天使で悪魔






ステンダールの慈愛





  自愛。
  慈愛。
  響きは同じでもまったく別モノ。






  「じゃあね」
  「えっ? ハーマン?」
  「私は行くところあるから。そりゃ下僕根性全開ならついて来てもいいけど、どうする?」
  「……ここで別れます」
  あたしはコロール市内南門でハーマンと別れた。
  下僕根性って何ですか?(泣)
  ハーマンはハーマンの用事があるみたいだし、あたしにはあたしのすべき事がある。ここで別れるのも仕方ないのだろう。ただ今後も縁がある
  のであればまた巡り合える。だからあたしは手を振ってハーマンを見送った。横暴な子だったけど楽しい旅でした。
  ……。
  ……だけど不思議だよなぁ。
  ハーマンに何されても基本的に腹が立たない。どうしてか許せてしまう。
  何でだろ。
  「うーん」
  相性が良いのかな?
  よく分かんない。
  そういえばハーマンってコロールに住んでるのかな?
  だけどあたしここに長く住んでるけどハーマンみたく個性的過ぎる子がいたら分かると思うんだけどなぁ。
  最近越してきた?
  そうかもしれない。
  さて。
  「聖堂に行かなきゃ」
  あたしの背にはナップサックがあり、中にはキナレスの加護を受けたブーツがある。
  履かないのかって?
  履かないよ。
  だってあたしは勇者様じゃないもん。
  あくまでいずれ現れるであろう勇者様の為に聖戦士装備を回収しているに過ぎない。そしてそれと同時に魔術王ウマリルの手下が聖戦士装備を
  強奪もしくは破壊するのを防ぐ為に全力を尽くしてる。魔術王の手下や傘下の組織があるのかは不明だけど、一人ぼっちという事はないと思う。
  伝承では魔王メリディアの軍勢を借り受けてたらしいし。
  そしてそれなら納得できる。
  アンヴィル聖堂に対して誰にも見られずに襲撃できたのも、悪魔の力が関与しているとしたら納得できる。
  だから。
  だからあたしは先回りして聖戦士装備を手に入れないとね。
  コロール聖堂には聖戦士の篭手がある。
  有名な話だ。
  あたしが小さい頃から聖堂には置いてあったし、それ以前にもあったらしい。篭手は床に放置してある。荘厳な雰囲気の元に安置したり盗難に合わなかっ
  たりするのは誰も持ち上げれないからだ。あたしも何度か昔チャレンジしたけど持ち上げれなかった。
  今回は持ち上げれるかな?
  絶対に手に入れないとまずいなぁ。
  九大神騎士団復活の為にも、勇者様の再来の為にも装備は必要。
  「よし。行こうかな」
  戦士ギルド本部に顔も出さず。
  叔父さんの家に帰らず。
  親友ダルにも会わず。
  あたしは真っ先に聖堂に向かった。



  「うーっ!」
  ググググググググ。
  床に置かれている聖戦士の篭手を力一杯引っ張るけど……持ち上げられない。ピクリとも動かない。
  駄目だ。
  やっぱりあたしは勇者じゃないのかぁ。
  ここはコロール聖堂内部。
  何とか聖戦士の篭手をを入手しようと思ったけど無理みたい。
  一応、この篭手は持ち上げられた者が持って行っていいという聖堂からの布告がある。だから昔から力自慢の人とか歴戦の戦士とか傭兵とか色々な
  人がこれを手にしようとしてきた。そして今に至る。ここに篭手がある、つまり誰も持ち上げれなかったという事だ。
  あたしも無理でした。
  うーん。
  兜とブーツを手に入れた、それはつまりアイレイドの魔術王の再来に関係していると思ってる。
  つまり?
  つまり魔術王復活に関連して聖戦士装備も目覚めたんじゃないかと思ってる。だから勇者様でもないあたしが入手できたんだと思ってる。篭手も魔術王
  復活に関連して動かせるようになったんだと思ってたけど……どうやら関係ないみたい。
  どうしよう。
  「誰かに聞こうかな」
  聖堂に一番詳しい人に聞くのが一番だ。
  丁度良い事にここはあたしの地元。
  司祭様とも懇意。
  聞くのに丁度良いかな、うん。
  「どうしたのかな、グラスフィルさん」
  「お聞きしたい事があるのですが」
  「ふむ。何ですかな?」
  司祭様の名前はアレルデュアさん。長身のアルトマーの男性。
  知り合いです。
  あたしは神様信じてないからあまり聖堂には足を運ばないけど、アレルデュアさんとは依頼で何度も顔を合わせたりしてるから親しい。
  依頼?
  ……。
  ……ゴキブリ退治。
  聖堂は広く、古い、故にたくさんいるんだもんあいつらっ!
  何度も依頼で呼ばれたなぁ。
  さて。
  「司祭様。篭手のことで聞きたい事が……」

