天使で悪魔






自然の猛威






  自然とは神々からの言葉。
  自然を敬え。

  それは大いなる神に対しての敬い。





  九大神修道院から一路コロールに。
  何だか結構流されるままにあたし行動してるよね(汗)。
  アンヴィル聖堂殺人事件の捜査→預言者様に傾倒→九大神修道院に向かう→聖戦士装備の探索という任務を先代騎士団の英霊に任される(←今ここ)。
  うーん。
  流されてるなぁ。
  もっとも別に不満はないです。
  聖堂の虐殺は魔術王ウマリル(手を下したのが本人の仕業なのか、手下なのか、崇拝する教団とかなのかは不明)の仕業のようだし復活はどうやら
  完全には立証出来ないけど、この世界にとって最悪の展開が迫りつつあるのは確かだ。
  誰が勇者なのかは知らない。
  誰が勇者なのかは知らないけど聖戦士装備を探索するのは必要不可欠。兜とキュイラスは修道院に保管してきた。
  謎の少女ハーマンとともにあたしは一路コロールに向かってる。
  何故?
  そこに聖戦士装備の一つである篭手があるからだ。
  先代騎士であるカシミール卿からの情報です。だけど何気に聞く前から知ってたりする。コロール聖堂に篭手があるのは既に有名な話だからだ。
  ある意味でコロール観光する際の見所の一つでもある。
  誰も持ち上げられない篭手として有名。
  あたしも前に試した事があるけど持ち上げられなかった。つまりあたしは勇者じゃないって事だ。……あー、だとすると回収は無理?
  そ、そうかもしれない(汗)。
  だけど一応はコロールに向おう。現在判明しているのはその篭手の場所だけだし。
  それにハーマンの子分だし(泣)。
  この子がコロールに向いたがっている以上、着いて行かないとね。どっちにしろあたしの目的地もコロールだし問題ない。
  ただ問題は……。
  「ここどこ?」
  「森の中」
  迷いました(泣)。
  夜の森の中で迷子になりました。
  街道を行けば問題なかったんだけどハーマンが原野を突っ切ろうと言い出したのがそもそもの始まり。その方が近道だとこの子が言うから従ったら
  完全に迷いました。森の中をあたし達は当てもなく彷徨っている。しかも夜だし。心細いよー。
  だけどあたしは年上。
  きっと幼いハーマンはもっと心細く感じているだろう。それに多分罪悪感も感じてるはず。
  あたしがしっかりと力付けなきゃ。
  「ハーマン」
  「子分アリス。あんたの所為だからね」
  「はっ?」
  「あんたが私の言う事を素直に聞くからこうなったんだからね馬鹿」
  「……」
  すごい理論です、それ。
  全力でハーマンの言葉を否定しなかったあたしが悪いのかーっ!
  この子ってもしかしたらフィッツガルドさんよりも押しが強いのかも。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「うー」
  「もっとポジティブに考えなよ子分。ほら、行くわよ」
  「……はーい」
  全然罪悪感も感じてないですハーマン様最強です(汗)。
  ま、まあ、いいですけど。
  別に迷った事に関して文句言うつもりはないし。
  とりあえず携帯食料もあるし飲料水もある。いざとなれば鹿とかを狩ってもいいし。東西南北、現在あたし達がどっちに向かってるのかは微妙だけど
  未開の開拓者というわけではないので問題ない。東西南北どっちに向ってもどこかの街か村に出る。
  コロールと別方向に出る可能性もあるけどそれはそれで仕方ないかな。
  うん。
  ハーマンの言うとおりだ。
  ポジティブに考えよう。別にそんなに対して問題はない。
  それに……。
  「あっ」
  遥か前方に火の光が見える。
  誰かが夜営してる?
  そうかもしれない。
  「ハーマン」
  「見えてる」
  「行こう。夜営しているなら同席を許してもらえるかもしれないし」
  「肩車よ」
  「……?」
  「肩車」
  「……はーい」
  横暴な幼女です。
  はぅぅぅぅぅっ。




