天使で悪魔
擬人街
既に修復不可能。
「そこで腐るがいい。罪人め」
という言葉とともあたしは監獄に収容された。
監獄?
監獄です。
先ほどの発言は看守です。
あたしはレヤウィン市内で、もっと細かく言うなら都市に入ってすぐの門のところで逮捕されました。
鎧は没収。
魔剣ウンブラも没収。
ただまだ囚人服は着ずに平服のまま。
平服、まあ、鎧の下に普通の服着てたから鎧脱いだな普段着。だって肌を服で覆っとかないと鎧焼けするからね。
薄暗いジメジメとしたレヤウィン城の監獄。
白馬騎士団時代には何度か城に入ったことはあるけどここは初めて。
……。
……というか……。
「何であたしがここに入ってるのーっ!」
ありえないからっ!
ありえないからっ!
ありえないからーっ!
何したのよ一体全体あたしがどんな事をしたって言うのよーっ!
はぅぅぅぅぅぅっ。
「うるせぇぞ静かにしろ極悪人っ!」
髭の看守が怒鳴る。
ただあたしにはそんな看守の声なんて届いていない。檻の外にいるのなら、まあ、何らかの形で監獄を訪れたという設定ならありえる。だけど中って何?(汗)
何故中にいる?
冷静に考えよう。
冷静に。
冷静に……。
「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ考えられないーっ!」
陰謀だこれはーっ!
だってそうとしか考えられない。
何なんだあの指輪のおばさんはっ!
何なんだあのやたらと迅速に駆けつけてあたしを逮捕した衛兵隊はっ!
陰謀としか思えない。
それにこの逮捕が例えどのような思惑であろうともあたしはこれで前科一犯、犯罪者への道に入っちゃいました。
清く正しく生きてきたのにー。
「……もう飲めないって……もう飲めないって……」
向いの牢屋には頭から毛布を被った酔っ払いが収容されている。
何気に監獄は満員状態。
そしてそんな満員の監獄の牢屋の1つをあたしが独占しています。
……ああ。これはどんな罰ゲーム?
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
「看守さんこれは何かの間違いなんですっ!」
檻を掴んであたしは訴える。
間違いなのは疑いようがない。あの指輪おばさんがどういうつもりなのかは知らないけど完全なる悪意だ。調べれば分かるはず。
問題は……。
「お前のような痴女は公共の敵だ。子供の教育に悪い。ここで大人しくしてろ」
「はぅぅぅぅぅぅぅっ」
罪状変わってるしーっ!
グル?
グルなの、衛兵も?
「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああそうとしか考えられないーっ!」
「静かにしてろっ!」
今日は一体どんな厄日っ!
不幸中の幸いなのは聖戦士の聖具を身に纏ってなかったってことかな。
お陰で押収されていない。
あれはジェメイン兄弟が運んでここまで来たから……。
「あっ」
レイナルドさん、担いだまま酒場行っちゃった。
忘れてこなけりゃいいけど。
少しずつ。
少しずつあたしは冷静に考え出す。
あの指輪おばさんは只者じゃないのは既に理解している。レヤウィン在住の迷惑おばさんでないのは確かだ。あのおばさん1人の行動だけなら確かに
迷惑おばさんで成り立つだろうけど問題は衛兵隊の迅速さだ。おばさんが叫んだ次の瞬間にはあたしは包囲されていた。
あの迅速さはありえない。
どんなに仕事熱心な衛兵揃いという設定にしても、だ。
あらかじめスンタバってない限りはありえない。
それに。
それにこの街の衛兵は総じて怠慢。
それというのも衛兵の羨望を一身に受けていたシーリア隊長がマリアス・カロ伯爵に失政の責任を擦り付けられてその職を追われた際に半数の衛兵は
伯爵を見限って&明日は我が身と悟って辞任、残りの半数の衛兵は仕事の意欲を失って怠慢状態。
怠慢の理由?
