天使で悪魔
凄惨な現場と不可解な文字と謎の少女
数千年の時が過ぎた。
今、新しい勇者が誕生する。
新たな勇者の誕生、それは同時に新たな動乱の幕開けという意味でもある。
一の戒。ステンダール曰く、優しさと寛大さをもってタムリエルの人々に接すること。弱者を守り、病人を癒し、貧民に施すこと。
二の戒。アーケイ曰く、生と死を分け隔てることなく、大地、生物、精霊を敬うこと。この世の恵みを保護し、慈しむこと。また、死者の魂を冒涜しないこと。
三の戒。マーラ曰く、まじめに穏やかに暮らすこと。両親を尊敬し、家庭や家族の平和と安息をいつも心がけること。
四の戒。ゼニタール曰く、懸命に働くものは報われ、賢くお金を使えば心が救われるだろう。盗まなければ、罰せられないだろう。
五の戒。タロス曰く、戦いに備えて強くなること。敵や悪にもひるむことなく、タムリエルの民を守ること。
六の戒。キナレス曰く、母なる自然の恵みを賢く使うこと。自然の力を敬い、自然の怒りを恐れること。
七の戒。ディベラ曰く、美や愛の神秘に心を開くこと。友情という宝を大切にすること。謎めいた愛のなりかたちに喜びや創造力を見いだすこと。
八の戒。ジュリアノス曰く、真実を知ること。法を守ること。疑念があれば賢者の知恵を借りること。
九の戒。アカトシュ曰く、皇帝に奉仕し、従うこと。誓約を学ぶこと。九大神を崇拝し、務めを果たし、聖人や僧侶の言うことを聞くこと。
十の戒。九大神曰く、何にもまして、お互いに優しくすること。
〜九大神の十戒より抜粋〜
「じゃあ今日は補導という事でお終い。次はないからね、次は」
「すいませんでした」
あたしは衛兵詰め所を後にした。
マジで捕まりました(号泣)。
もっとも数時間拘留された程度。拘留といっても牢屋に入れられたわけではなく。まあ、詰め所にある普通の部屋に入れられてただけ。ある意味で身柄を
拘束されていたというよりは時間を拘束されていたと言った方が適切かもしれない。延々と説教されてました。メローナさんに。
メローナさんは前にフォースティナの一件で関った女性の衛兵。
「二度と来ない事を祈ってるわ」
「すいませんでしたメローナさん」
「言っとくけど」
「……?」
「ここは正義の健全サイトだから裏ページはないけど、今度同じような厄介を起こしたら長期用男性房に叩き込むから覚悟しなよ。裏ページ行きだからね」
「はい?」
「女に飢えた死刑囚達。そこに放り込まれる孤立無援の女。看守達の迫害。……18禁裏ページは本当に酷い世界だよ? くすくす」
「……」
意味不明です。
裏ページって何っ!
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
「うー」
まあいいや。
戻ろう。
戦士ギルド支部に。
……。
……戻った後でリベンジしてあげてもいいんだけどねアーザンさんっ!
問題になる?
ふっふっふっ。
大丈夫。
もしもの時にはフィッツガルドさんに泣きつけば隠蔽してもらえるからっ!(問題発言)
ま、まあ、それは冗談だけど。
既に夕暮れ。
あーあ。
アンヴィル聖堂の猟奇殺人の現場を見そびれた。もちろん別にそういう現場を見るのが心底好きとかそういう意味ではないけど。
最近は戦士ギルドに貢献してないから何か仕事がしたかったなぁ。
厄介を望んでるわけじゃないけどね。
ただ、起こってしまった厄介を早急に片付けたい、それだけ。
「うー」
とぼとぼとあたしは歩き出す。
猫ひろしを振ったのはアーザンさんです、馬鹿にしたのもアーザンさんです。なのにどうしてあたしが捕まるの?
というか普通は洒落で済ますでしょーっ!
本気で衛兵に引き渡したもんなぁ。
アーザンさん酷いっ!