  焚き火(だと思われる)を目印に進むと幸運な事に森を抜けれた。
  夜営している一団が見える。
  ローブを着込んだ一団。
  魔術師?
  その一団の背後には巨大な像がある。何の像かは知らないけど女性、かな。
  今まで関り合いはないけどオブリビオンの魔王を崇拝者達は人里離れた場所にその魔王の像を作ってその魔王に対して祈りを捧げるという。
  つまりこの人達もそう?
  一概に魔王を崇拝している=悪党or邪教集団とは言い難い。崇拝する魔王の性質による。大抵信奉する者達はそれぞれの魔王の属性を実践する、
  つまり破壊属性のデイゴンなら破壊を実践し狂気属性のシェオゴラスなら狂気を実践する。だけどアズラなら平和主義。
  故に信奉する魔王によっては犯罪とは結び付かない。
  あの女性の像は誰だろ。
  「キナレスね、あれ」
  「キナレス」
  肩車してるハーマンがそう呟く。
  魔王……いやいや、キナレスって九大神の1人だ。
  そういえばキナレスのみ都市に聖堂を持たない神として有名だったなぁ。キナレスは自然の象徴でありこの大地そのものがキナレスの聖堂と考え
  られている為だ。わざわざ都市に聖堂を持たないのはそういう理由からだと聞いた事がある。
  魔王ではなく九大神の信奉者の集まりかぁ。
  よかった。
  無条件で同席を許してもらえそう。
  あたし達は近づく。
  焚き火を囲んで憩っていた1人の人物があたし達を見つけて立ち上がる。そしてこちらに近付いてきた。
  あたしはぺこりと頭を下げる。

  「キナレスの聖堂にどんな御用でしょうか? ……アイリス・グラスフィル」
  「どうしてあたしの名前を?」
  えっ?
  どうしてあたしの名前を知っているのだろ。
  このローブの人物は女性だと判明。フードも被っているので顔までは判別出来ないけど声からすると若い女性。
  彼女はフードを外して素顔を見せて微笑。
  「お忘れ?」
  「シ、シシリーさんっ!」
  思わずあたしは声を上げた。
  知り合い?
  ううん。より純粋に志を共にした同志であり戦友、かつては同じ白馬騎士団として寝食を共にした仲間だ。
  深緑旅団戦争でシシリーさんは悲劇的な結末を味わった。
  心の傷を癒す為にキナレス信仰に転じたのだろうか?
  シシリーさんは元々は死霊術師(カラーニャの高弟でレヤウィンに現れた最大の理由はカルタールと共にレヤウィン支部の乗っ取り。両者とも黒蟲
  教団所属)だったけど現在はキナレス信仰、ある意味で対極の信仰だと思う。
  もちろん過去の傷をわざわざ口にする気はない。
  「ここで何をしているの、アリス?」
  「えっと」
  迷ったとは言えない。
  シシリーさん結構毒舌だし。
  「その子はあなたの子供?」
  「えっ?」
  肩車したままのハーマンを指差す。
  「違いますよぉ」
  「そうよね。あなたの子供はスキャンプだもんね。……きっと今頃洞穴の奥で泣いてるんじゃないかしら」
  「……」
  どよどよどよーん、とあたしの心は沈んでく。
  白馬騎士団時代のスキャンプ事件を言ってるんだろうけど……あたしの心の傷を容赦なくシシリーさんは責めてます(泣)。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「この子分は聖戦士の装備を探してるのよ」
  「子分?」
  ハーマンの言葉に眉をひそめるシシリーさん。
  そりゃそうかぁ。
  咳払いをシシリーさんはしてから急に言葉遣いを改めた。
  「アンヴィルに魔術王ウマリルの復活を叫ぶ預言者が現れたのは知ってる。アリス、あなたはその伝説の為にここに訪れたのね?」
  「はっ?」
  何を言ってるんだろ。
  シシリーさんの言葉と同時に分かりキナレス信者も立ち上がり、そしてシシリーさんの後ろに並んだ。
  何故に?
  だけどシシリーさんってここでは階級が高いのかな?
  わざわざ信者達がシシリーさんの後ろに並ぶって事はそういう事だと思うし。もしもシシリーさんよりも立場が上の人がいたらシシリーさんの
  前に出ると思う。才能のある人はどこにいても出世するのか。
  いいなぁ。
  「この建物に足を踏み入れた瞬間からあなたはキナレスの聖域にいるのです。彼女の存在を感じませんか?」
  「はい?」
  「キナレスがこの世に創りたもうた神器を探しているのですね? ならばまずその資質を証明する必要があります」
  「えっと」
  「神器はキナレスの創造物たる子によって護られています。そしてあなたには試練が課せられるでしょう」
  「うーん」
  強制イベントですか?
  よく意味が分からないけど神器を求めてここに来たと思っているらしい。
  ……。
  ……神器?
  まさかそれって聖戦士装備っ!
  ありえる。
  ありえるよね、これ。
  わざわざ『預言者云々』を口にした上でのこの発言。つまりは魔術王に対抗する為の聖戦士装備がここにあるという示唆なのだろう、きっと。
  偶然だろうか、この符合。
  あたしには運命の力が働いているようにしか思えない。
  「試練が何かは私は知らないし誰も知らない。あなたがどのような試練を受けるか、それはキナレスご本人がお決めになるでしょう」
  「神器とは何ですか?」
  聞いてみる。
  「ブーツです。キナレスの力が込められしブーツ。聖戦士装備の1つです」
  やっぱりっ!
  だとするとこの迷子の展開は意味があるという事になる。
  偶然なのか。
  運命なのか。
  あたしにはよく分からないけどどっちでもいい。
  要は聖戦士装備が手に入ればいい。その結果として魔術王ウマリルに対抗する為の装備が手に入ればそれでいいと思う。
  「自然、そして彼女のあらゆる創造物を畏れ敬うのです」
  「はい」
  「自然、それすなわちキナレスの御力であり言葉。自然とそこに住まう生き物全てはキナレスの発したお言葉なのです。お分かりですか?」
  「分かりました」
  「ではあなたに九大神の加護があらんことを」
  厳かに彼女は言うと背後に並んだ信者達は祈りを天に捧げた。
  シシリーさんが低い声で囁く。
  「今言った事を忘れずにいなさい、アリス」
  「えっ?」
  「自然を敬愛なさい。それが答えよ」
  何かを教えようとしてくれてる。
  だけどおそらくシシリーさんをはじめとする信者達は中立であるべきという教えがあるのだろう、多くは教えてくれないけど忠告してくれた。
  かつての仲間だからかな?
  その思い、ありがたく頂きます。
  「では試練に向われるがよい、冒険者殿」
  「はい。シシリーさん」