高をくくっているから。
これ以上の衛兵の減少は都市の機能が維持できなくなる。だから首にはなるまいという理由で怠慢してる。
現在街の機能を維持しているのは戦士ギルドであり魔術師ギルド。
ともかくレヤウィンにおいて衛兵が迅速に動くなんてまずありえない。これは支部長として在任していたあたしの感じた印象だ。
もちろん今回は稀な事で迅速に……動けないよね、やっぱり。
あたしの逮捕は迅速というレベルじゃない。
あれはあらかじめ逮捕するつもりで待っていたという感が拭えない。
でも……。
「うーん」
でもだとしたら何の為に?
確かにあたしには敵が多いからそういう画策をされても不思議じゃない。
ただ何者だろう?
深緑旅団は配下のトロル以外は全滅してる(配下のトロルは野生化して繁殖、レヤウィン〜ブラヴィルの街道の恐怖と化している)。
首領のロキサーヌは死んでるし連中がレヤウィンに食い込めるとは思えない。
ブラックウッド団?
これもないかなぁ。
残党は今だにいるだろうけどブラックウッド団を影で操っていたアルゴニアン王国の強硬派のグラックス宰相以下<帝都転覆>を諮った面々は処断されてる。
既に本国では勢力が一掃されているから何の後ろ盾もない。これまたレヤウィンに食い込める力はないと思う。
死霊術師?
こればっかりはあたしには分からないかな。
ファルカーとかと戦ったけどあくまでフィッツガルドさんの援護の為であってあたしは元々死霊術師や魔術師ギルドの因縁はよく分かってない。
それともこれは蒼天の金色の仕業?
それはそれでありえるかもしれないけど……やり方としては稚拙かなぁ。まあ、稚拙な分、分かり易い効果と方法なんだろうけど。
「うーん」
悩む。
悩む。
悩む。
どこの誰だろ、あたしにこんな事したのは。
悪意です、これは。
策略です、これは。
問題はどこの誰かが問題なんだけど……。
「素敵なおうちね、アリス」
「ハーたんっ!」
檻の外にはいつの間にかハーたんがいた。
ハーマン・グラスフィル。
あたしの実の妹。
強力な禁術の遣い手で通称<黒魔術師ハーマン>。
外法使いにも恐れられているその実力は扱う魔道のジャンルこそ違えどフィッツガルドさんに匹敵もしくは凌駕すると思う。
髭の看守が怪訝そうにハーたんを見る。
「おい、ここは子供の来るところじゃないぞ。お前誰だ?」
「このダンマーの身元引受人」
「はあ?」
「私のお気に入りの魔法のブローチ売って保釈金作った、それは既に支払済み。この檻の中のは私が貰ってくね」
「……」
看守、黙る。
真に受けているのかは知らないけど確認の為にそのまま監獄から出て行く。檻の外にいるのはハーたんだけ。
「良い格好ね、アリス」
「ハーたん助けに来てくれたの?」
「珍しい動物が檻の中にいるって聞いて見に来ただけ。……で? どうする?」
「どうするって……?」
「一生私の下僕でいるなら出してあげてもいいけど? 背に腹は代えられないよね、アリスお姉ちゃん♪」
「……」
史上最悪な妹だーっ!
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
「そ、それでハーたん」
「ご主人様でしょ? そんな事分からないなんて馬鹿じゃない? てかアホじゃない?」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」
最悪キターっ!
「まあいいわ。で? 何?」
「どうしてここにいるの?」
「君を笑いに来た。そう言えば、君の気は済むのだろう?(クワトロ大尉風味)」
「……」
「やれやれ。アリス相手だと高尚な話が通じなくて困っちゃう。……で、ここに来た理由よね。行き先知ってるんだから用事が済めば来るに決まって
るじゃないの。まさかアリスが私を和ませる為だけに犯罪者になって檻の向こうにいるとは思わなかったけど。バナナあげようか、お猿さん♪」
「はぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
こいつ最悪だーっ!
