天使で悪魔






人魚の涙 〜中編〜






  制御不能の力。
  それは凶器。







  翌日。
  あたし達は宿を出た。
  あたし達、それは九大神の騎士団を指す。仲間に事情を話して手伝ってもらうことにした。聖具探しとは別件になっちゃうけど手伝ってくれる理由、まあ、仲間に
  よって理由は違うけど、ハーたんとシシリーさんはとっとと片付けて本来の目的に戻りたいらしい。
  レイナルドさんは飲みかけのお酒を常に気にしてる。
  結局は……。
  「気合入れてこう、騎士団長っ!」
  「そうですね」
  結局はギルバードさんだけかぁ、賛成してくれたの。
  頼りになるなぁ。
  宿はまだ解約してない、本来の目的である九大神の聖具集めの情報収集が住んでないからだ。
  今回の任務は魔術師ギルドから戦士ギルドに回ってきた任務。
  九大神とも魔術王ウマリルとも関係ない。
  ……。
  ……んー、多分、関係ない、と思う。
  依頼を回されたシェイディンハル支部長のバーズさんの言葉では関係なさそうだった。
  魔道法が関係しているとか何とか。
  それと両目が刳り貫かれる連続猟奇殺人とも言ってたな。
  街の有力者が関与している可能性も示唆していた。
  リバービュー邸が有力らしい。
  「さあ行こう。弟レイナルドと再会するまでこの街で暮らしていた。リバービュー邸のヴォラニルとは面識はないが奴は確かに胡散臭い噂がある」
  「そうなんですか?」
  「ああ」
  そうでした。
  前にフィッツガルドさんと一緒にレイナルドさんのそっくりさんを探してる際にギルバードさんに会った。レイナルドさんと生き別れになった後、この街で
  暮らしていたみたいだから情報には詳しいはず。
  リバービュー邸に向かいながら質問してみる。
  「ヴォラニルってどんな人なんですか?」
  「スクゥーマ密売に関与しているらしい。カモナ・トングとの繋がりもあるらしい。が証拠はない」
  「カモナ・トング」
  妙なところでその名を聞いたな。
  モロウウィンドで悪名を欲しいままにしている犯罪組織だ。帝都には港湾貿易連盟(この時点では盗賊ギルドによって壊滅させられている)の勢力が強いけど
  カモナ・トングも一応はシロディールに進出してきている。その犯罪組織の一端がシェイディンハルに進出しているのかもしれない。
  ギルバードさんは言葉を続ける。
  「それに」
  「それに?」
  「奴自身の血筋とシェイディンハルのインダリス伯爵家とは何の関係もないが伯爵の子息が懇意という噂もある」
  「なるほど」
  そうか。
  それで悪徳衛兵隊長のウルリッチも下手に手出しが出来なかったのか。
  まあ、スクゥーマ密売容疑と連続猟奇殺人の関連性は何もないけどこの街に住んでた経験のあるギルバードさんが言うのであれば疑いはあるわけだ。
  調べるに値すると思う。
  頼りになるなぁ。
  「アリス死刑」
  「はい?」
  ハーたん、突然の宣言。
  な、何で?
  「胸に手を当てて考えてみたら? そして知るべきよ、その胸は貧乳だとね。……まあ、触るまでもなく貧乳なのは脳裏に刻まれてるだろうけど」
  「……」
  頼りになるのギルバードさんだけかぁ……という心の呟きがばれた?
  思い当たるのはそれだけ。
  ……。
  ……あはは、まさかね、心まで読めるはず……。
  「心まで読めるはず〜」
  「……」
  沈黙。
  マジですか心まで読めるんですか?(汗)
  「偏頭痛が酷くなるから普通はしないけどね。大好きなアリスお姉ちゃんが私を信用してない顔付きしてたから仕方なく読んじゃった。てへ♪」
  「アリス? この子何を言っているの?」
  眉を潜めたシシリーさんの質問にあたしは苦笑いで答えた。
  言えますか?
  この子はあたしの心を読んで会話してるだなんて。
  いーえーなーいっ!
  これも禁呪?
  すごいと言うのか末恐ろしいと言うのか判断がし難い……あー、駄目だ、また読まれてる、ハーたんは最高、ハーたんは可愛いっ!
  心で呟くと同時にブツブツとあたしは呟く。
  「もう読んでないよ」
  「はうーっ!」
  「魔力が大量消費されるし偏頭痛酷くなるからね。まっ、最近得たばっかりの禁呪だから実験しただけ。……でも今後も気をつけてね、くすくす♪」
  「……」
  この子怖いぞーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  さて。
  「本題に入りましょ、アリス」
  「そうですね」
  やれやれと言いたげにシシリーさんは溜息を吐いた。
  気になった。
  「気が乗らないんですよね、ごめんなさい」
  「あの女の思惑に乗るのが嫌なだけよ。気にしないでいいわ。アリスの頼みなら、仕方ない」
  「あの女?」
  一瞬誰のことを言っているのか分からなかったけど、すぐに察した。
  多分フィッツガルドさんのことだ。
  白馬騎士団時代にレヤウィンにいた時も嫌悪感を示していた。当時はその意味がよく分からなかったけどおそらく陣営が異なった所為もあると思う。
  当時フィッツガルドさんは魔術師ギルドのホープ、シシリーさんは黒蟲教団所属。
  それもただの死霊術師ではなく虫の王マニマルコ直属の四大弟子筆頭カラーニャの側近だった。白馬騎士団にいたのも周囲に怪しまれることなくレヤウィンに
  滞在して魔術師ギルドのレヤウィン支部を乗っ取る為に派遣されてたみたい。
  敵対同士だから仲が悪い。
  そう思う。
  そう思うけど……それ以前に虫が好かないみたい。
  まあ、仕方ないのかなぁ。
  万人に好かれる人なんていないわけだし。
  「両目が抉られてる、よね?」
  「依頼を回してきたバーズさんからはそう聞いていますけど……」
  「魔術師ギルドの恥部を他の組織に回す、情報も与えずにね。あの女も随分と官僚的になったものだわ」
  「はあ」
  としか言いようがない。
  シシリーさんがフィッツガルドさんを嫌っているのはあたしにはどうしようも出来ないし仕方ないと思う。けどあたしは尊敬している。だからあまりこの話題を
  長引かせるとあたしも冷静でいれる自信がない。それに本題は好悪の人物評ではない。本題は事件の概要だ。
  どうやらシシリーさんは何かを知っているらしい。
  「何か知ってるんですか?」
  「ええ。これは……」

