天使で悪魔






勇者の資格






  無数の糸は意図として絡み合う。
  誰の意図なのだろう?

  



  3日後。
  あたしはアンヴィルを後にした。
  現在いる場所はスキングラード南東。どうやらその辺りに九大神修道院があるらしい。もっとも残骸や廃墟と言った類らしいけど。
  当の昔に無人になった場所らしい。
  当の昔、それは数百年前。
  「んー」
  緑の草の絨毯を進む。
  草原。
  殺風景な原野を進むより視覚的に癒される。
  太陽は燦々。
  あたしが今歩く場所は完全に街道から外れてる。
  もちろんそういう人里離れた場所だからこそ九大神修道院は人の目にも付かずひっそりと今も佇んでいるんだろうけど。そこに修道院が今も存在し
  ているというのは預言者様(今は預言者の言葉を信じているから様付けです)から確認済み。
  そこにあたしは向かってる。
  そこに。
  食料や水は2日分携帯している。
  スキングラードで購入した。
  遠征と言うほどの長旅ではない、そんなにスキングラードから遠くないし。少なくともあたしは歩き慣れた&旅慣れた戦士のつもりなのでこの程度の
  道程は大した疲労ではない。まあ、疲れるには疲れるけど。それに万が一の際にはサバイバルすればいい。
  戦士に必要な技能として習得してます、サバイバル能力。
  水の探し方も動物の狩り方も熟知してる。
  問題ない。
  「喉渇いたなぁ」
  少し休憩しよう。
  草原の上に座る。見通しはいいから襲撃の心配はないだろう。
  襲撃?
  野生動物とかモンスターの類、かな。
  魔術王ウマリルの手下が聖堂を襲撃したのだろうというのが預言者様の見解だけど……あたしはまだ手下と敵対するだけの脅威ではない。
  つまり魔術王ウマリルに敵視されるほどの働きは何もしていないわけだからわざわざ手下を差し向けられる心配はないと思う。
  それにしても……。
  「魔術王かぁ」
  古代アイレイドの悪名高い王の1人の復活。まだ当然ながらこの眼では確認はしてないけど、今年って厄年なのかな?
  伝説の死霊術師である虫の王マニマルコも襲来したし。
  厄年?
  厄年なの?
  もしもそうだとしたら誰の厄年(注フィッツガルド・エメラルダです)なんだろ。迷惑だなぁ。

  ごくごく。

  水筒の水を飲む。
  喉が潤っていく。渇きが消えていくけど……座ったら疲れが体の奥から這い出してきた。
  太陽は燦々。
  風はそよそよ。
  あー、眠くなってくるー。
  「ふわぁぁぁぁぁ」
  寝ようかな?
  ……。
  ……だ、ダメダメっ!
  平和的な感じのする草原だけどこんなところでお昼寝してたらマウンテンライオンとかに齧られちゃう。
  だけど眠いなぁ。
  「うー」
  そうだ。
  三秒だけ。
  三秒だけ横になって目を瞑ろう。
  その場に引っくり返る。
  あー。
  気持ち良い。
  三秒だけ……三秒だけ……三秒だけ……。

  「てめぇらしつこいんだよっ! レリックドーンが俺に何の用だ、くそっ!」

  あー、もうっ!
  何なのっ!
  突然叫び声が聞こえた。そして草原を駆ける音。ガチャガチャと鎧の音を立てる無数の音も。
  誰かが追われているらしい。
  さすがに無視を決め込んでごろごろとしているわけにもいかない。
  起き上がってあたしは魔剣ウンブラを抜き放つ。
  こちらに向かって駆けて来る男性。
  ナップサックを担いでいる。
  ただ腰には鞘はあるものの剣は持っていない。戦いのさなかに紛失したのかもしれない。戦いのさなか、それは追撃してくる金色の一団との争いだろう。
  状況的にそう見るのが筋だ。
  男の方はあたしを見つけたらしい。
  手を振りながら叫ぶ。
  「後は頼むっ!」
  「はい?」
  「連中の目的はナップサックの中身だ。あんたにやるから後は頼むぜ。……まったく。せっかく大学から盗んだってのについてないぜ……」