  好意に感謝してあたしは試練の場所に。
  岩場に囲まれた、草原だ。
  妙に大きな岩が直立してる。
  「……」
  周囲を冷静に見る。
  ここでキナレスの試練が始まる……らしい。
  ハーマンは側にいない。
  試練を受けるには1人で行うべきいうシシリーさんの言葉に従った。それがルールらしい。だけどここでどんな試練があるんだろ。
  「うーん」
  別に怪しい感じは何もない。
  神様の試練というぐらいだから何か凄い事が起きるんだろうけど……そういう雰囲気はまるでない。
  穏やかな雰囲気。
  立ち尽くしながらあたしは考える。神の試練って何だろ。
  だけど偶然ってすごいと思う。
  道に迷ったと思ったら実はこれでよかったという展開。聖戦士装備のブーツの場所が判明したしシシリーさんとも再会出来た。
  偶然か運命か。
  まあ、あんまり深く考える必要はないかな、うん。
  あたしはあたしの道を行く。
  それだけの話。
  歩むのに用意された道が偶然であろうとも運命であろうとも。必然であろうとも。
  あたしはあたしの歩みを進めるだけ。
  それがフィッツガルドさんに教えてもらった事だから。
  うん。
  それでいいと思う。
  いちいち用意された道の出所を詮索するよりもその方が分かり易いし、あたしらしいと思う。

  ガサ。

  茂みから音がした。
  誰かが茂みを掻き分けてこちらに近付いてくる音だ。
  動物?
  試練?
  それともこの間のレリックドーン?
  背にある魔剣ウンブラの柄を右手で握る。今まで戦いの場に身を置いてきたからその動作に自然と身についていた。
  無意識に構える。
  そして見る。
  茂みを掻き分けて向ってくる音の出所を。

  「焔の洗礼」

  「……っ!」
  突然炎の球がこっちに向って飛んでくる。
  あたしに向って。
  寸分の狂いもなく。
  誰だか知らないけどあたしを完全に狙った一撃。
  回避する?
  確かに。
  確かに回避は出来る。鷹の目は魔力の流れを見る目。完全に極めれば全ての流れを先読みできるらしい。まあ、あたしはまだまったく制御出来てないけど。
  回避出来るというのは鷹の目云々は関係なく回避出来る距離という意味。
  基本魔法は一直線にしか進まないみたいだし。
  だけど回避したら森に被害が広がる。
  そういう意味で森林地帯での炎の魔法はその純粋な威力よりも二次的被害の方が怖い。
  だったら……。

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  あたしは大きく両腕を広げてまともに炎の球を受ける。
  大爆発。
  炎は前方と左右に飛散するけどあたしの後方だけはガード出来た。全部を護る事はできないけどあたしが壁になることで後方だけは護れた。
  だけど。
  だけど前、右、左の草木は燃える。
  威力はフィッツガルドさんの煉獄と同等かもしくはそれ以上。
  「くぅっ!」
  あたしはその場に膝を付く。
  ダメージ?
  実のところそんなに痛くはない。ダンマーは炎に対しての耐性が生まれながらに強い。それにあたしはソロニールさんから貰った魔法アイテムで炎に
  対しての耐性を底上げしているしフィッツガルドさんから貰った装飾品で魔法耐性も上げてる。
  まともに受けてもさほど効かない。
  少なくとも炎に関しては。
  ただ、直撃した際の衝撃は防げない。それがあたしが膝を付いた理由。

  「焔の洗礼」

  「……っ!」
  また来るかっ!
  相手の姿はまだ見えないけど炎の球が飛んでくる。回避するわけには行かないっ!