  「人魚の涙」

  そう断言したのはハーたんだった。
  台詞を奪われてシシリーさんは苦々しい顔をして、反対にハーたんはハチミツ一杯詰まったような笑顔を浮かべた。
  ……。
  ……あわわ、ここでも好悪の感情がぶつかってるー。
  リーダーは大変です。
  胃に穴開きそう。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「に、人魚の涙って?」
  シシリーさんに改めて聞くと彼女はお好きにどうぞと言いたげにハーたんに手を振った。
  反対にハーたんはにこにこしてる。
  2人の間には魔術師としての対抗意識があるように感じる。少なくともシシリーさんにはあると思う。ハーたんは……何というか歯牙にもかけてないような……。
  「正解♪」
  「……」
  また心読んでるし。
  ま、まあ、ハーたんの扱う禁呪はシロディールで使われている現代魔術とは別物だろうなぁ。フィッツガルドさんは凄い魔術師だけどやはりハーたんとは別物
  だと思う。扱う魔術のカテゴリーが別物なんだろうなぁと思う。
  「人魚の涙って?」
  「魔薬よ」
  「魔薬?」
  「そう。魔道法成立のきっかけにもなった薬の名称。魔道にはお金が掛かる、だから魔術師が作り出したのよ、人魚の涙を」
  「えっと」
  話が見えてこない。
  シシリーさんが話を引き継ぐ。
  「人魚の涙は眼球に作用するの。投与された人間の瞳は真珠になる。実験の資金稼ぎの薬、それが人魚の涙。魔術師ギルドの暗部であり恥部よ」
  「そんな……」
  今回の連続猟奇殺人事件はいずれも眼球が喪失している。
  つまり……。
  「魔術師が関係していると?」
  「それはどうかな」
  ハーたんがそう言う、シシリーさんも同意した。
  「ありえないとは思うわ。既にその材料が何であるかは誰にも分かっていないし材料も存在してないと聞く。魔術師ギルドが徹底して消去した案件だからね。
  リバービュー邸は確かに製造場所に適した広さだけど、精製するにはマスタークラスの錬金術師が必要よ」
  「そんな錬金術師が動けば魔術師ギルドはすぐに動きを掴んで行動するんじゃないかな。アリスお姉ちゃんの好きなフィツ何とかがバトルマージ派遣するね、きっと」
  つまり。
  つまり魔術師ギルドでも全貌が掴めていないってことかぁ。
  「ここだ」
  ギルバードさんが指差す。
  リバービュー邸。