  「篭手? ああ。また挑戦に来たのですね。それに纏わる話をあなたは知っていますか? 篭手の入手はステンダールの呪いに関係しているのです」
  「はい。知っています」
  呪いに関してはカシミール卿に聞いた。
  情報は充分あります。
  「知っている、ほう、それは博識ですね。しかしこれは伝説ではなく真実。……ケレンが可哀想です。何の罪もないのに」
  「ケレン?」
  知らない名前だ。
  誰だろ。
  「ケレンは篭手の持ち主であった九大神騎士の末裔です。呪いは代々に渡って家系を祟り、彼もまた呪いによって苦しんでいるのです。彼は治療法を
  求めてハンマーフェル地方からここまでやって来ました。しかし、その……私には彼を救う術を持ち合わせていないのです」
  「呪いが強力すぎるという意味ですね?」
  「いや」
  「いや?」
  強力すぎるとう意味ではないのかな?
  ただアレルデュアさんはこの話題をこれ以上する気はないらしい、話題を変えた。
  そして気付く。
  視線を逸らしたことに。
  やましい事がある?
  それとも……。
  「よかったら彼と話してみてはどうですか? 私よりも篭手について詳しいはずです。もし、彼の調子がそれほど悪くなければの話ですが。彼は聖堂の地下
  で休んでいます。お話をしてもらうのは構いませんが体調は悪いのであまり長話はしないように」
  「はい」
  せっかくの機会だから話してみようかな。
  何て言ったってカシミール卿の子孫。聖戦士の篭手について何か特別な事を知っているかもしれない。
  あっ。
  そうだ。
  あのことも聞いておかないと。
  「ハーマンって知ってますか?」
  「ハーマン?」
  何故知っているかと思ったかというと、アンヴィル聖堂で会った際にハーマンが『アンヴィル聖堂にお使いに来た』と言ったから。
  もしかしたら聖堂関係者かと思ったから聞いてみた。
  アレルデュアさんの口から笑いが洩れる。
  ……?
  「どうされました?」
  「いえ。別段」
  「……?」
  「ハーマンさんは確かにうちの聖堂に出入りしています。お使いを頼まれたりしてくれますが別に聖堂関係者ではありません。アルバイトみたいなものです」
  「そうですか」
  あの笑いは何だったんだろ。
  うーん。



