そして天使は舞い降りた







悪魔のノド






  そして私は構築する、人間関係を。





  「行ってきます」
  「気を付けて行ってくださいね、街の外は危険ですから」
  「お土産よろしくねお姉ちゃんっ!」
  「お前さんは人が良いからな、騙されないように気を付けろよ」
  診療所を出たのは30分前。
  服装はお馴染みのボルト21のジャンプスーツ、肩掛けホルスターに9oピストル、ウエストパックには予備弾丸、サニーがくれた回復パウダー。
  左右のポケットにはすぐに使えるように9o弾が装填されたマガジンを1つずつ入れてある。

  ごろごろ。

  本日は木製の荷車を引いてグッドスプリングスを離れ、歩く。
  目的地は悪魔のノド。
  ピート曰く初心者向けの採掘場。
  サニーには見回りの手伝い頼まれたけど今日は採掘日和と決め、採掘を優先しました。
  荷車はチェットの雑貨屋で借りた。
  レンタル料は10キャップ。
  結構したな。
  要は借りた後にサニーの助っ人依頼だったので断った次第です。
  10キャップ無駄になるし。

  ごろごろ。

  その荷台にはイリットが作ってくれたサンドイッチと、チェットから買った缶のジュースを置いてある。
  グッドスプリングスの生活圏から離れ、私は荒野へと踏み込みつつある。
  敵は、いないかな。
  この辺りはゲッコーが多く、その次にコヨーテが多いらしい。
  ちょっと足を延ばせばラッド・スコルピオンとかいう巨大サソリがいて初心者では太刀打ちできないようだけど、そこまで行くつもりはない。
  向かうは東。
  そこに悪魔のノドがある、らしい。

  ごろごろ。

  ジャンク品とかどの程度あるだろうか。
  可能な限り拾ってきて雑貨屋に売るとしよう、二束三文でも数があれば稼ぎにはなる。そしてDr.ミンチだ。ピートが言うにはパソコンのパーツ等を持ち込めば雑貨屋よりも高く買ってくれるそうだ。
  俄然やる気が出てきた。
  今のところ野生動物は見当たらないし、こちらにちょっかいも掛けてきてはいない。
  今のところはね。

  「そこの市民、止まりなさい」

  「……?」
  警告された。
  手にライフルを持った奴がいる、警告したのは女性だ。
  部下と思わしき3人の男を連れている。
  「我々はNCR軍よ」
  両手にはライフル、腰には10oピストルとコンバットナイフ。
  茶色の長袖長ズボンの軍服の上に、胸を覆う形で鉄のアーマーを身に着けている。
  錆びてるけど。
  そのアーマーには双頭の熊の絵。
  紋章かな?
  NCRの国旗か何かに由来するものなのかもな。
  砂塵対策なのか、顔にはフェイスマスクを付けた兵士もいる。
  ふぅん。
  これがNCR軍の正式装備なのかな。
  「どうも」
  一応、会釈。
  女が指揮官だと思うのは、彼女の立ち位置もあるけど、彼女だけ緑の軍帽を被っているからだ。
  他の兵士たちはコンバットヘルメットをしている。
  グッドスプリングスの面々が言うにはNCRはこんなところには出張ってこないという。
  何でここにいるんだろ。
  荒野だし。
  「あの、パウダーギャング掃討か何かですか?」
  「機密事項よ」
  「そうですか」
  どうでもいいけど。
  早く悪魔のノドに行きたいな、そうしないと早く帰れなくなる。まだ朝と言ってもいい時間帯だけど、道草はしたくない。野宿の用意なんてしてないからだ。
  「何か御用ですか?」
  「市民よ、市民税を払いなさい」
  「市民税」
  「そうよ。この階級章を疑っているの? 私はNCRのライラ少尉よ」
  「どうも」
  末端尉官が偉そうに。
  まさかギャングか何かが偽装しているのか?
  ……。
  ……とりあえず様子見るか。
  本物ならそれでいい。
  違うなら?
  その時は殺そ。
  「幾らでしょうか? あの、見ての通り出掛けている最中なのでたくさんは持ってないんですけど」
  「構わないわ。30キャップよ。それぐらいはあるでしょう?」
  「ええ、まあ」
  少額と言えば少額なのか?
  確かにこの金額なら今の私でも何とか1日で稼げる額ではある。
  ウエストパックから取り出し、支払う。
  「これでいいんでしょうか?」
  「いいわ、行って」
  「じゃあ」
  「本日も良い日を過ごしなさい、市民」