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  どさぁ。
  あたしは衝撃で吹っ飛ばされる。
  駄目だ。
  これだけ高い威力だと伝わってくる衝撃は防ぎようがない。

  ガサ。ガサ。ガサ。

  茂みを掻き分けてその人影は現れる。あたしは倒れたままその人物を見る。
  ダンマーだ。
  だけどハーマンではない。かなり年配の女性ダンマー。
  服装はドレス。腰には短剣。
  格好から察すると純然なる魔術師、かな。
  何者だろう?
  問答無用であたしに攻撃してきたからには敵なんだろうけど……まったく見覚えがない。死霊術師には見えないから黒蟲教団の残党ではないと思う。
  だけど虫の王の残党に雇われた刺客かも。
  それともブラックウッド団残党?
  レリックドーンの放った追っ手から知れないし深緑旅団の……あーうー、心当たりが多過ぎて分からない(泣)。
  別にこれは皮肉じゃないけど、こういう場合フィッツガルドさんはもっと心当たりが多いんだろうなぁ。
  見知らぬダンマーの女性はあたしを見下しながら呟く。
  落胆を込めて。
  「何だ。キナレスの使いではなさそうね。……ふん。ここがキナレスの聖域だと調べてここまで来たけど……ただの冒険者か。殺し損ね。そしてお前は死に損」
  「死んでませんっ!」
  ゆっくりと立ち上がる。
  体がダメージで少し震えてるけどそれは気のせいだと自分に言い聞かせる。もっともこういう時の体ってそういう嘘を簡単に見抜いてしまうから困りもの。
  「へぇ? 生きてるんだ。まあいいわ。別にあんたなんかどうでもいいですしねぇ」
  「何者ですかっ!」
  「ブラルサ・アンダレン。魔術師ギルドの連中は私をはぐれ魔術師と呼ぶ。私の目的はキナレスとの直接対決」
  「えっ?」
  キナレスとの直接対決?
  何なのこの人?
  口振りからすると魔術師ギルドと何らかの因縁があるみたい。
  それも悪い方の因縁。
  「私はキナレスの創造物である動物を抹殺する。そして天罰を加えに来るキナレス自身を殺す。それが私の目的なのよアハハハハハハハハハハっ!」
  「……」
  うわぁこの人ディープだ(泣)。
  狂気だなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「トドメをしてあげるわ。同族としてのせめてもの慈悲よ」
  「……」
  せめてもの慈悲って……。
  完全に自分の誤解で攻撃を2回もしてきておきながら慈悲も何もあったものじゃないと思うんですけど。
  さすがはダンマー。
  自分勝手だなぁ。

  ガサ。ガサ。ガサ。

  「……?」
  茂みを掻き分ける音。あたしとはぐれ魔術師はそちらの方を見る。
  何かが来る。
  何かが。

  ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  咆哮。
  あたしは耳を覆う。
  それだけ凄い咆哮だった。ただはぐれ魔術師のダンマーは歓喜の表情を顔に宿らせていた。咆哮の主が登場した時にはさらにその顔に輝きが増す。
  現れた咆哮の主は巨大なクマだった。
  おっきいっ!
  前にヴィラヌスとクマ退治したけど大きさは比べ物にならないっ!
  小さな小屋ほどはある。
  「キナレスっ! ついに来たわね、さあ私に天罰を与えてみなさいアッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!」
  うわぁ。
  この人完全に性格吹っ飛んでます(泣)。
  「焔の洗礼」
  「駄目っ!」
  あたしは今まさに魔法を放とうとしているはぐれ魔術師の右腕を掴み上に向けた。炎は宙に向って放たれる。
  何故そうしたのか。
  簡単よ。
  だってクマには攻撃の意思がないから。咆哮こそ凄かったけど現れてすぐにその場にずてーんと転がって寝そべってる。
  敵対の意思があるとは思えない。
  このクマがただ偶然にここに現れた動物なのか、キナレスの試練なのか、そりともこのダンマーの女性を倒す為の天罰としての役目なのか。
  あたしには分からない。
  だけどリラックマ状態の巨大クマを殺すなんてあたしには出来ない。クマには敵意なんてないからだ。
  「何するのっ!」
  「あうっ!」
  このダンマーの女性は敵意が全開だけど。
  あたしの頬に爪を立てる。
  引き裂かれる瞬間に後ろに退いて避けるけど、その隙を突いてクマに向って魔法を放つべく炎を手のひらに宿らせた。
  させないっ!
  「煉獄っ!」

