえばピートは?」
中にいるのかと思ったけどいなかったな。
「ピートは今日は勤労老人してるわよ、家畜の世話してると思うけど」
「へー」
毎日飲んだくれだとばかり。
「それでトルーディ、隼のフェイはどうするの?」
「結局しばらく雇うわ。残党はいるみたいだし、エディーって奴は捕まったみたいだけど、他にも手下がいるのかもしれないしね」
「それが賢明かもね」
チーズをぱくり。
何だこれマジうめぇーっ!
「今回のことで学んだのは、企業って儲ける為には変わり身が早いってことかしらね」
「言えてる」
クリムゾンキャラバンはパウダーギャングをここにけし掛けた。
街を奪わせ、ギャングを手懐け、交易路を確保しようとした。もしかしたらパウダーギャング占領後のグッドスプリングスをキャラバン隊の補給基地あたりにするつもりだったのかもしれない。
だけどギャングが壊滅すると掌返しで交渉に来てたボスのエディーとその部下たちを拘束。
NCRに引き渡した。
この<勇気ある行動>にNCRは感動し、クリムゾンの支社長に勲章を贈るつもりらしい。
舐めてるわね、まったく。
私らも舐められたけど、パウダーギャングも舐められ、そして終了。
面白くはないけど私らは誰も死ななかった、そのことは喜ぶべきかな。エディーたちはグッドスプリングス近くのNCRCFという監獄に結局は当初の予定通り収監されて終了。
「やれやれ」
カウンターの方にやって来たのは隼のフェイ。
短くカットされた金髪に、痩せ形の体型の男性。腰には2丁の9oピストルを帯びている。
2丁とはいえ、軽装だな。
「何か飲み物くれ。それと、そっちのお嬢さんが食ってるのもくれ、美味そうだ」
「美味しいですよ」
私がそう答えると、彼は笑った。
「そいつはいいな、是非食いたい」
「少々お待ちを」
彼は私の席と1つ離れて座った。
へぇ。
間の取り方を知っている人だ。
隣に座られても別にいいけど、いきなり馴れ馴れしくされるのはあまり好きではない……こともないんだけども、カルロの件があった。今はあまり男と接点を持ちたくはない。
何だろうな、自分の常識と世間の常識の違いがまだよく分からないってことかしらね。
変に馴れ馴れしくして誘惑されてると思われたくはない。
自意識過剰?
そうかもしれないけど、あの程度の誘惑で人格崩壊した奴が前例にいるからなぁ。
それも2日前の話だ。
当分は学習期間。
「俺は隼のフェイってんだ。あんたは?」
「ミスティです」
「ミスティ、へぇ、あの貫禄のあるというか凄みが全身から出てた姉ちゃんと同じ名前か」
「知ってるの? キャピタルの方のミスティ」
「ああ。一応、俺は彼女の命を狙う12の刺客の1人だったからな。まあ、前金目当てだっただけで、殺す気なんてなかった。本当さ。あんなヤバい剣使いが側にいたんだ、勝てるわけがない」
「ふぅん?」
言っている意味が分からんけど、キャピタルのミスティは仲間も強いらしい。
フェイは口元を歪んで笑った。
「誰かの為に死ぬなんて馬鹿らしい、それが俺の信条さ」
「でも傭兵としてここでは頑張るんでしょう?」
「それは頑張るよ、安心してくれ」
「枕高くして眠るとするわ」
「ははは」
言いたいことは分からないではない。
要は死ぬこと確定で戦いたくはないってことだ、だけどそれ傭兵として成り立ってるのか?
まあ、確実に勝てないけど戦って死ね、とは言えないか。
なかなか難しい話だ。
「そうだトルーディさんよ」
「何? あっ、はい、料理」
「こいつは美味そうだ、ありがたく食わせてもらうぜ。実は提案があるんだ」
「提案?」
「近くに俺の馴染みの傭兵が来ているんだ、そいつも雇ってはくれねーかな? 俺らならその何とかって新興ギャングの残党を蹴散らせれると思うぜ、根こそぎ」
「ちょっと考えさせて」
悪くない手ではあると思う。
傭兵は長い期間雇うほどキャップが掛かる、根こそぎ残党を潰せるなら、新たに別の人を雇った方が得かもしれないな。
私が決めることじゃないけど。
「凄腕の傭兵だ」
「何て、名前なの?」
「不死身の女ソルジャーマリア。最高にイカした女だぜ」
その頃。
グッドスプリングスから北に30q離れた地点。
「それで?」
「い、以上です、へへへ」
取り囲まれていた。
パウダーギャングの生き残り5名は、白色の防具に身を包んだ集団に取り囲まれていた。コンバットアーマーに身を包み、バイザー付きのコンバットヘルメット、アサルトライフル、白兵戦用に
ナタを帯びた兵士たちがそこにはいた。数にして100人。その周囲には装甲が取り付けられたバンが13台停まっている。
「重ねて聞くぞ、本当にその戦力で間違いないんだな?」
「も、もしかしたら俺ら用に招いてた傭兵が数人来てなかったのかもしれませんけど、へへへ、あんたらならそれぐらい増えても問題ないかと」
「そうか」
兵士は詰問をやめ、その背後に仁王立ちしている異様な巨漢に振り返った。
「どういたしますか?」
「作戦に変更はない。進軍の用意をしろ」
「はっ!」
その号令で兵士たちが一斉に準備を始める。
詰問されていたパウダーギャングは、残党であるこの一党を率いるカーターは引き攣った笑みを浮かべた。
精一杯の愛想笑いだ。
それは部下たちも同じだった。
この一団にグッドスプリングスの情報を売るべく来たのではなく、北に逃げる際に遭遇したに過ぎない。
NCRやリージョンに比べると規模としては小さいものの、その神出鬼没さと装備の充実さは他の勢力を遥かに超えていた。
バイアス・グラップラー。
モハビにおいて最も古い軍事組織。
「へ、へへへ」
カーターたちは自然、この巨漢を仰ぎ見る形になる。
「ま、まさかこんなところであなたに会えるなんて思ってもみませんでしたよ、こんな辺境にいらっしゃるとはね」
「……」
「潰してくださいよぉ。グッドスプリングスを。へへへ、こんなことなら人間狩りの後に行くべきでした。とはいえ、俺らにしてみたらあんたらが俺らの復讐を代行してくださるようなものでして、へへへ」
「……」
「地獄にテッド様とは、まさにこのことで」
「……」
不意に巨漢は両腕を前に突き出した。
カーターたちの顔が凍り付く。
「がががーっ!」
「ひぃっ! お許しください、テッド・ブロイラー様ぁっ!」
バイアス・グラップラーの人間狩り部隊、南下を開始。