  ごろごろ。

  荷車を引いて通り過ぎる。
  背中に視線が集中しているのを感じる。背中がチクチクするな、私がどこの誰だかは知らないけど、戦闘には長けていたようだ。
  不意打ちが来るか?
  不意打ちは……。

  ごろごろ。

  歩いて数分、ようやく後ろを振り返る。
  NCR兵士たちは別の方向に向かって歩き出していた。こちらに向いてもいない。
  何だったんだ、あいつら?
  ギャングではなかったようだ。
  少なくともパウダーギャングの偽装ってわけではないようだ。それなりに街から離れているんだ、クリムゾンキャラバンの隊をリンゴ以外皆殺しにした奴らだ、あれがパウダーギャングなら私殺して
  全部奪うってことをするはずだ。だがしなかった。危惧していた不意打ちもなかった。あいつらって本物なのかもな、私が知らないだけで市民税取られるのが普通なのかもしれない。
  初NCR兵と遭遇。
  謎の接触遭遇でしたな。
  たぶんあれがピートの言ってた、最近うろちょろしているNCR部隊なのだろう。
  無駄な時間過ごしたな。
  私は目的地に急いだ。



  悪魔のノド。
  グッドスプリングスから東に位置する、深い縦穴の場所。
  トラックが底に落ち、様々な物資が散乱している。
  「ここ、か」
  到着したのはあれから1時間後だった。
  市民税とリッキーに騙された分も稼がないといけない、なので最低でも62キャップ分を得て相殺しないと利益にはならない。
  問題は……。
  「どうやって降りよう」
  誰が親切に設置したのかは知らないけどタラップはある。
  だけど荷台で通る道はない。
  つまり。
  つまり下のある物を運ぶには背負ってタラップを登り、荷車に載せ、また下に降りて物をゲットし……を繰り返す必要がある。
  「マジか」
  これは想定してなかった。
  教えてくれよピートっ!
  相当な手間だぞ、これ。
  「どうしたもんかな」
  体力的に私死ぬじゃん。
  一往復も無理だ。
  うー。