  タタタタタタタタタタタタタッ。

  そのまま謎の男性は走り去った。
  少し遅れるように金色の一団はあたしの目の前で止まる。
  えっと、これって厄介押し付けられた?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「そこのお前」
  「あたしですか?」
  「そうだ」
  金色の一団の1人が横柄にあたしに詰め寄る。
  ドワーフ製装備だ。
  全身を金色の武具で身固めしている。手には既に抜き身のドワーフ製のロングソード、そしてドワーフ製のシールド。全身ドワーフ装備。
  同じ武装で揃えるというのは結構財力が必要。この人達は何らかの組織のメンバーなのかな?
  さっきの男性は『レリックドーン』とか言ってたな。
  直訳すると秘宝の夜明け。
  何の組織だろ。
  「そこのお前。奴から渡されたものをこちらに引き渡してもらおうか。もちろん謝礼はする」
  「……」
  値踏みするようにあたしは相手を見る。
  ドワーフ製の兜はフルフェイス、当然ながら相手の顔は見えない。だけど何だろ、あたしの目には妙な感じとして映る。この人達全員。
  数は8人。
  相手は交渉を持ち掛けてきているようだけどその実、敵意が感じられる。
  隙を見せたら襲ってきそう。
  そんな感じがする。
  「さっきの男の名はクロード・マリック。悪質なトレジャーハンターだ。我々はレリックドーン、奪われた宝を本来の場所に返すのを目的としている」
  「このナップサックの中身」
  「何だね?」
  「このナップサックの中身、大学から盗まれたと言ってましたよね、彼。アルケイン大学ですよね?」
  大学と言ったら普通はアルケインを指す。
  金色の戦士は頷いた。
  同時に他の金色の面々からは苛立ちが滲み出ている。
  ここは人気がない。
  あたしを一思いに始末した方が手っ取り早いと踏んでいるのかもしれない。どう考えてもこいつら敵だ。あたしの素性が分からずに警戒している
  というレベルじゃない、完全に消す方向も模索している、そんな感じのする闘志を発している。
  もっと情報を引き出そう。
  「大学ってアルケイン大学ですよね?」
  「そうだ。我々が責任持って返却を……」
  「あたしの知り合いが大学にいるんです。アークメイジのフィッツガルドさん。あたしが直接返却します。それでもいいですよね?」
  「殺せ」

  ずばぁっ!

  瞬間、あたしは魔剣ウンブラを振るって相手の右甲を切り裂く。
  魔剣ウンブラは魂を食らう魔剣。
  出来ればこの剣で殺したくはない。二度と輪廻転生できなくなるからだ。
  それにしても『殺せ』かぁ。
  ちょっとでも障害と感じたら簡単に排除する、か。
  悪の理論だ。
  少なくとも尋常の感性ではないのは確かだと思う。そんな乱暴の理論をするのであればこちらもそれ相応の対処をするまで。
  全力でお相手しますっ!

  がしゃあんっ!

  「……はい?」
  右甲の部分の甲冑を切り裂かれた1人の戦士がその場に崩れ落ちた。その際に鎧がバラバラになる。鎧がバラバラに。
  中身はない。
  空っぽ。
  ええーっ!
  「よくもやってくれたなっ!」
  倒した戦士の仲間達が一斉にあたしに斬りかかろうとする。あたしは後ろに飛んだ。
  軽やかに。
  完全武装の金色戦士達の動きは鈍い。
  あたしはヒラリヒラリと相手の刃を回避、攻撃をかわす。だけど回避だけでは戦闘には勝てない、あたしは一転して攻撃に転じる。大地を蹴って金色
  戦士の一団の中に突っ込む。まさか真正面から突っ込んでくるとは思ってなかったのだろう、あたしの斬撃の洗礼を受ける。
  立続けに3人を斬る。
  斬った、と言っても直撃ではない。致命傷にしないように斬ってる。さすがに2度と転生しないというのは……困る。
  敵とはいえ来世の可能性まではさすがに否定できないし。

  がしゃあんっ!

  再び鎧がバラバラになって派手に音を立てて転がる。
  中身は空っぽ。
  それも3人ともだ。
  ……。
  ……確かクヴァッチ闘技場でもこういう敵はいた。確かリビングメイル。鎧に魂が宿っている状態の、ある意味でアンデッドの敵だ。
  こいつらまさか全員中身がないの?
  最初に見たと奇妙な感じがしたのはその所為か。あたしは鷹の目を自分の意思で制御出来ない、まだまだ未熟。だけど一番最初に見た時の違和
  感はこれだったんだ。魂はある意味で純然なる魔力。鷹の目は魔力の流れを見る目。魂を覆う肉体を纏っていないからこそ違和感を感じた。
  レリックドーン。
  魂を宿した鎧の集団を兵隊にしている組織?
  うーん。
  また厄介なのと関った気がする。
  今回のこの戦いは先程のクロード・マリックという人から押し付けられたようなものだし。
  受難体質なのかな、あたし。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「死ねぃっ!」