と、ともかく。
ハーたんは外法使い絡みで別行動とってたけど、用件済んだので合流する為にレヤウィンに来たらしい。
そしてあたしの逮捕を知ってここに来た、のかな。
「ところでアリス。あいつマジ最悪」
「誰のこと?」
「フィッツガルド何とか」
「会ったのっ!」
最近会ってないけど元気なのかなぁ。
会いたいな。
「会った」
「元気だった?」
「元気過ぎて困ったわ。……まさか私と対等以上に張り合うとは……この黒魔術師ハーマン様があんな年増に……ぶつぶつ……」
「……?」
なんかブツブツ小声で呟いてる。
「ところでハーたん」
「出して欲しい? 出して欲しい?」
「う、うん」
「保釈金は支払ってたけど私の発言次第では取り消しも出来るんだよなぁ。……アリス、私アリスの無様な腹踊りが見たいな♪ 見たいな♪」
「はぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
どうしてこんな子に育てたのモロウウィンドのパパ&ママっ!
無邪気?
無邪気で可愛いけど……時と場合によるかな……特に今は洒落じゃ済まないというか……。
おおぅ。
「確認を取ってきた。釈放の手続きするからそこの子供、一緒に来てくれ」
さっきの髭の看守が戻ってくる。
よかったぁ。
ここから出れるみたい。
「アリス」
「ん?」
「よかったね」
微笑。
ハーたんは可愛らしく笑って見せた。
「これであんた私の所有物、だって私が買ったんだもん。奴隷ゲット♪ さあて外法の実験台を手に入れたから今日から忙しくなりそう」
「……」
やっぱり可愛くないかもーっ!
悪魔だーっ!
髭の看守に連れられて薄暗い通路を1人の少女が歩く。
ハーマン・グラスフィル。
現在牢獄に収容されているアイリス・ぐらいスフィルの実妹で稀代の禁術使い。天邪鬼で横暴、しかしその実やはり姉のアリスを気遣っている。
既に保釈金も支払い今釈放の最終的な手続きの為に別室に移動中。
ハーマンにとってありは大切な存在。
だから。
だから冷静さを少々欠いていた。
見抜けなかった。
「なあ」
「……?」
看守が立ち止まる。ハーマンも立ち止まった。
看守はそのままハーマンの腹部を蹴り上げる。たまらずその場に崩れ落ちるハーマン。魔術においてはフィッツガルド・エメラルダと対等に張り合える
ものの体力に関しては普通の同年代の女の子並。そのままハーマンは倒れた。
意識はない。
倒れて気絶している。
「出る杭は打たれるってな。強過ぎるんだよ、お前ら」
ハーマンを抱きかかえる。
その時……。
「おい、何してるっ!」
「犯罪者を逮捕したところだよ、ベック君」
ハーマンを抱きかかえた看守は髭の看守に向き直った。
髭の看守?
髭の看守。
先ほどまでハーマンを先導していた髭の看守が、ハーマンを抱きかかえる看守の前にいた。不思議なことに抱きかかえる看守の顔は変わっている。
「看守長、ずっと探していたんですよ。その娘が保釈金云々の話をしていまして確認を取りたく探していました」
「保釈金? 何の話だ? こいつは脱獄の手引きをしに来た犯罪者だ」
「まさか」
こんな女の子が、そう髭の看守は言おうとしたものの黙った。今ハーマンを抱きかかえているのは看守長。自分の上司。
意見することで特にメリットはない。
そのまま黙った。
「外見で判断せぬことだよベック君」
「すいません」
「ああ。そうそう。アイリス……グラスフィル? 彼女は皇帝陛下暗殺の容疑者の可能性がある。早急に帝都の監獄に移送準備したまえ。疑わしきは
罰してしまうに限る。帝都の監獄に送れば厄介払いできるしな。この娘の方は私が処理しておく」
「はい。ではそのように」
一礼して髭の看守は脇を通り過ぎ、監獄へと向った。
ハーマンを抱きかかえる男の顔がまた別人に変わる。
そして……。
「外見で判断せぬことだよベック君。きひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!」