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  大爆発。
  ダンマーの魔術師の手の中で。あたしの魔法を相手の火球に叩き込んだ、そして誘爆。
  結構至近距離だからあたしは爆風に巻き込まれて後ろに吹っ飛ぶ。
  「いったぁ」
  転がりながら腰をさする。
  思いっきり打った。
  「つまらない真似をしてくれるわねっ!」
  「……っ!」
  耐えた。
  相手もダンマーだから炎に対しての耐性が強いのは分かるけど爆風に吹き飛ばされてはない。その場に立っている。多分魔法か何かで防御したん
  だろうけど、まずいな、相手は再度クマに対して手を向けている。あたしのこの距離からは邪魔できない。
  放たれた炎の球に、あたしの煉獄をぶつけるという手段は不可能。
  あたしにはそんなコントロールはない。
  さっきだって相手の手の中に炎の球が宿ってたから当てられたわけであって、放たれたものに対して当てられる可能性はゼロに近い。むしろゼロ。
  逆にクマに当てちゃいそう。
  クマはキョトンとした顔でダンマーの女性を見ている。しかし炎の宿った手を向けられて危害を加えられると察したのだろう、大きく咆哮して立ち上がる。
  立つとさらにでかい。
  ダンマーのはぐれ魔術師はさらに嬉々とした口調で叫ぶ。
  「キナレスぅっ! 私の魔術の前に滅びるがいいわぁっ!」

  ふっ。

  『えっ?』
  戸惑いの声が上がった。
  あたしと魔術師だ。
  突然炎の球が消えたのだ、ダンマーの魔術師の手に宿っていた炎の球が。クマは戦闘モードに移行しており四本足でダンマーの魔術師に疾走する。
  「焔の洗礼っ!」
  何も起こらない。
  何も。
  さすがに攻撃手段の消失はダンマーの魔術師の冷静さを奪っていた。クマは接近してくる。ダンマーの魔術師は混乱しながら叫ぶ。
  「結界よっ! ……な、何で発動しない、何でっ!」

  「あー。無駄よ無駄。あんたの魔力は私がもらったから。黒魔術師として魔力の増幅は急務だからね。悪いけどあんたはただのおばさん」

  ハーマンだ。
  ハーマンが岩場にいつの間にか腰掛けていた。両手で一つのリンゴを持って食べてる。その様は可愛かった。
  だけどやってる行為そのものは可愛らしいものではない。
  魔力をもらう?
  普通じゃ出来ない行為だと思う。
  フィッツガルドさんでも無理だと思う。もちろん操る魔法のジャンルが違うという事もあるとは思うけど……ハーマンは天才だ。
  クマは鉤爪を振り上げる。
  魔力を奪われた魔術師は魔術師ではない、ただの女性。ドレスでは鉤爪を防ぐ防御力などない。
  悲鳴を発する間もなくその場に肉塊となって転がった。
  クマは血に酔ったのだろうか。
  あたしに視線を向ける。
  威嚇の咆哮が響く。
  クマの目を見る。
  静かに。
  静かに。
  静かに。
  あたしは慌てなかった。だってクマの目には憤怒の光は灯っていなかったから。最初に現れた時同様に優しい視線。
  そして……。

  ガコン。

  巨石がスライドする。穴がある。奥に通じる穴が。
  それは下に続いているみたい。
  地下がある。
  地下が。

  「お待ちしておりました勇者。その下に我が力を込めたブーツがあります。キナレスの神器を貴女に委ねましょう」
  「……っ!」
  クマが喋ったっ!
  あまりの驚きにあたしは
  ハーマンのリンゴを食べる音だけがやけに大きく聞こえた。
  クマは囁く。
  「人間と自然の境界に立つ者に永久の祝福を」


  聖戦士のブーツを入手。
  その旨をシシリーさんに報告してあたし達はコロールに向う。別れ際に呟いたシシリーさんの言葉にあたしは喜びを感じていた。
  そう。
  喜びを。

  「神に認められる、か。相変わらず面白い生き方をしてるのね。……いいわ。私もその生き方に付き合ってあげる。アリスに私の命を預けてあげるわ」
  また一緒に戦える。
  こんなに嬉しい事はない。