  聖堂の地下に降りた。
  前に叔父さんに聞いたけど聖堂の構造は基本的にどこも同じらしい。上層には祈る為の祭壇や来訪者が説法聞く為の長椅子が並べられており、下層
  部分である地下は遺体を安置する一画と居住区画がある。一説ではこの構造が一番聖堂の聖なる結界を強固にするものらしい。
  聖なる結界、それは聖堂に張り巡らされている結界。
  このお陰で聖堂には邪悪な存在は侵入できないみたい。つまりオブリビオンの悪魔であるデイドラの類は侵入できない。
  ただ、手引きする者がいれば入れるのかもしれない。
  アンヴィル聖堂のようにね。
  あの虐殺事件、結局真相がまだ判明していないけど……推測では召喚師(種族は分からないけどタムリエルの者)が来訪者の振りをして入り込み、そして
  襲撃者を召喚した可能性が高いらしい。あたしは召喚魔法の法則はよく分からないけど、召喚はオブリビオンからの方が簡単みたい。
  逆にタムリエルの者を召喚するのは技術的に不可能みたい。
  つまり。
  つまり召喚魔法を使って虐殺をしたのであれば召喚されたのはオブリビオンの悪魔達。
  魔術王ウマリルが関係しているみたいだから、そう考えると魔王メリディアの手下かなぁ。魔術王ウマリルは魔王メリディアに魂を売って悪魔に転生してい
  るから奴が従えれる悪魔は当然魔王メリディアの配下達になる。それが魔術師ギルドのキャラヒルさんの見解らしい。
  まだ憶測の域だけど一番信憑性が高いらしく、魔術師ギルドはその線で捜査を開始したみたい。
  あたしはあたしの方法で何とかしないとね。
  そう。
  聖戦士の装備を集めて、いずれ現れる勇者様の為に騎士団を再建しないと。
  それがあたしの今、すべき事。
  さて。
  「あなたがケレンさんですか?」
  「あんたは誰だ?」
  ハンマーフェルから来たとされる九大神の騎士カシミール卿の子孫であるケレンさんは居住区画の一室のベッドの上で喘いでいた。
  苦しそう。
  扉の向こう側に控えている、聖堂の見習い神父の人が言うにはケレンさんはもう起き上がることも出来ないみたい。
  この人は直接関係ないのに呪われている、どうしてステンダールはそんな事をするのだろう?
  「あたしはアイリス・グラスフィル、聞きたい事が……」
  「なあ、もしもアレルデュアと親しいなら奴から治療法を聞きだしてくれ。彼が俺に何かを隠しているのは分かっているんだっ!」
  「……?」
  アレルデュアさんが隠し事?
  確かに何かのやましさがあるとは直感で感じたけど……何のやましさがあるのだろう、何を隠しているのだろう。
  あたしは約束する。
  「必ず聞きます。なのであたしの疑問にも答えて欲しいんです」
  「疑問か。つまりは篭手の話だよな? 俺は篭手の持ち主の子孫、俺に聞きたいことってのは聖戦士の篭手の事なんだよな?」
  「はい」
  「あれは遥か昔に起こった出来事を証明する唯一の証拠ってわけさ」
  「カシミール卿の?」
  「そうだ。ご先祖の仕出かした事の証明、本当に九大神の騎士が存在した事の証明、そして忌まわしい呪いの証明さ」
  「あの、どうしてシロディールに?」
  「俺は思ったんだ。持ち上げられるんじゃないかって。騎士の血を引く俺にはできるんじゃないかって。だからここまで来た。そして持ち上げれたら
  呪いが解けると思ったんだ。何時間も挑戦したよ。しまいには体中が痛くなって動けなくなった。俺は床に転がって泣き叫んでたよ」
  「……」
  「別に醜態だとは思わないよ。何かを恥かしがる余裕なんてとっくの昔に捨ててしまったよ」
  「……」
  「どうして篭手がまだあそこにあるのか分からないよ。呪いで貧弱な俺にあんな重い物が持てるわけがない。ステンダールは俺にどうしろと?」
  「……」
  「この呪いは恐ろしいものさ。もうずっと昔から俺の家系に取り憑いているんだ」
  「……」
  掛ける言葉がなかった。
  あたしの心の中には同じ言葉だけが何度も繰り返されていた。
  どうして?
  どうして?
  どうして?
  この人はまったく関係ない。
  カシミール卿の子孫というだけで呪われる、意味が分からない。あたしはやっぱり神様は理解出来ない。九大神騎士団に名前を連ねたいとは思っている
  けど神様を敬愛は出来ないと思った。あたしは、ただ困っている人を助けたい。それだけなんだと実感した。
  そして思う。
  人を救うのに神様は必要ないんじゃないかって。
  あたしは神様を信じなくても人を救いたいと心から思える。信仰を糧としなくても誰かの役に立ちたいと思える。
  それだけじゃ駄目なのかな?
  それだけじゃ……。
  「小さい頃はまだ我慢できた。その時はまだここまで酷くはなかったんだ。でも年月を経るごとにどんどんと悪化した。だから俺はここに来た。この
  呪いの発祥の地ともいえるこの場所には何かの解決策があると信じた。それに、俺にはもう時間がない」
  「時間が?」
  「ああ」
  彼は弱々しく微笑んだ。
  多分この人は長くない、このままの状況が続けば。
  「アレルデュアは衰弱している俺をここに住まわせてくれている。哀れみか信仰の一環だと思うけど……何かやましさを感じるんだ。俺はずっと同情の視線
  の中で生きてきた。だからそういう視線には敏感なんだ。でもアレルデュアに関しては、何か違うんだ」
  「違う?」
  「ああ。彼が俺と話す時、感じるんだ。俺に何かを謝っているような印象を受ける。まるで罪の意識を感じているようにも。しかし一体何故だ?」
  その問に対しての答えはあたしは持ち合わせていなかった。
  確かに。
  確かにアレルデュアさんの先ほどの言動には何か含むところがあったの事実だ。
  それはなんだろう。
  なんに対しての罪悪感なのだろうか。