そりゃ悪酔いした挙句に大暴れして支部会館の調度品をご丁寧に全て叩き壊したのはあたしだし、所属メンバーを全員病院送りにしたのも確かに
あたしだし、アーザンさんの前歯へし折ったのも確かにあたしだし、被害総額金貨30000枚を叩き出したのもあたし。
……。
……捕まって普通ですか?(汗)
だ、だけど猫ひろしの振りがなければこんな事にはならなかったのに。
うーっ!
「あっ」
アンヴィル聖堂に寄ってみようかな。
捜査?
うーん。どっちかというと野次馬根性?
拘束されてた間に検分は終わってるだろうけど、それはそれで構わない。
あたしは支部長の役職を返上する際に、戦士ギルド内の階級や規則に関係なく独自の意思で動けるという権限をフィッツガルドさんから貰った。
独立捜査官みたいで格好良いなぁ☆
ともかく。
ともかくあたしはあたしで捜査できる。
もちろんアーザンさん達の邪魔はしない、ただ独自の判断と権限で殺人事件の真相を突き止めたいだけ。アーザンさん達が解決するならそれはそれでいい。
あたしは別の視点から捜査したい、そういう意味。
どっちにしてもお城の詰め所から街に戻るにはアンヴィル聖堂の前を通る。通り道。
行ってみよう。
よし。
「元気出していこー」
「ご苦労様でありますっ!」
敬礼する衛兵。
あたしはアンヴィル聖堂の扉の前に立っていた衛兵さんに自分の身分を提示して中に入った。
既に検分は終わった模様。
遺体は全て片付けられてしまっているらしいけど、遺体を動かした以外は室内は何も触っていないらしい。血の跡もそのままだ。
「……」
聖堂に入った第一印象。
何ここ?
血の匂いが凄い。
充満してる。
「うっ」
吐きはしないけどあたしは口元を押さえた。
気持ち悪い。
手では埒が明かないのでポケットからハンカチを出して口元を押さえる事にした。布が血の匂いを少しは緩和してくれる。
ふぅ。
少し落ち着いた。
戦いの場に身を置くあたしだけど……ここまで血の香りを嗅ぐのは初めて。
まるで血の海だ。
聖堂の人間は全滅らしい、街の人々が噂してるのを歩きながら聞いた。預言者の言ったとおりになったと。預言者は聖堂の前でずっとアンヴィル聖堂の
危機を訴えていた人物。常に聴衆がいたからその預言者は犯人ではないとされているけど……怪しさは全開、かな。
本当に預言者なのか?
それとも大量殺人犯と仲間なのか?
まあ、衛兵も馬鹿じゃないないからそのあたりは調べてるんだろうな。あとであたしも調査しなきゃ。
コツ。コツ。コツ。
歩くたびに靴音が響く。
聖堂の荘厳なまでの静寂の中に響く、わけではなく異様な静けさの中で靴音が響いた。
あたしは進む。
聖堂には必ず祭壇がある。その祭壇の中央には銀製の器があり、そこには聖水が湛えられている。
……。
……いつもなら、だ。
「酷い」
あたしは思わず呟いた。
そこには大量の血が満たされていた。そして祭壇には血で記された何かの文字。
読めない。
標準語ではない。
ルーン文字?
判別すら出来ないけど普通の文字ではない。少なくとも一般人が扱える文字じゃないのは確かだ。学者さんとか魔術師さんなら分かるかもしれない。
ああ。そうか。
だからキャラヒルさんも検分に招かれたのかもしれない。
「……」
言葉もなくあたしは立ち尽くす。
正式な検分の依頼は戦士ギルド&魔術師ギルドにであり、逮捕されていたあたしではない(泣)。
つまり。
つまり聖堂の詳細はまったく知らない。
だけどアンヴィル聖堂は人の行き来の多い場所に建っている。衛兵の往来も多いし、聖堂の前には謎の預言者が聴衆を毎日大勢集めて叫んでる。
そういう立地条件にある聖堂が襲撃されるのはおかしい。
それに噂では誰もその様を見ていない。
ありえないでしょ、それ。
何らかの魔術の力が働いているのかもしれない。
例えば?