  「へっへっへっ」
  「やっと追いついたぜ、お姫様」

  「はあ」
  ため息。
  2人いた、半裸の男たちだ。体にはダイナマイトを巻いている、お馴染みのパウダーギャングだ。
  腰にはマチェットと小型拳銃をぶら下げていた。
  「しつこいわね、あんたら」
  「あんたら? いや、会うのは初めてだが」
  「……マジで?」
  この間の奴らではないようだ。
  少なくともグッドスプリングスで初エンカウントした時の2人の片割れは、その後水飲み場でも遭遇したなー。雑魚っぽいから見分けつかなかった、となるとこいつらとは初エンカウントか。
  「何か用?」
  「見てたよ」
  「何を?」
  NCRに金払うところを?
  「お前が昨日エロい顔して歩いているところをな」
  「ああ」
  酒場帰りに見られたのか。
  となるとこいつらNCR兵がうろちょろしているのを聞いて逃げていた奴らか?
  「酒場から出てきたよな、お前」
  「ええ。それが?」
  「お前が店を出る前に飛び出した禿掛けのおっさんの相手したんだろ? しっぽりとよ。へへへ、俺たちもあやかろうと思ってな、もちろん金は払うよ。3キャップで足りるか、このチビ女」
  リッキーとそんな関係にはなってない。
  なりそうだったけどなー。
  ……。
  ……あー、何か嫌な気分になってきた。
  決めた。
  こいつら殺そ。
  「ふふふ」
  「へへへ」
  「あんたに私を楽しませることは出来ないと思うけどね。どうせ小型拳銃なんでしょ、ぶら下げているモノもさ」
  「なんだとっ!」
  拳銃持ちに俊敏に手刀を喉に叩き込む。
  いきなり喉を潰されたんだ、拳銃持ちは両手を付いてその場で喘いでいる。マチェットをもう1人は抜いたものの、私はその手を掴んで逆に捩じった。
  何かが折れる音と悲鳴が重なる。
  「どうする? 私と戯れて、逝きたい? あんたもそいつみたく喘ぎたい?」
  振るったマチェットを首筋で止めた。
  冷酷ですね、私。
  敵には容赦がないらしい。
  「ま、待て」
  「いいわ、どうしたい?」
  「わ、悪かった」
  「いいのよ、女は悪い男って大好きだから。だからもっと、遊ばない?」
  がふっと言って喘いでいた方は地面にハグをした。
  息絶えたか。
  んー。
  何気に私って馬鹿力だ、そして何気に喉潰す確率高いな。
  喉潰しのミスティ、良い称号?
  いや、駄目か。
  もっとエレガントな称号にしたいものだ。
  さて。
  「どうしようかしらね」
  殺すまでもないと言われれば、まあ、そうだろう。
  今のところ実害はない。
  むしろ私の冷酷さを知る良い材料になった。
  ならば更なる探求をするべきか。
  「そうね」
  首を刎ねた。
  私は冷酷だ、そしてこの行動に心を動かされることもない。
  今のところグッドスプリングスに実害がないだけで、こいつらは鉄道を襲ったりクリムゾンキャラバンを襲ってる、そもそもここに労働力として移送されてきた囚人だ。何をしたのかは知らないけど、
  本来はこの近辺にあるとかいうNCRの監獄で労役する為に送られてきた連中だ。途中で移送の列車から逃亡した犯罪者だ。今だって私を玩具にしよとしてた。
  こんな荒野だ、助けなんか来ない。
  用が済めば殺されるだけだ。
  たまたまた私が強かったから未然に蛮行が防げただけでこいつらは屑だ、排除して何が悪い。
  それに。
  「まあ、敵対した以上は生かして返せないか」
  逃がせばグッドスプリングスに殴り込んでくるだろ、さすがに。
  口実になる。
  今までみたく接触はしたけど敵対はしていない、という状況をさすがに今回は保てない。喉を潰した時点でね。
  殺すしかなかったわけです。
  「ふむ」
  マチェットを眺める。
  血が滴っている。
  これは私の趣味の武器じゃないな、重いし。使い勝手は良いんだけどねぇ。
  地面に突き刺す。
  首なし死体は特に何も持ってなかった、体に巻いたダイナマイトだけだ。ダイナマイトは帰り際に外して回収しようかな、これは売れるだろ、良い値がつくのを期待してます。
  拳銃野郎はっと。

  ガバっ!

  突然起き上がり、私に飛びついてくる。
  「油断したなクソ女っ! 俺のダチの分まで徹底的に可愛がってからぶっ殺して……ひゃあっ!」
  「可愛らしい声ね」
  私はそいつを投げた。
  力尽くで引きはがして投げた。男はそのまま悪魔のノドに、つまりは崖下に落下していく。
  覗き込んだ。
  「死んだかな」
  まあ、死ぬだろうね。
  私ってば体力的には問題あるのに、力はめちゃくちゃあるな。それはそれで、問題あるのか?
  恋愛するときは恥じらいパンチとかしたら相手死ぬな。
  気を付けよう。
  さて。
  「採掘開始っと」
  その時、お腹が鳴った。
  この日差しだし荷車にサンドイッチ置きっぱなしだと腐るか、ゲッコーのハムと卵が挟んであるとか言ってたし。
  それに何より疲れた。
  まずは腹ごしらえとしよう。
  いただきまーすっ!



  「よいしょっと」
  たっぷり1時間掛けて私は昼食を食べ、それからタラップを降りて悪魔のノドの底に到着。
  上を見る。
  うーん。
  高いですなー。
  自分の周囲を見渡す。
  パウダーギャングの死体の他に様々な物が落ちている。金属製の箱とか調理器具とかサイダーの空き瓶とか。採掘っていうかゴミ拾いって気もしなくもない。
  だけど何かあるだろ。
  小さいけど値が張る物を拾いたいものだ。
  金属の箱を開けてみる。
  「うーんっ!」
  変形し、ひしゃげてて開き辛いけど、両手で全力込めると蓋が取れた。
  ……。
  ……いや、もしかして私ってば武器いらないんじゃないのか?
  その気になれば首を握り潰す通り越して首ちょんばの死体が出来るんじゃないのか?
  加減には気を付けよう。
  恋人出来てハグした際に加減間違えると上半身と下半身が分離する可能性があるなー。
  さて、中身はっと。
  「おー」
  これはゴミですね、戦前では。
  おそらくヌカ・コーラとかサンセットサルバリラの王冠を分別して金属の箱に詰めていたものなのだろう、戦前ではゴミでもこの時代では通貨だ。つまり今の時代では貯金箱みたいなものだ。
  パッと見だから何とも言えないけど200枚ぐらいあるんじゃないかな。
  つまり?
  つまりこれって本日の労働終わりじゃん。
  お疲れっしたーっ!
  ジャンクとか探すより価値が分かり易くて、持ち運びも楽だな、これ。
  Dr.ミンチに売り払うようにパソコンのパーツ探すよりも実入りがあるし、売れるかどうか迷う必要もない。
  これは楽でいいや。
  「もっとないかな、キャップ」
  トラックを覗き込む。

