天使で悪魔
預言者
その者は声高に叫ぶ。
終末を。
終末をもたらすのは過去からの侵略者。
謎のダンマー少女ハーマンと別れた後、あたしはアンヴィル聖堂前で聴衆を集めて声高に叫んでいるという人物に会いに行く。
会いに行く、と言っても聖堂のある通りのすぐ向うに預言者はいる。
薄汚れた包囲に身に纏った初老の老人は通行人に声高に叫んでいるものの、今は誰も立ち止まらない。
気味悪そうな顔をしながら通り過ぎていく。
気持ちは分かる気がする。
アンヴィル聖堂の虐殺は現実だし、その犯人は不明。不可解すぎる状況。そんな不可解な状況を預言という形で掻き乱す預言者が気味悪がられて
も不思議じゃない。それに当局には犯人ではないかと疑われているらしいし、預言者。関り合いになりたくないという心情は何となく分かる。
それでも。
それでも預言者は叫ぶ。
「八と一つの神の為に立ち上がる者はいないのかっ!」
「ベリナルの聖なる任務を受け継ぐ者はいないのかっ! 羽根を失いしウマリルを討伐する者はいないのかっ!」
「九大神の為に立ち上がる者はいないのかっ!」
「虐殺されたディベラ信徒の血が魂の救済を求めているっ! この聖戦に名乗りを挙げる者は誰もいないのかっ!」
誰も預言者の言葉を聞いていない。
聴衆が周りに集まってもいない。誰もが関らないようにしているのは分かった。
衛兵がチラホラと見える。
預言者を容疑者には断定していないものの監視だけはしているのかもしれない。あたしは通りを渡って預言者の側に向かう。
「こんにちは」
丁寧にあたしは頭を下げた。
預言者はマジマジとあたしを見てから口を開く。
「一介の預言者に過ぎぬ私に何か御用かな?」
「はい」
自分の身分を提示し、名を名乗る。
すると預言者は少し驚いた。
「おお。アイリス・グラスフィルという事はそなたがあの伝説のモグラの騎士っ!」
「別人です」
はうーっ!
何だってモグラが基本的に称号に付き纏うのーっ!
泣いてやるぅー(泣)。
はぅぅぅぅぅぅっ。
「どうされたのかな、モグラ殿?」
「……」
「では戦士殿、と呼び直そう。どうやらモグラの騎士とばれては困る状況らしいのでな。……身分を隠して何か任務ですかな? まさかモグラ任務?」
「……」
モグラ任務って何ですか?
あうー。
と、ともかく。
気を取り直してあたしは質問する。
「アンヴィル聖堂の虐殺について何か知っているんですか? この虐殺の意味するところは何なんですか?」
「これはただの始まりに過ぎない。ベリナル・ホワイトスレークがその死の間際に預言したように魔術王ウマリルが戻って来たのだっ!」
「魔術王ウマリルって……あの伝説の……?」
「伝説? いいや全ては今だ現実ですぞ、戦士殿。羽根を失いしウマリル、アイレイドの魔術王は今なお存在するのです。奴は確かに偉大なるベリナルに
よって倒された。しかしその魂は今、魔王メリディアの力によって再び現世へと舞い戻ってきた。神々への復讐の為に戻って来たのだっ!」
「……」
あたしは沈黙した。
話の内容が正しいかどうかは別としても話はとてつもなく大きい。
虫の王マニマルコとどっちが厄介?