「うーん」
あっ。
例えば空間転移。
虫の王が使った能力だ。
あたしは魔術師じゃないから原理とか理屈は分からないけど……次元を歪めれば誰にも築かれずに襲撃者が聖堂に入り込めるのかもしれない。そし
て聖堂にいる人達を虐殺してから、また空間を歪めて逃げていく。悠然と誰にも気付かれずに。
ありえるのかな?
ありえるのかもしれない。
まあ、あたしは魔術師ではないのでこの魔術が関与しているであろう捜査には限界がある。
誰か魔術師に強力を求めた方がいいのかもしれない。
専門的な見地から見た方が良いだろうし。
「随分と凄惨な場面よね」
「えっ?」
振り返る。
そこには1人の少女がいた。いつからいたのだろう?
薄緑色のローブを着たダンマーの女の子。
あっ。
前にマーティンさんに会いに来た女の子だ。
確か名前は……。
「ハーマン?」
「そうよ。間抜けさん」
「間抜……っ!」
「悪いけど私はお使いで来たの。……まあ、皆死んじゃったみたいだけど。お使いの手間が省けていいけどね。どうせ下らない伝言だし」
「ちょっと人がたくさん亡くなったのにそういう言い方……っ!」
「伝言の内容は『暑い日々が続いていますけどお互いに体調に気をつけましょう』。死んだら体調の具合なんてどうだっていいんだろうけどね」
「死者に対しての暴言……っ!」
「うるさいなぁ」
苛立ちを隠さずにハーマンは首を振った。
「どこの誰が死のうと私には関係ないの。それとも何? あなたは敵を殺した後に黙祷を捧げる? しないでしょ? 本質は同じ。本質はね」
「……」
コツ。コツ。コツ。
軽快に。
軽やかに少女は血の匂いの充満する聖堂内を歩いてあたしの隣に並ぶ。
……いや。
正確には祭壇の様子を見るべく並んでわけであってあたしは眼中にないらしい。
何なんだろ、この子。
横顔を見る。
聡明で冷静。だけどクールというよりはドライにも見える。
「ふぅん。ルーン文字ね。なかなか興味深い内容よね。そう思わない?」
はい?
平然とすごい事を言ってのけるハーマン。
「えっと、読めるの?」
「ルーン文字は3歳の時にマスターしたわ」
「……」
どんな英才教育なわけ?
「そ、それで、内容は?」
「教えない」
「はっ?」
「教えない☆」
にっこりとハーマンは笑った。
天使の微笑み。
「結構古びた内容。アイレイドの魔術王の呪いの言葉。……まー、こんな辺鄙なところまでお使いに来た甲斐があったわ。楽しい見世物も見れたしね」
「見世物って……人の命を何だと……っ!」
「また怒るの? まー、価値観の問題よね。私は価値観を押し付けない、だからそちらもそんな感じでよろしく」
「……」
「バイバイ。間抜けさん。さよならの挨拶はしてくれないの?」
「……じゃあね」
「うにゅ。それでいいの、それで」
「はっ?」
スタスタと歩き去るハーマンの後姿を見ながらあたしは思う。
うにゅって何?
うむ、じゃなくて?
……。
……何気に可愛い女の子かもしれない、あたしはそう感じた。
つーか頬擦りしたいかもー。
「あっ」
そうだ。
預言者に聞いてみよう。一番実りがあるかもしれない。
そうしよう。
三十分後。
街道。
街道を歩く者がいる、向かう先はクヴァッチ。しかしそこは目的地はそこではない。クヴァッチ、スキングラードを経由してコロールに向かうつもりでいる。
その者の名はハーマン。
彼女は微笑した。
「あれがアイリス・グラスフィル、か。冴えない奴だったなぁ。少し幻滅。まあいいや。アリスに会ったってちゃんと報告しないとね」