  「よ、よお」

  トラックの荷台に男がいた。
  じーっと見ている。
  上半身裸で、下はズボン。上半身は包帯が巻かれており、男の近くにはKいレザーアーマーが放置されていた。
  浅黒い肌の、黒髪の男性。
  何歳ぐらいだろ、浅黒いだけではなく全身が汚いので年齢を判別するのは難しそうだ。
  抵抗する意思がないとでも言いたいのか、アサルトカービンを両手で持って、上に挙げている。
  「あなた誰?」
  「ヴァン・ウルフってもんだ」
  「ヴァン・グラフ?」
  「違う違う。ヴァン・ウルフだ。ヴァンでもウルフでも、フルネームでもどっちでもいいよ」
  「ミスティよ」
  相手から視線を離さない。
  青い目だ。
  「それでウルフ、何してるの?」
  「見ての通りだ。怪我して出れなくなった」
  「ああ」
  途中でタラップから落下でもしたのだろう。
  包帯は白いけど、ところどころ血が滲んでいる。
  一応嘘は言ってないようだ。
  敵かどうかは別だけど。
  「あんたスティム持ってないか?」
  「スティム?」
  「知らないのか? ボルトの人間なんだろ、あんたら的には使い慣れてるものだと思ってたよ、モハビの貧乏人は見たこともないだろうがさ」
  「悪いけどないわ」
  「そうか」
  「でも回復パウダーならある」
  「そいつはいい、血止めにもなるしな。鎮痛作用もある。売ってくれ、幾らならいい? 持っている以上は出せないが、高くても仕方ない」
  「……? ただでいいわ」
  ウエストパックから取り出して、回復パウダーの入っている小さな缶を投げて寄越した。
  彼はそれを受け取り、私を見た。
  「何?」
  「あんた優しいな」
  「そう?」
  普通だと思うけど。
  敵に対しては冷酷だけど、常に冷酷モードではないしなぁ。
  「少し悪いな、包帯外して薬塗るわ。見苦しいならちょっと出て行ってくれ」
  「別にいいわ、話を続けましょう」
  「そうか、珍しい奴だな。で、何が聞きたい? まあ世間話してた方が気は紛れる」
  「ウルフは、スカベンジャー?」
  「まあ、そんなようなものだ」
  気になる言い方だな。
  スカベンジャーを肯定をしているわけではない。
  「世間を見たくて故郷を飛び出したんだ。そしたら大穴があるだろ? 気になったわけだ。途中で落ちてな、抜け出せなくなった。痛みと怪我でな。レザーアーマーで衝撃殺してなかったら死んでたな」
  「運が良かったわね、私も来たし」
  「ああ、だな。だが俺は下からずっと叫んでたんだぜ、いきなり男が降ってきたし誰かいると思ってな。だが当分来なかった。俺はてっきりあの男も俺みたく間抜けな奴かと思ってたところさ」
  「間抜けには違いないわ、そいつ」
  まだ死体漁ってなかったな。
  銃と弾はあるだろ、後は何があるかな。
  「ミスティ。……ああ、今更だがタメ口でいいか?」
  「ご勝手に」
  「それで、ミスティ。あいつが降ってからしばらく間があったが何してたんだ?」
  「お昼食べてた」
  「……随分優雅でゆったりとしたランチタイムだったみたいだな。さて、薬は塗り終わった。まだ残りは結構あるから、こいつは返すよ」
  「どうも」
  受け取ってウエストパックにしまう。
  作り方は分かってる。
  帰ったら補充しよう。
  「さてミスティ、俺は何してあんたに借りを返せばいい?」
  「そうね」
  考えてなかったな。
  どうしたもんかな。
  「手持ちは20キャップくらいしかない。この銃はダメだ、ガンランナーで買ったやつで、結構値が張る。それに生きている以上はこいつは手放せない。旅が出来なくなるからな」
  「無理難題言うつもりはないから安心して」
  「俺の従者っていうか、部下が近くにいるはずなんだ。そいつと合流出来たらお礼は出来ると思うぜ。キャップを結構持ってるはずだからよ」
  「へー」
  お金持ちなんだ、こいつ。
  「ウルフ」
  「ん?」
  「体で払ってよ」
  「あいよ、何を発掘するんだ? 結構血を流したから体力的にここを抜け出せない状態だから、あんまり力仕事は無理だけどな」
  「……」
  「何だよ?」
  「考えてみたらグッドスプリングス以外の男って下品な奴しかいなかったなぁって」
  謎の運び屋は、まともか。
  だけどそれ以外の奴らは、リッキーやパウダーギャングは頭の中がピンク色だったなぁ。
  ウルフは笑った。
  「下半身でモノ考えねーよっ! 大体、採掘に来たであろうあんたが俺の体をここでいきなり求めるなんてありえねーだろっ! やっぱ、目指すべきは純愛だよなっ!」
  「あはは」
  なかなかさっぱりとした良い奴じゃないの。
  気に入りました。
  「じゃあ、お迎え来るまで労働力として働いて頂戴」
  「仰せのままに、お嬢様」