  聖堂の上層に戻る。
  既に礼拝時間のピークは終わっているのか、参拝者の姿はなかった。ただアレルデュアさんが祭壇に向って懸命に祈っている。
  背後に佇むあたしには気付いていないらしい。
  彼は呟いた。
  「神よ。どうしてこのような試練を与えるのですか? ケレンを助けてやれる可能性はある……しかし代償はあまりにも残酷過ぎる……」
  「……」
  立ち聞きは非礼に当たる。
  だけどあたしは咄嗟に息を殺した。
  残酷?
  残酷って何?
  「神よ。私は彼を救ってあげたいと思っています。し、しかし彼の身代わりとしてこの身を差し出す勇気が持てないのです」
  「アレルデュアさん」
  「……っ!」
  声を掛けるとびくっと体を震わて、彼はこちらの方を見た。
  一瞬言葉に詰まるアレルデュアさん。
  だけどそれは本当に一瞬で、あたしがもう一度質問を投げ掛けるよりも早く弁解口調で早口で喋った。
  「あの呪い、解き方は知っています。しかし私には無理なのです」
  「無理?」
  「ケレンの呪いを解く唯一の方法はその呪いを自分で貰い受けることです。しかし私はそれが出来るほど強くない。私は、弱い男なのです」
  「呪いの代行?」
  「彼と話すたびに私は真実を伏せて彼を欺いてきました。……グラスフィルさん、あなたはどう思います? あなたは自分の身を犠牲にしてまで誰かを
  助けたいと思うものがいると思いますか? 自分の体に、家系に呪いを刻み付ける勇気のある者がいると思いますか?」
  「それは……」
  即答できない質問だと思う。
  「呪われれば肉体は衰える。そして子々孫々にも及ぶでしょう。私には……怖くて出来ない……」
  彼は弱々しく笑うと再び祭壇に向き直り、深く、深く拝礼した。
  あたしがすべき事。
  それは……。



  再び居住区画に戻る。
  ケレンさんの滞在している部屋に入ると彼はベッドから身を起こそうと喘いでいた。
  「無理しないでください」
  「それで……彼は何かを告白したんだろ? 教えてくれ、一体どうなっているんだ? 頼むよ教えてくれ。俺を助けてくれ」
  躊躇う。
  教えるべきかどうか。
  だけど教えないと先に進まない。
  「身代わりです」
  「身代わり?」
  「はい」
  ケレンさんはしばらく無言であたしの顔を見ていた。言葉の意味がすぐには理解できないらしい。気持ちは分かる。だってそれは非情な真実だから。
  数分の沈黙の後、彼は血を吐くように呟いた。
  「つまり、つまり呪いを解くには誰かが自主的にこの呪いを貰い受けなくては駄目という事か? ……アレルデュアが黙っている理由はそれか。しかし
  だからと言って彼を卑怯者と呼ぶつもりはないよ。こんな厄介な代物、簡単に背負えるものじゃないからな」
  「そう思います」
  「本当の事を教えてくれてありがとう」
  「いえ」
  「どう受け止めたらいいのか分からないけど呪いを解く方法があると分かっただけでも嬉しいよ。。しかしその為に誰かが犠牲になるなんて神は一体何を
  考えているんだ? もしものろいの肩代わりをしてくれる人がいたとしたら、それは聖者か、もしくは……」
  「自殺希望者ですか?」
  「ははは。確かに、そうだな。……本当に教えてくれてありがとう、感謝するよ」
  「良心に従ってすべき事をしたまでです」
  彼は右手を伸ばしてくる。
  握手を求めているのだ。
  だけどあたしはその手を握らずに左手を差し出した。ケレンさんは一瞬と惑う。それはそうかな、わざわざ右手を握らずに左手を差し出したんだから。
  何故左手を出したか。
  これはあたしの信念に関係している事だからだ。
  握手する。
  そして……。