さあ。
それは分からない。
だけど魔術王の方が遥かに太古の存在だ。古代アイレイド時代の魔道文明に存在した者の復活は脅威だと思う。
当時の魔道技術は現在のそれを遥かに凌駕する。
それぐらいあたしも知ってる。
魔術王ウマリルの再来。
預言者は続ける。
「聖ベリナル。伝説の聖戦士。アイレイド文明に戦いを挑んだ偉大なる勇者。神々の加護を一身に受けた英雄。しかしその英傑の前に敗れたはず
のウマリルが今再びこの世界で時間を取り戻しつつある。魔術王の再来、しかし聖戦士の再来はまだ現れぬっ!」
「聖堂の襲撃は……その、ウマリルを信奉するカルトが行ったという意味ですか?」
疑問を口にした。
さすがにまだ魔術王の復活をあたしは心底で信じているわけではない。預言者の顔色が曇った。
失望にも感じる。
信じなかったあたしに対しての失望、あたしはそう受け取った。
……。
……あたしの馬鹿っ!
信じるだけの要素がない、だから信じなかった。だけど否定するだけの要素だって何もない。
反省しよう。
少し偏見で物事を考えちゃった。
「戦士殿、そなたは何も分かっておらぬ。祭壇に血で綴られた古のルーンにはこう記されている」
「えっ?」
どうして祭壇に血で記された文字を知っているのだろう?
現場を見た?
それとも……。
「アース・オイオバーラ・ウゥーマーリーレイエルナーダ・ラークヴァー。……ウマリルの永遠なる力の前に神々は破壊されるであろうっ!」
「どういう意味なんですか?」
「ルーン文字で記されていたのは魔術王ウマリルに敵対する者達への罵倒、脅迫、そして呪いの言葉なのだ」
「どうすればウマリルを倒せますか?」
意を決して聞く。
復活が真実なら何とかしないといけない。だけど預言者は静かに首を振った。
横に。
「不可能だ」
「えっ?」
「人の身では限界がある。奴は魔王メリディアに魂を売ってデイドラに転生している。強力な魔人になった。人の力では悲しいかな、勝てぬ。勝つ為には
神々に愛された聖戦士の遺品、そして神々の助力が必要だ。それなしにウマリルに勝てる者などこの世にはおらぬ」
「……」
何気にフィッツガルドさんなら勝てそうだけどね(汗)。
虫の王マニマルコだって倒したんだもん。
勝てそうだけどなぁ。
「九大神に行動する手段はない。世界に干渉する力は最初からないからだ。我々に必要なのは神々の意思を体現する、人々の心を一つに出来る英雄
だ。しかしどこに聖戦士の装備を使いこなすだけの資格を持つ者がいるであろう? どこにもおらぬ。それが現実だ」
「あたしが探します」
「何と申された?」
「あたしが探します。あたしには資格はきっとない。でも、ウマリルを倒す為に必要なもの。形あるものがあれば人は団結できる。そう、思います」
言葉が自然と出てくる。
つまり?
つまり言葉はあたしの本心。……少なくともあたしはそう思ってる。
何とかしなきゃ。
あたしはそう思った。
「そなたがベリナル・ホワイトスレークの聖なる遺品を捜しに行くと言うのか? 長きに渡り数々の騎士達が探し、挫折し、朽ちていった。故に言おう、不可
能だと。そなたはその現実と歴史を今知った。それでも探すのか? 探す意味があると言えるのか? 自身が犠牲となってもよいというのか?」
「はい」
「ではそなたは優れた戦士だと胸を張って言えるか?」
「言えません」
即答した。
あたしは偉大でも英雄でも何でもない。目指してはいるけどまだ到達していない。その高みには。
「謙虚な者だな」
「えっ?」
預言者は静かに微笑した。
「そなたのような者には初めて会った。皆、胸を張ってそうだと答えた。自分が神に愛されるに相応しいと言った者もいた。謙虚な心を持つ事は良き事だ。
そなたの返答、久々に気持ち良く心に響いた。そなたが相応しいかどうかは神々が決めるであろう。まずは九大神修道院に向われるがよい」
「九大神修道院?」
「そうだ。そなたが本当に神々に愛されるに相応しいのであれば、あるいは奇跡が起きるかも知れぬ」
「奇跡」
「戦士殿」
「はい?」
「八と一つの神の祝福があなたにありますように」