  「ふぅん」
  ウルフと名乗った男を使って私はトラックの荷台から物を引きずり出しては地面に並べている。
  結構な数の銃火器がある。
  錆びてて、劣化しててただの鉄くず状態だけど。
  弾丸箱もある。
  荷台にあったリボルバーを手に取り、弾丸を装填、引き金を引いてみる。

  カチ。

  不発。
  何度も引き金を引くけどカチッという音しかしない。
  弾丸を排出して、弾丸箱から新たな弾丸を装填。
  結果は同じ。
  「ふぅん」
  使い物にならないな、これ。
  放り捨てた。
  このトラックがいつの頃の代物かは知らないけど、どうも軍需物資を運んでいたトラックのようだ。軍用なのかな?
  ともかくだ。
  大量の銃火器と弾丸があるけど、ランダムで試した結果使い物にならない。
  まあ、使い物になっても引き上げる術がないけど。
  ピートはここは初心者向けだと言ってた、スカベンジャー内ではそう認識されていたが故に今までスカベンジャーは来なかったのかもしれないな。何があるにしても引き上げは容易じゃないし。
  何か持ち帰れるものはないかな。
  弾丸は、要らんな。
  使える弾丸も確かにあるだろうけど、それを確かめる方法は装填して撃つしかない。
  当たりならそれでいい。
  当たりなら弾丸は発射され、敵は死ぬだけだ。
  外れなら?
  発射されずに私が敵に殺されるだけだ。
  リスク高いな。
  弾丸はやめとくか。
  少なくともここの弾丸は劣化し過ぎて使えない確率が高い。
  銃火器はただの鉄くずだし。
  鋳造して再利用するにしても、鋳造はグッドスプリングスでは出来なさそうだし、出来そうな場所を知らないしなぁ。
  「最初に見つけたキャップ200枚ぐらいかな」
  現在ゲットした代物は200キャップ、上と底で死んでいるパウダーギャングのダイナマイト、上のダイナマイトは数えてないけど、そこの死体は8本持ってた。あとはこれまたそこの死体が所持していた
  357口径マグナム、ただし弾丸は1発もなし。じり貧のギャング団なのかな、パウダーギャング。まあ、銃は売れそうだから持ち帰るとしよう。
  今回の報酬はそれぐらいだ。
  もちろんそれでいい。
  充分だ。