  「戦士ギルドですが……」
  「毎日名士を呼んだパーティーで忙しい。君たちは招いていない。帰りたまえ」
  ……。
  ……しゅーりょーっ!
  バタンと閉じられるリバービュー邸の扉。
  いけ好かないアルトマーだ。
  「奴がヴォラニルだ」
  「はっ?」
  ギルバードさんの呟きであたしは唖然となった。
  屋敷の主人が来客に応対するの?
  意外。
  「じゃあ任務は終了、帰って飲むぞー」
  本日初めてのレイナルドさんの発言、相変わらずです。
  というかシラフ見たことない。
  うーん。
  酔いどれ人生だなぁ。
  「表からのアプローチはこんなもんね、どうするの、アリス」
  「シシリーさんはどうしたらいいと思います?」
  「質問に質問で返さないで貰いたいわね。まあ、いいわ。とりあえず入室を制限された密室の屋敷、外部からのアプローチは限られてる」
  「じゃあ……」
  パーティーに招かれる名士とやらと接触するればいいのかな。
  それが誰かは知らない。
  だけどここで張ってたら遭遇する可能性は高い。もちろんその人達が何か知っているとは限らないしリバービュー邸がまったく関係ないのかもしれない。
  でも何かが零れ落ちるはずだ。
  ……。
  ……たぶん(汗)。
  猟奇殺人に関わってるにしろスクゥーマ密売に関与しているにしろまったく関係にしろ調査には時間が掛かる。
  そのつもりで取り掛からなきゃ。

  「おい。そこをどけ、チビ女」

  かっちーんっ!
  リバービュー邸の扉の前で喋ってるあたし達が悪い、そう、通行を邪魔しているあたし達が悪い。
  でもいきなり飛んできた言葉は無礼過ぎる。
  ダンマーの男性がいた。
  無駄に豪奢な装飾と衣装を施した甲冑に身を包んだダンマーと部下と思われる戦士2人。
  このダンマーが名士?
  そうなのかもしれない。
  リバービュー邸に招かれて連日パーティーをしている名士の1人なのかもしれない。
  腹が立つ。
  腹が立つけど情報収集はしないと。
  「あの」
  「ファーウィル・インダリスだ。俺は民には寛容のつもりだが敬意を払え、チビ女」
  「ファー……?」
  知らない名前。
  でも伯爵家であるインダリスの姓を名乗ってるのだから縁の者なのだろう。
  ギルバードさんが耳打ちする。
  「伯爵家の長男だよ」
  なるほど。
  確か茨の騎士団を率いていると聞いたことがある。だからこそ武張った格好をしているのか。
  「あの……」
  「俺は名乗った。礼儀ってモノを知らんのか?」
  確かにそうだ。
  「すいません。あたしはアイリス・グラスフィルです」
  「んん? その名聞いた覚えが……」
  部下の1人がファーウィルさんに小声で呟く。
  多分あたしの素性を教えてるんだろう。
  「そうだ思い出した。お前がモグラの博愛を訴えてシロディールを旅する流浪のモグラ使いか。なるほど、その面影はある」
  「……」
  すいません意味が分かりません。
  面影って何?
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ既に誹謗中傷だーっ!
  「そして九大神の騎士団長、だな?」
  「はい」
  「よし。今日からお前らは茨の騎士団に併合してやるっ! 感謝しろっ!」
  「嫌です」
  「……」
  あたしの即答に彼はこめかみをピクピクさせながら何か意味の分からない叫びを残してリバービュー邸に消えて行った。
  どうやら逆上するとプッツンするらしい。
  併合なんて嬉しくない。
  現在の情勢を考えると都市軍に編入されても意味はないと思う。自由に動けるからこそ意味がある。
  結局帝都軍にしても都市軍にしても所属地域に限定された活動しか出来ない。
  それじゃあ意味がない。
  「兄貴、こりゃお手上げな状況だから帰って酒飲もうぜー」
  相変わらず酔っ払いなレイナルドさん。
  ただ彼の言葉は正しい。
  ここにいてもすることがない。少なくとも次の来客が来るまでは。
  でもそれはいつ?
  リバービュー邸がまったく関係ない可能性だってある。
  「分担した方がいいんじゃないかなって思います」
  それぞれの役目を分担。
  それが最善。
  「確かにね」
  シシリーさんが同意し、ギルバードさんも頷く。レイナルドさんは酔い潰れ……何しに来たんだこの人はーっ!
  とりあえずこの場は任せてあたしとハーたんは街で情報収集することにした。
  