  バッ。

  後ろに飛ぶ。飛びながらあたしは相手に向けて手を突き出す。
  「煉獄っ!」
  小さな小さな火の玉が手に宿り相手に向って一直線に飛ぶ。フィッツガルドさんの本家煉獄の五分の一以下の威力と爆発。相手はそれを盾で防御、盾
  を吹き飛ばすほどの威力はないのはあたしには分かってる。あくまで牽制、目くらまし。だけど相手はそれには気付かなかったようだ。
  勝ち誇ったように叫ぶ。
  「聞くかそんな豆鉄砲っ!」
  「そう思います」
  そう受け答えしつつあたしは疾走、勝ち誇った声を上げた相手に魔剣ウンブラを振りかざす。
  相手が人ならざる者なら仕方ない。魔剣ウンブラを使おう。
  もちろん相手の魂の存在を否定しているわけじゃない、だけど人ならざる者として存在している以上は並みの対処法では勝てない。少なくともあたしの
  魔法では勝てないし鞘だけで戦うのも無理。倒した敵の剣を拾って戦うという選択肢もあるだろうけどアンデッドに普通の剣では勝てないだろう。
  何らかの魔力が帯びてない限りは負ける可能性がある。
  あたしは聖人君子じゃないから。
  あたしは先人君子じゃないから自分の身の危険を賭けてまで魔剣ウンブラを使わないとは断言しない。あくまで『極力使わない』という主義。
  ごめんなさい。
  まだたくさんやりたい事があるから、まだ死にたくないから。
  魔剣ウンブラを使います。
  ごめんなさい。
  「はあっ!」
  「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  盾ごと両断。
  敵をまた1人屠る。
  魔剣ウンブラを解禁し、敵の特性を知った以上負ける道理はない。
  あたしが全ての敵を沈めるのに時間は掛からなかった。



  数分後。
  あたしは身支度を済ませてその場を後にした。ナップサックの中身?
  まだ確認してない。
  結構な重量がある。ナップサック越しに触ってみると硬いしゴツゴツとしてる。何かの彫像……いや、叩いてみたら金属のような音がする。
  防具かもしれない。
  どの部位かは分からないけど多分防具だろう。
  まあいい。
  ナップサックを背負ってあたしは足早にその場を離れる。
  敵は倒した。
  ……。
  ……ま、まあ、余計な敵を増やした感は否めないけどね。
  ともかく敵は全て倒した。
  だけどそれはあくまで『この場にいる敵』でしかない。他にも小隊がこの近辺を捜索しているかもしれない。クロード・マリックという男とこのナップサック
  の中身を探しているかもしれない。悠長に休憩していれば捜索の網に引っかかる、あたしはそう判断して足早に旅路を急ぐ。
  ここから離れてしまえばレリックドーンと今後は敵対する事はないだろう。
  何故?
  答えは簡単。
  だってこの場にいた敵は全て倒した。あたしがナップサックを持っている事は他の連中は知らないはず。
  ナップサックをあたしが手にしているという情報がない限り、本来あたしは敵対しないわけだからこのまま姿をくらませば2度と敵対する必要はなくなる。
  ま、まあ、クロード・マリックが連中に捕まって『これこれこういうダンマー女に渡した』と白状しない限りはね。
  ともかく。
  ともかくこのまま姿をくらませばあたしはレリックドーンと縁が切れる。
  それに九大神修道院はすぐ近くにある、少なくとも預言者様の言葉ではこの近辺にあるはずだから……うん、本来の使命に戻ろう。
  「動く鎧かぁ」
  歩きながらあたしは呟く。
  時折周囲を確認しながら歩く。尾行はないか、敵影はないか、それらを確認しながら歩く。
  もっとも周囲は、少なくともあたしの周囲50メートルは視界の開けた草原なので問題はない。その草原の周りには岩場や森林があるけど奇襲するに
  は距離があるし弓の精度と射手の技量にもよるけどまずまともに当たらない。白馬騎士時代に知り合ったオーレン卿なら当てれるだろうけど。
  襲撃の心配はそう高くない。
  それでもゼロではないので警戒は怠りません。戦士の務めですから。
  「何者なんだろ」
  動く鎧の兵隊を有するレリックドーン。まさか全部鎧ってわけじゃないと思う、上層部はおそらく魔術師とかじゃないかな。
  目的は何なんだろ。
  ナップサックを開ければ分かるかもしれないけど……まあいいか。今は中身よりも安全な場所の確保だ。
  一般的には九大神修道院は知られていないから目的地であると同時に安全な場所になり得る。
  一石二鳥。
  足早に旅を勧めて30分ほど経った頃、あたしの視界に廃墟が映った。
  「あっ!」
  見つけた、きっとあれだっ!
  走る。
  息を切らせつつ走り到着した先は廃墟の真ん前。
  九大神修道院だっ!
  寝食をする場所であろう本館、そこに隣接する聖堂、そのどちらも荒れ果て、朽ち果てつつあるものの預言者様に聞いていた外観に似ている。
  ここで間違いないだろう。
  あたしは本館の建物に入ろうとする。そのとき、生き物の声が聞こえた。
  生き物と言っても人ではない。
  馬の嘶きだ。
  聞こえた場所を探すと、厩舎があった。当然そこも荒れていたものの2頭の馬が繋がれていた。
  誰かいる?
  それはそうか。誰かいないとここに馬が繋がれているわけがない。野生の馬だとしたら繋がれているわけがないし鞍も蹄鉄も付いているわけがない。
  誰かがここまで乗ってきた馬だ。
  そしてその誰かはこの建物の中、もしくは近辺にいる。
  柄に手を奔らせようとした瞬間……。