  「何だこりゃっ!」

  「どうしたの、ウルフ」
  荷台から声。
  覗き込む。
  彼は悪戦苦闘しながら何かを引きずり出そうとしていた。
  「宝物でも見つかった?」
  「宝なのかは知らんが、毛色が違うのはあったぜ。見てみろ、これだ」
  「何これ」
  銀色の、人形?
  140センチぐらいの人形だ。
  荷台に上がって私は触ってみる。
  ひんやりとして冷たい。
  この熱気なのにだ。
  表面は全て銀色で、目と思われるものはあるけど、これは……。
  「ロボット?」
  「かもな」
  あるのは顔に目と、口のある部分にある線。上下して、これが口になるのか?
  まさかこんなものがあるとは。
  「どうやって動かすんだろ」
  「俺に聞いているのか? 俺にはお手上げだ。初めて見るぜ、こんなもの」
  「……」
  これは良い値がつくんじゃないか?
  Dr.ミンチに持ち込んでみるとしよう。
  彼は電撃による蘇生をしてはいるけど、Drと言えども医者というよりは科学者だ、これが何か分かるかも。もう立ち去った後だけどアルケイド・ギャノンあたりに持ち込んでもいいな。
  「で、どうする?」
  「持って帰る」
  「だがこいつを運ぶとなると骨だぞ。俺は本調子じゃないし、ミスティじゃ引き上げれないだろ。そこで提案だ、俺の部下が来るまでここで待つっていうのはどうだい? 俺ら3人でなら何とかなるだろ」
  「うん、お願い。助かる」
  「いいさ。この時間まで部下は来ないわけだから、ミスティが来なかったら俺は死んでたもだからな」
  ウルフはそう言って笑い、私たちは協力してこの人形をトラックから引きずり出した。
  ふぅ。
  重かった。

  「ははは〜」

  「ん?」
  笑い声が上から降ってくる。
  何気ない動作で私たちは空を見た。
  浮いている。
  背中から轟音と炎を出しながら……いや、背中じゃないのか、正確には背中にしょったジェットパックのようなものだ、それで浮いているのか。
  「触ったな〜? そいつに〜っ!」
  そいつは喋る。
  妙な口調で。
  何よりも妙なのはその年齢だった、10歳ぐらいの、眼鏡を掛けた子供だ。レトロなリモコンをその手に持っている。
  「えっと、ウルフの部下?」
  「あんな妙な部下ならとっくに暇を出してるよ。何だ、あの餓鬼は」
  だとしたら誰だ?
  触ったな、そいつに……この人形絡み?
  「その人形に触った奴は、死〜ぬ〜んだ〜っ!」
  確定だ。
  だけどどうしてそれを知ったんだ?
  この辺りで張っていた?
  でもそれは何の為に?
  触ったから殺すってことなんだろうけど、つまりこれは餌なのか、撒き餌に掛かったのか、私ら。
  「どうして殺すの?」
  「おいらのリモコンがそう決めたんだよ〜っ!」
  「えっと、誰?」
  「ふふ〜んっ! おいらはリモコン半太郎さっ!」
  「……」
  「何だよ、その沈黙は」
  「へっっっっっっっっっんな、名前ね☆ニッコリ」
  「うるさいっ! 変なのはお前のセンスの方だろっ! ……まあいいよ。おいらの名前を聞いた奴は皆、死〜ぬ〜んだっ! だからおいらのことは誰も知らないのさ、バ〜カ〜っ!」
  「リモコン半太郎、んー、その名前の由来のリモコンってそれよね?」
  手にしているのはリモコン。
  変な奴だ。
  ウルフが耳打ちで囁く。
  「……あんま挑発すんなよ、俺はこんな状態なんだ」
  心得てます。
  心得てますとも。
  「格好良いだろ〜? このリモコンはサイコ〜なのさっ! 格好良くて血に飢えたリモコンな〜んだ〜っ!」
  問題は相手が殺す気満々ってことだ。
  人形自体はどうでもいいのだろうか、どうでもいいんだろうな、あれを撒き餌にしている感がある。だけどトラックの荷台にずっと放置されていたんだ、何故触ったのがばれたんだろう。
  引きずり出したからか?
  やれやれ。
  厄介なものに触ったのかも。
  「さてここで死んでもらおうか。悪いね、だけどこれはもう決まったこと〜な〜んだ〜っ! お前たちはここで死〜ぬ〜んだ〜っ! 馬鹿な人間どもはここでみんな死〜ぬ〜んだ〜っ!」
  「まさかここで同じことしてるの?」
  「今更何を言ってももう無駄さ。言ったろ、これはもう決まったこと〜な〜んだ〜っ! でもお前の言う通りさ、おいらは何人ももう殺しているのさ、ははは、こ〜わ〜いか〜っ!」

  ドゴーンっ!