その頃。
レヤウィン郊外の宿屋。その一室。
「面会の禁止って……そこまで重罪じゃないでしょうにっ!」
「確かに不審です」
その一室に2人がいた。シシリーとギルバード。
先に宿の確保の為にアリスと別れた2人は、アリスの逮捕を宿に到着してから知った。迅速過ぎる逮捕。それに対してシシリーも違和感を感じていた。
白馬騎士団時代のことを考えたら衛兵の質が劇的に向上するとはありえない。
アリス同様に異常性に気付いていた。
「失礼する」
ノックもなしに部屋に1人の青年が入ってきた。その後ろにはオークが続いている。
「マゾーガ?」
「変なところで再会したものだな、シシリー卿」
オークのマゾーガ。
かつては白馬騎士団の同僚だった女性。
「おや知り合いでしたかマゾーガ卿。分かっているとは思いますが旧交を温めに来たわけではなくビジネスの為にです」
「理解している、レイソン卿」
「ビジネス?」
シシリーが問い返す。
「我々は聖戦士の聖具であるブーツを求めています。引き渡して頂きたい」
「ふざけた事をっ!」
突然の言葉にギルバードが叫んだ。
だが、それも一瞬だった。
フラフラした足取りで部屋に入って来た男をシシリーもギルバードも見知っていた。
「レイナルドっ! 今までどこに……っ!」
「悪いなぁ、兄貴、酒代欲しさにこいつらにブーツだけ売っちまった。ブーツは兄貴が持ってるだろ? ほら、渡して差し上げて。酒代使っちゃったし」
「お前という奴は……っ!」
「あなたが持っていた聖具も売ってしまったのかしら?」
吼えるギルバードを制してシシリーは冷静に聞いた。
ジェメイン兄弟はそれぞれ半分ずつ聖具を運んでいた。だがレイナルドがそれを持っていないのは見ただけで一瞥できる。
酒臭い息を吐いてレイナルドは笑った。
「知らねぇー」
「一応言っておきますが我々は彼の持っていたとされる聖具については無関係です。関知しているのはあくまでブーツの売却に関してだけです。さて
既にブーツの代金は支払い、その旨を信頼出来る公共機関に通達済みです。不服なら申し立てしてください。恥を掻くのはそちらですが」
「……」
「契約は成り立っているんですよ。あとはそちらで引き渡して頂けたら契約終了。お互いに無駄な時間は過ごしたくはありませんよね?」
レイソンは淡々と告げる。
シシリーは黙るしかなかった。おそらくハッタリではなく合法的に事を進めた上での発言なのはシシリーにも理解出来た。
「……仕方ない。ギルバード、彼にブーツを」
「賢明なご判断に我が主ロドリク卿も喜ぶでしょう。感謝します」
「あ、あたしが帝都の監獄にっ!」
「ああ。じゃあな」
「ちょっ!」
レヤウィンの監獄。
帝都の監獄行きだけを告げると髭の看守はそのまま監獄を後にした。
その場にへたり込む。
「な、何で?」
よく分からない。
どうして突然そんな事になったのか。
ハーたんが釈放の手続きに行ったのが10分前。こんな短い間に何があったのだろう?
「そ、そうだ」
あの子どうなったんだろ。
考えてみたらこれが敵(誰かは分からないけど)の策謀なのは明白。じゃああの子もその犠牲に……。
「ここから出してっ! 出しなさいっ! 敵なら敵でいいわ、勝負してやるっ!」
叫ぶ。
叫ぶ。
叫ぶっ!
「……あー、もう、せっかく人がいい気分で寝てるのにー……」
あたしの真向かいの牢屋から非難の声。
男性だ。
「うー、頭がガンガンする。安酒飲んだみたい……うんにゃ、後ろから殴られたような鈍痛……? そういえばこの街に来てから飲んでないなー」
「えっ!」
あたしはそこにいる男性を知ってる。
「レイナルドさんっ!」
「おお、これは騎士団長殿、ご機嫌麗しく。……すいませんけどワインのボトル持ってたりしませんよね……?」
レヤウィンに夜が迫っていた。
異質な者の街。
擬人街。
そして夜の闇に不気味な笑いが響くのだ。
「きひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!」