  「あたし、アイリス・グラスフィルはここに宣言する。ステンダールよ、その理不尽な呪いは一身にあたしが受けます。彼とその家系に自由をっ!」

  その瞬間、彼とあたしの繋ぐ手が光った気がした。
  彼は驚いて手を離して身を退く。
  ただケレンさんが思っている以上に体が動きすぎた為、そのままベッドから落ちた。彼は腰を摩りながら立ち上がる。
  体の動きは自然な対応を示していた。
  成功、した?
  「君は……一体どうやって……」
  不意にケレンさんは気付く。
  自分が立ち上がっていることに。
  息の乱れがなくなったことに。
  気付く。
  「苦しくない……苦しくないぞっ! 死の苦しみが消えたっ! 体が、体が生き返ったようだっ!」
  「よかったです」
  あたしは微笑する。
  左手が痛い。
  そこからじわじわと何かが広がっていく気がした。
  「信じられない。苦しみが消えたっ! 本当にありがとうっ! 君が、君が呪いを肩代わりしてくれたんだなっ! しかし、しかし何故そんな事をしてくれたんだ?」
  「騎士の左手は人を助けるものだと思ってます。あたしは自分の良心に従っただけです」
  右手には剣を持つ。
  そうする事で無辜の民を護るのが騎士の、戦士の務め。
  左手は無辜の民を導く為のもの。
  倒れた人々を引っ張り上げる為のものだとあたしは信じてる。だからあえて左手で彼の手を握った。
  あたしはあたしの信念に従った。
  神様は関係ない。
  これでいい、これでいいんだとあたしは実感した。あたしはあたしのやり方で自分の道を進めばいいんだと実感してた。
  聖戦士の篭手、入手。





  聖堂の地下の一室を司祭様の好意で借りたあたしは室内の椅子に身を沈めた。
  何だろ。
  凄い疲れる。
  聖戦士の篭手は手に入ったけど……どうやら呪いまで手に入ってしまったらしい。それも肉体に影響する呪い。
  悔いは特にいないかなぁ。
  その時その時の行動は、その時のもっとも最善の選択の結果だとあたしは思ってる。
  だから後悔はない。
  だから……。


  「ふぅん。自分の身の安全よりも人助け、か。随分と甘いのね、アイリス・グラスフィル」

  「ハーマン?」
  気付かなかった。
  いつの間にか戸口にハーマンが立っていた。笑みを口元に浮かべているけど、その微笑の意味は判断しづらい。
  嘲笑ってる?
  そうにも見えるしあたしの行動を評価しているような微笑にも見える。
  ハーマンは微笑を浮かべたまま口を開く。
  「聞いていた通りの人物のようね。それだけの能力を持ちながら、呪いで自らの能力を殺してしまった。……いっそここで殺してあげようか?」
  「何を言ってるの?」
  「我こそは黒魔術師ハーマン。ふふふ。あなたの行動は観察させてもらった。でもそれももうお終い」
  「ハーマンっ!」
  黒魔術師。
  それが何なのか分からないけどあたしは咄嗟にハーマンの素性を、あたしの持つ情報を元に検索する。
  そして辿り着く。
  「まさか黒の派閥なのっ!」
  「ふふふ」
  そして……。