  私たちのすぐ前に何かが降り立つ。
  それはイゴールほどの、スーパーミュータントほどの灰色の巨像だった。石製のフレイルを持っている。
  「何これ」
  「リージョン風の石像だな」
  「リージョン?」
  モハビ三大勢力の1つ。
  「あいつらはローマ風の衣装が好きなんだよ。ローマって分かるか?」
  「分からないけど、こんな格好している奴らを見つけたら会わないようにする」
  「賢明だ」
  リージョンの説明終わり。
  問題はこれがどうして空から降ってきたんだ?
  「さあ行けっ! 恐怖の石像っ! リモコンシュタイン〜っ! こいつらをやっちまえっ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  フレイルを振り上げる。
  嘘っ!
  動いたっ!
  「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「おいおい嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  私とウルフは即座に逃げる。
  大地をフレイルが割った。
  石像が、動く?
  何これ?
  何これっ!
  とても石とは思えない滑らかさで動き、歩き、再びフレイルを振り上げた。
  「ウルフ、やるわよっ!」
  「ちぃぃぃぃぃっ!」
  9oを引き抜いて連射。
  ウルフもまた5o弾を使用するアサルトカービンを掃射。私のはともかく、ウルフの掃射は石像すらも砕く。
  それが連続で当たれば、だ。
  「上っ!」
  「マジかよっ!」
  石像は大きく跳躍、宙で一度止まり、それから私たちに向けて降りてきた。
  踏みつぶされるっ!

  ドゴォォォォォォォォンっ!

  大地が抉れる。
  「ウルフっ!」
  「やってられっかよ、こんなのと真正面からっ!」
  ウルフが逃げたっ!
  私は9oピストルの弾倉を交換、悠然と佇む石像に向ける。人を殺すには充分だけど、石像相手ではただの豆鉄砲だ。生命体ならともかく石像は無機物、どこを撃っても一撃で逆転できる部位はない。
  どうする?
  「ミスティ逃げろーっ!」
  「えっ? うひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ無茶しないで私死ぬでしょーっ!」
  ウルフは逃げていなかった。
  宙を舞うダイナマイト。導線に着火した状態。
  石像付近でそれは爆発。
  ウルフは投げる。
  投げ続ける。
  だが石像はそれをフレイルで払いのけた、数本弾かれる。
  何故か私の場所に向かって。
  「うひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……あっ、やば、体力ないわ死んだわ私」

  ドサ。

  何発かの爆発の後、逃げ疲れた私はその場にへばる。
  駄目だ、この虚弱体質。
  詰みです。
  「おいミスティ、何遊んでんだ、ジョークはいらねーんだよっ!」
  「ジョークで死ぬるか馬鹿ー」
  最後の一本が弾かれる。
  ドシンドシンと巨像は私に近付いてくる。巨像を引き付けようとしているのかウルフの掃射音、そして弾かれたダイナマイトの爆発音が響く。最後のが私に向かって弾かれなくてよかった。
  おかげで死ぬのが数分の延長され……。

  ガシャンっ!

  「ひっ!」
  変な声出た。
  最後の弾かれたダイナマイトの爆風でだろう、人形が私の前に降ってきた。
  危うくミンチになるとこだった。
  ……。
  ……まあ、今のを免れてもミンチになるんですけどねー。
  グググ。
  力を入れて立ち上がろうとするものの、へばる。
  人形の顔がこちらに向いているのに気付いた。
  目が合う。

  「……エラー、エラー、エラー……」

  「喋った?」
  人形の目に光が灯り、無機質な音声で喋りだす。男とも女とも取れる、中性的な声だ。
  落下した衝撃か何かで稼働したのか?
  ご都合主義万歳っ!
  まあ、今更何がどうなろうと変わらない気がするけど。
  「……データ破損、内部メモリに異常発生、このままでは任務が遂行出来ません。システム再稼働の為に再設定を行ってください……」
  「何言ってんのよ」
  私の体を再起動してほしいものだ。
  動きゃしない。
  「……網膜データをスキャン、スキャン中、スキャン完了。生体プロトコルを認証開始、認証中、認証完了……」
  「……もしかして私の網膜読み取って、何かしようとしてる?」