  「これは旅のお方。そなたも預言者の呼び掛けを聞き、この九大神修道院に足を踏み入れようとしているのかな?」

  「……っ!」
  あたしは思わずびくっと体を震わせた。
  気配がまるでしなかったっ!
  その声は背後から。
  だけどいつまで経っても攻撃はされない。もしも敵だったら一気にバッサリとやられているだろう、だとしたら敵ではない?
  あたしは恐る恐る振り返った。
  そこには頭部が少し可哀想な事になっている……こほん、失礼……少々禿げ上がった中途半端ハゲ……うー、いかん、動揺してダンマーっぽい
  発想をしてしまう。礼儀正しいダンマー目指してるのにあたしの馬鹿っ!
  ともかく。
  ともかく髪が後退している中年の男性がいた。
  漆黒の、オーク製の防具に身を包んでいる。顔には敵意はなかった。柔和な笑みさえあった。
  「……」
  あたしは沈黙して相手を見ていた。
  この人、出来るっ!
  フィッツガルドさんと比べてどちらが強いかは分からないけど……あたしより遥かに格が上の人なのは間違いない。
  きっと名のある人なんだろうな、この人。
  「……」
  「どうしたのだ、ダンマーのお嬢さん? ……ああ。私を不審者と思っているのか。名乗るのを忘れていて申し訳ない。申し遅れた、私はロドリク卿」
  「ロドリク卿?」
  どこかで聞いた名だ。
  どこでだろう?
  気が付けばロドリク卿と名乗ったその男性の後ろにもう1人とし若い人がいる。こちらは平服。戦士には見えない。従者か何かだろうか?
  「あたしはアイリス・グラスフィルです」
  相手が名乗った以上、あたしも名乗らないと非礼になる。相手はあたしの名を聞いて鷹揚に頷いた。
  うーん。
  まだあたしは無名って事かぁ。何のリアクションがないのは少しショックかも。
  今はともかくいつか絶対に英雄になるけどね。
  「グラスフィル君」
  君付けで呼ばれたの初めてだ。
  少し新鮮かも。
  「グラスフィル君。君も聖戦士の遺品を探しにまずここを訪ねたのかな?」
  「はい。そうです」
  素直に頷く。
  別に嘘付く必要ないし。
  「私もだよ。つまり望む物はお互いに同じという事だ。志が同じなのだから旅路を共にするのもいいのかも知れんな」
  「えっ?」
  仲間になる?
  さすがに知らない人と……少なくとも今出会ったばかりの人物と旅をするかどうかは即答できない。いつもならもう少し警戒しないで済むんだろうけど
  たった今レリックドーンとやり合ってきたばかりだから容易には頷けない。
  ロドリク卿は続ける。
  「私は信仰を護る為に預言者の呼び掛けに答えたのだ。我々を脅かす悪魔を倒せるのは聖戦士の遺品を使いこなせる神の英雄のみ。私はかつての
  騎士達がそうしたように騎士道を歩んでいる。もしもそなたが私と志を共にするのであれば喜んで旅の仲間として歓迎しよう」
  「えっと……」
  逡巡しているうちに彼はどんどんと喋る。
  浸り易い人物?
  そうかもしれない。
  そして感じるのは別にあたしをどうしても勧誘したいわけではないらしい、それは感じられる。
  聖戦士装備探しの先達者としての自負心か、己の名に対しての絶対の自信なのか、いずれにしても嫌味には感じないけど優越感をこの人から感じる。
  まあ、嫌味には感じられないけど。
  「預言者の言葉を君も聞いたであろう。では彼の言葉が真実だというのにも気付いているな?」