  「疲れたぁー」
  街を彷徨うこと3時間。
  あたしとハーたんは宿に戻って来た。仲間はまだ戻って来ていないらしい。
  歩き回って足が棒になっちゃった。
  椅子に身を深く沈めてあたしは疲れを体から介抱しようとする。ハーたんは部屋に戻るなりそのままベッドに倒れこんでしまった。
  静かな寝息を感じる。
  寝ちゃった、かな。
  あたしはあたしで全身がけだるい倦怠感に襲われていた。
  確かに歩いた。
  今日は歩きまくったと思う、でもここまで疲れるほどではないはず。
  なのにこの倦怠感。
  「ステンダールの呪い」
  そうかもしれない。
  コロール聖堂で身代わりで受け継いでしまった呪いが発動しているのかもしれない。
  その呪い、体力を奪う呪い。
  じわじわと来てるようだ。
  戦いにはいきなり影響はないようだけどいささか体力減退の呪いを甘く見てたかもしれない。
  「ふぅ」
  少し落ち着いてきた。
  深呼吸して心と体を落ち着ける。
  今日の出来事を纏めてみよう。
  聞き込みをしたもののまったく収穫なし。リバービュー邸に対しての悪口や噂等は溢れてたけど特に意味のある情報でもなかった。
  少なくとも猟奇殺人に関与しているとは思えない。
  巧妙に隠蔽してる?
  ……。
  ……んー、それはないかな。
  隠蔽工作するのには毎日ドンチャン騒ぎ過ぎる。
  人の眼球を真珠にして訪れる名士達に賄賂代わりに配る……というのはありえそうもない。さすがにリスクが多すぎる。
  リバービュー邸は<真珠の涙>には関与していない。
  これは確かだ。
  そもそも<真珠の涙>絡みなの?
  そう考えるとおかしい点がある。薬を精製する場所がリバービュー邸だと仮定しても……その薬をどうやって投与する?
  死体は両目を刳り貫かれて放置されている。
  犠牲者はシェイディンハル市内だけではなく城壁の外にも及んでいる。犠牲者はシェイディンハル市内だけではなくその周辺に及んでいる。つまり薬を精製
  するにしても投与するのはリバービュー邸ではない。犠牲者の遺体が放置された範囲が散開し過ぎてる、広過ぎる。
  わざわざ薬を持って彷徨ってる?
  うーん。
  招いた名士達が失踪してる、というならドンチャン騒ぎを利用して真珠と化した眼を刳り貫いているって話になるんだけど……そんな様子はないし。
  それにリバービュー邸の財産はそんなものに頼らずとも莫大だ。
  伯爵家を超える資産家。
  わざわざ猟奇殺人を犯すだろうか?
  可能性としては無数にあるんだけど憶測が結末まで結び付かない。どの可能性であっても。
  根拠が弱過ぎる。
  まあ、リバービュー邸に関して調べてたら多少の胡散臭さは出てきた。でもそれはカモナ・トングと繋がってるかも、であって猟奇殺人ではない。
  調査している際にハーたんに聞いたけど<真珠の涙>を投与された人の瞳は真珠になるけど真珠以上でも以下でもないらしい。
  多少上質な部類の真珠でしかないらしい。
  魔力も秘めていない。
  希少価値もない。
  カモナ・トングでもわざわざ殺人のリスク冒してまではしないだろうと思う。連中はお金になることなら反射的に手を出しちゃうほどの悪党揃いだけど真珠
  欲しさに死体の山を築くようなことはしないだろうと思う。帝都軍や都市軍の無用な注意を引くだけだからだ。
  うん。
  これは物事を根本的に見直す必要があるのかもしれない。

  コンコン。

  扉がノックされた。
  鍵は掛かってない。すぐに入れるように掛けてない。
  仲間達はそれを知ってるはず。
  わざわざノックしたってことはそれを知らない、そして仲間ではない。だからこそ礼儀としてノックしているのだ。
  「どなたです?」
  「隣の部屋の者です」
  「隣」
  知らない声。
  男性。
  「何か用ですか?」
  「すいません、リバービュー邸のことに関して調査しているって聞きまして」
  結構街を動き回った。
  調査しているというのが人に知られていてもおかしいことではない。
  「何か知っているんですか?」
  あたしは椅子から立ち上がって言う。
  「ええ」
  「どうぞ。鍵は開いてます」
  「資料を手に持っているんです。すいませんが開けてくれませんか? リバービュー邸の主ヴォラニルはカモナ・トングからスクゥーマを密輸入しています。
  奴は売人です。問題は奴の使用人達です。深遠の暁という組織と繋がりがあるようです。その証拠を持ってます」
  「深遠の暁っ!」
  先帝を暗殺した邪教集団っ!
  あたしは急いで扉を開けようとドアノブを掴む。

  「アイスピックで眼を刳り貫かせろぉーっ!」

  木製の扉を貫いてアイスピックが飛び出してきた。
  そして……。