  「ミスティ、逃げろ、そいつが来るぞっ!」

  巨像は間近にいた。巨体の影が私を覆う。
  手にはフレイル。
  ちぃっ!
  私の怪力はこいつに通用するか、最後のあがきをしてやろうじゃないのっ!
  「アリス2070、システム再起動、戦闘モード起動します」
  速かった。
  その銀色の人形は速かった。
  即座に起き上がり巨像の右膝に拳を叩き込む。瞬時に右足は砕け、そのまま巨像は支えを失った大地に転がった。アリス2070と名乗ったロボットは巨像の頭に踏みつけを行い、そして砕く。
  何だ、この破壊力。
  すげぇ。
  私は9oピストルを宙にいる餓鬼に向けた。
  「ここまでよっ!」
  少しぐらい格好付けさせてください。
  「ウ……ソだろ……おいらのリモコンシュタインがっ!」
  石像は動かない。
  ただの石像だ、中に機械が仕込まれてるのかとも思ったけど、少なくとも砕けた石片には機械は混じってない。
  どういう原理だ、これ?
  「ちっきしょーっ! よくもよくもよくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおいらのリモコンシュタインをぶっ壊したなぁーっ!」
  狂ったように叫ぶリモコン半太郎。
  ウルフもアサルトカービンを奴に向ける。撃てば早いんだけど、色々と聞きたいことがある。
  さすがに不思議体験過ぎる。
  聞き出す必要がある。
  「……ごめんよ、あの石像メカ、壊れちゃったよ……おいらじゃないよ〜、あいつらがぶっ壊したんだよ〜……」
  「はっ?」
  今度は急に謝りだした。
  どんなテンションだ、こいつ?
  ひとしきり謝った後に私に向けて指を差した。
  「許さないからな〜っ! 復讐してやるぞ〜っ! ぜっっっっっっったいに復讐してやるっ! 復讐してやるぞ復讐してやるからな覚えてろよ〜っ!」
  そのまま宙を飛び去った。
  あっ。
  「逃げられた」
  「仕方ねぇさ、あんなの想定外だ」
  「ですよね」

  「坊ちゃんーっ!」

  「誰が坊ちゃんだオラーっ!」
  悪魔のノドの崖の上に誰かいる。
  距離があるからよく見えないけど、あれがウルフの部下なんだろう。
  「ありがとう、坊ちゃん」
  「坊ちゃんって言うんじゃねーよっ! 俺はもう20歳だっ!」
  「何だ、私より年下なのね」
  「マジか。幾つだ?」
  「23」
  サニーに決められた歳だけど、現在公式化中。
  「ウルフ、引き上げるの手伝って……いや、こいつは勝手に登れるのか」
  「持って帰るのか、こいつ」
  「ええ」
  こいつ、それは銀色の人形。
  現在はただ佇んでいるだけ。とりあえずDr.ミンチに見せるとしよう。
  「それでウルフはどうするの?」
  「そうだな」
  しばらく考えた後、彼はこう切り出した。
  「あんたはボルトの人間なんだろ。ボルトの人間は従順だって聞いてたけどな、あんたはそうではないようだ」
  「あら生意気な女は嫌い?」
  悪戯っぽく笑う。
  正確には、というか完全にボルトの人間ではないけど、ボルトの人間=世間知らずというのが定着している感があるので、そう通すことにしてる。肯定はしないけど否定もしない感じ。
  「俺らはスローンに行こうと思ってる」
  「スローン?」
  「採掘場ジャンクションで働いている労働者たちが住む街さ」
  「あー」
  採掘場ジャンクションは知ってる。
  トルーディに聞いた。
  どこかは知らんけど、近くなんだろう。
  「化け物騒動がどうとかいう場所ね」
  「マジか?」
  そうでした。
  彼も冒険し立てのルーキーでしたね、私と同じだ。
  「クリーチャーが溢れてて、ベガスに通じる北の街道は封鎖されているとか何とか」
  「マジかー」
  「何しに行くの?」
  「見聞だ。見て回ってるのさ、モハビをな」
  「ふぅん」
  「まっ、機会があればまたどっかで会うだろ。そうだった、お礼払うんだったな。……おいラーズっ! とっとと降りて来いっ!」



  こうして悪魔のノドでの探索は終了。
  私は関係を広げていく。
  世界に居場所を作っていく。