  「はい」
  「もし九大神が望むのであれば私は聖戦士の遺品を取り戻す者として選ばれるであろう。もしくは……その栄誉を受けるのはそなたなのかも知れぬ」
  「……」
  あれれ。
  風向きが変わった。あたしを認めてくれている?
  フィッツガルドさんのように相手の人柄を瞬時に見通せないのはあたしの力量不足。
  うーん。
  もっと勉強しなきゃ。
  「そなたの旅路に九大神の加護があらん事を。神々の御意思がそう望むのであれば、我々の旅路は再び交わるであろうな。さらばだ」
  彼はあたしの横を通り過ぎて馬に跨ると悠然と去っていった。
  従者は慌ててあたしの脇を通り過ぎて馬に駆け寄るもののすぐには馬には乗らずにあたしに向き直る。
  そして口を開いた。
  「私はレイソン。我がウェイレストのロドリク卿の従者をしております」
  「ロドリク卿……もしかしてハイロックのウェイレストの英雄っ!」
  思い出したっ!
  ハイロックとスカイリムが戦争した際に名を挙げた歴戦の戦士だっ!
  レイソンさんはあたしの反応に満足したらしい。
  誇らしげに言う。
  「ご存知でしたか。あのお方は慎ましいご人格なので自らは武勲を何も語りませぬがベンダール・マーク戦争で英雄として活躍されたお方なのです。私は
  彼の従者をして既に2年近くになります。私はロドリク卿の推挙でスカラベの戦士に昇格する事が決まっております」
  「……」
  レイソンさんの言葉にあたしは少し上の空。
  あれがロドリク卿かぁ。
  あたしが気配読めないのも無理がない。ハイロック地方では10指入るほどの剣の遣い手だ。歴戦の戦士。
  まともな対応が出来なかったのも無理はない。
  戦士としての格に差があり過ぎた。
  もちろんこのまま『格が縮まりませんでした』という展開じゃあ終わりませんっ!
  絶対に近付いてみせる。
  そしていつかロドリク卿に認められるだけの戦士になろう、ロドリク卿に認められればフィッツガルドさんにも追いつける。
  きっと。
  ……。
  ……って普通にフィッツガルドさんがロドリク卿よりも上だと認識してるあたしってどれだけ崇拝者(笑)。
  まあ、魔法もあるあの人の方が強いかなぁとは思う。
  「グラスフィル殿」
  「はい?」
  「聖戦士の装備は真の騎士だけが見つけ、真の騎士だけが身に付けられると聞いた事があります。真の騎士、それはロドリク卿だと私は信じています」
  それではまた、と彼は言い残して馬に乗って去っていった。
  その後姿を見つめながら思う。
  あたしには真の騎士たる資格があるのかどうかと。
  だけどすぐにその思いを首を振って打ち消した。
  別に騎士になりたいわけじゃない、ロドリク卿を出し抜いて聖戦士装備を見つけてこの身に纏いたいわけじゃない。あたしはただ、成り行きとはいえ関った
  この世界の危機に対して何らかの対処がしたいだけ。ベストを尽くしたいだけ。真に相応しい、聖戦士装備を纏うに足る勇者の手助けが出来ればいい。
  それでいい。
  世界を救う為に必要なのは努力であって自尊心を満たす事ではない。
  あたしはあたし。
  世界の危機を前にして勇者は自分に相応しいと主張する気は毛頭ない。そういう柄でもないし。
  ただ。
  ただ、あたしは魔術王ウマリルに対しての備えがしたいだけだ。
  「うんっ!」
  自分の胸の中の思いに対してあたしは大きく頷くと九大神修道院に足を踏み入れた。